アリス イン ワンピースランド   作:N-SUGAR

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UA1万突破おめでとう!(自画自讃)そしてこの作品を読んでくださった読者のみなさんにはありがとうございます!これからもよろしくお願いします。少しネタに詰まるは現実世界が忙しくなるはでなかなか書けませんでしたが、なんとなく書きたいこと自体はまだまだあるのでがんばってじゃかじゃか書いていきたいと思います。それでは本編をどうぞ。


第六話 過ぎ行く日常

日常とは過ごしているその時こそ時間を長く感じるが、気が付くとあっという間に過ぎていき、季節が巡っていくものだ。

 

後から思い返せばあっという間だったなんてものは、物事が過ぎ去った後によく有る感想だし、実際日常なんてものは印象的なワンシーンを残して後の「いつも通り」は大方忘れてしまうのだから、記憶の編集の都合上短く感じるのは仕方の無いことだと思う。幻想郷における私の生活も、概ねそんな感じだった。

 

ルフィや赤髪海賊団という騒がしい新住人を迎え、一層賑やかになったフーシャ村でもそれは変わらなかった。毎日を楽しく過ごすうちに日々はあっという間に過ぎていき、既に私達がこの世界に来てから早くも数ヶ月もの時が経過していた。

 

そんなある日のこと、赤髪海賊団が何回目かの航海から戻って来て、その時に、なんとも珍妙なお土産を酒場に持ってきた。

 

「………なにこれ?」

 

河豚(フグ)だな。刺身や鍋にすると旨いが、ちゃんと下処理をしないと毒で死ぬ魚だ」

 

私の上げた疑問の声に、副船長のベックさんが煙草をふかしながら至極冷静に答える。

 

いや。これが河豚だってことくらいは私だって見れば判る。図鑑でその姿を見たことはあるし、なんなら私がまだ幻想郷に根を下ろしていなかった子供の頃に一回くらいは食べたことだってある。私が疑問に思っているのはその河豚の大きさについてだ。

 

「いくらなんでもでかすぎるんじゃないの?これ」

 

少なくとも、私の知っている河豚という魚は、大きくなっても1メートルいかないくらいの魚だったはずだ。目の前でピチピチ跳ね回ってるこいつみたいに、人の身長を余裕で越えてまだ余りある程のサイズでは間違ってもなかったはずである。

 

まだこの河豚が一匹だったなら、突然変異か何かなのかなーくらいの驚きで済んだかもしれない。

 

だが、「大漁大漁!」とか言ってシャンクスとヤソップさんが釣ってきたこの河豚は、全部で13匹いるのだ。流石に突然変異では説明がつかない。

 

「確かに普通の河豚なんかよりはよっぽどでかいな。こいつはジャイアントトラフグと言ってな。まあなんだ。一応食べられる種類の河豚だ」

 

「いや、食べられるとかじゃなくて。え、何?海にはこんなにデカイ魚がいるわけ?」

 

「ん?まあ、そりゃあいるだろう。海は地上と違って際限なくでかくなれるからな。おれたちが以前見てきた中でも相当なのがいるぞ?『島喰い』と呼ばれる馬鹿でかい金魚とかな。ありゃあ凄かった。あれと比べたら、おれたちの大きさなんてプランクトンと大して変わらん」

 

「『島喰い』って…。金魚に付けられるべき二つ名ではないわね…」

 

私がまだ見ぬ世界の海に戦慄していると、その傍らでルーミアとルフィがツンツンとジャイアントトラフグをつつく。

 

「それで?この魚は結局くえるのか?」

 

ルフィの質問に答えたのは、カウンターでいつものごとくマキノと雑談をしていたシャンクスだった。

 

「このままじゃあ、無理だな。毒を抜かないといけない。おいシェフ!おまえらん中に、毒抜きできる奴っていたっけか?」

 

シェフと言うのは、赤髪海賊団に所属しているコック達の総称だ。とは言え流石に海賊というか、特ににその中でもとりわけ適当な雰囲気の赤髪海賊団には、素人に毛が生えたようなコックしかいなかったらしく、

 

「だからよー。釣ったときに言ってたの聞こえなかったのかよお頭。おれたちの中にゃ河豚の毒抜きなんてできるやつはいやしねえっつーの」

 

というなんとも心許ない返事が返ってくる。

 

「なんだよおまえらー。それでも海のコックさんかー?」

 

その返事に対してシャンクスは、口を尖らせながらぐちぐちと文句を垂れる。いかにも失望しましたよとでも言うように大袈裟に両手を上げて頭を振るというおまけ付きだ。シェフ達のこめかみに血管が浮かぶ。

 

「マキノさんはできるか?河豚の毒抜き」

 

「いえ…。残念ですけど、私も河豚の毒抜きはやったことがなくって」

 

「だよなー。まあ、しかたねーよ。河豚の毒抜きは難しいって話だしな」

 

「おいお頭。おれたちの時と反応がずいぶん違うな!」

 

恐縮するマキノの肩をポンポン叩きながら慰めるシャンクスに、今度はシェフ達がブーブーと文句を垂れる。シャンクスはそれに対して舌を出しておちょくるような動作で対抗する。他の連中はその攻防をゲラゲラ笑いながら観戦していた。

 

小学生か。こいつら。

 

「アリスはできねえのかい?河豚の毒抜き」

 

私のとなりでそんないつもの日常風景を面白そうに俯瞰していたベックさんが、視線をこちらに向ける。

 

「あら。ベックさん。私みたいなしがない人形遣いに期待しすぎじゃないの?」

 

「初対面でおれたちの過半数の頭をアフロにしといて、しがない人形遣いか?」

 

くっく!と、船員達のアフロ頭でも思い出したのか、こらえるような笑顔を浮かべるベックさん。まあ、確かにあの時は少しやり過ぎたかもしれない。酒の席でのこととはいえ、確かにしがない人形遣いがやることではなかった。

 

それに河豚の毒抜きだが、出来るか出来ないかと訊かれればぶっちゃけ出来る。

 

ただ、それは魚さばきとかそういう料理の腕前的な毒抜きではなく、もっと魔法的な手段による毒抜きなのだ。

 

私はこの世界に来てからというもの、合間合間の時間を使って空間転移系の魔法を研究していた。目的は勿論幻想郷に帰る手段を手に入れるためであり、暇さえあれば魔導書片手に家の中であっちこっちにヒュンヒュン物を飛ばしてルフィの目をキラキラさせている。

 

その応用で、河豚の身から毒成分だけを抽出して外に飛ばすことくらいは簡単に出来る。

 

ただ、その魔法を使っているところを他人に見られるのは流石に不味いんじゃないかと思うのだ。

 

まず、魔法の使用時にどうあがいても魔方陣が空中に浮き上がってくるのがもう駄目だ。その時点でNGなのに、その後突如として河豚の毒成分だけ抽出されたものが手持ちのフラスコに転送されるのである。この時まだまだ空間魔法素人の私は、そのフラスコを右手に持って構えていなければならず、この場でやろうものなら漏れなく全員にその不可思議現象が目撃されることになる。

 

ルフィみたいな、そこにあるものをあるままに受け入れる子供ならば何とでも誤魔化すことが出来るが、マキノや赤髪海賊団が相手だと、それもどうだかわからない。

 

この世界に私の他に魔法使いが居るのかどうかはまだ判らないが、今までの体験から踏まえるに、少なくとも悪魔の実の能力者でもないのに変な能力が使えるというのは、この世界では多分大分おかしいことなのではないのだろうか。

 

能力者のふりをすれば大丈夫だろうか?

 

でもそしたら私は、この村や赤髪海賊団の前では泳げないふりをしなければならないことになる。

 

それは面倒臭いから嫌だ。

 

何より今は季節が夏に差し掛かっている。その間、折角この村には港の脇にビーチがあるって言うのに泳げないというのはいかにも辛い。海で遊ぶなんて幻想郷じゃ中々出来なかったことだ。いずれ帰るにしたってその前にはやっておきたい。そんなとき、こそこそ隠れて遊ぶなんてのはナンセンスである。遊ぶときは皆で一緒に、ワイワイ騒ぎながら遊ぶべきだ。

 

つまり、私が能力者であると嘘をつくという線はなし。

 

となると、後は技術ということにして誤魔化すとか?

 

私の人形遣いとしての腕前は、今のところ一応ただの技術ということで通っている。

 

村全体をカバーできるような人形操作術を技術と言い張るのは流石に無理があるし、勿論気づいてる人は何か裏があることくらいは気づいてると思うのだが、所詮は田舎村なので、大抵の人は「そういうことも、あるんだなあ」程度の認識で済ませてくれるのだ。

 

赤髪海賊団にしたって、それこそベックさん辺りは疑問に思っているだろうが、今のところ詳しい追求までしてくることはない。

 

………うん?なんだか大丈夫な気がしてきた。

 

他のところではどうだか知らないが、少なくともこの酒場で魔法を披露する分には大したことにはならないんじゃないだろうか?

 

今までの付き合いで一応信頼は出来る人たちだって判ってるし、皆多かれ少なかれお酒も入ってるし。

 

酩酊した状態で魔法もくそもないだろう。

 

私は物は試しと名乗りをあげることにした。

 

「仕方ないわね。毒抜きくらいなら、私がやってあげるわよ」

 

「ほーう?アリスがか?」

 

私の名乗りに対して、即座にそんな反応を返したのは、何が面白いのかニヤリと挑発的な笑みを浮かべるシャンクスだった。

 

「何?シャンクスは私が河豚を捌くのに何か不満でもあるの?」

 

私が眉音を寄せて訝しむと、シャンクスは手をヒラヒラと振って否定する。

 

「いや?そんなことはないさ。ただアリスのことだ。普通の方法で毒抜きする訳じゃないんだろうなって思っただけさ」

 

「はァ…。シャンクスといいベックさんといい、あなた達は一体私をなんだと思っているのかしらね?」

 

「まー。藁人形を空に飛ばして爆発させちまうような人形遣いだからなァ。普通の奴だとは思ってないな」

 

あーそーですか。まあそうでしょうね。判ってるわよ。自分がちょっと目立ちすぎてるってことくらい。

 

でも、最初から普通じゃないって思われてるんだったら、普通じゃない手段を遠慮する必要もないわよね?

 

「ま、確かにシャンクスの期待には応えることになるんだけどね」

 

「お?どんな方法で毒抜きしてくれるんだ?」

 

シャンクスが身を乗り出して訊いてくる。私はそれにニヤリと、シャンクスのような挑発的な笑みで答えた。

 

「そりゃあ勿論。魔法みたいな方法よ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「海に出れば、あんなに大きなうまい魚が一杯いるのかなー」

 

酒場で開かれた河豚パーティーからの帰り道。私とルーミアの少し前方を歩いているルフィが、両手を頭の後ろに回しながらポツリと呟いた。

 

「さあね。私も海には行ったことがないからよく判らないわ。シャンクス達によれば、うまいかどうかはともかくとして、でかい魚なら結構いるっていう話だったけど」

 

私がその呟きに答えると、ルフィはくるりと身体をこちらに向けて、

 

「シャンクス達はいっつも酒場でお宝とか冒険とかの話をしてるけど、海にでれば、おれもシャンクス達みたいな体験ができると思うか?」

 

と訊いてきた。

 

「それは、出来るでしょうね。考えるに航海技術的に、まだまだ人類が世界の海を網羅してるとは言えないみたいだし、その分だけ未知の冒険もあるでしょう」

 

私が今まで新聞や本等で仕入れたこの世界の知識を元に自分の考えを述べると、気づけばルフィは目をキラキラと輝かせていた。

 

「アリス。ルーミア。おれは決めたぞ。将来おれが大人になったら海賊になって海に出て、シャンクス達みたいに自由に冒険するんだ!そして、海のお宝をいっぱい見つけてやる!」

 

そしてルフィは、両手を広げて宣言した。どうやらだいぶ前から考えていた目標が、私の言葉を決定打に確定したようである。

 

「おー!それは素敵な夢だなールフィ!」

 

ルーミアはその宣言に何らかの感銘を受けたらしく、それはいいそれはいいと囃し立てる。

 

「まあ、海の冒険をするのを悪いことだとは思わないけれど、ガープさんは貴方に将来立派な海兵さんになってほしいんじゃない?」

 

私が指摘すると、ルフィは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 

「おれは海兵にはならねえ!おれ、じいちゃん嫌いだし、それに海兵はなんだかあんまり好きなこと出来なそうだもん!」

 

「あらあら」

 

ガープさん、徹底的に教育方針を間違えたみたいね。

 

ま、私にはあまり関係の無い話だけどね。

 

「何であれ、目指すものが有るっていうのは良いことだわ。未知の探求は、確かに心踊るものだものね」

 

だけど、と、私は指を一本立てる。

 

「そのためには、貴方はかなり強くならないといけないわよ?海にはおっきい魚もいるようだし、何よりこわーい海賊も一杯いるみたいだしね」

 

「怖くないもんね!おれはつえーから!」

 

それを受けたルフィは、フフンと鼻をならし、空中にジャブを放つ。

 

「ふーん?そう?じゃあ試してみる?」

 

自信満々な表情のルフィを見て、私は少しいたずら心がわいた。先の宴会で大分呑みすぎてた私は、多分頭にお酒も回っていたんだと思う。なんのせいかと言われれば、それはきっと河豚のせいだ。少なくとも私のせいじゃない。

 

「試す?」

 

腕をくんで首を捻るルフィに、私は「そう」と首肯して、そして提案する。

 

「明日、行ってみましょうか。海」

 

 

 

***

 

 

 

「海って!ここ、村はずれのビーチじゃねえか!」

 

「そうよ?海にはちがいがないでしょ?なにか問題でも?」

 

「大有りだよ!おれはてっきり船にでも乗って冒険するんじゃないかって思ってたのによー」

 

ブーブーと、文句をたれるルフィをよそに、私はビーチを見渡す。航海に出るのも悪くはないと思うが、いかんせんまだルフィと一緒に行くのは危険すぎる。赤髪海賊団の冒険話を聞く限りだと、どうやらここら辺の海にもなんだか主的な存在がいて素人の航海は危険だという話なのだ。それに、昨日思い立ってからというもの、実は一度は来てみたくてウズウズしていたのだ。ビーチというやつには。

 

青い海。青い空。流れる雲に、そして燦々と輝く太陽。うーん!絶好の海水浴日和ね!

 

昨日の夜家に帰ってから大急ぎで水着を準備した甲斐があったってもんだわ。

 

「ルフィが航海にでる?だっはっは!まだ早いまだ早い!後10年ははえー!」

 

「あのー…。本当に私達まで来てしまって大丈夫でしたか?」

 

「何言ってんのマキノ。後ろの馬鹿どもはともかく、貴女は私が誘ったんだから邪魔なわけ無いじゃないの」

 

私は折角の初海水浴なので、出掛けるついでに酒場に立ち寄ってマキノも一緒に連れてきていた。自営業はこういうときに融通が利くから大変好ましい。

 

ま、ついでにその時酒場で昼間っから呑んだくれていた騒がしいオマケ達も付いてきちゃったんだけど。

 

「ま、ビーチ遊びなんて騒がしくてなんぼだって言うし、人数は多い方が楽しいから別にオマケがいてもいいんだけどね」

 

「「さっすがアリスお姉ちゃん!懐が広い!」」

 

「あんたらにお姉ちゃん呼ばわりされる覚えはない!」

 

やんややんやと騒ぐ赤髪海賊団の船員達に一喝くらわせていると、ルフィが私の水着をぐいぐい引っ張って抗議する。

 

「なーなーアリス聞いてるかー?昨日言ってた試すってのは結局なんだったんだよー」

 

「あ、ちょっとルフィそれは止めなさい!紐がほどけちゃうでしょう!」

 

「おお!ナイスだルフィ!もうちょっとだ!全部ほどけたら今度航海に連れてってやる!」

 

「ヤソップさん黙れ!あんた妻子持ちでしょうが!」

 

騒がしいのは歓迎と言った舌の根も乾かないうちに若干後悔の念が頭をよぎる。なるほど…。これがビーチか…。そう言えば魔理沙達も(月の)ビーチに行ったときはひどい目にあったとか言ってたっけ…。

 

確かに終始このノリだったら少しついていけないかもしれない。

 

それはともかく、私は仏頂面をしているルフィの勘違いを正してあげることにした。

 

「…そうね。ルフィはじゃあ、今日は何をすることを期待してたの?」

 

私が訊くと、ルフィは仏頂面のまま、

 

「そりゃあ、おれの強さを試すってことは、海に行って海賊とか、海の化け物とかと戦わせてくれるんだと思ってたんだよ」

 

と答える。

 

「本気かルフィ?おまえが海賊と戦うって?冗談だろ?」

 

そんなルフィに茶々をいれるのは、そのまんま海賊のシャンクスだ。ルフィはシャンクスの言葉にまともに反応して意地を張り、船員達に笑われる。

 

「おれは凄く強いんだぞ!おれのパンチはピストルよりもすげーんだ!そこら辺の海賊なんて、パンチ一発で倒してやるさ!」

 

「ピストルって!ないない!」

 

「ルフィー。強がりはやめとけー」

 

「強がりじゃないぞ!本当なんだ!」

 

船員達のちょっかいにいちいち反応するルフィは確かに弄っていて楽しいかもしれないが、そろそろ話を進めさせてもらう。

 

「ルフィ、考えてみなさい。確かにここはビーチで海の上でこそないけど、それでもこの通り、海賊はいるでしょう?」

 

「おお!確かにそうだな!そう言えばシャンクス達は海賊だった!」

 

「そう言えばって」

 

シャンクスがなんとも味わい深い微妙な顔をするが、取り敢えず私とルフィの二人は取り合わない。

 

「じゃあ、おれは今日、シャンクス達と戦うのか?」

 

「まさか。そんなことしないわよ」

 

戦ってもいいけど、彼らはまだルフィが挑むには早すぎる相手だし、なによりあいつらが、特にルウさんが筆頭になって焼いているバーベキューを片付けてまでルフィの相手を真面目にやるとはとても思えない。

 

「ここにはビーチのくせに海賊がいるのと同様、化け物もちゃんといるのよ」

 

「え!?どこだ!?」

 

「ほらそこ」

 

キョロキョロとあらぬ方向に目をやるルフィに、私は指を差して化け物の居場所を教えてあげる。

 

「…、んー?なんかようかー?ありすー」

 

夏の日差しの下、いつもの日傘をパラソル代りにしてシートの上でグータラしていたルーミアが、私の視線に気付いて声を上げる。

 

さすがに太陽大嫌いの宵闇妖怪に海水浴ではしゃげというのは無茶な注文だったかもしれない。

 

「なんだ?化け物って、ルーミアのことなのか?」

 

ルフィは訝しいという言葉の意味をその身体で表現するがごとくに腕をくんでおもいっきり首を捻らせる。まあ、そう思うのも仕方がない。ルーミアは今の今までルフィの前じゃあ、ただの明るいお姉ちゃんだったのだから、そんなルーミアのことを化け物だなんて言ったところで冗談以外の何物にも思えないだろう。実際に、私の言葉を聞いて、ルフィだけでなく、何人か赤髪海賊団の船員の中にもなんだなんだと首を伸ばすやつらがいた。

 

「ええ。そうよルフィ。強いあなたは、果たしてルーミアに勝てるかしら?」

 

私の安い挑発に、ルフィはぷんすかと怒りだす。

 

「なんだそれ!いくらなんでもおれのことバカにしすぎだぞ!だいたいルーミアが化け物なわけないじゃんか!」

 

「さあ、それはどうかしらね?ルーミア。どう?やる気、ある?」

 

「んー?ルフィと遊べばいいのかー?でも、日差しがちょっとだいぶそこそこきついぞー」

 

私の呼び掛けに、ルーミアは気だるそうに応える。日差しが苦手なルーミアはこのままだと、せっかく私が一晩で用意した黒のフリルワンピースタイプの水着を一度も濡らすことの無いまま海水浴を終わりそうだ。それはあまりにももったいない。

 

だから私は、許可を出した。

 

「闇、使っていいわよ」

 

「え?いいの?」

 

ルーミアがキョトンとした表情で目を見開く。今まで日傘やら何やらを使ってまでして人前では使わせないようにしてきたルーミアの能力を、今更使ってもいいと言うのだ。そりゃあそういう反応にもなるでしょうね。

 

「いいのよ。ほら、昨日だって私、自分の能力を人前で使ってたでしょ?」

 

「おー?確かにそうなのかー」

 

昨日の河豚の毒抜きの時に皆の前で見せた明らかな超常現象が有るのだ。今更闇の一つや二つくらい大したことはない。そう思ったのはどうやら私だけではなかったらしく、ルーミアも納得の表情を浮かべた。

 

「そっかー。じゃあ、修行の成果をやっと人前でも見せられるってことなんだなー」

 

「そうね。取り敢えず、この村の人達や赤髪海賊団の前ではね」

 

ルーミアは、昼の間は人の目もあるから闇を使うことは無いようにと(私に)言い聞かせられているが、夜になってからはその限りではなかった。

 

ルフィがぐっすり眠りについたその後に、私とルーミアは村の外れの森の中でずっと訓練を積んでいたのだ。

 

この世界に来てからというもの、どうやらルーミアの出す『闇』というものの概念が向こうのそれと変わってしまったらしく、私は取り敢えずその『闇』の性質をしっかり把握して制御できるようになるまでは絶対に闇は人前で出すなとルーミアに言い含めていた。そういうわけで、私とルーミアは、ルフィが私の家に住み始めてからの数ヶ月間、村外れの森で『闇』の性能確認と、その制御の訓練をずっと続けてきた。

 

その結果判ったのだが、この世界の『闇』という概念は危険が過ぎる。

 

ルーミアの出す『闇』を、様々な観点から観察した結果判ったことは、幻想郷における闇の概念が「光を通さないもの」なのに対して、この世界の『闇』の概念が「光を逃さないもの」であったということだ。

 

科学という観点から見るのなら、どちらかと言えば、こちらの世界の概念の方がより「科学的」と言えるかもしれない。

 

しかし科学的なんてものは、魔法的や幻想的と比べても、その中で一番危険な概念であると言っていい。だからそんな言葉は、この場ではなんの救いにもならない。

 

例えば魔法的概念に於いて、『火』というものはただそれを指すだけのものでしかない。そういう原理であり、そういう概念がそこに有る。ただそれだけだ。それだけで確定している存在である。

 

翻って科学的概念に於いての『火』は、『燃焼』という現象によって生じるものを指す。更に『燃焼』による『火』というものは、『熱』の『発光』のことを指す。このように、科学的に『火』という概念を説明しようとすると、次から次へと新しい概念が登場してきてごちゃごちゃと概念がそこらここらに犇めき合ってしまうのだ。つまるところ、科学的と言うのは、魔法的や幻想的に比べて単純ではなく、複雑極まりないのだ。

 

物理的な『闇』というのは要するに目に光が届いていない状態のことである。その原因は主に二つで、「光源がない」か、「光源はあるが光が目まで届かない」かのどちらかに一つだ。

 

幻想郷におけるルーミアの闇は、光に対して障壁を立てるという方法で作り出されていた。ただしこの場合の闇は、魔法的なそれであって先程も説明した通り、それはただそういうものでしかない。ただの黒い霧状の物体であり、それ以上でもそれ以下でもない。重さもなければ手応えもない。

 

しかし、この世界の「科学的な闇」は違う。もう少し性質が多義的だ。『闇』という存在に対して、「何故闇なのか?」という問いに対する答えが存在する。

 

この場合の答えとは、すなわち『引力』である。

 

光を逃さない程の引力。万有引力の法則に従えば、それはイコールで『質量』でもある。

 

目には見えない質量物体。それは未知の物質であり、暗黒物質とでも呼ばれるべきそれであるが、その引力を上げ下げ出来る以上。要するにルーミアの能力は、この世界に来ることによって『闇を操る程度の能力』から『暗黒物質を操る程度の能力』に変異したということになる。それは同時に、『質量を操る程度の能力』とも言い換えられる。

 

質量密度の高い物質は強力な引力を持ち、光さえも逃さない。故に常闇。光が逃げられないということは、つまりは誰も逃げられないということである。一度ルーミアの闇に捉えられたが最後、囚われの身となった者は闇に押し潰されるまでのわずかな時をじっと待つことしか出来ない。

 

最初に述べた通りはっきり言って危険すぎる能力だ。強くなるって言ったって限度というものがある。正直今のルーミアが扱うにはまだ早すぎる力であると私は思う。

 

そんなわけで人知れず修行を開始せざるを得なくなったルーミアであるが、偶然にも幻想郷には、その手本となりうる能力を持った奴がいた。

 

小さな百鬼夜行。鬼の伊吹萃香である。

 

ルーミアの出す暗黒物質による引力の変動は、要するに暗黒物質を操りその密度を変化させることによって起こっている。

 

となるとその力の制御方法は、あの酔っぱらいの持つ『密と疎を操る程度の能力』を参考にするのが一番手っ取り早い。現段階では、この能力はルーミアの能力の上位互換にあたる。上位互換なんだから、大は小を兼ねるの原理でルーミアの能力制御にも一役買ってくれるだろうという考えだ。

 

危険が過ぎると言ったそばから上位互換が思い浮かぶ辺り、幻想郷が危険すぎるというか、鬼が出鱈目過ぎると思ったものだが、まあとやかく言っても始まらない。利用できるものは何でも利用させて貰おう。

 

私自身、あの鬼の能力をあまり把握している訳ではない。以前あいつと戦った時にその能力の一端を体験こそしているが、そのでたらめさ加減と言ったらぶっちゃけなんの参考にもなりゃしなかった。判ったことといえばあの鬼が反則の塊だったってことくらいである。

 

しかしそうは言っても全く解析を諦めていたかと言うとそんなことはないので、取り敢えず今のルーミアに応用出来るような研究成果は全部詰め込んでみることにして、数ヶ月間を訓練に費やした。

 

とは言え元々ある程度は持ち前の勘で新しい能力を使えていた所があったルーミアである。私は細かい調整法を教えるだけで良かった。

 

そして今。私はルーミアに限定的とは言え、人前で闇を使う許可を出した。

 

それはつまり、そういうことだ。

 

「よーし!じゃあルフィ。いっくぞー!」

 

「おう!来い!………って、えぇ!?なんかルーミアがまっ黒になったぁぁぁ!?」

 

ならば後の展開はお察しである。わざわざその様子を描写するまでもなかろうものだ。結果的にルフィはルーミアと「本気で遊んだ」結果、全身砂まみれになってピクリとも動けなくなるという見るも無惨な有り様になったし、ルーミアはルフィと心置きなく遊んだ(襲った)結果、肌をつやつやとさせていた。

 

私?私はそんな二人の様子を端から見守りながら、ルウさん達と一緒にバーベキューをしたりマキノやシャンクスと一緒にビーチバレーをしたりしていた。

 

いやー。非常に充実した一日だったわね。なんだ。ビーチって楽しいじゃない。魔理沙と霊夢は(月の)ビーチで酷い目に遭ったって言ってたけど、一体何があったっていうのかしらね?

 

ちなみにこの日を境に、ルフィとルーミアの二人が何やらチャンバラみたいな取っ組み合いをしている姿がよく見られるようになった。本人達いわく修行をしているらしい。普通暗闇に追いかけ回されるなんて経験したらトラウマになりそうなもんだけど、流石はガープさんの孫というか、なんとも打たれ強いものである。今のところはルーミアの全戦全勝で、ルフィが初勝利を飾る日は、まだまだ先のことになりそうだ。

 

楽しい日常は斯くして過ぎ行く。しかし、日常というものは何時かは必ず終わるものだ。

 

私達の場合、それは、赤髪海賊団がフーシャ村に停泊するようになってから、丁度一年程の月日が流れたときに訪れた。風は東。村はいたって平和である。

 

だけど変化の兆しは、確実に村に迫ってきていた。

 

 

 

To be continued→




時間軸的には次から原作スタートです。フーシャ村編は次で終わりそうな気配。多分。おそらく。きっと。

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