アリス イン ワンピースランド   作:N-SUGAR

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第七話 冒険の夜明け前(前編)

ここは小さな港村だ。

 

港には一年程前から海賊船が停泊している。

 

風は東。

 

村はいたって平和である。

 

今日という1日から物語を始めるとしたら、出だしの文章はこんな感じかしらねと、私は窓の外に見える風車を眺めながら、そんな益体もないことを考えていた。

 

一体全体何でそんな現実逃避気味なことを私が徒然なるままに考えていたのかというと、それは私が実際に現実逃避をしていたからに他ならない。

 

現状、私は正直参っていた。割とここに住み始めた最初の段階で薄らぼんやりと気付いていたことではあるのだが、いかんせん田舎村に居続けながら専門外の魔法を研究し続けるのは無理がある。フーシャ村に住み始めて約一年。ことここに至って、幻想郷に帰るための魔法研究が完全に行き詰まった。

 

私がここで行っていた研究は主に二つ。空間魔法の開発と、この世界に来る原因となった河童の作った裁縫針の解析である。

 

河童いわく何でもぶっ刺せるというこの裁縫針を使えば、空間に穴を開けて世界と世界に針を通すことが出来る。それは何度か行った実験の結果、既に判っていることだ。とてつもなく危険な針である。が、この一年の解析で、針の安全な使い方自体は大方マスターしたと言っていい。まぁ使い方を把握したからと言ってこの針の構造はさっぱり理解できていないのだけど…。

 

この針は河童の技術を、つまりは科学技術を用いて作られたものだ。だから魔法的手法ではその仕組みを解析しきれないのはこの際仕方がないとも言える。使い方さえ判れば今のところこの針自体には特に問題は無いのだ。

 

問題はそうやって針を通すことで、どうやって私達の元いた世界を見つけ出し、そこへ帰還するのかということである。

 

私達のいた世界の発見と、安全な異世界間航行方法。この二つの大きな問題が、今私の頭を悩ませている。

 

この針は刺し方の加減によって刺さるものが変わる。例えば何もない空中にこの針を突き刺したとして、その力加減によって、空気に刺さるだけなのか空間そのものに刺さるのかが変わるのだ。そしてその力加減によって、空間に空く穴の大きさや、そこから繋がる空間の距離も変わってくる。

 

つまりこの針はきちんと加減して刺してやらないと、空間に適当な穴を穿ってよくわからない異世界とこの世界が繋がってしまうということになるのだ。

 

それで幻想郷に繋がるんだったら万々歳なのだが、もし繋がった先の世界が私達の想像を越えたトンデモ空間だったら?具体的には訳のわからん怪物が跳梁跋扈する世界だとか毒まみれの世界だのに迂闊に繋ぐとそれこそ面倒なことになる。それを防ぐためには、世界同士の概念的な座標を割り出して私達の世界の位置関係を正確に把握してそれに合わせて針を通す必要がある。だがその為の航海図を作ることは今のところまったくさっぱり出来ていない。迂闊に空間なんてものに針を通せないのだから当然だ。実験するなら安全率を確かめてからにしないと話にならないし、その予測をするための計算式の立て方がそもそもわからない状態なのだ。どうしようもない。

 

それに仮に繋いだとしても、空間の狭間なんて言う意味不明な空間を生身で渡れるとは思えない。いや、実際一度は渡れているわけだけど、一度出来たからと言って二度目が大丈夫だという根拠は何一つ無いのだ。そしてそれを確かめる術も、私には無い。鼬ごっこというか堂々巡りというか…。もうどうにでもなれとやけっぱちにでもなれれば少しは進展するのだろうが、どう考えても危険だし、その前に私の魔術師としてのプライドがそんなこと許さないしで結局なにもできなくなる。

 

故にこの村で出来る研究は、正直ここまでが限界なのだ。残りの問題に関して言えば、ここで研究するには材料も設備も足りな過ぎる。

 

魔法使いの行動原理としては、足りない材料はどこまでも探しに行くというのが一般的だ。私や魔理沙はそうやって研究に必要なマジックアイテムを収集しているし、あの動かない大図書館にしたって、あれだけの魔導書を集めるには相当世界を回らなければならなかったはずである。まああいつの場合、それらの収集活動ですら全て使い魔にやらせていた可能性は大いにあるのだけれどね。

 

出不精な先輩様と違って使い魔なんて高尚なものは持っていない私なので、材料を探しに行こうと思ったらそれは自分の足を使って行わなければならない。

 

一年前だったら、その考えを行動に移すことにはあまり乗り気では無かった。何故なら私は異世界転移を家ごと巻き込んでしまったからだ。あっちとこっちとの時間の差が判らない以上、研究資料が大量に保管されたこの家が私の手元にあるのは大変喜ばしいことなのだが(私が留守の間に家に空巣が入ったりなんかしたらたまったもんじゃない)、今度はそれと同じ悩みをこちらで抱えることになるからいただけない。異世界転移なんてただでさえ無茶な魔法を研究しようと言うのだ。そのためのヒント、材料探しをしようっていうなら世界中を巡る必要がある。そんなときに家なんてどでかい物体をどう処理すればいいのかなんて考えるだけで蕁麻疹がでるレベルだ。迂闊に動かすと大惨事になるマジックアイテムが山のように保管されてるから軽率にマキノや村長に管理を任せる訳には行かないし、バッグに入れて持って運ぶなんてそんなアホみたいなことは勿論出来るはずもなかった。

 

だけど今は違う。私はこの一年間、空間魔法を修行し続けてきたのだ。今までは不可能だった「バッグの中に家を詰める」というアホみたいな行為が今や実現可能なのである。

 

『検知不可能拡大呪文』といって、一時期イギリスの魔法使いの間で大流行したらしい空間魔法がある。何で流行ったのかまではよく知らないが(確かファンタジー小説の影響かなんかだった気がする)、この魔法は非常に実用性が高い。何しろバッグや建物の中など閉鎖空間内の体積を見た目を変えないままに増大させることができる魔法なのだ。難易度は激高だが、有用であることは間違いない。習得するまでにまるまる二ヶ月くらい費やしたが、習得してから私の家の内面積は大体二倍くらいに増えた。

 

因みになんで私がイギリスの流行なんてものを知っていたのかというと、魔法の森に最近引っ越してきたイギリス出身の魔法使いの一人がこの前、「まぁあなた。家の中の広さが外面と一緒だなんて、まるでマグルみたいな生活を送っているのね」等と私の家に対して嫌みを言ってきたことがあったのだ(マグルってなんだ。何処の国のスラングだ。よく判んないけど喧嘩を売ってきてることだけはよく判ったのでその魔法使いは平和的にボコボコにしておいた)。で、その時初めてその魔法のことも知ったのだけど、実際に使ってみると確かにこれはハマる。スペースに余裕ができて部屋のレイアウトの幅が広がるのは純粋に喜ばしいことだった。

 

そんなわけで、実のところこの一年間で旅に出る準備自体は完璧に整っているのだ。その気になればフーシャ村とお別れして世界に足を向けることだって出来る。海に出るための船も、実は既に所有済みの私なのだ。

 

船なんて何時何処で手に入れたのかと言うと、ソーリュー海賊団が乗っていた海賊船。実はあれ、海賊を引き渡したその後も村の港の端っこに放りっぱなしでそのままになっているのだ。あの船の所有権は、現在私にある。

 

最初私は、海賊船なんて海賊達と一緒に海軍に回収されるものだと思っていたのだが、あれらは大抵の場合海賊旗(ジョリー・ロジャー)さえ下ろしてしまえばただの船なので、内蔵されてる大砲などの武器だけ没収して海賊を捕まえたその土地周辺にある人里に寄付してしまうらしい。厳密には規則違反なのだそうだが、全部一々回収していると海軍屯所に廃船が溜まりがちになってしまう。それを防ぐための現場の知恵ということなのだそうだ。回収すべき海賊船が大量に発生してしまう大海賊時代ならではの弊害とも言える。

 

とは言え引き取り手がいなければやはりその船は海軍の方で処分されてしまうのだそうで(大抵は焼却処分)、かなり値のはる船だという話をソーリュー海賊団の副船長(名前は忘れた。芋みたいな名前だった気がする)から聞いていた私は念のために船を引き取っておくことにしたのだった。

 

船はある。荷物を運ぶ手段もある。ここまで揃っていると、旅支度はバッチリ完璧と言えるんじゃないかしら?

 

あとないものと言えば、そうね。強いて言うなら航海技術くらいなものだ。

 

…………………。

 

……うん。考えてみたら大分重要な所が足りてなかったわ。

 

海に出るのはまだ無理だった。

 

航海技術もなしに海に出ようなんて一瞬でも考えた私が馬鹿だった。

 

どんな初心者でもわかる普通のことなのに…どこの世界にそんなことする阿呆がいるというのか。そんなことする奴がもし仮にいるんだったら是非とも拝謁願いたいくらいだ。

 

きっとさぞかしぼへっとしたアホ面をさらしているに違いない。そしてすぐに遭難難破大嵐で船を沈めるのだろう。そんな馬鹿の仲間入りだけは、したくないものよね…。

 

しかしここでも航行技術がネックになるとか、つくづく私という奴は世の中の渡り方というものを知らないらしい。いや、この場合は世の外と言うべきか?

 

まあとは言え、動くだけなら技術的にはともかく物理的には今すぐできるのだ。それをしない理由は、偏にうちにはルフィがいるからの一点に尽きる。

 

わざわざガープさんからお金まで貰っておいて、育児を途中放棄するというのも責任感に欠ける行為だ。少なくともガープさんが私達はもう必要ないと迎えに来るまでの間は、私達とルフィは家族であるべきなのだ。出来ることならルフィごと研究旅行に連れていきたいくらい私は切羽詰まっているのだが(本格的にこの村でやることがもうない)、それもまたガープさんの許可が必要だろう。それに何度も言うようだが、ルフィはまだ現時点で7歳だ。冒険旅行をするにはまだ早い歳だと私も思うし、実際に日々海を旅する赤髪海賊団の船長様も同じことを言っているのだから間違いない。

 

そんなわけで、研究には行き詰まったもののまだまだこの村での平和な暮らしが終わることはないんだろうなーなんてことを思いながら、私は持っていた研究メモと裁縫針を机に投げ出して、紅茶を淹れに立ち上がる。時間は昼下がり。ルーミアとルフィは今朝方港に帰って来ていた赤髪海賊団の船に遊びに行っていて今はいない。最近あまり無かった静かで優雅な午後というものを堪能しようと、私は椅子に座り直して窓の外を眺めながら、淹れてきた紅茶を口に含んだ。

 

すると丁度そのタイミングで、シャンクスが何やら焦った様子で玄関を開けるやいなや、私に向かって叫んだ。

 

「大変だアリス!ルフィの奴がナイフで自分の顔を斬りつけて怪我しやがった!」

 

「ぶはっ!?ゲホッ…ゴホッ…!」

 

私は口に含んだ紅茶を盛大に噴き出してむせこんだ。

 

静かで優雅な午後とやらは、どうやら海賊が港に入ったその瞬間からダッシュで逃げ出していたらしい。

 

 

 

***

 

 

 

「野郎共乾杯だ!!ルフィの根性と、おれ達の大いなる旅に!!」

 

がははは!と、相も変わらず赤髪海賊団は酒場で賑やかに酒盛りをしていた。ジョッキで酒をがぶ飲みし、肉を奪い合う船員達の光景は何時も通りのそれだ。ルウさんなんかは樽で酒を流し込んでいるが、それも割といつも通り。いつもと違うところは、ルフィが左目の下にでっかい絆創膏を貼って涙目になっている事くらいだ。

 

「あーいたくなかった」

 

「「ウソをつけ!!」」

 

涙目のまま無理やり笑顔を作ってそんなことをほざくルフィに、私とシャンクスが同時にツッコミを入れる。

 

「全く…。大事にならなかったから良かったようなものの。何だってそんな危ないことをしたの?」

 

呆れすぎてもはや怒鳴る気力も無い私が訊くと、ルフィは自慢げに、「シャンクス達におれの強さを見せつけるためさ!」とこたえた。

 

「おれはケガだってぜんぜん恐くないんだ!!だからさシャンクス!連れてってくれよ次の航海!!おれだって海賊になりたいんだよ!!!!」

 

その上シャンクスに向かって懲りもせずにのうのうとそんなことを宣う始末。呆れてものも言えないとは正にこの事だ。全く馬鹿なんだか阿呆なんだかよく判らない子である。

 

ん?ああ。馬鹿で阿呆なのか。まあ、今更だわね。多分こういうのが将来、特に計画性もなく航海技術も持たないまま船を出したりするのだろう。

 

「だっはっはっはっ!お前なんかが海賊になれるか!!()()()()は海賊にとって致命的だぜ!!」

 

「カナヅチでも船から落ちなきゃいいじゃないか!!」

 

そんなルフィをシャンクスは冷やかすが、ルフィの熱意は一向に冷める様子がない。

 

「それに戦ってもおれは強いんだ」

 

ルフィは空中にシャドーパンチを決めながら言う。

 

「ちゃんとルーミアときたえてるから、おれのパンチはバズーカのように強いんだ!!!」

 

「バズーカ?へーそう」

 

ルフィのシャドーを見ながら、シャンクスは気の無い返事をしてルフィを苛つかせる。

 

「なんだその言い方はァ!!!」

 

「いやー流石にバズーカは無いわーっていう言い方だよ。ないない。それは無い。……無いよな?アリス?」

 

「何で段々不安そうになるのよ。あるわけ無いじゃない。まあ、最近特にルフィとルーミアの修行はよく見てないから私も詳しくは判んないけど…」

 

あれ?おかしいな。自分で言っててなんだか不安になってきた。私は一応確認しておこうとルウさんと一緒に骨付き肉をかっ食らっているルーミアに尋ねる。

 

「流石にバズーカは無いわよね?ルーミア?」

 

「もぐもぐ…。あー、バズーカは確かに言い過ぎだなー。まーバズーカのことはあんまり知らんけど」

 

質問の結果ルーミアの答えた意見に、私とシャンクスはホッと胸を撫で下ろす。ルフィは仏頂面を浮かべた。

 

「なんだよルーミアー。この前修行したときなんて、だいぶいい感じのパンチ出せてたじゃんかー」

 

「それでもバズーカは言い過ぎだぞルフィ。自分の実力は正確に把握しなきゃってのがアリスの教えだぞー。あのパンチはせいぜい(ピストル)ってところじゃないかなー」

 

二人のその後のなにやら不穏な空気の漂う会話に、私の背中から冷や汗が流れるのを感じた。シャンクスとベックさんがこちらをなんとも言えない目で見てくるのに対して、私は全力で視線を反らす。

 

知らない知らない。確かに私はそんな風なアドバイスをした記憶があるけど、それはルーミアの能力制御のための訓練時に言った言葉であって、別にルフィの修行のために言った言葉じゃないもの!

 

そりゃあまがりなりにも妖怪であるルーミアと殆ど毎日まともにチャンバラやってたらそれなりに鍛えられるのは判る。幻想郷縁起には、やりようによっては一般人にも対処可能とか書かれているとはいえ、裏を返せばそれはまともにやりあったら一般人に対処は出来ないということである。そんなのとチャンバラやってたらそりゃあある程度は強くなるだろう。ルフィが強くなってくれる分には全く問題がないので二人の修行は放っておいたのだが、パンチがピストル並みって本気か?私、そんなの知らないし聞いてないわよ?

 

そこまで考えて、私はある恐ろしい事実に気が付いた。そう言えばルーミアって今、絶賛成長の真っ最中だった。精神的な成長は妖怪の成長。強くなろうとする心構えが妖怪を強くする。

 

しかも少し前にちょっとした興味で私はルーミアの頭についてたリボンの残骸を解析してみたことがあるのだが、あのリボン、いや、御札とでも言うべき髪止めには、かなり強力な『成長阻害』の効能が付与されていたのだ。何でそんなものが頭に引っ付いていたのか知らないが、タイミング良くその御札がとれた今、ルーミアは過去最高速度で成長していると見ていい。

 

毎日強くなるための修行をする妖怪なんていたらそりゃあ強くなって当然だ。成長を阻害するような枷が外れた今のルーミアは多分、能力無しでも妖怪として中堅位の強さを持っているんじゃないだろうか。ざっと視た感じ、素の身体能力だけでも白狼天狗並みの強さはありそうである。

 

となるとだ。そんな急成長中のルーミアと一緒に修行して、まがりなりにもその修行についてこれたルフィの強さってのは、一体どうなる?そもそも考えてみればルフィはあのガープさんの孫なのだ。常人以上に強くなる素養は確実に持ち合わせている。

 

これはもしかして、やらかしたか?

 

いや、別にルフィが強いってこと自体は今後のルフィの将来を考えるのならむしろ良いことだし、やらかしって程でもないと思うんだけど、そうは言ってもなんだろう。このモヤモヤとしたやってしまった感は…。

 

そう。これは多分あれだ。ルフィが強くなってしまうと、手のつけられない感がガープさんに近付いて行ってるような気がするという不安感から来るモヤモヤだ。腕のたつ子供なんて、正直言って悪夢以外の何者でもない。私の保護下に置いておける自信がない。ただでさえルフィは突拍子の無い行動をよくする子供なのだ。はっきり言ってルフィが例えばガープさんに張り合えるくらい強くなったとしたらそれはもう私の手に余る。

 

超個人的な問題ではあるが、それでも問題は問題だ。私は思わずこめかみを押さえた。

 

「おうおうルフィもアリスもなんだかごきげんナナメだな!」

 

「楽しくいこうぜ何事も!」

 

「そう!海賊は楽しいぜェ」

 

「海は広いし大きいし!!いろんな島を冒険するんだ」

 

「何より自由っ!!」

 

その上酔っぱらいの有象無象どもが余計なことを言い始めた。今のルフィに変な期待感を抱かせないでほしい。言っとくけどね。見えてないみたいだけどお宅等のお頭さんもけっこう今微妙な顔してるからね?

 

「お前達、馬鹿なこと吹き込むなよ」

 

見るに見かねたのかシャンクスが、珍しく船員達にまともな注意をとばすも、酔っぱらい達は「だって本当の事だもんなー」等と言って暖簾に腕押し糠に釘だ。

 

「お頭いいじゃねェか。一度くらい連れてってやっても」

 

「おれもそう思うぜ」

 

うわ。とうとう直接的に誘ってくる奴が出てきた。

 

「ちょっとちょっと。いい加減にしなさい。ルフィに海はまだ早いわよ」

 

「ええー!アリス!余計なこと言うなよ!」

 

「あなたがなんと言おうと駄目よルフィ。私は家族として、あなたがちゃんと一人で何でも決めて行動できる大人になるまでは本当に危ないことはさせたくないの」

 

とは言っても、こんな説教じみた台詞に素直に納得してくれるルフィではない。良くも悪くも諦めが悪いと言うか、意地っ張りと言うか…。

 

「お頭はどう思います?ルフィを乗せてもいいでしょ」

 

余計なことを言った船員は、仲間からの同意を得られたのを良いことに、今度はシャンクスに意見を仰ぐ。ルフィはキラキラと期待に目を輝かせた。

 

私が若干の不安を覚えつつシャンクスの方を見ると、シャンクスはピシャリと言った。

 

「じゃあかわりに誰か船を下りろ」

 

「さあ話は終わりだ飲もう!!」

 

「味方じゃないのかよ!!」

 

さすがお頭。まがりなりにも船長をしているだけのことはある。シャンクスの鶴の一声によって、調子に乗っていた船員達はさっさと大人しくお酒を呑みに戻っていった。ただ一人残ったルフィがまだグチグチ言っているが、シャンクスは一向に気にしない。

 

「要するにお前はガキすぎるんだ。せめてあと10歳年とったら考えてやるよ」

 

「このケチシャンクスめ!!言わせておけば!!おれはガキじゃないっ!!」

 

ルフィが青筋を浮かべるのを見たシャンクスは、へらへらと笑いながらジュースをルフィに差し出す。

 

「まァおこるな。ジュースでも飲め」

 

「うわ!ありがとう!」

 

「ほらガキだおもしれえ!!」

 

「あ!きたねえぞ!!」

 

大笑いするシャンクスに、ルフィは憤慨する。シャンクスが大人げないのはまあ見ての通りだが、ただそれでもジュースを放り出さない辺り、ルフィもやはり素直な子供だよなあと思う。

 

「ふうっ!!もう疲れた。今日は顔に大ケガまでして頼んだのに!!」

 

「ルフィ。お頭の気持ちも少しはくんでやれよ」

 

むくれるルフィに、ベックさんが咥えた煙草に火をつけながら話しかける。

 

「シャンクスの気持ち?」

 

「そうさ…。あれでも一応海賊の一統を率いるお頭だ。海賊になる事の楽しさも知ってりゃその反対の、過酷さや危険だって一番身にしみてわかってる」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべるルフィに、ベックさんは丁寧に、諭すように語る。

 

「わかるか?別にお前の海賊になりたいって心意気を踏みにじりたい訳じゃねェのさ」

 

非常にためになる素晴らしい話ではあるが、問題があるとすればそれはルフィがその話を理解するにはまだまだ幼すぎるということだ。案の定ルフィは

 

「わかんないね!!シャンクスはおれをバカにして遊んでるだけなんだ」

 

と、全然納得してはくれなかった。

 

「カナヅチ」

 

そしてルフィの反論も、プッと吹き出しながらボソリと呟き背中を震わせるシャンクスを見れば納得するしかない。ベックさんも若干呆れ気味だ。

 

「相変わらず楽しそうですね船長さん」

 

と、そのタイミングでマキノが厨房からビールの樽を持って来た。けっこう頻繁に私はマキノの仕事を手伝うから裏手の在庫もそれなりに把握しているのだが、あのビールの樽、もしかして一番最後に出すやつじゃなかったか?少なくとも昨日の段階でお酒の在庫はそこそこあったような気がしたのだけど。

 

あの酔っぱらいどもこの短時間でそんなに呑んでやがったのか…。

 

マキノはルフィとシャンクスの二人から注文をとると、せっせと料理を作り始める。相変わらずまだ若いのにしっかりとして実に器量良しな娘だ。今まで私の周囲にいた少女どもなんかろくな性格したやつがいなかったから、マキノという私の友達の存在はなんだか私を新鮮な気持ちにさせてくれる。

 

「いやほんと、血気盛んな幻想郷の少女連中に比べてマキノのなんとおしとやかなことか…。ルーミア。貴女も立派なお姉ちゃんとして成長したいなら、マキノをお手本にするといいわよ」

 

「なんだかアリス、言ってることがババくさいのだー」

 

なん…だと…。

 

心底善意100%で語りかけたというのにその返事がよりにもよって私がババくさいだと?ルーミアめ。舐めたことを言ってくれるじゃないの。年齢的にはそっちの方がよっぽどご高齢のくせに…。大体私の年齢はまだ――

 

「それにわざわざ今更マキノを見習わなくたって、私は既にアリスを見習ってるから既に用は足りてるだろー?」

 

「なんと」

 

この子…心得ていらっしゃる!?下げた後すぐに上げるなんてテクニック何処で覚えたのかしら。お陰で私が心のなかで振り上げた拳の下ろし処が行方不明になってしまった。

 

「あー、そうね。嬉しいことを言ってくれるじゃないルーミア。貴女がそう思うのならば、まあ別にそれでも」

 

「まーでもおしとやかさって意味なら、確かにアリスよりはマキノを見習った方がいいかもだけどなー」

 

「おいどういう意味よそれ」

 

下げて上げてまた落とすとは…。この子、良く心得てるじゃないの…。主に挑発の仕方を。

 

いいよ?その喧嘩買うよ?姉妹喧嘩いっちゃう?ちょっと表出る?

 

私がこめかみに血管を浮かべつつ席を立とうとすると、今度はそのタイミングでマキノがみんなから注文されたものを運んできた。私は再び拳を振り下ろすタイミングを失う。

 

「くっ…。ルーミアあなた、後で覚えてなさいよ」

 

「わはー。久しぶりにアリスと本気の試合ができそうだなー」

 

確信犯かこいつ…!?私の手に負えなくなってきてるのはルフィだけじゃない!?

 

私が戦慄しているとその瞬間、店の入り口のスイングドアが勢いよく蹴破られた。ガヤガヤと騒がしかった酒場が一瞬にして静まり返る。

 

「邪魔するぜェ」

 

突然の闖入者は、そう言ってずかずかと大勢で酒場に上がり込む。

 

「ほほう…これが海賊って輩かい…。初めて見たぜ。まぬけな(ツラ)してやがる」

 

リーダー格と思われる見るからに不潔そうなおじさんは、ニヤニヤと笑いながらそのままカウンターまで歩くと、

 

「おれ達は山賊だ。――が、…別に店を荒らしに来たわけじゃねェ。酒を売ってくれ。樽で10個ほど」

 

顎髭をなぞりながらそんな注文をした。平常時であればなんの問題もない。いたって普通の注文である。だけど今だけは都合が悪い。

 

「ごめんなさい。お酒は今ちょうど切らしてるんです」

 

「んん?おかしな話だな。海賊共が何か飲んでるようだが、ありゃ水か?」

 

「ですから、今出ているお酒で全部なので」

 

恐縮しつつも山賊に説明するマキノ。そこにシャンクスもさりげなく仲介に入る。

 

「これは悪いことをしたなァ。おれ達が店の酒飲み尽くしちまったみたいで。すまん」

 

そう言いながらシャンクスはちょうどテーブルの上にあった新品のボトルを持って冗談めかしながら

 

「これでよかったらやるよ。まだ栓も開けてない」

 

と、山賊に差し出す。

 

ただ、私が思うにああいう小物っぽい山賊相手にそのムーブはどう見ても悪手としか―――――ボトルが割れた。

 

どこで割れたのかと言えばシャンクスの頭の上でだ。

 

山賊はシャンクスから奪ったボトルをそのままシャンクスに叩きつけた。硝子片と中身が飛び散る。

 

ヘイトをマキノから自分に集めるのが目的なのだとしたら確かに成功していると言えるが、飛び散ったお酒がシャンクスの隣に座っていたルフィにも少しかかっているのがマイナスだ。賊同士のゴタゴタにうちの弟をちょっとでも巻き込まないで欲しい。

 

あとルフィ。あなたはいい加減片手に持っている謎の果物を一旦置きなさい。こんな状況なのにムシャムシャ食い続けるとか空気読めないってレベルじゃないから。いや待って、その果物真面目に何?見たことない上にかなり毒々しいんだけどそれほんとに食べて大丈夫なやつ?

 

「おい貴様。このおれを誰だと思ってる。なめた真似するんじゃねェ…。ビン一本じゃ寝酒にもなりゃしねェぜ」

 

山賊のドスを聞かせた声に私はハッと意識を戻す。危ない。ついうっかりどうでもいいことに気を取られてしまった。よくよく考えたらどんなに毒々しかったとしてもマキノの店が出してるものなんだから本当に毒な訳がないじゃない。この世界のまだ見ぬ新フルーツであるに決まっている。

 

…この前在庫を確認したときあんな果物あったかしら…?

 

私が本格的に気を取られている間にも当然話は進むわけで、山賊は懐から一枚の紙きれを取り出した。

 

「これを見ろ。八百万ベリーがおれの首にかかってる。第一級のおたずね者ってわけだ。56人殺したのさ。てめェのような生意気な奴をな」

 

なんだろう。なんだかすごく見覚えのある光景だった。この世界の小物は人を脅すときにわざわざ自分の手配書を見せつける習性でも持っているのだろうか。そのために自分の手配書を常日頃から懐に忍ばせているのかと思うとお可愛いことと思わないでもないが、それをしているのが小汚ないおっさんだとそんな感情も直ぐに吹き飛ぶ。

 

と言うか私、この光景に良い思い出が無いのでできればやめていただきたいのだが…。

 

八百万ベリー。東の海(イーストブルー)の平均賞金額が三百万ベリーであることを考えると確かにここら辺ではそこそこの凶悪犯なのかもしれない。赤髪のシャンクスみたいな生意気な奴を56人も殺したのが本当なら大したものだ。でも、山賊としてその喧嘩っ早さでその金額なのだとしたら、実力の方はお察しでしょう。少なくともこの酒場の客連中からしたらネタにもならない正真正銘の小物でしかない。実際、シャンクスも相手にする程のものでもないと思っているのか、手配書によるとヒグマとか言うらしい山賊をそっちのけで割れたビンを片付けようとしていた。

 

だからさ。小物相手にその動きは煽ってるようにしかみえないんだって。すごく指摘したい。関係ない面倒事には巻き込まれたくないから言わないけれども。

 

案の定、ヒグマはシャンクス態度が気に入らなかったらしく、腰のサーベルを引き抜いて一閃し、テーブルの上にあったお皿やグラスをしゃがんでいるシャンクスの頭上に散らかした。

 

「掃除が好きらしいな。これくらいの方がやりがいがあるだろう…!!」

 

ちょっと。ボトルごと買われた酒ならともかく店側が使い回す皿やグラスを割ないでよ。営業妨害でしょうが。

 

一瞬いらっときたけど、店員でも店長でもない一介のお客さんがわざわざ口を挟む事でもないので自粛する。私は前回の轍を踏むほどお馬鹿な女ではない。この村に来て一年以上は経っているのだ。この村のルールがよくわからないとかふざけたことを言い訳にすることももうできない。

 

そんなことをぼんやり考えているうちに、山賊達は周りに威張り散らしながら店を出ていった。酒が無いから酒のある別の町に行くようだ。実に順当である。

 

山賊が出て行った後、酒場は笑いに包まれた。天下のお頭様がその辺の山賊にこっぴどくやられたのだ。そりゃあ笑いもするだろう。いくらなんでもダサすぎる。少なくとも今のシャンクスの現状で格好はつかない。私も苦笑いが表情に出てしまってるしルーミアにいたっては誰よりも爆笑している。っていうか、ルーミア顔赤すぎない?店のお酒が無くなった原因ってもしかしてアナタじゃないでしょうね…。

 

「なんで笑ってんだよ!!!」

 

 

「ん?」

 

皆が大笑いする中。一人だけ現状に沸々と怒りを燃やし、爆発させている人間がいた。

 

ルフィである。

 

「あんなのかっこ悪いじゃないか!!!何で戦わないんだよ!!!いくらあいつらが大勢で強そうでも!!あんなことされて笑ってるなんて男じゃないぞ!!!海賊じゃない!!!」

 

ルフィの発言に、私は心のなかで頷く。全くもってその通りだと。

 

シャンクスの先程の行動原理は男のものでもなければ海賊のものでもない。

 

あれは()()()()の対応だ。

 

例えば私みたいなのが当事者なら今頃ヒグマは地面を舐めることになっていたでしょうし、ルーミアでも似たようなことになっていただろう。ここにいたのがマキノだけだったら、それはそれで上手くあしらっていたのだと思う。強い女の対応。大人の女の対応。対応の仕方は人それぞれだ。しかし、()()()()()()()()()

 

正しさは一つではないし、例え結果的な格好がダサくても、必ずしも格好が悪いとは限らない。

 

シャンクスはあの時男の対応を取ることも出来たし海賊の対応を取ることも出来た。だけどその場合、この酒場は今以上に荒れてしまうことになる。そして何より、天下のお頭様としては、あんな小物にあんな些事で一々目くじらたてて怒ることの方が、ダサい上に格好悪いと思ったのだろう。

 

だからああいう対応を取った。大人の男としてのポリシーがそうさせた。そういう格好良さだった。

 

ちなみに私だったら死んでもそんなことはしない。服が汚れるのは嫌だしいつまでも絡まれるのはもっと嫌だ。必要以上に絡むようなら問答無用で地面に叩きつけて適度に痛めつける。実力差を納得させる。私の場合それが一番手っ取り早くて被害がでないのだから、私はそうする。大人の男の美学とかそんなものは生憎持ち合わせていない。私は私の美学を通させてもらう。しかしどちらも、周りを巻き込まないという一点で共通している。問題は自分だけで完結させる。後に残るのはただの笑い話のみ。そういう意味では、敵味方誰も傷つけなかったシャンクスの対応は、私のそれよりは完成度が高い。

 

と、こんなことを説明したとしてルフィは果たして納得してくれるだろうか。

 

無理だろうな。ルフィは多分、理屈だけでなく、自分で実際に体感しないと納得なんてしない。ルフィはそういう子だ。

 

そういう男だ。

 

「…気持ちはわからんでもないが、ただ酒をかけられただけだ。怒るほどの事じゃないだろう?」

 

だからシャンクスのそんな言葉も、今はまだ理解できない。

 

無理もない。こればっかりは人生経験がものを言う世界だ。ここは私も大人の一人として、ルフィの行く末を敢えてなにも語らず静かに見守るというなんかかっこよさげなことをしてみるとしよう。

 

怒ってどこかに行こうとするルフィのことをなだめようと、シャンクスはルフィの腕を掴んで――

 

―――――――――――()()()()()()()()()

 

「は?」

 

私の声が漏れて。

 

「おっ?」

 

ルーミアが目を丸くして

 

「な…!!?」

 

皆が酒を吹き出して

 

「手がのびた…!!!こりゃあ…!!」

 

シャンクスが青ざめて

 

「なんだこれああああああああああああっっっ!!!」

 

ルフィが絶叫した。

 

格好良さとは無縁の、阿鼻叫喚が始まった。

 

 

To be continued →




約一年ぶりくらいの投稿なのでは…。ネタがつまって以来全く書けず。失踪してしまったことをここにお詫びします。所詮アマチュアということで堪忍してください。以上。なんとかネタがを絞り出すうちに、あと一話ではフーシャ村編が終わらないことに気づいた作者でした。

いつ出せるかわからない次回予告。多分アリスでもルーミアでもない東方キャラが登場します。
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