──奇跡の歩み ヘレン・アダムス・ケラー
「……私はもうお前とは関わりたくないと目の前で叫んだ覚えがあるんだが。何だ、一年越しで野球拳を出来なかったことがそんなに悔しかったのか。そういう肌の露出を賭けることは
その一年前に色々とあったせいでその時にいた京都で路頭に迷うこととなり、何とか千本中立売通りの少し高めのアパートにて姉と共に住むことが出来るようになってから一年が経過した辺りでとんでもなくとんでもない予感がしたために、それを回避しようと模索したものの全て失敗。
深夜も深夜、もう少しでクリスマスも終わるであろう時間帯に一年越しに彼らと顔を合わせることになろうとは、正直思わなかった。いや、思っていたのだけれど、思いたくなかったのだ。
球磨川禊。
私の人生がとち狂った最大にして最低の分岐点にいた男。と、『いーちゃん』もいるらしい。前よりも髪が少しだけ短くなってさっぱりし、案外一般人向けの体裁を保っているか? 私からすれば相変わらず言い表せない
「酷いなあ、僕は僕が「なかったこと」にしたことを「なかったこと」にしに来たっていうのに。やっぱり君も断るのかい? 時宮
……喋り方が少し変わったか? どうでもいいか。
「その名を名乗ることはもう出来ない、時宮は除籍させられたし刻弥という名前もその姓のオプションだ。今の私は
「ああ……はい、うん…………ぼくは見てますね……それはもう毎日のように……郵便受けのネームプレートとかで毎朝のように………………」
「は?」
『いーちゃん』は随分と気怠気、というか自分自身に呆れ返っているような、やるせなさを感じる顔と声のトーンでそう言う。のように、とは付けているが見る限りそれそのものということなのだろう。つまりは。
……は? である。
「同じ建物に住んでいたのか……」
「そうなりますねえ、ええ……はい…………」
巡り合わせが変過ぎる。変則的過ぎる。そりゃあ球磨川禊にも二度として会ってしまうわけだ。一年前の時点で既に私の運命は組み込まれてしまっていたわけである。このようなどうしようもないとしか表現のできない性質を体現している人間一人の近くに住んでしまっていては当然の結末を迎えたわけで。
タイムリープ出来るなら是が非でも自分に忠告しよう、もっと安い場所で我慢しておけ。そうすれば変な巡り合わせも無ければこの男が京都に舞い戻ってくることも無いし、ここが目的であることを悪寒してしまうことも無いしそれで知り合いも知り合いでないも関係無しに殺し名呪い名をけしかけることも無い。
「にしても、あの数時間だけで闇口、時宮に関わったと思ったら今度は全員と関わり合ったってのが流石だね球磨川くんは……あの人間失格にも遭遇したのがこれまた。崩子ちゃんを昏倒させるわ、単独で潤さんにも会うわ」
トラブルメイキング能力が強過ぎるんじゃないのかい? と別に返答しなくても良さそうな言葉を、『いーちゃん』は独り言のように連ねていく。潤さん、とはあの《死色の真紅》のことか。つまりは球磨川禊もあの存在と知り合いと言うことで、まあ何ともとんでもない関係だことで。
「本人達から話は聞いている、相変わらずふざけた戦い方をしたらしいな? ビデオ通話越しですら分かるほどに大抵が『いーちゃん』と見間違うレベルで死んだ目をしていたというのが……私はまだ軽度で済んでいたという事実がまた胸に来るぞ」
「無い胸に?」
「ようし今すぐ「なかったこと」にした私の操想術を返せ、ぶっ叩いてぶっ飛ばしてぶっ殺してやる」
「お、やっとラストツーでそう言ってくれる人が出てきてくれたよ。ほら」
と。
私、に。
私の胸、正中線上、心臓腑に
刺された感触というのを説明するのも変な話だが、前とは違う感じがする。前はそれこそ、この世の最悪と最低とを混沌の鍋に放り込んで煮詰めて固めて粉砕してその破片だけを集めてもう一度溶かして煮たような感じだったが、今はそれを粉砕せずに更に何かふざけた調味料を無理くり混ぜ合わせたせいで反物質が出来上がったかのような。そんな、感じ。
「『
確かに、操想術が戻ってきた感覚はある。あるが、如何せん発動しているのかどうかは分からない。何せ、姉の
「まあ、僕に発動されても困るから僕に効か「なかった」ことにもしているんだけどね」
そう甘くはないらしい。私達姉妹はその術を制御しきれず常時発動しているがために落ちこぼれだったわけで、姉妹同士でも互いの姿を視認できていない。ここ一年ほどは、姉は私を認識できていたようだが、私は出来ていないのだ。
嫌いな奴の姿がまるで家族のように馴れ馴れしくしてくるというのは全く慣れない。いや、まるで、ではなく正真正銘家族ではあるのだが。
「ああ、姉にも会っていくか? 球磨川禊には関係のない相手と言えばその通りだが……思い出話をしに来たのなら相手にはなれるだろう。特に『いーちゃん』に関しては会っていってほしいのだが」
「……ぼくですか。何かしましたっけ」
姉がどうなっているのか分かっているのか、思いっきりすっとぼけやがった。こいつ、方々で自分は普通だの一般人だの色々言っていたと聞いていたが確信犯だろう。自分が漫画的アニメ的小説的ハーレム主人公の位置にいれることを理解しているだろう。
「何かした。ああしたとも、おかげであの姉は前以上に周囲への興味が無くなった。操想術が自動で使用されている以上、同じ
時宮を除籍させられて、金の伝手無し。加えて私は操想術が「
尚、今も操想術を発動させ続けている姉は何もしていない、所謂ニートである。仕方が無いが、事ある毎に『いーちゃん』の素晴らしさを聞かされる身にもなってほしい。
「あれ? となると、君達の操想術は「なかったこと」にした方が良い事だったりする?」
どうも、理解したらしい球磨川禊の質問。
「そうだが。私も先程勢いで返せと言ってしまったがこれではパートに出れなくなったな。何にせよ、適当に次の仕事を探すだけだ」
「……やっとこの長い旅の目的がきちんと果たせたと思ったら意味が無いどころか悪い方向だったとか傷付くなあ…………」
そうか、この男にとってはそうなるのか。私からすれば今まであったものがいきなりなくなって環境も変わっただけで、それが元通りになっていくだけなのだが。そう考えると文字通り、
「それよりも『いーちゃん』、寄っていかないか。寄っていけ。寄れ。責任を取れ。とても姉が面倒くさい。寄れ。頼むから寄れ」
「絶対に嫌です帰りますそれじゃあ」
「球磨川禊、何でもしてやるからその男を引き摺ってでも寄って行ってくれないか」
「えっ本当!? 寄る寄る寄る寄る!」
「ほんと君は自分の欲望に忠実だなあ!!」
話しているうちにずりずりと、じわじわと後退っていく『いーちゃん』がばっと後ろを向いて走り出したところで球磨川禊にそう持ち掛けると問答無用で『いーちゃん』の右足を螺子切って止めた。引き摺ってでも、と言うか何と言うか。
しかもその傷も一瞬瞬きをするうちに
「いやあ、女の子から、それも金髪碧眼の美少女合法ロリから「何でも」なんて言われると心がうきうきしてつい犯罪とかやっちゃいそうだね」
「君は存在が犯罪だよ。存罪だよ」
ううむ、この男、止めを刺したり凌辱をしたりするわけでもなく野球拳などといきなり言い出すあたり、何でもしてやると言うと尻込んで多少ゆるい要求をしてくると踏んでいたのだが、今思うと浅はか過ぎたか。
裸エプロンとかさせられかねない。合法ロリとか当人を目の前にしてとんでもないことを口走っているし、裸ジーンズもあり得る。全裸パーカーとか? にしても、この男にとって私は一応美少女の範疇に入るのか。パートの連中だとか、そういう反応をしないので、そこまで自身の容貌が優れているわけではないのだと思っていたのだけれど。
「まあ、金髪碧眼だとそういうフィルターもかかるか……」
純粋に、珍しいから可愛く見える。特別に思える、とか。それか後はあれだ、この男の周りにいる女が絶望的か。何が絶望的かは言わないが。ただ、《死色の真紅》は凍てつくような美人だと聞いたことがあるのだが、そう考えると違うのかもしれない。
「うん? えーっと……上辺春さん、もしかして僕が本心でそう言ってないと思ってる?」
「いや、今のお前ならば本心なのだろうよ。一年前ならば冗談だと思っているが、
「あははー、どうだろうねえ? 僕は僕でも思い通りにならない
お前の冗談は存在だけにしろ。
「ああ、今やっと合点がいきました」
ふと、『いーちゃん』がそう言う。今はもう玄関で靴を脱いでもらって、廊下を歩いて姉のいる居間の扉を今まさに開けようとせんところなのだが。私と球磨川禊の会話で何か思い出したことでもあるらしい。
「最近、近所のスーパーでやたらとアイドル的な感じで噂されている金髪美少女って貴女のことだったんですね」
「私そんな持ち上げられてたのか!?」
初耳なんだが!
というか何だ、同じスーパーにいたのか!? 巡り合わせというか、よく今まで遭遇しなかったなという感想が出てきてしまうほどだぞ、感嘆するわ! 遭遇したらしたで気まずいわけだが……いやそうじゃなく、じゃあパートの奴等は噂しておきながら私に対しては普通に接していたのか、凄いな!
「
「君が言うと何故か説得力があるんだけど、何、球磨川くん、
「うーん、それは怪しいとこなんだよね。僕って元々惚れっぽいからさ。で、僕に対してちゃんと相対してくれるのって純粋過ぎる人とかだから、必然的にそういう幼めの子とかが多くてさあ。まあそういうわけじゃないんだけど」
違うのならば何故そう言った。
「というか、いーちゃんの方が
「言わんとすることは分かるけどそうだ、ぼくもたまたまそうなっちゃった系だ」
「いえーい」
「いえーい」
ノリ良く二人はハイタッチ。仲良しか。仲良しなんだろうけど。明らかに似た者同士、同族嫌悪も許さないレベルでの、同一存在と言っても過言ではないくらいに気質・性質が同じな人間なのだ。一年前ならば多少は違っていた印象を受けるが、今となっては見た目と喋り方以外で区別が付かなかったりする。
そんなことは置いておいて、何はともあれ『いーちゃん』を姉の宍凛に合わせる方が先だ。あの姉のことだから、『いーちゃん』を見ただけで取り乱しそうな気もするが、まあ。それはそれということで、御開帳────だが。
「…………誰?」
そこには姉ではなく、金髪ボブカットで翠眼垂れ目、私とは違ってふくよかに育った体を強調するかのような胸の開いたふわふわ桃色ワンピースを着た女がいた。誰だ。私のこの部屋にいるのは姉、私にとっての嫌いな奴、要は球磨川禊・制服バージョンがいるはずだったのだが。
誰だよ。
「えー、ひっどいなーきざっちゃん! 私は私だよう、誰? なんて今更他人行儀に!」
は? クソうざい奴だな何だコイツ。
いや見当は付いているのだが、こんな喋り方でこんな動き方でこんな性格でこんな外見をしていたのか。何にせよ腹が立つ。正体が分かってても腹が立つ。
「……………………おい球磨川禊、さっき「
「『
悪びれずに言う。
畜生、こいつもこいつで腹が立つ。先に言ってくれないか、おかげで覚悟が出来ていなくてすさまじいヘイトが私の中で姉へと向かっている。何故だ。何故なんだ。何でこんなのが姉なんだ。私はこんな奴のために稼いでいたのか。
「一年しか違わないだろ、何でこんなに体の成長に差が!」
「ほえ!? えっ何、きざっちゃん私の姿見えてるの!?」
片や身長一四九のまな板、片や身長目測一八〇弱の西瓜ってどうかと思うんだ。どこでここまでの差が付いた。一年だぞ。一歳差だぞ。なのにそれがどうしてこうなった。畜生、世の中全部恨んでやる。幼少期から育って分かっていたのならばまだしも、この年になって露見したというのがクる。心が痛い。無い胸が痛い。
「てゆーか何、何で球磨川禊がここに───────」
うざいのが喋り方だけで、恰好までうざくなかったのは救いだなと自分の心を落ち着けているところで、我が姉は球磨川禊の存在に気付いて私の後ろを覗こうとする。覗いたところで、思考停止。だろうな。そうだと思っていた。
「『いー…………ちゃ、ん』が……何で、ここ、に…………?」
どうやら停止しきってはいなかったらしい。
「えっと、そうですね、ちょっと色々こんがらがって、押し切られて、螺子切られてというか」
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
叫びだし、背中をこちらに向け、蹲る。恥ずかしいらしい。ぼそぼそと聞こえる声から察するに何故ここにいるのか哲学し、先に知らせなかった私に対してちょっと恨み、球磨川禊に会ったことを全面的に呪い、『いーちゃん』の目の前に出るに相応しい恰好・化粧をしていたかどうかを自問自答しているようだ。そしてその『いーちゃん』はどうやら先程の球磨川禊の行動に対して不満たらたららしい。
「さて、じゃあ私はここで。『いーちゃん』にも色々あるだろうからな、どうぞ私の姉に完膚なきまでに事実を伝えて絶望させてくれ。球磨川禊、お前はそのまま廊下だ廊下。そこで何でも聞いてやる」
と、言うと球磨川禊は直立不動。期待したような眼差しがかなり鬱陶しいが、まあ、言っている内容が内容だし仕方あるまい。そして、私は『いーちゃん』の後ろに回り込んで蹴って居間に入れて扉を閉める。
尚、姉はあの日以来『いーちゃん』についての情報収集をしていないしそもそも目を向けようともしないため、かの男が周囲の女性関係をどう終結させたかを把握していない。そもそもとしてあの姉は他人の情報を閲覧するのが好きではなく、あの十月前後に『いーちゃん』が取った行動も完全には把握していないのだ。
なので、言わずもがな。『いーちゃん』が今の境遇を全て説明すればあえなく失恋、絶望のち悲哀の嵐待ったなしの確定、心の天気予報というわけである。それがどう爆発するのかは分からないし、もしかすれば姉も悟っているのかもしれない。
「で、お前は一体何をやっているんだ球磨川禊」
「え? スカートを摘まんでいるんだけど」
確かに私の今日の服はスカートだが。尚、本来は今日は休むためにだらけた服装をしていたのでキャミソールの上にパーカーを羽織っている次第。男を招き入れる女の恰好ではないが、男二人が
ただまあ、急いで取ったスカートがよりにもよってミニスカだったのが痛恨のミス。というわけでもなかったりするが、まあ、スカートを捲るわけではなく摘まんでいるだけなので良しとしよう。何故摘まんでいる状態で静止しているのかちょっとあんまり全く全然よく分からなさ過ぎるとはいえ。
「……何でもしてやると言ったはずなんだが」
「うん、だからスカートを摘まませてもらっているよ」
どういう論理だ。
いや待て、そういえば、唯一この男に戦いをまともに挑んで無事に撤退してきた天吹の報告にあったな。自己紹介をしてる時に随分な美貌を持った少女のスカートを摘まんで満足そうにしていたと。それか。こいつさてはそれにハマったのか。
だから何なんだ?
「裸エプロンとかを本当にやらせられると思っていた私の覚悟とは一体……お前、本当に変わったんだな。趣味も含めて」
「何言ってるんだい、僕は昔から僕さ。そうじゃないと僕じゃないじゃないか」
うん、そういうウザい感じに面倒臭い御託を並べるのはお前らしいがな。
「にしても、基礎的にはお前も男、何でもすると言った女が一番警戒すべきことを要求することも覚悟していたんだが」
「うーん、そういう生々しいのはちょっと……」
顎に手を当て、困り眉で軽く首を捻る。まるで私が異常だぞとでも言われているかのような反応で若干ばかり苛立つものがある。やはりこの男、素の状態でも人にヘイトを向けるのは変わらないのか。それこそ私達姉妹の欠陥した操想術のように常時発動型なのか。
「ま、スカートを摘まむのがお前の望みだったのならばこれで終わりだな。もう会わないことを祈っとくよ」
居間からの喋り声も、一時驚く声が聞こえたりしたような気もするが、啜り泣きも聞こえなければ重苦しい雰囲気でもないし、『いーちゃん』から別れを告げる言葉も聞こえてきた。潮時といったところ、私としてはようやく球磨川禊から解放されるのか、といった感じだが。
扉が開く。
「どうだった、『いーちゃん』。面倒くさかったか?」
「思った以上に冷静なようでこっちが驚きましたよ。一応、二人分の生活費を一人で稼がせるのはやめるように言っておきましたけど、それ以外に関してはいち生活、僕が首を突っ込み過ぎることではないので。それと、まあ、ちょっとした宣伝と伝手にもなってもらう方向性で」
ちょっとした宣伝と伝手。ふむ、元とはいえ呪い名、『いーちゃん』が直接的に噂するよりも、私達が何かしらぼかしたり脚色したりした上でまことしやかに伝えていくという形が似合う話もあったりするか。有効活用する気満々だなあ、自分への好意を。
好意というか、崇拝、妄想みたいな節もあったが。しかし、面と向かって話した『いーちゃん』が冷静だったというのならば、その節はそもそもとしてあの姉の性格が混じっていただけなのだろう。
ああ、私はむしろこれからの方が悩ましいのか。今更、やっと、姉と姉妹らしい生活を送らねばならない。そのような義務感に駆られるものでもないが、気が重くなるものでもないが、どうなることやら。
「それで、球磨川くんは一体どんな要求をしたんだい? いややっぱいいや教えてくれなくて。なんかしょうもなさそうだし」
「しょうもないとは何事か! いーちゃん、君にもスカート摘まみの偉大さを教えてあげようじゃないか!」
「結構だよ」
これ以上意味の分からん変態なのかどうかわからない変態を増やそうとするな。この周辺界隈で女性のスカートを摘まむ謎の不審者が現れたらどうする。『いーちゃん』に限ってそこまで露見するようなことをするとは思えないが、球磨川禊がどこまで洗脳するかも定かではない。洗脳するとも限らない? いや絶対こいつは洗脳とか余裕でするタイプの人間だ。
「そんなことより、君の目的はまだ果たされていないだろう。時宮……上辺春さんともう一人、いるんだろう?」
「……そういえば私に対してラストツーとか言っていたな。まだいるのか? その、「なかったこと」にした対象が。だとすると途轍もなく不憫でならないが」
「ん? ああ、うん。いるよ、一人。僕でもまだ確実には把握できていない、一人」
把握できていない? これまた不思議な言葉を使う。まるで対象がどこにいるのか分からないという風だ。この男ほどどこにいるのかよく分からない風来坊そうな奴ですら行き先を把握できない存在など、世界中の誰もが見つけられないんじゃないのか?
「相変わらず把握できていないのかい。ならどうするんだ? 一応、ある程度はそっちの人も探そうとしたんだけど、全く分からなくてね。その存在自我以外は記録から何から何まで「なかったこと」にした人となると、その記録に齟齬が生じないか、とか思ってたんだけど空振りだったし」
どうも『いーちゃん』にも捜索を頼んでいたらしい。というか捜索したのか。何だ? 『いーちゃん』はさては何かしらを捜索したりする探偵なんかを目指しているのだろうか? しっくりこないな。依頼を受ける事務所を構える風体が特に……依頼。依頼か、ああそうだ。請負人、というのならば、少しだけしっくりくるか。
あのドキツい赤色に比べて、無色過ぎるが。
「あーそれがねえ、アテはあるんだ。というか出来たんだ、うん、これに関しては上辺春兆波さん、貴方に感謝しなくちゃね」
「は? 私がその消去された? 存在だか何だかへのヒントを与えた覚えは無いぞ?」
「僕のために呼んでくれた変人奇人びっくりパーティ、呪い名? 殺し名? そんな人たちごった煮の彼らだよ。彼らを仕向けて、僕を殺してくれたのがヒントになった。いやあ、久しく死んでなかったからね、あの空間のことを忘れていたや。全く、彼女はいつだって僕を捕らえているなあ」
死んでなかった、という飛んでもない言葉の力を発揮している文章は置いておき、どうもこいつは死んだ際に何かしらの空間に飛ばされることがあるらしい。それも女関係だそうだ。なんだ、こいつにぞっこんなメンヘラくさい女もいたんじゃないか。だから私の過干渉を断ったのか? そういう風にも見えなかったが。
「なら、君はもうその存在にアクセスすることが出来ると? ぼくはもう御役御免か」
「うん、そうなるね。久々に会えて楽しかったぜ、いーちゃん」
「はは、やっとかい。僕は最初から楽しかったぜ、球磨川くん」
「まるで打ち切り最終回で別れる、宿敵と書いて親友と読むみたいな関係性をカッコつけて滲ませているのは結構だがここはまだ私の部屋の中だからな? せめて外に出てやれ」
恰好付かなさ過ぎだろう。