クロスマイナス 『虚言使いと戯言遣い』   作:謂篠弐椎

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下 水俣市

「さあ、駅に入って新幹線に乗らないといけないんだけど。持ち合わせある?」

 

 時宮姉妹が退去していくのを見届けたところで、いーちゃんは気分を変えるように訊く。

 

『んー? ないよ?』『過負荷(マイナス)だからそうそう持ってないなあ』『いやまあ、持ってる過負荷(マイナス)もいるけどね。親が遠巻きに見てるだけの過負荷(マイナス)だとそれなりに持ってる』

 

「どっちにしろ君はないんだね……」

 

 僕の貯金も今月は引き出せないしなあ、と言いながらいーちゃんは携帯を触る。そのままリダイヤルから、とある人物に連絡しようとするのだ、が。そこで一つ、思い出す。とても嫌な顔をして、それはもう嫌な顔をして。

 

「……あ、そういやさっきの戦闘前に哀川さんから用件伝えられてたんだった……うわー、電話したくない」

『僕を連れ戻せ、とかだっけ?』

 

 と、言いつつもそのまま電話をかける。

 

「そうだったはず……あ、出た」

 

「おいおいいーたん、さっきはそっちから切っといてその後にそっちからかけてくるってどういう度胸が出来たんだよ。帰ってきたらさば折りされる覚悟はあるんだろうな、え?」

「い、いやいや、ちょっと退っ引きならない状況だったんですよ。で、今から駅に入ろうとしたんですが、この虚言使い、持ち合わせが全くないらしいです。それで貸してもらいたいんですよ」

「却下。とにかく帰ってこい。さもないと皮全部ひっぺがすからな」

「どこの拷問ですか、それ!? ……て、切れたし!」

 

 この場合は球磨川禊が悪いのか、水俣真美(みなまたまなみ)が悪いのか、いーちゃんが悪いのか、哀川潤が悪いのか、玖渚友が悪いのか。何にせよ、その責任を負いツケを払うのはいーちゃんであることは確実である。

 

「仕方ない……一回戻るよ」

『はいはーい』

 

 言えば、悪いとすれば球磨川禊の運。球磨川禊自身は悪くない。僕は悪くない、という奴だ。いーちゃんの運も悪いと、言えなくもないのだが。

 

 

 

「やっほー、いーたん」

 

「呼び返しておいてやっほーも何もないでしょうよ……」

 

『あっはは!』『いやしかし、哀川さんなら戻ってくる途中で捕まえると思ったんですがね』『何もしませんでしたねえ』

 

「……それは挑発と受け取ったらいいのか?」

 

 球磨川禊は思いきり睨まれる。行きはよいよい帰りは怖い、といったところか。箱庭学園に戻ろうとしたらこのような怖いお方に怖い眼で怖く睨まれるなど、早々ない体験である。

 

「つーかさ、玖渚ちんはやたらクマーのことを煙たがってたんだが。お前、何やったんだ?」

 

『何もしてないのに……』『ちょっと不意打ちで螺子伏せただけなのに……』

 

「……あれ、お前のせいだったのか。そりゃ嫌われもするだろうよ……」

 

「それ以前に、ただでさえ“普通”になりつつあるんですから。こいつの障気は耐え難いんでしょうよ」

 

『……何か酷い事しか言われてない気がするけど』

 

「いやいや、長年いーたんの傍にいたんだから、それはないだろうな。多分」

 

「こいつと一緒の扱いっていうのは、些か不愉快なんですが」

『僕もちょっとごめんかなあ』

 

「しかしだな、やっぱ似てるんだよ。ま、どこぞの零崎とは違うんだけどさ。上っ面が似てるっつーかね」

 

 その場合、果たして不知火半袖はどうなるのだろうか。球磨川禊と似ていると多数から宣われた、あの少女は。本人曰く、全く似ていない、むしろ止めてくれだとか何だとかそんな話だったはずだが。

 

「あ、そーいやさあクマーよ」

『何です?』

 

「箱庭学園ってさ、あれ、なじみんが計画した……何だっけな……フラスコ計画だっけ? まだやってんの?」

 

 流石は人類最強、離れている学園の情報でさえお見通しなんだそうだ。

 

『やってますよ。いえ、箱庭学園としては凍結中です。ただ、安心院さんが個人的に続行中です』

 

「はあ? 個人的に?」

 

『とある普通(ノーマル)を主人公化させようと、今頃修行中でしょうね』

「なっ……普通(ノーマル)にさせてんのかよ、あれを!」

 

 普通といっても、ただの普通じゃない。主人公の隣に十三年間い続けた、根性の塊。球磨川禊は本当に、彼が妬ましかった。彼と彼女の関係性が妬ましかった。彼女の彼に対する気持ちが妬ましかった。

 あの子に先に会ったのは球磨川禊だと言うのに。なのに、あの子の気持ちにも気付いていない。あの子が何故ああなのかも分かっていない。そんな、無責任な彼が本当に──────妬ましかった。

 

『そうですよ。一介の一般の普通の高校生の恋心を理屈に、主人公に勝てる主人公にしようとしてるんです』

 

「…………まあ……なじみんが選んだんなら、普通じゃない普通なのは分かるが……」

 

「あの……話が読めないんですが。フラスコ計画ってなんです?」

 

 途端、喋ってなかったいーちゃんが喋る。流石に理解が追い付かなくなったらしい。球磨川禊に対して呪い名など何だかんだ理解しがたい単語を連発していた彼だが、自分の知らないことはさらっと質問していくらしい。

 

「あー、やってることはお前の大っ嫌いなあそこと一緒だよ。人為的に、天才を作り出す。又は、主人公を作り出すことを目的とした大規模な学校裏の極秘計画さ」

 

「ああ、だから哀川さんが行かないんですね」

「ご察しのよろしいことで。あと名字で呼ぶな」

 

 はいはい、といーちゃんが流す。

 

「あたしが行ったら、取っ捕まえられて監禁されて、材料にされるのがオチだろうよ」

「潤さんだったら、捕まらないと思いますけどね」

 

「そう簡単には問屋がおろさねえよ。箱庭学園の規模は玖渚機関に匹敵するぜ?」

「……ただの変人奇人びっくり箱な学園が、ですか」

 

「ただの変人奇人びっくり箱な学園『だからこそ』だよ。つーか、クマーはそのびっくり箱に戻りたいわけ?」

『あれ、戻してくれるんですか、哀川さん』『いやあそれは感激ですね。今すぐ帰りたいんですよ』『じゃないと親が心配しますしねー』

 

「いいぜ、別に。ただし、玖渚ちんから頼み事があってよ。なじみんからも同じことさっき頼まれてよ」

『あの人善吉ちゃんの修行中にここに来たの!?』『何でいるんだよ、というか連れて帰ってほしかった!』

 

 その球磨川禊の怒涛の反応を無視して、哀川潤は一つ、その頼み事という名の条件を提示する。無論、そんなものは嫌な予感しかしないのが当然だ。何せ、言う人間は人類最強の請負人。

 そんな請負人への依頼、なのだ。無理難題に決まっている。例えば、

 

「帰りたかったら、あたしを倒せ。」

 

 とか。

 

「ちょ……いやいやいや! 何言ってんですか!? あんたに勝てる人間なんていないでしょうよ! 今や真心でも難しいってのに!」

「ん? いや、別に仲間呼んでくれていいんだぜ。あ、でもやっぱ真心は駄目な。あいつは桁違いだからさー」

「仲間連れてでも戦いたくありませんから言ってるんですよ!」

 

『甘いなあ』『見苦しいぜ、いーちゃん』『ま、その甘さも嫌いじゃあないけどね』『しかし』『たかが人類最強でしょ? 無敗じゃないんでしょ? だったら!』『僕の価値をあなたの負けによって決めるとしますよ、哀川さん!』

 

「…………好きにしてくれ……」

 

 ついてけない。そう言って、いーちゃんはそこに座り込む。どうやら観戦するらしい。

 

「おいおい。何言ってんだよ、お前過負荷(マイナス)だろ? 過負荷(マイナス)は、価値がないから負越(マイナス)なんじゃないのかよ? まあいいや、いーちゃんに似てるお前のことだ、楽しませてくれよ! 球磨川禊!」

 

『何の気なしに飛ばす奴が悪い。だから』

『帰りたい奴を止める奴が悪い。だから』

『先に仕掛けてきたほうが悪い。だから!』

『僕は悪くない!!』

 

 

 

「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 

『…………………………………………………………………………………………………………………………っ!!』

 

 

 

 凄まじい。

 

 その一言に尽きる戦争だった。殴ったり蹴ったり、刺したり飛ばしたり、もうどちらが劣勢でどちらが優勢なのか分からない。飛び交う螺子と拳と脚。まだ一分も経過していないというのに、もう終盤みたいな戦い方が続いている。

 

 ただ。

 

 球磨川禊はあくまで過負荷(マイナス)。マイナスだ。負けがたきを負けてきた、マイナス。ならば生涯無敗と引き分けた人類最強相手に、勝てるわけがないのだ。昨日のようにこの戦いの先も。昨日よりも、見え透いている。

 絶命こそ、『劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』を持っている彼にとっては何事でもなくなったが────勝てないことは確定だ。相手は頼まれて戦っている。須木奈佐木咲が操ってあの人達と戦わしていたのと似た状況。既に、玖渚友と安心院なじみには負けている。

 

 二人に負けて、一人に勝てるか。

 

 勝てない。

 

「……勝てないと仮定しても、ここまで戦えれば十分なんだろうけどね。僕じゃ、十秒も保たないだろうなあ」

 

「!」

 

 しかし。

 

 勝てなくても形勢が逆転することは多々ある。その後にまた形勢逆転されるとしても、だ。それが今だった。

 

「……なっ…………」

 

 深々と哀川潤の正中線上に、心臓の位置に、ぴたりと。ヘッドの窪みがマイナス型の、螺子が一本。刺さっている。長く長く、胸を貫いて床にまで先端が刺さってしまっている、一本の螺子。螺子込まれた、螺子。

 

「……これが……『却本作り(ブックメーカー)』……っ!!」

 

 安心院なじみから聞いていたのだろう。その効能を、知っているようだ。

 

『…………………………』『あんまり『劣化大嘘憑き(こんなもの)』に頼りたくなかったし』『同じ技も使いたくなかったんですけどね…』『哀川さん』『あなたに』『『却本作り(それ)』が刺さるまでの時間を、「なかったこと」にしました。』

 

「………やっぱ何でもアリかよ、そのスキル……!」

 

『何でもアリ……には程遠い』『何故なら』『哀川さん、あなたはそれを抜け出せる』

 

 黒神めだか以上なのだから。しかも、今は劣化している。玖渚友に刺さった螺子すら抜くときた。どこに通ずる要素があるのか。どこに通じる理由があるのか。────ない。ならば、フェイント程度にしか使えない。

 

「……は! 絶世の過負荷(マイナス)野郎が!!」

 

 立ち上がる。あの時と、あの子と同じように、立ち上がる。

 

「嘘は憑かなくていいのか? まあいいけどよ─────そんじゃま! 再開と行こう、かっ!?」

 

 そして、その上半身にも螺子を螺子込む。しかしこれも効くわけがない。この程度が効くなら、もう勝っているのだから。いつまで経っても理由を付けて負け続けている彼が、こんな時にこんなことで、勝てるとでも。

 

「不意討ち闇討ち騙し討ち! 上等だ、もっと来い! そして価値を見せつけろ!」

 

 哀川潤は、やはり黒神めだか以上だなと、球磨川禊は確信する。黒髪めだか以上の、異常だなと。球磨川禊の気も知らないで、かかってこいなど猛々しく吠えてくる。やれやれだぜ、とぽつり。

 

『ならばお望み通り見せつけ────』『───ません!』

 

 勿論、今のもフェイントだ。哀川潤に勝つにはフェイントの嵐の中で、僅かな隙を狙うしかないだろう。足を狙って螺子込み、哀川潤を後ずさらせる──はずだった。

 

 が。

 

 哀川潤は螺子込まれた螺子を、そのまま受けた。

 

『!?』

 

「ほーう、その反応を見る限り、何か狙ってたな……虚言使い。だけどな、「虚を突く」って知ってるか? いやあ、実際、こっちを想定してんじゃねーかってひやひやしたぜ。ま、嘘に憑かれてるお前にゃ虚に突かれてるのが毎日だろうがな」

 

『…………』『流石、ですね。驚きですよ』『そんな事をするなんてね─────』

『で』

『まあ』『これでもう僕はネタ切れですよ』『あとは───』

「惨めったらしく! みっともなく!! 勝ちに固執して最後まで戦いましょうか!!」

 

 途端、球磨川禊の雰囲気が変わる。それを、いーちゃんは感じる。括弧付けずに……格好付けずに、言った。

 

 清々しく負けようという意思だろうか?

 それとも本気で勝ちにいくのだろうか?

 

 分からない。

 

 分からないからこそ────価値がある。

 

「……吹っ切れたか……。よおし、いいだろう! あたしも本気でやってやんよ! どっからでもかかってきな、球磨川禊!」

 

「…終わるとしたら、どっちが勝つかな」

 

「あははははははは「あははははははははは「あはははははははは「あははははははははは!!」

 

 球磨川禊と哀川潤の笑いが部屋中に反響する。中で、いーちゃんは呟く。

 

「却本作りを抜いていないから、基本ステータスは一緒なんだっけな」

 

「ほらほらどうした、負けてもかかってくるのが過負荷だろ!」

「何言ってんですか────まだ負けてませんよ!」

 

 ────こんな戦いを、いーちゃんは少し前に見ている。同じもの同士の戦い。想影真心と、哀川潤。その時の勝因、そして敗因は、何だったか。リーチの長さと、血液の量。体躯の違い。ならば、今回も。

 

 哀川潤が────勝つ。

 

 見たところ、球磨川禊は『却本作り(なに)』も『劣化大嘘憑き()』もを使っていない。傷が(なお)ってすらないのだ。

 

「は、あっ」

「く、は」

 

 二人同時に床に膝を付く。そのまま、微妙な平行線のように、倒れる。

 

「があああああっ!」

 

 しかし、結末はやはり、いつかと同じ。

 

「はっ……清々しい勝利だぜ、全くな! あははは!」

 

 哀川潤が、立ち上がって勝つ。

 

「…………ちゃんと、また負けた。畜生、悔しいなあ!」

 

「ま、お前は帰れないんだけどな……ならまたすぐ戦えるだろ。明日にでもやろうぜ」

「……はは、嫌ですよ」

 

 どちらにしても。

 

「……それはいささか厳しすぎるのではありませんの、お友達(デイアフレンド)?」

 

「!」

 

「小唄……てめぇ見てたのかよ。見てたんなら分かるだろ、こいつは負けた。だから残る」

「三全ですわよ、お友達。了承ならきちんと貰いましたわ。球磨川禊を、箱庭学園に帰す了承ならば」

 

 すると、石丸小唄は一枚の紙切れを取り出す。見ると、確かに球磨川禊の帰還了承についてかかれている。安心院なじみのサインと、玖渚友のサイン付き。この短時間で、それほどの書類を整えてくるとは。いつしかの戦挙よりも早い。

 どこかの誰かが、こんなことを見越してどこかの誰かに事前に知らせておいたのかもしれない。

 

「……裏でルール変えてんじゃねえよ」

「しかし、言ったとしてもあなたは興味本意で球磨川禊と戦ったのでしょう? お友達」

 

「……仕方ねえ、費用は後払いであたしが受け持ってやらあ。代わりに、安全に箱庭学園まで返してやれよ」

「請け負いましたわ、お友達(デイアフレンド)

 

 

 

 石丸小唄のヘリコプター内。

 

『へえ、自家用ヘリですか』『お金持ちなんですねえ』

「……私はあまりあなたと話す気はありませんわ、球磨川禊」

 

『つれませんね』

「哀川潤の言う通り、確かにあなたとは気が合いそうですが。あなたには根尾に近い雰囲気がありますわ」

 

『しかしですね、お礼くらいは言わせてもらいましょう』『ありがじ────』

「お礼なら」

 

 球磨川禊が渾身のブリザード級のベタなギャグを言おうとしたところを、一言で遮る石丸小唄。流石である。似たような者と謳われるだけあって、扱いはお手の物ということか。ただ、それが果たして似ていることに通ずるのかは確証は無いが。

 

「お礼なら、とあるお友達に言って欲しいところですわ。実際、あの子が伝えてくれなければ、私はあなた達の戦いを一全も知りませんわ」

『…………ひとつ質問ですけど』

 

「何です?」

『そのお友達は、不知火半袖という子ですか?』

「そうですが。そうだと何か不都合でもおありでしたの?」

 

 その後には、ヘリの駆動音以外の音が響かなかった。その駆動音自体が止まるまでは。

 

 

 

 撃ち落とされた。

 

 それが一番正しい表現方法だろう。明らかに誰かから撃たれていたのだから。正確に言うと、石丸小唄の頭とヘリコプターエンジン部を狙って。実際当たったのはヘリコプターエンジン部だけだが。

 

「誰でしょうか」

『気になるなら確認しに行けばいいんじゃないんですか』『どうせこのヘリ、墜ちるでしょうし』

「それも十全に一理ありますわね」

 

「おやぁ? おっかしーなー……暗殺しないといけねぇのに……暗殺できてねぇじゃん。これじゃ闇口の評判がた落ちじゃん、けひゃひゃ」

 

 奇異な笑い方をする、女が喋る。

 

「ふむ────闇口衆の方ですわね」

『………………あ』

 

 石丸小唄は上から飛び降りて颯爽と現れたが、球磨川禊は普通に落ちただけだった。いや、ただ落ちた、というか落ちただけならそれはもう派手に落ちた。というか死んだ。頭から落ちて脳漿と血液を撒き散らして、首から上───否、首から下を無くして豪快に死んだ。京都に落ちてきたときと全く同じ死に方である。

 

「……暗殺対象じゃないのが死んじゃったじゃん」

 

 が、今回ばかりはその死に様の目撃者が二人ほど。流石に闇口衆であろうと、ここまであっけなく自殺並のことをして死んだ人間は見たことがないらしい。おそらく、これからもないだろう。

 

「一周してむしろ十全な死に方だと褒めてあげたくなってきますわ……」

 

 石丸小唄も驚きと呆れを見せていた。明らかに呆れの方が大きいが。

 

『『劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』────』

 

「!」

 

 しかし球磨川禊の能力を知らない闇口衆は、更なる驚きを隠せない。何せ、死んだはずの人間が生き返るのだから。死んだと思ったら実は生きていた、などではなく。どう考えても死んでいた人間が蘇る。尚、石丸小唄は既に知っていたのか全く驚いていない。

 

『いやはや、すみませんねえ』『ちょっと手と足と頭と胴体と関節が滑りました』

「それは全部ではありませんの?」

 

「な……な、なあっ!? いやいやいや、おっかしいだろ、生き返ったとか! どういう神経してんだよって話じゃん! お前それ、何をどうやっても説明できないじゃん!?」

 

『なんか、いちいち説明するのも面倒臭いなあ』

 

 石丸小唄と球磨川禊の戯れ合いは置いておき、盛大に分かりやすく驚嘆してくれる闇口の人間。だがついに球磨川禊は自身のスキルの説明すらする気がなくなったらしい。箱庭学園においてはその自己紹介をする機会があまりなくなっていたために、今更このように立て続けに説明するのは骨が折れるのかもしれない。現に、首の骨は折れたわけだが。

 

「い、いや、お前はどうでもいいんじゃん。私は、石丸小唄を殺しに来たんじゃん。つーわけで石丸小うぶべらっ!」

 

 そんな宣言を無視して、十全なる蹴りが十全に闇口衆の鳩尾に入った。名前を名乗れてすらいない。名乗る前に十全に気絶してしまっている。そのため、先程からこの闇口の名前を記すことが出来ていないではないか。

 

「じゃんじゃんじゃんじゃん五月蝿いですわ───闇口衆程度が、私を殺せるなどと思いあがらないで欲しいものですわね。むしろ殺していませんので、生存料として主人を教えてもらいたいですわよ?」

 

『いや、気絶していますから』『聞こえちゃいませんよ、多分』

「あら」

 

 どうやら気付かなかったらしい。あんな蹴りが入れば、普通気絶すると考えた事はないのだろうか。加えて、その行動を見てまさかの球磨川禊が常識人のような立ち位置に収まってしまっている。

 

「『殺し名』というからには、相当な頑丈さを持っていると思いましたのに……意外に脆いですわね」

 

 しかも、故意的に力を込めたそうだ。信頼、なのだろう。一応。

 

『……で、どうするんですか?』

「どうするも何も。あなたが無事では無くなった以上、あなたを送るという請け負いが破綻しましたわ。それに、ヘリも無くなってしまったのですから」

 

『いえ、この人をどうするのか訊いたんです』

「でしょうね」

 

 そしてやはり、何故か球磨川禊が常識人枠になりかけている。

 

 

 

「……あいつら……私が目が醒めてもまだ話し合ってるじゃん……。私ってそんな影が薄かったか……?」

 

 暗殺者であれば影が薄くて正解なのだが。それでも、この状況だと普通にハブられているだけな気がするようだ。

 

「おや。目を醒ましましたか。上手く調節できたようですわね。十全に気絶させたとはいえ、吐いてもらいたい事もありましたのでね。少し浅目に入れされてもらいましたわ」

 

 闇口衆は無言を貫く。尚、上手く調節したなどと宣っているが、石丸小唄はそんな調節を全くしていない。さきほどの気絶させた下りの話をこの闇口が聞いていない上でのはったりである。そのあっさり加減もあってか、球磨川禊にとってはこの者は先程の時宮と同様の所属か、と思っている。

 

「私は拷問された程度で吐くような情報なんて持ってないね、拷問以上の事をされても吐かないね!」

『どんな拷問がお好みですか小唄さん?』『個人的には拷問以下のことがしたいんですけど』『なんかあります?』

「それならばあなたは何もしないでいただきたいですわ。これは私を殺しに来たのですから」

 

 それを静かに制止する石丸小唄。当然である。

 

「はっ────私は何も吐かないって言ってんじゃん。なんなら、一つでも私から吐かせたなら知りたい事全部吐いてやる」

 

「ほう。言いましたわね? 言ってしまいましたわね? いいでしょう、二言もありませんでしょうし」

 

「ふん、吐かせれるもんなら吐かせてみろって話じゃん────やってみなぁっ! けひゃひゃひゃひゃごっぶっ!?」

 

 蹴った。

 

 いやもう、それは思いっきり、胃を。

 

 そのブーツの踵が見えなくなるくらいにまで闇口の腹に食い込ませたのだ。それも球磨川禊はおろかその闇口でさえ捉えられたかどうか怪しいくらいの速度で。

 

「げ、ぼっ……お…………っ!」

 

 そして嘔吐。胃の中の物を殆ど吐いていそうなくらいにまで嘔吐を続ける。因みに石丸小唄は即座に足を退けており、その吐瀉物が自分の足にかかるなどというヘマはしない。ただし、その行為行動については球磨川禊からすらもドン引かれているわけだが。

 

「文字通り一つ吐かせましたが、何か文句でも吐いてみますか?」

「ぐ、う……てめっ……頓知じゃねえぞっうぶぅっ!」

 

 再度蹴る。

 先程よりも強く、一瞬背骨が外れたのではないかと疑ってしまうくらいの音を発させながら。これはもう、暴力。実力行使ではなく暴力行使である。一度目の蹴りで何とか多少残していた胃の中の物も、本当に全て吐き出してしまう。

 

「それで、次は何を吐くのですか?」

「くっ……ふ、ぁ……」

 

 その後のシーンは割愛させていただいて。因みに彼女は闇口門音(かどね)という。主人は張空機関所属。一度、斜道研究所の窃盗についての濡れ衣を被せられた事を恨んで派遣したのだとか。名前以外、球磨川禊には分からない話である。

 挙句、球磨川禊の帰還方法については、結局いーちゃんが車で送る事になってしまった。車で送るのは嫌だとか、電車を乗り継ごうにも金が無いだとか、哀川潤との決闘だとか、石丸小唄の請負だとか、何もかもなかったことかのように、そうなってしまった。

 

『なんというしょぼさ』

「しょぼさとか言わないでくれ。僕だってビックリしたよ、まさか闇口にも関わっちゃうとかね」

 

 『呪い名』の後に『殺し名』と関わるとか、どんな順番の逆転だよ。といーちゃんは車を運転しつつ、独り言のように呟いていたが、結局球磨川禊には分からない話なのだ。

 

『ていうか、車で送れる距離なんだね』

 

「急に喋り出さないでくれ。驚くから。……まあ、ガソリンの継ぎ足しを何回するかは知らないけどそう言っても過言ではないんじゃないかな。日本国内なんだし」

 

 要は近くない。箱庭学園が何県なのか、通っている球磨川禊ですら若干記憶に乏しかったりするのだが、しょうもない情報を日常の間に提供することに定評のある人吉善吉が「九州の地名姓が多い」だとか何だとか、言っていたような言っていなかったような気がしたために今のところ球磨川禊にとって箱庭学園は九州のどこかに位置している。

 何にせよ、京都からは遠いわけだ。トンネルや橋があるとはいえ、海を挟んでしまっているのだから。地方であれば、中国地方を挟んでいる。車で向かうならば片道、半日弱といったところか。昼下がり、夕方前という微妙な時間である今から渋滞に巻き込まれずスムーズに着いたとして、明日の登校時間に間に合うかどうかと言ったところ。

 尚、球磨川禊はマイナス十三組なうえ、生徒会であるため無断で休んでも特に成績に響きやしない。が、流石に人付き合いがなんだかんだとある身の上だ、あの子達にいらない心配はかけたくないのが、今の球磨川禊の心情。

 

『……………………』

 

 ただ。

 

 それは、球磨川禊という過負荷において有り得やしなかった心情だ。前々から甘くなったとは自覚しているが、あの子達にいらない心配はかけたくない、など。会って数日の普通(ノーマル)に何を謙遜しているのだか。

 そもそもとして、何故、心配されるとさも当然のように思考してしまっているのか。同じ学校の皆からは蔑まれ、忌々しく思われ、避けられ、疎外されるのが常である過負荷。の、頂点と言っても否定はされない、彼が。

 

 甘くなったどころじゃない。

 温くなったどころじゃない。

 

 これは、球磨川禊にとっては重大な問題だ。そんな彼は、球磨川禊は────マイナスか? これでマイナスだと言えるのか? 無論、水俣真美に会ったとき、多少驚きこそはすれ、ずうっと今までいつも通りへらへら笑ってはいる。だが、それは表面上の話。

 内心は? 前の通り芯まで髄までマイナスか? ではないだろう。そんなことを考えている現在、これだとまるで、ただの。

 

 ただの。

 

「あいつらと同じプラスじゃないか……!」

 

「?!」

 

 いーちゃんが驚く。そりゃあいきなり大声を出したら誰でも驚くだろう。加えて、彼は運転中であり、何となく球磨川禊からのどうでもいいちょっかいが無いなとは考えていたが何かしら考えているようだったため、存在を無視していたところがある。

 

「……どうしたんだい」

 

 だが取り乱したらしい人間へのケアは取ろうと思ったのか、問う。勿論、運転中なため目を合わせず。

 

『……気にしないで』『何、ただの独り言だよ』『独りで自虐しているだけなんだよ』

「……………………そう」

 

「おいこら俺の敵。お前戯言専門ならこいつの嘘くらい見抜けよ、そうじゃないと物語が進まないだろうが」

 

『!?』

 

 今度は球磨川禊が驚く。これまた当然だ、いつから人の横に座っていたのか分からない、それも死に装束なんてものを着ている人間。車に乗った時に視認しておらず、本来ならば誰も乗っていないはずの席。まさか、運転中に忍び込んだわけでもあるまいし。

 

「…………狐さん……急に出てこないでくださいよ。心臓に悪いんですから」

 

「ふん、お前がまた何らかの物語に関与しているのが分かってな。ついてきただけだ。最初っからいたぜ、俺の敵。それと俺のことを狐さんと呼ぶな。仮面は外したし、本名も教えただろう」

 

「それだったらあなたも僕のことを俺の敵なんて言わずに本名で呼んでくださいよ。僕も教えたでしょう」

「『それだったらあなたも僕のことを俺の敵なんて言わずに本名で呼んでくださいよ。』、馬鹿を言うのもほどほどにしてもらいたいな。呼んだ奴が悉く死ぬ名前なんかを呼ばすとはなんつーブラックジョークだよ。笑えねえぜ」

 

「普通を求める天才よりは僕は馬鹿でいたいですけどね」

「『普通を求める天才よりは僕は馬鹿でいたいですけどね。』……なかなか反抗的だな、俺の敵。ま、良い。今日は単に物語が止まりそうだったのを動かしに来ただけだからな。本来ならば先程の談笑もカットしていいくらいだ」

 

「それをするならまずそこで置いてけぼりになってる過負荷(マイナス)に自己紹介をしてください」

 

 球磨川禊が付いていけるべくもない。

 

「あん? なんだこのお前の絵みたいな野郎は。出てる雰囲気からしてすげぇ負け犬っぽいが」

 

 初対面で酷い西東天。球磨川禊の雰囲気だけで負け犬だと決めつける。確かに負け犬であり、本人も時たまその名称を呼称していたりするが、それにしたってなかなかな言い方だ。

 

「確かに一度も勝ったことはないらしいですけどね」

「お前より強そうだが」

 

「なんてこと言うんですか、当たり前でしょう」

 

 当たり前らしい。なんてこと言うんですかと言ったにも関わらず当たり前らしい。流石は人類最弱の戯言遣い、自身の最弱具合をきっちり認識しているわけだ。

 

「……流石だな。とりあえず物語は進んだし、俺はまた次に止まった時に起きる。だから起こすな」

 

 いきなり現れ、喋り、貶し、寝た。その自由奔放な姿を見て球磨川禊は正直「何だこの人」という雑な感想しか出てこない。傍若無人さが若干ばかり哀川潤らと通じるところがあるようにも思っているが、

 

『…………なんか、この人には一生会いたくなかったね』

「もう会っちゃったけどね」

 

『二度と会いたくないね』

「僕は一度として会いたくなかったよ」

 

『戯言だね』

「嘘吐きなだけさ」

 

 

 

 結局、箱庭学園周辺には夜中に着くこととなる。この辺りで降ろしてもらっても球磨川禊は構わないのだが、いーちゃんの運転が止まる気配がない故に、正門辺りまで送ってくれるのだろおうと踏んで、楽してくつろいでいる次第だ。

 

「道中何もアクシデントが無かったのが奇跡だね」

『だったらこれからあるんじゃない? 立て続けに』

「いやな予想をしないでくれ」

 

 奇跡はそうそう続かない。何より、いーちゃんと球磨川禊どころか西東天という、どうしようもないマイナス三人がいてそんな奇跡があった事実が既に奇跡である。誰かが死ぬ分は僕球磨川禊が受け取ってるとしても、そろそろ誰かが死ぬのかもしれない。

 

「……狐さんはいつまでついてくるかな」

『あんまり学園に招き入れたくはないよ』

 

 あの理事長なら許してしまいそうだが。

 

「……ごちゃごちゃうるさいな、全く、俺なんかを忌み嫌ってんじゃねーよ。てめぇらも同等だっつの」

 

『「同族嫌悪ですかね」』

 

「…………仲良しだな」

 

『でも過負荷(ぼくら)はいつでもへらへら笑ってるのが過負荷(ふつう)ですからねえ。いーちゃんは過負荷(そう)じゃないかもですから仲良く出来ないかもね』

 

「何を言う、僕ほど逆境でへらへら笑っている人間はいないぞ」

「お前はへらへらっつーか笑うと不気味なんだよ」

 

「………………」

 

 分かりやすく肩を落とし、目線も落とすいーちゃん。完全に凹んでいる。何か、昔どこかの誰かに似たようなことを言われたのかもしれない。

 

「球磨川くん」

 

 しかし、目線は落としていれど運転中、前方確認は怠っていないため、現れた異変についてきちんと気付いており、それがどういうことを示すものなのか、この辺りに詳しいであろう球磨川禊に訊いておく。

 

『なんだい』

 

「箱庭学園らしきところの正門らしきところに人らしき影が見えるんだけど知り合いとかかい」

 

 止まってこそはいないが、いーちゃんが車のハイビームで照らしている。その光の先にいるのは、茶髪に目にくまのついただらしなさそうな小さい人。趣味の悪いイヤリングもしている。が、球磨川禊にそんな知り合いがいた覚え、素直に無い。

 

『知らないなあ』『学校内でも見たことないよ、誰あの人』

「ん? あれ、確かあいつだあいつ」

「どいつですか狐さん」

 

「約の従姉の娘の義理の父親の又従兄弟の息子じゃないか」

 

「誰ですか」

『それはもう他人なんじゃ』

 

「あと確か、俺があいつの母親から研究資料を奪った気がする」

「めっちゃ私怨あるじゃないですか。ていうか何で箱庭学園にその人がいるんですか」

「ここら辺に住んでるんだっけな。多分誰かが俺がここに来るって教えたんじゃないのか?」

「あんた……」

 

「別にどうでもいいだろ。しかし正門、それも丁度車を止めるにゃ良過ぎる塩梅の位置に立ち塞がってやがるじゃないか、どう停めるんだ、ええ? つっても死にゃしねえだろうから、まぁ、」

 

 西東天は、いーちゃんの停車方法を訊いているにも関わらず聞き終える前に、

 

「轢け。」

 

 さらっと言う。

 

「いやいやいやいや! 轢きませんよ!」

「あーあーいいから俺がアクセル踏むからお前はハンドル支えとけって」

「尚更轢かせませんよ!?」

 

 いーちゃんと西東天、この二人もこの二人で仲良しだ。が、球磨川禊にとっては疑問でしかない、目の前に立っている人間。何故そんな他人がわざわざ箱庭学園前まで来るのか、である。十中八九、水俣真美の差し金ではあるはずだが。

 だとすれば、そんな他人を勝手に巻き込んだことに関して水俣真美へ先輩として灸を据えないと、と思うのが球磨川禊。既に散々他人を引き摺り回して苦労させている自分のことは棚に上げて、だ。

 

「はいアクセル踏んだ」

「あー………………南無阿弥陀仏……」

 

 諦めるいーちゃん。しかも死ぬ前提で。とはいえ、例え死んでも『劣化大嘘憑き(マイナスオールフィクション)』で蘇生できる。が、赤の他人なうえ男の人を蘇生したくないかなぁ、などと考えているこの過負荷(マイナス)野郎がその能力の持ち主な時点で、心配である。

 

 しかし。その心配はいらなかった。

 

 その男の子は車が当たる前にはねあがり──────

 

 西東天が驚いてアクセルを離し───────

 

 その瞬間にいーちゃんがブレーキを押し──────

 

 そして止まった車から球磨川禊達が急いで出ると。

 

 彼女はそこにいた。

 

「あっるぅえ!? 私轢かれる様な『騙し』したかぁ? いっちばんぶっちぎりででっけぇマイナスを恨んでるっぽいヤツに騙したんだがな、誰だろねアレ! そっれっでっさ!」

 

 彼女は甲高い声でテンションが上がった声から、低い声でテンションを駄々下がりにした声で話す。不安定。そんな言葉がお似合いだ、情緒が、不安定なのだ。最初、球磨川禊に会った大人しさは無い。

 

「球磨川ぁぁぁぁあ……てめぉなにけろれろりんっ☆ っつー風に戻ってきてんだよぉ………ちゃっっっかり同類以上のバカでけぇマイナスまで連れてきやがってよおぉ。私の計画大失敗じゃねーかよ」

 

 そして今度は人を嗤うような声で。

 

「でーもさっ! 今考え付いたんだけどあの程度で騙せるんならてめぇを抹消出来るんだと至ったぜ! ひゃはははははは! どぅせそのオトモダチもてめえを裏切っちゃうだろぉしさ!」

 

 更には弱気な声で。

 

「……だから……私はてめえ達を止めるんだ……止めて……騙して……殺して……刻んで……張り付けて……晒すんだ……。てめえら程度のマイナスごときが私に及ぶわけないって…………」

 

 極めつけに、元の声で。

 

「そして! 私はこの学校を絶つ! そしたら世の中の過半数がこの学校を憎み恨む……。この学校に騙されたっつってさぁ! その計画を完遂するためにも球磨川禊ぃ! てめぇは殺す!」

 

 そう宣言したこの少女こそが───安心院なじみ曰く『歩く病気』水俣真美。

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