せめて推しだけは書きたかったんです!
「よ〜う〜ちゃ〜んっ!」
バスに乗った瞬間、千歌がダッシュで抱きついてきました。
「おおっと千歌ちゃん! ありがとうであります!」
はて。と。
千歌の後ろの梨子には、何の事か分かりません。何故お礼なのか。
「曜ちゃんは今日、お誕生日なのだ!」
え。と。
梨子は固まりました。そんな話、今まで聞いてません。
「いや〜、分かると思うけど、誕生日かなり早いじゃん? だからあんまり言う事も無かったんだよね。それに浦女だと、昔からの知り合いばっかりだし。ごめんね、梨子ちゃん。すっかり忘れてたよ」
なるほどと納得はした梨子ですが、知らなかったのは事実です。
「はい曜ちゃん、誕生日プレゼントのみかん!」
「わ、ありがとう千歌ちゃん!」
このように、プレゼントの用意もできません。千歌のプレゼントがそれでいいのかは、この際気にしない事にします。
ひとまず、色々衝撃はあったもののお祝いの言葉を伝えます。そして、何も準備できていない事も。
「気にしなくていいよ〜。言わなかった私も悪いし、梨子ちゃんからおめでとうの言葉をもらえただけで満足であります!」
ピシッと敬礼をした曜。しかし梨子は、そうはいきません。せっかくできた友達で、同じスクールアイドルとして切磋琢磨する仲間です。一言おめでとうを言った程度で、済ませたくはありません。
「えーっと……、じゃあ、これからも仲良くして! っていうのは、ダメ?」
ダメです。
「じゃあ、スクールアイドル頑張ろう! っていうのは?」
当たり前です。
「じゃあじゃあ、ジュース奢って! っていうのは?」
もっと価値あるもので。
「うぅ……千歌ちゃん、梨子ちゃんが強情であります……」
「梨子ちゃん、結構面倒くさい所あるよね〜」
誰がよ。と返したくなりましたが、そこそこ当てはまってそうなので我慢しました。
「……あ、じゃあ、こういうのはどう?」
曜は何かを思いついたのか、手を叩きました。
首を傾げる梨子に、曜は手招きします。
とりあえず曜の横に座った梨子へ、
「えいっ」
曜はハグ。
??????⁉⁉︎⁉︎⁉︎︎。
あまりに唐突な事態に、梨子の思考は混乱を極めます。
「は〜、やっぱり梨子ちゃんの抱き心地いいね〜。私の目に狂いはなかった!」
どんな目で見られていたのか。少し背筋が寒くなった梨子ですが、無理矢理振りほどくのも申し訳ないし、バスも走り出してしまったので立ち上がって逃げる事もできません。
結果、
「梨子ちゃんいい匂いするよね〜。シャンプー何使ってるの?」
ご満悦な曜に抱きつかれながら、バスに乗るという状況に陥ってしまいました。しかも、梨子が座っているのは最後部座席のど真ん中。そこまで曜が計算したとは思いませんが、バスには他にも乗客がいます。視線が痛いです。
「わー、梨子ちゃん顔真っ赤〜」
千歌の茶化しをあしらう余裕すらありません。
「こうして梨子ちゃんにお祝いしてもらえるなんて、私は幸せであります……」
癒されまくっている曜に、梨子は先ほどの発言に早速後悔します。
「来年は、制服のコスプレに付き合ってもらもうかなぁ〜」
さらっととんでもない事を言っています。いきなり、一年後の予定が埋まりました。
流石に撤回を求めようと曜の顔へと振り返った梨子は、
「ありがとね、梨子ちゃん!」
屈託ない笑顔の前に、何も言えなくなってしまいました。
喜んでくれたなら、まあいいか。と。
梨子は肩の力を抜きました。
「それにしても、梨子ちゃん抱き枕いいですなぁ……。もう今日一日、これで過ごしたいであります」
でもやっぱり、エンドレスハグは勘弁して欲しいと思いました。