もう今日で何日目かしら。
目が覚めてから目隠しをされ、外の音も何も聞こえない。
そんな状況では今が何時であれから何日経ったかなんてものは分からなくなっていた。
『食え』
唯一刺激があるのはこの酷く嗄れた声の合成音声と、私の唇に当てられるナニカ。
私が口を開くとソレは口内へと入ってきて、ある程度入ってきたところで止まり、私はそのタイミングで食べる。
今でこそこうやって無警戒で食べているが、初めのうちはソレがナニかと不審に感じていた。
しかしその物体から香ってくる匂いでソレが私の好物であるハンバーガー、しかも毎回だとわかると、与えられる回数が増えるにつれて警戒心も薄れ、6回目となった今では言われるがままに食べるようになっていた。
「(しかし、この肉は何なのかしら)」
こんな状況になってからいくつか気になる点がある。
私にハンバーガーを与えているこの謎の人物、それに毎回与えてくるハンバーガーの肉だ。
これは私が今まで生きていて一度も食べたことの無いような味であり食感であり不思議なものだった。
強いて近しい肉を挙げるとするなら、豚肉がこれに近い。
謎の人物についても、目隠しされているうえに自分の声を発さないからこの人が男性なのか女性なのかが分からない。
「(それに、日菜は……)」
そして何より気になるのが私の妹である日菜の事。
私がこうなる直前は一緒に家で昼食を食べ、日菜の淹れてくれたお茶を飲んでいたはずだし、もしかしたら日菜もこんな目に……。
「ねえ、日菜は無事なの?」
食べ終えた後で見えない相手に向かってそう問いかける。
以前にも何回か聞いたことはあったけれど、その時の答えは全て『……おとなしく、して、いろ』と機械音声で返ってきただけだった。
その言葉の裏には「逆らったら殺してやる」というような言外の意味が込められていそうで、どうすることもできない私はおとなしくしている他なかった。
今回もまた同じ答えが返ってくると思っていた。しかし、その人から帰ってきた言葉は、私の予想とは異なるものであった。
『……
「……? どういうこと?」
同じ酷く嗄れた機械音声で、しかし以前とは違うことを答えた。
『お前の、妹は、ちょくちょく、この部屋に、来て、いたんだよ』
「うそっ……! 日菜が、ここに……?」
そんな気配は微塵もなかった。
自分で言うのは気が引けるけれど、あの子は私のことが大好きで、居れは、特にこういう状況であれば「お姉ちゃん!」と言ってくれるはずなのだ。口に何か噛まされているとしても、あの子の事だし呻き声くらいはあげるはず。
しかし私がこうなってから何日も、あの子の声を聞いた記憶はない。
『嘘は、言って、ない。そんなに、会いたい、なら、今度、連れて、きて、やる』
そう言うと、謎の人物が扉を開けとどこかへと去っていく音が聞こえた。
だけれどそんな些細なことはどうでもよく、私にとって重要なのは日菜がこの部屋に来ていたことだ。
さっきも思い出したように、ここに来てからは日菜の声も、その姿も確認していない。
それであるのに、あの人物は日菜がちょくちょくこの部屋に来ていたと言うのだ。
「(……なんにせよ、明日になれば日菜に会える。今はそれだけで十分だわ)」
そう前向きに考えることにして、私は食眠気に逆らえず眠りに就こうとする。
そしてふと思い出すのだ。
「そういえば、
それより先を考える前に、私は夢の世界へと旅立った。
それからどれくらい経ったのだろうか。
私は扉の開く音と、誰かがこちらに近づいてくる気配で目が覚めた。
とはいっても目隠しはまだ取られておらず、相変わらず視界は真っ暗のままだったのだけれど。
『食え』
特にお腹は空いてないが7回目のハンバーガー。相変わらず不思議な肉を挟んであるモノで、しかし食べられないものではないので黙々と食べ進めた。
そして、食べ終えた後で日菜の事を切り出した。
「日菜は? 日菜は何処にいるの?」
『知りたい、か?』
「もちろんよ。早く教えてちょうだい」
『本当に、いい、んだな?』
「……どういうことよ」
人が聞きたいというときは焦らす、人が少しでも躊躇すればあっさりと教える。それほど意地の悪い会話は無い。
『お前の、お腹の、中に、いる』
「……………………………………………………は?」
こいつは一体何を言っているのか。私の? お腹の? 中に? 日菜が?
『私が、お前に、与えた、ハンバーガー、変な、味、した、だろう?』
確かに不思議な味だと何回も思った。それは、認める。でも、それと日菜に何の関係が……。
そんなことを考えるのはお見通し、とばかりにこいつは私の声に出していない疑問に答える。
『察しが、悪い、ようだ、な。あの、肉が、お前の、妹の、だ』
「な、……なにを……い、言って……いるの……?」
『証拠を、見せて、やる』
そう言ってそいつはガサゴソと音を立てて何かをすると、次の瞬間。
ニチャ。
と、何か粘性の物体が置かれる音が、私の前から聞こえた。
私にはその音が何なんかは分からない。
『これが、その、証拠、だ』
そいつは私の後ろに移動すると、そこから手を伸ばして私の両目に掛けられていた目隠しを取り外す。
久しぶりに外を見たせいか、裸電球1個だけの明るさでありながらも眩しく、思わず目を細めてしまう。
やがて明るさになれたころ、完全に目を開き、周りの景色を見ようとする、
が、周りの景色を見る前に、私は、見て、見えて、しまったのだ。
「ひっ……ひ、ひな……? 日菜? 日菜? ねぇ、うそでしょ……? 日菜! 日菜っ!」
「…………………………」
ショートで私と同じエメラルドグリーンのきれいな髪、目は閉じているが、鼻、口、顔の輪郭、パーツの位置、見紛うことなく、私の、妹の、氷川日菜、その首より上だけが、私の目の前に、置かれて、いた。
椅子から立って近づこうとするが、手を伸ばしてソレに触れようとするが、どちらも手足の枷に阻まれてできない。
「へ、へんじして? ね? ひな? おねーちゃんって。ね? ひな? ひな?ひな?ひな?」
『あー……んんっ……!』
わたしの後ろでなにかやっているが気にしない。
ひな? なんでへんじ、してくれないの? ひな? いつもみたいに、なんでこっちにこないの? ひな? ねぇ? ひな? ひな? おねーちゃん、っていつもみたいに……」
『おねーちゃん!』
「ひ、ひな?」
『なーに? おねーちゃん!』
ひなのへんじがきこえる。でも……まえからじゃなくて……うしろ?
『そーだよ、おねーちゃん!』
そういわれてからだごとうしろにむく、むこうとしたところで、てあしのてじょうがわたしのじゃまをして、ひなのほうをむかせてくれない。ひなのかおがみれない。
「ひなっ? ひななの?」
『も~、何度もそう言ってるのに~』
からだがうごかないのならかおだけ、すこしでもひなのほうにむきたく、かおだけでもむけようとみぎのほうへとうごかす。
げんかいまでまわったところで、わたしのまえにあおいきつねがみえた。
『おねーちゃん! やあっとご対面だねっ!』
「あっ……ああああっ! ああああああああああああ!」
ひなのこえがそこからきこえる。でもコレはひなじゃない。ひなはもう、わたしの……。
『私を食べちゃうなんて、ひどいぞっ☆ おねーちゃん!』
「あああああああああああ!」
コレはひなじゃない。でもひなのこえがする。コレはひな? ひなわわたしがたべちゃった。
「ああああああああああああああああああ!」
『あっははー☆ おねーちゃん、さっきから泣き叫んでばかりー!』
まえにあるのはひなのこえがするナニカで、でもひなはあそこにいて、くびからしたがなくて、しんじゃっていて、おにくはわたしがたべちゃって、でもひなのこえはよこからしていて、ひなはいきていて、でもひなのくびはあそこにあるし、ひなのおにくはわたしのなかにあるし、ひなはもうどうしようもないのに、よこからひなのこえがきこえて、まえにひなが、でもひなは、でもひなは、ひなは、ひなは、ひなは、ひなは、ひなは、ひなは、ひなはひなはひなはひなはひなはひなはひなはひなひなひなひなひあんひあはにはいないはいにはいにはひなああ
「あ……………………………………………………」
『んー? おねーちゃん? どーしちゃったの?』
「………………あ……………………………………」
「……………………………………………………」
「ありゃりゃ、壊れちゃったかなー? 仕方ないね、
◇◆◇◆◇
「……んっ」
「……ーちゃん? おねーちゃん?」
「あぇ? ひ、な……?」
「そーだよ?おねーちゃん。どーしたの? 結構うなされてたみたいだけど……」
「ひな? ひな? ほんとうに、ひな?」
「そーだよ。ちょ、おねーちゃん、くすぐったい! くすぐったいってばっ!」
「日菜っ日菜っ日菜っ!」
「本当にどうしちゃったのー?」
紗夜の妹である日菜は、いつもと違った姉の様子に苦笑いをしたような顔になり、そのいつもと違った姉は妹に抱き付く。それでも妹はそんな姉を素直に受け入れ、2人ソファーに倒れ込み、じゃれつき始める。
氷川家に姉妹のにぎやかな声が響き、氷川家の新たな1日が始まる。