大企業Cの陰謀により、ステータスが全体的に下方修正されたイャンクックがかつての栄誉を取り戻そうとする物語。

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クック先生のりべんじ!

 

「いたぞー! イャンクックだ!」

「捕らえろ、殺すんじゃないぞ! 生け捕りにするんだ、無傷で!」

「簡単に言うけど、そりゃ難易度高いってもんでっせ、隊長!」

 

–––我輩はイャンクックである、名前はまだない。

我輩は誇り高きイャンクックである、人間共から畏怖の存在として弱肉強食の関係では優位に立っている鳥竜種である。

 

しかし、どうしたことか近年威厳が損なわれつつある。 多くの同胞達が乱獲され、首を落とされ、血を流してきた。

我々が密林にてハンターを狩るという時代に終わりがやってきたのだ。 人間のハンター達の武具は進化しており、その高性能さは我輩としても尻尾を巻いて逃げるが勝ちが最善であると判断してしまうほどである。

もっと言うならば密林の木々の密度がかつてに比べ薄くなった。 おそらく、視界が悪い、モンスターの姿が確認しにくいなどの苦情を受けた企業Cがグラフィックを改正したためであろう。

人間共め、小癪な手段を!

 

「空を飛んで逃げる気だぞ! シビレ罠急げ!」

「いや、ここは落とし穴っしょ」

「アホめ、俺が麻痺ビンの弓で撃ち落としてやるよ!」

 

このままではやられる、何を思って我輩を捕らえようとしているのかわからないがそう簡単にいくと思うなよ。

我輩とて誇り高き歴戦を生き抜いたイャンクック、密林は我輩の庭である。

 

武装した人間共の視界を奪うようにわざと砂埃を撒き散らすように助走をつけ、翼を広げ第二の庭である空へと駆け上がる準備をする。

バッサバッサとこんな時でも忘れない大袈裟な両翼の羽ばたかせ方は我ながら流石である。

ハンター共の攻撃が飛んでくるが、あんな下手くそな狙撃にやられるほど我輩は落ちぶれていない。

 

うまくハンター共を撒き、我輩はまず密林ネットワークで最も敬愛している兄のようなイャンガルルガ殿の元へと向かうことにした。

 

生け捕りにされた同胞達はどうやら、訓練所とかという施設で奴隷のように酷使されていると話を聞いたことがある。 この我輩自慢の地獄耳でな。

さらには訓練所とやらで役目を終えた同胞達は鱗を剥ぎ取られ全身をバラバラに引き裂かれるなんてこともあるそうだ、なんて卑劣な行為であることか。

 

我輩は正義感に溢れたイャンクックではないが、我輩は激怒した。 さすがに人間共のかの邪智暴虐な行為は見逃せない。

なんでも、訓練所を仕切っている"教官"と呼ばれる人間はBIG BOSSとも呼ばれているそうだ。 我輩が真に倒すべき者なのかもしれない。

 

生け捕りにされた同胞達を救うためにも我輩には力が必要だ。 かの大企業Cの陰謀で我輩の身体能力は著しく下方修正されてしまった、ハンター共を迎え撃つために補う必要がある。

 

"そういうわけでどうすればいいだろうか?"

".....お前は何を言ってるんだ?"

 

我輩の密林ネットワークの中でも一番親しく面倒見のいいイャンガルルガ殿に相談を持ちかけると、何やら呆れれた。

何故だ、我輩は何も間違ったことは言ってないし、してないはずだ。

 

"まず、大前提としてお前がイャンクックって種族であることが問題だ"

"なんと!?"

"それだけで舐められる、考えてもみろ。 そんなマヌケな顔した愛玩鳥のような巨大鳥を誰が恐れるってんだ"

 

それはたしかにそうだ。 なるほど、まず我輩はイャンクックであることを捨てねばならんということか。

ならばイャンクック亜種になるために全身にアオキノコを染料代わりに塗るべきか。

それとも–––

 

"我輩自身、イャンガルルガになるべきなのか"

"違う、そうじゃない"

 

どうやら我輩はまた何か間違えたみたいだ。

 

"種族はどうあっても変えられない、お前がイャンクックとして生まれてしまったことを恨め"

"で、あれば今すぐにでもこの身を投げ捨てて次の生に–––"

"待て待て待て待て待て、一体何をどうしたらそんな考えになるんだ!? お前はあれか、行動力の化身なのか!?"

 

我輩は難しいことはわからない。

だからこそ、今為すべき事をこの身でやろうとした結果なのだが、どうも違うようだ。

 

"ともかく、だ。 お前がイャンクックではあるが、イャンクックの中でも馬鹿で無鉄砲なことは昔馴染みの俺だからこそ知っている"

"さすがだ、イャンガルルガ殿"

"んな褒めるなって、だからこそお前に合ったやり方がある。 限界まで鍛える、それが最善の道だ"

 

一週間後、我輩は尾に毒を溜めることに成功した。

嘴も些か鋭くなった気がする。

 

"どうしてそうなった"

"これがいわゆる、環境適応における進化というものなのだろうか"

"お前の身体は一体どうなってるんだ"

 

イャンガルルガ殿に呆れられたが、一週間も滞在してしまった。

これ以上はさすがに迷惑だろうと我輩は判断し、密林ネットワークで次に頼れる我輩の友の元へと向かうことにした。

一週間前に比べ、飛行速度が格段に上昇した気がする。 いつもならイャンガルルガ殿の縄張りからこの湖に移動するのに一時間はかかるというのに。

 

ともあれ、友に会えるのは喜びである。 まだ討伐されていないことを願って我輩は湖の近くにある大きな岩へと足を下ろした。

湖の中心にさっき捕まえた蛙を投げ入れる。 蛙は湖に吸い込まれる前に中から現れた親友によってパクリと丸呑みにされた。

 

–––そう、ガノトトス君である。

 

"汝の落とした蛙はテツカブラの幼体か、それとも釣りカエルか"

"その辺で獲ったカエルだ、種類はわからぬ"

"その正直さは我が友ではないか? 随分様変わりしたな"

 

ガノトトス君は水中から上半身を出し、我輩と目を合わせた。

どうやら我輩、身長も伸びたようでガノトトス君と目線の高さがほぼ同じとなっていることにひどく驚いた。

 

"して、我が友よ。 我に何用だ?"

"うむ、実は我輩近年同胞達が多く人間共に捕らえられているのが我慢できずにいるのだ"

"なるほど、復讐か。 然れば辞めておけ、復讐は何も生まない"

"復讐にあらず、我輩は同胞達が人間共に酷使されている現状に納得がいかないだけだ、して、助け出すだけの力が欲しい"

"それで我が友は我の元へと来たわけか、面白い!"

 

ガノトトス君は勢いよく飛び上がり、空を飛ぶ野鳥を鋭い牙で咀嚼した。

なんとも雄大な姿であろうか。

我輩もガノトトス君のように雄大な空を掴むような大きな存在になれれば教官と呼ばれる人間を喰らうことができるだろうか。

 

ガノトトス君が湖に潜り水しぶきが辺りに舞い散る。 衝撃で木々はへし折れ我輩もその気迫に気圧されてしまいそうになった。

 

"我が友よ、我と合体するのだ!"

"な、が、合体、だと!?"

 

合体、その単語がどのような意味をなすのかはわからないが、言葉の響きが素晴らしい。 ロマン溢れる漢字二文字は我輩の魂に火を点けた。

 

"合体とは一体いかなるものなのだ、ガノトトス君!? 我輩にはとても検討がつかぬのだが!!"

"落ち着くがいい我が友よ、合体とは即ちお互いの個性を一つにするというもの。 つまり、我と友が合わさることにより我は空を飛べるようになり、友は海中を泳ぎまわることができるのだ!!"

"な、なんと!?"

 

すごい! まさかそのような行為がこの世に存在していたとは!

我輩はイャンクックの中では博識な方だと自負していたが、やはり世界は広い。 我輩の知らぬことがごまんとある。

 

"では、ガノトトス君! 早速合体をしようではないか!"

"よかろう、我が友よ!"

 

結果、ガノトトス君の自慢の背びれがバキバキになった。

 

ガノトトス君は提案した。

体の大きなガノトトス君が土台となり、我輩がガノトトス君の上に乗る形で両足を両腕に固定するようにと。

我輩は納得した、さすがはガノトトス君だと思ったが、ガノトトス君の背びれは我輩の重さでバキバキに傷ついてしまったのだ。

 

何たる盲点、昔からガノトトス君は背びれを大切に誇りにしており、毎日欠かさずに手入れをしていたというのに!

我輩は友の誇りをへし折ってしまったのだ!!

 

"あ、案ずるな、我が、友よ。 この程度で、この程度で、心が折れる我では、ない、わ、ぐすん"

"本っ当に申し訳ない!! 我輩の命をもって詫びる!!!"

 

だが、無駄死にするわけではない。

我輩とて誇り高きイャンクック、友や同胞のために一矢報いねば死んでも死にきれぬ。

このまま同胞達を救うべく、人間共の村へ飛び刺し違えてでもイャンクックとしての誇りを守る!

 

"ま、待て! 我が友よ、早まるな! この背びれは薬草でも塗っておけば勝手に回復する! 元々脆い部分なのだ、その分回復も早い!"

"しかし、それではガノトトス君の背びれの弔い合戦ができぬ! 我輩に行かせてくれ!"

"大前提として我の背びれまだ生きてるから!?"

 

完全に頭に血が上った我輩をガノトトス君が水面に叩きつけてくれなければ人間の村は完全に火の海になっていただろう。

 

冷静になって我輩のやろうとしてたことは人間共と何ら変わりないことに気がついた。 これでは本末転倒だ、憎しみが連鎖するばかりだ。

 

"我が友よ、同胞達を救いたいというのなら隠密に行動すべきだ"

"それこそ不可能というものだ、我輩はイャンクックである。 人間ではない、人間の村に行けばすぐさま攻撃されるだろう"

"友は何でも一人で突っ走ろうとしている、そこからまずは治さねばならない。 その道のプロというものがいるのだ"

 

我輩はイャンクック、我輩にできることは火玉を吐くこと空を飛ぶことである。

たしかにできることが限られてくる、ならばガノトトス君の言うように隠密のプロに頼むのが一番だろう。

 

"我が密林ネットワークにナルガという隠密のプロがいる。 彼女ならばきっと力を貸してくれるだろう"

 

ナルガ、我輩も噂だけなら聞いたことがある。

密林の暗殺者と名高いナルガクルガだ。 ナルガと略されたり、ナルガクルルガとルが一つ多かったりすることから中々正式名称を覚えられないとこでも有名な飛竜種である。

我輩はまだ顔を合わせたことがないが、どうやらガノトトス君は顔見知りのようだ。

 

"ナルガの姐さんはたまにこの湖に水浴びをしにくる。 それまで待って我が交渉をしてみる"

"–––否、ガノトトス君よ。 これは我輩の問題なのだ、我輩が交渉をするのが筋ってものではないのか?"

"フッ、流石は我が友だ。 我が友ならばそう言うと信じていたぞ、では暫しの時間共にしようではないか"

 

そして我輩はガノトトス君と三日過ごすことになり、我輩の背に気がつけば小さな背びれのようなものが生えていた。 イャンガルルガ殿の元へ行ってから我輩の身体はどこか変化しやすい傾向になったようだ。

これが"進化"と呼ばれる種の限界突破であるならば我輩は喜んで受け入れよう。

 

ガサガサ、と藪の中から物音が聞こえた。 我輩のような地獄耳持ちにしか捉えられないような本当に僅かな音であった。

 

"おやおや、見ない顔がいるね"

"ナルガの姐さん。 この者は我が友だ、あまり警戒しないでほしい。 水浴びをご所望ですか?"

"それは悪いことをしたねぇ、そうさね、また借りることにするよ"

 

ジャブジャブと深緑の体毛を生やしたナルガクルガは先程までとは違い、落ち着いた様子で湖に身を落とした。

 

"あんた、イャンクックなのかい?"

"いかにも"

".....あんたみたいな様変わりしたイャンクックを見たのは初めてだね"

 

たしかに我輩はイャンクックの中でも博識だし、理性的でもあるため浮いているかもしれない。

ナルガクルガはそれを我輩の一挙一動を観察しただけで見破ったというのか、さすがはガノトトス君の紹介なだけあって素晴らしい洞察力を持っていると見た。

 

"ナルガ、クルガさん"

"ナルガでいいよ、堅っ苦しいのは嫌いなんだ"

"ナルガ、あなたの噂は予々お聞きしている。 それを見込んで我輩からあなたに頼みたいことがある"

"–––へぇ"

 

我輩を見定めるようにナルガはこちらをじっくりと観察している。 彼女の鋭い眼光が全身に突き刺さる、さすがは密林の暗殺者と呼ばれるだけあって殺気は凄まじいものだ。

さすがの我輩でも武者震いしてしまう。

 

"面白い、とは思っていたけどいやはや、ガノトトスの友人なだけあってやっぱり面白い。 聞こうじゃないか"

"かたじけない"

 

我輩はナルガに同胞達のこと、人間達のことを知りうる限り伝えた。

彼女は何も言わずに我輩の話を黙って聞いてくれた。 馬鹿にするでもなく、止めることもなく、ただ頷いて真剣に我輩の言葉に耳を傾けてくれた。

 

途中、ガノトトス君の助力もあり内容はより鮮明に伝わったと思われる。

ナルガはどこか神妙な顔つきを浮かべ、納得したように口を開いた。

 

"なるほどね、それに関してはあたしも思うところはあった"

"なんと"

 

ナルガは悔しそうに言葉を紡ぐ。

 

"どうも、あたしらの素材から作られる武具ってのは軽くて切れ味が鋭いというのがウリらしいんだ。 それを知ってか人間共はあたしらのテリトリーにズカズカと入り込んできたと思えば、仲間達の首を容赦なく刎ね始めた"

"......ッ!!"

"会心率、だったか。 人間共の武器にはそういった急所を狙うのに長けたものがあるらしいんだが、どうやらそれを補うためにあたしらの毛皮や鱗が多く使われている。 人間共の戦力の増強の原因の一端はナルガクルガにあるといってもいいかもしれない"

 

ギリリ、と歯を噛み締めるナルガの表情は怒りに満ちている。

 

それは我輩も同じであった。

我輩は再度激怒したのだ、必ずやかの邪智暴虐の如く同胞達を痛めつける人間共から一刻も早く救い出さなければならない。

 

"イャンクック、あたしらはその訓練所とやらに囚われてるあんたの仲間を助ける。 あんたは村の上空を飛んで注意を引きつけてくれ"

"我輩だけでは陽動にはならない、我輩の密林ネットワークを駆使して可能な限り仲間を集める、それまで待ってくれまいか"

".....たしかに、数は必要だが時間が押してるのも事実だ。 明日の夜仕掛ける、それまでに数は集めれるか?"

"無論!"

 

我輩とナルガはこくんと頷く。

そうと決まれば、と我輩は藪の中に飛び込み密林を全力疾走した。

空を飛ぶことも考えたが、我輩はそこまで視力が優れているわけではない。 空から仲間を見つけることは困難なのだ。

我輩は無我夢中に走った。 同胞のため、ナルガのためにもこの作戦は絶対に成功させねばならない。

 

まず、生き残りの同胞達が身を寄せ合う洞窟へと向かった。 果たして彼らが協力してくれるかはわからない。

いつ人間共に囚われるかわからない恐怖だってあるのだ。

 

だからこそ、我輩が決起するしかない。 この連鎖を断ち切るためにも、これ以上犠牲者を出さないためにも!

 

"皆無事か!"

"そう大声を出すでない、お前さんは随分様変わりしたな見違えたぞ"

"長、我輩の話を聞いてくれ!"

"まずは落ち着け、お前が何をしようとしているかはイャンガルルガから聞いている"

"なんと、では–––"

"無論、許可できない。 同胞達の無念は理解できるが、今攻めて戦争を起こしても我々に勝ち目はない"

 

熱くなる我輩に対して長の対応は冷静だ。 さすがは我々イャンクックを何年も支えてきただけのことはある。

 

"だが、人間共が最近調子に乗りすぎてるのも事実。 かつてイャンクックが初心者ハンター必ず挫折するクエストと言われていた全盛期の見る影も形も無くなってしまった"

"長、そこまでわかっていながら"

"急かすでない、私とて準備は進めているのだ。 我々が無意味にあちこちに逃げてるだけとでも思ったのか?"

"ち、違うのか?"

"え、まじでそう思ってたの?"

 

我輩と長、どうやら話に食い違いが生じているようだ。

 

"ま、まぁ少しだけ見栄は張ったけどな"

"長ッ!!!"

"そう、お前さんの言う通り今が好機。 密林ネットワークの者共も我慢ならぬ様子で人間共の村では祭りとかほざきおってからに酒に溺れておる"

 

さすが長だ、我輩では入手できなかった情報をこうもあっさりと入手しているとは。

 

"それで、お前さんの陣営と作戦内容はどうなっている?"

"明日の夜、我輩を陽動にナルガが村を攻める手筈となっている"

"悪くない作戦だ、ではこちらも動くとしよう。 面倒な問答に付き合わせてすまなかったな"

"否、我輩とて長の意志を確認できてよかった。 では、我輩他にやることがあるのでこれにて!"

"止まるんじゃねぇぞ"

 

我輩は再び走り出す。

さっきよりもどこか強靭になった脚と走ることに特化した身体になった気がする。 全身に進化の過程で捨てたはずの深緑色の毛が所々に生えている。

 

我輩は走る。

流れる汗もそのままに、肺の中の酸素を全て出し尽くし限界を迎えたかもしれぬが、我輩は止まらない。

長も言った、止まるんじゃねぇぞ、と。

 

我輩は走る。

辿り着く場所さえわからずに、ただがむしゃらにナルガの待つその先へと辿り着くために。

 

我輩は走る。

我輩の知りうる密林ネットワークの者達への協力は一通り終えた、気がつけば月が沈み太陽が昇っていた。

今夜、決戦が始まる。

 

我輩は、翔ぶ。

翼を大きく広げ太陽を覆い隠すように身体を大きく魅せるようにして。

 

我輩はイャンクックである、名前は初めからなかった。

鋭い嘴に大きな地獄耳、獲物を射るような眼光は以前に比べて鋭さを増した。

鱗の隙間より深緑の羽毛が生え、翼の爪はより鋭く木々を斬り裂けそうだ。

一日中走り続けた脚は強靭となり、今ならガノトトス君をしっかりと持ち上げることができる自信がある。

背には小さな第三の羽、ガノトトス君のような背びれと尾先は飛竜種のように大きく膨れ上がり、中には毒が体内生成されている。

 

もはや、我輩はイャンクックと呼べないのかもしれない。

しかし、我輩はやり遂げなければならない。 漢として、イャンクックとして生まれてきた誇りに懸けてでも同胞達を救い出さねばならない。

 

夕刻となった、我輩の飛行速度では残り僅かな時間で目的の村へと辿り着くだろう。

我輩はまだ村が目視できない場所で立ち止まり、狼煙の代わりに火玉を一つ上空へと打ち上げた。

これはナルガとの、密林ネットワークの間での合図でもあった。

 

–––我輩が先陣を切る。

疾く、早く、速く、夙く夙く夙く夙く夙く夙く速く早くハヤク速く疾くはやく早くハヤク早く疾く夙く、もっともっと疾く!

 

夜となった、我輩は村の上空を飛び回る。 村人達は全く我輩のことに気がつく様子がない。

これでは陽動の意味がない、火玉を一発吐こうかと思ったが、それではナルガを巻き添えにしてしまう可能性がある。

 

「–––そこの竜種よ、我輩だ」

 

声がした、あり得ないことに背後から。

我輩の背後を取るなど何者、振り返った先に立っていたのは人間だった。

いや、ここは上空である。 何故翼を持たぬ人間が大空の上に直立不動で立つことができるのか? して、何故仁王立ちでふんぞり返っているのか。

疑問は尽きなかっだ、敵意を向けているのはたしかだった。

 

「何が目的でこのココット村へ来たかは知らぬが、皆は宴の最中だ。 戦場にするわけにはいかぬ」

 

我輩と同じ一人称で話すハンターらしき男はこちらに向かって歩き始める。

 

錆びたような橙色をした装備を身に纏っている。 黒い眼帯に濃いヒゲが特徴的な人間だ。

だが、我輩がこれまで会ってきたどの人間よりも高圧的で雰囲気が違うということは鱗で理解することができた。

 

「–––名乗るほどの者ではないが、我輩はハンターである前に教官である! 悪いが、その首頂戴する!」

"そ、その名は! そうか、貴様こそ我輩が倒すべき相手、教官であったか!"

 

教官と名乗った人間は大空を蹴るようにして距離を詰めてくる。

我輩の言葉は届かない、人間に我輩の言葉は理解できない。 否、耳の作りが違うので周波数を拾うことができないのだ。

 

しかし、それでも名乗らなければならない!

 

"我輩はイャンクックである! 名前はまだない、我が同胞のためにも貴殿にはここで死んでもらう!"

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

–––名を持たぬ教官と名を持たぬイャンクック。

教官の武器、おそらく人間共が使っているのを見たことがある。 あれは大剣と呼ばれるものだ。

 

我輩は教官の上段から勢いよく振り下ろされた大剣を右脚で受け止め弾き、反動で動きの鈍った教官を撹乱するように翼を広げ周囲を旋回する。

 

「む!」

 

どういう原理で空を闊歩しているかはわからぬが、教官とて人間。 我輩はイャンクックである。

翼を持つものと持たざるものでは大空での動きはどちらが有利であるかは言うまでもあるまい。

それに我輩どうやら夜目にも優れていたようで、今は月明かりの夜だというのに教官の姿がしっかりと確認できる。

 

爪と尾を振りかざし、教官に接近しつつ攻撃を続けるが、その一挙一動は全て大剣によって防がれていた。

 

–––やはりこの人間只者ではない!

 

「む、我輩とここまで打ち合えるとは、中々やりおる」

 

我輩は尾を振る、教官は直撃を避けるために無駄のない滑らかかつ最低限の動きで我輩の尾を払う。

タンッ、と教官が一段跳躍する。 大剣を突きの姿勢で構える。 「牙突ッ!!」と叫ぶと教官が弾丸のように我輩に突っ込んでくる。

 

我輩は迎え撃つ、業火のごとくメラメラと燃える火球を盾にするようにして迫り来る教官へ吐き出す。

 

–––結果は相殺。

 

我輩の吐き出した火球は教官の大剣と激突し、爆発四散することになった。

火の粉は村に注がれることはなかった、何故なら我輩と教官は既に村の上空から離れた場所でぶつかり合っているのだから。

お互いにそのことに気がつくことのないまま、大剣と尾が激突する。

 

「中々やりおる、名を聞きたいが言葉が聞けぬのが残念なところだ」

"我輩も貴殿のようなものと言葉を交わせぬこと、大変残念である"

「ならば、互いに語り合えるものは力、思う存分やり合おうぞ」

"気が合うではないか、だが我輩の同胞達のためにも我輩は負けられぬ!"

 

我輩も教官も一歩も引くことなく、ただただ力をぶつけ合った。

もはや余計なことを考える暇もなく、互いに持てる全てをぶつけ合い、次第に我輩達は意思を疎通させていた。

 

「まさか、貴様イャンクックであったか! 希少種、否、変異種といったところであろうか!」

"いかにも、我輩はイャンクックである。 名前はまだない、貴殿のような人間が我輩の同胞達を痛めつけている元凶とはな、我輩とて悲しいぞ"

「なるほど、たしかに我輩の訓練所において多くのイャンクックは初心者ハンターの討伐用に連れてこられてる。 それは認めよう、だが、我々とて生存競争を生きるための手段の一つ。 我輩はこの方法を続けさせてもらう」

"ならば、せめて自然の中で正々堂々と勝負をしようとは思わぬのか!? 貴様ら人間の都合で、一体どれだけの同胞達が命を落としたか!"

「それはこちらとて変わらぬよ、駆け出しハンター達の多くが現場で殉職し、居た堪れない想いが我輩にはある! だからこそ、我輩がきっちり指導をして少しでも仲間達の命を守るべき義務が教官である我輩にはある!!」

 

"–––お互いに譲れぬ信念があるようだ、このままでは平行線だな"

「–––あぁ、悲しいが勝者は一人。 決着を付けねばならぬ」

 

我輩と教官、もし出会い方が違っていたならば、立場が違っていたならば分かり合える友になれたかもしれない。

 

だが、現実は敵同士。

 

我輩は同胞達のためにも、この男を討たねばならない。

 

"ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!"

「ヌァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

我輩もこの後のことはあまり覚えていない。

しかし、気が付いた時には決着がついており同胞達は住処へと戻ってきていた。

 

イャンガルルガ殿もガノトトス君もナルガも長も皆そこにいた。

 

だから、我輩はその時悟ったのだ。

 

–––我輩は負け命を落とした。

 

これは後に語られることもない我輩のリベンジの物語である。



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