時は6月。ジメジメした梅雨は例年よりかなり早く明けて、早くも真夏の雰囲気を醸し出してきた頃、俺も仕事になれてきた。まあ、2ヶ月やってるからね。ま、多少はね?
「そうですね……妹尾さん、プロデューサーアシスタントとして一つ仕事を頼んでもよろしいでしょうか?」
おや?と思って武内氏を見ると出会った頃より幾分やつれた顔でこちらを見ていた。俺が友人だからってそんな所を真似しなくてもええんやで。
「私はこれからCGの皆さんを連れて遠くの方に仕事に行かなければなりませんから、その間に入ってるこの仕事をお願いしたいのです」
そう言うと、彼は俺にファイルを渡してきた。どれどれ……『ファッション雑誌の撮影 水着バージョン』……水着!?誰が出てるんだろ……鷺沢 文香、新田 美波、塩見 周子……藤原 肇。……肇!?
「受けていただけますか……?」
「もちのろん、ふたつ返事で受けさせていただきます!サンキュータッケ!」
「タッケ!?いや、別にそれでも構わないですけど……」
いや、それで構わんのか……それとも、そこまで精神が疲弊してしまったのかな……お労しや……
――――――
「よく良く考えるとすげえ面子だな、こいつら」
俺に宛てがわれたほぼすし詰め部屋の隅っこの椅子に精一杯背中を寄りかけながら座って、渡されたファイルを見ていた。現役大学生二人に、京都老舗和菓子店の跡取り娘……この子は元か。そして、備前焼職人の孫。やっぱりキャラ濃いわここ。
しかしながら、水着撮影である。水着……あれ?肇も含め、女性の水着を着ているところを見るのは何気に初めてじゃないのか?まず、小学校の頃は女子を女性として見てなかったし、中学のプールは全部サボったし、高校と音大にはプールの授業なかったし。プライベートでプールに行くこともないから……やべえ、想像しただけで俺が大変なことになることが目に見えてくる。拙いな、(出血多量で俺が)死んでまう。
なんか、そんなことを考えていたらスマホから電話の着信音が鳴った。画面を見ると、国外からの電話番号……国外!?電話代嵩むからやめて!?
そんなことを思いながら電話をとる。
「もしもし、誰だ?」
『俺だよ!覚えてねえのか!?』
「いや、俺って言われてもわからんわ!」
『ほら!お前の大親友!』
「……OK、分かった。じゃあ何故国外から電話した」
『あぁ、その話ね。今俺ウィーンに居るんだわ』
は?ウィーンってあの?オーストリアの首都のウィーン?可笑しくないか?あいつ就職するとか言ってなかったかなぁ?
「なんでそっち居るんだ?」
『あぁ、もう一度学び直してみようと思ってな。学長に言ったら紹介状書いてくれたよ。いやー、試験が少しで終わったのは助かったなぁ』
「お前それ裏口入学じゃねぇかよ!」
電話口から朗らかな笑い声が聞こえてくる。こいつはヴァイオリンの天才で、プロになることを夢見られていた。故にウィーンの音大に行く事にしたのだろう。数年後が楽しみだ。
『そういや、
「ああ、それなら346プロダクションが拾ってくれたよ。アイドル部門に連れてかれて、何やかんやでプロデューサーのアシスタントになった」
『すげぇじゃねえかよ!346って言ったら今やアイドル界の一角を担ってる会社じゃねえか!』
「だろ?」
そして、こいつは他人をやんややんやと持ち上げるのが得意だ。大学でもその性格でピリピリしがちなオーケストラの空気を和ませていた。そんなことを考えていたら、電話口の後ろから流暢な英語アナウンスが聞こえてきた。
『おっと、電車の発車時刻だな。じゃあな!夏には戻ってくるからいっぱい飲みに行こうぜ!』
「いっぱいは勘弁な」
プツリと電話が切れる。ああ、心が少しポカポカした。
――――――
「あれー?プロデューサーは?」
「あの人は今日は地方遠征中だ、武内くんじゃなくて悪いな」
「別に大丈夫だけどさぁ……ってか、武内くんって呼ぶようになったんだ?」
周子さんが不思議そうに聞いてくる。だが、答えようと思った瞬間に「ああ!とうとう彼と一線越えたのね!やるぅ!」と車全体に聞こえるくらい大きな声で自己納得しやがった。おい後ろ見てみろみんな引いて……待てや、なんで全員顔を赤くしてんだよ可笑しいだろおい!?
鷺沢さんは多分本で読んでたんだろうし、新田さんも歳が歳だから関わることもあるだろう。だが肇はなぜ顔を赤らめるんだ。おじいさんが泣いてるぞ。
「はいはい、そんな馬鹿な事言ってないで。ここが撮影場所だぞ」
――――――
見覚えがあると思ったら……プールでの撮影だったのだが、よりにも寄ってあの『例のプール』だった。確かに皆胸でかいし大人の色気のようなものがあるが……まあ、わからなさそうだしいいや。
あと、なぜ俺は水着を要求されたんだ?俺も撮るつもりなのか?
「せのちゃーん、みんな着替えてきたよー!」
周子さんのその声を聞いて、寝ていた体を起こしてそちらを見る。すると、そこは桃源郷であった。
周子さんと鷺沢さんはパレオ付きのビキニ。鷺沢さんは周子さんに比べて青が濃いのかな。多分、藍色って言った方がいいと思うが何というか、色気がすごい。一方の周子さんも淡い水色で、髪の毛の色も合わさって儚げな印象を受ける。ただ、口を開けばお騒ぎ大好きな女の子なんだが。
新田さんは水色の競泳水着。彼女らしい、スポーティーな印象を受ける。あと、競泳水着特有のピチピチ感のせいで出るところが出ててすごく……エロいです……
そして、大本命の肇は……
「大丈夫かな……似合ってるのかな……」
「大丈夫ですよ……えいっ」
あ、鷺沢さんが肇が羽織っていたタオルを剥がした。肇が着ていたのは、ピンクとボルドーのツートンカラーのセパレートだった。うん、なんか……もう、見ただけでお腹いっぱいですありがとうございます大好きです。
「…お、おう。似合ってるんじゃないかな…?」
思わず顔を背けたくなる。それは、気まずいからなのかそれとも、ただただ直視できないくらい恥ずかしくなっているのか。そうしていると、前から小さな声で「ありがと……」と言われた。それで更に意識してしまう。肇はどんな顔をしていたんだろうか。
「おーい、甘い雰囲気のところ申し訳ねぇが早く始めてぇんだがー?」
――――――
撮影は順調に進んだ。時折楽しそうな声と、水の音が聞こえてくる。チラリと見ればプールの中でビニールのバレーボールを打ち上げていた。
(あー……混ざりてぇ……)
男の性……という訳では無いが、単純に楽しそうだからだ。あぁ……若いっていいなぁ……
「あ、プロデューサーくん。君も水着に着替えてきてくれたまえ」
「……は?なぜです?」
「そろそろ撮影が終わるし、我々も撤退する。だから、17時まで君たちが自由に使えるということらしい。せっかくの機会なんだから、アイドル達とプールで遊んでこい。さっきもあの白い髪の子が『せのちゃん早く来ないかなー』と言っていたぞ」
――――――
カメラマンさんの良いのか悪いのかよく分からない御配慮によってプールが貸切で使えることになった。例のプールだからちょっとアレな感じはあるけど、まあ普通のプールって思えばいいや。
「買ってきて良かった、これ以外だと買わされた競泳水着しかないからなぁ……」
俺が持ってきたのは、半ズボン型の水着で膝丈の長さのやつ。小学校の頃も着ていたような、そんな安心感がある。競泳水着なんて履いてきた日にはなんて思われるか溜まったものじゃない。
素早く着替えて、シャワーを少しだけ浴びる。このシャワーの意味が俺は未だによくわからん。何?身体を冷やさないためなのか?
水のカーテンを通り抜けて、先へ向かうとさっき見ていた例のプールに辿り着く。俺が辿り着いたのを確認すると、みんながこちらを向いてきて、そして何故か俺のことを凝視する。主に上半身……と信じたい。間違っても下半身じゃないことを信じたい。
「畢兄さん、結構あるんだね……」
「そうね、ちょっと見くびってたわ……」
「なんと言うか……すごいなぁ……」
「せのちゃん、すごいね……」
やばい待って怖い怖い、主語がないからどこ見てるのかわからないし、ここだけ切り取ったらかなり危ないよこれぇ!?
「……な、何の話だ?」
「その……お腹の……」
「……腹筋?」
『そうそれ!』
語彙力低下しすぎて腹筋すら出なくなったか、お労しや……指摘された通り、俺の腹には見事なシックスパックが……半分ぐらい埋もれていた。ストレスで不摂生な生活を続けていたのもあったし、筋トレも最近していない。大学でテニス部(サークルではない)に入って割とガチで部活動していたので、体力面とかは自信ある。ただ、器用じゃないし速く走るの苦手だからひたすらベースラインの打ち合いだったけど。
「とりあえず、まあ、その、運動しとけ?」
「自慢!?」
「いや、違うから。自慢じゃないから。あとお邪魔するぞ」
適当に新田さんを遇いながら、少し離れたところに入水する。やはり、なのかは分からないがプールは温水が張ってあって、そこまで冷たくもないが、風呂ほどあったかくない丁度いい温度に保たれているのがわかった。カメラマンまじ有能。
「妹尾さん……なんでもっとこっち来ないんですか?」
「そうだよ、別に何も引くことないじゃない」
鷺沢さんと周子さんの美女二人組に押されてはどうしようもないので近づいてみる。すると、目の前に真赤なビニールが飛んできた。避けられるはずもなくそのまま水の中へ轟沈。すぐに浮上して、無理やり息を吸う。
「ちっくしょ……何しやがんだ!」
「畢兄さん、あーそーびーまーしょー」
「うるせぇ!なんぼ何でも危険じゃろう!?」
「ええじゃねえ!早う一緒に遊びたかったんじゃもん!」
「なんじゃ!」
「ふん!」
「そう言えば、妹尾さんって岡山出身だっけ」
「だよねー、だからあの方言が出てるのか」
「でも……少し微笑ましいですね……ふふっ」
――――――
その後、バレーボールや自由水泳なんかをして、目いっぱい楽しんだ後、帰りの時間となったので、先に着替えて車内の中でエンジンをかけて待っておく。待ってる間が暇なので、カーナビのテレビを開いた。
『……続いてのニュースです。本日、日本時間の14:00ごろにオーストリアのウィーン郊外で列車立てこもり事件がありました。詳細は未だわかっていませんが、邦人一人が巻き込まれているようです。現場の○○さん?』
……は?マジで?嘘だろ?そう思いながら急いで携帯を開いて、親友に電話する。頼む……出てくれ……
『あー、もしもし?どしたのいきなり。』
祈りが通じたのか、彼はちゃんと出てくれた。
本人曰く、「子供を宥めるためにヴァイオリンで曲を弾いたら立てこもり犯が感動して自首した」らしい。そんなアニメみたいな展開があって貯まるか。
そんなこんなで全然納得出来ないまま、電話を切ると、丁度肇たちが戻ってきたところだった。
「ふー!楽しかったねぇ!」
「久しぶりに泳いだなぁ……」
「プール……たまに体を動かすのも、悪くない……かも?」
「畢兄さん、楽しかった?」
「俺か?ああ、最高に楽しかったよ」
「そう?なら、良かった!」
そんなちょっとした会話をした後に車を発進させた。少し経って、交差点で信号待ちしていると、ふと後ろの座席の声が無くなっているのに気づいた。後部座席を見てみると、2列目には鷺沢さんと新田さんが、3列目には周子さんと肇が、それぞれ肩を寄せ合いながら眠っていた。久しぶりの運動に疲れたんだろう、みんなとても幸せそうな顔をしていた。
後で、武内氏には連絡を入れておいて、千川さんと武内氏と俺、あと手が空いてるアイドル達で仮眠室に運んであげようかな。
水着回を書くのは中々きついものがあって、まず作者である俺自身、あまり海にもプールにも行かないので、どういう描写をすれば皆さんを引き込めるかにとても時間がかかりました。その分少し字数多めです。