飲み会から二週間が経った。あれから何度も仕事しながら気持ちを考えてはいるけれど、中々思いがまとまらない。仕事をしながらが悪いのだろうか。
今日は残業だなぁ……と思いながら、アイドルの面倒を見て自分の部屋に戻って仕事を再開する。千川印のスタドリを飲み、トイレに行こうとしたその時だった。
「アレ……?」
視界が安定しない。拙い、これは倒れる前兆だ。何とかしてドアの所まで辿り着くと、倒れ込みながらドアを開けそのまま床と衝突する。
「誰も……居ねぇか……ぁ」
そのまま、俺の意識は暗転した。
――――――
目覚めた時は、ベッドの上だった。誰かがきっと運んでくれたのだろう、後でお礼を言いに行かねば。
「あら、起きたんですか」
声のした方向を見るとナース姿の女の人がいた。確か……柳 清良さんだったか。確か、元看護師の人だったはずだ。……元多いなここ。
「あ、態々ありがとうございます……」
「いいんですよ、今日はオフでやることもなかったので」
態々オフなのに来たのか、本当に頭が上がらないな。それで……倒れた原因は何だったんだろうか。
「過労です。スタドリエネドリで騙し騙しに仕事してましたね?」
「……はい」
確かに、エネドリとかで騙し騙しに仕事し続けてきた。新社会人になって、仕事へのスタミナもあまり足りないのにこんな無理な生活を続けていたことが悪いのだろう。
「一応、生食(生理食塩水)を点滴しておいたので今日一日は動かないこと。あと今後一週間は無理な仕事はしない。スタドリエネドリも同じ。いいですね?」
「はい……態々ありがとうございました」
そう言うと、彼女はニコリと微笑んで出ていった。携帯は……あるが、辞めとこう。体を休めること最優先だし……寝よう。
――――――
ダメだ、寝れない。
人間というものは不思議なもので、疲れが溜まりすぎると逆に寝れなくなってしまうのだ。そして、一度寝てしまうと死んだように眠りこけるので、無理というものは百害あって一利なしなのだ……まさしく俺だな。
「すみませーん…………気分悪くなっちゃったので、少し寝かせてください……」
「はーい。注射します?」
「いや……結構です……」
……誰かが隣のベッドで寝始めたようだが、意識が少し朦朧としているせいか、誰の声かは分からない。片方が清良さんだということ分かるんだが……
「……誰だ?」
「ひっ……あ、わ……私……藤原、肇だよ……?」
「……そうか……驚かせてすまねぇな…」
「ううん……いいの、大丈夫だから……」
肇……か。正直、朦朧としているせいで、誰の声かが正確にわからないから誰かがなりきっていたら多分信じきってしまうだろう……まあ、この事務所にはそんな子はいないと思うが。
「練習、し過ぎたのか?」
「うん……激しいステップとか、難しくて……」
そう言うと彼女はふふっ、と笑う。その声が少し儚げで、触れたら消えてしまいそうだった。声に触れることは出来ないが。
「そうか……ゆっくり休めよ。無理は禁物……って俺が言うことじゃないか」
「そうだよ、畢兄さんこそ無理は禁物じゃない……部屋から30本以上もスタドリが見つかったって、早苗さんから聞いたよ?」
……マジか、そんなに飲んでたのか。俺は気づかなかったぞ、流石にやべえんじゃねえかあれ。
「……面目ねえや」
「気にすることないよ。いつもお仕事頑張ってたの、私は良く知ってるから……」
「………そっか」
見てくれている人は、ちゃんと見てくれている。それが嬉しくて、擽ったくて、よくわからない気持ちになって涙と嗚咽が零れる。
「ど…どうしたの……!?」
「何でもない……何でもねぇんだ……」
彼女は「そっか」と言うと目を閉じてゆっくりと寝てしまった……多分。カーテン越しだからわからないが、きっとそうなんだろう。
そして、この気持ちもきっと……
――――――
過労から回復して数週間して、七月になり社内も冷房を本格導入し始めた。武内氏と千川さんには相談して、仕事の数を少し減らしてもらった。とは言っても、あまり量は変わったように思えないし、アイドルの面倒を見るのも大変なので、疲労感は変わらないが。
現に……
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙、キャッツがまた負けたぁぁぁあああ!!!!」
「ファッキューガッツ」
「ゆ、友紀さん!そういう時こそ笑顔ですよ!いぇーい、ピースピース!」
「笑っていられるかぁぁぁあああ!!!!」
「ひえぇぇえええ!!!???」
片方ではキャッツがサーベルタイガースに負けておこ気味の姫川 友紀(ユッキ)ちゃんを宥めようとして、卯月ちゃんが得意の『エヘ顔ダブルピース』をキメたらユッキがキレてるし……
「だから、お菓子は和菓子が最強なんだって!生で食べられるし、焼いても蒸しても食べられるんだよ!?」
「周子さんは分かってないの!しっとり感とパリパリ感が両立できるケーキこそ最強なの!パリパリの乗ったチョコケーキを食べたことあるの!?」
「このわからず屋!」
「やるつもり?ケーキ地獄を見せてあげる!」
もう片方では周子さんとかな子ちゃんがお菓子最強対決をして一触即発の状態……いや、アレはもう開戦してるのかこれ。とにかく、今のプロジェクトルームは地獄だった。こんな時、武内氏と今西部長ならどうしたんだろうか……そして、その矛先は必ずと言っていいほど……
『ねぇ、プロデューサー!聞いて聞いて!!!』
と俺に向けられるのだ。あと、こんな時だけ俺のことをプロデューサーと呼んでくる。いや、確かにアシスタント期間は過ぎてるとは思うんだが……
とりあえず、ユッキには「キャッツまだ一位だろ、チャンスあるって」と。怒られて泣き顔になってる卯月ちゃんには「大丈夫大丈夫、いぇーい」と恥を忍んで頑張ってエヘ顔ダブルピース。ケンカしてる二人には「お前ら一番は家で簡単に作れるホットケーキだろJK」と新たな火種を投入して、標的を俺一人にし、最終的に仲良くなってもらう。
……悪ぃ、やっぱ辛ぇわ……(ノクティス並感)
「はーい、皆さーん。お仕事の時間ですよー」
こ、この声は……!まさか……!
「まさかお巫山戯してる子達はいないですよねー?」
そこには、
「あんまり妹尾さんをいじめちゃダメですよ?妹尾さんにはまた別の仕事があるんですからね?」
鬼!悪魔!魔王!ちひろ!(手のひらドリル)
「どっち何ですか貴女は!」
「さぁ、どうでしょうねぇ?」
彼女は意味深な笑みを浮かべた。やはりこの人は苦手だ……この人が作るドリンクも含めて。
――――――
346プロダクションには、社内カフェというものがある。そこでウサミン星から来た安部菜々さんじゅうななさいが働いているのだが、それはまた別の話。
夕食を、武内氏と共に食べていた時に彼がチラシを一枚渡してきた。
「ん?何だこれ?夏祭り?」
「えぇ……貴方には入社一年目とは思えない程働いてもらいましたから、少しは休んでください。折角この時期ですし、少し郊外の神社で夏祭りをやるらしいので、是非行ってきてはどうでしょうか?……勿論、アイドルを誘って行くのもいいんじゃないでしょうか。無論、予定が空いていればの話ですがね」
つまり、彼はこう言いたいのだろう。『肇を連れて行け、そしてお前の気持ちを伝えて来い』と。
その意図が本当かどうかわからないままに、俺はオムライスを食べる。口の中に広がるケチャップとグリンピース多めの懐かしい味と少し塩味のある卵の味が広がって、仕事明けの体に染み込んでくる。仕事明けはやはり少し塩っぱいくらいが丁度いいのだ。
対する武内氏はカレー。それも見た目に寄らず、甘口である。前にウサミンに聞いたところ使っているカレーのルーはバーモ○ドらしいので、辛口でもかなり甘いはずなのだが、それの甘口とはどれだけ甘いのだろう。オイオイオイ死ぬわアイツ。
無言、とは程遠いくらいに色んな話をして、俺たちの夕食の時間は過ぎていく。
――――――
仕事も終わり、帰るかと思い荷物を纏める。すし詰め部屋を出て、少し暗くなった廊下に出るとスタジオの方から明かりが漏れているのに気づいた。何かやっている奴が居るのかと思ってそちらの方に向かうと、そこには――――――
「いいぞ!良くなってきたじゃないか!」
「は……はい!ありがとう……ございます!でも、もう一回……!」
練習をする肇の姿があった。前に苦手と言っていた激しいダンスなのか、運動神経がいいはずの彼女でさえ息が上がっている。ドアについた窓から見ている俺は見向きもせず、ただ鏡とトレーナーに向けてダンスを披露しているのだ。
「…………よし!」
彼女も進化しているのだ。年上の俺が進化しないでどうするんだ……そして、俺は携帯を開いて画面をフリックし始めた。
――――――
無題
ベッドで寝ていた時に苦手だと言っていた激しいダンスが出来るようになっていて俺は嬉しいよ、これからきっと君はどんどん進化していくんだろうし、楽しみだなぁ……
そういえば、さっき武内くんから夏祭りのチラシを貰ったんだ。7/××なんだけど、もし君の予定が空いていたら一緒に行けないかなと思ったんだけど……どうかな?あ、予定があるなら無理しなくてもいいからね。
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書いて、送ってしまった。だから、もう後には引けない。覚悟はもう決めているんだから、後悔などしない……絶対に。
そして、俺は外の街灯が明るい外の方へと歩き始めた。
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Re:無題
こんなに改まって畢兄さんがメールしてくるなんて珍しいね。
あ、もしかして覗き見してた?嫌だなぁ、見てるなら一言言ってくれれば良かったのに。そしたら、多分もっと頑張ってた……ごめん今の嘘。多分緊張して全然出来なかったと思う。『進化』か……元々陶芸のために始めた事だけど、アイドルとして進化しているならもっと続けてみようかな……
夏祭り!いいよ、予定も無いから!懐かしいなぁ……岡山の頃はよく行ってたもんね。毎回私が花火が見れないって駄々こねて畢兄さん抱き抱えてもらってたっけ。折角だから、浴衣があったはずだしそれを着ていくね!楽しみにしてて!
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次回は、お察しの通り夏祭り編となります。主人公の告白など、濃い要素にするつもりなので、少し(3~4日)ほど更新を遅らせます。
間違ってもイベントをガチる訳じゃありません、本当です(震え声)
感想・御指摘があれば感想欄に是非。いつでもお待ちしております。
ps:UAが中々伸びないのですが、投稿時間が悪いのでしょうか。それともアイマス小説が全体的にこんな感じなんでしょうか……?