黄金の日々   作:官兵衛
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裏面への侵入

 

  

 

 

 

 

 

 長い廊下をレエブン侯と供に歩いている。ラナーのいる部屋まではこんなに時間が掛かっただろうか?響く足音が今日は何故だか耳障りだ。

 隣のレエブン侯の顔を覗き込むと、もしかして彼は何かを掴んでいるのか、冷静な表情を崩さずに歩いている。

 

 ラナーの部屋のドアは開きっぱなしになっていて、誰かの見たことのある逞しい背中が見えた。彼が部屋の中の人物に礼をしてドアを閉めてこちらを向いた。

 

「ガゼフ戦士長!?」

「これはザナック様、ラナー様から聞きました八本指の件、確かに承りました」

 

 そう言うと気合いを入れつつ戦士長は遠ざかっていく。一体何が起きているのだろう。

 俺はドアをノックすると返事が聞こえる前にドアを開けた。

 中に居たラナーは大きな窓の前に立ち、曇り空を背にしながらも輝ける笑顔をこちらに向けてくる。

 きっと常人ならこの黄金の微笑みの前に手を挙げて降参し、ラナーのために命がけで戦う先兵となるだろう。だがな、甘く見るんじゃない、ラナー。ここに居るのは……今、運命と供にココに躍り込んできたのはお兄ちゃんだ。オマエのお兄ちゃんなんだ。あと病的な親バカも隣に居る。

 

「クライムは?」と俺は尋ねた。ここに来ているはずのクライムが居ない。

「クライムは出撃の準備をしに行きましたわ」

「後で俺の所に報告に来ると書いてあったのだが」

「急を要することですので、お兄様には私からお伝えすると言いました」

「クライムは俺の近従だ」

「今日はクライムの非番の日。つまり私のクライムの日よ」

「……なんの出撃だ?王都で勝手なマネは許されんぞ」

「勝手ではありません。ただし八本指に繋がる貴族の方が多いので内密に事を進めておりますが、父上にはすでに許可を得ております。ガゼフ戦士長も借りました。すれ違いましたでしょう?」

「なぜ急に……秘密維持のためとしても……もしかしてクライムが関わっているのか?」

「ええ クライムが親切にして頂いた、とある御老人が八本指に捨てられた娼婦を助けたところ揉めに揉めたそうです」

「クライムが御老人に?」

「はい。可愛いクライムが再び攫われた娼婦を助け出そうとする御老人を手伝いたいと。といっても多くの八本指の娼館のどこに拐われたのか分かりませんし、このタイミングで王都の八本指の息の掛かった娼館と隠れ家を一気に抑えます」

「全部を? クライムや蒼の薔薇だけでは手が足りんだろう?」

「ですからガゼフ戦士長と戦士団の有志。そして……最後の手はそこに」

 とだけ言うと、ラナーはまっすぐに俺……の隣のレエブン侯を指さす。

「……なるほど、私の兵を使わせろという訳ですな」

「はい」

「本気で?」

「ええ」

「では……私にあなたの本気を……本当を見せて下さい。覚えてらっしゃらないかも知れないが、私はアナタが本性を隠さずに生きていた頃にお会いしているのです!あの人間とは思えないほどの智と狂気の波動を!」

 

 レエブン侯がそう叫ぶとラナーは(うつむ)いて「まあ そんなこと……」と呟いた。

 そしてラナーが再び顔を上げたとき、そこにはかつて子供の頃のラナーが居た。

 周囲の全てが不快という感情と、そんな馬鹿馬鹿しい環境に居る自分を(あざけ)る 絶望・絶念・捨鉢・悲観・自棄という負の感情を混ぜ合せた歪んだ口元。

 何色か判断できないくらいに暗く光を吸い込むような曇った瞳。

 これは間違いなくラナー()で、どうしようもなくラナー(怪物)だった。

 

「こ、こんなにも!?」とレエブン侯は叫んでいた。

「ラナー……」俺は小さな声でラナー()を未練がましく呼んだ。

「……」

「解りました!確かにこれは子供の頃に見せてもらった本当のあなただ。だからこそ問う!いったい何が目的なのでしょうか?この国を乗っ取られるおつもりか?」

「私? 私の目的は……クライムですわ」

「え……な、なにを……おっしゃら…」

「だろうねえ」と俺はレエブン侯の言葉の途中に口を挟んだ。

「はああ クライムと、ずっとずっと一緒に居たい……それだけですわ」

「ク、クライム君と……?」

 レエブン侯は俺に「本当?」と眼で確かめてきたので俺は「ね?健全に狂ってるでしょ?」とにこやかに笑った。

 

「レエブン侯……私、レエブン侯の息子さんと結婚すれば良いと思うのです」

「わ、私のリーたんを誰が貴様のような化け……」

「おまえふざけんなよ!リーたんみたいな良い子はオマエに勿体ないわ!!このショタコン悪魔!」

 レエブン侯が何か言おうとしたのを半切れで叫んだ俺は「リータン カワイイヨ リータン」と何故か呟いた。あれ?なんで記憶が飛ぶんだ?

 

「いえ 結婚したあとの息子さんは誰か好きな女性と子を為せば宜しいかと……そして私はクライムと……ふふふ……ショタ?」

「なるほど……形式だけは結婚という形にしてしまうという訳ですな……そしてラナー姫はクライム君と結ばれる……と」

 

「結ばれる……ふふ 私、出来ればクライムを飼いたいと思っておりますの」

「え!?か、飼う?」

「はい 首輪をはめて……鎖で繋いで、私が鎖の先を持って……うふふ」

「へ、変た……」

「てめえー! オマエがクライムに劣情を募らせて(こじ)らせてるのは知ってたわ!この変態妹!」

「お兄様!さっきから(うるさ)いです!?」

 

 ラナーが切れた。

 

 いやだってレエブン侯、ショックで本音がダダ漏れだから、それでオマエが気を悪くすると、なんか後で恐いじゃない。

 

「ええっと、まあ、ラナー姫のクライム君への執着は本当だと感じました。では私は私兵を動かせるように準備をして参ります」

「できればレエブン侯には私兵だけでなく、もう一手お願い致します」

 

 もう一手? ラナーはレエブン侯に何をねだっているのだろう?

 

「ふふふ さすがですねラナー様は。私が彼と連絡をとろうとしていることを知っておられたとは……」

「うふふ その……依頼料を高めに弾んであげて下さいな」

「解りました。まあ金だけで左右される人物ではなさそうですが」

 

 そう言うとレエブン侯は逃げるようにこの部屋から出て行った。

 

「ラナー。正直俺には解らないんだ。なぜ今、八本指の処理が必要なんだ?もちろん奴らを処分出来るのは有り難いことではあるのだが、クライムの事しか考えていないのなら、クライムに老人と関わるのを止めてもらえば済む話じゃないか?」

 

「ふふふ 私……ここ数週間で色々と出会いがありまして」

「出会い? 浮気か?クライムが可哀想だろ」

「違います。それで色々と私も気づいてしまいまして。不条理だと思っていたことなんて、全然大したことじゃなかったってことを」

 

 ラナーは独り言のように淡々と独白する。

 

「思いもかけないことで運命は踊り、どうしようもない中で選べる手段には、限りがあるということを」

 俺は一杯になった悪い予感に踏みつぶされそうになりながら「思いもよらぬ運命ってなんだよ……」とだけ呟いた。

 

 ラナーは何も言わずに、ただ黙っていた。

 

 その後、みんなが出かけた後、俺はラナーの部屋で、妹と一緒に暗闇の広がる街並みを見ていた。

 遠くの方で魔法か何かの光が一瞬見えた気がする。

 今、まさにあの地で、クライムやガゼフ戦士長、そしてレエブン侯の兵士達が八本指と対峙しているのだろう。

 なんでだ?なんでこんなに急に物事が動き出すんだ?

 いや、違う……俺がエ・レェブルに行っていた時からすでに何かが始まっていたのか?

 ラナーは一体何を考えているんだ。もちろん本当にこの国を良くしたいという想いからの行動であれば良い。例えソレが『クライムに良いところを見せたい』という不純な想いが降りかけられていても良い。

 ……でもきっと違うんだ。ラナーはそんなに単純じゃない。

 心配と不安になりながら部屋の中を熊のようにウロウロしていると「鬱陶しいです」とラナーに蹴られた。

 八本指同士の連絡をさせないために、全箇所をすでに一斉に遅いかかっているハズだからケリが着くのも早いはずだ。

 

「兄さん」

「なんだ?」

「……最近クライムが急に強くなったと思いませんか?」

 

 ああ 気づいていた。何か急に心持ちがどっしりとして、剣の達人のような心の強さを持ったような気がすると戦士長が言っていた。

 

「なんか、ガゼフ戦士長の友人の剣士であるブレインって人にも色々と教えてもらっているらしいぞ」

「クライムったらガゼフに続いて、今度はブレインですって?もう!」

「いや 剣の偉大なる先輩で、彼らもクライムを可愛がってくれているそうじゃないか」

「クライムは私だけが居れば良いのです」

 

 このヤンデレさんめー。

 

「まあ クライムにもそういうところあるよ」

「え?」

「あいつ、そういう所はオマエに似ていて、大抵あいつもオマエが居れば良いんだ」

「まあ!」ラナーは顔を赤く染める。

「でもさ。あいつは子供の頃に一編に色々と失くしてしまったからさ」

「……」

 

 きっとラナーはあの時の、動かない母の手を黙って握り続けた少年を思い出しているのだろう。

 

「だから今度は守りたいんだよ。自分の大切なモノを。そのためにクライムはどれだけ周囲に「贔屓されている卑怯者」と蔑まされても、我慢して俺たちの傍に居てくれて、そして、俺やオマエの傍に自分が居るのは俺たちが贔屓をするような人間だからではなく、強くて頼りになるクライム(自分)だから傍に置いて頂けるだけなんだと皆に解らせるために剣術を磨き、どれだけ子供の頃から恋い焦がれても、抱き締めたりした瞬間に引き離されるのが解るから恋慕の想いを敬慕に換えて頑張ってるんじゃないか!全部クライムが頑張って守ってくれているんだよ」

 

「解っております。だから私はそれら全ての下らないものを終わらせたい。クライムも……いえ、終わらせてあげるの」

 

「ラナー……っ!」

 

 俺がラナーの普段にない顔に戸惑った瞬間、目を見開いてただただ驚いた。ラナーの背後にある大きな窓。

 そこに突如として、夜の帳が広がるはずの街の一角に大きな、大きすぎる炎の壁が立ち上っていたのだ。

 

 城の外に八本指襲撃の任が成功してぞろぞろと兵士や冒険者が帰ってくる姿を片目で見ながら、その炎が彼らを再び危険な目に遭わせることになるだろうと忸怩たる思いを抱いた。

 

 不吉な匂いは八本指のことじゃなかったんだと、ただただ呆然としながら、変わらぬ表情のラナーを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 










団栗504号様 誤字脱字修正を有難うございました







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