黄金の日々   作:官兵衛
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大魔法

 

 

 

 

 

 

「ザナック様、そろそろ王都リ・エスティーゼが近づいてきました」

 

「うむ」

 

 ガラガラガラガラという馬車の音に包まれながら、俺は長旅の終わりを感じる。

 往復の移動帰還も含めてだが、実に一ヶ月に及ぶ『ローブル聖王国』への外遊は王都悪魔襲撃事件で活躍(してないのだが)しすぎた俺を警戒した貴族派による工作だろう。これがレエブン候の言っていた「何らかの用事を押し付けられる」という奴だ。

 何故、俺が居ないことが貴族派にとっての工作かと云うと、そろそろバハルス帝国とのいつもの会戦があるはずで、彼らにすればバルブロを出陣させて出来れば活躍させることが大切なのだが、それに俺まで出て活躍されては意味が無くなってしまうという事なのだろうな。俺に軍なんて率いる事は出来んというのに。

 まあ、その陣張りなどは俺が『ローブル聖王国』に出かけているウチに全て決まっているはずだ。順当に行けば俺は留守役になるはずだ。思わず揺れる馬車の中で小さくガッツポーズをとってしまう。

 それよりも何よりも、あの金色の悪魔(ラナー)から解放されていた開放感で健やかで最高のバカンスになった。今回は珍しくクライムの同行にも文句をつけて来なかったしな。

 

「ザナック様……先程から心の中がダダ漏れで御座います……」

 マジで!?

「すまんな……あんな悪魔でもオマエの想い人だものな――――オマエまさか宗教の悪魔崇拝的な理由でアイツを……?」

「違います!? あと、そのっ、想い人だとか!そのっ私には余りにも畏れ多いことでございます!」

「おまえ今更そんなこと言うなよ。俺はアイツにバルブロの世話を任せて辺境伯にでもなって逃げるつもりなんだから、オマエがアイツを支えて癒し係にならないと、ストレスでバルブロを操って恐怖政治とか始まったらどうするんだ!?」

「そんな、まさかあのお優しいラナー様が……御冗談を」

 

 クライム……お前には全リ・エスティーゼ王国民の未来がかかっているんだ。

 

 

「まあ、それはそうと……可愛かったな……カルカ・ベサーレス聖王女様……」

「はい お美しく優しい王女様で御座いました。ザナック様……随分見惚れておられましたね」

「うん 正直、その……初恋かも知れん」

「おお、それほど……」

「うん まあ聖王女と第二継承権の王子では身分違いだからな……いや、まてよ?俺があの方の所へ婿入りするのならばむしろアリなのでは!?」

「そうですね……リ・エスティーゼ王国が大国になり、聖王国と強い同盟を結ぶ際に有り得るかも知れません」

「よし! ラナーならやってくれるだろう!バルブロもラナーも、俺が居なくなって気が休まるだろうしな!win-winじゃないか!」

「いえ ザナック様が居なくなることをラナー様が喜ぶとは思えないのですが……それに、ザナック様がバルブロ様ご出立の際に、長らく神に祈られていたと聞き及んでおります。なんだかんだと言われてもザナック様は御兄妹の事を想われておられるのですね」

 

 ……なんでそんな噂が広まって?

 

「くそう!俺が王女様に見とれていたらレメディオスとかいう聖騎士が睨みながら近づいてきて「おい ふと王子。その様な下品な目で我が聖王女を見るな」と凄みやがって……」

「えっ そんなことがあったんですか?」

「ああ しかも流れるように似た顔の神官から耳元で「あなたにお似合いの娘たちを豚小屋に用意しておきました」とか囁かれたよ」

「!? なんということを!」

 クライムは顔を真っ赤にして、一瞬にして怒りに火がついたようだ。

「大丈夫だ。「ふはは 果たして私が気に入る可愛子ちゃんがいるかな?ブヒブヒ」と言い返しておいたからな」

「言い返せてませんよっ……いや、言い返せてませんよ!?」

 おお クライムが強いツッコミを……。

「良いんだよ。将来俺が聖王国の婿王になったら、あいつら扱き使ってやるから」

「志が低い……」

 

 クライムがさめざめと泣いた。

 

 

 

 

 

 さて、もうすぐクライムが言った通り王都リ・エスティーゼが見えてくるハズだが……。

 王都に近づくにつれ、違和感の様な物に気づく。

「……クライム。この辺りの道なんだが、妙に状態が悪くなってないか?」

「……そうですね。(わだち)も大きく深くなっておりますし大軍が通った様にしか思えません」

「だよなあ。でもバハルス帝国との会戦って、まだ先の事では無かったのか?」

「はい 私もそう聞き及んでおりました」

 

 クライムはガゼフと一緒に参戦するかも知れなかった大戦だけに、その動向には気をつけていたハズだ。まあラナーの「危ないでしょ!」の一声で中止になったのだが。

 一応、出陣前には外遊から帰ってきて、戦勝祈願などにも出席し父王の出立の御見送りをする予定だったハズだったはすだ。

 

 そして遂に王都に辿り着いた時に、城門に『出師旗』が掲げられており、まだ先だったハズの出陣をすでに終えている事を確信した。

 

 何故早まったのかについて各所に問いただすと「珍しくバハルスから宣戦布告書が届いたことにより、予定より一週間早く出陣なされました」と聞かされた。

 まあ、俺は元より留守居役だから構わないが、出陣の日を逆算すると、すでにカッツェ平野に軍を展開していることだろう。出来ればいつも通り睨み合いだけで終わってくれた方が良いのだけれど、あまり長い滞陣になると、ただでさえ懐の寒い王国の食糧事情が恐ろしくなる。

「早く終わるに越したことはないよな……」

 俺はクライムと供に人々から帰城の祝いを受けて、その日は疲れからか早く寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 まず、一番始めに入ってきた報は、「リ・エスティーゼ王国軍、カッツェ平野でのバハルス帝国との戦いで敗北。我が軍は総崩れで御座います!」というものだった。

 

 早くといっても、ここまで早くとは言ってない……。

 

 俺は寝ているところを叩き起こされた不満もナニも言わずに機械的に黙々と着替えて自室を出ると、緊急時ということで玉座の間に移動して灯りを点けさせる。

 玉座の間には父王ランポッサ三世の旗が掛けられており、主の留守を守っている。

 クライムに頼んでラナーに伝令の知らせだけは伝えておいてくれるように頼む。

 

 今回、どれだけ異常事態かと言うと、第一報が敗戦の報というのがすでに異常だ。

 今まで会戦に到らなかったということもあり、もし会戦されて軍の激突などがあれば、その時点で伝令が走るはずなのだ。それが無い。しかも両軍合わせて30万もの大軍の激突であり、そんなに性急に勝負が決するモノではないはずなのだ。少数なら勢いでごまかせても、大軍同士での戦いは詰め将棋的な側面も持つ。どこか局地戦で劣勢であれば余剰戦力が応援に周り粘り強く戦えるし、かのフールーダ・パラダイン卿が以前の様にフライで空を飛びながらファイヤーボールを撃ち続けようが、当方にも対魔法防御の盾や、遠距離用の石弓などはかなり準備されており、それらの一斉射撃の中で魔法バリヤーを張りながら飛びつつ、ファイヤーボールを撃ち続けるなど、余程の魔力があっても25万の軍相手に続く物ではない。

 

 ……つまり、我が軍は別の何か強大な力にやられた? 短時間で?

 

 考えづらい……例えば25万の陣がどれだけ長大で広大だと思っているのだ。この世界での魔法や兵器で、その広範囲を覆う事は無理だろう。

 「ドラゴンとかか?」一匹なら無理だろうが複数居れば……そう言えばバハルス帝国の近隣にワイバーン部族が住んでいたな……しかし飛竜で25万がやられるとは思えない。対フールーダー対策で対空兵器にはこと欠かさないはずだったからだ。

 

 俺が玉座の間でウロウロと落ち着かない体を持てあましていると、部屋の前に人が集まりだした。大体が一報を聞きつけて駆けつけた貴族と、大貴族の執事や配下たちだ。貴族でもある程度の地位がないと玉座の間に勝手に入ることは許されていない。

 俺は「緊急時だ!情報を得た者は入って報告せよ。おい、そこのオマエ。すまんが書記をやってくれ。適当な板を持ってきて壁に立てかけて、これより大量に入ってくるであろう報告を次々に羊皮紙に書いては貼り付けよ。えーっと」俺は周りを一生懸命に見回すとボウロロープ侯の執事を見つける。実力主義の侯爵のことだ。きっと優秀に違いない。

「すまん、そこのボウロロープ家の人……名は?」

 俺に突然名指しされた老齢の執事は一瞬驚いた顔をしたがすぐに落ち着きを取り戻し「カルロスで御座います」と名乗った。

「よし、では君がこれから入ってくる様々な報告書を精査し、繋ぎ合わせて確実だと思える状況を浮かび上がらせてくれないか? では今より各地の街にも人を送れ!戦場からの報告や手紙であれば関係ある部分だけでも書き写させて貰いココに集めよ!」

 

 (こういうのはラナーにやって欲しいんだけどなあ……)

 俺は内心すごく愚痴りながら父の配下に指示を与えていく。

 

「負けたことだけは確かだ! 各都市から余裕があるなら救援軍をまずエ・ランテルに向けて出すように指示せよ!ただし敵の追撃軍がすでにエ・ランテルに辿り着いている場合は正面対決するのは避けよ!25万の軍を蹴散らしたナニかが敵にはあるぞ!」

「エ・ランテルが無傷なら味方はエ・ランテルに逃げ込むはずだ。戦場からエ・ランテルへの道筋に哨戒兵を飛ばせ!そして敗残兵を見つけたら事情聴取をしたのち各都市への受け入れ用意の布告をしろ」

 ……まずは王都リ・エスティーゼから救援軍を出すべきだな。本来ならガゼフ戦士長の出番だが彼は父と供に戦場に出張っている。俺が……行くしかないのか? 行きたくないなあ……しかし、この場所で必要な情報の整理と判断なんてラナーの真骨頂だろうからなあ。

 

 俺が悩んでいると玉座にラナーがクライムを引き連れて入ってくる。周囲からは「おお……ラナー姫!」という声が上がる。

「お兄様、ここはラナーが引き受けますので、どうぞ皆様方を救いにお向かい下さい」と(のたま)う。俺がクライムの顔をチラ見するとクライムは必要以上に無表情を気取っている。コイツ……。

 俺はラナーの耳元に口を近づけると小声で「おまえ絶対に機会を窺っていたろ」と囁いた。

 ラナーもまた小声で「ここからは兄さんでは荷が重いでしょう?それより父王や貴族達を救援し敗残兵を纏めに行って下さい。きっと彼らからは恩や忠義を得ることが出来るでしょう」

 

 ……こいつは本気で俺を次期国王に据えるつもりなのか?

 そういえばバルブロもその後、何の連絡もないぞ……。

 

「ボウロロープ軍を初めとした左翼に陣取っていた兵は全滅!」

「敵の魔道師による大魔法で全軍壊滅的被害を(こうむ)る」

「恐慌状態での敗走であるため、大混乱を起こしており、現時点で国王を初めとして主だった者の生存は不明」

「被害は、すでに10万を越えており、今も増えている最中です!」

 

 突如入ってきた三報に俺は顔が青ざめていくのを感じた。

「ラナー……」

「……お兄様、お行き下さい」

 

 俺は強く目を(つむ)る。次期国王候補に祭り上げられるのがイヤだとかそんなことを言っている状態じゃなかった。

「今より大混乱の中、敵の追撃を受けているであろう我が軍を救いに行く!エ・レェブルやエ・ペスペルにも守備兵を割いて救援軍を組織し、エ・ランテルで我々と合流せよと先触れを出せ!」

 

 クライムは……置いていこう。本来はガゼフ達に付き添って経験のために出陣の話もあったのだが、ラナーに蹴られたんだったな。行かなくて良かった。行ってたら危なかった……な?……行かなくて良かった? ラナーは危ないことを知っていた?

 

俺はラナーに「大魔法の魔道師ってフールーダ・パラダインのことだよな」と聞いたら、「さあ 私は知りませんが」と無表情で返された。

 

 うん 何か知ってるな。

 

 

 エ・ランテルへと街道を急ぐ。正直乗馬には自信がないが、周囲の馬たちに愛馬が合わせるので集団移動は割と何とかなるものだ。

 ……馬は群れで生きる生き物だからな。

 そんなことを考えながら急がせる。王都から騎兵で2000、(かち)で4000の兵卒がエ・ランテルへ向かっている。

 とりあえずは騎兵でエ・ランテルへ先に赴き、各地からの増援軍と歩兵を待っている間に、市民を駆り出してエ・ランテルとカッツェ平野の間に野戦堡塁を構築しなければ……。そして、敗走兵と逆行して、殿となっているであろうガゼフの戦士団かレエブン候の精鋭に合流出来れば、カッツェ平野からの敗走兵がエ・ランテルに逃げ込む時間稼ぎが出来るはずだ。

 

 ……しかし、事態は思っていたよりも深刻だった。

 

 エ・ランテルに近づくにつれ数を増してゆく、すれ違う敗残兵の群れ、群れ、群れ。

 その全ての者が声をかけてもこちらと目を合わせることもなく人とは思えぬ悲鳴を上げながら馬を走らせる。そこに歩兵の姿は見えない。全ての騎乗した者が徒の者を見捨てて必死に馬に鞭を打ち続けているのだ。馬もまたナニかから必死に逃げるかのようにその脚を止めることはない。よく見ると街道沿いに走り続けて駄目になった馬や兵が泡を吹いて倒れている。そして馬を失った者は這いながらでも必死に逃げるためにもがいてるいるのだ。

 

 ────一体、戦場でナニがあったのだろうか?────

 フールーダ・パラダインが使ったと思われる大魔法とは、もしかして集団パニックを起こす精神系魔法なのかも知れない。休憩中に、そんなことを共回りの者達と話しながら俺たちは2日後にエ・ランテルに到着する。

 エ・ランテルでは市長のパナソレイが主導して混乱を沈めるために教会の者が走り回って収容した敗残兵の心身のケアを行っており、そして城塞周りに市民による簡単なバリケードと堀を巡らせている最中であり、破城槌などの攻城兵器を近づけない工夫をしている。

 俺は久しぶりにあったパナソレイの丸い体にシンパシーを感じながら彼と話し込む。彼が敗残兵から聴き込んで分かったのは「敵と対峙すると敵が何らかの魔法で空中に文字や模様が浮かんだと思ったら、突如我軍の左翼がパタパタと倒れた。その後に大きな黒い魔物が数体現れて本隊で大暴れをして崩壊し大混乱のまま敗走した」という戦況だった。

 ────魔法による中空の文字と模様? ……まるでユグドラシルの超位魔法の起動シーンみたいだな。この世界では逸脱者フールーダが使えるのは第六位階の魔法を使えると聞いているが。

 俺たちが各地より救援兵が集まるのをエ・ランテルで待っていると、ボロボロの姿で騎乗する父王ランポッサ三世とレエブン候が入城してきた。

 俺は二人に無事の慶びを伝えつつ戦塵を落としてもらい話を聞こうとするが二人共口を(つぐ)んでナニも語ろうとはしない。特にレエブン候の精神的ショックは酷く常に震えているようにみえた。俺は教団の神官を呼んで「獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)」などの心理療法術を二人と近習に施してもらい、何とか会話が出来る状態に回復させて戦況の聞き取りを行った。大変なショックのところを申し訳ないが、こちらとしては殿に合流して敗残兵を逃がすために危険地帯に飛び込むかどうかの判断をしなくてはならないのだ。

 

「父上、レエブン候、大変に辛い心模様であるとは思いますが、どうか教えていただきたい。まず、我々はこれより敗走してきた軍を逆流して、少しでも兵をエ・ランテルに収容するために殿と合流しようと思うので……」

「馬鹿な!?やめろ!やめて下さい!あの戦場に行くなどと!」

「そうだザナックよ……やめよ……なにをしても無駄だ……殿などおらぬ……」

 焦燥しきる二人に俺は呆然とした。あの冷静なレエブン候が、王としての経験が豊富で幾多の困難を経てきた父王が心より疲れ、心より恐怖しているということに。

「……解りました。私も、あたら兵を死地においやることは致しません。それで……一体何があったのでしょうか? また他の方々は?」

「儂には分からん……ただガゼフは儂らを逃すために死んだ」

「私の元冒険者(オリハルコン)チームの部下たちも全滅した。私を逃がすためにだ。正直……私にも何が起こったか分かってないんだが、彼らが話していた内容から推察できる戦況を話そう」

「戦士長が……レエブン候、お願いいたします」

「まず、大軍同士でいつもの様に対陣する我らリ・エスティーゼ軍の前に進み出てきた敵の魔道士が……」

「フールーダ・パラダインですな」

「違う!そうではない奴は、その黒い影は『アインズ・ウール・ゴウン』だと名乗った。それはガゼフ殿が最も気をつけて欲しいと私に再三忠告してくれていた名前だ」

 

 ──────アインズ・ウール・ゴウン!? ここで……その名前が出てくるとは!?

「そうか……あれがアインズ・ウール・ゴウンか、なんという化物だったのか……これならガゼフの言うとおりにエ・ランテルを引き渡しても良かったな」

 突然の父王の発言に訳がわからない俺は「ど、どういうことですか?」と訳を尋ねる。

「そうか、ザナック様は外遊に出ておられましたよね……実はアインズ・ウール・ゴウンの名前で「エ・ランテル周辺は元より我が領地なので返還せよ」との訴えがきていたのです」とレエブン侯が説明してくれる。

「そんな無茶苦茶な!?」

 本当に無茶苦茶だ。訳が分からん。

「その通りだ。だが、ガゼフはな……彼の者に戦いを挑むくらいならエ・ランテルを手放すべきだと主張してな」

「我が国としては、そのような意見は受け入れられません。そして開戦へと至ったわけですが……」

 レエブン候の顔が曇る。また指先が少しづつ震え出している。俺は彼に紅茶を差し出して少し落ち着いてもらった。

「その……まず、我々は守備兵をエ・ランテルに残して24万5千の兵をカッツェ平野に展開しました。右翼7万、左翼7万、中央軍10万5千の大軍です」

「はい」

「その前に悠々と現れたのです……500騎の怪物の騎兵が」

「怪物!?」

「それらを見た瞬間にボリス・アクセリオン……元オリハルコンの私の部下が「今すぐ撤退を!」と叫びました」

 ……涙ぐみながら語るレエブン侯が痛ましい。しかし聞かねば。

「そして間もなく中空に文字や模様によって出来た青白い魔法陣が現れました」

 さきほど兵士も証言していたな。俺がかつてユグドラシルで見たことのある超位魔法の起動シーンと似ている?

「そして、その魔法陣が消えたかと思うと……急に前触れもなくパタパタと左翼に居た七万の兵が力なく、糸の切れた操り人形の様に倒れたのです!突然に彼らは絶命したのです!七万の人間が!突如!」

「なんという……ことだ」

「問題は……それからです」

「えっ?」

「宙に浮いた穴からボトリボトリと黒い果実のような巨大な球体が5つ落ちてきました」

「……」

「その果実は地面に落ちると割れて中から無数の触手が生え……この世の者とは言えない啼き声をあげながら……私どもの軍に襲いかかってきたのです!そして巨躯を振り回しでぐちゃぐちゃとぐちゃとひとをまるで茹でたジャガ芋のようにぐちやぐちゃああああっうあああ!?」

 レエブン侯はそのときの情景が脳裏に浮かんだのか、悲鳴を挙げながら頭を抱える。これは当分駄目かも知れん……。父上もレエブン侯の発言で色々と思い出したのか青白い顔をして今にも吐きそうだ。

 

 ――黒い球体から無数の触手が生えていて啼きながら暴れる、大きい化け物……それは、それは俺がユグドラシルで何度も見たことのある超位魔法に似ている気がする。

 

 俺は爪を噛みながら性能の悪い脳を探ってみる。

 

 ……確か、ネクロマンサー系の術者が使う超位魔法のハズだ。

 名前は……確か『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』。

 俺は被害者側だが……始めにHPがガクンと削られて……それから1つ2つの仔山羊、もしくは黒山羊と呼ばれている気持ち悪い触手モンスターが現れる奴だ。これが非常にタンク泣かせな超位魔法で、自慢の体力を削られた後に体力がタップリあるモンスターが襲いかかってくるから相性が最悪だったな――ゲームでは。

 

 ――これ以上、聞くのは酷だ。

 

 戦士長といい、元オリハルコンの冒険者達といい、二人を支えてくれた大切な人物を失くし、自分自身も軍も全てが崩壊した人間がここに居るのだ。

 

 俺は敗残兵をエ・ランテルへ収容しつつ、来るかも知れない追撃軍に備えて塹壕などを掘り、対騎兵にパイクなどの準備だけはさせる。これだけ揃えても『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗る人物が来たら何の意味もないのだ。ただ敗走兵にとっては自分たちの逃げ込んだ場所が少しでも安全な場所だと感じる必要があるだろう。

 俺はいつ訪れるか解らない『アインズ・ウール・ゴウン』という名の死がやってくることにビクビクしながら、少しでも王子としての顔を兵達に見せつけて「安心せよ!もう大丈夫だ!」とだけ叫び続けた。

 

 追撃は……無かった。

 バハルス帝国の方でも大魔法による混乱があったらしい。

 カッツェ平野でのバハルス帝国との戦い……いや、『アインズ・ウール・ゴウン』によるリ・エスティーゼ王国への虐殺は終わった。18万の死者の贄とともに。

 

 

 その日のうちに、王を含む生き残った全ての貴族の承認を経て、城塞都市『エ・ランテル』はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 













団栗504号様 誤字脱字の修正を有難うございます







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