「すまないな……わざわざ来て貰って」
「……かまいませんよ。こちとら、目的はあるのに手段が見えない状態でしてね」
ガゼフと比べると細身の体。しかし切れ長の眼は、ある意味ガゼフ以上に剣呑な雰囲気を周囲に振りまいている。抜き身のナイフの様なオーラは、彼が一時期野盗の用心棒として働いていたという話に真実味をもたらせる。
俺はガゼフが死んだのはアインズ・ウール・ゴウンと一騎打ちをした結果だと聞いて、それを見守っていた男「ブレイン・アングラウス」をクライムに頼んで来て貰ったのだ。
「王都襲撃事件・八本指一斉退治の時はクライムがお世話になったそうで忝ない」
そう言って俺は一礼をする。
「え……あ、いや」
「実を言うと、私はアングラウス殿とガゼフ戦士長との剣技大会決勝を見ているので、クライムのお世話をして下さっていたのが貴方だと聞いて随分驚いた物です」
「お世話などと……俺、いや、私は彼の勇気に随分救われたのです。その心の強さは私やガゼフも感服していたものです」
「そうですか……戦士長の名前が出たところで不興を覚悟で聞いておきたいことがあるのですが」
「……ええ、ザナック王子はガゼフのことを「元」とか付けずに、自然に奴が誇りに思っていた「戦士長」という名で呼んでくれています。それに……実はガゼフが王子のことをとても買っていたんです」
「えっ?私のことを?」
買われる様なことをした覚えが全くないのだが……。
「ええ ガゼフは現陛下が引退された時には自分自身も戦士長を退こうと考えておりました。しかし、貴方の事を気に入ったのか、或る時からもう少し続けてみたいという様な事を常々口にしてましてね。ですから私が知っていることであれば、なんでもお話しさせて頂きましょう」
「すまないな、有難う……」
ガゼフが何故、そんなに俺なんかを認めてくれていたのかは解らない。でも、俺を認めてくれた貴重な人を無くしてしまった喪失感に襲われてしまう。
ブレイン・アングラウスはガゼフのライバルであり友でもあった剣士で、ガゼフが死んだことで最もショックを受け、哀しみに打ちひしがれていたのは彼だとクライムは言っていた。友の誇りを胸に不躾な俺に応えてくれようとしている……いい漢だ。彼に次の戦士長を任せられると良いのだが。
「君が近くで見た『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗る人物について、出来るだけのことを教えてくれないか?昔、カルネ村にも人はやったが要領を得なくてな……どうやら村の者は彼に恩義を感じているらしく、我々には殆ど何も話してくれなかったのだ」
アインズ・ウール・ゴウンが一番始めに確認出来たカルネ村。今回の戦いに先んじてバルブロはカルネ村の住人を人質に捕ろうとしたという報告が上がってきている。醜い……しかしその後のバルブロは行方不明だ。これはカルネ村とアインズ・ウール・ゴウンにはやはり何らかの関係があり、彼の者によってバルブロは排除されたと考えるべきだろう。問いただすにもカルネ村はすでに『魔導国』に組み込まれており、入ることも難しい。
「そう……ですね」
ブレイン・アングラウスは目を瞑り思い出したくないであろう光景を脳裏に呼び戻してくれている。
「アインズ・ウール・ゴウン、魔導王と呼びますね。彼は……少なくともガゼフが認めるほど果てしなく強く、そしてガゼフが信頼するに足る律儀さを持つ人物だと思います」
「律儀?」
「はい 魔導王は始め兵達の命を助ける代わりにガゼフに臣従を求めました」
「え?……魔導王が戦士長に? しかし奴は戦士長より遙かに強いのだろう?」
「ええ 果てしなく埋めることの出来ない差がありました。恐らくですが……アレは魔導王による……まるで遊び仲間でも誘うような思いつきで言ったのではないかと私は感じました」
「ほう つまり特に意味があった訳ではないと」
「ええ 実際に、ガゼフが魔導王に断りを入れて、しかも一騎打ちを申し込んだときも、そしてガゼフが破れたときも魔道王は兵達にそれ以上魔物を嗾けたりはしませんでした。断られたときの魔導王からは「ああ、残念だなあ」という拗ねたような雰囲気を感じました。恐らく魔導王はカルネ村で知己を得たガゼフを気に入っていたのだと思います。それゆえ彼が守りたかったものをそれ以上傷つけるのをやめてくれたのではないかと」
「戦士長が守りたい物……王、兵、民……国か」
「そして戦士としての矜持。一つは誇りとして、もう一つは……強敵と戦うという仕合わせです」
「そうか……戦士長は本懐を遂げたと言っていいのだな」
「ええ 本人も蘇生は望まぬと言っていました。彼は戦う相手である魔導王に全てを託して死ぬことである意味、呪いをかけたのです。「後は頼むよ……私が認める貴方よ」という」
「ああ……そうか」
俺は密かに憧れていたガゼフ戦士長の死を悲しみながらも、全てをやり切った清々しい漢の生き様に胸が熱くなった。なんという掛け替えのない男を失ってしまったのだろうか!
しかし、王子たるもの配下の一人を特別扱いして別離の悲しみに身悶えて泣くわけにはいかない。
「ガゼブはぁ君にさいごおをぉ看取っでもらえてじあわぜだったと……」
「ボロ泣きじゃないですか……」
「ぐふっぐふっうええ……」
耐えきれずに一頻り泣いてしまったあと、ブレイン・アングラウスが少し優しくしてくれる様になった。
「大丈夫ですか?」
「ああ……恥ずかしいところを見せた。すまん。魔導王のことについて続きを頼む」
「ああ、それで魔導王は結局アンデッドだったんだが、ガゼフが安心して剣を渡すくらいに信用を……」
「ちょっと待ってくれ!?」
「え、ああ」
「アンデッド!? アインズ・ウール・ゴウンと名乗る魔導王はアンデッド?」
「ええ、間違いないです」
「アンデッドの種類というか種族は……解ったか?」
「恐らくエルダーリッチだろうと思います」
「そんな……いや、その、どの様な姿をしていたかを教えてくれませんか!?……服装とか武器とか」
「そうですね……奴の姿は忘れようとしても忘れられません」
「ああ そうだろう……辛い事を頼んでいるのは解っているつもりだ」
目の前で友人を殺されているのだ。
「まず、服装は豪奢な雰囲気に溢れた黒く金色の縁取りがなされたフード付きのローブ」
「うん」
「大きな赤い宝玉が付いた大きく厳つい肩パット」
「……ああ」
「骨の身体の真ん中にも赤く輝く宝玉が見えました」
――――嗚呼……。
俺は誰か、俺と前世を共にする魔法使いが、この世界でアインズ・ウール・ゴウンを名乗っているのだと思っていた。アインズ・ウール・ゴウンという名前は特殊すぎて、偶然に生まれる名前じゃないから勝手にそう思っていた!
俺と同じ様に前世の記憶を……と。
違うのか?
前提が間違っているのか?
俺はゲーム中に死んだのだと思う……が、もしかしてゲーム、ユグドラシルの中に取り込まれたのか?
この世界で偶に見られるユグドラシルとの共通点。特に魔法関係がそうだ。位階によるレベル分け、そしてカッツェ平野で展開されたと見られる超位魔法。いや、しかしこの世界はユグドラシルではない。国が違う、モンスターの種類や強さが違う、何よりも言葉が違う。文字が違う。
王都悪魔襲撃事件でラナーがデミウルゴスという名前に反応をした。デミウルゴスはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の中ボスだ。
そして……アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターは『モモンガ』だ。公式非公認ラスボスとして有名なキャラクターだが、断じてNPCでは無い。『モモンガ』はエルダーリッチが育ちきって、色々複雑な職業やスキルを取得することでようやく成ることが出来る『オーバーロード』だった。それは召喚魔法を得意とするネクロマンサーとしての能力も持っていたはずだ。当然、あのカッツェ平野の大魔法も彼なら使えただろう。
つまり『アインズ・ウール・ゴウン』は……『モモンガ』!?
だとすると、彼は何故デミウルゴスと共にゲーム内のキャラクターの姿で、この世界に実在しているのだろうか? この世界は実はDMMORPGなのか?仮想空間の中なのか?俺がここで産まれて生きてきて触れ合った物も者も全てが存在しない幻想なのか?
俺は吐き気と共に震え出す体を止めることが出来なかった。
そんなはずは無い!
俺は自分の太ももを拳で殴りつけてみる。ガスッ 筋肉が歪む!骨まで響く!痛い!大丈夫。ある!身体はある。幻なんかじゃない!気をしっかり持て。逃げるな。何と戦っているのか分からない恐怖から逃げるんじゃない!
「だ、大丈夫ですか!?」
ブレインが心配してくれている。当たり前だ。
「すまん。大丈夫だ。続きを頼む」
……アインズ・ウール・ゴウン、魔導王に会わなければ。
「ええと……魔導王とガゼフとの一騎打ちですが、何度思い起こしても不思議なのです。開始してガゼフが動き出した瞬間、魔導王は静止していました。これは確かです。しかし瞬きすらしていないのに突然次の瞬間にはガゼフはフラリと倒れたのです。魔導王は高位魔法なので蘇生は難しいだろうと呟いていました。何も動きもせずに目の前の敵の命を奪う魔法なんてあるのでしょうか?至近距離で戦士の初太刀の初動に移ろうとした刹那の瞬間に起動し、効果もすぐに現れるという魔法など」
「……リ・エスティーゼは魔法研究が随分遅れているから俺にも良く解らんな」
そう俺は嘯いた。
────ある。
というか、開始直後に時間停止の魔法を使ったんじゃないのか? 時間対策は必須だからな……俺もタンクで中レベルで魔法レジスト力が弱い頃は魔法抵抗力アップの指輪に頼っていたよ。
あくまで、ユグドラシルのモモンガがゲームのままで魔導王となっているのなら可能だろう。むしろ辻褄が合う。
待てよ? ゲーム内でも高レベルだとレジスト出来るから、時間停止魔法は中級モンスターとかに使うための魔法だったんだぞ? ガゼフは……あれだけ強かったガゼフは高位レベルではなかったということなのだろうか?もちろんユグドラシルにおいての話だが。
冒険者組合がモンスターの強さを選定し確か「難易度」……いや「難度」だったかな。
そんな数値で判定していて、ガゼフや蒼薔薇は難度100のモンスターを倒せる英雄級だと判定されているはずだ。俺はそれを勝手に「ゲームで言うとレベル100ってことなんだろうなあ……さすがガゼフ」とか考えていたのだが……?
「アングラウス殿としては、魔導王に勝てる者は居ないと感じられましたか?」
「……ブレインで良い。ガゼフのために泣いてくれた人にはそう呼んでほしい」
「分かった、ブレイン。……ふふ、同じやり取りをガゼフとしたな。君も俺をザナックと」
「それは光栄ですね。ではザナック様。正直言って魔導王の強さは計り知れない。そして俺が同じ様に計り知れないと思った人物に思い当たりは……あります」
「おお となるとやはり『漆黒の英雄』モモン殿か?」
「……いえ違います。確かに彼は強いし底知れぬ力がある気がしますが、剣技で言えばガゼフや俺よりニ段階は落ちます。武具や本人の持つ基本性能が高いために俺よりは強いかも知れませんが」
「え?そうなのか……」
「まず、一人はクライム君と八本指の事件の時に縁のあったセバスさんです」
「セバス?」
何となくはクライムから聞いた覚えもあるが、詳しく教えてくれなかったんだよな。
「ええ、徒手空拳で戦う御老人だが、とんでもなく強い。クライムも稽古をつけてもらったことがあります」
……ん?そういえばその頃にクライムがふた皮くらい剥けて強くなったんだよな。セバス氏のお陰だったのか。
「その方と連絡は付けられますかな?」
「いや、それが八本指の後に、仕えていた金持ちの御令嬢と共に姿を消されてまして」
「そうか……それは残念だ」
「そして、もう一人……いやもう一匹と言うべきか」
「ん?」
「俺が野盗を辞めたキッカケでもあり、ヤルダバオトの関係者と見られる吸血鬼『シャルティア・ブラッドフォールン』です」
「………え」
シャルティア・ブラッドフォールン!?
嘘?
嘘!?
嘘お!!?
「見た目は!?シャルティアの!」
「えっ えっと王都で会った時は金髪でマスクを被っていました」
「あ、そ、そうか」
別人だ!良かった!
「ただ、野盗の洞窟であった時は紫のポールダウンに大きなリボンを付け、銀髪で……人間で言うと13~15歳くらいの美少女という感じでした」
「え、あ……」
シャルティア・ブラッドフォールンだ……間違いない。
アインズ・ウール・ゴウンの拠点であるナザリックの最初の中ボスでファンも多い、ロリ吸血鬼だ!
ヤルダバオトの関係者? そりゃそうだよ! ヤルダバオトがデミウルゴスだったらアイツら同僚じゃないか!?
アインズ・ウール・ゴウン……ギルドマスター『モモンガ』の配下……ということか!?
となると、王都の悪魔襲撃事件。そして今回のカッツェ平野は裏で彼らが関連しているということか?ユグドラシルの中のキャラクターがやはり実体化しているのか!?そしてモモンガも!?
「ああ゛ー ゔあー!」
「ど、どうしたんですか!?ザナック様!?」
頭を抱えて床を転げまわる俺に驚いたブレインが慌てている。
心配かけてすまないが、しかし今はこの太めのコロコロを見逃してくれ!
もう、もうなんか訳が解らなさすぎて身悶えるしかないんだ!
懊悩とする俺を可哀想な子を見てるような優しい目で見守っていてくれていた。
コンコンと突然ドアがノックされた。俺はダバッと立ち上がり椅子に腰掛けて「入れ」と告げる。
ブレインは俺のキレキレの動きを見て呆然としている。そして「ハッ」という声と共に侍従がドアを開けると「失礼いたします。ザナック殿下、陛下がお呼びです」
父が?
「分かった。えーっと玉座の方か?」
「いえ 執務室の方で御座います」
「うむ すぐ行くとお伝えしてくれ」
「はっ」
侍従はキビキビと敬礼をしてドアを閉めて立ち去る。
「ええっとブレイン殿。貴重な話を有難う。次の戦士長にと君を推す声が多く、受けてもらえると有り難いのだが」
「申し訳ありません。私はガゼフにこの剣を託されました。ランポッサ王からも御許可も頂きましたので、この剣を託せる人物を探そうと思います」
「……そうか。また相談したいこともあるかも知れないので、君と連絡が取れるようにしておいてくれると助かる」
「解りました。どこかに旅立つ際にはクライムにでも行き先などを告げる様に致します」
「うむ、有難う。今日は話を聞けて良かった」
俺はブレインと熱い握手を交わすと、父の執務室へと向かった。
執務室に入ると父上だけでなく数名の王派閥のメンバーが顔を揃えていた。
「うむ。来たかザナック。お前に重要な話がある。正式な発表は、まだだが事前に通告しておこうと思ってな」
「はい?」
父上は満足そうな顔で俺の顔を見ると、うんうんと頷きおもむろに口を開いた。
「オマエを次期国王に指名する」
「えっ!? やだ!」
「は?」
ざわざわざわと周囲は騒然とする……。
「ザナック?」
父王は怪訝な顔で俺を見る。いかん、本音が出た。
「その……私が本当に王に相応しいとお思いでしょうか?全てに於いて私は凡人の域を出ません。私は辺境でノンビリ暮したいのです」
小声で必死な声を出すという器用な技を使って慌てふためいた。
「血迷っているのは父上です!私にそんな器があるわけないでしょうが!?」
と、俺も小声で叫ぶという器用な技を披露する。ふはは血のなせる技ですな!
「いや 最近のオマエは周囲の覚えも目出度いぞ?」
父上は突然、背後の大臣達に聞こえるように俺を持ち上げだした。
「そうで御座います!ザナック様。王都悪魔襲撃事件では自ら悪魔の前に身を晒して、兵や臣民を守られたとか!」
「バルブロ様が出陣なさる時に、長い時間神に祈りを捧げられていたとも!」
「それにカッツェ平野での惨敗時での冷静な指示と自らの素早い救援軍の派遣など、王の才があったので御座いますなあ」
……練習したのか? この畳み掛けるような誉め言葉。
俺は「ふうっ」と一息吐いて、彼らを見渡して自信満々に堂々と言い放つ。
「誤解です」
「そんな後ろ向きの誤解の使い方、初めて聞いたわ!?」
「まあまあ御待ち下さい父上、そして皆様方。確かに兄バルブロが行方不明になって久しいですが、そのうちひょっこり帰ってくるかも知れませんよ?」
貴族たちはハラハラとした顔をお互いに交わすと小声で「帰ってきて欲しくないのう……」と囁きあっている。 おい、やめるんだ。父王が泣きそうに成ってるからな。
「ふう。もう一度言いますが、私は王の器ではありません。しかしながら、わが妹ラナーは民からも黄金と崇められる美しさとカリスマ性を備え、溢れるアイディアで無数の献策を行うという国を思う女神でもあります。まさに天は二物を与えたもうた才色兼備の妹のラナーが女王となり、私はその補佐をさせていただけますれば……」
ガツッという高い金属音が室内に響く。父上が杖で俺の脚の甲を踏み抜いた音だ。
フハハハッ!残念だったなあ父上!俺は城では何故か常に安全靴(鎧の靴を改造した物)を履くようなったのだ。
勝利の余韻に浸りながら顔を上げると実の父が、再び泣きそうな顔をしていた。アレ?
団栗504号様 Sheeena様 誤字の修正を有り難う御座います