黄金の日々   作:官兵衛

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婚活王子ザナック

 

 

 

 

 最近、俺のあだ名が増えているという話をラナーが嬉しそうに言った。

 『耳無しゴブリン』というのが新しいニックネームらしいと妹が愉快そうに笑っていた。

 ちなみに『耳無しゴブリン』ってのは冒険者がゴブリン狩りで冒険者組合から賞金を貰うための引換券となるのがゴブリンの耳なので、耳のないゴブリンに出会ったら倒し損で無駄な徒労に終わるかららしい……なるほど、うんうん コイツも見つけて死刑な。

 

 

「戦士長? なんだその役職は? クライム、聞いたことがないぞ?」

 ラナーが13歳になった頃、クライムが「剣術の鍛錬をつけてもらいました!」と嬉しそうに報告してきたのだが、俺はそんな役職に覚えがなかった。

 

「はい。新しく創設された『戦士団』という精鋭部隊の隊長のことなんですが」

 

「ん? ああ!武芸大会で優勝したチャンピオンだ!」

 

「はい、その通りです。優勝したガゼフ・ストロノーフさんは本来近衛兵団の隊長などが任じられる予定だったのですが……」

 

「平民の身分であったから貴族派がゴネたんだよな……自分たちの既得権益を守るのに必死な愚物どもめ」

 

「……ザナック様、いけません。その様な発言が誰かの耳に入った場合、どの様に利用されるか解りません!」

 

「うっ、解った。気をつけよう……そうか、それで父上が新しい部隊を創設し、その長を任せた訳だな」

 

「はい」

 

「で、どんな人物だったんだ?ガゼフ戦士長は」

 

「はっ、非常にお強いのは勿論ですが、性格も実直にして至誠の想いが強く、そして私のような才のない者にも優しくして下さる御仁でした!」

 

「そうか……そういう人物が傍に居てくれることは誠に有り難いな」

 

「はい また機会があれば私の鍛錬を手伝って下さると仰っておりました!」

 

「え……良いなあ。王国最強の剣士に教えてもらえるとか。クライム、何とか次は俺も教えてもらえないものかなあ」

 

「はい ガゼフ様とお会いできることがあればお聞きしておきます!」

 

「おやめなさい、クライム。お兄様、第二継承権の王子と王の側近が近づいたとあらば、貴族派からガゼフ戦士長への当たりが更に強くなりましょう」

 

「居たのか、ラナー!?」

 

「ここは私の部屋です」

 

「ははは……」とクライムは苦笑いだ。

 

「元々は剣士として旅に出たり冒険者などもやっていたりした人物なんだっけ?」

 

「はい 身分証のない他国ではワーカーとしても働いていたとか」

 

「ワーカーか……決勝での相手も強かったな」

 

「そうなんですか?」

 

「あ、そうか……俺は父上と一緒に見てたからな」

 

「クライムは私と一緒に居りました」

 

「おい。俺の大事なクライムに何もしてないだろうなあ?」

 

「なっ!? ご、ご冗談が過ぎます!ザナック様!?」

 

 耳まで真っ赤にしたクライムが応えるのを兄妹で楽しむ。

 

「ところでラナー……オマエいくつか父上に色んなアイディアを献策しているようじゃないか」

 

「……誰にお聞きになりましたか?」

 

「えーっと……儀典教範のアルチェル・フォンドールからだったかな」

 

「失礼ですが、どのような口ぶりでお聞きになりましたか?」

 

「ん……まあ国を思う気持ちは素敵ですが女性が(まつりごと)に口を出すのは……みたいな?」

 

「なるほど」

 ラナーは何かを思案するように小さく頷いている。

 

「えっ アルチェル、死ぬの?」

 

「クライムの前で変なことを言わないで下さい。違います。私が父上に献策したのを知っているメンバーが、どのような感情と思惑で情報を伝え広がり、アルチェルに到ったのかによる情報ラインの推測と微調整をしたまでです。ちなみに彼は貴族派ですよ」

 

 なるほど、ラナー、悪い子だな。

 

「そうか……そういう難しい話は賢いオマエに任せるとして……妹よ」

 

「なんでしょうかお兄様」

 

「俺も、もう19歳だしそろそろ婚約者とか決めないといけないんじゃないだろうか?」

 バルブロも15歳でボウロロープ侯の娘と婚約してたしな。なんで俺の相手は決まってないんだ?

 

「ああ、まあ色々あるのですよ。愚物長男が貴族派の首魁と繋がってしまいましたからね。これで単純にバランスを取って次男を王族派と結婚した場合、ゴミ虫長男に何かがあった場合、王宮のバランスが崩れて焦ったボウロロープ侯などが強攻策に出る可能性もあります。何より、お兄様のこの前の……クライムの救出の一件が、美談として広めて……広まっていますので父上の中で『ザナックもなかなか良いな』という迷いが生まれているのやも知れませんね。つまり残念な長男が失態をおかして後継者として相応しくないという声が高まった場合は、次男に継がせる可能性もある。というお考えが芽生えたのでは?と」

 

「そして、次期国王の妻という最重要キーパーソンをギリギリまで取っておきたい……と?」

 

「はい あくまで私の推論ですが」

 

 うそん。前世では叶わなかった『結婚』という憧れのイベントが、こんな形で保留されているとか……。

 

「というか、王様になんてなりたくないのだが」

 

「そうでしょうね。……妹ごときに気遣いを続けておられる様な小さい方に、王様など重荷でしょう」

 

「オ、オマエに気なんて使ってねーし!?」

 

 全く、何を言ってるんだコイツは……。

 

「おい、クライム。何故慈母(じぼ)の微笑みで俺を見るんだ」

 

 俺は、むにむにとクライムのほっぺたを広げる作業をする。

 

 ううむ。王様か……RPGで始めに勇者に棍棒を渡す仕事の人だよな?

 王子として生まれ落ちたけど……王様なんてピンとこないな……父上の姿を見てるとゲンナリすること山のごとしだ。そんな責任は負いたくないのが本音だ。いくらバルブロに不安と不満が溜まろうとも……だ。王が背負う政府と国民の生命と権利と財産。そんな重責は凡人が背負うには重すぎるよ。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、王宮で行われた貴族が集まっての懇談会に俺も参加した。

 50歳を越えたボウロロープ侯を発見する。戦傷まみれの顔と大きく野太い声がここまで響いてくる。今は流石に軍の先陣を切るような戦い方はしていないが、戦術家としては優秀であり、最近は王の直轄部隊であるガゼフの『戦士団』に対抗して5000の精鋭部隊を作ったと聞いている。意外と子供っぽい面があるのかも知れない。言わずと知れた反王派閥『貴族派』の首魁であり、次期国王であるバルブロの義理の父である。

 将来の王派閥は王になったバルブロとボウロロープに振り回されることになるだろう。……出来れば将来の可哀想な俺をどこかの辺境伯とかにしてくれないかな。

 

「ふむ……ウロヴァーナ辺境伯は王派の筆頭だし堅実で義理堅い。高齢だから娘じゃなくてお孫さんあたりに婿入りさせてくれないかな……」

 

 などと、俺が自身のゼクシィ案件と身を守る在り方に胸を躍らせていると、

 

「ザナック王子。ウロヴァーナ様のお孫さんは30歳くらいで、すでにお子様もおられます」

 と話しかけられて心臓が止まりかけた! びっくりした!

「おお、レエブン侯ではありませんか。これは失礼致しました」

 

 レエブン侯。エリアス・ブラント・デイル・レエブン……だったかな。金髪に鋭い目という外見そのままに切れ者として有名な六大貴族の中でも最大派閥と言っても良い名門貴族だ。まだ三十代だが落ち着きと貫禄は大したもので『武のボウロロープ』『知のレエブン』と言った感じだろうか……まあ、この人も確か貴族派なんだよな……割と王派閥とも仲良くやっているのでイズエルク伯なんかには「奴は信用の成らない『コウモリ』ですぞ!」と不興を買っているようだが……。

 

「ザナック様は、御結婚をなさりたいのですか?」

 

 ん? レエブン侯ともあろう人が俗な話題に食いついたぞ?

 

「ええまあ。割と子供好きなのと、中央政界から遠ざかりたいなあ……と」

 

「子供……良いですよね」レエブン侯の目にキラキラとした光が灯る。

 

 え? この人、こんなキャラだっけ?

 

「いやあ 一昨年ようやくこの年で子供を授かりまして!」

 

「はあ」

 

「男の子なのですが……あっ私はリーたんと呼んでおります!これがまあなんとも可愛らしい!」

 

「ほ、ほう」

 

「もう、私が寝ているリーたんの頬をむにむにとすると、寝ぼけ眼で私の指をギュッとね! こうギュッと!握るわけです。その力の儚げたるや!? その……なんというか! うっ……」

 

 あれ? 泣きだした!?

 

「全てを私に委ねたような存在に……もう私は何と言って良いのか……生まれて初めて、これが『愛』なんだ!と気づかされた訳です!」

 

「あ、はい」

 

「それに二歳にして言葉もかなり喋れまして!」

 

「え、続くの!?」

 

「しかしながら辿々しい感じで……おとーたま……とか!?もう!もう!」

 

「はい」

 

「ですから殿下も是非結婚なされることをお奨め致します。確か……イブル侯爵に良い年の娘さんが居たような」

 

「え、本当ですか?」

 思わず食いついた俺に

「はっはっは。レエブン侯は最近めっきり子煩悩になってなあ」

 

「これはブルムラシュー侯」

 と、俺は一礼する。突然現れたブルムラシュー侯はレエブン侯と同世代で一時期ライバルとされていた人物らしい。穏和な見た目と反して利己的な拝金主義者……というイメージが俺にはある。確か領土内に金山や鉱山を抱えており、かなりの金持ち貴族であるはずだ。

 

「レエブン侯。そんなに自慢の愛息ならば、いっそのこと陛下にお願いして黄金ラナー姫を降嫁してもらえばどうか?10歳以上離れていてもあの美貌と可愛い性格だ。なによりレエブン家にとって良い話じゃないかね?」

 

 その時、レエブン侯の顔が確かに変わった。恐怖の青色。怒りの赤色。複雑な表情はレエブン侯の心の何かを表しているようだ。

 俺は「レエブン侯のお子様はかなり素晴らしい子らしいので、うちのモンスター(悪い子)には勿体ないです」と言い捨ててその場を離れた。

 

 ブルムラシュー侯は「また殿下ったら憎まれ口を」と鼻で笑っていた。

 しかし、そのときのレエブン侯は信じられない物を見たかのような顔で、眼を見開いて俺を見ていた。

 

 

 

 

「そんなことがあったんですか」

 俺は、ラナーに懇談会での出来事をラナーの話を省いて話した。

 今日はいつものクライム参観日だ。しかし……ラナーのところのスイーツはいつも美味いな……。

 

「バルブロはボウロロープ侯に肩を抱かれてへらへらしてたよ」

 

「それはどうでも良いのですが、レエブン侯の思うところは昔とは変化してきているようですね」

 

「レエブン侯? 確かに様子が変だったな……もっと不気味で、才気走った野心家だと思っていたんだけど、まるで完全な親バカみたいだった」

 

「そうですわね……そのお兄様の話を含め、宮廷での噂などを紙縒(こよ)りのように集めて(つむ)いで考察してみますに……正直私には信じ難いことですがレエブン侯は御子様が出来た時より人が変わってしまったようですね。本当に私には良くわからないことなのですが」

 

「そうか……」

 レエブン侯のキラキラとした瞳を思い出す。確かにアレは邪気のない子供が好きすぎるパパの目だった。知らんけど。

 

「かの御仁は元々は王位簒奪を考えていた(ふし)のある野心家だったみたいですけど、二年前から激変して王派閥と貴族派閥のバランスに腐心しながら王国の安定に奔走しているみたいですわね」

 

「え そんなこと解るの?」

 

「はい 宮廷の噂だけでなく、父上やお兄様も色々と情報を下さいますし、総括して推理してみると……という感じですけど」

 

「お前すごいなあ!?」

「本当にラナー様は素晴らしいです!」

 俺とクライムは二人でパチパチパチパチパチパチと惜しみない拍手を送った。ラナーは煩そうだ。

 

「そんな訳でレエブン侯に近づいてみても良いのではないでしょうか? お兄様と同じで王派でも貴族派でもなく、国の安定を苦慮している人ですわ」

 

「えっ ザナック様は王派閥じゃなかったのですか!?」とクライムが驚く。

 

 うん、まあ正直そうなんだよねえ。積極的に王権の強化とか考えている訳でもないし、かと言って貴族派が最近は裏社会とも繋がっているとか耳にしているから好きにさせとくのもなあー、という感じ。国が平和で安定して、程よく民も安心して暮らせて……できれば自分は楽な立場で居たいという消極的な想いが漠然としてあるのは確かだ。前世の記憶も役に立ってないので、効果的に国を立て直す知識も能力も俺にはないだろう。むろん大切に人生を生きるつもりではあるし努力はするが、自分の差配一つで多くの人々を幸せにも不幸にもしてしまうなんて、前世の記憶があるせいでワガママにも成り切れなければ、無責任にもなりきれない。異世界転移もので一般人が突然飛ばされた先で権力者になって多くの人生を握るなんて……俺には無理だ。一応帝王学的なものは学んで権力者側として育てられたにも関わらずだ。育成失敗とか言うな。

 

「確かに(よしみ)は通じておいたほうが良いかもな。彼だけに頑張らせるわけにも行かないしな……俺が何か手助けできることもあるだろうし」

 

「……そうですわね。そうされるのが宜しいかと」

 

 ラナーは深い色の眼で俺を見る。俺の眼を覗き込む。俺の心を見通すかのように。

 

「あー 絶対コイツ何か企んでいるよ……」と、俺が呟くとラナーは急に俺の前でしゃがみ込んでアッパーストレートを撃つかのような体勢を取ると、下から上目遣いで「クライムの前で余計なこというな」と目で語りかけてきた。

 俺も負けじと、眼で「ラナーさん、ゴメンナサイ」と訴えた。

 負けじというか、負けていた。

 クライムはそんな俺たちを見て「さすが御兄妹……眼だけで語り合っておられる!」と感激していた。

 

 クライム……『憧れは、理解から一番遠い感情だ』って昔の偉い人が言ってたぞ……。

 

 俺は久々の怖いラナーに涙目に成りながら、心臓が悲鳴をあげるのを押さえつけていた。こんな恐い上目遣いが世の中にあるという新発見に戸惑っていた。というか知りたくなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 










赤原矢一様 Sheeena様 タクサン様 so~tak様 誤字脱字修正を有難うございます

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