幻想『白霊夢』 作:賽銭払って死ぬか!払わずに死ぬか!!
私がこの森の中で生活……もとい、寝起きするようになってから一ヶ月ほど過ぎた。時々地面が割れているような地震が発生したりするがそれ以外に特筆すべき事は欠けらも無い生活。本当にただ寝て起きて水浴びして寝ているだけだったんだもの。仕方ないじゃない。
あぁいや、それだけじゃないか。どうして疲れなかったのか、どうして喉の乾きも空腹も感じなかったのか。その原因がつい最近漸くわかった。どうも能力と呼ばれるものが関係しているようだ。
私が持っている能力は、分かっている時点で二つ。「あらゆる干渉を否定し我を通す程度の能力」と「次元を司る程度の能力」だ。前者はわかりやすい。つまり唯我独尊、私が神だとでも言うような能力だ。この能力で私は空腹などを必要としなくなったのだろう、と思う。原理が分からないから何とも言い難いけど。次に後者。これは……あぁー……そもそも次元って何?ㅤ美味しいの?ㅤって思うから結論良く分からない。ただ時間を止めたりと色々出来るようだ。最近は空間を固定して布団替わりにして眠ってる。空間という目に見えない概念だからかすごく柔らかい。ものすごく柔らかい。固くもできるけどとにかく柔らかい。これのおかげで私は安眠出来ると言っても過言ではないほど柔らかい。
まあ、そんな感じ。それ以外はまったく変わりが無い。相も変わらず動物はいないし、川はゆったり流れているし。
私はもう、たぶん記憶が戻って巫女にまたなることになった時、巫女の職務を果たせないと思う。だってこんな楽な生活を知ったら……ねぇ?ㅤ働きたくないって思うのが人間の性じゃないかしら。私が人間かどうかは分からないけれど。
「っと、また地震?ㅤ最近多いなぁ」
地面が揺れる。それは立つことすら困難な程激しく、周りの木々はその衝撃に耐えるかのようにミチミチと嫌な音を立てる。
一昨日も起きたばかりだと言うのに忙しないものだ。まあ、慣れてしまえばどうということは無いのだけれど。逆にこの揺れが揺りかごのようで気持ちよく感じることすらある。私的にはずっと揺れててものーぷろぶれむ。
とはいえ……どういう訳かこの地震は徐々に私のいる方向へ近付いてきているような気がするので全く問題が無いと言えば嘘になるけど。
「おぉ、ここにおったのか。いやぁもう探したぞ?」
「は?」
心地のいい地震が収まってきて、さてまたくだらない思考を続けようかと頭をゆるゆると回転させ始めた時の事だった。突然頭上から男の、それもどこかジジくさい喋り方の声が聞こえてきて思わず顔を声のした方向に向ける。
そこに居たのは、一人の青年だった。濃紺色の純和服を着込んだ優しげな笑みを浮かべる青年。宙にぷかぷかと浮いており、何処か安心感すらする雰囲気を醸し出している。
――――宙に浮いている変な人だなこいつ。
まず第一印象がそれだった。いや、自分でもこれはどうかと思うけどそうとしか思えなかった。
「誰よあんた?」
「儂か?ㅤ儂はイザナギ。
「は?」
二度目の驚愕。今度は頭大丈夫かという意味を込めて。だって伊邪那岐命と言えば記憶喪失の私が知っているほど有名な神様なのだから。たしか日本という国の神話に置いて天地創造を成した原初の神であり、
そんな存在が私の目の前に現れるなんて……いや、ないない。有り得ない。
「は?ㅤじゃのうて。本当じゃぞ?ㅤ凄い神なんじゃぞ?」
「ふぅん……そうは見えないけど」
「いや、まあ今は世界作ってて少し神力が足りないだけじゃ。本当の儂はもっと凄いんじゃぞ?」
「ならその時に出直しなさいよ。信じられる要素が欠けらも無いわ」
ぐぬぬっと悔しげに表情を歪める自称イザナギ。顔が良いからそんな表情も様になってて少しイラッとくるものがある。
……とはいえ。まあ、全く信じていない訳でもない。伊邪那岐命かは定かではないが人を超える神であることはなんとなく直感的に分かっているのだ。ただ意味もなく信じるのが嫌なだけで。
その後、二三言自称イザナギと話をして彼は現れた時と同様ふわふわと浮かびながら去っていった。三日後にまた来るぞい!ㅤと要らない宣言をして。
正直もう来なくていいと言いたいものだけど、出直せと言った手前来るなと言えるわけもなく不承不承ながら了承してしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少女睡眠中
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ぼーっとしたり惰眠を貪ったりと色々している内に、とうとう自称イザナギがまた来る日になってしまった。意外と時間の流れというものは早いようだ。諸行無常とはまさにこの事。
あぁ、そう言えば。この三日間自分の名前をどう名乗ろうかとない知恵を絞って考えていた。流石に名乗られて名乗り返さないのは非常識かなと思ったから。幸い時間は腐るほどあったおかげか、まあ満足のいく名前が思い付いた。……少々安直だったかなと今更ながらに思うけど。
――――
それが、私が考えた私の名前。
記憶とは自己を形成する上で掛け替えのない物であると考えている。ほら、有名人も「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」って言ってるし。だからその『記憶』がない私はまさに生きる屍、或いはふわふわと漂う幽霊のようなものなのだろうと定義付けた。
そして今この時はその幽霊が束の間に見ている夢のようなものだから、私の名前は霊夢。苗字がないのは味気ないから私の真っ白な姿を皮肉って白とする。……ふむ、改めて考えると安直にも程がある。けれどどうもしっくりくるのだから、まあ、これで良いだろう。
「おーい、来たぞい?」
「帰れ」
「酷いっ!?」
思考が一段落したところで見計らったように彼は現れる。一昨昨日よりも威圧感のようなものが増しているところを見るに、この威圧感が彼の言う神力と呼ぶものなのだろう。鬱陶しいから
「で、何しに来たのよ?ㅤこの間は私を探していたみたいな事言ってたし」
「おっとそうじゃった。いやまぁ深い意味は無いんじゃがな、儂の――儂らの世界に未来から来た異物が紛れ込んでおってのぉ」
「ふぅん……つまりその異物が私ってことね」
「ズバリその通り。あぁいや排除とかはしないぞ?ㅤただ禍々しくも清廉で、穢れているのに清らかという何とも不思議な存在に興味を持っただけじゃ」
……なんだそれは、貶されているのか褒められているのか分からない。けれど悪意は感じないし恐らく貶されている訳では無いのだろう、たぶん。
「所でおぬし、ずっとここにいたのかのぅ?」
「そうよ、なんか悪い?」
「いやはや、そういう訳では無いんじゃが……良かったら家に来るかの?ㅤお主だったら妹……妻も歓迎してくれるじゃろうし、何よりふかふかの布団にお茶があ「行くわ」る……そ、そうか。即決じゃのう……」
お茶という言葉に反射的に答えてしまった。いやだって仕方の無いことだろうこれは。飲まなくてもいい、食べなくてもいいと言ったって飲みたいものは飲みたいし食べたいものは食べたいのだから。
吸血鬼にとって血が生きる上で必要不可欠なものであるのなら、私にとってお茶がそれに値する。つまりお茶が非常に飲みたい。……もしやこの男それを見透かしていたのだろうか?ㅤだとしたら腹黒いことこの上ない。まあ、恐らく勝てないことはないだろうしどうでもいいけれど。
「では、早速行くとするかの。……っとその前に、お主の名はなんじゃ?」
「そうねぇ……私の名前は白霊夢というわ。適当につけた名前だけれど」
「ふむ、白霊夢……か。よろしくのぅ」
「えぇ、よろしく」
適当に握手をして、ふわふわと漂いながら動き始めた彼の後を追う。この時は、まさかこの神と長い付き合いになるとは思ってもいなかった。
――――ちなみに。今が紀元前だと知った時はあまり感情が高ぶらない私でも絶望しかけた。