からかい上手の高木さん~Extra stories~ 作:山いもごはん
原作第1話の『消しゴム』を、消しゴムも主役も結末も全部ひっくり返してみました。
楽しんでいただければ幸いです。
『消しゴムに好きな人の名前を書いて、その消しゴムを使い切ると両思いになれる。』
私たちが小学生の時に流行ったおまじないだ。
私は今、授業中にも関わらず、このおまじないのことで隣の席の西片をからかっている。といっても、私自身は大したことはしていない。彼から消しゴムを借り、紙ケースから消しゴムを抜き出し、実際にはなにも書かれていないそれを見ながら意味深につぶやく、それだけのことだ。
それだけのことで、彼は、焦って私から消しゴムを取り返し、なにも書かれていないそれを見て、私に大声で抗議する。そして、先生に怒られるのだ。
本当に思い通りの反応をしてくれたので、私は笑いを我慢できず、机に突っ伏して大笑いしてしまう。
西片とは、入学式の時からずっと『お隣さん』の関係だ。彼は窓際の一番後ろの席で、私はその右隣。彼は、間抜けで、ドジで、おっちょこちょいで、決して女の子にモテるタイプじゃない。だけど、私は入学式の日から彼のことが気になっていた。もちろん、異性として、じゃない。彼は、入学式の日に、私が落として失くしてしまったハンカチを、たまたま拾って職員室に届けてくれた。結果として彼は遅刻してしまったけれど、そのことで先生に対して言い訳することはなかった。そして、そのハンカチが実は私のものだったと知ったときの、彼のなんとも言えない反応。そのどちらも、私にとって、彼に興味を抱かせるには充分な出来事だった。それからは、彼のその反応見たさに、彼をからかうことが私の日課になった。彼はとても嫌がっているようだけど、妙な反骨精神を以って、いつも私にリベンジしようとしている。そうしていつも失敗して、また私好みの反応を見せてくれるのだ。
私は、彼のその反応を可愛らしく思い、愛らしいと思うようになり、いつしか彼自身を愛しいと思うようになっていた。
私は手を挙げ、先生にトイレに行く許可をもらい、教室を出る。
こうすれば、彼は間違いなく、私の消しゴムを使って反撃しようとするに違いない。たぶん、男の子の名前を勝手に書いておく、とかそんなところだろう。そして、私が戻ったときに、それを理由にからかおうとするのだ。
その様子が見たくて、私は廊下に隠れていた。
とは言え、さっきは消しゴムを使って彼をからかったけど、私だって女の子だ。好きな男の子と結ばれるためなら、たとえおまじないでも、それに縋りたくなることもある。
そう、私の消しゴムには、すでに彼の名前が書いてある。ちなみに書いてあるのは一面だけで、裏面には『ろうかみろ』と書いてある。
もしも彼が『ろうかみろ』の面を見たなら、私にからかわれていることに気付いて、即座に廊下の方を見てくることだろう。私はそこで、彼の動きや表情なんかの一部始終を見て楽しませてもらう。
逆に、彼が、自分の名前が書いてある面を見たなら……。おそらく彼は、見間違いかと思い、消しゴムを一旦ケースに戻し、深呼吸し、もう一度消しゴムをケースから引き抜き、頭を抱えて悩み、最後には、私が隠れてその反応を楽しんでいるのではないかと思い、そこで初めて廊下の方を見ることだろう。私には、まるで見えているかのように彼の行動を想像することができた。
彼を消しゴムでからかった時から、彼が私の消しゴムを見ることはわかっていた。彼の名前が書いてある、私の消しゴムを。そして、もしも彼が『ろうかみろ』の面を見たなら、私は彼と今まで通りの関係を続けようと思う。だけど、もしも彼が、名前の書いてある面を見たら……。その時は、私たち2人の関係を変えようと思う。私はそんな決心をしていた。
実際のところ、私はどちらの面を見てほしいのか、自分自身でもわかっていなかった。
私がそんなことを考えていると、彼は私の消しゴムを取り、紙ケースから消しゴムを引き抜いた。あ、ケースに戻した。深呼吸した。また引き抜いた。頭を抱えて悩んでいる。
うーん、あちらを引いちゃったか。それにしても、彼の反応は本当にわかりやすい。わかりやすくて、簡単に予想できるのに、見るだけで楽しくなってしまう。私は彼の反応が本当に大好きなのだ。
そろそろ廊下を見てくる頃かな。その前に、私は身を隠した。私が彼の名前を消しゴムに書いている、ということを彼が知っている、ということを私が知っている。それは、2人の関係を変えようと決心した私にとっては、あまりよろしくない状況だ。
私はあくまでも、トイレに行っただけ。彼が私の消しゴムにいたずらしようと思っていたなんて、ましてや消しゴムの名前を見たなんて、まったく知らない。そういう態度を取らなければならない。
さて、そろそろ教室に帰ろうかな。
「ただいま、西片。」
「お……おかえり、高木さん……。」
彼の顔は完全に窓の外に向いている。すぐに赤面する彼のことだ。たぶん真っ赤になってることだろう。
とは言え、いたずらしようとした報いはちゃんと受けてもらうよ。
「西片、私の消しゴム使った?」
「つっ……使ってないよ!全然!ほんと!使うわけないよ!大体オレ自分の消しゴム持ってるしさ!」
「西片うるせぇぞコラァ!」
また先生に怒られてる。ほんと、わかりやすいんだから。やっぱり私は笑いをこらえられなかった。
「ぷぷっ……。また怒られて……1時間で2回も……。」
「高木さんが変なこと言うから……。」
ふーん。私のせいにするんだ。自分からバラすようなこと言っちゃって。ほんとにかわいいんだから。だから私、西片のこと好きなんだよ。
「私?私、そんなに変なこと言ったかな?」
あくまでもポーカーフェイスに徹する。
「消しゴムがどうとか……言ったじゃん……。」
「それってそんなに変なこと?」
彼はなにかを思い出したのか、途端に顔を真っ赤にし、外を見ながら言った。
「考えてみたら……そんなに変なことでもないかな……。」
西片、言葉が全部裏返ってるよ。こういうところも、本当にかわいい。
私は、次の授業もその次の授業もその次の次の授業もさんざん彼をからかい続けた。要するに、いつも通りの学校生活を送った。
とは言え、私だって目的を忘れていたわけではない。さすがに、からかうためだけに消しゴムに彼の名前を書いたりはしない。と、思ったけど、私ならやりかねない。少しだけ反省した。
私は、自分の決心が鈍る前に、放課後に彼に声をかけた。
「西片、今日一緒に帰ろーよ。」
「えぇっ!?あ、いや……。うん、いいよ……。」
彼はいろんな感情がごちゃまぜになっているみたいだ。やっぱり消しゴムの印象が強かったのかな?だけど、それぐらい困ってくれないと、私としても立つ瀬がない。
なんたって、こっちはもう、覚悟を決めたんだから。
私と彼は、いつもの帰り道を2人で歩いていた。正確には、私は自分の自転車を押しながら歩いていた。
いざ覚悟を決めたとしても、言葉にするのはなかなか難しい。からかうときはいくらでも言葉が出てくるのに。とは言え、彼は彼で、消しゴムの件で上の空みたいだけど。
だから、私たちはほとんど無言で歩いていた。2人とも、1つの消しゴムに振り回されている。あとは、どっちから言い出すか、なんだけど……。
こういうときは、やっぱりあそこしかない。
「ね、西片。神社寄って帰らない?」
帰り道に、よく私たちが寄る小さな神社がある。
と言っても私たちは特に信心深いわけじゃなくて、おしゃべりしたり雨宿りしたりと、わりと罰当たりな使い方をしている。
道に面した鳥居をくぐり、10メートルほど歩くと本殿がある。そこの板の間に2人で腰掛ける。
ここは、待つべきか、それとも直接的に攻めるべきか、間接的に攻めるべきか……どうしよう。
だけど、たとえ待ったとしても、なにぶん彼のことだ。きっと上の空のままでただ時間が過ぎていくに違いない。
だから、私から……とまたしても覚悟を決めたけど、私にだって心の準備は必要だ。だから、ここは間接的に攻めてみよう。
「ね、西片。」
「な……なに!?」
完全に身構えてる。惚れた弱みというやつだろうか、本当にかわいい。
「さっきの消しゴムのおまじないの話だけどさ、他の人に見られたら効果がなくなるっていうのもあったよね。」
この話題について話し始めてしまったら、あとは進むしかない。どんな結末になるかはわからないけど。
私は、両思いになったら泣いたりするのかな。失恋したら泣いたりするのかな。
「あ……ああ!あったねー!でも高木さん、随分あのおまじないのこと気にするんだねぇー!なんか思うところでもあるのかい!?」
彼は随分大声で話している。マズいものを見てしまった、という後ろめたさでもあるのかな。それとも、これを機に反撃を企んでいるとか……。まさか、そんな器用なことができる人じゃないか。
「まぁ、私も女の子だしね。恋が実るんなら、できることはしたいなって思うよ。」
少し、声が震えてきた。
「ふ、ふーん。じゃあ、た……高木さんって、好きな人がいる……ってこと?」
私の横に、もっと声が震えている人がいた。
私は彼の質問に、なにも答えず笑顔を向けるだけにした。すると、彼はすぐに正面に顔を向けた。いや、背けた、かな?私の目は潤んでいるだろうけど、きっと彼ほどじゃないと思う。
きっと今、『なんなんだよ今の笑顔!全然わからないよ!』とか思ってるんだろうな。そして、たぶん顔を真っ赤にしてるんだろうな。
「あれってさー、好きな人本人に見られたらどうなるんだろうね?やっぱり効果がなくなるのかな?それとも逆に恋が実ったりするのかな?」
だんだん、ゆっくりと外堀を埋めていく。私ってこんなに臆病だったかな。
「み……実るんじゃ……ないかな……恋……。」
「へぇー。どうしてそう思うの?」
彼は、私の問いには答えず、逆に問いで返してきた。
「高木さん、ってさ……。もしかして、オレのこと……好きなの……?」
「へぇー。どうしてそう思うの?」
彼にしては、あまりにも核心をついた突然の質問に、私は驚き、バカみたいに同じセリフを繰り返していた。
「ごめん!あの……今日の授業中、高木さんの消しゴム、こっそり見ちゃって!そしたらオレの名前が書いてあったから……。あ……あの、見る気はなかったんだけど!結果として見ちゃったっていうか!」
他の人なら、見る気がないと見ないようなところなんだけど、彼の場合は本当に見る気がなくて、逆に何かを書こうとしていたんだから、なんというかもう、本当にかわいい。
「でも……高木さんのことだから、オレがあれを見るってわかってて、それで……オレが見たことでまたからかおうとしてたのか……それとも本気で書いてたのか、よくわからなくてなって……。」
正直に全部話してくれる。まるで、お母さんに叱られてる子どもみたい。
だけど、彼にしては、珍しく勘がいい。半分間違いだけど、半分正解だよ。
だから、好きなほう、選ばせてあげる。
「西片は、どっちがよかった?」
「どっちって?」
「からかおうとしてたのと、本気なのと。」
「はっ……はあっ!?高木さん……一体なに言って……なに言ってんの!?」
相変わらずいい反応だね。大事な場面なのに、思わず笑みがこぼれそうになる。
とは言え、私は自制心を保ち、先ほどの思いを今度は言葉にした。
「好きなほう、選ばせてあげる。」
彼は、顔を真っ赤にしながらしばらく考え込んでいた。いや、考え込んでいたかどうかは少し怪しいかも。とにかく、彼は真っ赤にして真正面をずっと眺めていた。
少しだけ真剣な彼の表情に見とれていると、彼が不意に言葉を発した。
「その……オレは、その……高木さんのこと、嫌いじゃないし。だから、その……本気の方が嬉しいかな……って思う……。それに、その……またからかわれるのはイヤだし……。」
彼は、自分の答えを私に伝えた後、続けて尋ねてきた。
「高木さん。消しゴム、本当はどっちだったの?」
『嫌いじゃない』は、きっと、不器用な彼なりの精一杯の愛情表現の言葉なんだろうな。彼からの言葉に、今度は私が上の空になって、彼の言葉はほとんど耳に入ってこなかった。
「消しゴムに西片の名前書いたのはね。」
それは、私にとっては、本当に、信じられないことだった。
「私はね、西片のこと、好きなんかじゃないんだよ。」
こんなことが、本当にあるなんて思わなかった。
「私はね、西片のこと。」
感情が一気に溢れ出しそうになるなんてこと。
「大好き。」
私は思わず、本当に思わず、隣に座っている彼に抱きついていた。
そっか。私は両思いになると、笑顔になるんだ。
「えーっと、とりあえずごめんね……。」
女性に対して免疫のない彼に、私が急に抱きついたものだから、彼の頭の中は許容範囲を超えて真っ白になってしまったみたいだ。マンガなんかだと、ぷしゅー、と白い煙をあげているところだ。
だけど、私だってそんなに男性に免疫があるわけじゃないし、異性だと思った相手に抱きつくなんてこれが初めてだ。
私と彼で違ったのは、ただ単に抱きつく側と抱きつかれる側、その気持ちの準備だけだろう。
「高木さん……。」
長いフリーズから復活した彼は、私の名前を呼ぶ。
「ん?」
「……。」
「ん?」
再度のフリーズ。だけど、かく言う私もドキドキしているのが止まらない。本当に初めての感情だ。恋するって、こういうことなんだ。マンガや歌では知っていたけど、体験するのはまた大違い。マンガや歌の題材になるわけだ。
「高木さん……。」
あ、復活した。
「その……オレたちは……これからどうなるんでしょう……?」
あまりにも間抜けな彼の質問に、私はやっぱり笑いをこらえきれなかった。
「ぷっ……。あははは!なにそれ!あはははっ!」
私に取って食われるとでも思ってるのかな。そんなに警戒しなくてもいいのに。
だけど、私がリードするしかなさそうだなぁ。
「んー、そうだね。じゃあさ、両思いだってことが無事にわかったことだし。よかったら、お付き合いしてくれる?」
私は、余裕ぶってみせながら、精一杯の言葉を紡ぐ。誰にも言ったことのない、綺麗なままのその言葉を、初めて言える相手が彼で、本当に嬉しかった。
だけど、彼の返事はまだもらっていない。ここまで来たら大丈夫だとは思うけど、やっぱり不安になる。
「その……お付き合いしたらオレのことからかわなくなる?」
「ならないよ。」
「ちょっと手加減したりとかは……。」
「できないよ。」
だって、私はからかわれたときの彼の反応が大好きなんだから。付き合ったからって、それをやめることなんてできるわけがない。
すると、彼は大きくため息をついた。
「わかったよ……。もうそこは諦めるよ……。それで、その……オレでよければ、これからよろしくお願いします。」
彼の言葉を聞いて、今度は泣きそうになった。笑ったり泣いたり、我ながら忙しいものだ。
「ありがと。私の方こそ、改めて、よろしくお願いします。」
「お願いします。」
「ね、西片。」
「ん?なに?」
「抱きついてもいい?」
「今日はもうダメ!また今度!」
「今度ならいいの?」
「まぁ……付き合うって、そういうものなんでしょ?よくわからないけど。」
ふむ。そこからか。
「まぁ、もちろん抱きついたりもするだろうけど、それはお付き合いレベルがそれなりに上がってからだと思うよ?」
「えぇっ!そうなの!?じゃあなんでさっき抱きついたのさ!?」
「んー、サービス?」
あの時は無我夢中だったから、なんでって聞かれても答えられない。だから適当に答えておいた。
「サービス過剰だよほんと……。」
どうやら、皮肉が言える程度には回復してきたらしい。
「西片。」
そう言いながら、私は彼に手のひらを差し出す。
自然と、彼は私の手に自分の手を重ねる。
私は、お互いの指を絡めて手をつなぐ。いわゆる恋人つなぎというやつだ。
そのまま、私は手をぎゅっと握る。彼の手と、私の手が融けあうような感覚だった。
一方、彼は思ったとおり顔を真っ赤にしている。言葉も出ないようだ。急に手を握られたことに、やっぱり頭がついていかないんだろう。
「ね、西片。これがお付き合いレベル1ぐらいなんだけど、お付き合い続けられそう?」
今更ムリだと言われても正直困るけど。
「がんばります……。」
うん、よろしい。
「だけど……その……。手、つないで思ったんだけど……。その……オレ、高木さんのこと、ちょっと好き……かも知れないな、って……。」
『ちょっと』と『かも』が余計だけど、さっきの『嫌いじゃない』に比べると随分な進歩だ。
だけど、やっぱりこの辺りで1回からかっておかないと。これは私の悪いクセにしてアイデンティティなんだから。
「そっかー。私はこんなに西片のこと大好きなのに、西片はちょっとなんだ?あーあ、残念だなー。」
「あのっ、そのっ……。たっ……!高木さん……!?」
「ちょっとなの?」
私は、彼の目を真正面から見ながら尋ねる。
「う……。ま、まあまあ、かな……。」
ここまでやって引き出せた言葉が『まあまあ』……。どうやら、私自身も浮かれていて、切れ味が鈍っているみたいだ。
「まぁ、今日のところはそれでもいいや。じゃあ、そろそろ帰ろっか。それともキスしてから帰る?」
「そのまま帰る!」
すぐに顔を真っ赤にする。本当にかわいい。だからこそ、彼をからかうのはやめられない。
とてもかわいくて、とても優しい。だからこそ、私は彼が大好きなのだ。
最後までお付き合いありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。