からかい上手の高木さん~Extra stories~   作:山いもごはん

10 / 14
アクセスくださりありがとうございます。
ニヤキュンしながら楽しんでいただければ幸いです。



※1/5追記
足を運んでくださる方が増えてきたので、少々修正する予定です。


初詣

『お正月どこか空いてる?空いてたら初詣いこーよ。』

 12月28日。まさに年の瀬といったこの日、仕事納めの人も多いことだろう。実際のところ、オレの両親も明日から年末年始の休みなのだそうだ。

 そんな師走の盛り、高木さんからのメールがきた。

 お正月、どうだったけな……。確か、1日2日は親戚周りするとか言ってたような……。そこではお年玉というオレの貴重な収入の回収にも行かなければならない。

『3日なら大丈夫だと思うよ。』

 しかし……。通学途中にある神社に行くと、間違いなく知り合いに出会ってしまうだろう。そして、デートではないのにデートだと冷やかされるのだ。

 それはちょっと面白くない。

『だろうと思ったから、ちょっと遠くの神社に行こうよ。電車に乗って。』

 ……だから、どうして心を読めるんだろう?顔を突き合わせて話しているのならまだしも、メールなのに……。仕方ない。超常現象の類だと割り切ろう。

 しかし、近所でないのなら安心できるのも事実だ。高木さんなりに気を回してくれたのかも知れない。

『じゃあ、3日の10時に駅で待ち合わせでいい?』

『一緒に歩いて行こうよ。それか自転車二人乗りで。』

『二人乗りは危ないからダメ!』

『西片はそればっかりだなー。じゃあ、歩いて行こう。9時にうちに来てくれる?』

『了解。』

 こんなやりとりの末、オレと高木さんは初詣に行くことになった。

 

 1月3日、午前9時。今日もよく晴れていて、寒い。

 オレは高木さんの自宅の前にいた。

 インターホンを鳴らすときはいつも緊張する。誰が出てくるのかがわからないからだ。

 ましてや女子の家、ご両親などが出てこようものなら……。たぶん、緊張して言葉が出ないだろう。

 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。意を決してインターホンを鳴らす。

「はい?」

 高木さんが出てくれた。オレは、たちまち安堵に包まれた。

「あの、西片ですけど……。」

「あ、西片。ちょっと待ってね。」

 ブツッ、とインターホンが切れる。続いて、玄関から高木さんが現れた。

 

 高木さん。オレの中学校のクラスメイトで、席が隣同士の女子。栗色のロングの髪をおでこから左右に分けた髪型が印象的で、大きな瞳や長いまつげ、薄い唇と相まって、『黙っていれば』かなりかわいいのではないか……と、思う。

 しかし、高木さんにはオレを見るとついからかってしまうという『弱点』があり、そのせいでオレは通学途中や授業中、帰宅してからのメールなど、昼夜を問わずからかわれている。

 いつかは……と復讐を誓うものの、いまだ達成できていない。いっそのこと今年の目標にしてしまおうか。

 

「ごめんねー、来てもらって。」

 そう謝る高木さんは、薄茶色のダッフルコートに首元にはマフラー、コートの袖から見える白いニット、足元は黒いタイツにスニーカーという装いだった。また、肩から小さなバッグをかけている。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

 高木さんが頭を下げる。

「それ、メールでも言ったじゃん……。」

「こういうのは形が大事なんだよ。ほら、西片も。」

 そういうものなのか。じゃあ、改めて。

「じゃあ、改めて。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

 言って、頭を下げる。

「はい、よくできました。」

 なんだか嬉しそうにオレの顔を見る。どうやら満足してくれたようだ。

 それはそうと、先ほどから、高木さんから受ける印象がいつもとは違うような気がしていた。

 なんだろう?どこだろう?と、オレが様々な角度から高木さんを見ていると、彼女が話しかけてきた。

「なに?じーっと見つめたりして。」

「別に見つめてないよ!いや、なんだかいつもと高木さんの印象が違うような……。」

「……?特に何もしてないけど……。」

 あ、わかった。

「背中の髪を上着の中に入れてるから……かな?」

 さらにその上からマフラーを首に巻いている。そのせいで、ロングの髪型がショートヘアのように見えていたのだ。

「あ、そういうことか。」

 オレの説明に、高木さんも納得した様子だった。

「ふーん。でも、そういうとこにすぐ気付くなんて、よっぽど私のこと好きなんだね。」

 すっ!?

「すっ……好きとかじゃないって!見た目の印象だって!」

「はいはい、わかったよ。好きなんじゃなくて、よく見てくれてるってことだよね。」

 みっ!?

「見てるとかじゃなくて……その……なんていうか……。いわかん……そう、違和感!?違和感があったんだよ!」

 ふう、危ないところだった……。なんとか完璧な言い訳ができた。

「……それって、普段からよく見てくれてるから、違和感があったってことじゃないの?」

 ん?

 ん……?そう……なるのかな……?確かにそうなるよね……。

 オレは勢いに任せて切り抜けることにした。

「まあそれはいいじゃん!とりあえず駅に行こうよ!」

「西片はどっちが好き?長いのと短いの。」

 ……え?オレ、今、駅に行こうって言ったよね?

「ね、どっちが好き?」

 なんでこんなことになってるの?

「ど……どっちでも……いいんじゃないかな?」

「どっちも好きってこと?」

 正直なところ、今日の高木さんもいいなと思ったのは事実だ。そもそも、オレはショートボブ派だ。誰にも言わないけどね。だから、どちらがいいかと問われれば、断然ショートを選ぶ。

 しかしその場合、高木さんに『ショートの方がかわいい』と言わなければならない。そんなことは恥ずかしくて口が裂けても言えない。

 だからオレに言えたのは……。

「そ……そう、どっちも、かな……。」

 それだけだった。

「ふーん。西片がショートが好きなら、切ってもいいかなって思ったんだけど。じゃあ、クラスの中で言ったら誰の髪型が好き?」

「く……クラスで!?」

 またしても想定外の質問が飛んできた。

「な……なんでもいいからさ、とりあえず歩きながらにしようよ……。」

「あ……まあ、そうだね。」

 こうしてオレたちはようやく駅に向かって歩き始めた。

 

 駅にたどり着いたとき、目的の電車はとっくに発車していた。

「ほら……。余計なことしゃべってるから……。」

「そうだね……。ごめん……。」

 まさか、高木さんから素直な謝罪の言葉が聞けるとは……!生きていてよかった!今年はいいことありそうだ!

「ま、急ぐ旅でもないし。気を取り直して次の電車を待とうよ。」

 高木さんは、その一言で自分の失敗をなかったことにした。

 こういう性格、うらやましいなあ……。

「それにしても……。」

 オレは辺りを見回す。

「やっぱり多いね……。みんな初詣の参拝者なのかな?」

「んー、そうだろうね。」

 オレたちは改札を通り、すでに電車を待っている人の後ろに二人横並びになって並ぶ。

「うー、やっぱりホームは寒い……。」

「風吹きさらしだもんね。手つなぐ?」

「つながない!」

「じゃあ、マフラー一緒に巻く?」

「巻かない!」

 ことある毎にからかってくる。

 そんな会話をしばらく続けているうちに、電車がやってきた。

 

 電車のドアが開く。降りる乗客はわずかだった。

 と、次の瞬間、後ろからものすごい衝撃がオレを襲った。

 人の波が、我先にと電車に乗り込もうとしているのだ。

 高木さんは一足先に電車に乗り、反対側のドアに背中を預けていた。

 オレは人波に押されながら、なんとか高木さんに向かい合う形で電車に乗り込んだ。そして、彼女にぶつからないよう、彼女の顔の左右両側に腕を伸ばし、彼女の背中にあるドアに両方の手の平を当てて体を支えた。

 つまり、この体勢は……。

「あはは、壁ドンだ。西片が壁ドンだ。」

 くっ……言われると思った……。

「どうしたの?『100%片想い』、読んできたの?予習してきたの?」

 高木さんはそれはもう嬉しそうな顔でオレをからかう。くそう……。ちなみに、『100%片想い』とはオレの愛読する少女マンガだ。

 しかし、高木さんも壁ドンだと言ったとおり、オレたちは今、顔も体も、かなり近い距離にいる。そうイシキすればするほどに恥ずかしくなってくる。

「んー?どうしたの?恥ずかしいの?壁ドン。」

 本当に、本当に嬉しそうな顔でオレをからかう。しかしオレはポーカーフェイスを貫いた。

「顔、真っ赤だよ?」

 どうやら貫けなかったらしい。

「う……うるさいなあ……。狭いんだし、しょうがないじゃん……。」

「私はもっとくっついてもいいんだけどな。」

 なっ……!本当に、そういうからかい方は本当にやめてほしい……。オレからは反撃できない分野だからって好き勝手言ってくるし……。

「そっ……!そういうこと言うの禁止!」

「そういうことって?どんなこと?」

 またまた嬉しそうに聞いてくる。駅に着いた時は俺のペースだったのに、電車の中では完全に高木さんのペースだ。

「だ……だから、その……くっつくとか……。」

「あ、照れてるんだ?顔、ほんとに真っ赤だもんね。」

 そうでしょうとも。電車の暖房と、人の熱がこもっているとはいえ、赤面しているのは自分でもわかる。

 マズい、このままでは押し負けてしまう。オレは気を取り直して強気に言った。

「でもね高木さん。これ以上くっつくことはあり得ないよ。なんせオレは毎日腕立て伏せをして鍛えているんだからね。いかに人の波に押されようとも、この壁ドンが崩されることなんて絶対にあり得ないんだからね!」

 電車の中にも関わらず、多少語気が強くなってしまった。

 とはいえ、この自慢の筋肉も、高木さんにからかわれた回数によって筋トレを自分に課すことで得られたものなので、あまり大声で自慢できるものでもない。

「へぇー。自信たっぷりだね。でも、いつまでもつかな?」

「へ?」

 電車の速度が遅くなり、完全に停止し、高木さんがもたれているドアとは反対側のドアが開いた。どうやら次の駅についたらしい。そう思った瞬間、人の波はさらに大きくなり、オレの背中を押した。

 倒れないよう踏ん張ってみたものの、それは、そういった抵抗をまったく許さないほどの圧力だった。

 そっちには、高木さんが……。

「ふっ!」

 かろうじて顔がぶつかることは避けたものの、オレの体は高木さんにぶつかり、オレの肺に入っていた空気が一瞬で押し出される。

 高木さんは!?大丈夫か!?

 反射的に高木さんの心配をしたオレの耳に、ささやくような声が聞こえてきた。

「あーあ、だから言ったのに。いつまでもつかな、って。」

 オレと高木さんは、信じられないほど近い距離にいた。

 オレの前に高木さんの耳がある。ということは、きっと高木さんの前にはオレの耳があることだろう。お互い真横にお互いの顔があるため、横を向いて顔を見ることもできないような状態だ。。

 顔ですらそんな状態なので、体に至ってはほぼ全身が密着していた。冬で厚着だったからよかったものの、夏だったら大変なことになっていただろう。主にオレの心臓が。

 なんか……やわらかい……。

「これなら、小さい声でもお互いに聞こえるね。」

 少し嬉しそうに高木さんが言う。

「高木さん、大丈夫?」

 そう尋ねても、少しの間返事がなかった。表情が見えない分、何を考えているのかわからない。とは言え、普段から何を考えているのかわからないけど。

「うん、大丈夫だよ。くっついてもいいって言ったでしょ?」

「そういうことじゃなくて!その……圧されて苦しかったりしない?」

「うん、それも大丈夫。ちょっとびっくりはしちゃったけどね。心配してくれたの?」

「う……だって、高木さんは女の子じゃん……。そりゃ心配ぐらいするよ……。」

 言ってから、またからかわれるしまう要素を増やしてしまったかと思ったが、高木さんの答えは意外なものだった。

「ありがと。嬉しいよ。」

「あ……うん……。」

 お互いに耳元でささやき合うように会話をする。なんだかすごく落ち着かないような、すごく落ち着くような、不思議な気分だった。

 そんなことを考えていると、高木さんが今まで以上に小さな声で話しかけてきた。

「ね、西片。私たち、抱き合ってるみたいだね。」

 今の状況を客観的に見ると、確かにそういうことになる。

「そっ……!そんなことないよ!その……これは事故、事故だから……。」

 高木さんの言葉を自分でも自覚しながらも、なんとなく認めるわけにはいかず、否定してしまった。

 そんなオレに高木さんは続けて言う。

「えー?そうかなー?例えば、私が西片の背中に腕を回したら、どうなるかな?」

 抱き合っている。間違いなく抱き合っている。それほどの距離なのだ。

「ね、ダメ?」

「なっ……えっ……はぁ?なっ……なにが……?」

 オレは困惑して言葉が出ない。

「まぁ、そんなことしようにも手を動かすこともできないんだけどね。」

 オレは少しほっとした。

 その後、オレと高木さんの間にはしばらく沈黙が落ち、車内には他の乗客の声や電車の走る音が響く。

 唐突に高木さんが言葉を発した。

「ね、西片。わき腹つついてもいい?」

「だっ……ダメ!今はダメ!」

「今じゃなかったらいいの?」

「今じゃなくてもダメ!」

「えー?満員電車でつつくのが面白いのに。」

「ダメ。ゼッタイ。」

 高木さんのわき腹つん発言で、頭が少し冷静になってきた。冷静になってきたところで、五感が回復してきたのか、改めて自分の状況が見えてきた。

 高木さんの頭がすぐ横にある。おでこから分けて顔の前に下ろした髪がすぐ近くにある。なんか、いいニオイがする……。そして、オレの全身は高木さんの全身とくっついている。

 これは……ちょっとマズいやつだ。冷静になることで、冷静ではなくなった部分がある。中一の男子がこの状況、当然といえば当然の反応だ。

 問題は、おそらく高木さんも気付いてしまっている、ということだ。

 このままではスケベの烙印を押されてしまう。言い訳を……言い訳を考えないと……。

「ね、西片。」

 きたぁああ!まだ何も言い訳思いついてないのに!

「西片こそ大丈夫?後ろから押されてるの、痛かったりしない?」

 あれ?なんか違うっぽい……。もしかして高木さん、気付いてないのか?それとも、そういう知識がまだないとか……?

 そうだよ!オレだって生理とかよく知らないんだから、高木さんだって今のオレの状況を詳しく知ってるとは限らないじゃないか!心配して損したよ。

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう。」

 なんだろう……なんだか、この距離だとすごく素直にいろんなことを話せる気がする……。

 一方、こんな状況の中で、『そんなこと』になっているオレが無性に情けなくなった。

 

 電車は、ようやく目的の駅に到着した。

 人の波は、乗ってきたときとは逆に、我先にとホームへ飛び出して行った。

 オレたちは、人の波が引くに従って体を離し、ほぼ最後に電車を降りた。

 ホームは、オレたちが乗ってきた駅と同じように寒いのだろう。しかし、オレの体には先ほどまでの高木さんの体温が残っているのと、顔があまりにも熱くなっていて、それほど寒さを感じなかった。

 改札を出ると、オレたちの町とは違う光景が広がっていた。いわゆるタワーマンションなどはないものの、ショッピングセンターがあったりと、かなり賑わっている。

 この駅には数年前に来たことがあったが、その頃とはかなり違った雰囲気になっている。

 その光景にオレが驚き、あちらこちらと見回していると、電車の乗客たちがほぼ一列になって同じ方向に向かって行くのが見えた。おそらく、そちらに目的の神社があるのだろう。

 さてオレたちも、と思ったところで、高木さんがこっちこっち、と手招きしながら、人の列から少し離れたところへ連れてくる。

 オレは疑問に思いながらもついて行く。そして高木さんが一言……。

「エッチ。」

 なっ!ちょっ!えっ!?今!?このタイミングで言う!?

 オレはひどく動揺しながらも、電車の中で考えていた言い訳を必死に思い出して言った。

「あっ……『あれ』はほら、その、ケータイが!ポケットにケータイ入れてたからね!」

「『あれ』ってなんのこと?」

「それは……その……。」

 高木さんは、オレの顔を真っ直ぐに見ながらとぼけた。その間、オレは回らない頭で一生懸命言い訳を考えた。

「その……なんか別のこと考えてて……それで……その……『そんな風』に……その……。」

「ふーん。それから?」

「以上、です……。」

 オレは、まるで子供が叱られているように萎縮した。

「そりゃ私だって、その……男の人が『そうなる』ことぐらいは知ってるわけで……。」

「はい……。」

「それが、私たちあんなにひっついてたのに、西片は別のこと考えてたんだねー。さすがにちょっと自信なくすなー。」

 高木さんはあまり自信をなくしていないような口調で言う。

「はい……。すみません……。」

 オレとしてはこう返事をするしかない。

「本当はどうだったの?ケータイだったの?他のこと考えてたの?」

 そんな言い方されたら、どれだけからかわれようと、本当のこと言うしかないじゃないか。

「えっと……その……本当は、高木さんのこと、考えてた……。」

「本当に?」

「はい……。」

 オレの言葉を聞くと、高木さんは突然笑顔でこう言った。

「んー。なら、まあいいかな。」

「ほ……本当に?」

「うん。本当に。」

 よかった……スケベの烙印を押されることはなかった……!

「あ、でも、エッチはエッチだからね?」

 前言撤回。しばらくはからかわれることになりそうだ。

 

 目的の神社は、駅から歩いて10分ほどの場所にあった。

 そこは、オレの知っている『神社』とはまったく異質のものだった。

 通学路にある神社と比べると、まず境内が冗談みたいに広い。

 境内の端では甘酒を振舞っていおり、お守りなんかの授与所の規模も桁違いだった。

 そんな境内は、本当に駅で下車した人全員が来たのではないかと思うほどに人で埋め尽くされていた。

 その様子にオレが圧倒されていると、高木さんが声をかけてきた。

「とりあえず並ぼう。」

 そう促されて、オレたちは列の最後尾についた。

「びっくりした?」

 それは、おそらく神社の規模や人の多さについて聞いたのだろう。

「うん、びっくりした。」

 オレは素直にそう答えた。

「私たちにとって、神社っていうとあそこだもんね。」

「うん。人がいるところ見たことがないよ。いつ行っても誰もいない。」

「本当にそうだね。」

 言いながら、高木さんは笑顔を見せる。

「あ、西片知ってる?ここの神様って、縁結びの神様なんだよ。」

 た……高木さんめぇええ!

 縁結びの神社に二人で行くなんて、完全にデートじゃないか!そりゃ安産祈願よりはいいかも知れないけどさ!

 しかしオレは平静を装って言った。

「ふ……ふーん。そうなんだ。そういえば高木さん、クラスに好きな男子がいるって言ってたもんね。」

 高木さんは薄い笑顔を浮かべ、大きな瞳でこちらを見つめていた。

 な……なんで何も言わない……!?なんかものすごく気まずくなるじゃないか。

 しばらく見つめ合った後、不意に高木さんが口を開く。

「西片は好きな人いないって言ってたよね?」

「あ……まあ、そう言った……かな……。」

「まあ、縁結びって言ったって、男女の縁だけじゃないだろうしね。友達の縁、家族の縁。そういうのも全部ひっくるめて縁結びって言えるんなら、別に好きな人がいなくてもいいんじゃないかな。」

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

「ね、西片の初恋っていつなの?」

「なっ……なんで唐突にそんなこと聞くの?」

「え?だって縁結びの神様だし。」

「はぁ!?ついさっきいい話したばっかりなのに、結局そういう話になるの!?」

「まぁ、いいからいいから。」

 なんだかはめられた気がする。

「でもオレ、初恋ってまだなんだよ。たぶん。」

「へえー。でも、それってすごく西片って感じがするね。」

「どっ……どういう意味だよ!?」

「まあ、気にしない気にしない。」

「そう言う……高木さんはどうなんだよ……。」

「ん?私の初恋知りたいの?」

「しっ……!知りたいとかそういうんじゃなくて、その、オレだけ話すのは不公平じゃんか……。」

「えー?でも西片、あれじゃ話したうちに入らないよ。」

 確かにそうだ。あれじゃ何も話してないのと同じだ。

「じゃあ、『たぶん』のところを詳しく教えてよ。」

 どうしてだろう。話の流れとは言え、こんなことを話すことになるとは。

 オレは、話してもいいこと、ダメなことを頭の中で吟味しながら、ゆっくりと話し始めた。

「その人は、黙ってれば綺麗な顔してて、でも笑うと子供みたいに可愛らしい笑顔になって、もしかしたらその人もオレのこと好きなんじゃないか、って思えるところがあって……。その、好きとか、付き合いたいとかって言うのはよくわからないけど……。」

 ものすごい羞恥プレイだ。もう死んでしまいたい。いっそ殺してほしい。

「ふーん。なるほど、ね。」

 そんなオレの話を、高木さんは最後まで聞いてくれた。それ以上何かを質問することなく、オレの言った言葉だけをしっかりと聞いていてくれていた。そして一言……。

「どういう形であれ、その人とのこと、きっと上手くいくと思うよ。」

 その言葉には根拠があったのかなかったのか。いずれにせよ、高木さんがオレの言葉と気持ちを大切にしてくれたことはよくわかった。

 少しずつ列が進んで行く。このペースで行けば、それほど長く待つことなく参拝ができるだろう。

「……。」

「……。」

「え?」

「え?って、なにが?」

「『え?って、なにが?』って、なにが?いや!オレ話したじゃん!今度は高木さんの番でしょ!?」

「でも私、自分のこと話すとは言ってないしなー。」

「えっ?でも、オレが話したら話すって……。」

 オレは高木さんとの会話を思い出す。

 言ってない……。確かに言ってない……。

「確かに言ってないけど……高木さん!」

「あはははは!」

 まったく……。なんて自由な人なんだ……。

 そうこうしているうちにも列は少しずつ進んで行く。

「……。」

「……。」

「え?」

「え?って、なにが?」

「もうそのやり取りはいいから!今度は!高木さんの!番!」

 近くにいた赤ちゃんが泣き出した。オレのせいだったらごめんなさい。

「あはははは!西片、必死すぎだよー。そこまでして私の初恋聞きたいの?」

 そういう風に真正面から聞かれると、少しドキドキしてしまう。しかし負けるわけにはいかない。

「初恋聞きたいっていうか……その、オレが話したのに高木さんだけ話さないとか一方的というか……。」

「はいはい、じゃあそれでいいよ。」

 ものすごく軽くいなされた。高木さんは手が冷たかったのか、両方の手のひらをこすり合わせながら言った。

「私の初恋の人はね、ドジで、間が抜けてて、鈍感で、おっちょこちょいな人なんだ。」

 ひどい言われようだなオイ。

「だけどね、私が危ないときに体を張ってでも助けてくれようとしてくれたり、他の人が困ってそうだったら自分が困ることになっても助けてあげたり、何より、いつも私を笑顔にしてくれるような、そんな人。」

 見たこともない相手なのに、高木さんにそこまで言わせる相手に、少し嫉妬した。しかも相手はおそらく小学生……オレ、情けないな……。

 とはいえ、そんな感情を出すわけにもいかない。高木さんがオレにしてくれたように、高木さんの言葉をすべて受け止めようとした。

「なんだか、甘酸っぱい想い出だね。」

 高木さんのような気の利いた言葉を言おうとしたのに、なんだかよくわからない言葉が口から出た。自分でもどういう意味かもよくわからない。高木さんはそんな隙を見逃さなかった。

「ぷっ……。あはははは!甘酸っぱい想い出だって!あはははは!なにそれ、『100%片想い』?」

 ことある毎にそのタイトルを出すのはやめてほしい。

「はー、おかしい。だけど……そうだね。鈍感な人だけど……10年後とかに、想い出になってたらいいよね。」

 高木さんは、少し切なそうにそう言った。かと思うと、次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。

「そろそろ私たちの順番だよ。西片、お願い事決まった?」

 

 ようやく、オレたちは賽銭箱の前に立つことができた。

 お賽銭を入れる。

 ガラガラする。

 二拝二拍手。

 ここで、先ほど高木さんの言っていた言葉を思い出す。

 友達の縁も、家族の縁も、あとちょっと女子との縁も、良縁に恵まれますように。

 そして、一礼してその場を去る。

 高木さんはもう少しお参りしているようだったので、オレは賽銭箱から少し離れた位置から高木さんを見ていた。参拝客が並んでいる列から少し外れたところは、比較的人もまばらだったのだ。

 高木さんはお参りが終わったらしく、少しキョロキョロした後で、手を振るオレを見つけ、こちらへ駆け寄ってきた。

「ごめんね、お待たせしちゃって。」

「ううん、随分熱心だったけど、何お願いしてたの?」

「秘密。だって、人に話すと願いが叶わなくなっちゃうとかって言うでしょ。」

 確かに聞いたことある。諸説あるらしいけど、そのことで今論破する必要はないだろう。

「あ、お守り買ってこよー。」

 本当に自由だ。オレは、比較的まばらとは言えやはり混雑している人混みをかきわけ、高木さんの後を追った。

 オレが授与所の近くまで着いたとき、高木さんはすでにお守りを入手していたようだ。

「あ、西片。」

 言いながら小走りでオレの方に来て、お守りを差し出す。

「はい、これ、西片の分ね。」

 そう言って、二つ持っていたお守りの一つをオレに手渡す。オレは勢いでそれを受け取る。

「え?なんで?」

「そりゃ、縁結びのためだよ。『たぶん』の人と、いい関係になれるように。」

「あ……ありがと……。って、もらえないよ!ちゃんとお金払うから!」

「えー?いいよ。私が勝手に渡してるんだし。」

「こういうのはちゃんとしないとダメなんだよ。うちの父さんも、友達同士でもお金のことははっきりさせとかないといけない、っていつも言ってるし。」

 父さん、過去に何かあったのかな……。でもさすがに聞けないな……。

「だから、高木さんが相手でもこういうとこはちゃんとしとかないといけないと思うんだ。」

「高木さんが相手でも、ねー。でも、いつもジュースおごったりしてるよね。あれはいいの?」

「あ……あれは、罰ゲームっていうちゃんとした理由があるからいいの!」

 うむ。我ながら合理的だ。

「ふむ。西片はこうなったら結構頑固だからなー。じゃあ仕方ない。お金はもらうよ。」

 その言葉を聞き、オレは財布からお金を出し、高木さんは財布にお金をしまう。

「じゃあ、西片の言うこと聞いたんだから、私も一つだけ言うこと聞いてもらおうかなー。」

「えぇっ!?なんかそれ……ずるくない?確かにお金払わせてって言ったのはオレだけど……。」

「そんなに構えられると、まるで私がいつも無茶なお願いしてるみたいなんだけど……。」

「いつも無茶なお願いしてるじゃないか……。」

「あれ?そうだっけ?まあ、今日のは些細なお願いだから安心して。」

 高木さんがそう言うと、こちらとしては妙に勘ぐってしまう。逆にものすごくえげつない要求をされるのではないか……?オレが様々な可能性をシミュレートしていると、高木さんは一言言って両手をオレに差し出した。

「はい。」

 右手にはお守りを持ち、左手は手のひらを上に向けている。

「……?」

 オレはよくわからないまま、同じように右手にお守りを持ち、左手の手のひらを上に向けて高木さんに差し出した。

 お互いのお守りがお互いの左手にそれぞれ収まった。

「うん、ありがと。」

「え?今のでいいの?」

「うん。今のでいいの。」

 よくわからない。全然わからない。しかし、高木さんはそれでいいと言っている。からかわれる様子もなさそうだ。ならば、この話はこれ以上考えないようにしよう。混乱するだけだ。

「あ、西片。甘酒配ってるよ。もらいに行こうよ。」

「いや、オレ、甘酒はちょっと……。」

 なんだかニオイだけで酔っ払ってしまうのだ。とはいえ、さすがにお酒を飲んだことはないので、その感覚が『酔っ払う』で正しいのかどうかはわからないけど。

 そんなオレを、高木さんが挑発してくる。

「んー?まさか、甘酒程度なのに酔っ払っちゃうとか?それで飲めないのかな?」

 高木さんは、オレの心のくすぐったいところを突くのが本当に上手い。尋問なんかされたら全部しゃべってしまいそうだ。

「別に弱いとかはないけどね!今日はちょっと気分じゃなかっただけで!でも、高木さんがそう言うんなら飲んじゃおうかな!いつものように飲んじゃおうかな!」

「おー、さすが西片!」

 こうしてオレたちは甘酒を一杯ずつ飲むことになったのだった。

 

 帰りの電車の中。

 行きと比べてかなり人が少ない。他の参拝客は駅前のショッピングモールに寄ったりして、オレたちとは帰りの時間がずれているのかも知れない。

 オレたちが乗ったのは、両側の窓際に沿って座席が並べられている車両だった。席に座ると、反対側の席に座った乗客と向かい合う格好になる車両だ。

 その車両の中で、高木さんは左隣の車両に一番近い壁際の席に、オレはそのすぐ右隣に座っていた。

「『甘酒程度なのに酔っ払っちゃう』のはどっちだよ……。」

 高木さんは、電車の中ですっかり眠っていた。それも、かなり無防備に。

 なんせオレがいたずらできないほどに無防備に眠ってしまっているのだ。ちなみに今は、眠りながらどんどん前のめりになっていっている。その結果、今にも額が膝に付こうとしている。

 このまま前に倒れられても困るし……。

 そう考えたオレは、右手で高木さんの右肩を持ち、ゆっくりと体を起こしていった。

 か……軽!

 片腕で支えた高木さんの体は、思った以上に軽かった。

 別にドキドキなんてしてないし。別にドキドキなんてしてないし。別にドキドキなんてしてないし。別に女の子だなんて意識してないし。別に女の子だなんて意識してないし。

 お経のように脳内で唱える。

 思うところはいろいろあったが、なんとか高木さんの体勢を戻すことに成功した。

 まったく……そこでちゃんといい子して寝てなよ。

 ことん。

 軽い音が聞こえたような気がして、突然、左肩に重さを感じた。

 事態は一瞬で理解できた。マンガなんかでよく見るアレだ。

 すぐ左から寝息が聞こえてくる。どうしたらいいのかまったくわからない。

 あっ、これ、からかわれてるのかな?『西片ってば優しいんだねー。そんなに私のことが好きなのかな?うふふっ、からかっちゃった。』みたいな感じで。

 仮にそうだとしよう。そうだったとして、オレはこれからどうしたらいい?

 結局、オレが今の状況から逃れられないことには変わりはない。これがからかわれていようと、なかろうと。

 せめて……せめて、一矢報いることができないものか。オレは今日一日を振り返る。そして……。

 ハッ……!ケータイ……!

 そうだ、高木さんの情けない無防備な寝顔をケータイのカメラで写真に収めてやる。それはいざというとき、強力な切り札になるはずだ!

 ゆっくりと右手を動かし、右ポケットからケータイを取り出す。

 そして、ケータイのカメラをインカメラに設定し、高木さんの顔をフレームに収める。ケータイの画面には、高木さんの無防備な寝顔がしっかりと映っている。

 よし、アングルはバッチリだ!後はシャッターボタンを押すだけだ!

 そう、押すだけ。押すだけなのに、オレの指はなかなか動こうとしてくれなかった。

 左耳に変わらず聞こえる、高木さんの寝息。

 そして、ケータイの画面に映った高木さんの無防備な寝顔。

 オレを信頼しているのか、子供扱いしているのか、まったく警戒している様子はない。

『黙ってれば綺麗な顔してて、でも笑うと子供みたいに可愛らしい笑顔になって』、か……。

 ほんとに……。ズルいよな……。本当に無防備で寝てるんだから……。

 オレはケータイのカメラモードを終了し、再びポケットにしまった。

 寝てるときに撮るなんてのはやっぱり卑怯だよな……。

 それに、いざとなれば、また来年の初詣のときにでもチャンスはあるわけだし……。

 高木さんは、相変わらず、気持ちよさそうに眠っていた。






最後までお付き合いくださりありがとうございます。
お楽しみいただけたのなら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。