からかい上手の高木さん~Extra stories~ 作:山いもごはん
筆者の作品の中では、かなり短い方なのでサクッと読んでいただけると思います。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
それは、2月の上旬、1年のうちで最も寒い時期のことだった。
その日は昨日からの雨が降り続いていた。
「今日は高木は休みだな。天川、悪いが放課後に職員室まで来てくれ。」
「わかりました。」
今日は隣席の高木さんは休みのようだ。学級委員長の天川さんが、高木さんにプリントなどを届けるよう、担任の田辺先生から指示されている。
もしかしたら、高木さんもこの雨にやられて風邪を引いたのかも知れない。
高木さんは、おでこから左右に分けた髪型が印象的な女子で、大きな瞳に長いまつ毛、薄い唇と、綺麗な顔立ちをしている。しかし彼女には、オレを見るとついからかってしまうという非常に大きな『弱点』があり、普段は登下校中、授業中、帰宅後のメール攻撃など、散々からかわれ続けている。いつかはリベンジを……と思うものの、いまだ一矢報いることすらできていない。
そんな高木さんが休みのため、今日のオレの1日はいたって穏やかだった。授業中に声をかけられて脅えることもない、オレがくすぐったくて仕方がないわき腹を警戒することもない、本当に、本当にいたって穏やかだった。
一方でやはり、物足りなさを感じる部分も、少なからずある。今日はからかわれていないから物足りない、というわけではない。さすがにオレもそこまでドMではない。自席に着いたときに右側の席が空席だと、そこにぽっかりと穴が空いているような感覚に陥る。あるべきものがないということは、やはり物足りない。
そして放課後、帰ろうと準備しているオレのところへ天川さんがやってきた。
「西片君!私今日高木さんのところにプリント届けないといけないんだけど用事があるのをすっかり忘れてたの悪いんだけどよかったら代わりに届けてくれない!?」
なんだか、天川さんがものすごく一気呵成に話しかけてきた。
「えっ……?えーっと、まぁ、別にいいけ」
「ほんと!?ありがとうほんと助かるわ高木さんの家はわかるわよね悪いけどよろしくねありがとう!」
食い気味に言葉を紡いで、物凄い速さで去っていった。あまりの勢いに、オレはしばらくマンガチックにポカンとしていた。
オレは傘を差し、水たまりを避けながら歩き、高木さんの家を目指した。
高木さんには行くことをあらかじめメールで伝えておいたので、インターホンを鳴らせば出てきてくれるはずだ。
高木さんの家に到着したオレは、インターホンを押した。少し待つと、いかにも体調が悪そうな高木さんが現れ、玄関の内側に入れてくれた。
寝巻きの上から上着を羽織り、マスクをし、髪の毛はボサボサだった。こんな高木さんを見るのはさすがに初めてだ。
オレは、学校から預かってきたプリントと、いわゆる『飲むアイス』とスポーツドリンクを高木さんに手渡した。
「ごめんね、西片。寒いのにありがとね。」
「ううん。いいから早く寝てなって。じゃあ、オレは帰るから。お大事にね。」
「あっ……。」
高木さんがなにかを言いかけたので、オレは振り返って聞いた。
「ん?なにか言った?」
「あ……ううん。なんでもない。気をつけてね。」
普段のオレならば、絶対に気付かないこと。そして、絶対に言わない言葉。それがなぜか、その時は自然と口をついて出た。
「心細いの?」
高木さんはわずかにうなずいた。
こんな高木さんはそう見られるものじゃない。今なら普段のからかいのリベンジができる、そういう意味ではない。いつもと比べてあまりにも弱気になっている彼女が心配になったのだ。
「じゃあ、少しだけ上がらせてもらってもいい?」
高木さんは再びうなずき、オレを家の中に案内した。
彼女の部屋は2階にあった。
よく片付いていて、彼女の印象そのままの部屋だった。
部屋の中央には円形のラグが敷いてある。部屋に入って正面と左手には窓があり、正面の窓のすぐ下にベッドがある。また、左手には勉強机と洋服ダンスが並んでいる。部屋の右手には、女の子らしく鏡台がある。改めて考えると、そこは、オレが初めて入る女子の部屋だった。
しかし、その時のオレは不思議とドキドキもワクワクもしなかった。
高木さんは、勉強机にプリント類を置くと、ベッドに座った。
「これ、いただくね。」
そう言って、『飲むアイス』とスポーツドリンクに手をつける。
「そこにマスクがあるから、西片も着けててね。うつしちゃうと悪いから。」
オレは箱からマスクを取り出して着けた。ウソだ。着けようとしたが、着けたことのないタイプのマスクだった。それは、ガーゼでできたマスクではなく、ワイヤーが入っているタイプのものだった。誤解を恐れず言うならば、空気抵抗を減らせるような形状をしたマスクだ。
それを、マスクが入っていた箱の説明を見ながらなんとか着ける。うん、護られている気がする。
その間、彼女は、『飲むアイス』を全部と、スポーツドリンクを3分の1ほど飲んでいた。
改めて見ると、彼女の顔はいつもよりも赤い。熱がかなり高いのだろう。
「あはは、西片が来てくれたのに、髪の毛ボサボサだ。」
「いいから、座ってないで寝てなよ。」
「うん、ありがと。そうする……。」
そう言って、彼女はベッドに入り、オレの方を向いた。
「西片。」
「ん?」
「ありがとね。」
「うん……。まぁ、お見舞いぐらいなら……。」
そこは、なんとなく不思議な雰囲気を持った空間になっていた。オレと彼女しかいない、オレと彼女の声と音と、雨音しか聞こえない、そんな空間。変な言い方だけど、優しい空間、そんな言葉がピッタリだった。
「西片、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「手、つないでくれない?」
それは、普段のオレならば絶対に拒否するところだ。『はぁああ!?いきなりなに言ってんの!?』と。そして赤面する、と。もはや伝統芸の域に達している。
だけど、その時は、
「まぁ……いいけど……。」
自然とその言葉が出てきた。
オレが右手を出すと、彼女はその手を取り、ベッドの中へ引き込んだ。やはり熱が高いのか、彼女の手が熱い。汗もかなりかいているのだろう、布団の中は少し湿っていた。彼女は両手で、オレの指を引っ張ってみたり、捻ってみたり、曲げてみたり、曲げてはいけない方向へ曲げてみたりと弄んでいた。その間、オレは怒るでも照れるでもなく、ずっと彼女を見ていた。
ふと、彼女が言葉を発した。
「西片って、優しいね。」
「なっ!?えっと……それは!一体!どういう!?」
突然の攻撃に、さすがにうろたえた。たぶん、オレの顔は真っ赤になっているはずだ。しかしオレは今マスクをしているのだ!どうだ見えまい!
「あははっ。顔、赤くなってるよ。」
なんでわかるの!?見えてるの!?マスクの意味ないじゃん!ウイルス入って来ちゃうじゃん!
「だって西片、耳まで赤くなるんだもん。マスクしててもわかるよー。あははっ。」
彼女は、時にオレの心を読むことがある。それも、ごく自然に。
続けて、彼女は一息つき、少し落ち着いた声で先ほどの言葉を繰り返す。
「優しいよ。」
「うぅ……あ、ありがとう……。」
恥ずかしい……。お見舞いに来たのに、オレの方が調子を崩しそうだ。
「もう……もうそういうのはいいから、いい子して寝てなさい。」
「それって、寝るまでいてくれるってこと?」
「手離してもいいんなら帰るけど。」
「やだ。このまま寝る。」
そう言うと、彼女はオレの手を両手で包んだ。しばらくすると寝息が聞こえてきたので、少し安心した。
ほんとに、からかってさえこなければかわいいのに。オレは彼女の寝顔を見ながらそう思った。
たぶん、小さな子どもに対するような気持ちだったのだろう。オレは、空いていた左手で彼女の髪を撫で始めた。少なくとも、その時のオレには、男女の気持ちは一切なかった。
「おはよ、西片。」
目が覚めると、彼女の顔が目の前にあった。
どうやら眠ってしまっていたらしい。座ったまま高木さんのベッドに頭を乗せていた。
「お……おはよう、高木さん……。」
正直、ビックリした。しかもなにか違和感があると思ったらマスクを着けていたんだった。
「少しは調子よくなった?」
「んー、まぁ、少しはね。でも、寝たのもたぶん1時間ぐらいだったし。そんなには変わらないかも。」
そんなもんだったのか。オレは風邪でもないのにぐっすり寝入ってしまっていた。
「西片は風邪でもないのにぐっすり寝入ってたねー。寝顔、かわいかったよ。」
「んなっ!なっ……!は……はぁっ……!?な……なにを言って……はぁっ!?」
そりゃあもうテンパるテンパる。そんなの、赤ちゃんのときに両親に言われたっきりだろう。なにぶん赤ちゃんの時なので覚えていないけど。それが同級生の女子に言われたのだ。テンパりもする。
『はぁ?』と『なに?』しか言葉が出ないオレを見て、彼女はいつものように笑う。
「あははっ。あはははっ。なにそれ。西片、すごくいい反応だよ。もう、おでこから耳まで真っ赤だよ。歴代で一番かも。」
そんな一番はいやだ……。
ぐっすり寝入ってしまっていたとは言え、ご両親が帰ってくるまで眠ってなくてよかった。その点については、オレは軽く安堵していた。
「西片。」
「な……なに?」
「ありがとね。」
「な……なにが?」
「んー、いろいろ。」
なぜかオレは警戒モードに入っている。彼女が少しだけ元気になったように見えるので、からかわれると本能が警告しているのだろうか。
「いろいろってなんだよ。」
「いろいろはいろいろだよ。1個ずつ数えながら言ってほしい?」
「そういうのはいらないよ!」
しかし改めて見れば、彼女の顔は相変わらず赤い。やはり1時間程度の睡眠では熱は下がらないのだろう。
「じゃあさ、お礼1個と、お願い1個だけ言っていい?」
「な……なに……?」
やっぱり警戒はとかない。すると、彼女はオレの方を向いて横向きに寝たままでこう言った。
「お礼の方はね、今日ね、お見舞い来てくれてありがと。とっても嬉しかったよ。」
「なっ……!まっ……まぁお見舞いだしね!来るよね!」
完全に予想外だった。とはいえ、お礼と言われて警戒するオレもどうかと思うけど。
「じゃあ、お願いっていうのは?」
オレは話題を変えることにする。
「お願いはね、もうちょっとだけ、手、つないでてくれる?」
今になってオレは、まだ彼女と手をつないでいたことに気付いた。もう、今更どうとなれ、だ。
「まぁ……いいよ……。高木さん、病人だし……。」
「ありがと。ほんとは、頭なでてもらうのとどっちにしようか迷ったんだけどねー。」
「なっ……!まさかっ……起きてたの!?」
「ううん、たぶんその時は寝てたよ。だけど、頭なでてもらってる夢見たし、起きたら西片の手が頭の上にあったから、そうかなーって。」
この人は夢の内容まで完璧に覚えてるのか……。なんだかすごいのかすごくないのかよくわからない。
「西片。」
ひぃっ!今度こそからかわれる!
「私、今、とっても幸せだよ。」
「へ……?」
なんか思った感じと違う。というか、今日の彼女は全体的にいつもと違う。鬼の霍乱というやつか。
「風邪引いてるのに?」
「風邪引いてるのに。」
なに言ってるんだ……?よくわからない……。
「でも、そろそろお母さん帰ってくる時間だなー。挨拶してく?」
「しない!」
だけど、考えてみたら……。お見舞いとは言え、留守中に勝手に家に上がり込んで、しかも寝込んでる娘さんの部屋に入り込んでるんだから……。
「やっぱり挨拶しておいた方がいいかな……って考えてる?」
「だからなんで心を読むの!」
「あははっ。まぁ、難しく考えないで、今日はそのまま帰ってくれて大丈夫だよ。」
「じゃあ、そうする……。」
彼女はベッドから起き上がり、玄関まで見送ってくれた。
その頃には、雨はすでにやんでいた。
「わ、外は真っ暗だねー。」
「明日までにはちゃんと治してよね。」
「私がいないと淋しい?」
「そりゃ、まぁね。」
オレは、学校で感じた物足りなさを思い出していた。
「じゃあ、また明日。学校でね。」
「あっ……う……うん、また、学校でね。」
彼女のその言葉を背に、オレは夜の道を歩いていった。
「もう1日、休もうかな……。」
彼女は、誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
よろしければ他の作品にも目を通してくだされば幸いです。