からかい上手の高木さん~Extra stories~ 作:山いもごはん
楽しんでいただければ幸いです。
※1/12追記
なんだか自分でもなにが書きたかったのかよくわからない作品なので、大幅に修正する予定です。
ある日。私と西片は、彼の部屋で、ささやかに記念日を祝っていた。
彼は、私の同級生で、私の恋人。間が抜けていて、おっちょこちょいで、ドジで、からかうととにかく面白い。だけど、お人好しで、とても優しくて、いつも私を笑顔にしてくれる人。そんな彼だから、私が彼を好きになるまでに、さほど時間はかからなかった。
でも、彼を好きになるに連れて、自分には悪いクセがあることに気付き始めた。それは、好きになった人をついからかってしまう、そんな悪いクセ。まるで、小学生の男の子が、好きな女の子をいじめてしまう、その気持ちに似ているような。
だけど、いくらからかっても、嫌がる素振りは見せるものの、彼が私のことを嫌いになることはなかった。
それどころか、いつしか私たちは、友達から特別な人、そして恋人になった。
彼にとっては、男の意地というものもあったのだろう。彼は、私にからかわれる度、必ずリベンジすると言い続けてきた。、彼には残念なことだけど、それは今のところ一度も果たせていない。だけど、もしも……もしも。彼が私へのリベンジに成功する、その時がきたら……彼は私への興味を失い、私から離れていってしまうかも知れない。それは、私にとって一番恐ろしく、悲しいことだった。だから私は、彼が私から離れていかないよう、今日も彼をからかい続けるしかないのだ。まるで、それだけが彼と私をつなぐ細い一本の糸であるかのように。
その一方で、彼が、からかわれてばかりの日常に嫌気がさすのではないか……そう思うこともあった。彼の周りには、私のようにからかってばかりの女よりも、もっと素敵で可愛らしい女の子はたくさんいる。彼はまだ、異性についてはやや関心が薄いようだけど、いつの日か私は彼に愛想を尽かされるのではないか。そう考えて眠れない日もあった。
私自身も覚悟を決めるように、自分に誓うことがあった。彼に対しては決してウソをつかないこと。それは小さな小さな誓いではあるが、今のところ、私のことだけを真っ直ぐに見てくれる彼に対しての、せめてものお返しのような、罪滅ぼしのようなものだった。
2人で、パーティーとも呼べないようなお祝いをした。
お互いにおしゃべりの話題は尽きず、彼は私の話を聞いてくれ、私は彼の話を聞いた。そして、私は懲りもせず、その間も彼をからかっていた。
ケーキを食べ、お互いにプレゼントを渡した。
好意を言葉にするときや、プレゼントを渡すときなど。彼は、顔を真っ赤にして、私の顔から自分の顔を背ける。その仕草が実に彼らしくて、私は大好きだ。
今日、彼が顔を真っ赤にして私にプレゼントしてくれたのは、細い鎖にハートのチャームがついたネックレスだった。
プレゼントと言っても、私たちは高価な物が買えるわけでもない。
それはお互いにわかっている。わかっていながらもお互いが笑顔になれるのは、やはり恋人同士という関係だからだろうか。
私は彼に、ペンダントを着けてくれるようお願いした。彼は、ペンダントの構造に苦戦し、私の長い髪に苦闘しながらも、どうにか着けてくれた。
私はバッグからコンパクトミラーを出し、ペンダントの様子を見る。
細い鎖に小さなチャーム、とても私好みのアクセサリーだ。彼はいつも、女性物はよくわからないけど、と言いながらも、私の好みに合うものをプレゼントしてくれる。
私は笑顔がこぼれることも抑えきれず、彼の顔を見ながらお礼を言った。彼はまた顔を赤くし、私の顔から自分の顔を背けながらも、私のすぐ右隣に、私と同じ方向を向いて座った。
彼は私の背中から左腕を回し、私の左肩を抱く。
とても、とてもあたたかい。服の布越しであっても、右腕に彼の体温を感じられる。
彼は正面を向いているから見えないけど、きっと顔を真っ赤にしていることだろう。なにせ、彼自身はこういった行動は、恥ずかしくて到底できるものではないからだ。そんな彼がなぜここまで積極的になったのかというと、ひとえに私の、恋人同士になったのだから、という教育の賜物だ。
しばらくすると、彼は私の頭を撫で始める。左肩に置いた手を離し、優しく、というよりは、懸命に撫でるのだ。
もう少しアドリブがきいてもいいような気はするけど、そういう不器用なところも好きなのだから仕方がない。
そうすると次は、彼は頭を撫でながら、右手で私の右手を取り、指を絡めてくる。
本当に、まるで私にプログラムされたかのような動きだ。
とはいえ、彼が一生懸命に、私の望みを果たしてくれようとしている気持ちは伝わってくる。
私は、悪いクセで、いつもと違う動きをしてみようと思った。
指を絡めた右手を、ゆっくりと強く握る。
彼は反射的に私の顔を見る。一方で私はといえば、頭を撫でられていた分だけ少し姿勢が低くなっていて、自然と上目遣いになっていた。
彼は、驚いたように一言だけ、声のような音のようなものを口から漏らし、相変わらず真っ赤な顔を、再び真正面へ向けて硬直した。
5秒……10秒……15秒……。
これは……フリーズしたかな?
再び握られた右手に力を込め、彼の名前を呼ぶ。すると、彼は意識を取り戻したかのように再び私の顔を見る。意識は取り戻しているようだけど、目は完全に泳いでいる。あっちを向いたりこっちを向いたり大変だな、と思った。
女の子からリードするなんて、少し情けない気はするけど。でも、草食系男子なるものも流行っているらしいし、なにより私は彼を今まで散々教育しているのだ。今更情けないもなにもないか。
私は、握られた右手をさらに強く握る。彼が真っ赤な顔をまた壁へ向けてしまう前に、私は再び彼の名前を呼び、目を閉じ、顎を少し上げた。
時計を見れば、いつも起きる時刻の30分前だった。
私はこの夢をよく見る。そして、いつもここで終わる。ような気がする。
気がする、というのは、さすがに毎回夢の内容のすべてを覚えているわけではないからだ。
だけど、幸せな気持ちは覚えているし、それが夢だったとわかったときの淋しさも感じている。
少しの間、私は、ベッドの中で幸せと淋しさの余韻に浸る。
もしも。
もしもあの夢が、未来の私と彼だったら。
私は今、あの世界に行きたいと望むだろうか。
私は彼のことが好きだ。だから、彼も私のことを好きであってほしい。
仮に彼から体を求められるようなことがあれば、ある程度までは許してもかまわない。そう思えるぐらいには、彼のことが好きだ。
だから、あの世界はある意味では私の理想の世界だ。
あの世界の私は、彼に対して不安を抱いている。この世界の、今の私と同じように。とはいえ、私の夢なのだから、当然といえば当然といえる。
だけど、同じように不安はあるけれども、あの世界には、私が望んでいるものがない。
それは、例えば、安心感だったり、雰囲気だったり、その世界そのものだったり。
自分の夢にケチをつけるのもおかしな話だとは思うけれど、あの世界は、本当の意味では理想の世界ではない。
あの世界で私が彼に不安を抱いているのは、私が今彼に不安を抱いているからだ。
私が望むのは、それらを克服した上で、あの世界へたどり着くことだ。
安心して彼に心を委ねられる、そんな世界。
そのために、私は、彼と、もっと今を重ねたい。ありふれた、つまらない、昨日と同じ日常。だけど、新鮮で、楽しくて、昨日とほんの少し違う日常。からかいという細い糸だけでつながっている関係ではなく、一緒にいろんな糸を紡いで、未来へと太い糸をつなげる。
その太い糸は、絆と言えるものかもしれない。
その絆のために、私は彼と、今を重ねたい。
それが、今の私にとって、本当の理想の世界へ繋げるものだと、はっきりと言える。
登校中、学校へ向かって歩く彼の背中が見えた。
未来へつながる糸を、絆を紡ぐために。そのために、今日も私は自転車を降り、彼の背中へ駆け寄った。
「おはよ、西片。今日もいい天気だね!」
最後までお読みくださりありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら幸いです。