からかい上手の高木さん~Extra stories~   作:山いもごはん

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告白

「行ってきます。」

 家族に声をかけ、オレはいつもより早めに家を出た。

 三月中旬とは言え、今日はかなり肌寒い。

 今日は『三』の方だな、と授業で教わった四字熟語『三寒四温』に思いを馳せる。

 

 3月14日。

 そう、今日は3月14日。ホワイトデーだ。

 そしてオレは今日、中学一年生にして、初めて女子にバレンタインデーのお返しをする。

 そのために、愛読書の『100%片想い』を参考に、一週間前からあらゆるシチュエーションをバッチリシミュレートしている。

 フフフ……抜かりはない!

 まず作戦実行のためには、彼女より先に学校に着いていなければならない。

 そのために寒いのにわざわざ早起きまでしたんだ!

 

 ちなみに、お返しの相手はというと……。

「あ、西片、おはよー。」

 名前を呼ばれ、オレは声のした方を振り返る。

「ああ、おはよう、高木さん。」

 高木さん。オレと同じ1年2組の女子。つぶらで大きな瞳に長いまつげ。薄い唇。栗色の長い髪をおでこから左右に分けている。

 黙っていればかわいいと思うのだが、なぜか彼女にはオレを見るとついからかってしまうという『弱点』がある。

 その高木さんが、自転車に乗ってオレの隣にやってきた。

『ってなんで高木さんが!?オレ、いつもより早く出たよね!?高木さんより先に登校するって作戦、大失敗じゃん!』

 ……ってオレが考えていると思っているんだろう?甘い、甘すぎるよ高木さん。バレンタインデーにもらったチョコぐらい甘いよ。あれ美味しかったよありがとう!

 このシチュエーションも当然シミュレートしていたんだよ。高木さんは登校中にオレに出会うと必ず自転車を降り、一緒に歩いて登校するんだからね。

 そうして歩きながら、

『そういえば西片、今日何の日か知ってる?』

『当たり前じゃないか。ホワイトデーだよ。はい、これお返し。』

『西片のくせにスマートにお返しをしてくるなんて、これじゃからかえない!悔しい!』

 という会話。

 ……完璧だ。完璧すぎる。一部の隙もない完璧な作戦だ。

 テンプレートな行動が仇になったね高木さん!バレンタインデーのお返しと、日ごろからかわれているお返しを合わせて受けるといいよ!

 しかし彼女は自転車を降りることなく、

「ごめんね西片。今日ちょっと用事があって早く行くんだ。また学校でねー!」

 そう言うと彼女は自転車で走って行った。

「ああ、うん。またね……。」

 その言葉は果たして彼女の耳に届いたのか、オレは胸の前で手を振った体勢のまま、その場に一人取り残された。

 三月中旬とはいえ、今日はかなり肌寒い。

「寒いな……学校行こう……。」

 誰に言うでもなくオレはそうつぶやき、学校へ向け歩き始めた。

 

 あれ?いない……。

 1年2組の教室、廊下から数えて2番目の1番後ろの席。

 そこがオレの席だった。

 そして、1番廊下側の1番後ろの席――つまりオレの隣の席――が高木さんの席。

 この席順のせいで、オレは授業中・休憩中問わず高木さんにからかわれ続けている。

 しかし今、荷物こそ置いてあるものの、席の主は不在だった。

 ……どこか行ったのかな?

 それ以外の理由はないのだが、考えていても仕方がない。それどころか、状況的には自席に先に到着して高木さんを待ち受けているのと大差なく、オレの当初の作戦通りになっている。

 オレは、しばらく日直の仕事をしている同級生をなんとはなしに眺めていた。

 ……それにしても、眠い。

 昨夜も復習とばかりに『100%片想い』を読み込んだせいで、かなり夜更かしをしてしまった。

 オレは、少し休息をとるつもりで机に突っ伏した。

 3月か……もうすぐ春休みだな……春休み、高木さんは何するんだろう……思えば、入学式の日からからかわれたな……自転車の二人乗りの練習したり……プールに行ったり……夏祭りに行ったり……ハロウィンやバレンタインデーもからかわれたっけ……たぶん、春休

「西片、西片。」

 その声に、意識が不意に現実に引き戻される。

「大丈夫?もうすぐホームルーム始まるよ?」

 高木さんが心配した様子で声をかけてくる。

 いまだはっきりとしない意識の中で、高木さんに返事をする。

「ああ、ごめん、大丈夫だよ。昨日、その……勉強しててつい寝るのが遅くなっちゃってさ。」

 寝ぼけた頭で嘘をついた。

「なんだ、よかった。私はてっきりまた『100%片想い』でも読んでて夜更かししたのかと思ったよ。」

 バレた。

 時に高木さんは、オレの心を読んでいるのではないかと思う時がある。

「ていうか高木さん、学校でそれは言わないでよ!」

「ん?あー、ごめんごめん。ちょっとね、からかいたくなっちゃって。」

 その言葉に、オレはなんとなく違和感を覚える。しかし、その正体は寝ぼけた頭では到底掴めるものではなかった。

 それに、寝ぼけたといえば、何か夢を見ていたような、見ていなかったような……。どちらにせよ夢は夢。オレがそう切り捨てたとき、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。

 

 昼休み。

 朝の余裕はどこへやら、オレの心はすでに限界を迎えようとしていた。

 バレンタインのお返しをするべく、授業の合間の休み時間や教室移動など、あらゆるパターンを想定していたのだが、ホームルーム前に眠ってしまったことを筆頭に、すべて失敗に終わってしまった。

 半分は高木さんにからかわれたせい、もう半分はオレ自身のヘタレのせいだ。

 こうなれば、一気に決めるしかない。なんだか後に延ばしてもずるずる行くだけのような気がするし……。

 オレは、昼休みの開始と同時に高木さんに声をかけた。もちろん、このパターンも想定済みだ。

「た……高木さん!」

 思わず声がうわずった。こんなはずじゃなかった。

「ん?何?西片。変な声出てるよ?」

 わかってます。

「んー、もしかして、バレンタインのお返しでもくれるのかな?」

 またしても心を読まれた……。そして最悪のパターンだ。男として最もかっこ悪いパターンだ。

 しかし体面など気にしていられないこの局面、高木さんの発言に乗っかることにした。

「そうです……。どうぞお納めください……。」

 オレは、さながら供物を奉げるように床を見ながら両手で手渡した。きっと、顔は真っ赤になっているのだろうが、これなら表情を見られなくて済む。

「照れてる?」

「照れてない!」

 現実は『100%片想い』のようにはいかない。目を見つめながらスマートに渡すつもりが、まったく情けない。

 そんなおかしな状態なオレから、高木さんはお返しを受け取ってくれた。

「ありがとう、西片。ね、これ開けてもいい?」

 オレはそこでようやく顔を上げて答える。

「え?ああ、うん。どうぞ。」

 高木さんは、簡素なラッピングを丁寧に解いていく。すると、中から出てきたものは……。

「わあ。ハンカチだ。」

 そう、ハンカチだ。

「なんとなく、高木さんといえばハンカチかなって!それで、母さんが買い物に行くって言うから着いて行って!そうしたら服の売り場で!それで、せっかくだからいろいろ見てたらハンカチがあって!なんとなく高木さんにピッタリかなって!」

「何も聞いてないけど?」

「そうだね……。」

 息を切らして一気呵成に話した。きっと顔も真っ赤だろう。

 高木さんは、しばらくそのハンカチを眺めていたが、不意に言葉を発した。

「ね、これ、西片が選んでくれたの?」

「あ、うん……。高木さんが普段使ってるやつと似てるから、違う感じのにしようかなって迷ったんだけど……。」

「そっかそっかー。西片がねー。婦人服売り場でねー。じっくり選んでくれたわけだ。私のために。」

「う……うるさいな……。もういいじゃん……。」

 なんだか急に恥ずかしくなり、オレは再び床を見る。

「ね、西片。」

 声をかけられ、今度は顔を上げる。なんだか忙しない。

「西片、ありがとね。ほんとにほんとにうれしいよ。大事にするね。」

 そこには、普段オレをからかっているときとは違う、高木さんの満面の笑みがあった。

 

 本日最大のミッションを昼休みに終えたオレは、午後の授業を心穏やかに……受けられるはずもなく、高木さんにからかわれ続けた。とにかくからかわれ続けた。

 回数で言えば、歴代で最高記録なんじゃないか……?

 その日にからかわれた回数の10倍の回数の腕立て伏せを自らに課しているオレの心境は、既に心穏やかとは対極にあった。

 ああ……オレの腕は今日死んでしまうかも知れない……。今までありがとう、オレの両腕。

 オレが両腕に早めの別れを告げていると……。

「西片、今日時間ある?一緒に帰らない?」

 高木さんは、少しだけ真剣な表情でそう言った。

 

 オレたち二人は、いつものように並んで歩いていた。

 高木さんは前カゴにカバンを入れ、自転車を押して歩いている。

 先ほどの真剣な表情もどこへやら、その間もオレはからかわれ続けた。いつものように。

 しかし同時に、朝に感じた違和感と同じものを感じていた。

 そんな時、突然高木さんからの提案があった。

「ね、西片。ちょっと寄って行かない?」

 

 帰り道にある神社の境内に、高木さんが自転車を押して入る。

 オレは続けてその後ろをついて入る。

 先ほどまで散々オレをからかっていた高木さんは、ここへ寄ろうと言った後、真剣な表情をしたまま一言も発していない。

 この神社は大きなものではない。道に面したところに鳥居があり、そこから10メートルほど石畳が敷いてあり、その先に社殿がある。社殿には3段ほどの石造りの階段があり、その上に板の廊下――正式にはなんというのかは知らないが――があり、本殿につながっている。綺麗に手入れはなされているが、宮司が常駐しているような様子はない。

 これまでにも何度か高木さんとここに来て、社殿の屋根の下で雨宿りをしたりしたことがある。

 そのため、高木さんがオレをここに誘うことは特段おかしなことではないのだが、朝からの違和感と、先ほどからの真剣な表情ががひっかかる。

 思い詰めたような表情で、自転車を停め、社殿へと向かって行く。そして社殿に近づくと、体ごとくるりとこちらへ振り向き、件の板の廊下へ腰掛ける。

 この廊下は腰掛けるにはちょうど良い高さで、オレも高木さんに倣いその横に腰掛ける。

 高木さんは黙ってうつむいたままだった。彼女から話し始めるのを待つか、オレから声をかけるか。迷っていると、高木さんは大きく深呼吸し、はっきりとした口調で言った。

「あのね、西片。私ね、告白されたの。ごめんね。」

 

 高木さんははっきりとした口調で言った。しかし、彼女がなんと言ったのか、オレには理解しきれなかった。

 こくはく?告白?誰に?誰が?え?告白?

 様々な疑問が頭をよぎっては消え、またよぎる。それでも言葉にできたのは、意味を持たないわずか3文字だった。

「こ……え……?こ……?」

 あとは、釣り上げられた魚のように、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしているだけだった。

 そんなオレに対して、高木さんは言葉を続ける。

「そう、告白。告白されたの。ごめんね。それで、男子の目から見た意見を聞きたいんだけど。」

 高木さんはそこで一瞬言葉を区切り……。

「中井君って、どんな人?」

 感情を見せず、そう言った。

 

 知った名前が出てきて、オレの頭はさらに混乱した。中井君。オレのクラスメイトだ。一緒にプールに行ったりしたこともあり、仲は悪くない方だと思う。でも……。

「なっ……かい君!?でも、中井君には……。」

「そう、真野ちゃんって彼女がいるよね。だけど、最近なんだか関係がギクシャクしてるんだって。このまま2年生になって、クラス替えがあったら、今の関係が終わっちゃうかも知れないって。」

「それで、高木さんに?」

「そう。ごめんね。」

 だいぶ頭の中が整理できてきた。それほど複雑な状況じゃない。単にオレの理解が追いついていないだけだ。だからこの時は、高木さんの発言の不自然さに気付けるはずがなかった。

「それで、中井君ってどんな人?」

 追い打ちをかけるように高木さんが問いかけてくる。

 高木さんは以前、同じクラスに好きな人がいると言っていた。それが中井君でもおかしくはない。

 オレは、彼女の顔を見ることができず、正面を向いたまま答え始めた。オレの答えがどういう結果に至るのかはわからなかったが、ただ頭に浮かんだ中井君の印象を答えた。

「中井君は……」

 ……いっそ、

「気さくで」

 いっそ、

「誰にでも優しくて」

 いっそ、

「気が利いて」

 いっそ、

「とてもいい人だよ。少なくともオレからはそう見える。」

 いっそ、中井君が最低な奴だったら……。

 でも、きっとそう考えるオレの方が最低な奴なんだろう。

 高木さんは少し考えるような素振りをし、お礼を言う。

「そっか。ありがとね、変なこと聞いちゃって。ごめんね。」

 そこで、オレはある一つの希望を見出し、高木さんに問いかける。

「高木さん!オレ……もしかしてからかわれてる?」

 イエスだ……!ここはイエスと言ってくれ……。

 しかし、高木さんは無慈悲に言った。

「からかってるのとは、ちょっと違うかな……。ごめんね、西片。」

 

 先に帰ると言う高木さんを見送り、オレはいまだ神社にいた。

 高木さん、告白、『ごめんね』、中井君、真野さん。

 だいぶ冷静になり状況は把握できていたが、自分がどう思っているのか、どうしたいのか。高木さんがどう思っているのか、どうしたいのか。そういったことまでは考えが及ばなかった。ただ、胸が、気持ちがもやもやとしているだけだった。

 ケータイで時刻を確認すると、すでに18時を過ぎていた。日が落ち始め、風はどんどん冷たくなってくる。

 ……とりあえず、帰ろう。

 オレは重い足を引きずるようにしながら自宅に向かって歩き始めた。

 

 家に帰ってから、夕食を食べ、テレビを見て、ゲームをして、入浴をした。つまり、昨日や一昨日、一週間前と同じ日常を過ごした……のだろうと思う。

『思う』というのは、高木さんの言葉に胸がもやもやし、まともな思考ができていなかったからだ。

 高木さんは、ただの友達。それはお互いの共通認識のはずだ。じゃあ、この胸のもやもやはなんだろう……。

 いまやオレの思考は、胸のもやもやに支配され、何一つ有意義なことは考えられないでいた。

 部屋に戻りベッドに腰掛けたオレは、思わずつぶやいていた。

「なんなんだろう、この気持ち……。」

 そうだ、宿題だ、宿題をしないと……。正直なところまともに宿題をできる状態だとは思わなかったが、しないわけにもいかない。

 部屋の勉強机につき、ノートを広げる。やはり内容は頭に入ってこない。

「ふう。」

 オレは一息つき、椅子にもたれた。

 勉強机の正面に掛けてあるコルクボードが目に入る。備忘録としてお知らせなどを掲示しておくために取り付けたものだ。

 その中で、一際異彩を放っている掲示物がある。

『現状維持』

 書道半紙に1文字ずつ丁寧に書かれたその書は、習字の時間に高木さんが書いたものと、オレが書いたものをなぜか交換したものだ。

 さすがに捨てるわけにもいかず、ずっと飾ったままになっている。

 それが、その言葉が、今のオレの気持ちにはひどく響いた。

 そう、現状維持じゃ……ダメなんだ。

 時刻は21時。オレは部屋を飛び出した。

「母さん、オレちょっと出てくるから!」

 返事も待たず、オレは家を出て自転車にまたがった。

 

 気持ちばかりが焦りながら、オレはひたすらに自転車をこいだ。

 そう、本当は最初からわかっていたんだ。なんせオレは『100%片想い』の愛読者だ。

 ただ、認めたくはなかった。認めてしまうとオレと高木さんの関係が変わってしまいそうだったから。

 『100%片想い』でもあったシチュエーションなのに、いざ自分のこととなると、冷静になって考えることができなかった。

 昼間寒かった分、夜はさらに冷えているのだろう。しかし、今のオレは寒さを感じていなかった。

 高木さんの家に着いたとして、オレは何と言うつもりなのだろう。どうするつもりなのだろう。

 そんな考えはとりあえず頭の片隅によけて、オレはただ高木さんの家を目指した。

 

 大きく息を乱しながら、オレは高木さんの家に到着した。

 しかし、考えなしに家を飛び出してきたためケータイを持ってきていない。

 夜分に家のチャイムを鳴らすわけにもいかないし……。

 オレが悩んでいると、家から高木さんが飛び出してきた。すでに寝巻きだったのか、上着を羽織っている。

「西片!」

「高木さん……なんで……?」

「私は……窓から外を見てたら、西片がすごい勢いで走ってきたから……。それより、どうしたの?」

 どうしたのか、どうしたいのか、それはオレ自身にもわからない。ただ、伝えに来たただけだ。

 オレは息を整えながら、まっすぐに高木さんの目を見て言う。今日の昼休みのリベンジだ。

「あのさ、高木さん。」

「ん?」

「オレ……その……。」

 目をそらさない。

「その……高木さんのこと……。」

 目をそらさない。

「もしかしたら……好き……かも……知れない……。」

 オレの目は、遥か遠く、自分の右側上空の星空を見ていた。

 とうとう……言ってしまった……。

 これからオレはからかわれるのか、フられるのか。ああ、今日は星が綺麗だな……。

 わずかに現実逃避しながら、オレは高木さんの顔を見られないでいた。

 

 それから、30秒か、5分か、1時間か……。

 時間の感覚がまったくない中、無限とも思える静寂が漂っていた。

 その静寂を破ったのは、高木さんだった。

「あ……。」

 高木さんの口から言葉が漏れ、オレは思わずその顔を見た。

 ……泣いていた。

 高木さんが。あの高木さんが。オレの前では絶対に弱みを見せないあの高木さんが。

 目を大きく見開き、硬直した表情のままオレを見つめていた。その目尻からは涙が溢れ、頬を伝い、顎から流れ落ちていた。

 この状況に、オレは気の利いたことを言うこともできず、ただその顔に見とれていた。

 これは……なんとなく……マズいかも知れない……。

 再び無限とも思える時間が経ったあと、その静寂を破ったのはやはり高木さんだった。

「ぷっ……。」

 急に笑い始めた高木さんにオレは戸惑う。

「くくくっ……あはははは!あはっ!あははははっ!あーおかしい。もしかして、それ言うためだけにわざわざ夜中に来たの?」

 戸惑うのも無理はないはずだ。高木さんは笑いながらもずっと涙を流しているのだから。

「あははっ!あははははっ!あー、これはもう完敗だなー。」

 ひとしきり笑い終わったのか、高木さんはぽつりと呟く。

「乾杯?」

「んーん、こっちの話。じゃあ、西片ががんばって言ってくれたんだから、ちゃんとお返事しないとね。」

 これは……やっぱりマズイかも知れない……。

 どうやら涙は一旦落ち着いたらしい。高木さんは息を整え、いつものようにはっきりとした口調で言った。

「私も、西片のこと、好きだよ。大好き。ずっと前から、大好き。」

 

 

 涙の跡が残る顔で、見たことのない笑顔を見せる高木さんは、とても可愛らしかった。

 その笑顔を見た途端、オレの気持ちはさらに大きく揺らいでしまった。

 やっぱり、マズいと思ったオレの予感は的中した。

 その瞬間、俺の気持ちは『好きかも知れない』などという曖昧なものではなく、確固たるものとなってしまっていた。

「それで?」

 高木さんが問いかけてくる。

「それで……って?」

「私のことを好きな西片君は、私とどうなりたいのかな?」

『どうなりたい?』そういうのあるのか?どう……って、どうなんだろう……。

 しかし、オレにはもう考えるだけの余裕はなかった。それゆえに答えもシンプルだ。

「オレと、付き合ってください。」

 高木さんは、再度息を整え……。

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 まっすぐにこちらを見ながら、再びそう答えた。

 

 高木さんの涙が落ち着いたところで、オレは気になっていたことを聞く。

「そういえば、中井君の告白は断るんだよね?」

「ん?私、中井君に告白なんてされてないよ?告白されたのは真野ちゃん。」

 話が一向に理解できない。

「朝、用があるって言ったでしょ?あの時真野ちゃんに告白されたの。中井君と関係がギクシャクしてる、このまま2年生になったら別れるかも知れない、って。それで、私中井君のことよく知らないから、西片に聞いてみたんだよ。でも、あの二人は大丈夫みたい。なんでも、中井君のホワイトデーのサプライズだったんだって。さっき真野ちゃんからメールが来てたよ。まったく、人騒がせだよねー。」

 まるで事務連絡のように、悪びれた様子もなく高木さんが説明してくれる。

 た……高木さんめぇぇ……!でも、確かに嘘はついてない……。オレの勘違いだ。勘違いに導いたのは高木さんだけど。

 しかし、いつものような、からかっているような表情はしていない。むしろ真剣な表情で話を続ける。

「そこでね、思ったんだ。私と西片の関係ってなんなんだろうって。付き合ってるわけじゃない。仲のいい友達。だったら、2年生になってクラスが替わったら、どういう関係になるんだろうって。」

 オレが不安に思っていたことを、高木さんも不安に思っていた。真野さんの話に、オレたちの関係を重ねていたんだろう。

「だからね、賭けをしたんだ。自分の中で。もしも西片から好きって言ってくれたら、私も本気で応えようって。もしも言ってくれなかったら、それでクラスが替わったら、その時はその時の流れに任せようって。少なくとも、自分からからかいに行くのはやめようって。でも、今のままじゃ西片は絶対に言ってくれそうにないから、なんとか言ってくれるようにして……。」

 それで中井君の話を誤解するように話したのか。

 高木さんは続ける。

「私、西片のことからかうのは好きだよ。だけど、今回みたいに騙すようなずるいことはしたくなかった。それでも、私も必死だったから……。すごく罪悪感があった。それに、もうからかえないかも知れないって思ったから、今日はいつも以上にからかっちゃったし……。」

 それで、朝から違和感があったり、不自然なぐらい『ごめんね』って言ってたのか……。

「ここまで話して、改めて聞くけど……本当に、私でいいの?」

 そんなこと聞かれても、オレの気持ちはさっき、高木さんの笑顔を見たときに決まってしまった。だから、答えに迷いはなかった。

「オレは、高木さんのこと……好き……だよ。」

 高木さんは、またあの笑顔を見せて言った。

「ありがとう。私も好きだよ。それに……やっと、目、見て言ってくれたね。」

 

 4月14日。

 あれから1か月が経った。

 終業式があり、春休みが終わり、始業式があった。

 2年生に進級したオレと高木さんは、違うクラスになった。

 それでも、いわゆる彼氏彼女の関係になったオレたちは、毎日一緒に登校し、一緒に下校している。

 そんなオレたちの関係がどうなったかというと……。

「西片が言ったんだよ、帰り道の間だって。」

「あっ……!言った……。確かに言った……。」

「ほら、私の勝ち。罰ゲームは何をしてもらおうかなー。」

 1年生の頃とほとんど変わっていない。

 もちろん、変わったこともある。

 例えば、オレが恥ずかしがっていた、高木さんの『間接キス』の言葉に惑わされなくなったこと。

 そして例えば……。

「じゃあ、罰ゲーム。私のこと、どう思ってるか言ってみて?」

「ま……またそれ!?」

「罰ゲームだよ?ほらほらっ!」

 高木さんは、2~3日に一度この罰ゲームを提案してくる。

 いつかオレだって……。

「いつかオレだって、高木さんに言わせてみせる……とか思ってる?」

「だから心を読むのはやめてよ!」

「あはははっ!西片が私に勝ったら、いつでも言ってあげるよ。だけど、私に勝てない限りは、言わないけどね。」







高木さんロスを埋めるために書きました。
とにかく高木さんが嫌な女にならないよう気をつけて描写しました。
お楽しみいただけたのなら幸いです。

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