からかい上手の高木さん~Extra stories~ 作:山いもごはん
筆者はずっと、高木さんはいつどうして西片のことが好きになったのか、ということが気になっていました。なので、とりあえず一緒に帰らせとけばいつの間にか仲良くなるんじゃね?と思い、とりあえず一緒に帰らせることにしました。
最後までお楽しみいただければ幸いです。
入学式から2週間ほど過ぎ、ある程度親しい友人もでき、授業も小学校のものとは違うものだということがわかり始めた、そんなある日のこと。
オレは、昨日と同じように登校し、授業を受け、友人たちとくだらない話をし、下校する。そんな日々を過ごしていた。
それは、ごくごく一般的な中学生の生活と違いはないはずだ。
しかし、授業を受けていても、友人たちとくだらない話をしていても。オレは、心のどこかに違和感のような、あるいはぽっかりと穴が開いているような感覚があった。
授業についていけないというわけではない。そしてもちろん、友人たちと話すのは楽しい。ただ、理由もわからないのに満たされない、そんな感覚だった。
その日も、オレは1人で下校していた。その途中、後ろから声をかけられた。
「西片君。」
オレの隣の席の高木さんだった。
彼女は、ロングの髪を左右に分け、おでこを出した髪型が印象的な女子だ。
彼女は自転車で通学しているらしい。
「西片君もこっちの方だったんだね。一緒に帰ってもいい?」
「あ……うん、いいけど……。」
女子と一緒に帰るなんて、小学校の低学年以来のことかも知れない。もしかしたら2~3回ぐらいあったかも知れないけど、それらに目をつぶれば小学校の低学年以来のことだ。
「高木さん、自転車はどうするの?」
「押すもん。」
彼女は自転車から降り、オレの横に並んで歩き始めた。
「西片君ってさ、お人好しだよね。」
突然、妙なことを言われた。
「え……?それ……どういう意味?けなしてる?」
「んー。」
彼女は少し考えた後、
「半々で誉めてるかな。」
善意も悪意もなくそう答えた。
「でも、私はそういう人、嫌いじゃないけどね。」
一応、そう付け加えた。
オレたちの通学路の途中には、小さな神社がある。とはいえ、鳥居がなければ神社だとわからないような小さなものだ。その前で彼女が問いかけてきた。
「ね、西片君。ここ入ったことある?」
「いや……ないけど……。」
「じゃあ、ちょっと入ってみようよ。」
彼女は自転車を押して神社の境内へ入る。
バチ当たらないんだろうか、これ……。
いざ入ってみれば、その神社は外から見るよりもずっと規模の小さいものだった。道に面したところに鳥居があり、それを挟むように生垣がある。その鳥居から15メートルほど歩いたところに、これまた小さな社殿がある。
「私、ここよく来るんだよ。」
あの傍若無人ぶりはそのせいか。
彼女は自転車を停め、社殿に座って隣をオレに薦めた。
「まぁ、座って座って。」
その様子は、まるで自分の家のようだ。
オレは1人分の間隔を空けて、彼女の横に座った。
「ここってね、ほとんど人が来ないんだよ。だから、考え事したいときとか、1人になりたいときとか、よく来るんだ。」
確かに。こんな小さな神社、よほどの理由がないと来ないだろう。
「特にオススメは、社殿の裏側だね。あそこまで入ると、外からはほとんど見えないから。」
オレは、抱いていた疑問を口にした。
「高木さん、なんでここに連れてきたの?」
「あー、突然だったよね。ごめんね。」
彼女は一言謝った後で続けた。
「お人好し、の話。西片君、入学式の日、私が落としたハンカチを職員室に届けてくれて、そのせいで遅刻しちゃったでしょ?」
「うん……。まあ、そうだね……。」
「その時にね、どうして放っておかなかったのかな、って。自分が遅刻するかもしれないのに、どうして放っておかなかったのかな、って思ったの。それで、考えても仕方ないから本人に聞いてみようと思ったの。」
どうして放っておかなかったのか、と聞かれても、そんなことわからない。ハンカチに刺繍がしてあって大切そうだったから?いや、それは、少し違うように思う。
ハンカチが落ちてた。誰かが困ってるだろうと思った。だから拾って届けた。ただそれだけのことだった。
オレは彼女にそれをそのまま伝えた。
すると、彼女は目を丸くして、しばらくオレの顔を見ていた。かと思うと突然、
「あははっ!西片君って、ほんとにお人好しだね。」
「それ、バカにしてる?」
「バカにはしてないよー。さっきも言ったでしょ?」
さっき……なんて言ってたっけ……?
「誉めてるかどうかは半々だけど、そういう人、嫌いじゃないよって。」
そういえば、そんなこと言ってた気がする。
「さて。西片君の謎も解けたし、そろそろ帰ろっか。」
「あ……うん……。」
こうして、オレたち2人は神社を出て、しばらく歩きながら雑談をした。
「じゃあ、私こっちだから。」
とあるY字路で、オレは右側に、高木さんは左側にそれぞれ帰宅する。
「また明日、学校でね。」
そう言って、彼女は自転車に乗って去っていった。
『西片君の謎も解けたし』、彼女はそう言っていた。
しかし、オレの謎は解けていなかった。彼女は、ハンカチの話をしたくてオレを神社に連れて行ったのではないように思えたからだ。
だから、オレは先ほど尋ねたことと同じことを、もう一度彼女に尋ねたかった。
高木さん、どうしてオレを神社に連れて行ったの?
それから1週間ほど、オレと高木さんは一緒に帰ったりすることもなく、ただのお隣さんとして接していた。
一方で、オレの心の中の違和感や、穴が空いたような感覚は、小さくなるどころか大きくなっていくばかりだった。
笑顔で友人たちと話しているのが苦しい。授業を受けているのが苦しい。家に帰りたくない。オレは、逃げ場のないまま、強い力で潰されているような、そんな気分になっていた。
それでも、どうにか今日も1日を終え、帰りながら考えていた。このままでは自分がダメになってしまうのではないかと。
気がつけば、そこはまさに神社の目の前だった。高木さんの言葉がふとよみがえる。『考え事したいときとか、1人になりたいときとか、よく来るんだ』と。
1人になりたい。オレの気分そのものだった。オレは吸い寄せられるように神社の境内に入り、彼女にオススメされた、社殿の裏側へ進んで腰掛けた。
自分の何がダメなのか。自分はどうすればいいのか。同じ質問ばかりが頭の中を堂々巡りし、答えにたどり着くことはない。考えているうちに涙が滲んできた。オレは一体どうなってしまったのか。どうなってしまうのか。
「あ、いた。」
突然の声。そこにいたのは、
「高木さん……。」
なぜか高木さんが現れた。
「こんにちは。」
「こ……こんにちは。」
先ほど別れたばかりなのに、互いに挨拶を交わした。
「隣、いい?イヤなら帰るけど。」
「あ……ううん……。いいよ……。」
彼女は、オレの心を読んだかのようなことを尋ねてきた。本当は、誰にもいてほしくない。1人でいたい。だけど、そう言って断ること自体が今のオレにとっては苦しかった。だから、
「高木さんこそ……1人になりたくて来たんじゃないの?オレ、邪魔じゃない?」
これなら、オレがここを去る口実にもなる。
「私は、西片君が心配で来たから。」
オレのこと……?なにを言っているのかわからない……。
「私、結構西片君のこと見てるんだけどさ。」
彼女は、いつの間にかオレの隣に座っていた。
「それで、的外れかも知れないし、お節介かも知れないけど、。」
彼女は、一言断ってから続けた。
「西片君、今、自分で思ってるよりもずっと、よくない状態だと思うよ。」
「なっ……!はぁ!?突然……なに!?なんのこと言ってるの!?」
彼女の心を見透かしたような言葉に、オレは狼狽し、大きな声を出してしまった。滲んだ涙が、少しこぼれそうになった。
だけど、彼女の言葉はひどくオレの心に刺さった。今のオレは、人から見てもわかるような情けない状態だったのか。先生や、友人たちも、情けないヤツだと、そう思っていたのだろうか。
「よかったら……。私でよかったら、話聞くよ?」
正直なところ、同級生の、それも女子に、自分の弱みを話したいとは思わなかった。だけど、その時のオレは、そういう変なプライドもすっかり忘れ、誰かに、彼女に自分の気持ちを聞いてほしいと思った。
オレは、ぽつりぽつりと話し始めた。友人のこと、学校のこと、自分の気持ちがわからないこと、これからどうすればいいのか、どうなるのか、まったくわからないこと。それらをとりとめなく、順序も内容もばらばらに話し続けた。
彼女は、オレの言葉に否定も肯定もせず、ただ優しく相槌を打ってくれていた。
話すに連れて、オレの目にはまた涙が溜まっていった。だけど、ここで泣いてしまったら、涙が止まらなくなってしまう。オレは必死に涙をこらえていた。
オレは涙を止めるように、一度話すのを止め、上を向き、その目を制服の裾でぬぐった。
すると、高木さんがオレの背中に手を当てて言った。
「西片君、今まで誰にも言えずに、1人でがんばってきたんだね。」
彼女の言葉に、オレの涙は流れる寸前だった。
「大丈夫。ここには西片君と私しかいないから。だから、泣いてもいいんだよ。」
もう、限界だった。
必死に抑えていた涙が、頬を伝って流れるのを止められなかった。言葉にならない言葉を発しながら、オレは泣き続けた。
その間、彼女は、ずっと背中をさすってくれていた。大丈夫だよ、と言いながら。
どれくらいの時間泣き続けていたのかはわからないけど、ひとまずオレは泣き止んだ。さすがに恥ずかしくて高木さんの顔を見ることはできない。
「はーっ、はーっ。はーっ……。はあ……。」
「少しは落ち着いた?」
「うん……ありがとう。」
「どういたしまして。」
お礼を言うことができるぐらいには回復したらしい。
「西片君はさ、もしかしたら、環境が変わったり、人間関係が変わったりして、心が疲れてたのかも知れないね。」
「心が疲れてた……。そう……なのかな。友達なんかも気付いてたのかな。」
「ううん、たぶん、今のところ気付いてたのは私だけだと思う。」
「どうして?」
「私、西片君のリアクション見るの大好きだから。毎日西片君のこと見てるもん。」
「はぁっ!?大好きって!?毎日って!?」
突然の衝撃的な言葉に、オレは大声を出した。顔に血が上ってくるのがわかった。
「あははっ!あははははっ!その顔が見たかったの!だけど、日に日に元気がなくなっていったから、さすがにおかしいな、って心配してたんだよ。」
その顔、というのは、きっと人様に喜んで見せたい顔ではないだろう。
この話題を逸らすかのように、だけど本心から、オレは彼女にお礼を言った。
「あの……でも、ありがとう。オレ……ほんとにどうしたらいいかわからなくて……。誰にも頼れないし……。今も、高木さんには、ありがとう、以外の言葉が見つからないし……。」
「ありがとう、で充分だよ。いい顔見せたもらったしね。」
「だけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
「んー。まぁ、私もそれなりにいろいろあったしね。あとは、お隣さんのよしみだよ。」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんなの。」
「そっか。そういうもんなのか。」
そう思うと、不思議と笑いが込み上げてきた。
オレたち2人は、しばらくそこで笑いあった。
「じゃあ、帰ろっか。」
オレと高木さんは、社殿を後にし、境内に出る。
彼女の自転車はその境内に停めてあった。
「今日は本当にありがとう。たまたまだけど、会えて本当によかった。」
「どういたしまして。でも、きっと問題の根っこの部分は解決してないだろうからね。それは時間が解決してくれるかも知れないし、解決してくれないかも知れないし。西片君が努力しないといけないこともあるかも知れないし。もしかしたら病院とかに行くことも必要かも知れないし。」
「それは……まぁ……。そうだね……。」
病院、か……。考えたこともなかったな……。
「まぁ、でもまた苦しくなったら、。」
自転車を押しながら前を向いていた彼女が、突然オレの顔を見る。
「その時は、また2人であそこに行けばいいよ。」
「あ……うん……。ありがとう……。」
「あははは!もしかして照れてる?」
「照れてないよ!」
照れていた。それにしても、なんだこの人。さっきとはまるで別人だ。
「うん。あ、それはそうと、今日のことは……。」
「もちろん、誰にも言わないよ。」
なんだこの人。さっきとはまるで別人だ。まるで天使のようだ。
「オレも、高木さんにお礼するから。なんでも言ってね。」
そう言った瞬間、彼女の目の色が変わったような気がした。
「西片君。私の『なんでも』って、ほんとに『なんでも』だよ?」
「え……?え……?」
「私のために、本当に『なんでも』してくれる?」
「えっと……。それは……。その……。言葉のあやと言うかなんというか……。」
なんだこの人……。さっきとはまるで別人だ……。なんだかイヤな汗が出てきた。
「ぷっ……。あはははは!あはははははっ!西片君、ほんといいリアクションするよねー。」
「え……?あ、あー、冗談?」
オレは安心した。
「ううん。冗談じゃないよ。」
オレは不安になった。
「でもまぁ、今日はいいリアクション見せてくれたし。今回の『なんでも』は軽いのにしてあげるよ。」
オレはまた安心した。
「それじゃあさ、友達になろうよ。せっかくお隣同士なんだし。」
「え?そんなのでいいの?」
「じゃあ、どんなのがいいの?」
オレはこの時、先ほどの高木さんの脅し文句を思い出していた。ここで断ったら、何をさせられるかわからない。それなら友達になるぐらい安いもんだ。
「じゃあ、それで……。」
「うんうん。じゃあ、改めてよろしくね、西片君。」
こうして、オレたちは『なんでも』をその場で約束した。お互い家は同じ方向だったから、一緒に帰ることもできたけど、今日はこれ以上一緒にいるのはなんとなく気恥ずかしい。高木さんにそう伝えると、彼女は先にその場を後にした。
「じゃあ、また明日、学校でね。」
オレと高木さんは、入学式に、奇妙な、だけど少しだけ、運命的な出会いをした。それが、彼女との最初の『始まり』だった。
そして今日、オレは彼女に、オレという人間の内面をすべてさらけ出した。そして、高木さんの『なんでも』を聞くことになった。今日の出来事は、オレの運命を大きく変えるかも知れない。オレにそう思わせるような、2度目の『始まり』になった。
そして、翌日。
放課後、高木さんが席を立ち、オレに声をかけてくる。
「西片君、今日ヒマなら一緒に帰ろーよ。」
「え……?なんで?」
「なんで、って……友達だから?」
「他の人と帰ればいいじゃん!高木さん、他にも友達いるだろ!?」
「でも、西片君だって友達でしょ?」
冗談じゃない。女子と一緒に帰るなんて、とんでもなく恥ずかしい。ましてや、噂とかされるとなおさらだ。
「あ、なるほど。そういうことか。」
「な……なんだよ?」
「西片君、昨日私と二人っきりであんなことしたのに、今日は一緒に帰ってくれないんだ?」
「なっ!?ちょっと!?高木さん!そういう言い方はちょっと!」
放課後とはいえ、まだ残っている生徒は多くいる。オレの声は、そんな彼ら彼女らの視線を集める。
「ぷっ……。くっ……くくくっ……。あはははっ。西片君って、ホントいい反応するよね。もう、ほんとに……くくくっ……。」
なにが面白かったのかはわからないけど、とにかくなにかが高木さんのツボにはまったようだ。
その後、高木さんは、なにかに憑かれたようにしばらく笑っていた。
「はー、面白かった。じゃあ、そろそろ帰ろっか。」
さすがに先ほどよりは少ないものの、いまだチラチラとこちらを見る視線がある。
この状況で、いつまでもこの場にいられるほど、オレは豪胆ではない。だから。
「わかったよ。一緒に帰るよ……。」
オレは、高木さんのこの誘いに乗るしかなかった。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。