からかい上手の高木さん~Extra stories~   作:山いもごはん

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アクセスくださりありがとうございます。

本編中、浴衣の描写が出てきますが、これは高木さんDVDの4巻のジャケットをイメージして書きました。
筆者の文章力で伝わるかどうかが不安だったので、先に書いておきます。

神社については、コミックス版ではなくアニメ版の、少し規模の大きめの神社をイメージしています。

また、「神社の境内で行われるもの=縁日」らしいので、今回はお祭りではなくて縁日なのですが、西片が「夏祭り」と言っているので「祭り」で統一しています。

それでは、お楽しみいただければ幸いです。



浴衣

『な……夏祭り……一緒に行かない……?』

『うん!』

 こうして、オレが高木さんを夏祭りに誘ったのが1週間ほど前。

『明日なんだけど、7時に私の家に来てもらってもいいかな?自転車で来ても大丈夫なように置ける場所作っておくから。』

 こうして、高木さんからのメールで家までお迎えに行くことになったのが昨日の夜。

『そろそろ家を出ます。』

 こうして、高木さんにメールを送ったのがまさに今。

 時刻は夕方6時半過ぎ。日没が近づき、辺りには影が落ち始めているが、やはり暑い。

 オレは高木さんの家に向かって自転車を走らせた。

 

 高木さん。中学校ではオレの隣の席の女子で、大きな瞳と長いまつげ、薄い唇と整った顔立ちをしている。正直なところ、黙ってさえいれば、かわいらしいのではないか……と思う。

 しかし、彼女には、オレを見るとついからかってしまうという『弱点』がある。

 そのせいで、オレは登下校中や授業中、帰宅後のメールなどで昼夜を問わずいつもからかわれている。

 

 高木さんの家に着いた時には、7時少し前だった。

 多少早く着いたぐらい、どうってことはないだろう。

 オレは、高木さんの家のインターホンを鳴らした。嘘だ。鳴らす直前に、オレは一瞬戸惑い、指を止めた。

 これ……鳴らしたら誰が出てくるんだろう?

 高木さんが出てきてくれるならなんの問題もない。

 でも、もしご両親なんかが出てきたら……。

『西片と申します!高木さんにはいつも大変お世話になっています!』

 できるか?テンパらずに上手にご挨拶ができるか?しかも、上手にご挨拶できたとしても、だ。

『娘とはどういうご関係で?』

『はい!登下校中や授業中、帰宅後のメールなど、昼夜を問わずいつもからかわれています!』

 ……イヤだ。イヤすぎる。

 だからと言って、逆に。

『はじめまして、西片君。娘からいつも聞いてますよ。』

 それもイヤすぎる……。

 そうこうしているうちにも時は過ぎる。

 さすがに7時を過ぎてしまった頃には、オレも意を決してインターホンを鳴らした。

「はい?」

 よかった!この声は高木さんだ!

「あ……あの、西片ですけど……。」

「あ、西片?すぐ出るからちょっと待っててね。」

 そう言うと、すぐにインターホンが切れた気配がした。

 替わりに玄関周りが騒がしくなったかと思うと、ドアを開けて人影が現れた。

 外が薄暗く、玄関の明かりが逆光になっていたせいもあり、その人影が誰なのかが一瞬わからなかった。

 

 2日ほど前、クラスメートで大食い王の木村に今日の祭りに誘われた。その時、彼はいつものようにおにぎりを食べていた。

『西片、土曜日の祭り一緒に行かねぇ?オレ、屋台制覇するつもりだから、証人が欲しいんだよ。』

『あー、ごめん。その日はちょっと先約があるんだよね……。』

『どうせ高木さんだろ?』

『へ?』

『まぁ、せっかくのデートを邪魔しちゃ悪いしな。』

『でっ……デート!?じゃないよ!何言ってるんだよ!』

『でもよ、お前はそう思ってるかも知れないけど、向こうがどう思ってるかはわからないぞ。』

『いや!でも!実際デートとかじゃないし!』

『だから、お前の気持ちは置いといてだな。例えば向こうが浴衣で来たりしたら、まず間違いなくデートだと思ってるぞ。』

 

 高木さんは浴衣姿で現れた。その浴衣は紫色を基調とし、全体に線香花火の火花のような白い模様が舞っている。シックな色合いのその浴衣に、高木さんらしい明るい黄色の帯が映えている。さすがに下駄を履き慣れてはいないのか、少し歩きにくそうにしている。

 背中まで伸ばしている長い髪も、前髪こそいつもと同じようにおでこから左右に分けているものの、後ろの髪は頭の後ろでまとめてかんざしで留めている。

 なんだか、Tシャツにジーンズにキャップのオレとはまるで釣り合わない。

 それよりも、浴衣……ということは、これはデート!?少なくとも高木さんはデートだと思っているんですか!?

「お待たせ、西片。わざわざ来てくれてありがとね。」

「それはいいけど、なんで神社で待ち合わせにしなかったの?」

「浴衣姿、一番に西片に見てほしかったから。」

「はぁっ!?ま……また……そうやって……。オレのことからかって……。」

「別にからかってないよ?」

「えっ……?えっ?何?どういうこと?」

「浴衣姿を西片に最初に見てもらいたかったんだよ。」

「はぁああ!?なに言ってんの!?」

「西片、顔真っ赤だよ?」

「うるさいな!しょうがないだろ!?」

「あ、薄暗くて顔色なんて見えなかったよ。赤くなってたの?」

「知らないよ!」

「あはははっ!」

 ちなみに、オレたちはまだ一歩たりとも移動してはいない。高木さんの家の前でコントを繰り広げているのだ。

 家の中まで聞こえてたらイヤだなぁ……。

「ね。それで、この浴衣、どう思う?」

「えっ?」

「浴衣、どう思う?」

「え……っと……。い……いいんじゃないかな……?浴衣は……。」

「じゃあさ。この浴衣、私に似合ってる?」

「そ……それは……その……。似合ってるか似合ってないかっていうと……に……似合ってる……と、思う……かな……?」

 オレのその言葉を聞くと、高木さんは嬉しそうに笑いながら言った。

「よかった。やっぱり、西片に一番に見てもらってよかった。」

 そろそろ、日が沈もうとしていた。

 

「まあ、いつまでも西片をからかってても埒が開かないからそろそろ行こうよ。」 

 ものすごく理不尽なセリフを浴びつつも、オレは高木家に自転車を置かせてもらい、高木さんと二人で歩いて神社へ向かっていた。

 目的の神社は、オレと高木さんの通学路の途中にある。慣れた道を二人で歩いていると、高木さんが話しかけてきた。

「ね、西片。」

「ん?なに?」

「手つないで歩こっか。」

 はぁああ!?この人いきなり何言い出してんの!?

「はぁああ!?いきなり何言い出してんの!?」

 思いがそのまま言葉になった。

「あはははは!そんなに大声出さなくてもいいのに。」

「う……。大声も出すよ……。いっつもそうやってからかって……。」

 すると、高木さんは突然オレの2~3歩前に出て、後ろ向きに歩き始めた。そして、後ろで手を組んで前のめりになり、上目遣いにニヤニヤと笑いながら言う。

「えー?もしかして照れてるの?私は本気だよ?」

 この人ほんと何言ってんの!?

 なんだかもう、驚きと恥ずかしさで言葉が出ない。

「も……もう……ほんと、何言ってるんだよ……。」

「西片、今たぶん顔真っ赤だね。暗くてよかったね。」

「う……うるさい!」

「あはははは!でもね、手つなぐ理由はちゃんとあるんだよ。しかも二つも。」

「え……理由?」

 手をつなぐ気などさらさらなかったけど、理由がちゃんとあるというのなら聞いてみたい。

「まず1つ、お祭り会場は人が多いので、はぐれないようにするため。」

「それは!オレが!はぐれないようにするから!大丈夫!」

「ほんとかなー?西片、可愛い女の子がいたらすぐに付いて行っちゃうんじゃないの?」

「行かないって!ってか高木さんの中のオレのキャラってそんなの!?」

「あー、そっかー。付いて行くんじゃなくて、口説くんだよね。『100%片想い』。」

「ちょっ!高木さん!」

『100%片想い』とはオレの愛読する少女マンガだ。主人公のキュン子に対してイケメンのイケ男がイケメンテクでアプローチをかけるという内容だ。オレは、男子なのに少女マンガを読んでいることが恥ずかしくて、周りには読者であることを隠している。なのに高木さんにはバレている。だから、外ではそのことは言わないよう、高木さんにお願いしている。

「付いても行かないし口説きもしないよ……。」

「ふーん。じゃあそれって、はぐれないようにずっと私のこと見ててくれるってこと?」

「た……確かにそういうことになるけど……。そういう言い方するとなんか……。」

「意味が同じならどういう言い方してもいいでしょ?」

 なんだかものすごく根本的なところを指摘されたような気がする。

「ま……まあそれはそれとして、2つ目は?」

「ほら、私今日下駄でしょ?履き慣れてなくて、転んだりしたら危ないから。」

「それが2つ目?」

「そう。」

 なるほど……。確かに一理ある。しかし、手をつながずに済むなら、オレは鬼にも悪魔にもなる……!そう、嘘も方便!

「それは……。じゃあ、転びそうになったりしたら、その時にはオレが助けてあげるから!」

 オレ、嘘下手だなぁ……。

「ふーん。西片が助けてくれるんだ?まあ、せいぜい期待してるよ。」

 うん、これは……嘘だって完璧にバレてるな……。

 

「西片はお祭りとかよく行くの?」

「うーん、自分から積極的に行くことってあんまりないかな。友達とかに誘われたら行くけど。」

「へえー。そうなんだ。男子ってみんなお祭りが好きなのかと思ってたよ。」

「まあ、確かにね。オレも、結局友達に誘われて、なんだかんだで毎年行ってるし。」

「あー、なんだか西片っぽいね。」

「それ、よく言うけどどういう意味なんだよ……。」

「まあまあ。気にしない気にしない。じゃあ、積極的にお祭りに行くのって珍しいの?」

「そうだね。小学校中学年ぐらいからはそうだった気がする。」

「ふーん。じゃあ、今日は珍しく積極的にお祭りに行くんだ?それも、女の子誘って。」

「う……。そうだけど、そういう言い方するとなんか……。」

「意味が同じならどういう言い方してもいいでしょ?」

 なんだろう、この既視感。

「ありがとね、誘ってくれて。嬉しかったよ。」

「う……うん……。」

 こういう時の高木さんは、本当に嬉しそうな顔をする。

「ところで西片は、お祭りに行くと外せない食べ物ってある?」

 よかった、話題が変わった。

「オレはりんご飴かな。なんか、そんなに美味しくない気がするのに、つい買って食べちゃうんだよね。」

「へー、りんご飴。私は食べたことないなー。オススメ?」

「ううん、自分では食べるけど、人にはあんまりオススメできないかな。高木さんは?」

「私はね、焼きとうもろこし。なんだけど、上手に食べないと歯に挟まっちゃうんだよねー。だから外ではあんまり食べないの。そうなると、次点のかき氷かな。」

「かき氷も定番だよね。いろんな味があるしさ。」

「でもあれ、ほんとは全部同じ味らしいよ?シロップの色が違うだけで。」

「えぇっ!?本当!?」

「私も実際に食べ比べたわけじゃないけど、テレビでやってたよ。」

「だ……騙されてた……。レモンがレモンじゃなかったなんて……。」

「あはは、レモン派なんだ。」

 そんな会話をしながら歩いているうちに、神社が見えてきた。

 

 神社が近づくと、屋台の明かりが見えてきた。それは神社の中だけでなく、そこからあぶれたように、その外側に面した道にまで並んでいた。

 オレは高木さんの顔を見た。

「さぁて、高木さん。まずはなにから勝負するかい?」

「西片。まずはお参りからだよ。」

「あ……はい……。」

 高木さんにたしなめられ、オレは少し恥ずかしくなる。自分がまるで子どものように思えたからだ。

 オレたちは神社の本殿の前まで行く。本殿に向かって右側の辺りには、運動会なんかで使う白いテントが設置してあり、『事務所』と書かれた紙が貼ってある。

 ちなみにここの神社は、オレと高木さんの帰り道の途中にあることもあって、だべったり雨宿りに使ったりとかなり罰当たりなことをしている。

 屋台の辺りは賑わっていたが、参拝している人は少なかった。

 お賽銭箱にお賽銭を入れ、二礼二拍手一礼……だったはず。と思ったら、お賽銭箱の横に書いてあった。

 今年こそ、高木さんにからかわれませんように。からかわれませんように。からかわれませんように。あ、あと、普段お世話になってます。

 オレが一通りお祈りを終えても、高木さんの方はまだ終わる気配がない。オレは、高木さんのお祈りが終わるまで、彼女の横顔を盗み見ていた。長いまつ毛が弧を描いて空へ向かっている。浴衣に神社という状況も相まって、彼女はとても美しく見えた。

 途端に高木さんが目を開けた。彼女の顔をこっそり見ていたオレとしては、気付かれていないかと動揺した。

「ごめんね西片。お待たせしました。」

「あ……ううん、大丈夫だよ。」

 どうやら、気付かれてはいなかったようだ。

「随分長くお祈りしてたけど、なにお願いしてたの?」

「気になる?」

「なっ……ならない……けど……。なんとなく?」

「女の子にお願い事聞くなんて、失礼じゃない?」

「ええっ!?いや!そうじゃなくて!そうじゃなくてだね!」

「あはははっ。もー、西片焦りすぎでしょ。別に、私はお願いなんてしてないよ。」

「え……?してない……の……?」

「うん。いつもお邪魔してます、っていうのと、今日はお邪魔します、っていうの。だから、お参りとかお祈りとかっていうよりも、お礼とかご挨拶かな?やっぱり神様の敷地だしね。」

「その割にはいつも結構ぞんざいに扱ってるような気がするけど……。」

「だからこそ、いつもの分、今日ご挨拶しておくんだよ。」

「信心深いのか合理的なのかどっちなのさ……。」

「あはははっ。気にしない気にしない。まあ、しないよりはいいでしょ。」

「確かにそうだけど……。」

 オレは、どうにも腑に落ちない気持ちを抱えながら、お賽銭箱の前を離れた。

 

「それで?勝負するんだっけ?」

「そう!勝負に適した屋台がこれだけあるんだよ!?やらない手はないよ!」

「なんだかテンション上がってるなぁ……。まあ、いいけど。ルールはどうするの?」

「それぞれの屋台で勝負して、最終的に勝利数が多い方が勝ち、なんていうのは?」

「うん、いいよ。勝者の権利はどうするの?」

「1つだけなんでも言うことを聞く……っていうのは?」

 その瞬間、明らかに高木さんの雰囲気が変わった。

「ふーん。『なんでも』、ね。随分強気だね。私はそれでいいけど、西片はいいの?」

「もちろん。自分で言ったことだからね。」

「ちゃんと聞いたからね。じゃあ、なにから行く?」

「そうだねぇ。やっぱり、まずは定番の金魚すくいでしょ。」

 

 金魚すくいの屋台には、2人の小さな子どもがいた。

 とは言え、金魚すくいのプールは、オレたち2人が加わったところでお互いに邪魔にはならないような大きさだった。

 くっ……くくくっ……。

 ハーッハッハッハ!高木さん!見事に引っかかったね!オレはこの1週間、ありとあらゆる屋台のゲームについてイメージトレーニングしていたのさ!なんなら道具を手作りして実際に練習してきたのさ!

 そんなオレに勝てるかい?高木さん。勝てないよね!?とうとうオレが勝利するときがきたんだよ!

「金魚すくいのルールは?」

「シンプルに、紙が破れるまでにすくった数が多い方が勝ちでいいんじゃないかな?」

「うん、わかったよ。」

 甘い……甘いよ高木さん……。先にオレの力を見せ付けて、心を折ってあげよう。

「じゃあ、先にいかせてもらおうかな。」

「お。がんばれー。」

 オレの応援をしている余裕があるのかな?高木さん、君はなんて愚かなんだ。

「…………。」

「ねえ、西片。」

「…………。」

「あれすくってよ。あの赤と黒のやつ。」

「…………。」

「あの一番大きなやつでもいいよ。」

「ちょっと高木さん!集中してるんだから邪魔しないでよ!」

「あはははっ!ごめんごめん。」

「絶対に悪いと思ってないよね……。」

 高木さんを黙らせたオレは再度集中し、心眼で金魚の姿を捉える。

 ……ここだっ!

 そうして、オレのポイの紙が破れた時。

「はははっ!どうだい高木さん!オレの記録は3匹だよ!」

 イメージトレーニングでは2匹だったのだ。この上ない出来だ。

「じゃあ、今度は私だね。」

 高木さんが金魚プールの前に屈み込む。

 すると、高木さんの前に金魚が集まってくる。

 ……ん?あれ?

「ちょっと高木さん、1回立ってくれる?」

「え?なんで?」

 疑問を口にしながらも、高木さんは立ち上がる。

 すると、金魚は思い思いの方向へ泳いでいく。

「えっと……じゃあ、また屈んでくれる?」

「うん、いいけど……。」

 高木さんが屈み込むと、また金魚が寄ってくる。

 まあ、偶然だろう、きっと。

「西片、そろそろ始めてもいい?」

「あ、うん。ごめんね……。」

 高木さんは、目の前の金魚の群れにポイを浸け……ない。プラスチックの円周部分だけをわずかに水に浸す。

「よっ。」

 プラスチックの円周部分に金魚が乗った瞬間、高木さんは手首をくいっと捻り、金魚を跳ね上げ、ボウルでキャッチした。

「はぁ!?」

 目の前で繰り広げられている光景が信じられず、オレは大声を出してしまった。

「よっ。とっ。ほっ。」

 そんな神業を、高木さんは苦もなさそうに連発する。

「あー、破れちゃった。残念。10匹までは数えてたんだけどね。」

 すると、高木さんは屈んだままでオレに尋ねてきた。

「ね、西片。どうだった?」

 オレは感動のあまり、勝負も忘れて正直に答えた。

「すごいよ!あんなの見たことないよ!神業だよ!」

「あはは、ありがと。金魚すくいには自信あるんだ。」

 高木さんは、オレを見上げながら嬉しそうに笑う。

 今日、最初に会った時にはなんとも思わなかったのに。高木さんの浴衣姿。普段は見えない白いうなじ。そしてなによりも、上目遣いにオレを見上げて向けてくる笑顔。

 不覚にも、オレは高木さんのことを、かわいいと思ってしまった。綺麗だと思ってしまった。もしも、高木さんがオレのことをからかってこなかったら、オレは高木さんのことを……。

「ところで、西片は何匹だっけ?」

 オレが高木さんに見とれていたところを、彼女は急に現実に引き戻す。しかも、結構なドS発言だ。

「3匹……だよ……。」

「じゃあ、金魚すくいは私の勝ちだね。」

 高木さんは、ニヤニヤとオレの顔を見ながら言った。この時には、つい先ほど高木さんに抱いた気持ちはすでに霧散していた。

「おじさん、こんなに金魚飼えないから返しとくね。」

 高木さんがプールに金魚を戻しているのに合わせて、オレもこっそりと3匹の金魚を返したのだった。

 

 射的。

 5発の弾を交互に撃って、なるべく多くの景品をゲットした方が勝ち。また、景品の大きさ次第ではボーナス点もある。協議の結果、そんなルールになった。

 オレの狙いは、最上段の真ん中に陳列してある、『将棋』と書かれた将棋の駒のようななにか。普通、『王将』って書いてあるんじゃないだろうか……。

 とにかく、それを取れば、他の小兵をチマチマと狙うよりも、ボーナス点も含めて文句なしの勝利になるはずだ。

 金魚すくいに続き、今回もオレが先手だった。

「とうっ!」

 オレが撃った弾は、将棋の駒とその左隣の景品の間に飛んでいった。

「ふーん。西片、将棋狙い?」

「まぁね。あれを取れば、さすがに高木さんも苦しくなるだろ?」

「じゃあ、ルール変更しようよ。将棋を取った方が勝ち。弾を使い切ったら引き分け。もちろん西片さえよければ、だけど。」

 高木さんの手番の前のルール変更。普通ならオレの方が不利になるところだけど、オレはもともと将棋狙いだったんだから、目くじら立てて反対するようなことじゃない。

「いいよ。どうせオレは将棋狙いだったんだし。」

「ありがと。お礼に手加減してあげようか?」

「そんな余裕ぶってていいのかな?とりあえず一発撃ってみなよ。」

 オレがそう言うと、高木さんは弾を撃つ。それは、大きく左上に外れていった。

「アーッハッハッハ!高木さん本気かい!?そんなのでオレに勝とうとしていたのかい?笑い話にもならないよ!」

「いいから。次、西片の番だよ。」

 高木さんが少し悔しそうにしている。お祭りって楽しいものなんだなぁ……。

 そして、オレの2発目は先ほどよりもさらに左へ逸れ、将棋からは遠のいていった。

 一方の高木さんの2発目は、先ほどとは真逆の、右下へ大きく逸れていった。

「おやおや。どうしたんだい?高木さん。もしかして手加減してくれてるのかい?だったらその必要はないよ?だから本気でおいでよ。それともそれが本気なのかな?アーッハッハッハ!」

「…………。」

 オレの挑発のせいで、高木さんは黙りこくってしまった。こんな高木さんを見るのは初めてだ。最っ高にハイってやつだ!だけど、もしかしたらオレの態度に少し腹を立てているかも知れない。次はちょっと優しくしてあげよう。

 そしてオレの3発目。今度は将棋よりも右に飛んでいった。さっきまでは左に飛んでいたのに、なぜ今度は逆に飛んで行くのか。きっと、高木さんも同じように、ちゃんと狙ったのに反対に飛んでいったんだろう。散々ののしったことを、今になって後悔し始めた。

 そして、高木さんの3発目。

 それはなんと……将棋の中心のてっぺんに直撃した……!

 オレは、驚きのあまり言葉も出ない。

「ぷっ……。」

 一方、高木さんは……。

「くくっ……あはっ!あはははっ!あははははっ!」

「え……なに……?」

「あはははっ!もー、涙出てきちゃったや。西片、大喜びしちゃって……。ぷぷっ……くくくっ……。」

 その言葉にウソはないらしい。高木さんは、涙をぬぐいながら、笑いをこらえては我慢ができなくなる、ということを繰り返している。

「え……?だって、大外れだったじゃん……。」

「あー、あれはね、銃のクセを見てたんだよ。そのためには、どうしても2発は必要になっちゃうからさ。」

「なんなのさ……そのスナイパーみたいな特技……。」

「まあ、私の特技はいいとしてさ。あの将棋、かなり手強いね。てっぺんに当てたのに。」

 普通、中心のてっぺんに当ててダメなら、屋台のおっちゃんに文句言うか諦めるところだろう。だけど、高木さんのなにかに火が点いてしまったらしい。こんな高木さんも見たことがない。

「んー。」

 物凄く考えている。と、思ったら、唐突に銃に弾を込めて発射した。

 4発目も将棋の中心てっぺんを捉えたが、前後に振れることはあっても倒れることはなかった。

「五分かなぁ……。」

 高木さんはそうつぶやき、再度狙いを確認する。ちなみにオレは3発撃ったきりなにもしていない。

 そして、高木さんの5発目。

 同じように将棋の中心てっぺんに命中するも、やはり同じように前後に振れるだけだった。

 高木さんでも無理だったか……。とオレが諦めかけたとき、なんと将棋の上から弾が降ってきた!

「跳弾!?」

 その弾は、バランスを崩していた将棋を、頂点から撃ちつけた。

 オレには、世界がスローモーションに見えていた。

 振れる将棋、降ってくる弾、そして……。

 将棋が倒れた時、オレの世界は再び時間の流れを取り戻していた。

「やった……!」

 高木さんが目を見開いてつぶやく。

「西片、見てた?やったよ!」

「うん!見てたよ!すごい!すごかったよ!」

「西片!手!」

「手?」

 オレは右手のひらを高木さんに向ける。

 すると、高木さんは、ぱぁんっ、と大きな音を立てて力強いハイタッチをした。

 ちなみに、将棋はオレも高木さんもいらなかったので、もらわなかった。

 

「ちょっと一休みしよっか。」

 確かに勝負の緊張感で少し疲れていたところだ。

「西片はりんご飴?」

「うん。お祭りでしか食べられないからね。」

「言われてみれば、お店で売ってるの見たことないね。」

「そうなんだよ。だから、それも含めて祭りの醍醐味なんだよ!」

「じゃあ、一口ちょうだい。」

「……え?なんで?」

「だって、普段食べられないでしょ?だから。」

「だっ……そっ……。だって、それはほら!オレが買うんだから!オレのりんご飴だよ!」

「私のかき氷少しあげるからさ。」

「かっ……かき氷もいらないから!オレはりんご飴食べて、高木さんはかき氷食べればいいじゃん!」

「ふーん?」

「なんだよ……?」

「西片、ウソついてるでしょ?」

「はぁっ!?何が!?何がウソだって言うのさ!」

「ほんとは、間接キス、って言われるのが恥ずかしいんでしょ?」

「ちっ……違うし!そんな、オレはただ単に、1人でりんご飴を全部食べたいだけで……。」

「じゃあ、りんご飴はいいからさ。私のかき氷食べてみてよ。」

「だからなんでそうなるのさ!」

「ほら、他の味とレモンが本当に同じ味かどうか確かめてみないと。あ、でも、私が買うんだから、私が先に一口食べちゃうね。」

「え……でも、それは……。」

「ウソついてないんでしょ?だったら間接キスでも恥ずかしくないよね?」

「それは……その……。あれだよ、あれ……。」

「あれってどれ?」

「それは……あの、この、あれだよ……。」

「だから、あれ、って……ぷっ……くくっ……あはっ……あはははっ!西片必死すぎて……あははは!もう……あはははっ!」

「な……なんだよ……。」

「あー、おかしい。思い出しただけでも……ぷくくっ……。」

「そんなに笑うことないだろ……。」

「西片がウソつくからいけないんだよ?」

「それは……その……。」

 ぐうの音も出ない。

「じゃあ、かき氷買ってこよっと。」

 屋台から少し離れたところで待っていると、高木さんはレモンのかき氷を買ってきた。

「高木さんもレモン派?」

「んー。まあ、味は同じだしね。」

 その後、オレはりんご飴を買い、高木さんに一口もあげることなく全部自分で食べた。

 

 ヨーヨー釣り。

 の最中に事件は起きた。

「だーかーらー!私は毎年屋台の全制覇を目標にしてるの!なんでユカリちゃんはそこのところわかんないかなー!?」

 聞いたことのある声が聞こえてきた。間違いなくクラスメートの日比野ミナさんの声だろう。その声は、騒がしい祭りの中にあってもよく響く。

 ということは、仲のいい天川さんと月本さんも一緒にいることだろう。天川さんは、オレと高木さんが付き合っていると思い込んでいる。そんな人に今の状況を見られれば、確実に勘違いされてしまうだろう。

「高木さん……ちょっとあっちに行かない?」

「なんで?勝負の途中だよ?」

「まぁほら、いいからいいから。」

 そう言って日比野さんの声から高木さんを無理やり遠ざけようとした時、その先には、別の見知った顔があった。

 それは、クラスメートの中井君と真野さんだった。

 どうやら向こうはこちらには気付いていない様子だ。中井君は背が高いので、人混みの中でも目に付いたのだ。

 ちなみに、あの2人は付き合っているけれど、それは公然の秘密らしい。2人でお祭りに来ているのだから、今更隠すこともないと思うんだけど。

 ちなみに、中井君は、オレが高木さんのことを好きなんだと勘違いしている。そんな人に今の状況を見られれば、こちらも確実に勘違いされてしまうだろう。

 などと解説している場合じゃない。前門、後門と挟まれ、絶体絶命の状況。ともあれ、両方ともこちらが先に気付いたのは幸運だった。しかし、迷っている時間はない。

「高木さん!こっち!」

 オレは訝しげにしている高木さんの手首をつかみ、ダッシュでその場を離れた。

 とりあえず、2組から隠れなくてはならない。オレには、身の隠し場所の心当たりがあった。

 この神社の本殿は、左右後ろの三方を生垣で囲まれている。また、本殿と生垣の間は2メートルほどしかない。夜にここに来たことはないけど、そこの奥に入ってしまえば、祭りの明かりも届かず、オレたちの姿も見えなくなるに違いない。

 オレは高木さんの手首をつかんだまま走り、本殿の左側に向かって飛び込んだ。

「はぁ……西片……急に……はぁ……どうしたの……。」

 高木さんが息切れしている。スニーカーのオレに合わせて下駄で走ったんだから無理もない。

「その、ここの素材が急に気になってさ。いやぁ、さすがにいい素材使ってるよね。」

「ふーん。私はまたてっきり、こんな暗がりに強引に連れ込まれたからさ。キスでもするつもりなのかと思ったよ。」

「きっ……!き……き……!?し……しないよ……。き……キス……なんて……。」

「じゃあ、どうしてこんなところに連れ込んだのかな?」

「それは……ちょっと都合が悪い事態が……。」

「都合が悪い事態、ね。」

「そう……そうなんだよ!」

「じゃあ、その事態はいったん置いといてさ。この暗がりで、もしも、私が、キスしようよ、って言ったら、西片は、どうする?」

 一言ずつ、確認するように、ゆっくりと話しかけてくる。

「キスしたい、って言ったら?」

 え?え?高木さんは何を言ってるの?言っていることに頭がついていかない。オレは、精一杯の思考力と気力を絞り出して言った。

「そ……そういうのは、気軽にしちゃ、駄目なんだよ……。付き合ってたり、恋人同士じゃないと……。」

「じゃあ、気軽じゃなかったらいいんだよね?私たちが付き合ってたら、西片は、手つないだり、キスしたりしてくれるの?」

 もう、オレの頭の中は真っ白、パンク寸前だ。

「ね、私たち、付き合っちゃおうか?」

 それから、どれほどの時間が経ったのか。祭りの喧騒と、自分の心臓の鼓動だけが聞こえてくる。

「ぷっ……。」

「……え?」

「あはっ!あはははっ!あははははっ!」

 高木さんは唐突に大笑いを始めた。

「もー、西片、焦りすぎだよ。一生懸命言い訳しちゃって……。かと思えば黙っちゃって!あはははっ!」

 あー、そういう。つまり、またオレをからかってたわけだ。

「そうやっていつもオレのことからかってさ。もしオレが本当に……その……キス、してたらどうするのさ?」

「どうだろうねー?もう1回って言うかな。」

 よく聞こえなかった気がするけど、たぶん、絶交だ、とか、なんなら、惨殺だ、的なことを言ったんだろう。

「大丈夫。真野ちゃんたちもミナちゃんたちもいないみたいだよ。」

「あ……そう……。ありがとう……。」

 高木さんは外に背を向けていたのに、どうしてわかったんだろうう……。

 そもそも、地元で行われる祭りなんて数少ないんだから、知り合いに会うことも当然考えておくべきだった。なのに、自分から高木さんを誘ったという照れくささと、祭りの非日常感に気を奪われ、考えもしなかった。まったく、アホだとしかいいようがない。

 とはいえ、高木さんが安全だと言うのなら安全なんだろう。オレは高木さんと一緒に暗がりから出ようとした。

「あ……ごめん、西片。ちょっと……待ってくれる?」

「ん?なに?」

「その……ちょっと、ね……。」

 高木さんにしては珍しく歯切れが悪い。

「もしかして、どこか痛いとか?」

「うん……。その……ちょっと……。」

「どこ?」

「その……左足……。」

「左足……って、もしかして、さっき捻ったの?」

 さっき、というのはもちろん、オレが高木さんを引っ張ってダッシュした時だ。

「まあ、ちょっと休めば大丈夫だよ。我慢できると思ってたんだけど……。迷惑かけてごめんね。」

「そんなわけないだろ!大体、オレが急にダッシュしたのが原因なんだから……。」

「まあ、そうかも、知れないけど……。」

「そうかも、じゃなくて……!とにかく、気付けなくてごめん。ほんとに……。」

「ううん。大丈夫だから。ほら、事務所があったでしょ?あそこならたぶん手当てしてもらえるから。」

 そういえば、本殿に向かって右側の辺りに事務所があった。ここからならすぐ近くだ。

「歩けそう?」

「うん、あそこぐらいまでなら、ゆっくり歩けば大丈夫。」

「そっか。じゃあ、行こう。」

 高木さんは、少し足を引きずり気味に歩いている。

 本当に痛いのだろう、高木さんらしくない弱気な声で話しかけてきた。

「ごめん、ちょっと肩貸してもらってもいい?」

「う……うん、いいよ……。」

 そう言うと、高木さんはオレの右肩に手を置いて、再びゆっくりと歩き始めた。

 肩貸して、って言うから、てっきり肩を組んで歩くのかと思った……。

 高木さんには悪いけど、オレは少しほっとしつつ、高木さんをかばうように同じ速さでゆっくりと歩き始めた。

 

 やはり浴衣を着慣れておらず、下駄で足を捻る人が多いのだろう。事務所では手際よく応急処置をしてくれた。

 高木さんは、少し痛みが引くまで、事務所に用意してあるパイプ椅子に腰掛けていた。オレも、なんとなくその隣に座った。

 この事務所は迷子センターにもなっているらしい。高木さんは、迷子のきょうだいと思しき、泣いている女の子と、それをなだめている男の子を見ていた。

「あのきょうだい、気になる?」

 しかし、高木さんはその質問には答えなかった。

「あのね、西片。私、子どもの頃に、ここの神様と会ったことがあるんだよ。」

 高木さんは、唐突にファンタジックなことを言い始めた。だけど、その様子は、からかっている風でも、頭がおかしくなった風でもなく、冗談を言っている風でもない。

「冗談を言っている風でもないでしょ?」

 考えていることを読まれてしまった。高木さんは、こうしてちょくちょくオレの心を読んでくる。

「とは言っても、私も小さかったし、はっきり覚えてるわけじゃないんだけどね。だから、大きくなるにつれて、本当は神様じゃなかったんだろうな、って思うようにしたの。サンタさんと同じ感じかな。私自身が信じてないんだから、他の人に話したところで、誰にも信じてもらえないだろうなって。だから、自分だけの思い出にしようって、そう決めたんだ。」

 オレは、高木さんの言葉から耳を離せなかった。その声は、少し悲しいような、切ないような響きを含んでいた。

 それからしばらくの間、オレたちは迷子の子どもたちを見ていた。

「ね、西片。」

「ん?何?」

「よかったら、聞いてくれる?」

「え……でも……。」

『自分だけの思い出』。そう言っていた。

「西片には聞いてほしいんだ。って言っても、そんな面白い話じゃないんだけどね。」

「その……オレが聞いてもいいの?」

「西片だから聞いてほしいんだよ。」

 急に顔が熱くなった。ということは。

「あははは。顔赤くなってるよー。」

「なんとなく自分でも気付いてたよ……。」

 高木さんは一息ついて、訥々と話し始めた。

「ほんとに大したことじゃないんだけどさ。小さい頃、4歳ぐらいだと思うんだけど、お父さんにここのお祭りに連れてきてもらったんだ。」

 高木さんの声は、先ほどの悲壮感とは違い、懐かしんでいるように聞こえた。

「それでね、私、はしゃいで、好き勝手走り回って。それで、気付いたらお父さんとはぐれて迷子になっちゃってて。そのことに気付いてふと周りを見たら、知らない大人の人ばっかりで、急に怖くなっちゃったんだ。」

 オレは、言葉を挟まずにただ相槌を打っていた。

「それで、どこかに隠れなきゃ、って思って、本殿の横に隠れたの。さっき西片が私を連れ込んだところにね。」

「あ……あれは別に連れ込んだわけでは……。」

「あははっ。わかってるよ。でも、どうして、隠れなきゃいけない、って思ったのかはわからないけど、まあ、子どもの考えることだからね。とにかく、ずっとそこに隠れて1人で泣いてたんだ。ずっと、って言っても、子どもの感覚だから、5分とか10分とか、それぐらいだと思うんだけど。そしたらね、同じ年ぐらいの男の子が急に私のところに来たの。その子が神様だと思ってるんだ。」

「その、小さな男の子が?」

「うん。私が隠れてるところに来てね。『行こう』って言って、手をつないでくれて、ここまで連れて来てくれたの。それで、ここに来たらお父さんがいて。私、お父さんに泣きついたの。もう、わんわん泣いちゃって。それで、落ち着いたら、その子にお礼言わないといけないって思い出して。今度はお父さんからはぐれないようにしながら見える範囲を捜したんだけど、結局見つからなかったの。それで、この神社の神様が、子どもの姿になって、私を助けに来てくれたんだ、って思ってるんだ。子どもっぽいでしょ?」

 そこまで話すと、高木さんは一息ついた。話はもう終わり、ということらしい。

「じゃあ、あの子たちもその神様にここまで連れて来てもらったのかもね。」

 オレがそう言うと、高木さんは突然目を大きく見開いて、オレの顔を見た。

「……え?」

「『……え?』って?」

「さっきの話、信じてくれるの?」

「え!?ウソなの!?」

「ウソじゃないよ!ウソじゃないけど、でも……。」

「だって、高木さんは信じてるんでしょ?だからお祈りも一生懸命してたんでしょ?」

「うん……。」

 高木さんの声は、少し震えていた。

「信じないようにしてたけど……少しさびしかったけど……ほんとは、今でもしんじてる……。」

「じゃあ、それでいいじゃん。神様はきっといる。それで、高木さんを助けてくれた。それでいいじゃん。」

「うん……そうだよね……。ありがとう……。なんだか西片がかっこいい……。」

 高木さんはハンカチを取り出し、顔を覆いながら、誉めるようにけなしてくる。もしかしたら照れ隠しなのかも知れない。

「そんな、いつもかっこ悪いみたいな……。」

「西片、抱きついてもいい?」

「え……っと、ダメ。」

「あはは。そうだよね。ありがとう。」

「足、もう少し休めて行く?」

「うん……そうする……。」

 ハンカチで顔を隠して言う高木さんの声は、薄い涙に覆われていた。

 

「ごめんね、西片。おまたせしました。」

 目は赤くなっているものの、声はいつも通りのようだ。

「ううん、別に大丈夫だよ。」

「うん、ありがと。」

「だから、大丈夫だって。」

「あはは、そういうとこだよ。」

 さっぱり意味がわからない。とりあえず、いつもの調子が戻ってきたことは間違いないだろう。

「それで、どうする?まだ何か勝負する?」

「いやいや!何考えてんのさ!もう帰ろうよ!」

「そうだね。じゃあ、今日は西片の全敗だね。今日も、かな?」

「うっ……そう……だね……。」

「今日の罰ゲームは『なんでもする』だからなー。何してもらおうかなー。」

 調子が戻ってきた、どころの騒ぎじゃない。完全復活だ。

「まあ……とりあえず、神社からは出ようよ。」

「そうだね。そうしないと、また暗がりに連れ込まれちゃうもんね。」

「だからあれは!そうじゃなくて!」

 いつものような会話をしながら、オレたちは神社を後にする。

 

 神社を出ると、忘れていた夜の暗さが辺りを覆っていた。月はなく、よく晴れているようで、星が綺麗に見えた。

 オレたちは他愛もない話をしながら、ゆっくりと歩いていた。

 「あ、西片。罰ゲーム決めたよ。」

 ここに来ての罰ゲーム発言。嫌な予感しかしない。もっとも、罰ゲームと言われていい予感がしたことがないけど。

「えっと……何?罰ゲーム。」

「キスしてよ。」

「は……はぁ!?何言ってんの!?そんなのできるわけないだろ!?さっきも言ったじゃん!」

「じゃあ、私のファーストキスもらってよ。」

「ふぁ……ファースト……ってそうじゃなくて!言ってること同じじゃん!とにかく!その……キス、とか、そんなのできるわけないじゃん……。」

「でも、簡単に出来ることしたって罰ゲームにならないでしょ?」

 うん、それはもっともだ。

 いやいやいや!納得してる場合じゃない!

「目つぶってた方がいい?開けてる方がいい?」

「ちょっと!勝手に話進めないでよ!」

「えー?ちゃんと確認してるでしょ?じゃあ、恥ずかしいからつぶってるね。」

「だから!勝手に話進めないでよ!」

「あ、その使い方は正解だよ。」

「そうじゃなくて!」

「じゃ、ここだから。間違えちゃだめだよ?」

 彼女は、下唇を指さしたあと、顔を少し近づけ、目を閉じる。いわゆるキス顔などではなく、普段の表情から目を閉じただけだ。それが、逆に色気を醸し出している。

 なんて考えてる場合じゃない。どうする?どうする?

 オレが考えあぐねていると、ふと高木さんが目を開けた。至近距離で彼女と目が合う。

「やっぱりやーめた。」

「え?」

 助かった。助かったけど。

「な……なんで?」

「だって、さっきも言ったけど、私とのキスが罰ゲームってことは、私とキスしたくないってことでしょ?それなのにキスしたって、嬉しくないもん。」

「いや……別にしたくないわけでは……。」

「んー?あれあれー?」

 しまった。今のは完全に失言だった。

「いや、その、したくないわけではないけど、その、今ではないというか、時が来ていないというか、お祖父ちゃんの遺言というか、そういう理由で今はできないんだよ。」

「ふぅーん。なるほどねー?時が来たら、ねー?」

 納得できる理由ではないのは自分でもわかっている。けど、これで押し通すしかない。

「まあ、今日のところはそれで許してあげるよ。」

 なぜか思いの外あっさりと引いてくれた。オレは、安心しながら、再び帰り道を歩き始めた。

 よかった……本当によかった……。あの状況があれ以上長引いていたら、いくらオレでも……。

 ふと見ると、高木さんは、変わらず足をかばいながら歩いている。捻挫したのだ。いくら応急処置をされたからって、痛くないわけがない。

 高木さんが元気に振る舞っていてくれたから、オレはつい、ケガのことを忘れていた。オレのせいで高木さんはケガをしたのに、それをオレが忘れるなんて、最低だ。

 せっかくの祭りの日なのに、高木さんにはケガをした思い出で終わってほしくない。最後は楽しい思い出で終わってほしい。

 オレはその方法を知っている。自惚れではなく、きっとオレにしかできない、高木さんが喜んでくれる方法が。あとは、オレが一歩踏み出すだけだ。

 オレは、大きく深呼吸をする。何度も、何度も。そして意を決して息と一緒に声を押し出す。

「た……高木さん?」

「ん?なに?」

「その……て……。」

「うん?」

「手、つないで……帰らない……?」

 オレの最大限の勇気を振り絞って言った言葉は、夜の闇に溶けた。それでも、高木さんの耳には届いているはずだ。

「えっと、それが罰ゲーム?」

「そうじゃなくて……その……オレがつなぎたいというか……。いや!その!これはその……約束だから!転んだら助けるって約束したのに、だから手つながなかったのに、逆にオレのせいでケガさせちゃって!イヤな気分で帰ってほしくなかったから!だからこれは、恋人同士とか付き合ってるとかそういうんじゃなくて!その!約束!約束を守れなかったから!手つないだら歩くのも少しは楽になると思うし!」

 高木さんは表情を変えずにしばらくこちらを見ていたが、急に笑い始めた。

「あはははっ!あははははっ!はー、西片、必死すぎでしょ。」

 続けて、こうつぶやいた。

「もう……本当に、西片は西片だなぁ……。」

「だから、ほんとにそれ、どういう意味なのさ……。」

「ん?そのままの意味だよ。西片は、西片だなって。」

 この件に関しては、もう考えるのはよそう……。こちらが混乱するだけだ。

「じゃあ、手、つないでもらってもいい?」

 突然そう言われ、途端にものすごく恥ずかしくなってきた。しかし今更後には引けない。

「じゃあ……はい。よ……よろしく……。」

 オレは右手を。

「こちらこそ。」

 高木さんは左手を差し出す。

 夏の夜の暗闇は、他の季節のそれよりも、少し明るく感じられる。いつもの通学路を、そんな暗闇と、外灯が照らしている。夜の通学路を2人で歩くのは、これが始めてだった。




最後までお付き合いくださりありがとうございました。

それにしても、ミナはかわいいですね。キャラが勝手に動くので書いていて楽しいです。
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