からかい上手の高木さん~Extra stories~   作:山いもごはん

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アクセスくださりありがとうございます。
最後まで楽しんでいただければ幸いです。

※物語を動かす上で、コミックス版ではクラスの違う北条さんをアニメ版にならって同じクラスにしています。その割にセリフはほとんどありません。あしからず。


※1/5追記
足を運んでくださる方が増えてきたので、少々修正する予定です。



文化祭

「アンケートと賛成票の結果、うちのクラスではクイズラリーを実施することに決定しました。」

 学級委員長の天川さんが教壇に立って言う。彼女はメガネをかけていることもあり、クラスの中では誰よりも委員長然とした委員長だ。

 10月中旬の放課後。オレたち1年2組の生徒は、11月に開催される文化祭の出し物についてクラス会議を行っていた。

 なお、うちの学校の文化祭は、毎年土日の2日間にかけて行われる。

 天川さんの報告について、クラスメートからは特に不満が出ることもなく、比較的すんなりとこの企画が通った。

「それでは、私が大まかに内容をまとめておきますので、明後日の放課後に再び会議を行いたいと思います。では、今日はここまでです。皆さんお疲れ様でした。」

 天川さんの声を皮切りに、帰宅する者、クラブ活動に出る者など、めいめいに席を立つ。

 それは、オレも、オレの隣の席の高木さんも同じだった。

「ね、西片。一緒に帰らない?」

 

 高木さん。長い髪をおでこの真ん中で左右に分けた髪型が印象的で、大きな瞳に長いまつげ、薄い唇などが相まって、黙っていればかなりの美少女に見えるだろう。

 だろう、と言うのは、彼女には、オレを見るとついからかってしまうという『弱点』があり、登下校中や授業中、家に帰ってからのメールなど、文字通り昼夜を問わず彼女にからかわれている。いつかは反撃を……と強く誓ってはいるものの、いまだ果たせないでいる。

 

「文化祭、楽しみだねー。」

 今日もよく晴れている、その帰り道。オレと歩幅を合わせるために自転車を押しながら高木さんが言う。

「楽しみ……なのかなあ……。小学校の発表会とかと何が違うんだろう。」

「なんでも、出し物のために学校からお金が出たりするらしいよ。だから規模がそもそも違うみたい。」

「そうなんだ。でも、楽しみか、って言われると、なんかそこまででも……。」

「西片、小学校の発表会でイヤなことでもあったの?」

「はぁ!?何言ってんの!?そんなことないよ!あるわけないよ!」

 心を読んだかのような高木さんの言葉。そして、オレの必死の否定も空しく、高木さんはニヤニヤと笑いながら言った。

「図星か。」

 はっきりとそう言った。

「例えば……クラスでやった劇で一言しかセリフがないのに、それが上手に言えなかったとか?」

「んなっ!?」

「図星か。」

 おかしい……なぜバレる……?見てたのかこの人?

「ま……まぁ、オレの小学生の時の話はいいよ。」

 オレは話題を無理やり軌道修正しようとした。

「それで……文化祭?」

 高木さんはしばらくの間ニヤニヤとオレの顔を見ていたが、仕方がないと言った表情で話題を戻した。

「うん。文化祭。うちのクラスはクイズラリーだってね。」

「具体的にどんな内容になるんだろう?」

「天川さんが言ってたでしょ。明後日の放課後に詳しく説明する、って。」

「そうだっけ?なんかその辺の話、あんまり覚えてないんだけど……。」

「だって、私がからかってたもん。」

「高木さん!大事な話してるときにからかうのはやめてよ!」

「えー?でも授業中にもからかってるでしょ。中学生にとって授業以上に大事なことってある?」

 正論だ。正論だけど。

「その授業中にからかってるのは誰だよ……。ほんとに……。」

「もー、西片はお堅いなあ……。」

「高木さんが自由すぎるの!」

「あははっ!まあでも、うちのクラスの出し物もだけど、他のクラスやクラブの出し物も気にならない?」

「それはまあ、そうかも。文化祭なんて実際に行ったことないし。」

「ほらね?楽しみでしょ?」

 

 そして、二日後の放課後。

「皆さん、今日も放課後に時間を取ってくださってありがとうございます。」

 天川さんが教壇に立って話し始める。

「まず、このクラスの出し物がクイズラリーになったことは一昨日お話したとおりです。今日はその具体的な内容などについてお話をさせていただきます。」

 立て板に水、という言葉のごとく、天川さんは流暢に説明を開始した。

 要約すると、スタンプラリーのように学校中にクイズの問題を掲示し、そこを回りクイズに答えてもらい、正答数によってささやかではあるが賞品を出す、というものだった。また、子供から大人まで楽しめるよう、3段階の難易度を設けることも説明された。

「ま……ま、また……。」

 突然。これまで流暢に話していた天川さんが、急に言い淀んだ。

「こ……この3つの難易度に加え、『カップル限定』のクイズ、なんかも、面白いんじゃないかなあ……と思います。」

 この提案に対し、教室中が途端にざわつき始めた。確かに『カップル限定』なんて、面白いけど面白くない。

 天川さんは、教壇に立ったまま軽く目を閉じ、ざわつくクラスの声が聞こえているのかどうかわからないような様子で少し上を向き、大きく深呼吸をした。

 10秒ほど経った頃だろうか。天川さんは突然目を見開き、教壇に拳を力強く叩き付けた。

 それは、教室中を静まり返らせるのに十分な一撃だった。

 そして、メガネの奥の瞳を鋭く光らせ……。

「なにか意見のある方は、挙手をお願いします。」

 先ほどの立て板に水状態とも、言い淀んでいた状態ともまったく違う、地獄の底から響くような声でそう言った。

 その威圧感に、オレも、クラス中の誰も、言葉を発することができなかった。

 魔王。そこにいたのは、まさしく魔王だった。

「はーい。」

 と、この状況を打ち破る救世主が現れた。

 クラスで一番大人っぽいと評判の北条さんが手を挙げた。

「『カップル限定』、私は面白いと思うけどな。もちろん、問題の内容はしっかり考えないといけないと思うけど。」

 お……大人っぽい……!

 おそらく、クラス全員がそう思っただろう。

「それでは、他に意見のある人はいますか!?」

 天川さんが妙に元気を取り戻した。もしかしたらイチオシの企画だったのかも知れない。

 結局、その後は誰も意見や質問、異論を出すことも、出せることもなく……。

「それでは、問題のレベルは『初級』、『中級』、『上級』、『カップル限定』の4種類とします!」

 パチパチ、とまばらな拍手が起こる。

「なお、問題の掲示場所については、昨日のうちに、ヒマそうな……もとい、集客力の少なそうなクラブにかけ合って了承を得ています。例としては、書道部、写真部、文芸部……などです。どの部も、来客が増えてくれるのなら、とおおむね好意的な印象でした。」

 天川さん……昨日1日でそんなことまでしてたのか……。なんかちょっと見る目変わるな……。

「さて、次で本日最後の連絡です。」

 天川さんがそう言うと、もう1人の学級委員がプリントを配り始める。

「今お配りしたプリントには、出し物に必要な係と担当者の名前が書いてあります。係については、受付係、問題作成係、会場設営係の3つを考えています。なお、各係の担当者については、私の個人的な見解で仮決定しています。係について都合が悪いという方や、文化部の方で別に文化祭の準備がある方などは、後ほどで結構ですので申し出てください。以上、ご意見やご質問はありますか?」

 天川さんはしばらくクラスの様子を見回し……。

「なければ、今日はこれで終了とさせていただきます。皆さん、お疲れ様でした。」

 会議の終わりを告げた。

 一昨日と同じく、その声を皮切りに、帰宅する者、クラブ活動に出る者など、めいめいに席を立つ。

 一方、オレは立ち上がろうとせず、先ほど配られたプリントをしばらく眺めていた。

 先ほど、天川さんは言った。係の分担は『個人的な見解』により決定したと。

 つまり、天川さんの見解とはこういうことなのだろう。

「ね、西片。受付係、一緒だね。」

 高木さんがオレの顔を見て、笑いながらそう言った。

 

 帰り道。今日は少し雲が出ている。しかし、雨が降るというほどではない。

 そして今日もオレは高木さんと一緒に帰っている。

 しかし、オレは高木さんとの会話も上の空で、飽きもせず先ほどのクラス会での係分担について考えていた。

 受付係とは、文化祭当日、教室内に4人が席に座って待機し、来客者の質問を受けたり回答用紙を受け取って商品を渡したり、といったことを2時間に渡って行う係だ。

 正直なところ、仕事自体はおそらく難しくはないし、2時間という時間も妥当だと思う。

 唯一気になるのは、受付係の欄に、土日とも『9時~11時:高木、月本、西片、日比野』と書いてあることだ。

 高木さんと一緒に受付係……ということは、文化祭中にも関わらずからかわれてしまうのか……。

「……西片はどう?」

「へっ?」

 急に回答を求められてしまった。しかも質問の部分はまったく聞いていない。

 後にして思えば、『質問を聞き返す』という単純なことを、オレはなぜしなかったのか……。その時のオレに聞いてみたい。しかしとにかく、その時のオレはこう考えたのだ。すなわち、こういうときは……とにかくごまかすしかない。

「ああ……ま、まあ……いいんじゃない?それで。」

 よし!我ながらカンペキなごまかし方だ!一分の隙もない!

「じゃあ、決まりだね。文化祭、一緒に回ろうね。」

「うんうん。う……ん……?」

 オレの聞き間違いでなければ。

「文化祭、一緒に回ろうね。」

 高木さんは、丁寧にも2回繰り返してくれた。

「えぇええ!?そんな話!?そんな話してた!?今!?」

「してたよー。『文化祭、私は西片と一緒に回りたいんだけど、西片はどう?』って。西片はなんだか上の空だったけど。」

 そ……そんな質問だったとは……!それにしても、オレが上の空と知りながらあえて質問してくるこの狡猾さ……。さすがは高木さんだ。そしてさらに、どうやらオレの回答は隙だらけだったようだ。

「ま……まあ、いいかな……。特に一緒に回る人もいないし……。」

「じゃあ、文化祭まで日にちあるけど、約束ね。忘れちゃダメだよ。」

 

 11月上旬。文化祭を2日後に控えた木曜日の放課後。

 今日は少し雨が降っているが、明日の午後にはやむらしい。

 我ら1年2組の出し物であるクイズラリーは、ほぼ準備が仕上がっていた。

 問題は各レベル5問ずつ完成し、教室内の設営についても図面にできるぐらいのイメージは出来上がっていた。

 後は、明日の放課後に問題の掲示などを行うだけだ。

 放課後、最後のクラス会議で、天川さんは皆を鼓舞していた。

「皆さん、これまでの準備、お疲れ様でした。この出し物は、準備さえできてしまえば、文化祭当日は比較的大きな問題もなく乗り切れると思います。一方で、受付係の皆さんには、文化祭の最中という期間に2日間で4時間も拘束してしまうのは申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします。皆さんこれまでお疲れ様でした。そして、明日の準備、クラス全員でがんばりましょう!それでは以上です。お疲れ様でした。」

 天川さんの報告……というかもはや演説を聞いて、なんとなくクラス全員が一体となったように感じた。

 

 そして、文化祭前日。

 放課後になり、慌しく会場の設営などが始まった。

 まず、教室の前の方に簡単なスタッフの休憩場所を作る。続いて教室前の黒板の左半分に『(初級・中級)』、右半分に『(上級・カップル専用)』と書き、その下に受付係の机と椅子を並べる。その机と椅子は、2組ずつを横並びにくっつけ、それを少し間をおいて並べる。次に、クラス内の廊下側に設置されている黒板に各難易度の例題を掲示し、その下へ机を4つ並べて回答用紙を置く。

 ……誰だ、この会場設営案考えたやつは。

 なぜ、教室前の黒板下の机を横並びに2つくっつけるのか。1つずつにして、各難易度を担当するのではダメなのか。

 ケチをつけながらも、オレには理由はわかっていた。

 確かに、1人で1つの難易度を担当するよりは、2人で2つの難易度を担当した方が、お互いにサポートしやすいからだ。

 そう、理由はわかっていた。それでも、オレは誰かに言ってやりたかった。言わずにはいられなかった。とはいえ、誰に言えばいいのかわからなかったから、言わないけどね。

 ではなぜケチをつけているのか。確かにオレは普段から高木さんの隣の席でからかわれているが、そこにはいつも机1つ分ぐらいの間は空いている。

 一方で、今回の受付時間中は机がくっついている分、まさに隣……。しかもお客さんがいなければやりたい放題……いや、やられたい放題だ。そしてオレの弱点であるわき腹もつつかれ放題だ。

 文化祭前日にして、脳がありとあらゆるからかいを想像し、オレは早くも気が滅入ってきた。

 そんなオレの懊悩などさておき、校舎内に問題を掲示しに行ったクラスメイトたちが帰ってきた。そこには天川さんもいる。協力してくれる文化部などに、改めて挨拶にいったのだろう。

 そして、今日も今日とて天川さんの演説が始まる。

「皆さん、お疲れ様でした!いよいよ明日から文化祭が始まります!皆さんのご協力のおかげでここまでこぎつけることができました!それでは、せっかくの文化祭です!しっかり楽しみましょう!」

 クラス中から拍手が起き、それが一段落したところで、明日に備えてか、皆早々に帰って行く。

 オレたちは受付係なので、2日間で4時間拘束されるだけだが、天川さんはあらゆる事態に対処するため、教室にいたり、掲示された問題の確認に行ったりと動き回り、自由な時間はほとんどないのだろう。それなのにあそこまで言えるというのは……さすがに立派だと思った。

「高木さん、天川さんって……すごいよね。」

「うん。自分だって思うところはいろいろあるだろうにね。」

 どうやら、同じことを考えていたらしい。

「でも、それなら。私たちががんばってサポートしてあげればいいだけだよ。」

 高木さんは、そういうことをさらっと言える。彼女も、やっぱり立派なんだと思う。

 

 その日の夜。

 夕飯を食べたオレは、高木さんからメールが来ていたことに気付いた。

『明日、お弁当作って行くからお昼の準備はしないでね。』

 ……はい?

 はいぃいい!?

 なんなの!?この人なんでいつも突然なの!?大体帰りに言えばいいことだろ!あーもうわかんないよ!わかんないけどとりあえずいらないってことを丁寧に返信しとこう!

『せっかくだけど、手間がかかるだろうし、悪いから遠慮しとくよ。』

 よし!この社交辞令感……。オレも中学生になって大人になったんだ。

『1つ作るのも2つ作るのも手間は同じだから大丈夫だよ。それに、私が作りたいだけだから。イヤなら無理にとは言わないけどね。』

 なんでこの人は、逃げ道を塞ぐのがこうも上手いのだろう。そんな風に言われてしまったら……。

『じゃあ、よろしくお願いします。ありがとう。』

 こう答えるしかないじゃないか。

 それにしても。『私が作りたいだけだから』、か。

 そういうの、『好きな人』に言われたらすごく嬉しいんだろうな……。

 いまだ初恋を経験したことのない、いわゆる『遅い』オレにとっては、『好き』という感情は少女マンガの中にしかないものだった。

 ただ。今頭に浮かんでいるものは、間違いなく高木さんの顔だった。

 違う!違うから!そういうんじゃないから!今メールが来たから高木さんの印象が強いだけだから!

 我ながら、一体誰に言い訳しているのか。それでも、頭の中から高木さんの顔が離れないのもまた事実だった。

 高木さんのからかっているときの顔、笑っている顔……そして……。うん、その2種類しかないけど、とりあえず高木さんの顔が浮かんでいた。

 とりあえず!明日は受付係をそつなくこなそう!それで……。

 そこでようやく思い出す。

 約束してた……。高木さんと文化祭回るって約束してた……。

 なにせもう半月以上も前のことだ。すっかり忘れていた。

 ……高木さん、オレ以外に友達いないのかな……。

 なんだか、一緒に回ってあげようという気持ちが妙に強くなった。

 

 文化祭当日。

 昨日までの雨はすっかり止み、絶好の文化祭日和というほどに晴れた。もっとも、文化祭日和というものがどういったものかはわからないけど。

 まず、8時半に一度生徒全員がクラスに集められ、担任の田辺先生に出欠の点呼をとられた。

 さて、いよいよお仕事の始まりだ。オレは、あらかじめ相談していたとおり、黒板に向かって一番左の席、すなわち、初級問題担当の席に座った。当然のように隣は高木さんだ。そして、少し間を置いて、日比野さん、月本さんと並んでいる。

 机の中には初級と中級のクイズの問題と答えが書かれた紙と、賞品である小さなチョコレートが準備してある。

 9時の開場時刻まではまだ時間がある。オレは高木さんに問いかけた。

「そういえば高木さん、昨日のメール……。」

「あ、びっくりしたでしょ?びっくりするだろうなって思いながら送ったから。もう、びっくりした顔まで想像しちゃって……ぷくく……。」

「やめてよ……そういうの……。なんか心臓に来るから……。」

「でも、内容は本当だよ?」

「だから余計に心臓に来るから!」

「あははははっ!」

 そんな話をしているうちに、天川さんがやってきた。

「さて、そろそろ開場時刻だけど。西片君、高木さん、大丈夫?」

「バッチリだよ。」

「私も。」

「ミナとサナエは?」

 日比野ミナさん、月本サナエさん。この二人は天川さんと仲が良く、よく三人で一緒にいる。

「任せてよユカリちゃん!私、今ならなんだってできる気がするよ!」

 ちなみに、ユカリちゃんとは天川さんのことだ。

「ミナよりはちゃんとできるよ。」

 月本さんが平然と残念なことを言う。

「サナエちゃん!今日の私はすごいんだよ!サナエちゃんでも敵わないと思うなー!」

「うるさい。」

 月本さんが日比野さんのほっぺたをつねる。

「いひゃい!いひゃいよ!」

「まあ……とりあえず、みんなよろしくね。」

 そう言って、天川さんはオレたちの元を離れる。

 そして、文化祭が開催された。

 

 受付係の仕事は、思いのほか忙しかった。お子様も参加できるということが大きかったのかもしれない。

 ちなみに天川さんからもらったマニュアルには、『お子様の場合は多少答えが違っても賞品をあげること』と書かれていた。あの人、こんなものまで作ってたのか。

 一方、日比野さんと月本さんは少々ヒマそうにしていた。初級・中級と上級・カップル限定では、そもそもお客さんの数が違うのだろうから当然といえる。とはいえ、こちらを手伝ってもらって向こうに穴を空けるわけにもいかない。高木さんと2人、からかわれることもなく役割をこなしていた。そういう意味では、ある意味もっとも安らげる時間だった。

 10時を過ぎた辺りから、要領を得てきたのか、それともお客さんが少なくなってきたのか、比較的余裕が出てきた。それはつまり、高木さんにも余裕が出てきた、ということだ。

 5歳ぐらいの女の子にバイバイと手を振られながら、高木さんも同じくバイバイと手を振り返す。そして一息ついて……。

「子供がいたら、あんな感じなのかな?」

 と、なぜかオレに聞いてくる。

「子供?妹じゃなくて?」

「うん。子供。西片との。」

「はぁ!?何言ってんの!?」

 お客さんの視線を一身に集めてしまった。

「あ……あの、失礼しました……。」

 一言謝って、席に座る。

「ぶっ……くくっ……大声出して……お客さんに謝って……くくっ……。」

「た……高木さんが変なこと……言うからだろ……。」

「それにしたって西片驚きすぎだよ。冗談だってわかるでしょ。ぷくくっ……。」

 冗談……そうか、まともに考えれば冗談だ。それに、まともに考えればオレは驚きすぎだ。高木さんの指摘はもっともだ。

「それとも……本気だと思った?」

「なっ……?」

 さすがのオレも今度は小声だ。

「そっかー。私との、ねー。ふーん。」

 く……否定できる材料がない……。状況証拠だけ見れば確かにそうだ。戦況が不利と見るや、オレは攻撃に転じた。

「た……高木さんの子供は、きっとからかい上手になるんだろうね……。」

「でも、お父さんと同じでからかわれる側になっちゃうかもよ?」

 ああもうムリだ……。なんかオレにとって悲惨な未来の一家が想像できる。『お風呂できてるよ』とか言われてお風呂入ったら実は水風呂だった、とかそういう未来だ……。

 いやいや!っていうかオレ別に高木さんと結婚しないし!なんでそれ前提で考えてんのオレ!?いろいろとあぶないところだった……。

「ねーねー!西片君!」

 突然日比野さんが声をかけてくる。見れば、なぜか立ち上がってこちらを向いて腕を組んでいる。

「西片君は高木ちゃんのこと嫌いなの?」

「へ?」

 なに言ってんのこの人?高木さんとは違う意味で唐突でよくわからない。

「日比野さん……なんでそう思うの?」

「2人で話してるとき、高木ちゃんはすごく楽しそうなのに、西片君は嫌そうな顔してるから。だから嫌いなのかと思ったんだよ!どうこの名推理!」

 なんでこの子、こんなに勢いがあるんだろう……。

 それに、仮に嫌いだったとしても、本人の前でそんな聞き方されたら嫌いなんて言えないのでは……?

「別に、嫌い、ってわけじゃないけど……。一緒に帰ったりしてるし。」

 そう、別に嫌いじゃない。からかわれるのが嫌なだけだ。

「じゃあ好きなんだね!よかったね高木ちゃん!西片君高木ちゃんのこと好きなんだって!」

「ちょっ……!ちょっと待って!さすがにそれは待って!」

 なんだかとんでもないところに着地しようとしている。これは大変によろしくない。こういうとき頼りになるのは月本さんしかいない。

「ふっ……。」

 わ……笑っている……。明らかにこの状況を楽しんでいる。運動部だからストイックな人だと思ったのに!裏切り者!

 現状味方はいない。とりあえず日比野さんに対して言い訳をしないと。

「だから……!その、嫌いじゃないからって好きでもないっていうか!ほら、人間って両極端じゃないでしょ!?」

「えー?でも嫌いじゃなかったら好きしかないじゃん。あとは好きの中でどのぐらい好きかってことでしょ?」

 アホの子かと思ったら意外と手強い……。日比野ミナ……恐ろしい子……!

「ちなみに私は家族みんな大好きだよ!」

 親指を立てながら力強く断言する。いや、今欲しいのはそういうのじゃないんだ……。

「どーなの西片君?高木ちゃんのこと嫌いじゃないんだよね?」

 これはたぶん認めるまで終わらない、逆に認めてしまえばすぐにでも終わるヤツだ。だから、オレは一気に終わらせようと腹を決めた。

「そ……そうだね……。高木さんのこと、嫌いじゃあないから、す……す、好きなのかも知れないね……。」

 なにこの公開告白!めちゃくちゃ恥ずかしい!死にそう!殺して!

「ミナちゃんに無理やり言わされたって感じだね。」

 高木さんの顔を見ることができない。

「だって事実……!」

 オレの言葉を遮り、日比野さんが言う。

「そーそー。そーいうことなんだよ西片君!好きなものを好きって言うのは恥ずかしいことじゃないんだよ!ご飯のおかずだって、好きなら好き、嫌いなら嫌いって言ってもらわないと困るんだよ!でもよかったね高木ちゃん!西片君、高木ちゃんのこと好きだったよ!」

 もうやだ……。もうやめて……。さっき死にたいなんて言ってごめんなさい。今の方が死にたいです……。さっき殺してなんて言ってごめんなさい。今の方が殺してほしいです……。

「じゃあ、今度は高木ちゃんの番だね!」

「へっ?」

 オレが絶望していると、高木さんの口から聞いたことのない声が出た。

「西片君が好きって言ったんだから、高木ちゃんもちゃんと応えないと!勘違いしててごめんなさいって!」

 日比野ミナ、勘違いしてるのはアンタだけだ。

「え……でも……。え……私……?」

「ほら!仲直りしないと!」

 日比野ミナ、完全に感情だけで動いている。高木さんとは真逆のタイプだ。

 そして今、高木さんはその日比野さんのあまりの熱量に押されている。どうやら高木さんはこういうタイプは苦手のようだ。

 とはいえ、高木さんも言わないことには終わらないと思ったらしい。

「あ……えっと、私も、西片のこと好きです。えっと、それから、今まで勘違いしててごめんなさい。これからも、よろしくお願いします。」

 なんだか……こう面と向かってはっきりと言われると、さすがに照れる……。高木さんが本当にオレのことを好きなのではないかと錯覚してしまう。正直言って、ものすごく心が揺さぶられた。

「じゃあ、最後は握手だね!」

 オレと高木さんは握手をする。

「はい!よくできました!もうケンカしちゃダメだよ!」

 そもそもケンカとかそういう話だったか……。オレが高木さんを嫌ってるという話ではなかったか……。頭が真っ白になるとかそういうことではなく、この状況をまったく理解できなかった。なにせ理屈がまったく通じない相手なのだ。

「西片、ごめんね。私ちょっとトイレ行ってくるね。」

「あ、うん。」

 そう言って高木さんは席を立つ。一方、日比野さんは席に座る。

「ほら、日比野さん!高木さん怒ってどっか行っちゃったじゃん!」

「違うよ西片君。高木ちゃんはトイレに行ったんだよ!なぜなら高木ちゃん本人がトイレって言ってたからね!大丈夫、そっちが忙しくなったら手伝ってあげるからね!」

 そういうことで文句を言っているのではない。

 そんな話をしていると、天川さんが帰ってきた。色々と仕事があるのだろうから、ちょっと一息、といったところかも知れない。

「どう?みんな。変わったことはない?高木さんは?」

「高木ちゃんはトイレ行くって出て行ったよ。」

「そう。他には?担当のことでやりにくいこととか。後の人への引継ぎにもなるから。」

「そうだねー。私は、西片君は高木ちゃんのこと嫌いなのかと思ってたんだけど、好きって言ってたから安心したよ!だから、担当を分けるときは、仲が良いか悪いかはちゃんと見た方がいいと思うよ!」

 日比野さんが人差し指を立てながら言う。

「ちょっ!」

「ちょっ!」

「日比野さ……。」

「ミナ!あんたちょっとこっち来なさい!」

「ちょっとユカリちゃん!なにすんの!」

 日比野さんは天川さんにずるずると引きずられて行った。

 オレは彼女を黙らせようと思ったのだが、名前を呼ぶ分だけ時間のロスが生じ、遅れてしまった。

 残ったのは、オレと月本さんだけ。

「大丈夫。」

 月本さんが言う。

「ミナはああ見えて、言っちゃいけないことは絶対に言わない。」

 日比野さんと仲のいい月本さんが言うんだから間違いないだろう。

「ただ、ミナは今回のことを言っちゃいけないことだと思ってない。だから、全部しゃべると思う。ふっ。」

「なんで言わなくてもいいこと言ったの!?」

 

 15分ほどして、高木さんが帰ってきた。そろそろ交代の時刻も迫っていた。

「ごめんね、西片。席空けちゃって。」

「ううん、お客さんそんなにいなかったし、大丈夫だったよ。」

「そうなんだ。ありがとね。」

 お互い、先ほどの会話には触れない。触れられるわけがない。

『好きなのかも知れない』『私も西片のこと好きです』『これからも、よろしくお願いします』

 こんなの、どうやったって愛の告白の言葉以外に考えられない。

 しかしオレ自身、気持ちを言葉にしたことで、また、高木さんの言葉を聞いたことで、彼女への気持ちが、ほんのちょっぴり動かされたのもまた事実だ。

「さっき……。」

 高木さんが突然口を開く

「さっき、びっくりしたね。なんだか、いろいろとあり得ないことばっかりで……。あははっ。」

 高木さんが、先ほどの件を笑い話にしようとしてくれていることがわかった。オレもそれに乗ることにした。

「ほんと、びっくりしたよね!日比野さんに、お互いいろんなこと言わされて!すごく振り回されて!あんな高木さん、初めて見たよ。」

「あー、確かに冷静じゃなかったかもね。だって、西片にいきなり『好き』なんて言われるんだもん。心の準備もできてないのにさ。次はもうちょっとムードのいいときに言ってね。」

 ……ん?今なんか……。

「あの、高木さ……。」

「高木さん!」

 教室のドアを力強く開け、天川さんが入ってくる。

「ごめんね!うちのミナがごめんね!でもあの子、悪気はないの!アホなだけなの!わかってあげて!」

 天川さんもものすごい熱量で高木さんに迫ってくる。そしてさらっと酷いことを言う。しかし、高木さんは冷静さを取り戻したらしく、いつものように返事をする。

「うん、大丈夫だよ。なんか面白かったし。」

「ありがとう!ありがとう!西片君にも迷惑かけてごめんね!」

「う……うん……。」

「ほら!このチョコあげるから!これで許してあげて!」

 そう言って、天川さんはスタンプラリー用の賞品をわしづかみにし、オレたちの机に置く。

「あ……あはは……。」

 この事件はここで終了、と言わんばかりに、オレと高木さんはお互いを見て笑い合うのだった。

 

 11時になり、交代のクラスメートが来たことで、オレたちを受付係をお役御免となった。

「じゃあ、高木さん、行こうか。」

「うん。」

「えっ!?」

『えっ!?』って……。今の誰……?

「ふ……2人で……どこ行くの……?」

 天川さんだ。ここまで来ると正直めんどくさい。

 とは言え、校内で鉢合わせして説明するのも正直めんどくさい。正直めんどくさいけどとりあえず今説明しとこう。めんどくさいし。

「オレと高木さん、2人で文化祭回るんだよ。」

「ふっ……2人で……?」

「うん。えっと……もう、いいかな……?」

 めんどくさいから、という言葉は飲み込む。

「ううん、いってらっしゃい!楽しんで!」

 そして、オレたち2人は教室を出る。高木さんは片手に紙袋を持っている。

「なんだか、西片意外だった。」

 高木さんが、少しだけ嬉しそうな様子で言う。

「なにが?」

「さっきの天川さんの質問。西片だったらごまかすかと思ったのに、正直に言うんだもん。」

「日比野さんにされたこと考えたらね。もうなんでもできるよ。」

「へー。なんでも、ねー。」

「な……なんだよ……?」

「例えば、さっきミナちゃんに言わされたことを、もう一回言うとか?」

 ムリだ。それはできない。あれは、その場の熱に浮かされて言ったようなものなんだから。

「そ……それは、ちょっとムリ……。あの場の勢いがないと……。」

「なんでもって言ったのになー?」

「それは……あれだよ。あれより難易度の低いことならなんでも、って意味だよ。じゃあ、高木さんなら言えるの?」

「言えるよ。西片が望むなら、いつでも。」

 はぁああ!?なんかいつもの高木さんが完全に帰ってきた!もう次の言葉も予想できるよ!

「あはははは!西片、顔真っ赤だよ?」

 

「さて、どうしよっか。」

 適当に廊下をぶらつきながら、高木さんが言う。

「出し物見るのは後にして、先にお昼食べちゃう?お昼になると食堂混んじゃうだろうし。」

「そうだね、その方がいいかも。」

「じゃあ、食堂に行きましょう。」

 不思議な言葉遣いの高木さんと一緒に、オレは食堂に向かった。

 オレたちは適当な座席に横並びに腰掛け、高木さんが紙袋からお弁当箱2つとペットボトル2つを出す。

「ほんとに作ってくれてたんだ。」

 オレは、実はからかわれていて昼飯抜き、という可能性も考えていた。

「そんな酷いことしないよ。西片、育ち盛りなんだし。」

 というか心を読まないでほしい。

「はい、じゃあこれ西片のね。」

「ありがとう。」

 ではお弁当箱を開けよう、となった時、あの声が聞こえてきた。

「あ、高木ちゃんだ!高木ちゃーん!一緒にお昼食べようよー!」

 日比野ミナ……。どこまでも現れるか……。

 お弁当箱らしき包みを持った日比野さんと、菓子パンを持った月本さんが近づいてきた。

 考えてみれば、同じ時間に仕事が終わったのだから、同じ時間にお昼を摂ってもおかしくはない。

 しかし、保護者の天川さんは一体何をしているのか。

「あ、それ高木ちゃんのお弁当?よかったらちょっと見せてくれる?私も家族のお弁当作ってるから、他の人のを参考にしたいんだー。」

 一応、頼みごとの前には断りを入れる、ということはできるようだ。

 高木さんの許可が出たらしく、日比野さんは高木さんのお弁当をしばらく眺めている。もしオレがお弁当箱を開けていたら、中身が同じということでまたひと悶着あったことだろう。

 そして、中身を一通り見たらしく、日比野さんが言った。

「高木ちゃん、これ、すごくがんばって作ってるね!」

 なんだか上から目線で誉めた。

「冷凍食品は使ってないし、玉子焼きかと思ったら出汁巻き玉子だし、豚のしょうが焼きも硬くならないように工夫してあるし!」

「あ……うん、まあね。」

「他のおかずも、前日から準備できるのもあるけど、基本的には朝に調理するものだね!うんうん!素晴らしいお弁当だよ!」

 なんだか上から目線で誉めた。

「じゃあ、一緒にお弁当を……!」

「ミナ!サナエ!見つけた!」

「ユ……ユカリちゃん……。今日は飲まず食わずでお仕事じゃないの?」

「私にもお昼ご飯ぐらい食べさせなさい!あと、人の邪魔しないの!ごめんね高木さん。ミナ、あとでしっかりしつけとくから。」

「しつけるってないひゃい!いひゃいよサナエひゃん!」

 月本さんが日比野さんの頬をつねり、そのまま引っ張る。

「邪魔してごめん。」

 月本さんがそう言って、3人は去っていった。

 なんだか、立ち位置的には月本さんが一番楽しそうに見える……。

 そして、再びオレと高木さんが残された。

「なぜ日比野さんは懲りないんだろう……。」

「たぶん、ミナちゃんはあれが自然体なんだよ。」

 人それぞれ、という言葉もあるしな……。

「それにしても、お弁当、バレちゃったなー。」

「そういえば、すごくがんばって作ってあるって日比野さんが……。」

「まあ、がんばるのはがんばったかな。朝もちょっと早起きしたし。だけど、まず西片の口から感想聞きたかったかな、って。」

 なんだか、高木さんが少ししおらしい。今日は朝から珍しいこと続きだ。考えてみれば、あまりからかわれていない気もする。

「まあ、とにかく食べて食べて!」

 オレは直方体のお弁当箱を開ける。

「お父さんが使ってたお弁当箱だから、大きさは大丈夫だと思うんだけど。」

 そこには、確かに、色とりどりのおかずがあった。正直、日比野さんの事前の解説がなかったら、一目見ただけでは高木さんの努力はわからなっただろう。

 ご飯の方は、三角形のおむすびが横に3つ並べて詰め込まれていた。それぞれ中身が違うようだ。

「なんていうか……すごいね。」

「あははっ。すごいってどういうこと?」

「うちの母さんの弁当はほとんどが冷凍食品だからさ、こういう、料理の延長みたいなお弁当ってほとんど見たことないから。」

「でも、最近は冷凍食品もおいしいんだよ。」

「そうだけど、愛情が調味料っていうか……。」

 いつものように、言ってから後悔した。しかし、高木さんは平然と言った。

「そうだね、愛情、入ってるかもね。」

「なっ……!」

 しかし高木さんは、その言葉とは裏腹に、ニヤニヤとオレの顔見ていた。

「西片はほんと、すぐ赤くなるよねー。」

「いいから!いただきます!」

「顔赤いけど胃にもたれたりしない?」

「関係ないから!たぶん!」

 とは言え、こう色々とあると何から食べようか迷う。オレは、アスパラ的なサムシングを豚肉的なサムシングで巻いて焼いた的なサムシングから食べることにした。

 一口で食べる。と、これは……美味しい!お弁当なのに口の中に肉汁が広がる……。アスパラ的なサムシングとの食感も相まって、最高の味および食感だ!

 オレがそのサムシングを食べている間、高木さんはじっとオレの方を見ていた。そして、オレがサムシングを飲み込むと、『どう?』と尋ねてきた。

「美味しい……。なんかこう、美味しい。」

 そう。オレは語彙に乏しいのだ。

「美味しい以外に感想がないってこと?」

「そうじゃなくて、その……言葉にできないっていうか……。」

「あははっ。美味しいって言ってくれれば、それで充分だよ。ありがとね。」

「いや、お礼を言うのはこっちであって……。その、ありがとう……。」

「はい。どういたしまして。」

 その後も、オレは1品食べるごとに美味しいと感想を述べた。本当に、バカみたいに美味しいとしか言っていなかった。

「はあ、ごちそうさまでした。」

 オレはお弁当箱を片付けながら言った。量も味も十分で、お弁当でここまで満足できたのは初めてかも知れない。

「はい、お粗末さまでした。」

 高木さんもお弁当箱を片付けながら言う。

「あ、ちなみに。」

 高木さんが何かを思い出したような、あえて言わなかったような様子で言う。

「一番愛情込めたの、おむすびだから。」

「ん?え?まさか、素手で握ったの?」

「素手で握ったの。」

 素手で握ったのかぁああ!!なんか妙に恥ずかしくなってきた。オレ、いつもなんか妙に恥ずかしくなってるな……。

「イヤだった?」

「別に……イヤじゃないけど……。」

「大丈夫だよ、間接キスじゃないから。」

「そういうことじゃなくてね!?」

 ああ、今日は高木さんは大人しいと思ったのに、またからかわれてる……。

 ともあれオレたちは、お昼が近づき人数が増えてきた食堂を後にした。

 

「さて、じゃあどこから回ろうか?」

 お弁当箱を軽く洗い、ロッカーに片付けて身軽になった高木さんが言う。オレたちは、『文化祭のしおり』を参考にしながら、どこに行くかを考えていた。

「やっぱり定番はお化け屋敷だよねー。」

「お化け屋敷……行くの?」

「あれ?怖いのかな?じゃあやめとく?」

「もちろん行くけど!?」

「じゃあ、行こうか。」

 高木さんがてくてくと歩いて行く。

「あれ?もう?もう行くの?」

「だって、こういう定番なのはお昼が一番空いてるんだよ。」

 なるほど、一理ある。

 だけど、オレにだって心の準備をさせてほしい。口からお弁当が出たらどうするんだ。

 そんなことも言えないまま、オレたちはお化け屋敷の会場に着いた。

 そして、今なら待ち時間なしで入れますよ、というスタッフの人の声に引かれるように中に入って行った。

 お化け屋敷の中は、いかにもお化け屋敷だった。

「西片、どう?」

「どうって?べつにどうも?」

 完全に声が裏返っている。

 ちなみに、高木さんが前、オレが後ろを歩いている。後ろの守りを固めるのは戦術の基本だ。

 と、通路の曲がり角の隅に井戸が現れた。あそこから人が出てくるのだろう。さすがのオレもそこから出るとわかっていれば怖くない。

「西片、井戸だよ井戸。ちょっとのぞいてみてよ。」

 高木さんが無茶なことを言う。

 一歩ずつ、ちょっとずつ、足を地面にこすりつけるようにして、少しずつ井戸に近寄っていく。どうやら、そこから出るとわかっていても怖いらしい。

 井戸まであと2歩。まだ底は見えない。

「わっ!!」

「わぁああ!!」

 後ろから高木さんに驚かされた。なんだか前にもこんなことあったような気がする。

「ちょっと!やめてよ高木さん!」

 高木さんを振り返り抗議する。

「西片西片。」

 言いながら、彼女はオレの後ろを指差す。

 そこには、ぼろぼろの白いワンピースをまとい、腰まである長い髪を揺らしたお化けが、四つん這いでオレの方へ近寄ってきていた。

「きゃあぁああああああ!」

 それを見た途端、オレは大声で叫び、高木さんの腕を抱き、彼女を引きずるように外へ出た。

 おつかれさまでしたー、とスタッフの人が声をかける。

 オレは息も絶え絶えに、高木さんの腕につかまっているのがやっとだった。

 一方、高木さんは、楽しくて仕方がないという様子だった。

「ぷっ……くくくっ……。きゃああって……。きゃああって……。くくくっ……。あはははっ!あははははっ!」

 オレだって、高木さんの攻撃がなければ井戸のお化けは耐えられたんだ……。高木さんの不意打ちがあったから……。

「それで、いつまで腕組んでるの?」

「え?うわぁ、ごめん!」

「別に謝ることないのに。だって、きゃああって言うぐらい怖かったんでしょ?ぷっ……あははは!ほんと、来てよかったよ。暗くて顔が見えなかったのが残念だったかな。」

 暗くて顔が見えなくてよかったです。

 

「次どうしよう?」

「あ、じゃあ私文芸部行ってみたい。カルタやってるって。」

「カルタって、百人一首の?それとも犬も歩けば?」

「百人一首の方じゃないかな。なんでも、部員と対戦できるんだって。」

「へー。カルタ得意なの?」

「お正月に親戚と集まったときにするぐらいかな。でも、親戚の中じゃ一番強いんだよ。」

「力試ししてみたい、みたいな感じ?」

「そんな感じ。」

 そんな話をしながら、オレたちは文芸部に向かった。

 文芸部には、あまり人がいなかった。もちろんお昼だったということもあるだろうが、出し物にあまり魅力を感じない。あ、うちのクラスのクイズが掲示してある。

「すみませーん。カルタしたいんですけどー。」

 高木さんが近くにいる女子部員に声をかける。

「いいですよ。段とかお持ちですか?」

「わかりませんけど、親戚の中では一番強いです。」

 女子部員は困惑している。確かにそれは何の参考にもならないだろう。とはいえ、高木さんの腕試しが目的なのだから、それがわかっていたらそもそもここに来る必要はない。

「では、こちらへどうぞ。」

 教室の隅に畳が敷いてあり、その上に座布団が2つ置いてある。カルタ用に設置した場所なのだろう。

 高木さんと女子部員がそこに座り、読み手がその横に座る。

 そして、なにやら形式的なやりとりがあり、いよいよ勝負が始まる。

「はいっ!」

「むらさめの~……。」

 ん?なんか今の……。ん?

 オレの疑問をよそに競技は続く。

 正直、オレはカルタのことはよくわからない。ただ、高木さんが文芸部員を圧倒しているらしいことはわかる。

「はいっ!」

「ほととぎす~……。」

 高木さんは時折、読み始める前に札を取る。これが簡単なことなのか、難しいことなのか、オレにはそれすらわからない。

 結局、どうやら高木さんの圧勝で終わったようだ。

 文芸部にスカウトされているが、どうやら断っているらしい。

 惜しまれつつも、高木さんと、ついでにオレは文芸部部室を出た。

「うーん。私って、結構強かったんだね。」

「そういえば、なんか読む前に取ったりしてたけど、あれなんなの?超能力?」

「あはは。本気で言ってる?うーん、詳しい話は省くけど、読み手の呼吸とか抑揚とか口の形とかで大体次の文字はわかるんだよ。それだけのことだよ。」

 ううむ……。なんか簡単そうに言ってるけど、実はすごいことなのか……?

 とりあえず、年に1度正月にやってるってレベルじゃないのはよくわかった。

「さて、じゃあ次は……。」

 オレが言いかけたところで、高木さんが提案した。

「ね、クイズラリー参加してみない?」

 

 そして、オレたちは再び1年2組のクラスへ帰ってきた。

 しかし、オレと高木さんは初級と中級の問題の答えを知っている。

 ということは、必然的に上級かカップル限定の問題に挑戦することになる。

「おう、西片!」

 中井君が声をかけてくる。

「真野ちゃん。」

 高木さんも、中井君の横の真野さんに声をかける。

 ちなみに、中井君と真野さんは付き合っているらしい。

「2人ともクイズに参加すんの?」

「そのつもりなんだけど、オレたち朝に初級・中級の受付したから上級かカップル限定しかないんだよ。」

 すると、中井君が小声で話しかけてくる。一方、真野さんは高木さんと楽しそうに話している。

「じゃあもう決定だろ。カップル限定だろ?」

「はえぇ!?」

 受付係全員と高木さんがこちらを向く。

「い……いやぁ、今そこに『はえぇ』が落ちてるように見えてさ……。見間違いだったよ。」

 再び小声で会話する。

「なんでオレが高木さんと……?」

「だってお前、高木さんのこと好きなんだろ?オレは応援してるぜ!」

 そう言って、中井君は親指を立てる。

 基本的にはものすごくいい人なんだけどな……こういう思い込みがなあ……。

 ちなみに、午前中は日比野さんに真逆のことを言われたことが記憶に新しい。

「じゃあ、行こうか西片。」

 そう言いながら、高木さんは教室の外へ出る。

「い……行くってどこへ?」

「カップル専用。」

 その言葉に、オレはビクッとする。ドキッだったかも知れない。

「薦められたんでしょ?中井君に。」

 この人の近くでは小声だろうがなんだろうが関係ないのかも知れない。

「ま、せっかくだから行ってみようよ。どんな問題があるか、楽しみだし。」

 高木さんはそう言って、最初の目的地へ歩き始めた。

 

 手芸部。

 確かにやや地味で、問題を置いてもらうには良いかも知れない。

 しかし、自作したマスコットなどの販売をしており、子連れにはわりと人気がありそうだ。

 そんなところにカップル専用の問題を掲示するのもいかがなものかと思うが……。

 問題は、ホワイトボードの裏にあった。少し探さなければ見つからないようなところだ。

『問題:現在、付き合ってどれくらいになりますか?』

 これなに!?誰のセンス!?北条さん!?それとも天川さん!?

 そもそも、オレと高木さんが付き合っていないことは中井君も知っているはずなのに、なぜこんな死地へ送り出すのか……。

 オレは理不尽な思いでいっぱいだった。

 一方の高木さんはというと……。

「ね、西片。私たち付き合ってどのくらいだっけ?」

 明らかに状況を楽しんでいる。

「なに言ってんの!?オレたち別にまだ付き合ってないでしょ!?」

「あははは!西片ってそういう反応するよねー。わかったよ、そう書いとくよ。」

「そういう、って……。なんだよそれ……で、次は?」

「次は地学部だね。」

「地学部……。また絶妙なところにカップル専用を置いたもんだね……。」

 そんな話をしながら、地学部部室を目指した。

 地学部。

 部室に入ると、鉱石の展示や、地層についての説明などが書いてある。

 恐竜の化石が出たから何万年前の地層だ、などというやつだ。

 それらの展示に興味を持てなかったオレは、速やかに問題を探し、発見した。

『問題:付き合い始めたきっかけはなんですか?』

 これは……もう、天川さんだろうな……。

 あの人こういうの好きそうだし……。

「ねえ西片。私たちが付き合い始めたきっかけってあれだよね?」

「だからまだ付き合ってないんだって!」

「えー。せっかくだから付き合ってることにして楽しもうよ。ほら、設定とか考えて。」

 それは結構面白いかも。ってそんなわけあるかぁああ!

「ダメ。ダメです。そもそも、それ中井君か真野さんに渡すわけでしょ?」

「そうだけど。なにか問題ある?」

 そう来たか……。この人、なに考えてるのかほんとわからないこと多いよな……。

「ほら、付き合ってないのに付き合ってるって誤解されたら困るでしょ?」

「別に困らないけど……。西片はなにか困ることがあるの?」

 高木さんと付き合っていると噂になって困ること。考えてみる。はっ……!しまった……特にない……!

 しかし、そう言うわけにも行かず、とりあえず感情論で片付けることにした。

「とにかく!なんかこう、いろいろと困るの!」

「はいはい。わかったよ。じゃあ、さっきの通り書いとくね。」

 子供に対するような扱いをされたが、ここはさっさと通り抜けることが先決だ。なりふり構ってはいられない。

「で、次はどこ?」

「書道部だね。」

「書道部……また硬派なところに……。」

 でも確かに、天川さんの言うところの『集客力』は低そうだ。

 書道部。

 部室に入ってまず目立つのが、教室の前の壁を天井から床まで覆うような大きな書だ。

 オレの頭ぐらいの太い筆で、一文字『心』と書かれている。

 その左下の隅っこに、カップル限定の問題が掲示されている。

 これ、よく許したな……。寛大だな書道部……。

『問題:お互いのことをなんと呼んでいますか?』

 もうこれアレだよね。完全に好奇心の問題だよね。クイズじゃないよね。

「ね、西片。なんて書く?」

「なんて、もなにも、いつも通り書くしかないじゃん。」

「これを機に、呼び方変えてみるとか。」

「そういうことはしません!」

「つまんないの。じゃあ、高木さん、西片、と。」

「ウソついちゃいけないからね。ちゃんと答えないと。」

 オレはこういうときだけ正論を振りかざすのだ。

「で、次はまたまた文芸部だね。またスカウトされたら困るなあ。」

 その可能性はあるかも知れない。というか、戻ることでぬか喜びさせてしまうかも知れない。

 そんな不安を抱きつつ、オレたちは再度文芸部の教室へ向かった。

 文芸部。

 改めて見ても部室にはさほど特徴はない。先ほどの、カルタ用の畳があるくらいだ。

 そして外から覗き見てみたが、どうやら先ほどスカウトしてきた女子部員はいないようだ。それだけで少し気が楽になった。

 問題の場所は、先ほど来た際に確認してある。しかし、内容までは見ていない。今度はどんな狂気が待ち受けているのか……。

『問題:子供は何人欲しいですか?』

 アホかぁああ!田辺先生はなんでこれ許したんだよぉおお!

 そして相変わらずこれを掲示することを許した文芸部……。みんな懐広すぎない……?

 ちゃんと例題を見てくればよかった。そうすれば、多少の心の準備なり、そもそも参加しない、という選択肢もあったはずなのに……。

「ね、西片は何人欲しい?」

 当然のようにクイズを楽しむ高木さん。この順応力が羨ましい。

 もう……もういいよ。オレも順応するよ。この狂った文化祭に。

「やっぱり、男の子と女の子、一人ずつかな。」

「あー、西片ってそんな感じだよね。」

「う……うるさいな!だいたい、そんな感じってどんな感じだよ!」

「私と同じだな、ってこと。」

「なっ……!」

「あはははは、赤くなってるー。」

 その時、オレは、午前中の会話を思い出していた。

『子供がいたら、あんな感じなのかな?』『うん。子供。西片との。』

 いやいや待て待て。あれは冗談だ。高木さんもそう言っていた。そしてこの問題も偶然出てきたものだ。なにも関係はない。関係はない。関係はない。

 オレは自分を現実に引き止めるため、お経のように唱え続けた。

 よし!もう大丈夫だ!

「でも、西片との子供がいたら、きっと楽しいだろうなー。」

「ぶっ!」

 盛大に吹き出してしまった。

「あ……あの……。高木さん……?」

「ん?」

 平然とした顔でこちらを向く。その大きな瞳は、オレの両目を射抜いている。

「あの……できたらそういう冗談は……なるべくやめていただけると……。」

「そういう、って、どういう?」

「その……オレとの子供とか、そういう……。」

「やっぱり冗談じゃなくて本気がよかった?」

「ちがっ……!そういうわけじゃ……!」

 高木さんは後ろで指を組んで少し前傾姿勢になり、上目遣いでオレの顔を見て言った。

「私はどっちでもいいよ?」

 大きな瞳がさらに大きくなる。オレはもう彼女の顔をまともに見ることができなくなっていた。

 5秒ほど経っただろうか。高木さんが言葉を発した。

「さて、西片の顔も赤くなったところで。次は写真部だね。」

 オレにはもう、反撃する気力もなくなっていた。

 写真部。

 部員が撮影したと思われる、モノクロの写真からカラーの写真まで、様々な写真が展示されている。

 どうやらここの目玉は、家族やカップルなどの写真をデジカメで撮って、その場で印刷してくれるというものらしい。

「おふたりさん、写真いかがですか?」

 2年生と思われる部員に声をかけられた。

「デジカメですけど、フィルムカメラに負けないくらいいい写真が撮れますよ。あとは撮影者の腕次第ですけど。」

 そう言って、彼は笑う。

 確かに、なんだかものすごく高そうなカメラを首から提げている。

「ね、西片。せっかくだし撮ってもらおうよ。」

「ええ……?でも……。」

「いいじゃないですか、1年生の文化祭は1回しかないんですよ!その記念ですよ!それに、2人ともクイズラリーのカップル限定で来たんでしょう?だったらなおさらですよ!」

 なんか妙に圧力が強くなってきた。どちらが本当の彼なんだろう。オレは、その雰囲気に気圧されてしまった。

「じゃあ、お願いします……。」

 高木さんと2人で並ぶ。オレたちは結構な距離まで近寄っていた。しかし……。

「男性の方、もう少し近くに寄れませんかー?」

 どうやら全然近くなかったらしい。でももう寄れません。もうムリです。

「西片。近くにだって。」

 ムリです。

「もう、しょうがないなあ……。えい!」

 高木さんが小声で言う。次の瞬間。高木さんは、オレの腕に抱きついていた。

「な……え……?」

「あ、いいですねー。あとは男性の方、こちらを向いてくださーい。」

 オレは言われるがまま、前を向く。そして……。

「じゃあ、写真の印刷が終わるまで少しだけ待っててくださいね。」

「高木さん!なんであんなことしたの!……って思ってる?」

 結構な精度で心を読まれた。

「だって、西片、全然動かないんだもん。あれじゃカメラマンさんも困っちゃうよ。」

 確かにそうかも知れない。

「でも、急に抱きついたりしないでよ!って思ってる?」

 オレの心が乱れてるのか?いや、確かに乱れてはいるけれど。それにしては心を読まれすぎている。

「だってね、あの状況なら、抱きつけるかも、って思ったんだもん。」

「だけど……なにも、写真撮ってる時にやらなくても……。」

「残るのが恥ずかしい?」

「そりゃそうだよ!だってそんな……。」

 高木さんの柔らかさだったり、細さだったり、香りだったり……。そういったものが今も五感に残っている。

「そんな?」

「……なんでもない……。」

 オレにはそう言うことしかできなかった。

「西片が、いつでも抱きつかせてくれたら、私もこんなことしないんだけどね。」

 高木さんのいつものからかいが出た。オレだって、同じようなことで何回もからかわれればさすがに対処もできる。見ているがいい高木さん!

「なっ……!なに言ってんの……!?そんなの……そんなのダメに決まってるじゃん!」

 ああ……オレ、進歩ないな……。

「はい、お待たせしましたー。」

 そう言って、写真部員の人が出てきた。

「男性の方は、ちょっと恥ずかしかったみたいですねー。」

 これは酷い。酷い写真だ。

 オレはガチガチに緊張し、硬直したように真っ直ぐ突っ立っている。

 その横には笑顔の高木さんが、オレの腕に自分の腕を巻きつけるように抱きついている。

 これは本当に酷い。しかしもっと酷いのは、これが知り合いの目に留まると、間違いなくオレたちが付き合っていると勘違いされてしまうということだ。

 もらった写真は1枚。自分で持っておくか、高木さんに渡すか。選択の余地はない。オレは自分のこんな写真を持っていたくない。

「はい、高木さん。」

「え?私がもらっていいの?」

「だって、オレのその顔……自分で見て楽しいものじゃないからね……。」

「あははっ。確かにそうだね。じゃあ、ありがたくいただきます。」

 オレたちは写真部員にお礼を言い、クイズラリーの問題を探すという本来の目的に戻った。

 それは、セピア色の家族写真の下に貼ってあった。

『問題:相手の好きなところはどこですか?』

「ぶふぅ!」

 オレはもう、盛大に吹き出した。文芸部でもこんなことがあったような気がする。

 問題自体は、先ほどの子供云々に比べるとかなりまともだ。場所も、家族写真の下という心温まる場所に貼ってある。

 穏やかでないのはただ一つ、オレの心だけだった。

「だって、西片。」

 高木さんが、問題を指差しながら、それはもうそれはもう楽しそうにオレの方をニヤニヤと見ている。

 オレにとっては、この問題は正直一番キツい。

 他の問題は、『付き合ってない』だのなんだのと答えればよかったのだが、この問題には逃げ場がない。

 なにせ、『特にありません』というのは高木さんに対してさすがに失礼すぎるからだ。

 よし、考えよう。高木さんの好きなところ……。うーん。うーん。

 ……顔?いや、確かに顔は綺麗だと思うけど、それはそれで『特にありません』と同レベルに失礼じゃないか?

「西片はなんて書くのかなー?」

 くっ……プレッシャーをかけてきた……。

「そ……そういう高木さんはどうなのさ?」

「私?私はたくさんありすぎて書けないよ。」

 ものすごく照れることをあっさりと言う。今の発言で、オレの顔はいつものように真っ赤になっていることだろう。

 いやいや、惑わされることなくもう一度考えよう。高木さんの好きなところ……。うーん。うーん。はっ……!

「料理が……上手……!」

「おー。」

 なんとか回答を捻り出したオレに、高木さんが軽く驚いている。

「じゃあ、『料理が上手』でいいんだね?」

「うん。そう書いておいてよ。」

「ふーん。わかった。」

 こうして、クイズを終えたオレたちは、再び1年2組の教室に戻るのだった。

 

「おー、西片、おつかれー。」

 中井君がねぎらいの言葉をかけてくれる。

 隣では高木さんと真野さんが楽しそうに話している。

「なんか……ほんと、疲れたよ……。中井君たちもあれ行ったの?」

「ああ、行ったよ。クイズじゃねぇよこんなの!って思ったけどな。まあ、なんとか埋めたよ。」

 そうか、中井君たちですらオレたちと同じような感じなのか。少し安心した。

「じゃあ、回答用紙もらうぜ。」

 高木さんが真野さんに回答用紙を渡すと、中井君と真野さんが2人で問題と回答のチェックをしている。正直、答えなんかないんだからチェックしなくてもいいじゃないか……。しかも、考えてみたら、回答用紙には名前を書く欄がないものの、お互いの呼び名のところに名字を書いているんだから、一発でバレるじゃないか……。

「ふーん。」

 なにが『ふーん。』なんだ。なにが。

「な……なに?」

「いや、この『付き合ってどれくらいですか?』ってとこ。『まだ付き合ってません。』ってことは、近いうちに付き合うってことだよな?」

 オレはそんなことは書いていない。書くのは全部高木さんに任せていた。

「たっ……高木さん!」

「えー?私は、西片が言った通りのことを書いただけだよ?正確には、『別にまだ付き合ってない』だったけど。」

 くそっ……問題に気をとられすぎて、自分の発言に注意することを怠っていた。

「あと、『相手の好きなところはどこですか?』だけど。」

 オレはなんで中井君に辱められてるの?それともみんなにやってるの?もう早く解放してよ……!

「『料理が上手』って、西片、高木さんの手料理食べたことがあるんだな。オレだってまだ真野の手料理なんて食べたことないのに。」

「中井君……。」

 真野さんが、バツが悪そうに中井君の制服を引っ張る。

 そういうつもりじゃなかった。そういうつもりじゃなかったのに。お弁当が美味しかっただけなのに。なんだかお宅にお邪魔したみたいになってる……。家族公認みたいになってる……。

「ちなみに高木さんの方は、『好きなところが多すぎて書けません』だって。よかったな西片!」

 そう言って、中井君はオレに親指を立ててくる。

 た……高木さん……。ずるい、ずるいぞ!

 精神的に疲労困憊となったオレには、中井君に対して親指を立て返すこともできなかった……。

 

 ちょうどその頃、時刻は午後5時となり、初日の開催が終了となった。

 ちなみに、カップル専用の賞品は、ハート型のチョコレートだった。

 オレは、このハート型のチョコを縦に割る人は多いが、そういった人たちに対して、縁起が悪いと思わないのかと問い詰めたい。もっとも、密かにそう思っているだけなので、行動に移したことはない。

「初日は何事もなく終了することができました。これも皆さんのおかげです。文化祭は明日もありますが、協力して乗り切りましょう!みなさん、お疲れ様でした!」

 オレがハート型のチョコレートについて思いを馳せているうちに、天川さんの演説が始まり、そして終わり、拍手が起こる。

 一通り拍手が終わると、それぞれ役割が終わったと言わんばかりに皆帰って行く。

「西片、一緒に帰ろ。」

 オレも、高木さんと一緒に帰ることにした。

 そして、帰り道。

「なんだか、今日はものすごく疲れたよ……。」

「あははっ。西片、ずっと顔真っ赤で、ずっと大声出してたもんね。」

「そんなにだった?」

 もはや、力強く反論する元気もない。

「そういえば高木さん、たくさんあって書けない、なんてずるいよ。」

「ああ、『相手の好きなとこ』のこと?」

「そう、それ。」

「でも私、そう言ったよ。」

「言ったけど……なんていうか、ズルじゃん……。」

「でもあれ、ほんとだよ?私、西片にウソつかないもん。」

「はぁあ!?」

「あはは、また大声出してる。」

 確かに。少し元気が戻ったのかも知れない。

「そりゃ大声も出すよ……。で……でもさ、例えばどんなこと?」

「どんな、って?」

 高木さんがニヤニヤしながらオレを見る。

「そ……その……。だから……その……。オレの、どんなところが好きなのかな、って……。」

「ふーん。聞きたいの?」

「なっ……!聞きたいっていうか……確認したいっていうか……。」

「あはは、なにそれ。つまり聞きたいの?」

「き……聞きたい……かな……。」

「それって、私の口から、直接言ってほしいってこと?」

「はあっ!?ちょっ!?いったん休憩!」

「あはは!なにそれ!でも……まあ、1つはそういうとこだよ。」

「そういうとこって?」

「からかいやすいところ、かな。」

「なんだかあんまり嬉しくない……。」

「そう?私にとっては1番好きなとこなのに。」

「逆に嬉しくないよ!」

「あはははは!」

 まったく。されるがままだ。

「ね、西片。神社寄っていかない?」

 

 オレたちは、通学路の途中にある神社へ寄った。

 いつ来ても人がいない小さな神社だけど、高木さんとはなんやかんやでよく一緒に来ている。

「もらったチョコ、一緒に食べようと思ってさ。」

 そう言って、高木さんはハート型のチョコを取り出し、個包装の袋に入れたまま、ゆっくりと力を入れて割る。

「西片はどっちがいい?」

 曲線でできたハートの上半分と、直線でできた下半分。高木さんは好きな方を選ばせてくれるらしい。

「じゃあ、上の方で。」

 そう言うと、高木さんはチョコを指でつまみ、オレに手渡した。

「高木さん、なんでこういう割り方するの?」

「え?だって、縦に割ると縁起悪そうじゃない?変かな?」

「ううん。変じゃないと思うよ。」

 辺りは少し暗くなってきている。夜の闇……というほど暗くはないものの、暗さは人を素直にする気がする。

「ね、今日の私たち、ちょっとカップルみたいじゃなかった?」

「そう……かも知れないね……。」

 高木さんがからかう風でもなく言い、オレも特に否定するでもなくその言葉を受け入れた。

 今日1日、思えばいろんなことがあった。

「日比野さんのこととか。」

「ミナちゃん、すごいエネルギーだったね。」

「だって、高木さんが圧倒されてるように見えたよ。」

「あはっ。でも、実際圧倒されてたよ。あの子はからかえないなって思ったよ。」

「あとは、お弁当たべて。」

「またミナちゃんだったよね。ほんと、振り回されっぱなしだったよ。」

「で、お昼からはカップル限定回って。」

「ほんと、今日は楽しかったな。西片、ありがとね。」

「オレの方こそ、ありがとうだよ。1人だったらたぶんどこ回ったらいいかわからなかったよ。」

「あはははは!西片って、そんな感じだよね。」

「ね、高木さん。」

「ん?」

「明日はどこ回ろうか?」

「えっ……。あ……っとね。えー……っとね……。ちょっと、『文化祭のしおり』見ないとわからないや。」

「そっか。でも、明日も楽しい一日になるといいね。」

「そ……うだね……。うん、きっと、楽しい一日になるよ。」

 

 いつものY字路で、いつものようにオレたちは別れる。

「じゃあ、ここでね。あ、明日もお弁当作ってもいい?」

「もちろん、嬉しいけど……。朝早起きするんじゃないの?」

「んー。まあ、大丈夫だよ。」

 高木さんは自転車で、オレは徒歩で、それぞれ家へ向かう。

「あ、西片。」

 高木さんが呼び止める。

「私、実はそんなに料理上手じゃないから。」

 そう言って、高木さんは自転車を走らせていった。






最後までお読みくださり、ありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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