からかい上手の高木さん~Extra stories~ 作:山いもごはん
最後までお楽しみいただければ幸いです。
ついに……!ついに来た……!
『100%片想い』の、映画化……!
『100%片想い』とは、オレが愛してやまない少女マンガで、ヒロインのキュン子とヒーローのイケ男があれやこれやする恋愛マンガだ。当然のごとく単行本は新刊まで所持している。また、アニメ化もされていて、放送時間が深夜であるにも関わらず、オレは毎週欠かすことなく見ていた。アニメの最終回が終わった後には、あまりにも大きすぎる喪失感のため、キュン子ロスなる症状の患者が、オレだけに留まらず日本中に生まれたとのことだった。
しかし、この作品が11月に映画化されるという報が日本全土を駆け巡るや否や、日本中の患者たちは目に光を取り戻したらしい。
その、オレにとっては崇拝レベルの作品である『100%片想い』が、11月についに映画化……!
しかし、この時のオレには、その喜びがあまりにも強すぎて、この後に待ち受ける困難に気付いていなかった……。
はぁー、劇場版かぁ。いつ観に行こうかなぁ。やっぱり公開されてすぐのこの土日かなぁ。何回観に行こうかなぁ。
オレは授業そっちのけで、朝からそのことばかりを考えていた。とは言え、普段もそれほど真面目に授業を受けているわけではない。
放課後、隣席の高木さんに声をかけられた。
「どうしたの西片?今日はなんか朝からへらへらしちゃって。」
「いやぁ、別にどうもしないよ?」
オレはへらへらしながら答える。
「ふーん。なんかやらしー。」
高木さんは、オレたちが今年中学校に入学してから、ずっとオレと隣同士の席にいる女子だ。オレの反応が面白いとかいう理不尽な理由で、オレをからかうことを至上の喜びとしている。見た目には、長い髪をおでこで左右に分けた髪型に、大きな瞳に長いまつ毛、薄い唇と、黙っていればかわいらしい。問題は、オレの前ではほとんど黙ってくれないということだ。
「やらしい?別にやらしくないよ?」
いつもは高木さんに大声で抗議するところだけど、今日のオレはそれどころじゃなく浮かれていた。
「え……?西片、どうしちゃったの?具合悪い?病院行く?」
「いやぁ、オレはいつも通りだよ。心配してくれてありがとう。」
高木さんが、かわいそうな目でオレを見ているような気がする。
「高木さん。」
「えっ!?なに!?」
高木さんは、浮かれていたオレの突然の呼びかけにかなり驚いたようだった。
「生きがいがあるってさ、いいよね。」
「あぁ、うん……。そうだよね……。それはそうと……今日は一緒に帰る?」
「うん、いいよ。」
帰り道、オレは完全に上の空だった。いや、帰り道も、だ。
ヒゲの赤いオーバーオールのおじさんが星を取ったときのような、高木さんのからかいにもまったく動じない無敵な状態だった。もっとも、実際にからかわれていたのかどうかすらもはっきり覚えていなかったけど。
「えい!」
「わははは!」
業を煮やしたのか、高木さんはオレの弱点であるわき腹を突いてきた。オレは、ここを突かれると笑いをこらえることができないのだ。いかに無敵状態のオレと言えど、さすがに物理的な攻撃には弱い。
「よかった。生きてるのか死んでるのか、よくわからなかったからさ。それで?なにかあったの?」
「アーッハッハッハ!よくぞそれを聞いてくれたね高木さん!実はね!ひゃ……。」
「ひゃ?」
少女マンガのタイトルを大声で叫ぶわけにはいかない。もしもクラスメイトに聞かれでもしたら恥ずかしすぎる。そもそも、家の外では、万が一にもクラスメイトに聞かれることを恐れて、小声で口にすることすらはばかられるほどなのだ。しかし、何の因果か、高木さんにはオレが『100%片想い』の大ファンなのはバレてしまっている。ゆえに、彼女には話しても大丈夫なのだ。むしろ今日に限っては聞いてほしい。聞いてくれる相手がほしい。
「『100%片想い』の劇場版が公開されるんだよ。」
先ほどのテンションとは打って変わって、オレは蚊の鳴くような声で言った。
「あー、それで朝から恋わずらいみたいになってたんだ。」
「恋わずらい……フッ……そうかもね……。」
オレはイケ男のマネをして言った。
「今日の西片はちょっと絡みづらいなぁ……。反応も面白くないし。っていうか反応しないし。」
「フッ……そうかい?」
「うわぁ……めんどくさいなぁ……。でも、よかったね。すごく楽しみでしょ?」
「そうなんだよ!もうほんと、公開初日から観に行くつもりだよ!」
「さすがだね。あ、でも……そうか。」
「ん?なに?」
今日のオレにしては珍しく高木さんの言葉に反応したが、逆に彼女ははぐらかすように言った。
「んーん。なんでもない。ほんとに、楽しみだね。」
その時の彼女の笑顔は、間違いなく、オレをからかって楽しんでいるときの笑顔だった。
帰宅したオレは、劇場版に向けて気持ちを高めるべく、単行本を1巻から読み返していた。
そして、最新刊まで読み終わったところで、劇場版について思いを馳せることにした。
やっぱり、公開当日に観に行くのはファンなら当然のことだよな。誰にも邪魔されず目一杯楽しんでやるんだ!
だけど、なんだろう……。なんだか、心に引っかかるものがある。
オレは映画を観に行く。誰と?当然、1人で、だ。少女マンガである『100%片想い』の劇場版を、1人で観に行こうとしている。
それはマズい!マズいというか恥ずかしい!恥ずかしすぎる!もしも映画館で同級生と鉢合わせなんかしようもんなら、それはもう、オレは恥ずかしさで死ねる。
かと言って、誰か友達と一緒に……って学校じゃ隠してるんだって!
その時になって、オレはようやく、帰り道で彼女が見せた笑顔の理由を知ることとなった。
次の日、オレはいつ高木さんに切り出そうかと悩んでいた。
やっぱり帰り道が無難かな……などと考えながら、朝から1日中チラチラと高木さんを見ていた。
「ん?なに?」
「あ、いや、別に……なんでも……。」
「ふーん。そう。」
まったく、こっちの気も知らないで……。と、オレは彼女に理不尽な怒りをぶつけていた。
放課後になったところで、オレは早速高木さんに声をかけた。
「高木さん!一緒に帰ろう!」
オレは必要以上に大声で叫んでいた。その瞬間、オレはクラスメイトの視線を一身に集めてしまった。しかし次の瞬間には、クラスメイトの視線は元あった場所に戻っていた。まるで『またいつものやつか』と言わんばかりに。確かに否定は出来ないけど、絶叫キャラが定着するというのもそれはそれで悲しい。
とは言え、オレが絶叫するのは主に授業中だ。それが、放課後にまで叫んでしまうというのはさすがにオレも恥ずかしい。そして、隣席の高木さんも恥ずかしかったのか、珍しく取り乱した様子だった。
「え?え?あ……それは別にいいけど……どうしたの?普段は全然誘ってくれないのに。」
「あ……それは、その……。事情が……。」
勢いで声をかけたものの、高木さんに言われて自分の行動を思い返すと、途端に恥ずかしくなってしまった。しかしそんなもの、『100%片想い』劇場版の前では取るに足らないことだ。
「あはは。顔、真っ赤になってるよ。」
だけど、ポーカーフェイスにはほど遠かったようだ。
「それで?なにか話があるんでしょ?」
帰り道、高木さんは自転車を押して歩き、オレはその横に並んで歩いていた。
「なっ……なんでそう思うのさ?」
突然の高木さんのセリフに、オレは目に見えるほど動揺した。
「だって、今日私の方ずっとチラチラ見てたでしょ?昨日とは全然様子違ったし。帰るときもすごい勢いで誘ってきたし。なにもないと思う方がおかしいよ。」
オレ、そんなに挙動不審だったのか。
「まぁ、私は、なにもないのに西片が私のこと見てくれたり、帰るときに誘ってくれたりする方が嬉しいけどなー。」
「なっ……!そんなこと……するわけないだろ!」
「してくれないの?」
高木さんが立ち止まり、その大きな目でオレの目をじっと見つめてくる。オレもつられて立ち止まるが、その視線に耐えられず、つい目をそらしてしまう。
「私のこと見てくれたり、帰りに誘ってくれたり、してくれないの?」
高木さんは、先ほどの言葉を繰り返しながら、相変わらずオレをじっと見つめている、と思う。なんせオレは目をそらしているのだ。高木さんが何を見ているかなどわかるはずもない。
少しの間、膠着状態が続いた後。
「ぷっ!あははははっ。西片、ほんとにすぐ顔真っ赤になるねー。耳まで真っ赤だよ。」
「まったく……。またそうやってすぐにオレのことからかうんだから!」
「え?別にからかってないけど。」
「え?」
「だから、からかってないって。」
え?ん?どういうこと?
「ところで、話があるんじゃないの?」
オレは赤面したまま、さらに状況が理解ができていない状態で、ようやく本題を思い出した。もっとも、自分で『生きがい』とまで言った大事なことを、高木さんに言われるまで忘れていたのもかなり間抜けだとは思うけど。
「いやぁ、あの、さ。」
「ん?」
「いい……天気だね。」
「まぁ、曇ってるけどね。」
「ところでさ……。」
「ん?」
「きのこ派?たけのこ派?」
「私はたけのこかな。」
「えーっとさ。」
「ん?」
「ケータイって便利だよね。」
「そうだね。写真撮ったりできるしね。」
一緒に映画に行ってほしいとなかなか言い出すことが出来ない。我ながらヘタレだ。オレは、歩きながらずるずると中身のない会話を続けていた。
そんなオレの様子を見て、高木さんは今にも笑い出しそうになっている。彼女が笑いをこらえていることは、顔を見ればわかる。人の気も知らないで……。オレはまたしても理不尽な怒りをぶつけた。
そして、そろそろお互いの家への分かれ道にさしかかった頃。オレは勇気を振り絞って高木さんに行った。
「あの……さ、あの、よかったら、オレと一緒に、映画観に行ってくれない……?」
「んー、どうしようかなー?」
あらかじめ誘われることがわかっていながらこの反応。なんと白々しい。
しかし、いくら白々しくても、オレの『100%片想い』は高木さんに肩にかかっているのだ。これでダメなら1人で行くしかない。あるいはお母さんと行くしかない。それならオレはいっそ死ぬ。
「あはははっ!西片って、ほんと思った通りの行動するよね。1人で行くのが恥ずかしかったんでしょ?」
くっ……なんだかものすごく悔しい。だけど気分を損ねるわけにはいかない。
「はい……。そうです……。」
「じゃあ質問です。私と2人で行くのは恥ずかしくないの?」
「え?」
考えたこともなかった。今までは、如何にして『100%片想い』を観るか、それしか頭になかった。しかし、高木さんと2人で行くとなると、これは。
「デートだよね?」
さらっとオレの心を読んだ高木さんが、ものすごく嬉しそうに、ニヤニヤとオレの顔を見る。
デート?そうなるのか?そうなるよねぇ。だってオレもそう思うもん。男女が2人で映画に行ったらそれはデートですよ。言い訳できませんよ。
「あはははっ。また顔真っ赤だ。」
もはや自分の顔色などどうでもいい。デートだろうがなんだろうが、映画を観られればそれでいいんだ!
「しょうがないなぁ。じゃあ、西片が、デートしてほしい、って言ってくれたら、映画付き合ってあげるよ。」
なっ……!た……高木さんめぇええ!こちらが攻撃出来ないのをいいことに、ものすごく恥ずかしいことを要求してくる。しかし、こんな脅しに屈するオレではない。
「そ……そんなこと……言えるわけないじゃんか……。」
「ほー。じゃあ、1人で観に行くの?」
「いや……それもちょっと……。」
「私にお願いせずに1人で行くか、私にお願いして2人で行くか。どっちにする?」
高木さんはずっとニヤニヤしたまま、オレの顔を見ている。結局、オレの取った行動は、
「あの……その……えっと……。よかったら、今度の土曜日……オレと、デートしてください……。」
『100%片想い』のためだ。仕方がない。オレはあらゆるプライドを捨てる!
「いいよ。こちらこそ、喜んで。それにしても、西片、よっぽど映画観たいんだね。」
「う……うるさいな……。時間とかはまたメールするから!じゃあバイバイ!」
そう言ってオレは、いつものように赤面したまま高木さんのもとから脱兎のごとく逃げ帰った。
次の土曜日、オレと高木さんは9時半にバス停で待ち合わせしていた。
映画館のあるショッピングモールへはバスで行くのだ。
オレが待ちきれずに朝9時にバス停に着くと、そのすぐ後に高木さんが現れた。
今日は、11月にしては比較的暖かい、小春日和の陽気だった。
高木さんは、半袖のピンクのチュニックを着ていて、腰の部分を同じくピンクの紐で結んでいた。そして、それに7分丈のジーンズに赤いスニーカーを合わせていた。
「あれ?高木さん、早いね。待ち合わせ9時半だったよね?」
「うん、西片に早く会いたかったから。」
「なっ……!」
「あはは、朝から顔真っ赤だよ。西片って血圧高いのかな?」
「知らないよそんなの……。」
「くくっ……西片ってば、ほんとわかりやすい……ぷぷっ。」
高木さんはしばらく笑っている。どうやら、本日最初の一笑いは済んだようだ。
「ね、今日の格好、どう思う?」
「ど……どうって……知らないよそんなの……。」
「似合ってるか似合ってないかだと?」
「わからないよ……。」
「じゃあ、かわいいかかわいくないか、だと?」
「もう……なんでそんなこと聞くんだよ……。」
「だって、せっかくの西片とのデートだし、西片に見てほしくておしゃれしたんだもん。」
「んなっ……!」
どうしてこの人は平然とこういうことが言えるのだろう。正直、うらやましい。
「ね、どう思う?ほら、イケ男みたいに言ってみれば言えるんじゃない?」
「そんなの言えるわけないだろ!?もう、勘弁してよ……。」
「あははっ。西片、ずーっと顔真っ赤だね。」
落ち着けオレ。高木さんとデートすることになった時点でこうなることは大体わかっていたじゃないか。がんばれオレ。
「だけど、この時間だと1本早いバスに乗れそうだね。」
高木さんの言葉通り、オレたちは予定よりも1本早いバスに乗ることにした。
土曜日で、しかも比較的朝早いせいか、バスは混んでいなかった。
しかし、混んでいなかったとしても、オレたちが乗っているのは路線バスだ。2人掛けの座席の場合、隣席との距離はとても近い。
目的地まで20分、ちょっと、高木さんと、近いけど、『100%片想い』のためだ……!
「ね、西片。」
「ん?」
「2人でバスに乗るなんて、林間学校以来かな?なんだか新鮮だよね。」
「そうかな?まぁ、確かにあんまりないけど……。」
「だってほら、普段見えない景色も見えるよ。いつもの通学路とは違うんだよね。」
「当たり前じゃん。急になに言ってるの?」
「あはは、そうだよね。なに言ってるんだろ。」
そう言いながらも、高木さんはバスの窓からずっと外の景色を見ていた。
その様子に釣られて、オレもなにかを言うわけではなく、なんとはなしに窓から景色を見ていた。
映画館のあるショッピングモールには、10時前に着いた。
上映開始まで1時間ほどあったが、とりあえず先にチケットを買っておいて、それから時間をつぶすことにした。
「西片、ちゃんと生徒手帳持ってきた?なかったら学割きかないかもよ?」
「大丈夫、ちゃんと持ってきてるよ。」
普段学校にすら持って行かない生徒手帳だけど、今日だけはしっかり持ってきている。
そして、チケット売り場に2人で行く。あくまでも2人で行くことが重要だ。高木さんが映画を観たがっていて、オレはそれに付き合っている、そういう雰囲気を醸し出さなければならない。
「『100%なんとか』を中学生2枚ください。」
よし、これはもうカンペキだ。後ろで高木さんがオレの服をつまんで笑いをこらえているが、そんなことはどうでもいい。
「席を選んでくださいだってさ。どうする?」
「私は、こことか結構好きだよ。」
言いながら高木さんは、3つに区切られた座席のブロックのうち、右のブロックを指差した。
「ここ?真ん中じゃなくて?」
「うん。真ん中って、結構人の出入りがあったりして落ち着かないんだよね。右のブロックの真ん中よりだと、それほど端っこって感じもしないし、意外と快適だよ?まぁ、右でも左でもどっちでもいいんだけどね。」
ふむ。そういうものなのか。なんか慣れてるみたいだし、高木さんのオススメの席にしてみよう。
こうして、オレは第一のミッションをクリアしたのだった。
時間をつぶすため、オレたちはショッピングモールの中をぶらついていた。
とは言え、オレはここにいい思い出があまりない。
高木さんの水着を選ぶのに付き合わされたり、さらにはそこで同級生とニアミスしそうになったりしたからだ。
過去に起こったことは、今日も起こる可能性がある。
誰かに会ったとき、なんと言い訳しようか……。そもそも、実際にデートという名目で来ている以上、言い訳できないのではなかろうか……。事実だし……。
オレが絶望的な思いでいると、高木さんが話しかけてきた。
「ねぇ西片、服見に行こうよ。」
行こうよ?行こうよって言った?つまりオレも一緒にってことだよね?
オレの脳裏に、水着選びを手伝わされた苦い思い出が蘇る。
「やだよ!女の子の服売り場なんて恥ずかしいよ!」
「ふーん。」
高木さんがニヤニヤと笑いながらオレの顔を見る。『言質取ったり』といった表情だ。
「じゃあ、西片の服見に行こうよ。」
やっぱりぃ!やっぱりそうなるかぁ!
「えっと……それも別にいいよ……。オレ、母さんが買って来たの着てるし……。」
「別に買わなくてもいいから、いろいろ試してみようよ。それとも……。」
またしてもニヤニヤと笑いながらオレを見る。先ほどよりも凶悪な表情だ。
「それがイヤなら、私の下着選び手伝ってくれる?」
「はぁああ!?ムリ!ムリムリ!っていうかなに……なに言ってんの!?」
高木さんめぇええ!オレが一番苦手な部分を攻めてくるとは、さすがと言ったところだ。
「私は別にいいのに。私がどんなの着けてて、どんなのはいてるか、西片には全部ばれちゃうけどね。」
「もう……もうやめて……やめてください……。ほんともう……。」
オレは死にそうになりながらも拒絶の意思を表した。顔もいつも通りそうなっているんだろ?
「あはははっ。ほーんと顔真っ赤。なんだかいつも以上に赤いよ。なに想像したんだか。やらしー。」
「もうやめてくださいって……ほんとに……。」
「あはは。じゃあ、西片の服見に行こうよ。いい?」
尋ねられたけど、オレに拒否する選択肢などなかった。
「西片って大体Tシャツとジーンズだもんね。ちょっとおしゃれしたらモテるかも知れないよ?」
服を変えただけでモテたりするのか……。
「じゃあさ、オレの今の服装ってどうなの?」
「うーん。」
高木さんは少し考えてから言った。
「まぁ、モテる感じではないよね。」
なんだと!?こう、なんとなくわかってはいたけど、面と向かって言われるとさすがに少し傷つくよ!
「私は好きだけど。」
「あ……そう……。えーっと……。ふ……服、見ようか……。」
「うん!」
少し毒気を抜かれてしまった。とりあえず、おしゃれにはちょっと興味を持ってみよう……。
一通り高木さんのお人形遊びに付き合ったところで、上映時間が迫っていたので、オレたちは店を出て映画館へ向かった。
なんだか……服選ぶのって大変なんだな……。ものすごく疲れたよ……。
しかし、疲れているわけにはいかない。オレは今日、なんのために高木さんのおもちゃにされてきたのか。すべてはこれからの時間のためなのだ!
「西片、ポップコーンとか買う?」
「いや、オレは映画に全精力を注ぎ込みたいからね。余計なものは必要ないよ。ジュースは買うけど。」
「ジュースは買っちゃうんだ。私はどうしようかな。ポップコーンの小さいやつとジュースにしようかな。」
オレたちが劇場の中に入ると、予想以上に人が多かった。いや……『100%片想い』だぜ……?このぐらいは混雑してて当たり前さ……!
オレがどうでもいいモノローグを入れている間に、高木さんが席を見つけてくれていた。
「はい、西片は真ん中寄りに座りなよ。」
オレたちの席は、スクリーンに向かって右ブロックの真ん中寄りで、中央よりやや後ろ寄りの席だった。
「高木さん……。」
「ん?」
「この席、すごくいいよ……!ありがとう……!」
「あ……あはは。どういたしまして。」
確かに、高木さんの取ってくれた席は、思っていたよりも映画は観やすく、それでいて他の人が邪魔になりにくい、とてもいい席だった。
そして、上映が始まった……!
はぁー、よかった。もう、死んでもいい……。死なないけどね。
オレは、エンドロールを見終わったあと、他のほとんどの観客が出て行くまで余韻に浸っていた。
でも、さすがにずっと席に座っているわけにはいかない。オレたちは劇場を出た。
もう、なんだかもう、この感動を誰かと共有したい。話さずにはいられない。
オレはかなりの興奮状態にあった。
「西片、途中涙流して泣いてたでしょ。」
確かにオレは泣いていた。それも高木さんの言うように、涙を流して。
「い……いいだろ、別に……。」
オレは、いつものように反論する。しかし、高木さんの答えは意外なものだった。
「うん、いいと思うよ。」
オレは逆にあ呆気にとられてしまった。
「え……?いいの……?」
「うん、それだけ好きだってことでしょ?別に恥ずかしいことでもなんでもないと思うよ。」
「オレはまたてっきりからかわれるかと……。」
「からかってほしいの?」
「ほしくない!」
「あはははっ。」
時刻は昼1時前だった。映画も観たし、オレとしてはもう帰ってもいいんだけど……。でも、高木さんには付き合ってもらったし、なにか用事があれば、今度はオレが付き合おう。
「高木さん、これからどうする?なにか用事があれば付き合うけど。」
「下着売り場とか?」
「もうその話は終わり!」
まったく……オレを赤面させてそんなに楽しいのか。
「じゃあさ、お昼食べない?ファストフードとか入って。」
「それならいいよ。」
お昼どきのファストフード店とあって、店内は混雑していた。しかし、多くがテイクアウトのようで、注文を済ませた後は簡単に席を確保することができた。
そしてオレはしゃべった。食べながらしゃべりにしゃべった。
「キュン子がイケ男にお玉でカレーかけるところとか、本当に感動しちゃったよ!」
ぱくぱく。
「他にも、竹刀をお玉で受け止めて、相手にカレーかけるところとか、もう泣いちゃうよね!」
オレのテンションはだだ上がりだった。しかし、ふと気付くと、高木さんはすでに自分の分を食べ終わっていた。
「あ……なんかごめんね、オレばっかりしゃべってて。」
「ううん。いいよ。西片の話が聞きたいの。」
あ……なんか、今のは、ちょっと照れる……。だけど、高木さんの方にはオレをからかおうというつもりはなさそうだった。それがなおさら照れてしまう。
「あれ、なんか顔赤くなってるよ?興奮してしゃべりすぎちゃった?」
実際、赤面するぐらいには興奮していたと思う。せっかくのチャンスだ、この流れに乗ろう。
「確かに、ちょっとしゃべりすぎたかも……。とりあえず先に食べきるよ。」
オレはしばらく無言で食事を進めた。そして、高木さんはそんなオレの姿をじっと見ていた。
「西片ってさ。」
高木さんが話しかけてきたが、オレは返事ができない状態だった。それは彼女もわかっていたので、話を続ける。
「『100%片想い』の話してるとき、子どもみたいでかわいいね。」
「!?」
危うく口の中のものを吹き出しそうになってしまった。でも、もしかしたら逆に一気に飲み込みそうになっていたのかも知れない。どちらかはよくわからない。それぐらい、オレは高木さんの一言に気が動転してしまった。
「あははっ。ごめんごめん、びっくりさせちゃったね。」
いっそのこと高木さんの顔めがけて吹き出してやればよかったか……。そんな悪意がオレの心をよぎる。
「だけどね、西片。好きだよ、そういうかわいいトコ。」
もうムリだった。オレは口の中のものを一気に飲み込んだ。そして当然のごとくむせた。
「ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
「あーもう、ムリして食べるから。ほら、ジュース飲みなよ。」
誰のせいだと思っているのか。オレは、口の中、というかすでにノドまで達していたものをジュースで流し込んだ。
「あははっ。今日のリアクションはいつもと違ってまた一段と激しかったね。」
「高木さん!食べてるときは、からかい禁止!」
「別にからかってたつもりはないんだけどな。どこがからかってると思ったの?」
彼女は、いつものようにニヤニヤしている。つまり、からかっているときの表情だ。
「その……全部だよ……。」
「全部って?どこからどこまで?」
まったくもって忌々しい。
「かわいいとか……好きだとか……そういうとこだよ……。」
「でも、かわいいし、好きだよ?」
「もう!もうそういうのはやめて!顔が赤くなるから!」
「あはっ。そろそろ自覚し始めたんだ。」
「そりゃ、あれだけ言われればね……。」
そりゃ、あれだけ言われれば、大体赤くなるタイミングぐらいはわかる。というか、高木さんにからかわれた後は8割方赤いと言っても過言ではない。
「ね、西片。もっと話聞かせてよ。」
「でも、さっき子どもっぽいって言ってたじゃん……。」
「子どもっぽい、じゃないよ。子どもみたいに楽しそうだった、って意味だよ。」
「それ、同じじゃん。」
「全然違うよ。」
よくわからないけど、そういうものなのか……。
「それに、同じ映画観たのに、オレの話聞いて面白いの?」
「うん。西片の話が聞きたいの。」
高木さんは先ほどと同じ言葉を繰り返す。
オレにとっては、相変わらずよくわからないけど、彼女にとってはそういうものらしい。
促されるままに、オレは映画についてしゃべり倒した。自分でも、こんなにしゃべれるのか、というほどしゃべり倒した。その間、高木さんは相槌を打ちながら、しっかり話を聞いてくれていた。
オレが小一時間ほどしゃべり倒したところで、さすがに話すネタがなくなった。だけど、自分の趣味の話を聞いてくれる人がいるというのはとてもありがたい。
「もう、しゃべり足りないことはない?」
「また後で出てくるかも……。」
「あははっ。じゃあ、その時にまた聞いてあげるよ。」
本当にありがたい。だから、オレは、ちょっとだけでも恩返しができないかと思っていた。
高木さんはオレのためにがんばってくれたと言っていた。だから、せめて、その感想だけは正直に言っておきたいと思った。
「あのさ、高木さん。」
「うん?」
「その……ね、アレだよね……。」
「うん、アレ……?」
「えーっと……その、今日の服、かわいい、と、思うよ……。」
オレと高木さんは隣り合って前を向いて歩いている。そして、オレは前を向いたままその言葉を言った。だから、オレの顔が真っ赤になっているであろうことは、高木さんには知られていないはずだ。一方で、高木さんが立ち止まっていたことなんて、オレには知る由もなかった。
歩きながら、オレが少し冷静さを取り戻した頃になって、ようやく高木さんが隣にいないことに気がついた。驚いて後ろを見ると、彼女は小走りにこちらへ来る。
「どうしたの?急にいなくなったからびっくりしたよ。」
「ごめんね。ちょっと気になることがあって。」
やっぱり女子なので、ウィンドウショッピング的なことが気になるのだろうか。むしろ、オレの言ったことが聞き流されていないかどうかが心配になった。
「次からは見たいものがあったらちゃんと言うから。びっくりさせてごめんね。」
「うん……。まぁ、いいけどさ。」
「ね、西片。」
「ん?」
「手つなごうよ。」
「ダメだよ!なに言ってんの!」
「えー。じゃあ腕組んでいい?」
「だからダメだって。」
「じゃあなんならいいの?」
「全部ダメ!」
「デートでも?」
「デートでも!」
「あはははっ。西片、顔真っ赤だねー。」
茶番に付き合わされた挙句、貶められた……。
4時頃まで一通り遊んだオレたちは、そろそろ帰ることにした。
朝と同じく、バス停に到着したバスに乗る。
帰りのバスも、行きと同じく2人掛けの座席に座ることができた。そして、帰りのバスも当然のごとく、隣の席との距離はとても近い。気のせいか、高木さんが朝よりもオレの方に寄ってきているような……。あるいは、オレが寄っているのかも知れない。まぁ、そこは考えても仕方がない。
それはともかくとして、オレは昼から気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえばさ、高木さんには、子どもみたいになるような大好きなことってあるの?」
「うん、もちろんあるよ。」
「へー。なに?」
「うーん、西片はたぶん知ってるよ。」
「まさか、オレをからかうこととか……?」
「惜しいねー。それじゃ50点だね。」
「じゃあ、残りの50点は?」
「ヒミツ。でも、いつか教えてあげるよ。」
オレと高木さん、そしてオレの疑問を乗せて、バスはオレたちの町へ向けて走っていた。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
お楽しみいただけたのなら幸いです。