からかい上手の高木さん~Extra stories~   作:山いもごはん

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アクセスくださりありがとうございます。
最後まで楽しんでいただければ幸いです。



※1/14追記
筆者もなにを書きたかったのかわからなかったので、修正する予定です。





クリスマスパーティー

 12月24日、午後1時。オレの部屋。

 そして、そこにはオレと高木さんの二人きり。

 改めて考える。おかしい……。どうしてこんなことに……。

 

 12月16日、午後4時。

 空はよく晴れているが、日没の時刻はかなり早くなっていた。

 そしてオレはいつものように、高木さんと一緒に下校していた。

「そういえば西片、24日の午後ってヒマ?」

「24日って、クリスマスイブ?」

「そう。クリスマスイブ。」

 残念ながら特に予定はない。しかしこのときオレに、ここぞとばかりに高木さんを一言からかってやろうという欲が生まれてしまった。

 

 高木さん。中学校のクラスメイトで、オレの隣の席の女子。栗色のロングヘアをおでこから左右に分けた髪型がチャームポイントで、大きな瞳に長いまつげ、薄い唇と、黙っていればそれなりの美少女……だと思う。

 黙っていれば、というのは、彼女には残念ながら、オレを見るとついからかってしまうという『弱点』があるからだ。そのせいで、オレは登下校中、授業中、家に帰ってからのメールなど、冗談抜きで昼夜問わずからかわれ続けている。今年の4月に初めて出会ったものの、結局まともな反撃もできないままに年末を迎えようとしている。

 

 そんな相手だからこそ、少しでも攻撃しておきたいという気持ちが沸くのは当然だ。

「クリスマスイブは……ちょっと、予定が入っててさあー。」

 思いっきりウソをついた。

「へー。クラスの男子とか?」

 よし!食いついた!ここからだ!

「いや、クリスマスイブに予定があるって言ったら、当然女子だよ。オレなんかもうモテてモテて困っちゃうからね。」

「へー。そうなんだ。相手の人ってどんな人?」

「そりゃもう、天使のような人だよ。」

 高木さん、キミとは違ってね……。と、心の中で付け加える。

「そっか。じゃあ、もう二人で一緒に帰ったりできないねー。」

「へ?なんで?」

「だって、西片にそんな人がいたなんて知らなかったからさ。相手の人からしたら、一緒に帰ってるのなんて気分悪いだろうし。」

「い……いや、そういうとこ寛大な人だから……。なんせ天使だし……。」

「ふーん。でも、私の方が気にしちゃうからさ。明日からはもう、別々に帰ろうね。」

 あれ?なんだか話が思ったのとは違う方向に進んでいるような……。しかもなんか少し淋しくなってきたぞ……。

「それに、からかうのももう終わりにするよ。自分の好きな人がからかわれてるなんて知ったら、やっぱりいい気はしないだろうし。」

 相手の女子(架空)には遠慮するのに、なぜオレには遠慮してくれないのだろう。このとき、オレは理不尽な思いでいっぱいだった。

「あーあ、なんだか淋しくなっちゃうなー。西片とこの道通るのも、今日で最後かー。」

 高木さんがあまり淋しくなさそうに言う。

「そ……そうだね……。そうなるかな……。」

 しかし、オレもウソをついた手前、このウソをつき通すしかない。高木さんの言葉にわずかな肯定を示しながら、彼女の隣を歩いていた。

「ね、西片。最後だから、一つだけ教えてほしいんだけど。」

「な……なに?」

 唐突な高木さんからの質問。こういうときは大体いいことがない。

「私になにかウソついてない?」

 ほらね、やっぱり。

「ウソ?ツイテナイヨ?」

 すべての声が裏返った。

「ふーん。ほんとに?」

 ああー!やっぱりバレてた!

 だからダメなんだよ!高木さんにハンパな攻撃したら、倍返し三倍返しで返ってくるんだから!

 なぜオレは欲かいてこんなことをしようと思ったのか。あのときのオレに教えてやりたい。そんなことしてもいつもの通りだよ、と。

「なんですぐバレるようなウソつくかなー。」

 ウソを認めたわけでもないのに、すっかりウソつき呼ばわりだ。事実、ウソつきに変わりはないわけだが。

 こうなったら、傷の浅いうちに……!

「えっと……すみませんでした……。」

「はい。次からは気をつけてね。私なんて西片にウソついたことないのになー。」

 高木さんは、ことある毎にそう話す。事実なのか、ウソなのか……。イマイチ判断に困るところではある。

 そして、高木さんは話題を元に戻す。

「でね、クリスマスイブなんだけど。クリスマスパーティーやらない?」

「それって、二人で?」

「二人がいい?」

 高木さんがいたずらっぽい笑みをオレに向ける。

「そ……そういう意味じゃなくて!なんとなくだよなんとなく!じゃあ……クラスメートとかと?」

「そのつもり。有志を集めて、人数によって場所決めたりして。」

 ふむ。高木さんの提案としては珍しく、クラスメートを巻き込んでのイベントだ。こういったイベントごとについては、高木さんはオレと二人でやりたがるものだと思っていた。

 と、そこまで考えて、自分がかなり図に乗っていることに気が付いた。最近、イベントごとにはいつも高木さんと二人で参加していたし、それに誘ってくれるのもいつも高木さんだった。だから、今回のクリスマスも、当然のように二人で過ごすものだと思っていた。だけど、考えてみれば、オレたちは二人きりでクリスマスイブを過ごすような甘い関係ではない。

 それに、『クリスマスイブ、一緒に過ごそうよ』なんて言われた日には、オレも少し抵抗があって断ってしまうかもしれない。

 だから、クラスの有志を集めて、というのは、オレにとってはすごく助かる提案ではある。

 オレは、安心したような、しかし、少し切ないような気分で言った。

「じゃあ、クラスの男子にはオレから声かけてみるよ。」

「お願い。じゃあ、女子には私から声かけてみるね。あー、楽しみだなー。」

 そう言って、高木さんは空を見上げて笑みを浮かべた。

 その時のオレには、その笑顔の意味もわからないまま……。

 

 12月17日、午後0時10分。1年2組教室。

 高木さんとクリスマスパーティーの話をした翌日、オレは昼休みに仲のよいクラスメートに声をかけた。

 大食い王の木村と、保健体育王の高尾だ。この二人は席が前後のため、まとめて声をかけることにした。

「なあ、木村、高尾。二人とも24日の午後って空いてる?」

「24日ってクリスマスイブか……。オレは全然空いてるぜ。」

 木村が昼休み4つ目の菓子パンをほおばりながら、くぐもった声で答える。

「オレも特に用はないけど、なんかあるのか?」

 逆に高尾は高い声で言う。これなら高尾も誘えそうだ。

「いや、24日にクラスの有志を集めてクリスマスパーティーしようって話に昨日なってさ。今人集めてる最中なんだよ。」

 瞬間、二人の眼が光る。

「それ、今のところ誰が参加するんだ?」

 木村が菓子パンをほおばることも忘れて尋ねてくる。

「まだ声かけ始めたばかりだけど、今のところはオレと高木さんだけだよ。」

 瞬間、二人の眼がさらに鋭く光る。

「お前、それ……。」

 高尾が言いかけたところで……。

「忘れてた。その日は町内会のおはぎの大食い大会があったんだよ。さすがにそっちほっといては行けねえよ。」

 木村が相変わらずくぐもった声で言う。

「そう言えばオレも北海道の婆ちゃんの見舞いがあったんだよ。悪いけど、北海道だからさすがに難しいな。」

 高尾が相変わらず高い声で言う。

「そういうわけだから、オレたちムリだわ。楽しくやってくれよ。」

「そうか。悪かったね。」

 オレは一言謝って、その場を去る。

 次は……横山君に声をかけてみるか……。

 横山君とは、『爆裂!最強サッカー!』というマンガを通じて仲良くなった。

 よく一緒にゲームをしたりする仲だ。きっと参加してくれることだろう。

「横山君。」

「ん?どした?西片。」

「24日の午後にクリスマスパーティーやろうと思って今クラスの男子に声かけてるんだけど、よかったら参加しない?」

「お、いーねー。女子も来るんだろ?何人ぐらい誘ってんの?」

「男子はオレが声かけてて、今まだ一人も捕まえてないんだけど、女子は高木さんの方が声かけてくれてるからきっと何人か集まってると思うよ。」

「……!」

 横山君の息を飲む声が聞こえる。『息を飲む声』ってこういう声だったのかと思うぐらい、まさしく息を飲む声だった。

「あー、悪い。そういえばその日は町内会でおむすびの大食い大会があってよ。手伝いに行かなきゃならんのよ。」

 おはぎにおむすび。やはり24日はケーキに負けないよういろいろなイベントがあるのだろうか。

「そっか。忙しいとこ声かけてごめんよ。」

「いや、こっちこそ悪いな。」

 結局、お昼休みの間には一人として勧誘することはできなかった。

 

 12月17日、午後4時。

 今日も今日とて高木さんと帰りながら、パーティー参加希望者の報告をしあった。

「西片の方はどうだった?」

「あー、全然ダメだったよ。みんな興味は持ってくれるんだけど、いろいろと忙しいみたいで。高木さんは?」

「私の方はね、ミナちゃんがものすごい興味持ってくれたんだけどね……。」

 

『クリスマスパーティー!高木ちゃん!私パーティーしたい!みんなでお菓子とか持ち寄ってさ!トランプとか人生ゲームとかしようよ!』

『ミナ、うるさい。』

 ミナの横にいたサナエがミナの頬をつねる。

『いひゃい、いひゃいよしゃなえひゃん!』

『えっと、それで高木さん。今のところどれくらい人数集まってるの?』

 学級委員であるユカリが尋ねる。

『んー、西片の男子の方はわからないけど、女子はまだ全然かな。』

『みんなでカラオケとか行くのもいいよね!ヒューヒューとか言って!あ!私タンバリン係やりたい!』

 サナエの拘束から逃れたミナが、再度会話に参加する。

『サナエ、よろしく。』

『了解。』

『いひゃいって!いひゃいって!』

『ごめんね高木さん、私たち、もう3人でクリスマスパーティーすることにしてるのよ。行きたいのはやまやまなんだけど。』

『えー!そんな約束してないじゃん!』

『サナエ。』

『いひゃい!いひばんいひゃい!』

『そんなわけで、ごめんねー。』

 

「と、いうわけ。」

 日比野さん……むごいな……。

「じゃあ、クラスの仲のいい女子にはほとんど声かけた感じ?」

「そうだねー。ほら、私の前の席のポニーテールの女の子いるでしょ?あの子も予定があるらしくて。」

「そっか……。オレの方もほとんど声かけたし、あと残ってるのは中井君ぐらい……。あ、でも中井君は……。」

「そうだね、真野ちゃんと付き合い始めて初めてのクリスマスだし、二人で過ごしてもらおうよ。」

「うん、そうだね。」

 いくらオレでも、この程度の気遣いはできるのだ。

 しかし、今のやりとり……違和感を覚えたというか……なんだかとんでもない事実が潜んでいる気がする。なんだ?どこだ?

『付き合い始めて初めてのクリスマスだし、二人で過ごしてもらおうよ。』

『いくらオレでも、この程度の気遣いはできるのだ。』

 もしかして……。もしかして、オレも気遣われていたというのか……?中井君と同じように……?

 そして、『中井君と同じように』ということは……オレと高木さんは付き合っていると認識されている!?しかも、ほとんどのクラスメートに!?

 考えてみれば、そもそも同じ日におはぎの大食い大会とおむすびの大食い大会なんてやるはずがないだろう!しかもクリスマスイブに!どんな言い訳だ!

「このままだと、二人ですることになっちゃいそうだね。クリスマスパーティー。」

 た……高木さんめぇええ!もしかして、最初からこれが狙いだったのか!?オレを警戒させないよう、そしてオレが気付いたときにはすでに檻の中……。さすがは高木さんだ……。

 

 12月18日、午後4時。

 昨日に引き続きクラスメートに声をかけたオレたちだったが、結局参加しようという人は一人もいなかった。

 それはつまり……。

「あーあ。結局、二人でクリスマスパーティーすることになっちゃったね。」

 最初からそれが狙いだったくせに……。高木さんめ……。白々しい……。

「仕方ないから、もう二人でする方向で予定立てちゃおう。まず会場は西片の部屋ね。」

「はぁああ!?なんだよそれ!聞いてないよ!」

「だって言ってないもん。」

 まったく悪びれることなくさらっと言う。

「ふむ……。じゃあ、私の部屋でする?」

「なっ……!ななっ、なに言ってるの!?」

「だって、西片の部屋がダメなら私の部屋しかないでしょ?」

 た……高木さんの部屋……。今まで入ったことのない、女子の部屋……。

「ちなみに、その日はお父さんもお母さんも仕事で夜まで帰って来ないけど。」

 なんなのその情報!今その情報いる!?

 からかわれている。間違いなく。そして、オレはこういうからかい方をされると……。

「あはははは!顔、真っ赤だよ。何考えてたのー?」

「う……うるさいな……。」

「ねえねえ、何考えてたのー?」

 高木さんは至上の喜びと言わんばかりの笑顔をしている。

「あーもう!わかったから!オレの部屋でいいから!」

「えー?うちでもいいのに。親いないし。」

「それはもういいから!それにうちも仕事で親いないから大丈夫!」

 言ってから後悔し、反省した。オレはもう少し言葉を選んでから話すべきだ。

「ふーん。それ、どういう意味?」

「う……うるさいな!ほ……ほら、親がいないから騒いでも大丈夫って意味だよ!」

「ふーん。騒いでも、ね。ふーん。」

 だから、オレはもう少し言葉を選んでから話すべきだ。

「ま、西片をからかうのはこれぐらいにして。1時ぐらいからとかでもいい?」

 せめて、はっきり『からかう』と言うのはやめてほしい。オレのなけなしのプライドが傷つく。だけど、そんなことを言ったらさらにからかわれるのは目に見えているから、言わないけどね。

「ああ、うん。いいよ。」

 どうでも、とか、なんでも、という言葉は言わなかった。オレはやればできる子らしい。

「じゃあ、ケーキの用意は私がするから、飲み物とか用意してくれる?」

「うん、わかった。」

 オレはだいぶ気を取り直し、いつもの気分に戻っていた。いつものように散々からかわれた後の気分に。

「あとは……プレゼント交換かな。一人500円まで。」

「プレゼント交換って……二人でやるもの?」

「まあまあ。誰のところに行くかわからないものよりも選びやすいでしょ。」

 それはまあ、そうかも知れない。

「じゃあ、おおまかにはそんな感じで。細かいところはメールなんかで詰めていこう。」

 

 12月24日、午後1時。オレの部屋。

 そして、そこにはオレと高木さんの二人きり。

 改めて考える。おかしい……。どうしてこんなことに……。

 最初は、みんなでワイワイ、のつもりだった。そのはずだ。

 それがまさか、クリスマスイブに高木さんと二人なんて……。

 何度考えてみても、まったく現実味がない。

「どしたの西片?なんか……面白い顔してるよ?」

 いっそ、その『面白い顔』で笑ってくれた方がどれだけ気が楽か。

 仕方がない……こうなったら現実を受け入れて楽しもう。

 今日は、普段は他の部屋で使っている折りたたみ式のちゃぶ台を、オレの部屋の中央に置いている。

 そして、高木さんはちゃぶ台を囲んでオレのベッドにもたれ、オレはその対面に座っている。

 その高木さんは、赤いニットに、デニムのショートパンツと黒いタイツという装いをしている。

 あと、ものすごくどうでもいいけど親は仕事で家にはいない。

「さて、じゃあ西片、乾杯しようよ。」

 もうどうにでもなれ。

 二つのグラスにジュースを注ぐ。

「じゃあ、めりーくりすまーす!」

「めりーくりすまーす!」

 そして、高木さんはグラスの半分を、オレは全部を一気にあおる。

「わー!」

 そう言いながら、高木さんは拍手をする。

 釣られてオレも拍手をする。

 あれ……?この感じ……。ちょっと楽しいかも……。

「じゃあ、次はケーキでーす。じゃん!ブッシュ・ド・ノエル……風、ロールケーキ。」

 なんだか高木さんのテンションがおかしい。

「『風』……って、これってブッシュ・ド・ノエルとどこが違うの?」

「うーん、細かいとこはちょいちょい違うんだけどね。一番は、上に枝が乗ってるかどうか、だね。」

 どうやら、ブッシュ・ド・ノエルとは、基本的には下のロールケーキを幹に見立て、そこから上向きに小さなロールケーキを使って折れた枝を表現するものらしい。このケーキには、その上の枝部分がない。

「って、もしかしてこれ、高木さんが作ったの?」

「そうだよ。私が用意するって言わなかったっけ?」

 確かに言ったけど。その言い方だと、買ってくると思う人と自作すると思う人、半々だと思う……。

 とは言え、せっかくの手作りケーキだ。オレは、いただきます、と言って一切れ口に入れる。

「ウマい!」

 一口食べると、思わず口から感想が飛び出た。

 本格的なロールケーキというものは食べたことがないけど、それでもこれはお店で売れるレベルのものではないだろうか……。

 ということを、実際に高木さんに伝えたところ……。

「ありがと。でも、そこまで誉められるとちょっと恥ずかしいかな……。」

 おや?おやおや?高木さんが照れている。もしかすると、高木さんに対してはからかうよりも誉める方が効果が大きいのかも知れない。覚えておこう。問題は、オレ自身が照れてしまって彼女をこんなに誉めることができない、ということだ。

 それにしても……クリスマスイブに、自分の部屋で、女子の手作りケーキを食べる。その二人の関係性について。……まあ、深くは考えないでおこう。

「ほらほら、高木さんも食べてよ!」

 なぜかオレが自信たっぷりに薦めるロールケーキを、高木さんは、いただきます、と言って食べる。

「ほんとだ。よかった、上手にできてる。」

「でしょ!」

「あはは!なんで西片がそんなに自信たっぷりなの?」

 高木さんは、子供のような笑顔でそう言った。

 

 12月24日、午後1時45分。

「じゃあ次は、プレゼント交換でーす!じゃん!」

 相変わらず高木さんのテンションがおかしい。

「って言っても、二人しかいないんだから、実質相手へのプレゼントだよね。」

「だから!それオレが言ったじゃん!」

「あはは。まあまあ。どうする?歌いながら回す?」

「それで自分のが手元に帰ってきたらものすごく悲しいから普通に交換したい。」

「うん、私もそう思ってた。」

「じゃあ聞かないでよ!」

 なんだか、プレゼントの交換となると妙に恥ずかしくなってきた。

 クリスマスイブに、自分の部屋で、女子にプレゼントを渡し、プレゼントをもらう。その二人の関係性について。……まあ、深くは考えないでおこう。

「あははは!じゃあはい、これ。どうぞ。」

「あ……ありがとう。じゃあ、これ……。」

 オレたちは、お互いに綺麗に包装されたプレゼントの包みを受け取る。

「じゃあ、私が先に開けてもいい?」

「あ……うん、どうぞ……。」

 高木さんが袋から取り出したそれは……。

「わあ……バレッタだ……。」

 そう、青いリボンの形をした髪留め……どうやらバレッタというようだ。確かにレシートにそんなことが書いてあった。

「これ……西片が選んでくれたの?」

「あ……ああ、うん……。」

 選んでる間。レジで買うとき。ものすごく恥ずかしかったけど、そのことは言わないでおこう。

「ふーん。ね、どうして青なの?」

「ほら、高木さんの髪って明るいから、ちょっと落ち着いた色の方がいいかなって……。」

「そこまで私のこと考えてくれてたんだ。ふーん。」

 しまった。これはいつものようにからかわれるパターンだ。『私のこと、よっぽど好きなんだね。』とか言って。オレは反射的に身構えた。

「西片、ありがとね。大事にするね。」

 あれ……?素直にお礼を言われた……。そうするとこちらの調子が狂う。調子が狂うついでに、少し照れてしまう。たぶん、顔が赤くなっていたことだろう。となると、次の高木さんの言葉は……。

「ね、西片。ちょっと着けてみていい?手伝ってくれる?」

 あれあれ……?『あははは!西片、顔赤いよ?』それが、オレの予想した言葉だった。とはいえ、予想が外れてからかわれずに済むのなら、それに越したことはない。

「私、ヘアゴムなら持ってるんだけど、バレッタって持ってないから、着け方がよくわからないんだよね。」

 そう言いながら、そのバレッタをオレに手渡す。

「こういうのって、プレゼントされたら、すぐに着けた方がいいのかな?それともしばらく大事に置いといて、それから着けた方がいいのかな?」

「ど……どうかな……?今までにプレゼントされた物はどうしてたの?」

「こういうのくれたの、西片が初めてだから。よくわかんない。」

 そういうこと言われると……それは……ちょっと……かなり……恥ずかしい……。

 しかし高木さんはオレの羞恥など意にも介さず、少し考える素振りをし……。

「うん、しばらく、よく見えるとこに置いとこう。」

 そう決めたようだ。

 オレがちゃぶ台の向かいに座る高木さんの横に行くと、彼女はオレに背中を向けた。

 途端、オレの心は急激に粟立った。

 …………………………。

 いやいや……。よく考えたらおかしくない?この状況。マンガじゃないんだからさ。女の子の髪に髪留め着けるとか。ないでしょ。

 オレの心は一瞬で現実逃避を始めた。そうでもしなければ、直面している現実に耐えられそうもない。

 しかし、話に聞くとおり、現実とは残酷なもののようだ。

「西片?どうしたの?」

 どうやら、覚悟を決めるべき時が来たようだ。

 オレは右手にバレッタ、左手に高木さんの髪をまとめて持つ。

 ちょっと待って……。うわ……。なんかムリ……。サラサラだし……。女の子の髪ってみんなこんな感じなの?いいニオイするし……。

 いや、ダメだ。そういう雑念は捨てて一気に攻めるべし。そう考えたオレは、極めて事務的に、高木さんの髪にバレッタを着けた。

「こ……こんな感じでいいかな?」

 なにぶんオレ自身バレッタを着けたことがないので、正解がわからない。

「西片、鏡ある?」

「あ、そこの壁にちっちゃいのがかけてあるけど……。」

 高木さんは自分のバッグからコンパクトミラーを取り出し、立ち上がって壁かけの鏡へと近づいた。コンパクトミラーと頭の角度を調整しながら自分の後頭部に着けられたバレッタを探していた。

 やがてバレッタが見つかったのか、コンパクトミラーや頭の角度を少しずつを変えながら色々な角度から眺めていた。かと思うと……。

「かわいー。西片、ありがとね。」

 本当に嬉しそうな顔でそう言った。

 

 12月24日、午後2時。

「さて、次は西片君の番です。」

 相も変わらず高木さんのテンションがおかしい。そんな彼女は、ベッドにもたれたまま、膝を抱えて座っている。

 とりあえず高木さんのテンションは無視して、彼女にもらった袋を開ける。

「ネコの置物……?」

 そう、出てきたのは、横5センチほどのネコの置物だった。黒ネコがスフィンクスのような体勢で寝そべっていて、そのネコに寄り添うように一回り小さな白ネコが寝そべっている。材質は陶器だろうか。しかし表面がざらざらしていて、うわぐすりとやらは塗られていないようだ。

「高木さん、これ……。」

「西片の部屋って、あまりにも飾りっ気がないでしょ?そういうトコ、私は好きなんだけど。かわいいものって言ったら、そこのニワトリの目覚まし時計と『100%片想い』ぐらいだから、少しぐらいこういうのがあってもいいかなって。西片、ネコ好きでしょ?」

「『100%片想い』をかわいいものの中に入れるのはやめてよ!」

「えー?だって、かわいいでしょ?」

 本当は、『100%片想い』のことはどうでもよかった。なんの迷いも屈託もなく『オレの部屋が好き』と言える高木さんに照れてしまって、なんでもいいから大声を出して自分をごまかしたかったのだ。

「ちなみにそれ、ネコのお尻は鉛筆削りになってるんだよ。」

 本当だ。黒ネコのお尻に鉛筆を入れて回すと、鉛筆が削れてお腹のところから削りカスが出てくる仕組みだ。

「でもこれ、使うタイミングがなさそうだね……。それになんかアレだし……。」

 中学校に上がってからは鉛筆を使う機会もほとんどなくなり、シャープペンシルを使っている。さらに、鉛筆を削っている最中には黒ネコのお尻に長い鉛筆が刺さっていることだろう。

「まあ、その場合はただの置物として置いておいてよ。」

 確かに、このネコはかわいい。かなりオレ好みだ。寄り添っている白ネコの表情も、目を細めていて黒ネコを信頼しきっているような……そんな印象を受ける。

「ありがとう。これ、すごくかわいいと思う。黒ネコも白ネコも、表情がすごくいい。」

「よかったー。これでも結構悩んだんだよ。」

 確かに、オレにとっても、相手のことを考えてプレゼントを選ぶなんて、今までにはなかったことだ。

「それにしても、このバレッタ選んでくれてる間、西片はずっと私のこと考えてくれてたんだね。」

 笑顔を浮かべてオレを見ながら言う。

 それは、からかうでもなく、困らせようとしているわけでもなく。

 ただ純粋に、その事実を喜んでいるような、そんな笑顔だった。

 

 12月24日、午後2時30分。

 会話の話題が一通り尽きてきたころ、高木さんが言った。

「ねー西片、なんかゲームやらせてよ。」

 どうやらテンションは戻ったらしい。『クリスマスパーティーの司会』的な気分だったのかも知れない。

「いいけど、高木さんができそうなのってあるかな……。」

 高木さんがちゃぶ台を離れ、オレの横にあるテレビの前にやってきた。

「あ、これ知ってる。『ぷよんぷよん』。」

『ぷよんぷよん』とは、いわゆる『落ち物系パズルゲーム』というヤツだ。色とりどりのぷよんが二つ一組で画面の上から降ってくるので、それを四つ以上くっつけて消していく、というものだ。最終的に、ぷよんを消しきれず画面の上までぷよんが到達した方が負けになる。

「やったことあるの?」

「やったことはないけど、ルールはなんとなくわかるし、絵もかわいいし、なんとかなるでしょ。」

 甘い……甘いよ高木さん……!『ぷよんぷよん』はそんなに単純なものじゃないんだ!やればやるほど頂上が見えなくなる、そんな無間地獄のようなものなんだよ……!

「じゃあ、ちょっとコンピューター相手に練習してみてよ。」

「うん。少し時間もらうね。」

 オレは、高木さんがプレイしている間、二つ一組のぷよんの回転方法や、素早く下に落とす方法などの基本操作をレクチャーした。その間、高木さんは落ちてくるぷよんをその都度消していくので精一杯だったので、高度なテクニックである『連鎖』などについては話さなかった。

「うん、なんとなくわかった。よし、じゃあ勝負しよう。もちろん罰ゲームありね。」

 なっ……!なんだと……!?勝負!?しかも罰ゲームあり!?さすがの高木さんといえど、経験者のオレに勝てるはずがない。いかに彼女からの提案とはいえ、オレがこの勝負を受けるのは余りにも卑怯ではないだろうか……。それとも、彼女には勝つ自信があるのか……?いや、さらに裏をかいてフェイクなのか……?いやいや、合理的に考えて彼女がオレに勝てるはずがない。なにせ、彼女は今日初めて『ぷよんぷよん』をプレイするのだ。それに、ここで退くと『あれー?負けるの怖いのかなー?』とか言われるに決まっている……!

 そうだ。オレは今日、この場で高木さんに100%勝利できるのだ。そのチャンスをみすみす逃す手はない。

「いいよ、やろう。」

 卑怯と言うなかれ。映画『西部のダンディ』のダンディも言っていたではないか。『相手の弱点を攻めるのは卑怯ではない、戦略だ。』と。

「で、罰ゲームは?」

「そうだねー。負けた方が勝った方の言うことなんでも一つ聞く、っていうのは?」

「なんでも、って?」

「なんでもはなんでもだよー。」

 なんでも……。普段なら恐ろしくて決して乗れない勝負だが、今日だけは別だ。高木さんがオレの言うことをなんでも聞く……。最高のクリスマスプレゼントじゃないか!

「今、エッチなこと考えてた?」

「考えてない!」

 なんなんだこの人……。なんでそんなことをさらっと言えるんだ……。本当に危険な人だ……。

「いいよ、やろう。言っとくけど、オレ、手抜かないからね。」

「当たり前だよ。そうしてもらわないと。その代わり私からの条件ね。三本勝負で、先に三本取った方の勝ち。つまり五本勝負だね。」

「う……うん……。わかった。」

 言っていることはわかるんだけど、前半の説明は必要だったのだろうか……。

「じゃあ、勝負開始ね。」

 

 12月24日、午後3時15分。

 バ……バカな……。

 オレの2勝3敗。あり得ない……本当にあり得ない敗北を喫してしまった。

「やったー!勝ったー!」

 勝者である高木さんは、無邪気に喜んでいる。

「高木さん、本当に『ぷよんぷよん』やるの初めてなの?」

「言ったでしょ?初めてだって。疑ってる?」

「いや、そういうわけじゃないけど……。」

 そう。疑っているわけではないが、疑わざるを得ない勝負だった。

 最初の2戦はオレの圧勝。高木さんは、コンピューター戦と同じく一つ一つ消していくのが精一杯だった。

 そう、精一杯だったはずだ。しかし、3戦目から事態は急展開する。高木さんの動きが鋭くなり、『連鎖』を使い始めた。完全に油断していたオレは、ここから立て続けに3本落としてしまったのだ。

「なんていうか……明らかに初めてやる人の動きじゃなかったよ……。」

 オレは失意のどん底でそう言った。

「あー、そういうこと。だって、いろいろ教えてもらったもん。」

 ん……?『教えてもらった』?意味がわからない。

「まず最初。一人でやらせてもらったときに、操作方法を覚えたの。次に西片と2戦する間に、自分は必要最小限のぷよんだけを消しながら、西片のやり方を見てたの。」

「オレの画面を……?」

「そう。で、上手なやり方がわかったから、3戦目から攻めていったの。」

 オ……オレのやり方を見て、その上オレを越えただと……!?なんなのこの人……。超常現象とかそういった類のモノなの?

 オレの驚きをよそに、高木さんはちゃぶ台に戻って行った。

 

 12月24日、午後4時。

「さあ、勝ったし、罰ゲーム、なにやってもらおうかなー?」

 高木さんはベッドに背を預け、膝を抱えて座りながら言う。オレも元通りちゃぶ台を挟んで高木さんの向かいに座る。

 ちなみにオレは引き続き失意のどん底だ。なにせ罰ゲームは『なんでも言うことを聞く』なのだ。先の敗北も加えて、どん底の気分にもなる。

「よし、決めた。」

 そう言うと、高木さんはオレを見ながら自分の右隣の床を手のひらでぽんぽんと叩いた。

 おそらく、オレにそこに座れということなのだろう。

 ちゃぶ台に座ったばかりのオレは再び立ち上がり、高木さんの横に、半人分の距離を置いてベッドにもたれた。

 お互いにベッドにもたれ、視線の合わないまま、同じ方向を見て、同じように膝を抱えて座っている。

「せっかくだからさ、学校や帰り道じゃできない話しようよ。」

「ん?どういうこと?」

「エッチな話じゃないよ?」

「それはもうわかってるから!ちょっとくどいよ!」

 今日に限ってはもうツッコミも手慣れたものだ。

「で……えっと、それが罰ゲーム?」

「うん。もうちょっとキツいのがいい?」

「いや……それで……いいです……。」

 高木さんは、あはははは、と笑い、少し首を上げて正面の壁を見ながら、ゆっくりと話し始めた。

「中学校に上がって、西片と出会って、もう今年が終わろうとしてるんだよね。」

「うん、まあ……そうだね。」

 実際、中学校に入って、入学式の初日から高木さんに振り回されて……。気がつけば夏が来て、秋が来て、冬になっていた。

「今年は小学校の卒業式とか、いろんなことがあったのに、振り返ると、いつも同じ光景ばっかり浮かんでくるの。」

「へえ……どんな?」

「中学校の教室の窓と、空と、その手前にいる誰かさん。」

 それは、十中八九オレのことだろう。しかし、どうリアクションしたらいいのかわからない。奇襲に弱い、それがおそらくオレの弱点なのだろう。

 しかし高木さんはオレのことをからかうでもなく、変わらず正面を見ていた。

「今年は、本当に楽しかったよ。」

「オレはあんまり楽しくなかったけどね。」

「あはははは!まあ、そう言わないでよ。」

 人の気も知らないで……。だけど……。

「だけど……。まあ、楽しかったところも、ちょっとはあるかな……。」

 オレの横で、高木さんが少し笑ったような気がした。

「今回ね、クラスのいろんな人に声かけて、ちょっとわかったような気がするんだ。」

「なにが?」

「私にとって、西片がどういう存在なのか。」

 聞きたいような、聞きたくないような……。

「きっとね、すごく大切で、大事な、一番仲のいい友達。だけど、一番と二番の間には、ものすごく大きな開きがある、そんな、一番仲のいい友達。」

 それは、きっと……。

「うん……なんとなくわかる……。」

 それはきっと、一般的には『特別な存在』と言われるもの。だけど、それを言葉にしてしまえば、この関係自体が壊れてしまうような、曖昧な関係。しかし、ただ『特別な存在』という言葉だけでは、オレたちの不思議な関係は表せない。高木さんもそう思っていたのか、その言葉だけでは表せないオレたちの関係を、必死に言葉にしようとしている……そんな印象だった。

「うん、なんとなくだけど……わかるよ。一番仲のいい、二番目とは大きな開きのある、大切で、大事な友達。」

 高木さんは、オレの発言にはコメントしなかった。ただ、少し息を整えているような音が聞こえる。

「あのね、西片。」

 お互いに視線を合わせないまま、高木さんが言う。

「あのね、私と出会ってくれて、ありがとう。私の、一番の友達になってくれて、ありがとう。」

 オレは高木さんの方を見ないまま、ただ一言、うん、とつぶやくだけだった。

 

 12月24日、午後5時。

 いつからか、オレたちはお互いの顔を見ながらいつも通り会話を始めた。

 そしてやはりオレは散々からかわれた。いいんだ……もうわかってることだし……。

「西片。今日は付き合ってくれて、場所も提供してくれて、ありがとね。」

「ううん、別にこれぐらい……。」

「そんなわけで、私から西片君にもう一つプレゼントをあげます!」

「えっ……?なに?唐突に……。なんか怖いんだけど……。」

 おかしなテンションの高木さんが帰ってきた。

「って言っても、大したものじゃないけどね。『高木さんになんでも一つだけ言うことを聞かせる』権利を差し上げます!」

「……ん?なんの権利?」

「『高木さんになんでも一つだけ言うことを聞かせる』権利です!」

「そ……それってまさか……!」

「私にできることで、西片がしてほしいことを、なんでも一つだけしてあげます。」

 なんだって……?じゃあ……まさかオレの悲願が……。

「エッチなこと考えてる?」

「考えてない!そしてくどい!」

「えー、私はそれでもいいのに。」

「なっ……!」

 先ほどのしおらしい高木さんはどこへやら、すっかり平常運転になってしまった。エッチな話になるとオレが反撃できないと思って……!しかし、オレの命令はもう決まっているよ高木さん!

「高木さん……オレの命令はもう決まっているよ!それは……二度とオレをからかわない!だ!」

「あ、それ無理。」

 えぇええー!?即答!?

「なんで……?なんでも言うこと聞くんじゃ……?」

「『私にできることで』って言ったよね。私、できないもん。西片をからかうことやめるの。」

 はぁああー!?なに!?エッチなことはできるのに、オレをからかうことをやめるのはできないの!?なんなのこの人の価値観!?一周回ってちょっと怖い!

 もういっそ、エッチなことしてもらおうか……。『じゃあ、高木さん。エッチなことしてよ。』バカかオレは!そんなの言えるわけないだろ!

「え……えっと……。じゃあ、ちょっと保留で……。」

「ふーん。」

「な……なんだよ……。」

「ううん、西片っぽいな、って思ってさ。」

「それ、誉めてる?」

「あはははは!誉めてるわけないよ!」

 笑いながら言われると無性に腹が立つな……。

「だけど、西片のそういうトコは好きだよ。」

「えっ……!?ちょっ……!?」

 突然の攻撃に脳が対応できない。やはりオレは奇襲に弱いようだ。

「あはははっ。さて、もうだいぶ遅くなっちゃったし、そろそろ帰ろうかな。」

「そ……そうだね、外もすっかり暗くなってるし。」

 考えてみれば、つい先日は冬至だった。5時でも辺りはすっかり暗い。

 高木さんが立ち上がったので、オレも見送るために立ち上がり、二人で玄関に向かった。

 高木さんは上着を着て手袋を着け、自転車に乗りオレの方を振り向いて声をかける。

「じゃあ、今日はありがとね。」

「うん、気をつけて。」

「あ、そうそう。あの権利、有効期限ないから。」

 そう言い残して、高木さんは颯爽と去っていった。

 

 12月24日、午後9時。高木さんの部屋。

 高木さんは、入浴を済ませた後、寝巻きに着替え、自室に戻ったところだった。

 鏡台の上には青いリボン型のバレッタがある。彼女はそれを手に取り、愛おしそうに撫でる。

 その時、ケータイが西片からのメールの受信を伝える。

 彼女は、彼からの着信音を、他の人のそれとは違うよう設定していた。そのため、彼からのメールであることはすぐにわかった。

 彼女はケータイを操作し、メールの内容を確認する。

『例の権利のことだけど、いろいろ考えました。』

 どんな気持ちでメールを打ったのか、丁寧語で送られてくるところがとても彼らしい。彼女は、少し微笑んだ。

『これからも、二番目とは全然違う、一番の友達でいてほしいと思います。』

 彼女は、わずかに目を潤ませながら、頬を赤く染め、喜びを我慢できない、という表情をしていた。

 果たして彼は、この文章を考えるのにどれほどの時間をかけたのか。このメールを送信するのにどれほどの勇気を振り絞ったのか。

 そういったことを考えるにつけ、彼女の喜びは止まらなくなっていった。

 しかし、彼女はそんなことはおくびにも出さず、極めて平静を装ってメールを返信した。

『喜んで。こちらこそ、よろしくね。』






最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
お楽しみいただけたのなら幸いです。

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