超次元──ゲイムギョウ界全土を巻き込んだアルファアール革命軍との全面戦争。
 これは四女神と、ルウィー陸軍近衛連隊隊長、ミスミ・ワイト。
 そして。
 人型陸戦機甲歩兵『アームズ・シェル』のパイロットたちの、戦場を駆ける物語。


 ……そしてこれは、そんな勝利の女神達に反旗を翻した一人のアンダードッグの短い物語


※この短編は『超次元ゲイムネプテューヌG.C.2017ラストウォーズ(或るルウィー国民様著)』の三次創作となります。

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主人公 レイジ・ノーヴァ
二つ名 白影の痩狗・根性のある負け犬・才覚の敗北主義者
年齢 二十歳(外見年齢三十代半ば)
性別 男性
所属 元・ルウィー陸軍近衛連隊→アルファアール革命軍
搭乗機 魔導機関搭載第四世代アームズ・シェル『マッド・ハンター』
容姿 やや痩せぎすのほりの深い顔。ブラウンの髪(現在は白髪のショートカット)。
瞳の色 茶
好きな天気 曇天
備考 何一つ情熱を持ち合わせていなかった青年。何事もそつなくこなすスマートな天才肌であり、その才能を持て余していた。
 アルファアール革命軍との接触後、愛機に妄執的な信頼を寄せている。


負け犬と捨て犬のハウリング

 

 

 ──その男の印象を問われれば、誰もがこう答えた。何一つ情熱のない男だったと。

 そして、彼がいなくなってからも誰一人として気にかける者はいなかった。

 

 

 

 GC2017……それは、とある日の小さな出来事だった。ルウィー陸軍近衛連隊隊長であるミスミ・ワイトが、陸戦機甲歩兵であるアームズ・シェルの格納庫で整備士達と写真を眺めて笑う部下達の姿を見たことから始まる。

 革命軍との戦争──それは確かに、ゲイムギョウ界にとって痛ましい事件だ。しかし、極限の状況下にあってもそうした交流を深めることは忘れてはならない。背中を預ける身内に気を許せないようでは乗り越えられない危機だってある。

 

「ワイト隊長、見てくださいよこれ」

「これは……近衛連隊候補生の集合写真か」

「ええ。部屋の掃除をしていたら偶然出てきまして、懐かしいものです」

 そう言って笑う部下を見て、ワイトは集合写真に映る顔ぶれを見ていく。その中から脱落したものもいた、だが今はこうして近衛部隊に配属されている者も多い。

 

「……」

「どうかされましたか?」

「いや──」

 その中で一人だけ──どうしても、名前が思い出せない男がいた。仲間と肩を組んで写真を撮っているのに、無表情の男が。ブラウンの髪、ほりの深い顔立ちで、仲間に合わせてピースサインをしていた。

 何故か、目について仕方ない。部下に尋ねるが、名前を思い出せずに首を傾げていた。

 誰もその男の名前を思い出そうとはしなかった。ここに居ない以上は、近衛連隊の適正試験に脱落した“負け犬”だったのだろう。

 しかし、以外にもその男を覚えている人物がいた。それは、ルウィーの女神候補生であるロムとラム。白の守護女神、ホワイトハートことブランの妹たちだった。

 

 名前を、レイジ・ノーヴァ──パイロットとしての技量も、訓練生だった頃からの成績も突出したものは無かった。ただひとつだけ、機体運用に必要のない保有魔力とその適正だけは高かった。だが、近衛連隊の適正試験をそつなくこなしていたのを思い出す。しかし、その途中から成績が伸び悩み、結果として近衛連隊の補欠となった。だが、それから間もなくして陸軍を辞退している。

 ワイトは、その男の姿を思い出そうとするが……どうにも、思い出せなかった。視界の片隅にいたはずなのに、どうしてか思い出せない。ただ、どうしてだろうか。

 影法師のように、記憶の中にいることだけはハッキリと覚えていた。

 

 

 

 ──アルファアール革命軍と、彼が接触したのはただの偶然である。

 

 レイジ・ノーヴァはルウィー陸軍を辞退後、平凡な一市民として生活していた。時折、戦災復興を名目としたボランティア運動にも名を連ねていたが、それでもやはり彼は特定個人と交流を深めるようなことをしなかった。

 ゲイムギョウ界を転々としながら、彼は放浪していた。ルウィーを避けて、ラステイションに、プラネテューヌに。資金の都合でリーンボックスもあまり行こうとは思わなかった。

 守護女神への信仰心を持たず、かといって反女神派でもなく。レイジ・ノーヴァは無信仰主義だった。正確には、何一つとして信じていなかった。ゲイムギョウ界においては、変わり者だったのだろう。

 アームズ・シェルの活躍を耳にする度に、かつて自分もルウィー陸軍近衛連隊に志願したことを遠い昔のように思い出す。女神の膝下であれば、オレは変われたかもしれない。そう思った。だが何も変わらなかった。自分と周囲の思想の乖離に嫌気が差した。

 オレにはみんなのように誇れるものなど何もなかった。ただ、あの隊長だけは嫌味なく尊敬していたことだけはハッキリとしている。

 それからも、今までと同じように“なんとなく”で生きてきた。

 

 ……ラステイションのホテルに泊まり、深夜。何気なく出歩いた。特に理由など思い浮かばなかった。ただ夜食でラーメンでも食べようか、という気まぐれだった。

 そんな時に、アルファアール革命軍の一味が路地裏で活動をしているのを見かけてしまったが、レイジは何をするわけでもなく──ただ、彼らが口にした言葉に惹かれた。

 それは、革命軍が保有しているアームズ・シェルの話。使い物にならない機体を持ち出すか、否かという会話だった。

 

「……おい、なんだお前は」

「今の機体の話を、詳しく聞かせてくれないか? 興味があるんだ」

 怪しむ相手にラーメンを奢るという条件を付けて、レイジは提案すると彼らも賛同する。

 他愛のない自己紹介から、過去話。その中で自分が元ルウィー陸軍近衛連隊候補生だったことを話すと、目の色を変えた。

 革命軍は、その隊長を筆頭にして守護女神達によって撤退を繰り返している。各地に用意した拠点も甚大な被害を被っていた。だが、自分は既に軍を辞めている。

 疑いの眼差しは晴れなかったがアームズ・シェルを動かすことが出来る貴重な即戦力を追い返すわけにもいかず、彼らはラステイションで一世を風靡した噂のブラックカレーヌードルを奢ってもらった恩もあって、拠点へと連れて戻ることにした。

 

 

 ──廃工場を利用した補給拠点は、理に適っている。ラステイションの工業国家としての一面を逆手に取っていた。膨大な工場区画の中には管理し切れず放置された物も少なくない。

 すでに彼らは拠点を移動させるための用意をしていたようだ。少ない人員とトラックの荷台に積み込んでいる物資から、ここが歩兵のみの戦闘能力しかないことをぼんやりと考える。

 

「ほら、アレだ。あのアームズ・シェルだ」

「…………」

 レイジは、示された機体を見上げた。打ち捨てられるように、カビ臭い鉄工場の中に放置されていた全高六メートルはある、陸戦機甲歩兵。通称『アームズ・シェル』だ。現行の普及している第四世代の『レイドッグス』の試作機なのは、機体の各所から見て取れる。しかし、見慣れない装置が全身の関節部に接続されていた。

 天井から吊り下げられ、うつ伏せになって外部装甲を取り付けられていない様は、まるで鋼鉄で出来た痩せ細った狗のようだ。

 

「────」

 どうしてか、レイジ・ノーヴァはそのアームズ・シェルに親近感が湧いて仕方なかった。

 

「この工場にアームズ・シェルがあると聞いて拠点にしてたんだが、誰も乗れないと来た。立ち上げることすら出来ないガラクタだ。動かそうとした途端に、予定していたパイロットが植物人間状態になる」

「…………そうか。この機体に関する資料は」

「本気で言っているのか?」

「ああ。捨てられているなら、文句はないだろう? オレが乗る。オレがこいつを乗りこなす。必ずだ……そうしたら、アンタ達の為に戦ってやる」

「その理由は? 今さら俺達革命軍に与したところで──」

「オレが“負け犬”だからさ。敗北主義者なんだ」

 自分のことをそう語るレイジの顔は、確かに嘲笑っていた。

 

 それからは、地獄のような機体の稼働試験の毎日。

 アームズ・シェルの基本的な操縦方法はレイジの身体に染み付いている。だが、その捨てられていた機体は魔力を必要としていた。現行兵器にとって重要視されるべき「安全と安心設計」を度外視し、搭乗者にすら牙を剥く。

 虚数転換物理(Imaginary Converter)エンジン──通称を『ICE(アイス)』。それは第二世代全盛期に設計された魔導機関。魔力を燃焼させて稼働するという、低騒音駆動を目的としたはずの補助動力装置は、技術者達の歪められた熱意によって狂気の産物と化した。かつてゲイムギョウ界を騒がせた犯罪神マジェコンヌが計画に協力していたという噂もある。

 その原理は、空間を魔術で紐解き、その計算式を分解・燃焼させることによって燃料を“パイロットから”供給されることによって性能を発揮する。

 当然ながら、負担が尋常ではない。搭乗者が廃人と化すのも頷ける仕上がりだった。なるほど、道理だ──魔力適正のあるパイロットなど必要ない。存在しない運命の相手をただ待つばかりだったICE搭載アームズ・シェルは『マッド・ハンター(狂気の狩人)』と呼ばれていた。

 

「──ァ、カッ──! ヅッ……!」

 都合、24度目の起動試験。マッド・ハンターは立ち上げるだけでもレイジの命を削り取っていた。身体に熱された鉄棒を押し込まれるような拷問じみた熱量は、確かに身体から魔力を奪い取っている。その不足した魔力を搭乗者の生命力で補填しようというのだ。

 ──嗚呼、気が狂っている。

 そんなものを設計したやつも、それを動かそうとしている今のオレも。

 レイジ・ノーヴァは、日課となったマッド・ハンターの起動実験を終えると、狭苦しいコックピットから這い出して地面へと転がり落ちる。自分を見下ろす、静かなる鋼鉄の狂犬の頭部カメラと見つめ合う。

 物言わぬアームズ・シェルは自分を見捨てるのかと問いかけているようで──レイジは鼻で笑った。諦めるものかと、手を伸ばす。

 オレは、負け犬だ。今まで二十年生きてきて、何一つ情熱を燃やすようなものがなかった。

 お前は、捨て犬だ。戦うために設計されたはずなのに、誰もお前に手を差し伸べなかった。

 負け犬と捨て犬同士で、オレ達はお似合いなんだ。ここでオレがお前を見捨てたら、誰がお前に乗るんだマッド・ハンター。

 

「……諦める、ものか……!」

 口をつり上げて、血の滲んだ拳を握りしめ、地の底から響くような声でレイジは唸った。その執念を不気味がって彼と接触したアルファアール革命軍ですら距離を置いている。

 

 通常、アームズ・シェルの操縦システムはモーショントランスマネージャーと呼ばれるソフトウェア群によるものだ。そして、パワー・トレース方式での操縦を採用している。だが、その二つの操縦システムですら一癖も二癖もある。

 噛み砕いてしまえば、機体と自分を同調させなければならない。自分がマッド・ハンターになるか、マッド・ハンターが自分なのか。そして、レイジは前者だった。

 ICEの特性として、機体のレーダーに搭乗者の演算処理能力が必要とされる。これは空間を魔術で計算した際にその光景をリアルタイムに処理するからだ。タイムラグが皆無の計算を常に強いられる。それだけで脳がパンクしてしまうが、レイジはこれを計算するのではなく感覚的なものとして処理した。

 次に、機体の関節部に仕込まれたICE本体によって得られる規格外の追従性能。破格の機動性能は、常時魔力を使う必要がないとコツを掴んだ。肘を曲げるのに腕全体に魔力を消費する必要がないことが解った。

 そうして徐々にだが──機体特性を理解した都合、121回目の起動試験では通常戦闘をこなせるまでになった。そこまでして得られたのは通常の機体よりも速い程度の機体だったが。

 そこに至る頃には、レイジの髪は色が抜け落ちていた。ブラウンだった髪は白髪へなり、目の下には深いクマが出来ている。食事も仲間と摂る様子が減り、錠剤の世話になっていた。

 そんな彼を見かねて、声を掛ける。

 

「レイジ、またラーメンでも食べに行こうぜ。たまには」

「…………味覚が薄くてな。今はこいつで十分なんだ」

 力なく笑い、錠剤を振るレイジの姿は以前のような面影はなかった。狂気に取り憑かれた走狗は今や革命軍の保有する戦力の中でも重要な立ち位置となっている。

 コールサイン【バウンティ1】は、専用のパイロットスーツが用意された。そして、その戦績が認められたマッド・ハンターも専用の外部装甲が取り付けられ、それだけではなく専用兵装までもが与えられている。女神の加護が届かない地の底で手にした、負け犬と捨て犬の栄光だった。

 

 ──そして、今。

 レイジはとある人物のもとを訪ねていた……マジェコンヌである。

 かつて犯罪組織を率いてゲイムギョウ界を混沌に陥れた魔女は、その面影がない。最近では農家として精を出しているらしいが、レイジはそんな彼女のことを気には留めなかった。ただ、お礼が言いたかった。

 それが例え、どれだけ負の遺産。歪んだ遺物であっても。自分が今、その虚数転換物理エンジンによって駆る機体のおかげで、初めて“生き甲斐”と呼べるものに出会ったのだと。

 深く、頭を下げた。そこに感謝の言葉を添えて。

 そんなレイジを、信じられない物を目の当たりにした様子でマジェコンヌはひどく困惑した。

 

「……あんな、失敗作を使っているのか……」

「はい」

 短く切り揃えた白髪。ほりの深い痩せぎすの青年は、とても二十代とは思えなかった。壮年に達しようという、酷い老化現象の弊害。だが、レイジの健康には何ら問題がない。ただ細胞の劣化が著しいだけだ。文字通りに命を燃やして、それでも尚マッド・ハンターから降りることを頑なに拒む姿に、自分の過去の罪を突きつけられた気分になる。

 

「貴方が気に病むことは、なにも。オレが生き甲斐を見つけた。ただ、それだけを伝えたくて貴方に会いに来ました」

「……その機体に乗って、どれくらいになる」

「もうすぐ一年になります。機体には、毎日欠かさず」

「先は、長くないぞ……」

「覚悟の上です。マジェコンヌ、貴方に改めて──心からの感謝を」

 誠心誠意を込めた深いお辞儀に、マジェコンヌはひどく困惑した。

 そして、背を向けて立ち去るレイジ・ノーヴァを止めることは出来なかった。自分の過去の罪を良しとして、それを生き甲斐にしている負け犬の足取りは、それほどまでに力強かった。

 路頭に彷徨い歩くみすぼらしい犬ではない。

 敗北の中でこそ輝くアンダードッグの誇らしさに、今の自分は止める権利などないと思ったからだ。

 

 

 

 プラネテューヌからラステイションの北部領であるノーザンテイションへ、2日を掛けて陸路で移動する。その中にあるスーデントーラスという街の廃工場が、今は彼の拠点だった。元は工業が盛んだったのだが、今となっては朽ち果てた建物が多い。アルファアール革命軍の残党勢力も、残りは少ない。

 そうまで追い込まれて、いまだに自分が生き残っているのは果たして幸運と言うべきか──レイジはぼんやりと本線の少ないバスの外を眺めながら揺られていた。徐々に見えてくる片田舎、そこに似つかわしくない軍服姿の少数部隊が見える。その中には、待機状態のアームズ・シェルも四体確認出来た。

 

(……嗅ぎつけられたのか)

 制服の色合いから、ラステイション軍だろう。ルウィー軍では、面識のある相手がいる可能性が高い。特に、近衛連隊が相手になるような事があれば非常に面倒だ。とはいえ、今の自分を見て気づいてくれる親しい間柄の相手など誰一人いないだろうが。

 バスから降りて、レイジは素知らぬ顔で閑散とした街を歩く。すれ違う相手は一瞥するが、声を掛けるほどではなかった。無線で他の部隊と連絡しているのに聞き耳を立てる。

 

(……聞いた限りでは、コールサインで部隊は三つ。少数精鋭。アームズ・シェルは四機か……)

 ファーの付いたフードをかぶり、手短な路地へと入りレイジは錠剤を取り出すと適量を手にして口に放り込んだ。無味無臭のそっけない食事を兼ねた、魔力の補給源。半ば薬物に近いが、ゲイムギョウ界ではちゃんとした合法的な薬剤だ。

 腰の後ろに差したナイフと、ハンドガンを確認する。遠くで銃撃音が聞こえた。どうやら制圧作戦が始まったらしい。

 

「……」

 仲間──と、呼んでもいいものだろうか。レイジは、そんなことを薄っすらと考えた。彼の脳裏を掠めるのは帰りを待っているであろう“愛犬”の姿だけがある。

 今頃は腹を空かせているだろう。

 早く戻らなければ──、レイジは路地裏の壁に足を掛けると“跳躍”した。壁を蹴り、反対側に跳ぶと身体を貼り付けて再び跳躍。それを繰り返して屋根上に飛び映ると、ホルスターからハンドガンを抜いて拠点へと走り出す。

 

 ──既に、拠点内にまで入り込んだラステイション軍タリス分隊によって制圧は進んでいた。レイジが窓を破って二階から突入した時点では、すでにこちらの半数が倒れている。それに目もくれず、自分の愛機が無傷であることを確認すると胸を撫で下ろした。いい子で待っていたようだ。思わず、頬が綻ぶ。

 

「二階に回れ! 逃がすな!」

 相手の掛け声に、レイジは肩の力を一度抜いた。

 首を慣らして、フードを上げるとハンドガンを腰に引き寄せて構える。閉所戦闘での早撃ち、それはレイジがマッド・ハンターに搭乗するようになってから磨いた戦闘スタイルだった。

 扉を蹴破る相手がアサルトライフルを向けるより先に、腹と顎のダブルタップ。膝から折れる相手の身体を押して、階段に転がす。後続の二人が体勢を崩す姿にレイジが飛び出した。倒れた相手の目と鼻の先に銃口を突きつけて二発、確実に仕留める。元、とはいえ腐ってもルウィー陸軍近衛連隊候補であるレイジにしてみれば、まるでお手本通りの相手だった。

 どこまで突き詰めても平凡の領域を出ない相手の対応に、氷のような思考が撃ち捌いていく。

 一階に降りてマガジンを交換する。9mmを好んで使用するレイジの嗜好は、銃器に関しては至って普遍的なものだった。なによりも安定した供給を優先した結果である。

 

《こちらタリス2、どうした! 応答せよ!》

 相手の落とした無線機からの通信を無視して、無言でレイジは物陰に潜む。様子を見に来た相手のブーツを撃ち抜き、銃口を真上に突きつけて額をふっ飛ばす。即死した分隊員の身体を即席の遮蔽物代わりにして後続の一人、これで合計四人。残り八人。うち四名はアームズ・シェルのパイロットだ。

 マッドハンターの使用するNSW-SG13に身を隠しながらレイジはまだ抗戦を続けている味方と合流する。自分を勧誘した革命軍の同志……、と呼んでもいいのだろうか。

 

「二階は片付けた。あとはそこの二人だ」

「はっ、さすが──」

 ハンドガンで応戦するが、相手はサブマシンガンを景気よく撃ってくる。それに身を屈めて敵の攻勢が衰えるのを待つが銃声が止む気配がない。舌打ちをもらしたレイジが様子を伺う。

 

「おい、アームズ・シェルだ──!」

「革命軍め、こんな機体を隠し持って……」

 ブルーシートを掛けられたマッド・ハンターにラステイション軍が触れたのを見た瞬間、レイジは飛び出していた。

 

「あ、おい!?」

「オレの──愛犬に触れるなぁぁぁっ!!!」

 血走った目に、縮まった瞳孔。過剰な魔力分泌による身体機能障害と感覚障害は、アドレナリン全開にも似た高揚感と共にレイジを走らせる。ジャケットを脱いで、魔力を通して即席のライオットシールド代わりにして銃弾を防ぎ、一人は足と胴体を撃ち抜く。それに気づいたマッド・ハンター近くの二人もアサルトライフルとショットガンの照星を定めた。

 スライディングで射線から逃れながら、バディの太腿と頭を撃つ。その手からアサルトライフルを奪うと三点射撃で一人を沈黙。ショットガンが狙いを定めて、革命軍の放った弾丸が肩に当たる。体勢を崩した相手にレイジが頭にダブルタップで確実に命を奪った。

 犬歯を覗かせ、息を荒げる姿には鬼気迫るものがある。薄手の無地の黒い長袖から、白い煙が漂う。その視線は鎮座するマッド・ハンターにだけ向けられていた。

 

「大丈夫だったか? 悪いな、すぐにここを離れよう」

 その優しい言葉が、負傷した同志ではなく機体にのみ向けられていることに誰も疑わない。レイジ・ノーヴァはマッド・ハンターに取り憑かれている──妄執に等しい信頼を寄せていた。

 

「──レイジ!!」

 同志の言葉に、扉から覗くラステイション軍の銃口に気づく。膝を折り曲げて辛うじて銃弾を避ける。だが無理な回避をしたせいで背中を強く打ちつけ、息が詰まった。

 

「クソ、外した!」

 マッド・ハンターを盾にしてレイジはハンドガンで応戦する。一人はなんとか倒したが、持ち歩いていた替えのマガジンが空になった。隠れていた革命軍がカバーポジションから応戦して、一人ダウンさせる。

 

「おい、危なかっ──」

 ショットガンを拾ってレイジに駆け寄る姿が、横から銃弾を浴びて倒れた。だが、冷徹な思考が取りこぼす散弾銃を足で拾い上げてポンプアクションで排莢するとノールックで倒れた兵士の頭を吹っ飛ばす。

 

「…………」

 眼の前で倒れたのが最後の味方だったのか、廃工場の中は静寂に包まれていた。レイジがかがみ込むが、素人でも分かるほどの致命傷でとてもではないが助からない。一応、初歩的な魔法は使えるが……レイジは、後続のアームズ・シェル部隊との戦闘を考慮して無駄な消費を控えた。

 

「……、」

 ポケットに入れた震える手を伸ばして、自分を革命軍に勧誘してくれた同志はチケットを押し付けてくる。鼻から血を出して、それがみるみる青ざめていく姿に──ああ、やはり自分は何も感じなかった。

 

「レ、イジ……」

「なんだ」

「……また、ラーメン食いに──行こうぜ………………」

「…………」

 押し付けてきたそれは、ラーメン屋のクーポン券。だが、血の付着したものが果たして有効なのだろうか。店員はおそらくその利用を認めないだろう。なら、これは紙切れだ。

 事切れた仲間に、味方に、革命軍と襲撃してきた正規軍の死体に囲まれてレイジは深く息を吐いた。手にしたクーポン券を破り捨てる。

 その視線は、やはりマッド・ハンターにだけ向けられていた。

 

《──突入班、応答せよ! 状況は!》

「……」

 レイジは、ノイズ混じりの無線機にショットガンを撃つ。ベアリング弾が粉々に砕き、無数の破片を周囲に散らかした。

 ……そういえば、と。オレを名前で呼んでくれた革命軍はお前だけだったな。

 らしくもない。感情を乱されるなんて。オレにはお前がいれば、もうそれだけでいいんだ。

 黒のシャツを脱いで、専用搭乗服へと着替えるとマッド・ハンターへ搭乗する。

 

 暗く冷たい、鋼鉄の心臓部。頭部を前方にスライドさせた状態から、ハッチを閉める。間もなくしてマッド・ハンターのオペレーションシステムが起動。コックピット内が電子光で照らされる。

 機体のコックピットは座り込むというよりもしがみつくという形が正しい。前屈姿勢で押し込まれる閉塞的な空間には余分なスペースが入り込む余地など無い。既存のシステムから著しく逸脱した操縦システムは、まずモーショントランスマネージャーの簡素化が挙げられる。

 パイロットの操縦データは機体のOS内部でデフラグツールによる最適化が行われている。搭乗者の操縦に合わせたデータの蓄積は、負担を軽減するためだ。

 特異にして異彩、異形の人型陸戦機甲歩兵の搭乗者は機体を立ち上げる為に虚数転換物理エンジンに自らの魔力を注入する。これで通算、340──何回目だったか数えるのも億劫だ。その消費量を抑えるためでもあり、同時に燃焼効率の最適化にも一役買っている。

 搭乗服も、通常のものと違いハードプロテクターが外されている。ほとんどソフトプロテクターによる軽装だ。そしてなにより、両肘と両膝のハードプロテクターに開けられたコネクタが最たる特徴で、プラグを接続することでよりマッド・ハンターに魔力を流しやすくしている。それらの設計は全てレイジが行ったものだ。

 

「…………」

 機体のシステムチェック、オールグリーン。

 腕部兵装接続異常なし。

 脚部補助格闘兵装接続異常なし。

 虚数転換物理エンジン燃焼効率、70%オーバー。

 相変わらず“ご機嫌”な愛機に、深く息を吸い込んで吐き出した。そして、無線の着信に眉をつり上がらせる。だが平静を保って応じた。

 

「こちらバウンティ1」

《そちらの状況は》

「生存者はオレだけです。敵機残存戦力、アームズ・シェル四機」

《離脱は可能か。こちらでランデブーポイントを設定しておく》

「交戦の許可を」

《出すまでもあるまい? 好きにしたまえよ》

「了解。バウンティ1、迎撃開始(カウンター)

 レイジ・ノーヴァの魔力を燃料に、マッド・ハンターが立ち上がった。ブルーシートを引き剥がし、散弾銃を手にして灰塵の狂獣は獲物を求める。

 

「っ……」

 四肢に接続した搭乗服のプラグから、チクリとした痛みが走った。

 ICEを稼働させる為に必要とする魔力は常人ではとてもではないが立ち上げることすら敵わない量だ。例えるならば──呼吸をするように大規模な魔法を撃てるくらいではないと。ゲイムギョウ界らしく言えば「ずっと俺のターン」とでも例えようか。だが、そんな不条理なことが許される現実ではない。しかし、それもコツを掴めば楽なものだ。

 

 ──ヴゥゥゥ……。

 獣の唸り声にも似た駆動音。マット仕上げのカバーで覆われた関節部からの振動に、レイジは頬を緩めた。

 腹を空かせていただろう、マッド・ハンター。今日の食事の時間だ。

 

 

 

 ──ラステイション軍、革命軍拠点制圧部隊は先行した突入班からの通信が途絶えたこと。そして銃声が止んだことから作戦が失敗したと判断した。

 隊長機である第四世代機を筆頭に、部下の第三世代機は一斉に立ち上がる。統一された兵装は標準的なライフルとデモリッションソードの組み合わせは、突出した武装よりも連携能力で作戦遂行を主とした部隊長の意向だ。

 

《全機、移動開始》

《了解》

 隊長機であるヴェンデッタが率いる(ファイブ)・フォー部隊がアームズ・シェルを移動させる。その歩行だけでも軽い地震程度に揺れていた。

 こんなゴースト・タウンのような街の廃工場まで拠点にされていたのでは、それこそゲイムギョウ界中をしらみつぶしにでもしなければキリがない。その事に部隊長は深く息を吐き出した。

 アームズ・シェルに乗り続けて数年。第四世代の完成と共に、その初期生産型が配備されて十分な数が支給された。だが、部下達は乗り慣れた第三世代機に搭乗している。

 

「最後の通信は」

《革命軍の保有するアームズ・シェルを確認、直後に通信が途絶えました》

「しくじったか……まぁいい。各機、油断するなよ。帰ったらメシでも食いに行こう」

《よしてください、縁起でもない》

《自分は遠慮なくご馳走になりますよ、隊長》

《リクエストいいですか?》

「焼き肉は無しだ。この歳だと中々辛くてな」

《はは! 自分はラーメンで十分であります!》

 短距離移動モードで気楽な雑談に興じながら、突入した革命軍拠点を目指す。

 川沿いの廃工場区画は、廃棄された建造物が多い。中には、労働者の宿舎も併設されていた。なるほど、確かに拠点とするならばこれほどうってつけの場所もそうないだろう。特にラステイションでは重工業が盛んだ。そうなると、より警戒を強くする必要があるな……考えるだけで頭が痛くなってくる。

 

 V・フォー部隊のアームズ・シェル部隊、一番機はヴェンデッタ隊長機。そして、二番機のハイランダー、三番機のハンタードッグ、四番機のアップルボーイがライフルを携えて到着した。

 

「工場内に熱源反応検知──」

 ライフルの有効射程圏内に収めたヴェンデッタの言葉に、慎重に近づく。ヘッドギアにノイズが混じり、それを不快に思ったハイランダーのパイロットが耳元を押さえた。

 

《隊長、なにか聞こえませんか?》

「いいや。どうした、ハイランダー」

《何か、ノイズのような音が……感度を上げてみます──》

 機材のぶつかる音。装填音。獣の唸り声。それらはまるで、屍肉を漁る野良犬のような光景を思わせた。不気味に思いながらも、ハイランダーはそれらを伝達、その直後に廃工場から一体のアームズ・シェルが飛び出した。

 鋼鉄の巨人。陸戦機甲歩兵──全高五メートルの機影は、跳躍して工場の屋根上へと着地する。その自重を支えていながら壊れないのは堅実な建築構造に感謝するばかりだ。

 

「──アームズ・シェル…………なの、か?」

 左手には、確かに標準兵装の散弾銃を手にしている。だが、それ以外の武装が見受けられない。それどころか背面の武装ラックすら無かった。

 唯一確認出来る装備は、後ろ腰に帯びたナイフが一本。右手に何かを保持している。

 全身マットグレーのアームズ・シェルは、両肩が薄紫色にペイントされている。エンブレムも何もないその機体は、あまりに規格品から逸脱していた。

 獣を彷彿とさせる頭部のセンサー。一回り大きな大腿部もまた、人のフォルムから外れている。傾斜装甲を主にしたフォルムに、前腕部の追加装甲。

 鋼鉄の獣人。こちらを見下ろすその異様な存在感に、思わず背筋が悪寒で震える。

 夕焼けに照らされる敵機は、唸っていた。獲物を求めて彷徨う、餓えた獣のように。

 ──コイツは、なんだ。

 

「──敵機確認、交戦開始(エンゲージ)!」

『了解!』

 隊長の掛け声に、三体がライフルを持ち上げる。その銃口から逃れるように、敵機は横っ飛びに跳ねると同時に、右手に掴んでいた物を投てきした。ドラム缶ほどのサイズのそれは、見慣れたもので──チャフとスモーク・グレネード。センサーが潰され、同時に視界も失う。しかし、旧式の物なのか通信まで防げる程ではなかった。

 

「聞こえるな! こちらで敵影を追う、二番機!」

《はっ!》

「俺と来い! 三番機と四番機は支援を頼む!」

《三番機、了解!》

《アップルボーイ、了解!》

 第四世代機であるヴェンデッタが先行する。それに並走する形で耳聡いハイランダーが随伴、後続の二体もチャフと煙幕の有効範囲から離れた。視界が晴れ、機体のレーダーが回復しつつある。

 

 ──こちらを捕捉したのか、迷わず進路を執る敵アームズ・シェル部隊の動きを見てレイジは相手を熟練の搭乗者であると認識した。

 最初の目潰しで動きが鈍るようであれば、一体は撃墜しようかと考えていたが、そうではないらしい。一筋縄ではいきそうにないが……なに。オレとお前なら切り抜けられるさ。今までも。これからも。そうだろう、マッド・ハンター。

 

《隊長、先程の機体ですが──》

「なにか気づいたことがあるのか」

《機体の駆動音が、独特と言いますか……》

「確かに──」

 再び、センサーにノイズが走る。建物越しに放物線を描いて飛んできた追加のチャフ・グレネードがヴェンデッタの頭上で爆ぜた。レーダーが潰されたことに腹を立てて舌打ちを漏らす。今度は正規品だ。だが、それを扱う以上は相手も耳が使えないはず。何か手があるのか、と思考する。

 高濃度型のチャフは、効果時間が短い。範囲もそう広くない。ヴェンデッタが振り返り、後続の姿を視認して前を振り向くと、宿舎を貫くショットガンの銃口がハイランダーの胴体に突きつけられていた。

 

「ハイランダー!」

《──、──!!》

 回避が間に合わない。辛うじて反応した右腕を持ち上げて、胴体を保護する。ショット・シェルがハイランダーの右腕を千切り飛ばした。衝撃にたたらを踏む機体を制御して何とか踏み止まる。その銃口の先に敵影を確認したヴェンデッタがライフルを向けるが、それよりも先に敵機は散弾銃を引き抜いて離脱していた。

 

「狩人気取りか……!」

 コックピット内部で歯噛みしながら、回復したレーダーで敵機を追う。

 あの運動性能は、アームズ・シェルの常識から逸脱している。その機体を駆る相手も、相当な狂人だろう。

 

《──隊長!》

「ハイランダー、被害は!」

《ご覧の通り右腕全損! それ以外は問題ありません、やれます!》

「いや、離脱しろ。あの機体は俺とハンタードッグで仕留める、いけるな!」

《問題ありません、いきましょう!》

「アップルボーイ、ハイランダーをエスコートしてやれ!」

 

 ……今の奇襲を逃れて全機生存を確認。あれで一体は貰っていく予定だったが……どうにも手こずらせてくれる。

 レイジはマッド・ハンターのコックピットで面白くない顔をしていた。

 既存の運動性能から大きく逸脱した追従性は、完全手動運転(フルマニュアル)で常にこちらが操縦していなければ性能を発揮できないのだが、体力は問題ではない。

 アームズ・シェルのコックピットは狭い。通常、パワー・トレース・マスター・スレイブ(=PTMS)方式でトレーシングプロテクターに加えられた力を変換して機体を稼働させている。これには幾つかモードがあるのだが、マッド・ハンターはそれらの切り替えが存在しない。

 その為に、モーショントランスマネージャーも自己完結型にシステムを書き換えてある。これは入力されたPTMSの処理速度を跳ね上げるためだ。

 搭乗服もハードプロテクターも極力取り外している。胸部の生命維持装置は取り外し、ソフトプロテクターのエアバッグコントロールのみにした。これは、機体の死と自らの死を直感的に同調させるためである。

 

「……ぁ──ハァ──ハッ、ッ、ハッ……!」

 しかし、機体を動かすための動力源をパイロットから直接供給させる狂気の魔導機関は確実にレイジの体力と気力、そして魔力を削り取っていた。すでに搭乗服の下は汗ばみ、歯を食いしばる。外的要因の痛覚ならまだしも、内的要因の痛覚は除去しようがない。内臓に空気を入れられて絞め上げられるような圧迫感。心臓の鼓動だけが熱く、うるさいくらい耳に響く。その心拍数の上昇にエアバッグが緩められ、気休め程度にだが楽になった。

 そうまで苦しんで何故この機体に執着するのか。それはレイジ自身も、不思議だった。

 ラステイションの廃工場で打ち捨てられ、情報を耳にした革命軍ですら見捨てた。使い物にならない欠陥品、失敗作だったと──あの日。自分が深夜に出歩いていなければ、きっと誰もコイツに手を差し伸べようとはしなかっただろう。

 暗く冷たい、捨てられた工場の中で朽ちていくだけの狂犬。

 

「──────」

 不意に、涙が頬を伝う。それによく似た光景を、自分は過去に一度だけ見ている。

 子供の頃に、道端に捨てられていたダンボール箱の中の子犬を見つけた。しかし、それを飼おうとは思わなかった。自分では世話をできそうになかったからだ。家族に言うのも面倒だったその時のオレは、拾った子犬を保健所に預けることにした。里親が見つかると願って。

 だけど結局最後までそいつを飼おうとする里親は現れず──最期まで捨て犬のままだった。

 嗚呼……お前は、あの日の子犬だったのか、マッド・ハンター。

 お前に手を差し伸べて、手放したオレを殺すためにお前は──あそこで待っていたのか。

 

 ヴェンデッタとハンタードッグの二体がマッド・ハンターを相手取る。残りは後退していた。何より部下の生存を優先する行動に、良い上官だとレイジは素直に称賛した。

 運命共同体とも言えるアームズ・シェル部隊の連携行動に比べて、自分はどうだ。

 仲間は死に、同志は失い、生き残ったのは一人だけ。革命軍にオレの居場所などない。どこまで歩いても、負け犬だった。

 近衛連隊の課程でも、ルウィーの守護女神を一目見た時だって他の誰もが言葉を失っている中で何一つ心揺さぶられるものは自分の中に無かったんだ。ただの少女としか、感じなかった。それに誰よりも忠誠と信仰を捧げていた、あの隊長が羨ましかった。

 オレには無いものを、皆が持っていた。オレの居場所は、女神の膝下には無かった。

 ──嗚呼、そうだ。オレは負け犬だ。負け犬が、信仰の輝きが届く場所にいられるはずがない。

 負け犬は負け犬らしく、地の底で駆け回るのがお似合いだ。

 

「……ガッ……! ッ──アァァアアアアアア!!!」

 そうか。オレの運命の相手は、お前だったのか。もうとっくに、出会っていたんだ──それを自分から手放していたんだ。

 理想と信仰から遠く離れた、こんな地の底だけど。オレはお前をもう一度拾うことができた。

 大丈夫だ、マッド・ハンター。オレはもう、二度と見捨てたりしない。もう離すものか。

 ──虚数転換物理エンジンの燃焼効率が臨界点に到達しそうな時、決まって全身に激痛が走る。

 抗いようのない高揚感、心臓が破裂しそうな鼓動と共に魔力が暴走した。

 

「ハッ──ハッハッハ、ヒャッヒャッヒャッヒャッ! ゲェヒャハハハハハアッハッハッハ!!」

 ──キィィィァァァアアア!!

 

 関節部が吠える。それは、獣の慟哭のようで、遠吠えのようで──絶叫(ハウリング)だった。

 マニューバーマスターがレイジの魔力供給量を合図に、自動でシステムを一斉に切り替える(スイッチ)

 ──登録コード:OUTRAGE起動。

 

 交戦していたヴェンデッタ、並びにハンタードッグの両名が相手取る敵機に変化が起きる。コックピットにまで響く高音域のノイズ。不鮮明な雑音はこれまでに聞いたことがない、不愉快で耳障りな音響兵器じみていた。

 

「なん、だ──?」

 センサーとレーダーにわずかに機能障害が発生している。それは、プログラムされていない反応をキャッチしていた。

 ショットガンを捨てて、鋼鉄の獣人は前のめりに倒れ──その頭部カメラだけがコチラを見据えている。前腕部の追加装甲がスライドし、三本の大型ナイフを展開した。そして、足の甲に装備した補助格闘用兵装クローも同様に、アスファルトを噛みしめる。

 地面に這いつくばるような形で相手はこちらを見据えていた。

 

「変、形……? いやこれは──!?」

《隊長……アイツは……何なんですか……!? あんな機体は──》

 狼狽するハンタードッグの反応は尤もだ、ヴェンデッタも同じ心境だ。

 次の瞬間、自らの身体を跳ね上げて建物の壁に貼りつくと、胴体のメインスラスターで姿勢制御しながら二人から遠ざかっていく。

 撤退──? いいや、その先にある反応に青ざめた。

 

「ハイランダー! アップルボーイ、そちらへ敵機移動中! 離脱しろ!!」

《四番機、了解! 応戦します!》

「クソッ! なんて速さだ!!」

 まるで獣だ、なんの悪い冗談だ──!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

《ハイランダー、こちらで足を止める! 離脱しろ!》

「いいや、まだ左腕がある! ハンドガンしかないが、支援する!」

《隊長達が来るまでこちらで持ちこたえるぞ!》

『敵の性能は未知数だ、無理をするな! 機体を乗り捨てても構わん!』

 隊長からの無線に思わず笑ってしまう。何より部下の命を最優先という一貫した思考に、良い部署に配属された、と。ハイランダーは改めて思った。

 機体の腰に携行していた大口径ハンドガンを抜き取り、高速で接近してくる機影に向ける。

 アップルボーイも足を止めて振り返り、ライフルを向けた。

 建造物を飛び越えて道路に着地する相手の硬直を狩る、四番機の偏差射撃。陸戦機甲歩兵である以上は地に足を着いて戦闘をする──はずだった。しかし、そこに敵影はなく、弾丸が道路に穴を開けただけである。

 

「────え?」

 現実は非常識で答えた。

 建造物を飛び越えたマッド・ハンターの機体は、道路ではなく壁面にへばりついている。頭部カメラと視線が交差した。ハイランダーの射撃を避けて、今度こそ地面へ着地するが、その勢いを殺さずに前転すると、飛びかかって腕を振り上げた。

 プラネテューヌ製試作複合腕部兵装の改良型『アームリッパー』は超振動ナイフを三本接続されており、その切れ味はすれ違いざまにアップルボーイの右腕部諸共にライフルを難なく斬り裂いて証明する。

 ハイランダーがハンドガンの狙いを定めるが、アップルボーイが近すぎた。滑り込む形で足を伸ばしてマッド・ハンターの脚部クローが右脚の装甲の隙間から動力パイプを切断する。重心のバランスが崩れ落ちる姿に、胴体の推力を調整してすばやく身体を起き上がらせると左腕のハンドガンを蹴り飛ばした。

 

「────隊ちょ」

 仰向けに倒れたハイランダーを覗き込む、鋼鉄の狂獣。その爪が正面装甲を斬り裂いてコックピットを貫いて引き裂く。

 

「──ヒャッハッハッハッハ、アァァアアッハッハッハッハッハ!! ギャッハハハハハハ!!」

 一機撃墜。逃がすものか、次はお前だ。まずは足だ。

 アップルボーイの左脚が切断される。次は腕だ。レーダーに映る敵機が道路に走り込んでくる。そのタイミングで頭部をアームリッパーで薙ぎ払い、左足一本を残した敵機の胴体を両腕で串刺しにする。二機撃墜。

 

「────」

《────》

 ハイランダー、アップルボーイの二人からの反応消失。一瞬のうちにアームズ・シェルが物言わぬ墓標と化した。

 

《……テェ、メェェェェッ!!》

「よせ、ハンタードッグ!」

 眼の前で長年の付き合いになる仲間を殺されて、冷静な思考が出来るやつは居ない。いるとしたらそいつは、狂っているか、鉄で出来ている。

 大型高周波機巧剣(デモリッションソード)を構えて三番機のハンタードッグが駆け出した。だが、敵機の武装は全て格闘兵装であるのは明白である。大振りなデモリッションソードを横薙ぎに振るうハンタードッグに、逆に接近した。

 アームリッパーによって保持していた両腕を引き裂かれて、振り上げた脚部クローがコックピットを的確に貫く。膝から崩れ落ちる三番機に、確実なトドメと言わんばかりにアームリッパーを突き立てた。引き抜いた三本のナイフには、赤い燃料が付着している。

 

「………………」

 第四世代機、ヴェンデッタと睨み合う鋼鉄の狂獣、マッド・ハンター。

 

 ──ウヴゥゥゥ…………。

 威嚇するような低い唸り声。排熱のために開けられた四肢の末端と頭部から白い煙が吐き出されている。ますますそれが生物的な姿を彷彿とさせて、思わずヴェンデッタは後退りしていた。

 

 距離にして、三十メートル。敵機の機動力を想定し、ライフルが当たるかどうか。デモリッションソードは論外だ。そうなれば──引きつけて、ハンドガンで一気に仕留める。あれだけの機動力を確保するために装甲は薄いはずだ。

 相手は同年代機。そして、あの常軌を逸した操縦技術……天才か、そうでもなければ狂人だ。

 マッド・ハンターが四足で跳ねるように駆け出す。

 ──動いた。ヴェンデッタはシュミレートしていた通りに、まずライフルを牽制射撃で敵の進行を阻害する。続いて、懸架していたデモリッションソードをパージ。可能な限りこちらも軽量であるべきだ。

 予定通りに射線を散らすように機体を左右に振って、こちらの射撃を回避する。

 

「……バケモノめ!」

 コックピットで叫びながら、相手がメインスラスターと共に壁際で跳躍した。ライフルを手放しながら後ろに下がり、ハンドガンをアンロック。抜き取りながら構える。

 壁に一度アームリッパーを引っ掛けて、一瞬だが予測を裏切る敵機へヴェンデッタが大口径ハンドガンを向けようとして──右太腿からスラスターの炎が上がった。

 

「っ──」

 ハンドガンが脚部クローで蹴り上げられる。

 一回り大きな大腿部はそのためか──! 補助推力で脚部の初速を補うための!

 ヴェンデッタが遮二無二、地面に突き立つデモリッションソードへ手を伸ばそうとするが運動性能は相手に分がある。壁を蹴り、体当たりで身体を押し出すと共に姿勢を崩された。

 両腕のコネクタが両断される。これは敵わないと見て、緊急用の脱出装置に手を伸ばすが、画面をエラーコードが赤く埋めた。

 頭部を掴まれて、コックピットの鼻先には高周波振動ナイフが三本。

 夕陽を浴びて、赤く鈍く、獲物を求めていた。

 

 

 

 ──アームリッパーの稼働を停止。脚部クロー収納。機体を起き上がらせる。眼下には、コックピットまで深々と貫かれた第四世代機が搭乗者を失って沈黙していた。

 ダメージチェック……損害、軽微。

 バイタルチェック……損傷、大。

 

「…………──行くぞ、マッド・ハンター」

《──ザッ──聞こえているか、バウンティ1》

「ああ、聞こえている。タイミングがいいな」

《偶然だ。そちらはどうなった》

「……ラステイション軍、アームズ・シェル四機撃墜。損害軽微。ショットガンは捨てた」

《流石、賞金稼ぎ頭(バウンティ1)だ。急いでくれ》

「了、解……!」

 胃液がこみ上げてくる、魔力の過剰燃焼によるバックファイア。分不相応な魔力消費に肉体が悲鳴を上げていた。ソフトプロテクターのエアバッグの空気注入量を上げて全身を引き締める。

 

「ヒュ──ッ、あぁ……」

 空気を吐き出して、たった一人で生き残った戦場を、レイジ・ノーヴァはその場から離脱した。

 アルファアール革命軍は、こうしてまた一つ拠点を失っていく。だが、レイジにとってそんなことは些細なことでしかなかった。

 今の生活が、とても充実しているものだと思える。

 ──運命の相手と手を取り合って生きていけるのなら、これを至上の幸福と言わずしてなんと言うのだろう?

 理解している。世界は革命など望んでいない。緩やかな平穏と、女神の信仰があればゲイムギョウ界は事足りる優しい世界だ。

 オレのような負け犬と、捨て犬の狂犬はお呼びじゃあない。

 だから、最後の敗北まで駆け回るんだ。

 ──敗北主義者なんだ、オレは。勝利の美酒に、徹底抗戦を。

 

 

 

 そうして……彼は、かつて己が理想と再会する──。

 第四世代機、レイドッグスを駆るルウィー陸軍近衛連隊隊長ミスミ・ワイトと。

 それは望んだのか、望まずか。いや、いずれはと思っていたことだった。

 戦場に身を置く以上は、必ず会うことになると理解していることだ。

 貴方は、変わらないと思っていた。変わらずそうして、女神のために忠誠と信仰を。

 女神の騎士と、革命の同志として──敵として。

 勝利の約束された相手に、敗北の決定しているアンダードッグは嘲笑った。

 

《────お久しぶりです、ワイト隊長》

 

 大丈夫だ、マッド・ハンター。オレはお前を見捨てない。

 例えこの先にあるものが、どんな惨めな最期で、どんな敗北が待っていたとしても。

 オレは──もう、お前を見捨てない。離すものか。手放すものか。オレの命で共に生きてくれ。

 

 喰らいつけ、マッド・ハンター。

 

 お前を見捨てるくらいなら、オレは負け犬のままでいい──!



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