とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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2014/02/02 episode17最終更新おわりました。episode18も一周間以内にあげます。がんばります。

ランキングのっててチビりました。
感想も一気にたくさん来て返信するのが大変そうです。でも、同時に幸せな時間でもありますからね、ちょっと遅れるかもしれませんが必ず返信するのでしばしお待ちください。
なるべく急いで本編も更新します。
ちょっとだけ2章のクライマックスで燃え尽きてしまって・・・


episode17:肉体再生(オートリバース)

 

 

 

雨月景朗は嗤っていた。以前、長点上機学園に行きたいです、と会話の中で一言、冗談交じりに口にしていたなと覚えていた。記憶に揺らぐ木原幻生は、その時、任せておきなさい、と何の気なしに打ち返していた。景朗はそう思っていた。

 

景朗は願書も、試験も、何一つ自発的に行うことなく。あれよあれよと気が付けば、彼は年明け早々に、長点上機学園の第一回生、という身分を手に入れていた。裏口入学で偽りなし。どうやら俺は本当に超能力者だったみたいだ。

 

幻生に手渡された長点上機の制服を片手に、景朗は第七学区南エリア、学舎の園の玄関に位置する、毎度お馴染みのカフェテリアを目指していた。

 

景朗はふと、目の前を散り落ちた、桜色の花びらに目をやった。あたりを漂う桜の蜜の香りに、気分が昂揚する。三月。桜舞い散る季節。そう。その日は彼の友人、仄暗火澄と手纏深咲、両名の卒業式だったのだ。名門常盤台中学校の卒業式。いずれにせよ。最高級に格式張った、お堅いお堅い式典に巻き込まれているんだろうな、と。青空の下、景朗は南の空を望み、彼女達へと心の中でエールを送った。お疲れさんです……。そして、決意する。

 

 

今日こそ、あの2人に丹生の入学した高校を聞き出さねば。

 

 

少し前だったか。丹生に、結局高校はどこへ行くつもりなんだ?と質問したのだが。俺は、俺はまさか、彼女にその答えを拒絶されるとは思ってもいなかった。

 

暗部の人間には教えない、と丹生に為すすべなく口を閉ざされて。俺はそれはもう、意気消沈のどん底に叩き落とされていたのだ。

 

あんだけ仲良かったのに。女って怖い。丹生の安全確保のために、入学する高校を調査しておかねば、という俺の欲望に塗り固められたお為ごかしの建前は一発で粉砕された。いじけた俺はうじうじと、その事実から目をそらしている。

 

 

あ、火澄と手纏ちゃんは結局、学舎の園の中の、枝垂桜学園に行くって言ってました。火澄来い!火澄来い!手纏ちゃんも来い!ってずっと応援してたのに。

 

結局ひとりかーい。またぞろ、孤独な高校生活になりそうだった。まあ、いいか。今の状況じゃ、きっとまともに高校に登校することすらできないかもしれないから……

 

景朗は寂しさを能力で霧散させた。最近はそればっかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理事長(アレイスター)の小間使いとして。色々な、学園都市の更なる深淵を目にして来た。血に濡れたその両腕の汚れを、最早景朗は気にも留めなくなっている。

 

逆さに浮かぶ、奇妙な上役を眺めつつ、景朗は土御門の横顔を窺った。

 

隣に立つ土御門元春は、今日は随分と機嫌の良さそうな面をしていた。どうしてか、彼の顔を覗き見た景朗に、嫌な予感が湧いてくる。

 

正直、土御門の姿には、何時だって落ち着かない気分にさせられてきた。土御門の衣装には、毎度毎度会うたびに大した変化はなく。馬鹿げたアロハシャツとインチキ臭いサングラス。そのチープな装いと、この、学園都市の闇を特上に濃縮したような空間。サイケデリックな水槽がひとつだけ鎮座する、この薄暗い空間とのギャップに。毎回、冷え冷えとさせられるのだ。

 

しかし、今日はどことなく、いつもと受ける印象が異なっている。どこか本当に、彼の雰囲気からは、純粋な愉楽の匂いが仄かに香るような……

 

 

 

『"悪魔憑き(キマイラ)"、貴様はこれからは土御門と共に、"幻想殺し(イマジンブレイカー)"を監視しろ。"三頭猟犬(Naberius)"としてではなく。貴様の能力を活かし、正体を隠せ』

 

「なんだって?」

 

アレイスターの突然の命令に、景朗は全く理解が追いつかなかった。どれほど声を荒らげて問答しようとも、この水槽の中の小人が口を開くのは、彼自身がそれを欲した時だけである。それを景朗はうんざりするほど知っていた。さりとて、黙っている訳にもいかず、無駄だと分かっていても最後の抵抗とばかりに疑問を投げかけた。

 

「待て待て"幻想殺し(イマジンブレイカー)"ってなんじゃい!?」

 

『後は土御門に訊け』

 

「ダンマリか!ああもう!」

 

 

 

結局、それまでの焼き直しのように毎回毎回、最後には怒声を張り上げる景朗の対応に、くつくつと土御門は笑っていた。

 

 

 

「雨月、オレが色々と教えてやる。心して聞けよ?後輩」

 

「先輩ヅラすんな、無能力者(レベル0)」

 

景朗の挑発に、痛くも痒くもないと言わんばかりの土御門だった。

 

 

「"幻想殺し(イマジンブレイカー)"ってのは能力名だ。持ち主の名は上条当麻。コイツ、まだそれほど観察できている訳じゃないんだが。……面白くなるぞ、今回の潜入任務は」

 

 

景朗は怒りを溜め込みながら、土御門が語る任務の詳細とやらを耳にしていった。"幻想殺し"とは何か?"幻想殺し"とは誰か?上条当麻はどれほど不運な奴で、見ているだけで笑えてくる面白い奴だった、等など。

 

 

 

「正気か?面倒臭えってレベルじゃねえ。何だそれは……」

 

土御門の話を要約すると。能力で変装して上条当麻なる人物と同じ高校、同じクラスに潜入して常々彼を監視せよ。あ、でも僅かにでも右腕に触れるとオマエは能力解けちゃうし、上条当麻は何時だって本人の意思とは無関係にトラブルに巻き込まれるから一瞬足りとも気を抜くなよ、ということだった。

 

 

 

「お前ひとりで十分だろ」

 

「たった今、オマエはオレを無能力者(レベル0)だと罵ったばっかりなんだが」

 

 

無能力者(レベル0)の身の上で、アレイスターの任務の渦中に飛び込んでいくのは確かに危険だ、と景朗は考えて。直ぐに、よくよく考えれば此奴も大した肝っ玉だな、と土御門を少しだけ見直した。

 

 

「はぁー……。それじゃ、頼むよ、土御門」

 

「いいか?オレは潜入のプロだ。オレの指示には必ず従え。いいな?」

 

「わかったよ」

 

「いい返事だ」

 

しかし、どこか不必然に楽しそうなんだよな、と景朗の頭から土御門への疑問が拭えない。土御門は愉快そうな表情をだんだんと隠せず、徐々に露にしてきていた。

 

 

「上条当麻のプロフィールは後で渡す。心配するな。さて、雨月。今日オマエを呼び出したのはな、潜入にあたって、しっかりと事前準備を行って貰いたかったからだ。コイツを渡しておく」

 

 

そう言って、土御門は景朗へと、彼が持参した大きな紙袋を手渡した。彼は説明を続ける気である。景朗は話に意識を傾けた。

 

「ソイツは後でいい。いいか?潜入任務に必要なのは、言うまでもなく標的と迅速に打ち解けるコミュニケーションスキルだ。だが、コイツは一朝一夕で手に入るものじゃない。だから、せめてオマエには、その紙袋の中に入っている資料で、上条当麻の嗜好に沿う知識を獲得してきてもらいたい。これは最も重要なことだぞ!雨月!任務の合否に関わる。決して疎かにするなよ」

 

何時になく真剣な土御門の剣幕に、景朗はしっかりと頷いた。

 

「加えて、環境に適応した変装を行う必要がある。オマエの能力を使えば、これは大した問題にはならないだろう。オマエの変装についてだが。当然、潜入先の高校では、オレとオマエは友人関係にあると見せかけた方が何かと都合がいい。それ故に、オマエの変装後の見た目に少々手を加えさせてもらう。雨月、今までオマエが使用していない人相を出してみろ」

 

 

「はぁ。わぁーったよ」

 

 

土御門の指示通りに、俺はこれまでの任務で一度も使っていない、新顔を持った人間へと、自身の躰を造り変える。

 

やや目は細め。背は高い。ボサボサの頭髪。男性、年かさは高校一年生、今の俺の年齢と準拠。

 

「此奴でいいか?」

 

「上出来だ」

 

土御門は口元を釣り上げた。グラサン越しに見える瞳には、やっぱり愉快そうな色が張り付いている。なんだよ、此奴。息をついたのも突如、土御門が続けて言い放った。

 

「だが、少々背が大きすぎる。もう少し低くしろ」

 

「よし。これでいいか?」

 

それでも180cmを超えてるけど、大丈夫か。

 

「まあ、いいだろう。それじゃ、次は髪の色だ。青色にしろ」

 

「なんで」

 

刹那の間に俺は土御門に言い返した。青色では悪目立ちしてしまうだろう。

 

「いいんだよ。そのくらいで。オマエはオレと一緒につるむんだ。まともなナリをしてたほうが不審に思われる」

 

「だったら、逆にお前のナリを変えるってのはどうだい?」

 

土御門は不敵に笑い、俺の提案をすぐさま跳ね除ける。

 

「オレは潜入のプロだぜ?この格好が最適なんだよ」

 

 

景朗は露骨に面倒臭そうな表情を浮かべ、髪色を青色に染めた。

 

「コイツをくれてやる。つけていろ。発信機能が付いている」

 

景朗は手渡された大ぶりなピアスを、能力を使い、耳から出血を及ぼすことなく装着した。

 

「便利そうだな、その能力」

 

「そのせいで此処に居る。居たくもない場所にな」

 

景朗は皮肉げに悪態をついた。土御門はまたぞろ思うところがあったのか、言葉を止めた。

 

「……さて、お次は何を?」

 

景朗の催促に、土御門は軽く息をついた。

 

「次は、その口調だ。雨月、オマエ、外見を少々いじったくらいで、変装が完了すると思うのか?もちろん違う。内面まで完璧に変える必要がある。外見と内面の両方を全くの別人に造り変えてこそ、変装は完全なものになる。どうしてそこまでするのかと不満そうな顔だな?その必要はある。イメージするんだ。外見を整えるだけでは不十分だ。内面まで変えて、自分が今、全くの別人であると思い込め。強固なイメージを作り上げろ。そうだな……とりあえず」

 

景朗はうんざりとしつつも、土御門の長い話にうなずきを返していたのだが。続いて土御門の口から飛び出した命令には、一瞬、彼の思考も停止した。

 

「これからは、語尾に『にゃー』と付けろ」

 

「……はい?なんですと?」

 

「語尾に『にゃー』とつけろと言ったんだ」

 

「言ったんだ、じゃねぇーよ。意味がわからん」

 

景朗は呆れてモノも言えなくなりそうだった。やれるものならやってみろ、と土御門に反撃する。

 

「お手本を見してくれませんかね?土御門先輩」

 

「だから、語尾に『にゃー』をつけろといってんだろうがにゃー」

 

恥ずかしげもなく『にゃー』『にゃー』と言い始めた土御門に、景朗は一言突き返した。

 

「ぜってぇ嫌だ。死ね」

 

 

土御門は大げさに肩をすくめ、長いため息をふかせた。

 

「はぁーあ。オマエは甘ちゃんだな。いいだろう。それじゃあ、代わりに関西弁で妥協してやろう。雨月、オマエ、今日から関西弁で喋れ」

 

「はあ?俺関西とは縁もゆかりもないんだが?」

 

 

「これは絶対だ、雨月。口調を変えろ。それに関西弁は最も難易度の低い選択肢だぞ。学習の機会に溢れている。たとえ、少々間違ったところで誰もそこまで不審に思わない」

 

サングラスの奥から覗く、土御門の座った目線に、景朗はしかたなく了承の返事を返した。

 

 

「わかったで。これでええんやね?つちみかど?」

 

「ああ。それでいい。雨月、くれぐれも精進しろ?」

 

 

 

 

 

紙袋の中には、アダ●トゲームやら、漫画やら、ライトノベルがみっしりと詰まっていた。マジで言ってんのか、コイツ。景朗は悲しくなった。

 

 

そのくせ。その一週間後には。

 

 

 

木原幻生の下僕。アレイスターの下僕。そしてさらに。ジャパニーズサブカルチャーの下僕と化した雨月景朗の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テーブルの上で、ガタガタと携帯が震えた。ディスプレイに表示された名前を確認し、土御門は一息で弛緩し切っていた精神を取り成した。

 

 

『……どうした?雨月』

 

 

「緊急事態だ。土御門」

 

 

照明が灯されず薄暗いままの景朗の部屋には、あちこちに食べカスやゴミが散らばっていた。カタカタとPCを操りつつも片手で器用にケータイを操作し、景朗は土御門へと電話越しに話しかける。暗闇を照らすのは、モニターから漏れる微かな発光のみ。そして、静寂を破るのはスピーカーから溢れ出す、成人女性が業と絞り出した、甲高くもあられもない艷声だけだった。

 

 

「お前が寄越した"資料"が底をついた。この一周間、不眠不休で"資料"を改めたが……上条当麻とやらはトンデモない化物だな。間違いない。此奴、ロリータコンプレックスとシスターコンプレックスとメイドフェチをこじらせ、未曾有の合併症を引き起こしている。お前が伝えたかったのは、このことだったんだな?」

 

 

土御門からは反応が帰ってこない。景朗は気にせず語り続ける。

 

 

「どれも強烈なロリペドシスコンメイドモノだった。奴の狂気の一部を覗き見た気分さ。任務の過酷さが透けて見えるようだ。……クッ!お前の残した資料だけでは、どうにも奴には対抗できなさそうだ。もっともっとデータが必要だ!奴に対抗し得るには。土御門、追加の資料は勿論、まだ用意してあるんだろう?無ければ急いで用立ててくれ!お前の言うとおりだ。任務を遂行するには万全な準備が必要だと、今ならはっきり理解できる」

 

 

案外、堕ちるのが早かったな、と土御門はニタリと唇を歪に捻り上げた。

 

『ああ、理解したか、雨月。オマエの言う通りだとも』

 

「おっと!重要なことを言い忘れてた。ずっと不満…いや疑問に思っててな。土御門、いささか"資料"が、メイドモノに偏りすぎちゃあいないか?上条が如何程メイドシスターに血道をあげているかは重々承知さ。だけどな、全ての道はローマに通ずと言うだろう。不足の事態に備えて、他ジャンルの"資料"も用意してほしい、っていうか、バニーさんとか巨乳とか……。ゴホン。いや、自主的に"資料"の調達を試みてもいるんだけど、どうにも、その、成人指定の……奴がさ……その……お前はどうやって入手してんのかなって、ふと疑問にさ……あ、いや!べつに」

 

真実は異なる。上条当麻はメイドに狂ってなどいなかった。全て、土御門の押し付けたものだった。彼こそ、土御門元春こそ、シスターロリメイドに魂を売った悪魔だったのだ。しかし、彼にはそのことを景朗に告げる気は更々ないようだった。それどころか。

 

土御門は俄かに景朗の話を差し止めた。そして、彼が今までに見せたことのない、ただひたすら穏やかな、全てを包み込むような、優しい声色で景朗へと諭すように語った。

 

『雨月、わかっている。心配するな。オレたちは同志だ。もういいんだ。意地を張るな。素直になれ。……大丈夫だ、同志。さあ、落ち着いて言いたいことをぶちまけろ』

 

 

「同志、か……ふぅー。……初めのうちは。いっそ、上条なんてとっとと殺した方が世のため人のためになるんじゃないか…………そう、思っていたんだ。嘘じゃない!"資料"の閲覧だって任務だから仕方がない、と考えて、苦行をあえて敢行しつづけただけさ。でも……そこで……ひとつの真実にたどり着いちまった……。畜生……チクショオオ!今では俺も、他人のことをとやかく言えなくなっちまったッ。もちろん、上条当麻ほど剛の者だとは言わない。だが……あまりに、あまりに明らかなんだ、明らか過ぎるんだ。見落としようがない。たとえ地獄に落ちようとも、俺にはその事実を捻じ曲げることはできない。『シスターズ・サンクチュアリ』の萌黄タンは完璧(パーフェクト)だ。ロリコンとか言ってる場合じゃねえ。どうして俺たちは3次元世界に生まれ落ちてしまったんだ!ああ、糞ッ『My☆妹(まい☆まい)』のコナミちゃんのことも忘れてたな!仲間はずれにはできない!」

 

 

『ああ、ああ、そうだとも。お前は正しい、正しいんだ、雨月。……あ、舞夏、もうちょっと上』

 

 

残酷なことに。世が世なら所持しているだけで両手にお縄が回るレベルの凶悪な自ポグッズの閲覧を土御門に押し付けられた結果。雨月景朗は正常な思考と倫理観と道徳観を著しく破壊されてしまっていた。

 

「マイカ?何それ何のキャラ?……まあいい。クソッ!おかしいんだ!おかしいんだよ土御門!」

 

『ほわぁ~~~……そこだ、そこ。あ?どうした雨月、何がおかしいんだ?』

 

狂気に身を戦慄かせる景朗は、土御門の胡乱げな返事に気づかなかった。

 

「どうして現実には、萌黄タンやコナミちゃんみたいな天使が存在しないんだ!?俺も、何度か実在の天使らしきものを目にかけた……ことが……あって……いや、そんなの勘違いだった。グズッ、畜生!アイツ等、俺から徐々にフェードアウトしてく気だ!結局、教えてくれなかった!リアルの女は皆クソだぁぁ」

 

『ん?何を言っているんだ、雨月?……あぁ、次は背中だ、背中』

 

 

「それに比べて、萌黄タンは……理想的だ。正直エグいと苦言を漏らすファンもいるようだが。ロリータ先生のどこがいけないというんだ!?年上でもあり、年下でもあり、子供のようで先生だなんて。こいつを考え出したやつは天才だ!」

 

 

『もうちょい右だぁー』

 

 

「だろ?そう思うだろ?ううう、どうしてなんだッ?振り返ってみれば、俺はそのへんのエ○ゲの主人公より、よっぽどらしく主人公してたってのに?巨乳の幼馴染もいるし、引っ込み思案な深窓の令嬢だって、元気ハツラツのボクっ娘じゃなかったオレっ娘だっていたってのに!?男友達だってちゃんと居なかったんだぞぉぉぅ」

 

 

『何だと?!おい!雨月!今すぐ"資料"から目を離せ!クソッ、予想外に耐性が低かったか!……交友関係に難有りってデータに乗ってたしな……。雨月!オマエはもう"資料"を見なくていい!やめろ!オマエには幼馴染も深窓の令嬢もオレっ娘もいない!それはオマエの妄想なんだ!現実から目を背けるな!手遅れになるぞ!』

 

電話から漏れ聞こえる景朗の声は、相当に狼狽している様子であった。土御門は冷や汗を垂らし、景朗へと必死に説得した。

 

「い、嫌だ!ぜってぇ嫌だ!うるせえうるせえ!いいか、土御門!追加の"資料"をはやくよこせよ!『シスターズ・サンクチュアリ』の18禁ver.と『My☆妹(まい☆まい)』のコナミちゃんのファンディスクは絶対に忘れるな!」

 

 

ふと、景朗の耳に『誰だー?肩もみ飽きたぞー』という、幼い少女の発した無邪気な声が届いてきた。土御門は電話口から離れて発言していたようだが、景朗の聴覚は土御門の『頼りねえ後輩だ』という少女への返答まで掴み取った。

 

「オイ、まさか、土御門……な、何が同志だ!?テメェ、裏切り者か!?」

 

 

『ふぃー。やれやれ。雨月、わかったわかった。オマエの言う通りの"資料"を送ってやる。でも、オレはシスターメイドさんモノ以外は持ってねえんだにゃー。ロリータに喰い飽きたなら自前でよろしくにゃー?それじゃ舞夏、飯ー』

 

ブツリ、と土御門との通話が切れた。それでも、景朗は叫ばずにはいられなかった。

 

「……あ?メイド、シスター、は?お前が?……おい、マイカって誰だ土御門……つちみかどおぉぉぉぉおっぉぉおおーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月も半ばになれば、だいぶ暖かくなっている。景朗が何とはなしに辺りを見渡せば、そこら中に、屋外で元気よく、楽しそうに遊ぶ幼い子供たちの姿があった。その邪気の欠片もない笑顔を見て、景朗は聖マリア園の弟・妹分たちのことを思い出した。直後に、久しぶりに行ってみるかな、と彼の口から独り言が零れた。

 

 子供たちのはしゃぎ声を背に、雨月景朗は乱立する病院と病院の狭間を渡り歩く。彼は学園都市の西の端、第十三学区へとやって来ていた。病院の合間合間に造られた小さな公園には小学生や幼稚園児ばかりがわらわらと群れを成している。それもそのはずだ。第十三学区は小学校と幼稚園が集中的に設立されている学区である。庇護対象自体が攻撃性を持ち始める中高生とは異なり、純粋に身辺の安全を配慮すべき彼らを一箇所に集めて警備するのは効率的だったのだろう。警備員(アンチスキル)のお膝元である第二学区が南端に接する第十三学区は、学園都市の所々の区域の中でも指折りに治安の良い場所だった。

 

 既に成人男性顔負けの長身を誇っている景朗を、通りすがるガキんちょたちは恐ろしげに避けて走っていく。その光景に、彼は一層気分が落ち込んでいった。景朗が第十三学区に足を運ぶ理由は当然のごとく、幻生から下された碌でもない汚れ仕事のためである。それ故、上条当麻対策を大義名分に、近頃めっきりかかりっきりだった美少女ゲームの攻略を打ち切らなければならなかった。幻生の呼び出しで無理矢理に楽しみを妨害された景朗に命じられたのは、以前会話に出てきた統括理事会の1人、薬味久子の研究室への出向であった。幻生との別れ際の会話を思い出し、景朗は矢庭に立ち止まった。行くの、やめようかな、と。再び彼は誰に話しかけることもなくポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精製元の原料が活きた血液だからなのか。景朗はやたら頻繁に幻生の元へと、丹生へ渡す薬を受け取りに行かなければならなかった。往々にしてその時は同時に、後暗い依頼を求められる羽目になった。

 

 丹生の後遺症、その治療法の研究は順調に進んでいるんですか、と毎度のごとく尋ねていた。決まって、しわくちゃの顔をわざとらしく悲痛に染め、難しいね、と返すばかりの木原幻生だった。

 

 幻生からカプセルを受け取った景朗は、悲しくなった。ほんのわずかな幻生の立ち振る舞いから、幻生がその日、普段より微かに機嫌が悪いということに気づけてしまったからだ。表情こそ変わらないものの、声色が少し歪んでいる。それが幻生の不快を表すサインだと、即座に判別できた自分自身が呪わしい。そのことに、景朗は数年前から続く忌極まりない因縁の深さを感じえなかった。

 

 その日は特大に面倒な頼みを要求される日となった。不機嫌そうな幻生は、今日か明日、今すぐにでも、統括理事会の1人、薬味久子の元へと出向き、彼女の研究の支援を行って欲しい、と景朗に願ったのだ。そういえば前に、薬味とかいう理事会のメンバーとは昔からの付き合いだ、とほざいていたな。景朗はおぼろげに記憶を手繰り寄せた。幻生と長い付き合いなら、相手も相当にお年を召した方だろうか。どのみち統括理事会の一員である時点で、手の付けられない老獪な人物に違いない。

 

「薬味クンに無理難題を要求されたのなら、素直に断ってしまいなさい。無論、簡単な事なら出来うる限り応えてやって欲しいがね」

 

 幻生の冷ややかな視線を受けて、景朗は理解した。無理難題とは、恐らく幻生への背信行為のことだろうと。さすれば、薬味久子は"悪魔憑き"を自陣へ勧誘しようと、寝返らせようと打診してくる可能性を考えるべきか。以前も幻生は、薬味久子が景朗を貸し出せと繰り返すので困っている、と口にしていた。

 

「それとだ。彼女らが、もし、キミに不快な言動を取るようであれば。その時は遠慮せず、その場でひと暴れして来なさい。あぁ、勿論殺しは厳禁だよ。あれでも統括理事会の一員だからね。後々厄介なことになる」

 

 景朗は溜息を飲み込んだ。幻生は一体、薬味へ彼を差し出したいのかそうではないのか、どちらなのか。彼なりの精一杯の皮肉を詰め込んで、やや遅れて景朗は言い返した。

 

「……それなら、現時点でだいぶ不愉快なので、もういっそこの場でひと暴れしていいですか?」

 

「ほっほっほ!景朗クンも冗談を言えるようになったんだね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は不安になった。薬味久子が指定した目的地は、なんの変哲もないごく普通の病院だったからだ。立ち入る前に目にした外観からも、周囲に乱立する大学付属病院と何一つ違いは見つけられない。これならばむしろ、幻生の居城、鎚原病院の方がまだきな臭い空気を醸し出していよう。

 

 問題なく院内に入れた景朗は、周囲を警戒した。玄関を通り過ぎ、すぐに目に飛び込んでくる正面の受付は無人だった。色んな薬品と人間と、それから病気の匂いが代る代る彼の鼻を刺激した。一見した装いが病院にしか見えなくとも、景朗はそれを素直に鵜呑みにしてはいなかった。嗅覚は病院だとしか思えないと訴えていたが、統括理事会の1人が秘密の会合に指定した場所だ。気を抜いて良いはずがない。だから念のため、第十三学区に足を踏み入れる前から景朗は顔の作りを変化させ、変装していた。

 

 しかし。彼の視界には、そこに入院している風体の、患者さんたちののほほんとした姿がチラホラと映ってくる。どうみても日常の一部分を切り取ったような、自然な光景であった。裏をかいてそのままの、ごく普通の病院だという可能性を捨てきれなくなってきた景朗だった。きょろきょろと辺りを探るも、目に付く範囲には看護師さんやお医者さんはいない。

 

 しかたなく、隣接していたナースステーションへと景朗は足を運んだ。そこで彼は、女医さんらしき人とようやく遭遇できた。カウンターに座る、その女医さんは三十路半ばを過ぎた頃合だろう。明るく茶色に染め、毛先を自然にカールさせたロングヘアーに、色とりどりのネイル。いや、確かに暗部の香りはしないけどさ、その格好はその格好でまともなお医者さんがやるもんじゃないよね?この病院大丈夫なのか?と景朗は別の意味で不安を感じ始めていた。

 

「あら、こんにちは」

 

 若作りがちょっぴりと見苦しい女医さんが景朗に気づき、にこやかな笑顔を見せた。その笑顔はどこか作り物めいており、気持ちがいかほども込められていないようで。業務用のスマイルありがとうございます、いやまあでも仕方ないか、と景朗は心の中でそう呟きつつ、会釈を返した。続けて近づこうとした景朗の足が、なんとはなしにピタリと突然止まっていた。

 

 その原因は、足音だった。景朗は真横に意識を向けた。廊下の向かい側から、年若い看護婦さんがワゴンを両手にナースステーションへと歩いて来ている。ただそれだけだった。不審な場面はどこにもない。

 

 景朗の注意を引いていたのはその、彼女の足音だった。何かが不自然だった。コツ、コツ、と淀みなく踏み出す看護婦さんの足音。景朗はハッと気づいた。とても良く似ているのだ。それは、彼自身の足音に。凶悪な質量を、無理やり平均サイズの体格に収めている景朗の靴裏の響かせる音は、鋭敏な聴覚を持つ者にはとりわけ物々しく感じられるはずだ。今この瞬間、景朗が看護婦さんの足音に強烈な違和感を覚えているように。

 

 あれがカタギの人間の瞳だって?冗談キツい。看護婦さんと目を合わせた景朗は確信した。まるでロボットみたいな、虚ろな目。この場所が目的地に違いない、と景朗は認識を改めた。

 

「君、突然どうしたの?」

 

 女医さんはわかりきったことを平然と言ってのけた。目の前まで接近した看護婦さんは景朗を一瞥すると、彼を素通りし、女医さんと一言交わしてナースステーションの奥へと進んでいった。

 

「経過は良好です」

 

「……そう、ありがと」

 

 看護婦さんに返事をした女医さんの表情が一瞬、硬直した。それを瞬く間に取り成した彼女は、再び景朗へと語りかけた。

 

「待っていたわよ、"不老不死(フェニックス)"」

 

 女医さんは全くといっていいほど動じずに、そう言い放った。場慣れした空気を当然のように纏う彼女に、景朗は無意識のうちに精一杯の去勢を張っていた。

 

「こんにちは、お姉さん」

 

 強い香水の香り。景朗にはたった少しの情報でも構わなかった。目の前の女性から、何でも良いからと、より多くの情報を得ようとして、彼女の匂いを必死に嗅ぎ取ろうと試みた。そして新たに判明した事実に、彼は一層混乱することになった。視覚から得る情報と、嗅覚が得る情報が矛盾していたのだ。彼女は、彼女の体臭は、まるで年老いた老婆のようであるのに。しかして、その外見は。脈動する肌の質感と、そしてその声色は。まぎれもなく若々しい三十路過ぎの人間のものだった。

 

「あんたは……」

 

 景朗は能力を強く発動させた。不安や恐れ、体の強張りは跡形もなく霧散していく。泰然とその場に立ち、女医を油断なく見つめ続けた。

 

「うふふ。合格よ、"悪魔憑き(キマイラ)"君。会えて嬉しいわ」

 

 景朗の顔付きから何かを察知したのだろうか。女医さんは見るものを恐怖に凍りつかせる、闇に煽れた黒い笑顔を引きずり出した。景朗は思った。今の、能力を使っていなかったら絶対にビビっていた、と。

 

 いつの間にか、先ほどの看護婦さんが景朗の近くに移動していた。診察器具の乗ったワゴンをそばに停め、彼に背を向けて作業を始めている。両者互いに、何かあれば即座に対応できる距離。彼は気を強く引き締めた。

 

「……そうか。それじゃ、手っ取り早く案内してくれ。クライアントのところまでさ。無駄話は嫌いなんだ」

 

 景朗の台詞を聞いた女医はくすりと笑みを漏らすと、俄かに椅子に深く座り直し、ゆっくりと足を組み代えた。早く案内して欲しいのに、と景朗の胸の内に小さな苛立ちが生じていく。

 

「案内なんてしないわ。ここでお話をするのよ。実は、今日は私が彼女の代理人なのでした。ビックリした?」

 

 景朗は初め、女医のその言葉を冗談だと思った。彼に我慢する気はなく、躊躇なく、それらしい部屋を探そうと一歩右足を踏み出した。即座に、看護婦の動きも止まっていた。景朗は咄嗟に踏み出したまま静止した。

 

「あら。この病院には、これ以上踏み込まないことをお薦めするわよ?まるで迷路みたいになっているから。ふふ。心配はご無用。ここは本当に、そういう場所なの。周りのことは気にせずお喋りしていいのよ?」

 

 正気なのか、と景朗は歯噛みした。なぜなら。周囲には沢山の、暗部とは一切合切縁も縁もなさそうな一般人が存在している。すぐ近くで、彼らが何気ない日常生活を送っている。いくぶん距離は離れているが、ベンチでは緑色の患者衣を着た初老の男性が、こちらに気付きもせずに新聞を読んでいる。窓の外からは、下校中の幼稚園生が流行りのアニメのテーマソングを歌っているのが聞こえている。

 

 それでもきっと。ここでは暗部の機密を躊躇いなく口にして良いのだろう。そういう風に作られ、管理され、監視されているのだ。幼い子供たちが大勢暮らす土地のど真ん中だというのに。わざわざこの場所に……。その事実に、景朗はまたひとつ学園都市が嫌いになった。

 

「……ちッ。あんたが代理人だって?まあ、俺はそれでも構わないけどさ。代理人程度に話すに相応しい事だけ話して、とっととお暇させてもらう。俺はてっきり、あんた等はもっと込み入った話をする気だと思ってたんだけどな」

 

 景朗の苛立ち混じりのセリフに、女医は嬉しそうに唇を歪めた。

 

「そう怒らないの。短気は損気と言うでしょ?端から、私たちは貴方に頭ごなしに命令する気じゃなかったのよ。勿論、ギブアンドテイク。"悪魔憑き(キマイラ)"君、私たち、きっと貴方の力になれると思うわ。話を聞いてからでも遅くはないと思うわよ?」

 

 代理人は強かだった。景朗は、自分は幻生の顔に泥を塗らない程度の抵抗はできるのだぞ、と怒りを見せれば相手との交渉を有利に運べると思ったのだが。相手は気にも止めていないようだった。代理人の立場ならば、景朗が怒って目的を済ます前に帰るのはさぞや都合が悪かろうと思っていたのに。実は、景朗にはさらに都合の悪いことに、この薬味久子陣営相手にひとつやってもらいたい、ある頼みごとがあったのだった。

 

「……いいだろう。それなら教えてくれ。俺を呼び出した理由を。単刀直入に聞こう。俺に何をさせたいんだ?」

 

 景朗は再び、無理矢理に取り繕われた、欺瞞に満ちた笑顔を向けられた。さらには、眼前の女医は、カタカタと笑いをこらえるように震えている。

 

「とーっても分かり易いわ。だからといって簡単ではないのだけれど。一言で言えばね、"悪魔憑き(キマイラ)"君。貴方、ちょっくら"超能力者(レベル5)"全員に喧嘩を売ってきてくれない?ああ、大丈夫よ。当然、"第六位"は除外していいからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生」

 

「はぁい、どうしたの?恋査ちゃん?」

 

 薬味久子は『設計室』と呼称される、薄暗くも完璧に衛生状態の整えられた部屋の中にいた。そこは、彼女が唯一心を安らげる場所だった。恋査と呼ばれた、若き看護婦の容姿を持つ少女は、無表情を顔面に張り付かせたまま、長らく手にしていた疑問を薬味へと投げかけた。

 

「データが不足していたのは、『メルヘンホストさん』と『大根足さん』です。このままでは実験に誤差が生じます」

 

「いーのよ、恋査ちゃん」

 

 以前から"不老不死(フェニックス)"こと"悪魔憑き(キマイラ)"の坊やには興味があったのよ、と薬味久子は本音を暴露した。本人はその意味をどこまで真剣に捉えているのだろうか。不老不死を手に入れた少年。陰ながら第六位に噂される、あの少年のことだ。最も遅れて出現した"超能力者(レベル5)"、実戦データは大いに不足していた。そのために、恋査の、『想定カタストロフ029』の更なるバージョンアップが必要だった。ついでとばかりに、暗部に身を眩ませる"第二位"と"第四位"の実戦データの底上げも見込んでいたのだが。

 

「その方が面白いじゃない。データは有りすぎて困るということはないでしょう?"第六位"の彼がどこまでやれるのか、単純に興味もでてきたし。でも、いーいなぁ、幻生君。あの子、からかい甲斐があったよねえ」

 

 薬味は手慰みに弄っていた、景朗から預かった輸血パックを無造作に放った。それは"超能力者(レベル5)"全員と、いや正しくは現行の実験に忙しい"第一位"と、直接的な戦闘能力には価値のない"第五位"を省いた、残りの"超能力者"4人との戦いに合意した"悪魔憑き(キマイラ)"が、交換条件にと残していったものだった。

 

 "悪魔憑き"の少年は、最初は薬味の無茶な提案に呆れた顔色を隠しもしなかった。しかし、顔付きとは裏腹に、少年は意外にも根気強く会話を続けようと配慮している風であった。彼の胸の内が表に出された表情と本当に一致しているのならば、颯爽とふっかけられた提案を無下にして場を後にすれば良いはずである。彼の数倍は長く生きている薬味には、手に取るように理解できた。この少年には、裏がある。どうやら彼にも、こちらの頼みをきいた交換条件に、願い出たい要件がいくつかあるに違いない。簡単に裏を見透かされた"悪魔憑き"は健気にも、懐から輸血パックを取り出して言い放った。

 

『"能力体結晶"を投与された人間の治療法を研究して欲しい』と。情報の行き来は至極当然、薬味と"悪魔憑き"の相互間でのみ行うらしい。

 

 薬味は彼の提案に、心狂うほど好奇心を掻き立てられた。必死に自制する必要があった。あれは他人のおもちゃだぞ、手を出してはいけないのだぞ、と。それでも、あの"悪魔憑き"の少年の、その運命を戯れに弄ぶ行為は。心底、薬味の心を擽った。

 

 恋査と呼ばれた少女が、徐にブルリと身体を振動させた。間もなく静止した彼女は、薬味へと再び言葉を告げる。

 

「先生。『みんなの噛ませ犬さん』が、『根性依存症さん』と交戦を開始します。少々驚きです」

 

「ホント?あ、あの子、さっき帰っていったばかりじゃないの。……はっははは!だ、"第七位"なら与し易いと考えたのかしら?……やっぱり、あの子、面白いわねえ!ひ、ひひひひ」

 

 矢庭に、恋査は再度、震えだした。その間虚空を見つめていた彼女は、しかしすぐに焦点を『設計室』へと戻した。

 

「経過観察中ですが、今のところ順調ではありません。『みんなの噛ませ犬さん』、『根性依存症さん』を相手に劣勢です。ぼこぼこですね」

 

 ついに、薬味は耐え切れなくなり、腹部を両手で押さえ込んだ。背筋をくの字に折り曲げ、恋査に負けじと劣らず身体を震わせている。

 

「ね、ねえ、恋査ちゃん。その『みんなの噛ませ犬さん』って、もしかしなくても"第六位"のことよね?」

 

「肯定です」

 

「……い、いひひひひ……ひひひひひひ!ふふ、はっははははは!ぎゃはははは!ろ、ろくに考えもせず喧嘩を売っておいて、負けそうになってるって!?ひひひ、ははははははは!あー駄目っ!恋査ちゃんも、あの子も、最高っ!わ、笑い死ぬっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は気取られないように、ある少年を追い掛けていた。その少年は威風堂々と、ド派手な旭日旗がプリントされたシャツを着込み、肩に引っ掛けた学ランを棚引かせている。彼の名は、削板軍覇。"第七位"の"超能力者(レベル5)"である。学園都市の"超能力者"の中では、"第三位"の次に情報が出回っている人物でもあった。いや、"情報が出回ってる"という表現を用いるのは適切ではないかもしれない。何せ公に広まっているのは彼の顔と名前と、その奇抜なファッションと、最後にひとつ。彼を第七位の超能力者に位置づけているその能力が、名前すら付けられない正体不明のものだった、という噂だけである。

 

 しかし、削板軍覇は能力名すら付けようのないその有様でなお、学園都市の頂点の一角に君臨するポテンシャルを秘めているということになる。噂になるのも当然かもしれない。景朗はキビキビと進む削板軍覇の後ろ姿を眺めつつ、そう考えた。景朗はただ今現在進行形で、第七位を尾行している。場所は第十五学区の繁華街。薬味陣営との交渉の、その帰りがけに発生した事態だった。

 

 追い縋るターゲットは不必要なほど背筋を正しく伸ばし、胸を張って歩いている。削板のその姿に、景朗はツッコミを入れたくなるのを必死に我慢した。ダラダラと削板を追跡する景朗は、悩み始めていた。このまま何もせず奴の背後を歩いて回るのは、時間の無駄だな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 結局、薬味陣営が提案してきた依頼は、景朗自身も交換条件を繰り出すことで両者の合意を得られていた。薬味側が要求してきた内容は、一言でいえば"超能力者(レベル5)"各員の戦闘データ収集であった。各々の"超能力者"にちょっかいをかけ、交戦し、新たな戦闘データを獲得する。それが目的らしい。注釈も付け加えられた。一方的に攻撃を受けるのではなく、相手を殺さない程度、少々の怪我くらいを許容範囲に、"悪魔憑き"も反撃に及ぶべし。そういう指示だった。

 

 別件でお忙しい様子の"第一位"様と運動音痴の"第五位"は相手にしなくていいわよ、ぽっと出の"第六位"さん。そのように女医にからかわれた。誰が第六位か。外野が勝手に第六位だとほざいているだけだ。アレイスターにすら"第六位"だと明確に告げられたことはない。景朗はそう心の中でだけ代理人にツッコミを入れた。

 

 はっきり言えば、景朗が"超能力者(レベル5)"になるその前から『7人の"超能力者"』というフレーズが用いられていた。俺が第六位なわけねえだろ、と景朗は目と鼻の先でペラペラとしゃべり続ける憎たらしい代理人に叩きつけてやりたかった。だが、そのことを告げてむざむざ得体の知れぬ本当の"六人目"を相手にするのは馬鹿らしい。せっかく、相手側が残りの超能力者4人だけで良いと言ってくれているのだから。ただでさえ、彼には薬味側に受諾して貰いたいある願いがあったのだ。交渉を余計にややこしくするわけにはいかなかった。

 

 景朗の願いとは、幻生に任せきりである丹生の後遺症の研究だった。表向きに公開されている情報でも、暗部に出回っている情報でも、少し調べれば薬味久子が医療関係に太いパイプを持っていることは明白だった。そこから、幻生を信用していない景朗は薬味に貸しを作り、幻生と別ルートで丹生の問題解決を図れないかと行き着いたのだ。

 

 薬味久子の代理人と話をつけるとすぐさま、景朗は第十三学区を後にした。忌々しい病院からさっさとオサラバしたい。そう思った景朗は第七学区の自宅を目指そうと電車に乗ったところで、目的地を変更した。第十三学区と第七学区の間には、学園都市で最も大きく発達した繁華街を有する第十五学区が立地する。途中で電車を降りて、繁華街の喫茶店に寄り道していこう、と景朗は考えを改めた。丹生の治療法を用意するためならば後悔は微塵も無かったが、流石に"超能力者"たちに喧嘩をふっかけて回れ、と言われては頭も痛くなる。大好物の珈琲を景気づけに一杯引っ掛けていこうと思った景朗の、その矢先の出来事だった。

 

 

「くああ、最高のかほり……。やっぱ第十五学区のお店はどこも一筋縄じゃいかないお仕事してますなぁ……迷う…………ああでも、こうして迷っている時間すら愛おしいかも……」

 

 景朗が繁華街を練り歩き、店から漏れる上質な珈琲の香りを心地よく吟味していた時だった。通りの真ん中で、鮮やかな輝く太陽がプリントされたシャツを目にした。その派手なデザインは人目を引いており、だからこそ彼の目にもすぐに止まったのだろう。持ち主の顔へと目線を上げた景朗は、慌てて顔の造りを変化させた。電車を降りたのっけからの、"第七位"のご登場だった。

 

 すぐさま、景朗は距離を取って"第七位"の背後に陣取った。彼はひとまず、実際に目にした"第七位"の個人情報を、それこそ外見から体臭に至るまできっちりと入念に押さえた。すぐにその場を離れてしまうのを勿体無く感じた彼は、それからは無策のまま闇雲に"第七位"の尾行を開始した。

 

 

 

 

 

 今日会ったのは運命のお満ち引きだろうか。善は急げというし。今日仕掛けるか、引き伸ばすか。景朗がいい加減に、悩むのにも飽きてきた頃だった。追跡劇は景朗の決断を待つことなく、唐突に終わりを告げた。

 

 少なくとも、景朗には何の予兆も感じられなかった。しかし。ぷらぷらと街中をさまよい歩いていた"第七位"は突如、前触れ無しに視線を明後日の方へ向け、獰猛に表情を歪めた。削板は急に舵を切り、近くの路地裏へと向かっていく。景朗はこっそり近づき、路地裏の様子を盗み聞きした。どうやら削板は、カツアゲの現場に介入する気らしい。恐喝行為は学園都市の日常の一部だ。景朗も今更いちいち気にしなくなっていた。ただし。その後の展開は、少々予想外なものとなった。削板が一言犯人たちに語りかけた直後。

 

 ドパン!!という、躊躇のない、発砲音。

 

 路地の入口周辺のざわめきが、一斉に鎮静した。道行く人々の歩みが止まっている。悪趣味なことに、自分の言葉がどのような効果を生むのかを生々しく想像して、景朗はワクワクしながら叫び声を上げていた。

 

「発砲音だ!誰かが撃った。みんな逃げて!」

 

「発砲音?!」「マジ?」「確かに聞こえた」「あたしも聞いたかも」「銃声だったって!」

 

 景朗の耳は、雑踏の中で生まれた全てのどよめきを捉えていた。

 

ドパン、パアンパアン、ぱん、どぱぁん!

 

 再び、銃声が辺りに響いた。今度は続けざまに五発。最早、誰も疑うものはいなかった。群衆の躊躇はわずかに一瞬。流石はよく訓練された学園都市の住人たち。皆が皆、己が為すべきことをわかっていた。まさしく、蜘蛛の子が散るように。学生たちは皆、周囲の人間がよろめき転倒しないように気を遣いつつ、全速力で安全な場所へと走っていく。あっという間に見物人は居なくなった。

 

 

 

 景朗は1人、路地裏を覗き見た。そこでは、削板が数人のスキルアウト相手に、コメディータッチなやり取りを続けている。相手は顔中に恐怖を貼り付けていたけれど。"第七位"が起き上がる時に、意味不明な爆発が発生した。同時に、原理不明の色とりどりの煙が炊き上がっていた。

 

 彼は路地裏の悲惨さを目撃しておきながら、それでも降って沸いた幸運に顔をほころばせている。景朗も"超能力者"の端くれだったらしい。彼の表情に恐れの色は無かった。それどころか、"第七位"の力を観察し放題だぜ、おまけに今の状況は仕掛けるには絶好のチャンスだな、と歓喜に湧いていたほどだった。彼はついさっき女医と交わしたばかりの会話を思い出した。"超能力者"と交戦中に一体にどうやって戦闘データを取れば良いのかと。噂に聞く"第三位"には、電子機器は軒並みぶっ壊されそうだぞ、と。しかして、返ってきた答えはあまりに簡単なものだった。薬味久子を一体誰だと思っているのだ。監視カメラがある場所で、できるだけ人気のない時に、周辺の設備を壊さずにやれ。それだけ気をつければ良いと。確かにそれなら簡単だった。

 

 

 

 爆発の余波で生じたカラフルな煙が霧散するころには、スキルアウトどもはひとりを残してノックアウトされていた。景朗は再度、周囲の状況を確認した。監視カメラはあちこちに存在している。見物人はごく少数。路地裏は狭いが、ちょっと連れ出せば近くに人気のなくなった広場がある。警備員が来るまであと数分はある。またとないチャンスだった。仕掛けようか。最後の最後で景朗は迷った。しかし最終的に、"第七位"という単語の意味が、景朗を後押しした。

 

(超能力者の順位ってさ、誰かが勝手に噂で言ってる非公式なものなんじゃないか?どっかの物好きな奴や企業がさ、収集したデータとか噂を元に勝手にランク付けしただけっぽいんだよな。

 

現に超能力者になった後で、誰にもそんな話されてないもん。それで俺、巷では"第六位"って扱いになってるじゃん。ぽっと出の俺がだよ?前から居た"第七位"をあっさり抜いて。それって、どっかの誰かさんから見ても、あの"第七位"が俺より弱そうだったからすんなりそうなったんじゃないかな。

 

そうだよ、俺、やれるって。俺ならやれるやれる。だいたい、後には二位と四位と御坂さんが控えてるんだぞ。仮に、仮にだ。もし、無策で突っ込んでもいい奴がいるとすれば、それはほかならぬあの"第七位"以外に存在しないだろ。

 

……大丈夫だ。自分を信じろ。とりあえず、俺がくたばることはそうそうありえないんだ。今見た感じ、アイツに俺を殺せそうな力は無さそうだったじゃないか。っしゃ!やったる!やる!やるぞ!やってやる!)

 

 

 

 全てが終わった後。景朗はその後の戦いで、そもそも"超能力者(レベル5)"相手に無策で突っ込むこと自体が愚かだった、という結論に到達したそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は足音を立てぬように細心の注意をはらい、こっそり路地裏へと侵入した。縛られながらも健気に"第七位"へとツッコミを入れていたカツアゲの被害者へと近づいていく。こちらに背を向ける"第七位"はさっきから同じ単語を繰り返している。腰砕けになった格闘家みたいな男が、遺言とばかりに倒れふしたままもごもごと口を開いていた。

 

「すごいパーンチ」

 

"第七位"のアホなネーミングに景朗は力が抜けそうだった。だいぶ距離を縮めたが、近づききる前にとうとう被害者が景朗に気づいた。景朗は唇に人差し指を立て、静かにするようにとジェスチャーを送った。続けて、縄を解くよ、と意味を込めて身振り手振りで無言のまま説明すると、縛られた被害者はぱぁぁ、と嬉しそうに涙目となり何度も頷き返す。

 

 すまん、被害者さん。どうやら被害者さんは、勇気ある一般人が自分の縄を解きに来たのだと勘違いしているらしい。実は違うんだ。すまない。景朗は存在するかしないか程度に沸いた小さな罪悪感を苦もなく踏みにじった。

 

 ありがとう、と何度も小声で呟く被害者さんに近づいた景朗は、逡巡なく相手の顔を引っつかみ、無理やり上にあげて、ふぅぅ、と吐息を吐きかけた。

 

「へ?あ、ま……い……に……お………い…………」

 

 被害者さんは、最後にそう言い残して意識を失った。景朗が催眠ガスを吹きかけ彼を眠らせたその背後でも、決着が着いたようだった。

 

「ビブルチ!?」

 

 外見だけは強そうなスキルアウトのアンちゃんが吹き飛ばされている。

 

「そこのオマエ。オマエがラストか?そこで一体何をしてるんだ?身動きの取れないヤツ相手にこそこそするとは。根性が腐っているぞ」

 

「……あんた、根性根性言い過ぎだろ」

 

 このひと時の合間に、何度『根性』という単語を耳にしただろう。"第七位"の口癖らしき『根性』という言葉を使って、景朗はちょっとばかし、彼をからかいたくなっていた。景朗は運がなかった。ツイていなかったのだ。

 

 どうやら、"第七位"にとって『根性』というワードは相当に重要な価値を持っていたらしい。景朗はきっと、そのことを一生忘れないだろう。

 

「よくあることさ。そうやって軽々しくぽんぽんと口に出す奴に限って、その言葉と実態がかけ離れていたりするのさ。あんたの方には、『根性無し』だって可能性はないのかな?」

 

 景朗は気軽にそれを口にしていた。気が付けば。路地を飛び抜け、通りを挟んだ反対側の壁面に体が半分近く埋まっていた。ほんのわずかに遅れて、それまでの人生の中でも最大級に激しい衝撃を知覚した。ああ、躰を強化してて良かった、と思い浮かんだ。油断してた。あの瞬間に、どれだけ吹っ飛ばされたんだ?

 

「オマエの言うことにも一理ある。ならば見せてくれ。オマエの言う根性とやらを」

 

 憤怒に染まった"第七位"が、目の前に立っていた。景朗は能力を使い、恐怖と怒りを寸刻で押さえ込んだ。こちらこそ、"レベル5"を見せてくれ、と頬を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな提灯の光に彩られた居酒屋からは、アルコールに酔う学生たちの和気藹々と騒ぐ声が店の外まで漏れていた。黄金の炭酸水が放つ、爽やかなハーブと酵母の香りを楽しみながら、景朗は煤けて汚れた店内を感慨深く眺めていた。第七学区の地下街。様々な店が軒を連ねるその中で、その店だけが、まるで時の流れから取り残された遺跡のようだった。学園都市の中身が世界の全てであるかのように振舞う一部の学生たちには、きっとこの店は何かのイベントルームにしか思えないに違いない。

 

 "置き去り"である景朗には、生憎と学園都市の外の街を拝見した経験はなかった。それでも、知識だけは持っていた。この街の大人たちを猛烈にセンチメンタルな気分にさせてしまうこの種の店が、街の外ではむしろスタンダードな部類になるらしいと。むしろ街を出た経験がないからこそ、彼には外の世界に、ある種の憧れがあったのかもしれない。小学生の頃は街を出て、外の大学へ行ってみたいと思っていたっけ、と景朗は感傷に浸りかけていた。それを振り切るように、手にしていたジョッキを思い切り呷る。なんだこれ、旨え。ワ○ンと全然違う。

 

 店の戸ががらがらと開き、冷たい外気と、よく知っている胡散臭い匂いが景朗のすぐそばまで這いよった。軽く息を切らした土御門が慌ただしく、景朗の待つテーブルへと一直線にやってくる。片手には、あられもない半裸の少女がプリントされた紙袋が下げられていた。

 

「ほら、持ってきたぜい。こいつが約束の"ブツ"だにゃー。ふぃー、オイラだって早いとこ一杯行きたいんだぜいー」

 

 ようやく到着した待望の美少女ゲーム類と、土御門のふざけきった口調が景朗の意識を一気に現実へと呼び覚ました。景朗は肝を冷やす。このペテン師に危うく騙されるところだった。危ない危ない。この店は何か言葉に言い表せない妙な雰囲気を持っている。その空気は景朗の危機感を根こそぎ奪う寸前だった。そうなれば、物事全てをアルコールでうやむやにしてしまいそうなテンションへと様変わりしていただろう。

 

 土御門の奴、変な店には連れてかねえって言っといて、大ボラ吹きやがって。景朗は的外れな感想を抱く。彼には土御門の善意100%のチョイスが伝わらなかったようだ。

 

「確認したか?ちゃんと持ってきてやってるだろうがよい。それじゃ、今日は約束通りオマエのおごりだからにゃー?」

 

 景朗の奢り。それだけは当初から変わらぬ約束だったため、景朗は苦々しくも頷き返した。彼の背後のテーブルから、乾杯!というスキルアウトらしき学生たちの合唱が轟いた。胸元が素晴らしい具合に開かれ、扇情的な格好をした不良女子生徒が、周囲の酔った男子学生の視線を独り占めにしている。景朗も何度かチラ見せずにはいられなかった。彼らが楽しそうだった。いろんな意味で。

 

 黄金の炭酸水を呷っていると幸せな気分になり、小さいことがどうでもよくなってくる。それでも景朗はふるふると頭を振って、この店へとやってきた目的を必死に思い返した。

 

「本当にこの店で話して大丈夫なんだろうな?」

 

「心配する必要あるわけねーだろ。ちょっとは周りを見るんだぜい?」

 

 『さっきから何度も見てるよ、お前が萌黄タンのにゃんにゃんシーンが封印された円盤を忘れたなんて抜かしやがるから20分近く待つ羽目になったんだろうが』と景朗は即座に言い返した。

 

 景朗への文句をスルーし、土御門は明らかな未成年がアルコールを注文しているのに全く気にもとめない不気味な店員さんへと注文を呼びかけた。30近くズラリと並ぶ地ビ○ルのメニューの左から7番目を頼んでようやく。徐に、お絞り片手に『どうせあの女の子ばっかみてたんだろうが!酔ってガードが甘くなってるあの子のことだぜい……。この中途半端野郎!ロリに操を捧げたんじゃないのかにゃー!?』と彼は怒りを顕にした。

 

「3次元のロリはマジ勘弁……っておい!話がずれてんぞ!逸らすな逸らすな、話を逸らすなよこのペテン師!」

 

 土御門は景朗の話など聞いていなかった。注文後30秒でとどいた黄金の泡に夢中だったからだ。景朗は根気強く話の筋を戻そうとしたが、土御門の喉が勢いよくゴクゴクゴクリと動くのを見て、今一度彼も黄金水に口をつけた。

 

「で?なんだったかにゃー?ああ、そうか。雨月、客を見るんだぜい。スキルアウトばっかだにゃー。それも連中の中ではお行儀の良さそうな、ホントにスキルアウトなのか疑っちまうような奴等ばかりだろー?こういう店はな、頼めばでてくるんだぜーい?この、命の水、がにゃー」

 

 ぷはーっ、と土御門は幸せそうに息をついた。

 

「それがどうしたってんだ?」

 

 景朗の言葉に、土御門はやれやれ、と今度はため息をついた。

 

「だからオマエはモテないんだにゃー。いつもはお堅い女の子だってにゃー、酔わせれば普段と違った、もっと大胆な反応とかがかえってくるもんだぜい?」

 

 3次元でもバリバリでロリコン専門の土御門のその言葉に、景朗は心の底から恐怖した。コイツ、幼女に飲ませてんじゃねぇだろうな、と。やっぱり早いとこ殺しといたほうが……。だが、遅れて景朗の脳裏に、最近そっけない火澄、手纏、丹生、彼女ら三名の姿が浮かび上がった。酔わせれば……いつもとちがう……大胆な……マジすか?土御門さん……。

 

 景朗はハッとした。野郎、また話を逸らそうとしてやがる。

 

「……おい、お前、さっきからまともに受け答えする気ねえよな。もしかしてさ、心配する必要ないとか言っておきながら、確証は無いんじゃないか?暗部の機密話したって誰も聞いてないだろうってなんとなく高を括ってるだけじゃ……」

 

 またしても、土御門は話を聞いていなかった。テーブルの上に並べられた焼き鳥に手を伸ばしてもぐもぐと口を動かしている。景朗は発言を諦めた。ジロリとただひたすらに、土御門を見つめ続けた。

 

「む、むぐ。し、仕方ないんだぜい。雨月が奢るって言うもんだから、ここのすき焼きがどうしても食いたくなったんだにゃー……。ま、まあでも問題ないんだぜい。レベル5の話をしたいんだろ?それならこの場で離せないようなことはオイラも知らないぜよ。どうせあれだろ?昨日"第七位"にボコられて悔しいから情報を――」

 

 ピクピクとまぶたを痙攣させる景朗を見て、土御門は話を打ち切った。そうなのだ。土御門が言いかけた通りだった。景朗は今日、土御門に何でも奢ってやるから、と誘いをかけ、知りうる限りの"超能力者"どもの情報を引き出そうと考えていたのだ。

 

 こっちだって本気を出していなかったし、そもそも俺は人間形態のみで奴の相手をしたんだぞ。それに殺しちゃいけなかったから攻撃に手加減を加えなきゃならなかったんだ。そう、その手加減が食わせ物だったのさ。何せ、奴の能力がわからない以上、相手がどんな攻撃なら防御できるのかまったく想像が付かなかったのだ。手を出すに出せなかった。悔しかったさ。まあ、言い訳ばっかりは格好悪いからな。うん。相手は、"第七位"は、確かに強かった。ぶっちゃけ、形としては、一方的にボコられた、ように見えたかもしれない。

 

 俺は大人だからね。ここは一歩引いて、あえて。それでもあえて、昨日は"第七位"に辛酸を舐めさせられたと表現しておこう。それでだ。件の"第七位"でさえ、言葉の通りに最下位の"第七位(ナンバーセブン)"だった。況やそれを超える第四位、第三位、そして隔絶した強さを持つと噂される第二位以降の"超能力者"の強さに景朗は当然のごとく危機感を持った。

 

 昨日の今日で情報収集に躍起になる彼の、正直な胸の内を明かせば。っていうか"超能力者"の中で最弱だったりしたら悔しくて夜も眠れないし、あと萌黄タンとコナミちゃんのゲームの続きをはやくヤりたい、ということになるのだろうか。

 

 そのため、その日は割と、いや結構本気で真面目な話を土御門に持ちかける気でいたのだ。……だが、しかし。いよいよ到着したメインディッシュのすき焼きの匂いに、その決意ががくがくと揺さぶられる景朗だった。

 

 

 

 

 

 

 景朗と土御門はほろ酔い気分で第七学区の夜道を歩いていた。土御門は財布が空になった景朗を笑い、景朗もその時の話に釣られて笑っていた。徘徊する酔っ払いと化した彼らの肩に、背後から唐突に、誰かが手を置いてしかと握り締めた。

 

「君たち。どうみても未成年だけど、お酒臭いよ?ちょっと検査を受けてもらえるかな?」

 

 警備員(アンチスキル)の言葉に、景朗は神速の速さで、自身の顔を成人男性のものに造り変えた。

 

「あ、いや、私は成人してますけど」

 

 してやったり、と土御門にニヤリと微笑んだ。しかし、景朗の予想に反して、土御門も満面の笑みで微笑み返したのだ。そして土御門は強く息を吸い込んだ。

 

「か、勘弁してくださいにゃー!先輩が怖くて無理やり飲まされたんだにゃー!」

 

 警備員(アンチスキル)の顔が即座に曇った。景朗は抜け駆けしようとしたことを一瞬で後悔した。

 

「あ、ちょ、おまっ!」

 

「それは――!いや、しかし、金髪の彼からアルコールの匂いがする以上、言い訳はできないぞ!君、見たところ大学生だね。駄目じゃないか!未成年にアルコールを勧めては。しかも彼の言葉だと、無理矢理に勧めたらしいね――あっ、キミ!」

 

 土御門は景朗を置いてけぼりにして走り出した。景朗も逃げ出したかったが、肩に置かれた警備員の手には逃がすものかとしっかり力がこもっている。

 

「もう遅いんだ!まっすぐ家に帰りなさい!」

 

 警備員はそれだけを土御門の背中へ叫んだ。その後は。すぐさま景朗に向き直り、地獄の説教が再開されたのだ。後日。『よう!未成年者飲酒禁止法で捕まった"超能力者(レベル5)"!』となじられる羽目になった。

 

 

 


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