とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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 2014/02/28 追記完了しました。episode20をお楽しみください。

  episode21もまを開けず更新しようと思ってます。
  少なくとも、三月の初週中には必ず!


episode20:超電磁砲(レールガン)

 頭上鉛直上、数メートルほどの位置で大気が凝縮した。物質が体積と組成を変化させる、激しい化学反応の前触れだと思った。次の瞬間には、その現象が自身を襲うに違いないと分かっている。それでも、景朗はその場から動くつもりはなかった。

 

「いいかッ!信じてくれッ、俺は何があろうとも絶対に、2人を傷つけるつもりはない!傷つけるつもりは無いからなッ!頼むッ信じてくれよ――」

 

 願いが通じていて欲しい。彼が全てを口にする前に、覚悟した熱と衝撃がやって来た。言葉は無理矢理に中断させられ、景朗は凶悪な圧力を受けて地面へ押しつぶされた。制服が炎の到着と同時に焼き消える。爆撃を食らったらこんな感じなのかな、と。風の壁と地面に押しつぶされながらも、彼はどこか現実離れしたような感想を抱いていた。

 

 雨月景朗の肉体はどこまでも優秀だった。瞬く間に躰は熱に対応していく。全身を軋らせつつ、強引に立ち上がる。直感が告げていた。この灼熱は延々と受け続ける訳にはいかないぞ、と。

 

 悪い夢であってくれ。祈るように少女達を見つめた景朗は、精一杯に感情を込めて叫んだ。空気が薄い。周囲から酸素が無くなっている。そのはずなのに。仄かに蒼く色づく業火は躰を覆い、ゆらゆらと蠢いている。

 

「大丈夫だ!俺は大丈夫だからな!落ち着くんだ!落ち着いてッ!」

 

 思考停止している場合ではなかった。なんでもいい。ただちに手を打たなければ、手遅れになってしまう。景朗は能力を全開に、思考能力を最大限に励起させた。

 

「もうやめてください!お願いします、お願いしますっ!景朗が死んじゃうよぉぉおおっ!!」

 

 口から血を流す仄暗火澄が、悲痛な叫びをあげていた。アイツにあんな顔させやがって。絶対にぶっ殺してやる。しかし、怒りに振り切れる景朗にできたのは、歯を軋らせることくらいだった。

 

「いやあああああああああああああああああッ!なんでもしまずッ!やめでぐださい!やめでぐだざいいいいいいいやめでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええぅぅぅ」

 

 顔中の穴から体液を流して、手纏深咲は錯乱状態に陥っている。彼女たちの涙する姿を目にすれば、どう考えたって冷静になれるはずはない。だが、それを成し得なければ窮地を脱することはできないぞ、と己に言い聞かせ続けた。

 

「落ち着けッてッ!2人とも、それ以上舌を噛むなッ!安心してくれッ!俺はこれぐらいじゃ死なないッ!いいから俺を見ろッ!」

 

 彼の魂からの咆哮に対する答えは、爆熱と豪風だった。すぐそばの建物へと吹き飛ばされる寸前。陽炎に揺れる視界の端に、泣き叫ぶ幼馴染が映っていた。彼女は必死に何かを伝えようとしていたが、声を拾うことはできなかった。

 

 熱風と豪炎が、無抵抗なままの景朗をビルの側面へと叩きつけた。消えない炎がこれほど面倒だとは。蒼炎が盛大に彼の肉を溶かしていく。普通の炎じゃない。頭三つほど飛び抜けた高温に、生存本能が激しく沸騰しかけている。壁にうずもれたまま、景朗は一心に現状からの打開策を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は少々遡る。その日の正午。とある高校の廊下の隅で、雨月景朗は仄暗火澄からの着信を受けた。周囲の学生たちはランチタイムの到来に喜び勇み、どたばたと彼の後ろを駆け抜けていく。

 

『今日もなの?随分と大変みたいね、そっちの特別クラスとやらは』

 

「ああ、ごめん。3分でメシ食って直ぐにまた研究室に顔出さないといけなくてさ」

 

『そうなの。はぁ、残念。せっかく今日は丹生さんや深咲たちと4人で顔を合わせられそうだったのに。それじゃ、都合が付く日は教えてよ?何時だって私たちからばっかり連絡してるし。愛想つかしちゃうからね。だいたい、そっちが一緒にご飯食べよ、ってやかましいから私たちは――』

 

 背後から上履きの音が近づいてきた。誰かがにじり寄っている。

 

「スマン火澄。時間がないんですよ。ちゃんとわかっとる。もう切るで!」

 

『へ?いきなりどうしたのよ』

 

 有無を言わさず通話を遮断。間一髪。すぐに声色を蒼上のものに戻す。

 

「青髪君。黒板は私がやったから。後は気にせずお昼して来て」

 

「へ?あ、ああ。ありがと、吹寄サン」

 

 その日、景朗と一緒に日直の当番になったのは、吹寄整理という女の子だった。直ぐにクラス委員に立候補した活動的な少女であり、少々ぶっきらぼうな物言いをするところが印象的だった。しかし面倒見は非常に良く、四月半ばの、まだ割とクラス全体がギクシャクとしている現段階でも、その竹を割ったような性格から男女両方に人気がある。

 

「それにしても、青髪君、入学したての頃と比べたらだいぶ関西弁上手くなったわね」

 

「ホンマに?あはは、おおきに、吹寄サン」

 

 黒板消しを1人で済ませてくれたらしい彼女は、目ざとく景朗の言葉遣いにツッコミを入れてきた。偶然にもその場に通りすがっていた数人のクラスメイトが、少し離れたところで2人の会話を盗み見ている。皆、よくぞ言ってくれた、流石は吹寄整理だ!と言わんばかりの表情である。

 

 景朗は硬直した。つい嬉しくて、自ら詐称を認めてしまった。うっすらと笑みを浮かべ、腕を組み仁王立ちする吹寄整理。雨月景朗はしどろもどろに言い訳を繰り広げた。

 

「な、なにをいいますのん?ボ、ボクはもう学園都市も長いんで、少々こっちの言葉が混ざってしもうとるだけでしてね?」

 

「ふうん?」

 

 まったく納得してない風の吹寄を相手に、景朗は窮地に追いやられた。用意していた言い訳を色々と頭の中で並べ立てるも、こうしていざ説明する状況に立つと、どれも説得力にかけている気がしてきていた。自信を持って口に出すことができず、言いよどんでしまう。

 

「ははは。そのくらいにしといてあげな。私も続きが聞きたいところだけど。まだ四月だし、彼にも立場ってものがあるだろう」

 

 一時、救いの手が差し伸べられたかと思った。だが、よくよく聞いてみれば。ぜんぜんフォローになっていないじゃないか。声の主は艶やかな黒髪をかき揚げ、吹寄へとウインクした。

 

「雲川先輩、私はただ、クラスの皆の疑問を代弁しようと思っただけで……」

 

 クラス全員が、既に俺のエセ関西弁に違和感を持っていたのか。景朗は絶望した。続ける意味あるんだろうか。今から元に戻す?どちらにせよ、生き恥だ。このキャラで生きていくしかないとは……。

 

 

「おーい、青髪。早くしろよーっ。席が埋まっちまうぞ?」

 

「学食は時間との勝負だにゃーっ!」

 

 景朗の逃げ道を作るように、友人2名、上条当麻と土御門元春が現われた。吹寄と雲川と呼ばれた先輩は景朗からすぐに意識を外し、両者ともに近づいてくる上条へと話しかけていく。それはクラスの男子生徒の誰かが名付けた"カミやん効果"と呼ばれる現象であった。

 

 普段は忌々しい"カミやん効果"だったが、この時ばかりは感謝した。図らずも揃ったダブル巨乳に、上条当麻は鼻の下を伸ばしている。

 

「野郎、巨乳2人と一体何の話をしてたのか教えるんだぜい!」

 

 土御門は景朗の首に腕を回し、その場から引きずり出した。続けざまに彼は耳元に口を寄せ、ごく小さな音量で、景朗に忠告した。

 

「気をつけろ。あの雲川とかいう女、俺たちの同業者だ」

 

 雲川は景朗の正体を見抜いて会話に割り入ったのだろうか。それとも、上条当麻と接触するために利用したのだろうか。その両方か。景朗は、自分にはこの仕事、向いてないんじゃないだろうか、と思わずにはいられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、元気のない景朗は、第七学区を行くあてもなくトボトボと散策していた。結締淡希からメールがあり、しばらくしたらアレイスターへ会いに行かなくてはならない。また仕事を言いつけられるのか。気分が落ち込む。

 

思索に耽る時に闇雲に歩き回るのが、景朗の癖だった。第二位、第三位との戦い。上条当麻の任務。暗部のこと。

 

 目まぐるしく様々なことを思い浮かべていくうちに、その日の昼休みの場面に行き着いた。そういえば、今日、火澄たちと皆でメシ食えなかったな。惜しいことしたな。

 

 火澄が言うとおり、最近、景朗は心を許せる彼女たちとまったく顔を合わせていなかった。上条当麻の監視任務で、そもそも長点上機学園にはほとんど登校すらしていない。同じ高校に入って楽しくなると思ったのも、束の間だった。

 

 ただ、意外にも上条当麻との馬鹿騒ぎは、長らく男友達の不足していた景朗にとっては純粋に楽しめるものであった。件の吹寄は3バカ扱いするし、あくまで任務上の関係ではあったが、それを忘れそうになるほど、景朗には面白く感じる時間になっている。

 

 しかしやはり、入学して十日ほど立った今。一度も火澄達と学校で遭遇しないというのはどうにもまずい。景朗は焦る。このままでは怪しまれる。学校に居ないのがバレたら、なんて言われるか。そう考える景朗の心の奥底には、別の想いもあった。単純に、彼女たちに会えなくて寂しいという気持ちだ。彼は自分では気づいていないようだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ日も暮れる。行き当たりばったりに歩き続け、小腹が空いた。景朗が、近くから漂うクレープの匂いにつられて顔を上げたその時だった。

 

 彼は見つけた。たった今考えていた、学園都市"第三位"の超能力者(レベル5)の姿を。御坂美琴はベンチに座り、幸せそうにクレープにかぶりついている。

 

 とうの昔に、青髪の姿を解除し、景朗は素顔を晒していた。咄嗟に物陰に隠れる。御坂美琴とは、中学時代に面識がある。久しぶりに会うはずだが、そんな気は微塵もしなかった。彼女のクローンとちょこちょこ遭遇していたからだろうか。

 

 そう、クローンだ。景朗の頭に、御坂美琴のクローンたちの台詞がよぎっていく。人は見掛けに拠らない。ああ見えて、彼女も暗部の一員なんだ。こうしてみていると、ただの可愛い女子中学生だとしか思えないけれど。

 

 いいや。やはり、暗部の匂いなんて、欠片もしない。景朗もだいぶん暗部にこなれている。一目みただけで、その人間が裏稼業に縁のある人間かどうかだいたい判別できるつもりだった。しかし、どうにも御坂美琴からはそのような空気が嗅ぎ取れない。でも、それではミサカクローンズの言葉と辻褄が合わなくなる。

 

 

 

 

 

 それもしても。今の彼女の印象が、初めて会ったときのものとだいぶ違う気がしてならない。実際に会って目にするのは、確かに半年ほど前だったけれど。半年でそれほど人は変わるだろうか。

 

 違和感を探す景朗は、はたと理解した。どうして気付けなかったのだろうか、と自嘲するほど簡単な事実。

 

 御坂美琴は1人だった。彼女は1人で街中を彷徨うことに、随分と慣れている様子に見えた。彼女の年頃の女の子は皆友達と群れて遊ぶものだと思っていたが。遠目に映る横顔からは、寂しさが伝わってくる。本人がそれを意識しているかは知りえない。でも、景朗はそう感じずにはいられなかった。

 

 やはり、超能力者(レベル5)故の孤独なのだろう。その理由を、景朗はわかるような気がしていた。

 

 超能力者(レベル5)になるということ。それは、その人物の人生を否応がなしに大きく変化させる。それも、血生臭く、より危険の溢れる方向へと。決して後戻りはできない。

 

 誰も放っておいてはくれない。日陰に棲む人間が次から次へと、笑顔の裏に他者を省みぬ有刺の欲望を隠し、利用しようと近づいてくる。そこには敵か味方しか無い。弱みを見せれば、たちまち喰らいつかれてしまう。

 

 その点で言えば、俺は獅子身中の虫に躰をボロボロになるまで荒らされてしまっているな。もう食い散らかすところなんてないと思うんだが。笑えもしない。自分を獅子に例えたのはちょっと調子に乗ったかも。もうちっと反省しろよ。 

 

 そんな風に、御坂さんが友人を作らないのは自衛のためだろうか。それとも作れないのだろうか。彼女に限ってはそういうわけでもなさそうだ。でも、御坂美琴、常盤台の"第三位"は少々、俺とは置かれている立場が違っている。この学園都市に住む、ほぼ全ての人間が彼女を知っている。というか、"超能力者"の代名詞として扱われるほどだ。

 

 極めて限定的な場面でしか"超能力者(レベル5)"を名乗らぬ景朗でさえも、毎度毎度向けられる、色とりどりの色眼鏡に辟易するのだ。彼女の場合、接する人間、万人が皆、"第三位"のフィルターを両目に貼り付けてくる。その生活がどのようなものか、推し量る術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 長い間考えに耽っていた。きっと御坂さんに対する躊躇があったのだろう。相手は可愛い年下の女の子だ。しかし、戸惑ってばかりもいられない。クレープを食べ終えた御坂さんは、小さなカエルのストラップを数秒太陽の光に翳すと、元気よくカバンにしまいこんだ。席をたち、意気揚々と歩き出す。

 

 優柔不断に、景朗は後をつける。彼は決めかねていた。先程思案したように、御坂さんは超能力者(レベル5)の中で最も情報が知れ渡っている人だ。正直、無理に仕掛ける必要は無い。だが、孤立して街中を歩く御坂さんとの遭遇イベントが、これからそう易々と何度も発生するかと言われれば、否だ。

 

 彼女は学舎の園の生徒であるし、そもそもああやっていつも孤独に過ごしているというのも景朗の勘違いの可能性がある。もし次に会った時、周りに女子中学生をわらわらと引き連れられていては、手が出しにくい。

 

 ちょっかいをかけるには、今が絶好のシチュエーションであるのも確かなのだ。今なら造作もなく、彼女を人気のないところに連れ込むことができる。犯罪の臭いがする言い方となってしまうけれども。あ、いや……犯罪……じゃん……。

 

 

 

 高校一年生とはいえ。大の男が女子中学生をストーキングして、考えている内容はリンチの方法である。警備員は何処だ。

 

 

 

 ……自虐はやめよう。そもそもここで引いて、後から練る策などあるだろうか。景朗はふと思索し、瞬く間に結論にたどり着いた。特に無い。

 

 調べて驚愕した。"第三位"の情報が知れ渡っている、というのはあらゆる意味で真実であった。あの娘、いろんな場所で、様々な人種、国籍、職業、能力を問わず無差別級にあらゆる人間と腕試し、いわゆる野試合みたいなものを繰り広げていた。

 

 ちなみに、記録によればすべての試合に勝利している。コマメに彼女の戦いをチェックしているファンがいるらしい。似たようなファンサイトがわんさかと見つかっている。さらに、ちなみに。"第六位"のファンサイトは……胡散臭さの塊みたいなヤツばかりであった。どのサイトの掲示板も無残に荒らされていた。喜ぶべきだろうか。

 

 話を戻そう。そう、あの常盤台の電撃姫さんは。気軽に変装して、「今から一手、お手合せ願えるかな?」なんて宣言すれば。すわ、格ゲーみたいに、その場でFight!てな流れになってもおかしくないような方なのだ。本当に噂通りであれば。

 

 

 

 

 

 

 

 結締さんとの約束まで、まだ時間は十分にある。ああ、畜生。俺は本当に優柔不断だな。まだ悩んでいるのか。悩む必要ないじゃないか。前情報によれば、彼女の能力は十億Vを操る"電撃使い(エレクトロマスター)"。これは疑いようのない事実さ。得意技、おそらく最大火力を持つ技も、名前が表す通りの"超電磁砲(レールガン)"。

 

 一度は確信を得たはずだ。俺は、彼女とは相性がいい。彼女の攻撃では、俺に致命傷を与えることはできない。"第四位"と戦う前は、"第三位"と"第四位"は割と似ている能力かとも思ったが、実際はまったく違った。

 

 この間手に入れた第二位の情報で、俺は7人の超能力者たちの能力を一応、すべて網羅できている。そこから考察した自己流の分析だが。実は、現状で俺と最も相性が悪いのは"第四位"、"原子崩し(メルトダウナー)"であった。前回の試みであのお姉さんに躰を半分消し飛ばされていた時、本音を言うと、ビビって小便をチビらせていた。家に帰って体重計に乗り、俺の質量が三分の一ほど減っていて、さらに大便を漏らしかけた。

 

 危うかった。俺は質量をゴリゴリと削られる攻撃にめっぽう弱いらしい。いや、らしいじゃねえよ。考えればわかるだろバカ野郎。死ねよ。死ねないけど。

 

 体組織を破壊されるだけなら屁でもないが、まるごと消失させられたら、どうしようもないのだ。あの時、あのお姉さんが周辺施設の被害を顧みず、本気で閃光をぶっぱなしていたら。そして、それがもし、舐めてゴキブリもどきなんぞに変身し、体積を小さくまとまらせていた俺の体幹をまるごと吹き飛ばしていたら。俺は成仏していたかもしれない。

 

 ああ、これ以上は想像したくない。やっぱり御坂さんの能力について考察しよう。"第四位"の能力は、あれは、カチコチに固まった電子で、物質の原子を玉突きモデルみたいに強引に吹き飛ばす防御不能の、俺にとって悪夢みたいな現象だった。一方、御坂さんの能力で俺の質量を奪おうとするなら。電流を俺の体に無理やり流し、ゴリ押しして電気抵抗による発熱で燃焼させる方法があるだろうか。しかし、電気抵抗による発熱、燃焼、というプロセスを挟む以上、"第四位"の装甲を無視した、大凡のこの世の物質では防御不可能な攻撃とは性質が異なる。

 

 あ、そうだ。"第四位"の攻撃。電気ナマズみたいに俺も躰から発電すれば、対処可能だろうか……?いや、上手くはいかないかもしれないな。俺にできるのは発電までだ。生み出すだけで、操作は微塵もできないからさ。そういうわけで。結局"第四位"のことばかり考えてた気もするけど、その実、御坂さん相手なら。俺は躊躇なく、喧嘩を売れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 背後で不審者が、襲撃方法の考察をしているとも露知らず。件の御坂さんは健気にも、道端に捨てられていた子猫をあやそうとしていた。

 

 子猫はいやいやと必死に首を振り、御坂さんは残念そうに、寂しそうに、悲しそうに、ふわりとはにかんでいた。

 

 俺、今からあの娘を襲うのかい?さっきからひとりぼっちで街を歩く、今では子猫相手に哀愁を漂わせている、あのお嬢さんを相手に。俺はずーっと。暗い考えばかり。

 

 白状しよう。雨月景朗は、あのボッチの女子中学生と。なんだか話をしてみたい気分になっていた。ありのままの、雨月景朗本人として。

 

 

 御坂さんは颯爽と諦め、ため息をついて両手を腰に当てた。そして矢庭に、衆目を気にもかけず、凛として叫び声を上げる。

 

「いい加減、姿を現しなさい!さっきから私を延々と追い回して。出てこないならこっちから挨拶させてもらうわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "第三位"にはとっくに気づかれていた。勿論、本気で悟られぬように尾行していたわけではないから、大きく動揺はしていない。さてどうする。2つに1つ。変装して喧嘩を売るか。それともこのまま雨月景朗として、彼女とコンタクトを取るか。

 

 意識の中に、はっきりと。御坂美琴と会話をしたい、という欲求が芽を出していた。景朗は御坂美琴へと素顔を晒す。申し訳なさそうな表情を造りつつ、物陰からおずおずと彼女の前へと躍り出る。

 

 

「……久しぶり。ごめん、御坂さん。俺、です……」

 

「へっ?……あ、ああ!雨月さん!?」

 

 焦りを滲ませた景朗の登場に、御坂さんは肩透かしを食らっていた。彼女は怒らせていた空気を瞬く間に霧散させていく。険しかった顔付きは跡形もなくなり、今はただただ、戸惑いを顕にしていた。

 

「お久しぶり、です……本当に……。あの、これは一体……」

 

 あれほど気炎万丈に吠えたのだ。振り下ろすはずの拳の行き先を失くし、所在なさげに立つ彼女は、やや恥ずかしそうに忘我している。

 

 

「申し訳ない!いや、なんつーか、ひっさしぶりに御坂さんの姿を見かけてさ。一言挨拶でもと思ったんだけど。……あのさ、御坂さん、まだ覚えてたりする?最後に会った時のこと。俺、あの時、正真正銘真実本当に、御坂さんがレベル5だなんて知らなかったんだ。そんで……御坂さんの目の前で、超能力者のことを散々こき下ろしちゃって……。そのこと思い出してさ。声を掛けようか迷ってしまってたんだ」

 

 御坂さんも当時のことを思い出したのか、少し大げさに、景朗の言葉に相槌を打ち返した。

 

「あ、あぁぁー、あのことですか!あんなの気にしてませんよ!」

 

 景朗は所々の気まずさをごまかすように、緩やかに笑いを貼り付ける。

 

「そ、そーだよね!あんまし気にしすぎたかな?ただ、あれじゃないか。あのあと調べたら、正直、御坂さんのこと知らない学生の方が少ないくらいみたいで。あの時の態度じゃあ、御坂さんは喧嘩を売られてたように感じててもおかしくないなぁ、ってさ」

 

「ぜんっぜん!そんなことありませんよ!私、そこまで自意識過剰じゃありません!」

 

 尾行の動機に合点がいったのだろう。混乱からようやく脱しつつある彼女は、まったくもう、相変わらずですね、と景朗へと嘆息した。

 

 

「へ、HEYHEY、御坂さん。それじゃあ、驚かせたお詫びにコーヒーでも奢らせてくださいよ。あ、今忙しかった?」

 

 御坂さんはわずかに仰天して、一歩たじろいだ。頬が少し赤くなっている。「う」と一声漏らしたが、最後は折れた。

 

「雨月さん、なんだか大胆になりましたね。お茶くらい、私は構いませんけど。でも、いいんですか?仄暗先輩に言いつけちゃいますよ?」

 

 意地悪そうに目を細めるも、しかしさらに赤くなっていく彼女のほっぺたに、微笑ましさが湧き上がる。顔見知りであるという事実を活かし、直接本人から色々と情報を仕入れてやろうと画策していた景朗は。それしか頭になかった彼は。彼女の忠告を聞いて、ようやく自らの大胆さに赤面する思いだった。ナンパじゃねぇか、これ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、雨月さんは高校どこに行かれてるんですか?」

 

 景朗のオススメのカフェでテイクアウトして来たカフェオレ片手に、御坂さんは疑問とともに彼の方へ身を乗り出した。

 

「よくぞ聞いてくれました。ふふふ。御坂さんとはこれから大覇星祭やらで再び相まみえるかもしれないね。今制服来てないけどさ、俺、長点上機学園に行ってるんですよ」

 

 興味津々の御坂さんの様子が、景朗には不思議だった。返す御坂さんは、やっぱり、とでも言うように、手を口元に当てて瞠目した。謎の反応。

 

「くぅーーーーっ。それじゃあ、雨月さん、青春ですね!羨ましいなぁ、色男さん!」

 

「うん?な、なに急にどしたの?」

 

「またまたぁ。仄暗先輩と手纏先輩からお話はうかがってるんですよ?お二人は間違いなく、雨月さんを追いかけて長点上機に行ったんですよ。今はバラ色の高校生活なんじゃないですか?」

 

 急に振られた話に、景朗はエスプレッソを逆流させる。鼻の粘膜で苦味を存分に味わう羽目になった。

 

「げほッ。があ、鼻が……。そ、それは流石に大げさだって。普通に、長点上機学園がトップ校だったってのが大きかったんだと思うよ。まあ、実のところ御坂さんの言うように、あの二人とは仲良くやってるけどさ……」

 

「ほらぁ、やっぱり!しかしですね、景朗さん。ちゃんと考えてあげなきゃダメですよ。"あの手纏先輩"が、学舎の園の外部の、おまけに共学の学校に行ったんですよ?私だって、初めてその話を聞いた時はびっくりしましたもん」

 

 御坂さんの話を聞いていると幸せな気持ちになってくるんですが。いやでも、その予測は穿った見方過ぎる。

 

「いや、それは俺がどうとかいう話じゃなく、単純に手纏ちゃんは火澄と離れたくなかっただけだったんだと思うよ?火澄が学舎の園の高校に行ってたら、手纏ちゃんもそっちに行ってそうじゃん?」

 

 景朗の反論に、御坂さんは姿勢を戻し、思案する。しばらくして、それもそうですね、と口にした。いや、納得されても、それはそれでちょっと悲しいっていうか……

 

「っていうか、俺の話はもうやめやめ!そういう御坂さんこそ随分とヤンチャしてるみたいじゃないか。ちょっとネットで調べただけで、たぁーっくさん、御坂さんの武勇伝がつらつらと――」

 

 バチバチと御坂さんの髪の毛から、淡い、青白い火花が弾けとんだ。彼女は羞恥に顔を歪め、景朗からしっかりと顔を逸らしている。

 

「やッ、やめてくださいぃぃその話はぁぁ。嗚呼恥ずかしい!私だってやりたくてやってるわけじゃないんですよぅ。何もしなくたって、見知らぬ誰かさんが次から次へと喧嘩を売ってくるんです!」

 

 その様子を見る限り、本当に好きでやっている訳ではなさそうだった。俄かには信じられない。なぜなら、彼女の連勝記録を収めたサイトにはいくつか動画まで上げられており、その動画のいくつかには、楽しそうに電撃を見舞う御坂美琴が映っていたりもしたからだ。

 

「ま、まあ、御坂さんもまだ中学生なんだし。怪我するのも危ないし、いっそ逃げちゃってもいいんじゃない?そうやって挑戦者から逃げずに戦い続けるから、皆"第三位"に好戦的なイメージをもっちゃうところもあるんじゃあ……」

 

 御坂さんはくぅっ、と短く息を吸い、俺をキッ!と軽く睨みつける。

 

「アタシだってそう思う時もあります!でも、これでも私は"名門、常盤台中学"の看板を背負ってるんです!そうそう何度も情けなく尻尾を巻いて逃げ回ってたら、他の生徒の皆まで舐められちゃうじゃないですかっ!」

 

 目尻に小粒の涙をため、御坂さんは憤慨した。な、なんというか……。齢14にして、なんと豪気な……。他の超能力者(レベル5)もやっぱ色々と苦労してんだね。

 

「お、落ち着いて御坂さん。うん。そうだね。それは仕方ないね!」

 

 御坂さんは直ちに正気を取り戻した。ハッとすると、ションボリとうなだれた。

 

「ま、まあ。そりゃあ、ちょっとはアタシにも原因があるかもしれませんけど……。性分なんです。もともと逃げるのがキライっていうか、負けず嫌いというか。正面から堂々と名乗られて、勝負を挑まれたら。そのぅ……こっちも気合がはいるというか……」

 

 そうだよね。どう考えてもそんなノリでバトルが始まってた動画もあったよね。ふとした拍子に。眼窩を虚ろに虚脱する御坂さんの姿に、突然、ミサカニコニコ号やミサカ実妹号たちのイメージが重なった。景朗の心に、冷たい汗が流れていた。そうだ。この娘は。暗部と関わりがあるはずなのだ。コロコロと変わる彼女の表情に、忘れそうになる。まったく表に出さない。これが演技なら、相当、大したものだ。

 

「にしても、"好戦的な超能力者(レベル5)"ですか……。やっぱり、皆そういう目でアタシを見ちゃいますよね。……やっぱそうなのかなー。はぁ。それを考えれば、仄暗先輩たちは得難い人たちだったなぁ……アタシを怖がることなく、遠慮することなく、ごく普通の"ふたつ下の後輩"として接してくれましたから……会いたいなぁ……」

 

「会いたいなら遠慮なく連絡すればいいじゃないか。きっと2人も喜ぶさ」

 

 それからは。ずーん、と効果音が重なりそうなほど落ち込んでいく御坂さんを、景朗は必死に励まさなくてはならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それほど長い話にはならなかった。あと少しで、日も大きく傾き始める頃合。景朗と御坂美琴は互いに、別れの挨拶を交わしていた。

 

「色々お話を聞けて楽しかったです、雨月さん。それじゃ、またコーヒーおごってくださいね!」

 

 一応、御坂さんは元気を取り戻したように見える。景朗は内心ほっと一息つくと、去り行く彼女へ盛大に手を振った。

 

「勿論!それじゃあまた、何処かで、御坂さん」

 

 

 今の景朗の心理状態は。彼女と別れたばかりの彼の心の内は。今から彼女へとちょっかいをかけるほど、ひりついた状態ではなくなっていた。いくらなんでも、その日、同日に、彼が御坂美琴へと任務を遂行することはないだろう。

 

 彼女とちゃんと話せて良かった。景朗に後悔はない。しかし。運命とは過酷なものである。その判断を、彼は後に悔いることになる。

 

 

 

 

 

 景朗と別れた御坂美琴は、期待に満ちた表情で携帯を手にとった。

 

「あ、お久しぶりです!仄暗先輩!えへへ、聞いてくださいよ!今、アタシ、誰に会ってたと思います?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗はため息をひとつ、夕焼けに輝く"窓のないビル"を後にした。相変わらず結締さんは景朗には欠片も興味がないようで、送り迎えを済ませると直ぐに雑踏に消えていった。

 

 景朗としては、結締淡希はアレイスターの傍で、身近に接する者の1人であるので、もう少し良好な関係を築きたいと思っていた。そのため、彼女にはちょっとした遊びを披露していた。しばしば、彼女と待ち合わせるたびに、雑誌やTVで見かけるハンサムな俳優やアイドルの格好を能力で模していったのだ。

 

 結締お姉さんの好みのイケメンで応対すれば、一度くらい微笑んでくれないか、期待した。しかし、一度として、彼女はピクリとも食指を動かさずにいる。方向性が間違っているのだろうか、と景朗は思案した。今度は、ショタ系で行ってみようかな?

 

 そのように間抜けなことを考えていた景朗は、急遽届いたメールを確認した。窓のないビルの内部では、何故かアレイスターとの直通回線しかやりとりができないのだ。それ故、他の通信はビルを出てから遅れてやってくる。

 

 

 メールは手纏ちゃんからだった。皆の都合がついたので、十八学区の川沿いの屋台で一緒に晩ご飯はどうか、という内容だった。景朗は飛び上がらんほど喜ぶ。

 

 メールの発信時刻は少し前だった。急いで彼女へと電話を入れる。

 

 

 

『ッ景朗さん!?――g;alsyasppo;jtou』

 

 かけたこちらが思わず驚く程の、張り詰めた返答が返ってきた。その直後の、ごしゃりという雑音。携帯でも落としたんだろうか。景朗は不思議に思った。

 

 

「もしもし、手纏ちゃん?」

 

『景朗?今どこにいるの?』

 

 何故か、会話を繋げたのは火澄だった。2人一緒にいるんだろうか。ちょっと声が硬い気もしたが。怒っているのだろうか?だとしたら、最近怒らせてばかりだな、と景朗は反省しつつあった。

 

「いや、今第七学区だけど」

 

『そう。ねえ、メールは見た?急いでこっちに来れる?もう皆、待ってるけど』

 

「おっけ!わかった今すぐ行く!待っててくれよ必ず行くから!」

 

 景朗は焦り、何度も肯定の意を返す。

 

『じゃ、待ってるから』

 

 火澄は行き先も告げず、通話を打ち切った。まずい、本当に怒ってるかも。景朗は背筋を冷たくしつつあった。しかしどうにも、その前触れはなかった。少しだけ、違和感を感じてもいた。

 

 メールを再び確認する。第十八学区の、大きな河の、橋の近く。どちらかというと、人通りの少ないところだ。そこに屋台なんてあっただろうか。兎角、景朗は急ぎに急いだ。物陰で巨大な怪鳥の姿へと躰を変化し、羽毛を透明に変色させ、大空を羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火澄たちがメールで指定した場所は、やはり人通りの少ないところだった。学園都市を横断する大きな河がコンクリートで舗装され、大きめの橋が目に入る。学区によっては川沿いに屋台が立ち並ぶが、ここ、第十八学区ではそのような話、聞いたこともない。ただ単に待ち合わせに指定しただけだろうか。

 

 しかし、肝心の火澄達はどこにも見当たらなかった。匂いもしない。耳に飛び込んでくるのは、茜色に反射する河のせせらぎだけだ。

 

 景色はどこもかしこも橙色に煌めいている。もうしばらくしたら街灯に火が入る。ピリピリとモスキート音がやかましい。人の姿がほとんどないのは、そのせいだろうか。何故、このような場所に?

 

 疑問を持ちつつも、携帯を取り出した。街灯に寄りかかり、火澄へと連絡を入れようとした。

 

 

 

 

 

 

 

「よお。元気そうだな?第六位」

 

 真上から、男の声。誰もいなかったはずだ。その声とほぼタイムラグ無しに、上空を見やった。街灯の頂上の、何もない空間が、文字通りひび割れた。透明の殻を破るように、中から金髪の青年が1人、透明の、一対の羽を広げるように、全身を晒した。

 

 景朗は瞬時に飛び退り、川沿いに、橋から離れた場所に位置した。警戒をあらわにする。嫌な予感を全身で悟りながら。

 

 

 橋の下に、一席のボートが屯っていた。そのボートの上に、見知った顔が2人。火澄と手纏ちゃんが蒼白な顔つきでつっ立っていた。彼女たち2人に挟まるように、これまた金髪の、ど派手なドレスを纏った少女。

 

「動くなよ?あの2人が大事ならな」

 

 金髪の青年は言い放ちつつ、ゆっくりと街灯から飛び降りた。不自然な動きだった。滞空時間がやたらと長い。能力に違いない。

 

 ボートは景朗のすぐ近くまで流れて、その位置で停止した。

 

「どちらさん?何か俺に恨みがあったりする?抵抗する気はないよ。言われるがまま、下手にでるつもりさ……でも、ひとつだけ質問いいかな。第六位ってなんのことだい?」

 

「あら、随分と余裕なのね。流石だわ。でも、嘘はいただけないわね。あなたの大事な娘たちが人質になっているのに。お二人さんとはえらく親密なのね?2人とも、貴方のことが気が気でないみたい」

 

 既に、完璧に、俺と火澄、手纏ちゃんとの親密さは露見してしまっている。万事休す。思考を切り替えろ。彼女たち2人を、安全に、救い出せ。脳裏によぎる。何も、人質は彼女たち2人だけだと決まったわけではない。丹生や、聖マリア園の仲間たち。皆が心配だ。

 

「まいったな。何が目的なんだ?恨みか?だったら遠慮なく俺をぶっ殺してくれ。気が済むまで殺してくれて構わない。命乞いでもなんでもするよ。だから率直に言おう。あの2人を開放して欲しい。人質はあの2人だけ?」

 

 景朗は自ら両手を上げ、金髪の男を見つめた。直感で、その男が場を支配しているように感じていた。不敵なその男は、面映そうに語った。

 

「いや、なに。新顔が一向に挨拶にこねぇから、わざわざこちらから出向いてやっただけだ」

 

 景朗はその言葉に、ゴクリと息を呑み込んだ。

 

「"新顔"か。さっきも言ったが、あんたたち何か勘違いしてる。俺は"第六位"なんかじゃない。勿論、自分が"超能力者(レベル5)"であることは認めるよ。でも、信じてくれ。俺がレベル5になる前に、既に超能力者は七人いる、と言われてた。だから、多分俺は第八位とか、第九位とか、誰が下に続くのか知らないが、とにかく。俺は"第六位"じゃあないはずさ。もし、あんたがたが"第六位"に御用事だってんなら……気の毒だが、これは骨折り損の草臥れ儲けになるよ」

 

 景朗が自身を超能力者(レベル5)だと口にした、その時。人質に取られていた火澄たちの表情が一層強ばった。その仕草を横目に、景朗は畜生、と呟いた。これから色々と隠してきたことが露見していくだろう。こんな形で聴かせる羽目になるとは。最悪の方法じゃないか。

 

「そういう意味で言ってるわけじゃないんだが。……何だお前、そんな心配してたのか?安心しろ。お前は正しく第六位だ」

 

「あんたまでそんなこといいだすのか、"第二位"さんよ。あんたも超能力者ならわかるだろ?外野がいくら持て囃そうと、第何位だとか順位付けされようとも。白けるだけさ。成りたくて超能力者になったやつなんていない……」

 

 透明だった羽が、いつの間にやら白い翼となっていた。情報が一致する。眼前の男こそが、この街の"第二席"だと。

 

「見苦しいな。だったらはっきりと言ってやる。オマエに用があるんだよ、"三頭猟犬(ケルベロス)"。それとも"悪魔憑き(キマイラ)"と呼ぶべきか?……まあ、少々以外に感じるな。アレイスターの犬に成り下がったクズ野郎がどんなやつかと思いきや、そんな殊勝なことを言い出すとは。どうやら、俺が直々にぶっ殺すだけの価値はありそうだ」

 

 火澄と手纏ちゃんは、"第二位"の口にした"殺す"という単語を耳にすると、小さく呻き声を漏らした。2人の口元から血の雫が垂れる。派手なドレスの少女は楽しそうに2人の頬を撫でた。ボートから微かに届く少女の声を、景朗は懸命に捉えた。

 

「ダメよ?舌を噛んじゃダメ。お願いよ?舌を噛まないで。私の言うこと聞いてちょうだい?」

 

 景朗は初めて目にした。彼女たち二人の、極限まで激高した姿を。しかし、仄暗、手纏両名の、その表情とは裏腹に、彼女たちは大人しく、少女の命令に従うのだ。

 

 景朗は理解した。あの少女は精神系の能力者だ。2人は操られている。最悪なことに、意識は正常なまま、肉体だけ手玉に取られているのだろう。

 

 鮮やかなドレスの少女は、金髪の男へ提案した。

 

「ねえ、この娘たち、自分で舌を噛んでるわ。第六位のことがとってもとっても大切みたい。可哀想に。その粋に免じて、喋れなくなる前にお話くらいさせてあげましょうよ?」

 

 金髪の男も、その言葉に賛同した。

 

「ほう。羨ましいな、色男。どっちが本命だ?」

 

 金髪の男が手でサインを出す。ドレスの少女は直ちに、火澄たちに自由に会話する許可を出した。

 

 

「景朗!人質は私たち2人だけぇッ!コイツらが私たちを捕まえたのはついさっきなのよ!だから――――」

「景朗さん!私たちのことは無視してください!」

 

 

 ドレスの少女は驚き、火澄の口を塞いだ。

 

「格好いいわね。でも、貴女は余計なこと喋っちゃいそうだから、やっぱり喋っちゃダメ」

 

 口を塞がれた火澄を目にして、手纏ちゃんは言葉を選ぶように押し黙った。

 

「2人とも!後で必ず全部説明する!だから今は!いいか2人とも!自分の安全だけを考えるんだ!それさえできれば、俺に関してはどうとでもなるから!」

 

 火澄も、手纏ちゃんも、真剣に頷いた。

 

「景朗さん!御坂さんから連絡があって、それで私たち、景朗さんを尾行したんです!その時に、この人たちに捕まったんです!それで、それで――この人は、能力で私たちを操ってます――――」

 

 手纏ちゃんも口を閉ざされ、耳元で少女にゴニョゴニョと口を差された。それからは再び。2人とも涙を流し、押し黙った。

 

 2人とも、本当にありがとう。そこまで把握した景朗は、颯爽と金髪の男へ喋りかける。

 

「おーけー。あんた、さっき俺をぶっ殺すとか言ってたよな。俺も賛成だよ。殺しに来たんなら遠慮なくやってくれ。好きなだけ痛ぶってくれよ。心配ご無用。回数制じゃなくて、時間制だからさ。小一時間延々と俺をなぶり殺してくれて構わない。そのかわりに、頼む。その2人を開放してくれ」

 

 景朗が言い放つと、ボートの上で人質たちは辛そうに身じろぎした。彼女たちの口元から伝わっていく、ひとすじの血潮。ドレスの少女は美術品を愛でるように、そっとその朱い線をナゾった。

 

 彼女たちの決死の覚悟を嘲笑うその様子に、景朗は思わず殺気を放っていた。限界まで、怒りを抑えて言葉にした。

 

「なあ、お嬢さん。できれば、それ以上2人には触らないでやってくれないかな?」

 

「先程も言ったけど、随分と余裕ね。貴方が今、前にしているのは、この街の頂点に立つ男なのよ?それと。私には、殺気を向けないことをオススメするけど」

 

 殺意に満ちた景朗の視線を正面から受けて。その少女は不満そうに、ワザと挑発するように、2人の髪を弄った。手纏ちゃんはおびえている。景朗には我慢できなかった。

 

「やめろっつってんだろ!」

 

 牙を剥く景朗。だが、"第二位"とその少女は。それでも尚、楽しそうに哂っている。

 

「あーあ。ちゃんと忠告はしたわよ?」

 

 少女はにこり、と微笑んだ。そして。彼女を庇うように、火澄と手纏ちゃんが立ちふさがった。景朗には訳がわからなかった。

 

 頭上で空気が収縮する。火澄と手纏ちゃんは気が狂いそうなほど辛そうで、ひたすらに涙を流していた。

 

 そうか。そこまで操られているのか。まさか。能力を、俺に。景朗は、2人へ安心するように、自分の耐久性について語りかけた。自分を信じるように、と。だが。彼女たちは自らが行う行為に極限まで恐怖し、その話が届いていたようには見えなかった。

 

 

 "不滅火焔(インシネレート)"と"酸素徴蒐(ディープダイバー)"の二つ名。

 "火災旋風(ファイアストーム)"が景朗を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度か焔の風に翻弄され、最後には壁に押し込められた。

 

 ひとまず、壁から這い出た。焔が邪魔だ。これでは、彼女たちへきちんと意思を伝えられない。景朗はいとも簡単に。昆虫が脱皮するように、するりと自身の"皮"を一枚、脱ぎ捨てた。

 

 焔が、脱ぎ捨てた皮をあっという間に燃やし尽くし、灰にした。だが、からくも、景朗は焔の束縛からは自由になれていた。

 

 

 

 

 景朗の無事を目にした火澄は、涙と鼻水と、おまけに口から垂れ流す血と涎で悲惨な有様だった。手纏ちゃんもどっこいどっこい、いやむしろ火澄より酷いだろうか。

 

「かげろう!大丈夫なのっ?大丈夫なのぉっ?!ごめんなさい、でも、でも、わだしッ!このこをまもらなきゃっ!このこをまもらなきゃいけないのよッ!」

 

「安心しろ!俺は平気だ!そういう能力なんだ!だから、頼むから!自分の安全だけを考えてくれ!」

 

 彼女たちへ安心するようにと叫び声を上げて、景朗は意識をドレスの少女から外した。彼女へ敵意を向けていては、火澄たちまで敵に回ってしまうようだったからだ。

 

「おい、第六位。死なれる前に言っておく。俺の要求は、アレイスターについてだ」

 

 やはりそうか。思わず、景朗は唇を噛んだ。どう転ぼうと。表立っては、アレイスターを裏切れない。どこに監視の目があるかわからない。

 

 景朗は心底悔しくも、"第二位"へと拒絶の返答を返すしかなかった。でなければ。火澄たちもろとも、聖マリア園の家族にまで被害が及ぶ。

 

 いっそ、こいつら全員、殺し尽くしてしまおうか……。

 

 

「ま、だろうな。それについては、別に大して期待してはいなかった。テメエみたいな、ただ使われるだけの駒は碌な情報は持ってねえだろうしな。クハハ。よしんば、それでアレイスターをおびき出せようとも。奴と面と向かってお茶するだけで、どうにかなる問題じゃねえからな」

 

 "第二位"の意図、目的を、景朗は全くもって察することができずにいた。いや、ひとつ。もしや、知られているのか!?俺が、超能力者(レベル5)たちに、威力偵察していることを。一体、どうやって!?予測可能なのか?でも、それしか。理由が無い。

 

 

「ク、ソが。だったらマジで、一体何の用で来たってんだ!?」

 

「ナメるなよ。すっとぼけんな。降りかかる火粉は払いのける。それがそんなに不思議か?俺たちはそんなにドMじゃねえぜ?最初に言っただろう?挨拶にきたと。テメェがレベル5に片っ端から喧嘩ふっかけてんのは、バレてんだよ」

 

 

 

 景朗は覚悟を決めた。殺すしかない。薬味には、後で謝ろう。火澄たちに手を出したお前らが悪い。死んでくれ。

 

 

 

 

 

 

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」

 

 景朗は唐突に、前触れ無く躰を爆発させた。躰が真っ二つに裂け、そこから同時に白色のガスが勢いよく吹き出した。その勢いは驚愕の一言に尽きた。偽りなく、閃光が闇を照らすように、一瞬で一帯を覆い広がった。

 

 その勢いに、"第二位"は堪らず上空へと飛び上がっていた。ボートの上には、そのガスを僅かながらも吸ってしまった火澄と手纏、そして険しい表情のドレスの少女。火焔と烈風がボートを包む。それはドーム状に広がり、少女を守るようにガスから遮断していた。

 

 やはり、2人は少女を庇ったか。それでいい。予想通りだ。

 

 景朗はそれを横目に、作戦の成功を予感した。ほんの少量で十分だ。彼女たち3人は時期に意識を失い、眠りにつく。広がったガスは、ただでさえ人が少なかった河のほとりから完全に人影を奪っていた。

 

 火澄の操る焔で、ガスは燃焼され灰になる。しかし、景朗はそのガスに細工をしていた。熱でそのガスは硬質の物体に変性する。景朗は集中的にボートへとガスを飛ばしていた。

 

 やがて、ボートは完全に、固まったガスで覆われた。ガスが噴射されてから、数秒と立たぬうちの出来事であった。綺麗に円形に固まり、彼女たち3人はボートに閉じ込められる。やがて、内部からバタバタと、3名が倒れふせる音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗はそれを確認すると。素早く、躰を変形させた。鷲の前身に、獅子の下半身。"鷲頭獅子(グリフィン)"の形状へと。

 

 次の瞬間には。上空を飛翔していた"第二位"の目の前へと肉薄して。その喉元に、鉤爪を押さえ付けていた。

 

「QYUIIIIIIEEEEEE!!!」

 

 毒液の溢れ出るその鉤爪と、"第二位"の首肌の距離はほんのわずかであった。"第二位"は白い羽で力強く"第六位"を絡めとり、抵抗する。

 

「かっ。速いじゃねえか、"悪魔憑き(キマイラ)"」

 

 両者、一歩も譲らず、上空で力比べと相成った。

 

「サテ。コレデ、互イニ人質ヲ取リ合ッタ訳ダ。オ前は2人ヲ。俺ハ金髪ヲ。問題ハ……」

 

「勝手にしろよ。アイツなら殺ってくれて構わねえぜ?」

 

 飄々とした、余裕を崩さぬ垣根帝督の態度に、景朗は嘴で器用に舌打ちした。

 

「人質ニ価値ガアルカドウカダガ……ッテアッサリソウキタカ」

 

 垣根帝督は新たに、2対の翼を展開した。拮抗が崩れていく。

 

「考えてることは同じだぜ?」

 

 垣根の挑発に、景朗は能力の出力を増大させ、瞳孔を振り切った。

 

「ソウカ。ソレジャ、一気ニ決メサセテモラウ」

 

 

 

 

 

 

 景朗は考える。"第二位"を仕留める手段を。

 

 一方の垣根は"第二位"のプライドか。余裕綽々の笑みを貼り付けたままだった。

 

(いい具合に目が血走ってるな。さあ、本気をだせ、"第六位"。テメェの力を引き出してやる。その能力の本質をとくと見せてもらおうか。何せ、アレイスターが直にアゴで使う超能力者はコイツだけだ。何故、"第六位"なのか。

 

 プランと"悪魔憑き(キマイラ)"が、どう関わっているのか。直接、自分の目で見極める。他のLv5と何処が異なるのか、戦って確かめるのが一番手っ取り早い。コイツを試金石に、プランの全体像を、アレイスターの謀を、少しでも覗き見い出してやる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 垣根帝督は、余る2対の翼の内、さらに1対を防御へ回した。"鷲頭獅子"は少しずつ、距離を開けられていく。食らいつく怪鳥は剣のように尖った尻尾を、垣根へと突き出した。

 

 とうに、均衡は破壊されていた。鋭い尻尾が垣根へと突き刺さる寸前に、残った羽から繰り出された光の砲撃が、"第六位"に命中する。

 

 上空で攻めぎ合っていた景朗が気づいた時には。高所から低所へと、猛スピードで落下していた。

 

 轟音を轟かせ、怪獣は河の中へ、水中へと叩き入れられた。数メートル近く水柱が立ち、傍のボートがゆらゆらと軋む。

 

 

「ちィッ」

 

 垣根はかすかに眉根を顰め、歯がゆそうに翼から追撃の光弾を放った。水面は光の羽根で埋め尽くされ、水しぶきの雨が湧き上がった。

 

 

Gwooooooooooooooooooooohhhhhh!!

 

 水底から汽笛のように、野太い、重低音が沁み響いた。

 

 突如出現した、巨大な吸盤の付いた触手が、ボートを絡め取った。すぐにその真下から、ボートの全長を優に超える、十数メートルの、巨大な影が水面に浮かび上がる。直後。

 

 馬鹿げた大きさを持った触手が、次々と水中から飛び出し、垣根帝督へと殴りかかった。どこまでもするすると伸びる触手。9本にまで増えたそれらは複雑な軌道を描き、羽を翻す垣根の影を執拗に追跡した。

 

 的から外れた触手が地面をはたく。衝撃と同時に、地面は大きくじゅわじゅわと音を立てた。てらてらと光る触手には粘液が滴っている。それは容易くコンクリートを溶かすほどのモノだった。

 

 "第二位"は翼を一回り膨らませると、その形状を刃のように変化させる。そして器用に自らを追撃する触手を分断していった。

 

 

Gwoooooooooooooooooooooooon

 

 

 水底から轟音が発生する。痺れを切らした、その黒い影が、とうとう水面から姿を現した。

 

 烏賊の怪物。"大王烏賊(クラーケン)"。

 

 

 

 

 "大王烏賊"は胴体を波打たせ、水中から露出させた巨大な顎門を飛び回る垣根へと向ける。水面から飛び出していた胴体が、より一層脈動した。そして遂に。その口から、計り知れぬ質量を持った水弾が発射された。

 

 水塊は圧倒的な速度を持ち、垣根のすぐそばを飛来した。次々と打ち出されるその水弾を、垣根は同様に飛翔のスピードを増加させて対処する。

 

 標的を逸れた水塊は、容赦なく辺りの建物をまるごと抉っていく。その一発一発が、まともな人間には命中すればひとたまりもない威力である。倒壊した壁をよく見てみれば、小さく煙を炊き上げていた。付着した液体が、その壁材を溶解させている。

 

 

 

 

 "大王烏賊"は更なる追撃を展開した。水弾の連射とともに揺らぐ、その巨体の側部に亀裂が入る。次の瞬間には。黒い大群。膨大な量の毒虫がそこから吹き出ていた。体中に猛毒の突起を生やし、2対の翅を持つ、凶悪な形状(フォルム)。地球上のどの図鑑にも載っていない、"悪魔憑き"が冥府から呼び出したような、歪な生命体だった。

 

 黒い霧状になった群れが、第二位を襲う。期を等しく、己が放った小虫などまるで気遣う様子もなく、大王烏賊は黒い群れを巻き込むように、標的へと水弾を放ち続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六枚羽の天使が、逃げるように再びはるか高くへ飛翔した。夕焼けを背に浴び、羽を精一杯広げていく。

 

 その羽を透け透過した光が、彼を追従する羽虫の群れへと降り注ぐ。まもなく。蟲たちは一匹残らず絶命し、燃え尽き、灰も残さず消滅した。

 

 

「いい加減うざってぇんだよ、そのデカブツは。さあ、よおく味わえよ?第六位」

 

 獰猛に顔を歪ませ、垣根はそのまま羽から虹色に光る羽根を繰り出した。その羽は"大王烏賊"の脇をそれ、水面に飛沫をあげて突き刺さった。

 

 

 

 その虹色の羽根が鍵だったのか。"大王烏賊"は唐突に、全ての動きを止めた。やがて苦しむように、全身を盛大に震わせ始めた。

 

「VWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHH!!!」

 

 誰の目にも明らかだった。海獣は苦痛に打ちひしがれている。それも無理からぬことだった。ドロドロと怪物の全身が溶け出していく。

 

 "大王烏賊"は最後の力を振り絞り、対面の岸へと固形物で密閉されたボートを引き上げた。それだけ行うと。遂に力尽きた。体躯はまるごと、水中に溶け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ。くぅッ……は、あ、う。ふう……はぁ、はぁ、クソッ!」

 

 水面から飛び出した景朗が、河岸に身を乗り出して荒い息をつく。

 

(やられた。烏賊の体に使っていた河の水が変質しやがった。変身を無理矢理に解除されちまった!)

 

 景朗の前に、影が差した。人影。見上げずとも分かる。景朗は気合十分に、声を振り絞った。

 

 

「畜生、ナメんなよ!まだ終わりじゃねえ。このメルヘン野郎!」

 

 今一度、彼の躰が爆散した。コンマ数秒で、4,5メートルほどシルエットが膨れ上がる。次に彼が身を変えたのは、どこかドラゴンにも似た異形であった。

 

 

「ハッ!付き合わせて悪いな、"蛇馬魚鬼(ジャバウォック)"(不思議の国の怪物)!テメェもノリがいいじゃねえか?」

 

 

 

 鮟鱇にも似た、2本の醜悪な触角の生えた、深海魚のような頭部。

 龍にも似た、硬質な鱗に覆われた胴体。

 獣そのものの、しなやかな筋肉に覆われた四足。鉤爪からは毒液が滴る。

 蝙蝠にも似た、薄く延びた羽。

 

 

 

 異形は目にも止まらぬ速さで体躯を回転させた。尻尾を振り回し、隙を見せていた"第二位"を

ゴム毬のように跳ね飛ばした。

 

 しかし、人影は空中で奇妙に静止する。

 

「そろそろネタ切れかぁ?"悪魔憑き(キマイラ)"?!」

 

 垣根の悪態をよそに、魚頭のドラゴンは大きく息を吸う。標的は白い翼をたたみ込み、防御する構えを見せた。

 

 "蛇馬魚鬼"が高温高圧のブレスを撃ち放つ。そして矢庭に鉤爪を光らせ、踊りかかった。

 

「何だかな。そろそろつまらなくなってきやがった。やれるのは馬鹿のひとつ覚えか。……俺の敵じゃねえな」

 

 難なくそのブレスを防いだ"第二位"は、呟きを零した。目前に迫る怪物の巨体を前に、全ての翼をブレード状に展開した。

 

 彼の目の前を、輪切りとなった"蛇馬魚鬼"の胴体がバラバラと落下していく。その中で。ギラギラと目を光らせる、触角を携えた"第六位"と視線を交差させた。

 

「ッ」

 

 垣根は身じろぎしたが、それは致命的に遅かった。

 

 何も知らぬ見物人が傍から見れば、爆発が生じたのだと思っただろう。烈光と爆音。立ち尽くす"第二位"の周囲には放射状に焼き焦げた痕が残っている。

 

 "蛇馬魚鬼"の触角から、電光が輝く。放電の余韻が空気を焦していた。

 

 

「は。今のは効いたぜ。ここに来て電撃かよ。フィルターが外れちまってた」

 

 なぜ生きている。景朗の脳裏をその疑問が埋め尽くしていた。しかし、躰は無意識のうちに動く。輪切りになった胴体は即座に繋がり、"第二位"にトドメを指すべくグルグルと彼を巻きつける。

 

 毒液と、溶解液と、灼熱の油を流し込んでやる。そして、握りつぶす。"詰み"だ、"未元物質(ダークマター)"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぎゃあああああッがっあっあっがはぁッ、AHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 

 

 叫び声を張り上げたのは、垣根ではなく景朗だった。巨体がどろどろと溶け落ち、彼は瞬く間に人間の姿へと戻っていた。

 

 蒸気を体中から吹き出し、苦しみに悶えて地面をのたうち回る。

 

「あぎゃああああああああはtぅがぁああがlgじゃ;dぁlッ」

 

 あと一手。あと一手だったのに。躰が急に言うことを聞かなくなった。始めて、だ。こんな、感覚。

 

 

「どうした?既存の物理法則のひとつやふたつ、突き破ってみせろよ?"超能力者"」

 

 凄絶に勝利の笑みを掲げる垣根帝督が、景朗の腹部を踏みつけた。

 

 

「情けねえな。ちょいと細胞分裂を邪魔する物質をぶち込んだだけじゃねえか。やろうと思えば最初からできたんだぜ?」

 

 虹色の羽根が、容赦なく景朗の頭部と心臓を地面に縫い止める。終結となった。

 

「残念だが、俺たちの戦いってのは一手でひっくり返る。いつだって武器になるのは、持ち前の演算能力だ。破って見せろ。それが出来ないのなら終いだ。それが"壁"っていう奴だ。……やれやれ。早すぎる。期待はずれだ。底が知れたぞ、"第六位"」

 

 "悪魔憑き"は身じろぎをやめ、力なく横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪魔するな。俺の能力を邪魔するな。アイツを殺さねえと、火澄たちが……!畜生!畜生!

 

 無理矢理に脳みその性能を上昇させる。ようやっと、躰に力が、僅かな力が蘇る。

 

 だが、これっぽっちじゃ奴に対抗するのは無理だった。邪魔されている。俺の、細胞を操る力が邪魔されている!

 

 強引に演算能力で押し返したい。だが、それでは時間がかかりすぎる!今すぐ、今すぐに奴を止めなくては!

 

 躰を変化させる。一番楽な変形は、何故か何時も、狼の姿だった。じわじわと体毛が伸び、口が裂け、顎が突き出していく。

 

 アイツは空を飛ぶ。必死に余力を回し、なんとか一対の翼を用意した。だが。今更、大能力判定の人狼に羽が生えたくらいで、奴の相手はできそうもない。

 

 探す。全身全霊に、使える力を探していた。その時だ。狼の体躯に、羽が生えたその時。脳内に、不思議な感覚が到来した。

 

 ピリピリと、脳みそが、神経が内側から破れ裂ける感覚。なんなのだ?この感覚は。不可思議な感覚だった。脳みそはダメージを受けていくのに。躰は、身体の方は熱を持ち、躰を強くしていっている。そのことがはっきりと理解できた。都合の良いことに、その力は垣根の能力に邪魔をされずに使用できそうだった。

 

 脳の細胞が、その力に意識を向けた途端に、破裂しそうになる。覚悟して、その違和感に身をゆだねた。脳の神経たちが、謎の現象により壊れていく。けれども。景朗はこの時、唐突に理解した。俺の、能力の、本質。それは、脳みそを操ることだと。俺ならできる。脳細胞が壊れるその瞬間。いいや、むしろ壊れるその前から、補強し、再生し、増強できる。

 

 景朗は無意識のうちに、尻尾を"蛇"へと変化させた。それが鍵だった。

 

 

 

 

 

「GOWAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」

 

 

 ボートに取り付こうとしていた垣根は、殺気と怖気に敏感に反応した。反射的に、全霊に能力を行使して、防御の姿勢に入っていた。

 

 気が遠くなる衝撃とともに、上空へと打ち上げられていた。

 

「"悪魔憑き(キマイラ)"ッ!」

 

 有翼の狼。尾に蛇を宿したその狼。その容姿は、図らずも、とある悪魔と瓜二つであった。

 "羽狼蛇尾(マルコシアス)"(Marchosias)

 悪魔が、口から紫の焔を輝かせた。

 

 垣根はもう一度、防御に全霊をかけた。そして、その判断は間違っていなかった。紫炎が破裂した刹那。

 

 遥か遠く、どこまでも。垣根は学園都市の空を吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間がない。垣根は遥か遠くへ飛んでいった。だが、手応えは感じていない。間違いなく、死んではいない。それどころか、ここへ戻ってくるだろう。奴が帰ってくるのは時間の問題だ。

 

 正気を取り戻した景朗は、急ぎボートを塞ぐガスの固形物を取り除いた。中には意識を失った仄暗火澄、手纏深咲、ドレスの少女が横たわっている。

 

 友人2名よりも先に、景朗は最初にドレスの少女に手をかける。能力を使い、指先を蠍の尾針のように変化させる。それを少女の体へと伸ばし、突き刺し、生体反応をモニタリングした。

 

 実際、景朗はその手のことは素人だったので、少女から把握する情報から、その少女が嘘をついているかどうかくらいしか判別できる自信はなかった。ただ、この場はそれで十分である。

 

 繋がった針先から催眠ガスの解毒薬を流し、少女を覚醒へと導いた。

 

「う……ん…………ッ!?」

 

 少女は倒れ伏せたまま瞠目し、即座に状況を把握したようだった。身じろぎもせず、景朗を見つめ返す。

 

「……信じられない。確認させてくれない?まさか貴方如きが、彼を打ち倒したとでも……言うの?」

 

「この状況が何よりの証拠だろう?」

 

 未だに"未元物質(ダークマター)"の敗北が信じられぬ様子の少女。ややして、悔しそうに文句を溢した。

 

「心がまるで読めない。貴方、おぞましい獣のようね」

 

「余計な口を開くな」

 

 

「あら。時間稼ぎは都合が悪いみたいね?」

 

 

 景朗は無言のまま、彼女に刺さる自身の指へと顎をしゃくった。

 

「ま、さか。貴方……ッ!おぞましい!貴方みたいな野獣と繋がっているというの?!……ッ!ケダモノ!覚えておきなさい!」

 

 

 少女はわなわなと戦慄し、身を震わせた。いいザマだ、と景朗は身のすくような思いになる。

 

「いいか。手短に話す。俺はあんたらと事を構えるつもりはない。だから、あんたも一切傷つけずにこのまま解放しよう」

 

「それなら、一刻も早くこのおぞましい針を私から抜いて頂戴?」

 

「いいだろう。だが、その前に、まずはそこにいる2人への精神操作を、全て解いて貰おうか。これは命令だ。やらなきゃ殺す」

 

「そんなもの、とっくに終わってるわ。そもそも、私の能力は対象がすぐそばにいないと意味がないものなのよ」

 

 景朗は丹念に、少女の脈拍、呼吸、神経の反応、伝達物質、ホルモンの量の変化を読み取った。全てが、告げている。この少女は、嘘は付いていない。

 

「今晩にも、"第二位"と交渉したい。奴と連絡を取れる端末を渡してくれ」

 

 拘束を解くつもりもなく、景朗はさらに要求を続ける。少女は諦めたように、素直に大人しく、ポケットから携帯を取り出した。それを受け取り、景朗は再び質問する。

 

「なあ、あんたらはこれからも俺たちを襲うつもりか?」

 

「さあ、知らないわ。彼の考えなんてどうでもいいもの」

 

「それじゃあ、質問を変える。"未元物質(ダークマター)"は、本気で俺と事を構えるつもりなのか?」

 

 少女は豪胆なことに。この状況で、愉快そうに言い放った。

 

「それも知らないわね。でも、貴方が犬のように頭を垂れれば、どうなるかはわからないわ。あれでも、彼、弱者をいたぶる趣味はないようだから」

 

「……嘘はついていないようだな。話は終わりだ。あんたを解放する」

 

 景朗が少女から針を抜いた。少女は忌々しそうに彼を一瞥し、べえっ、と舌を出した。景朗は手早く火澄と手纏をそれぞれ抱き抱える。その間も、微塵もドレスの少女を見やることは決してなかった。ボートから身を乗り出し、人間二人を抱えたまま、彼は高く跳躍した。

 

「覚えておきなさいよ!"悪魔憑き(キマイラ)"!」

 

 少女の捨て台詞を背に、景朗は2人を包み込むように、空中で大きな鮫へと姿を変える。そのまま音を立てつつ着水し、濁った水中を勢いよく泳ぎ、逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしもの時のために。有事の際に。そのために用意していた、第十学区のセーフハウスへと、景朗は未だ眠ったままの友人2人の身柄を移した。

 

 かすかに表情を固くして眠る2人を前に、景朗は辛そうに息を飲んだ。ポケットから携帯を取り出す。ディスプレイに表示される"丹生多気美"の名前。しばらく悩む彼は、結局。彼女へと連絡を取った。

 

「なあ、丹生。もしかして今、第十学区の隠れ家へ向かってる最中か?」

 

『当然じゃん!反応があったよ!でもよかった。景朗だったんだね』

 

 

 普段と変わりない丹生の元気な声に、景朗は思わず、来るな、と言いそうになった。だが、そうも言ってられない。これから今すぐ、"第二位"どもの報復に対応しなければならない。その間、この2人を一体誰にあずければ良いというのだ?

 

「ごめん。丹生。ほんとごめんな。……今、隠れ家に火澄と手纏ちゃんがいる。バレたんだ」

 

『ッ?!え?え?』

 

 驚く丹生へ、景朗は続けて、反論を許さぬ口調で説き伏せた。

 

「今は説明している時間がないんだ。ごめん、丹生。2人が目を覚ましたら、俺が"超能力者(レベル5)"だってことと、そのせいで他の"超能力者(レベル5)"に喧嘩を売られたって風に説明しといてくれ。とりあえずは。心配せずとも、ちゃんと話すよ。思いっきり巻き込んでしまったからな」

 

 落ち込んだ景朗の声色に、丹生は同情するように返事を返す。

 

『わかったから。アタシは大丈夫だからね?景朗。まかせてよ!』

 

「ありがとう、丹生。恩に着る」

 

 

 通話を終えた景朗は、火澄達の傍へ寄り、彼女たちの口を開いた。そして、自らの指を噛み切り、彼女たちの口へと流血を流し込んだ。

 

「目が覚める頃には、噛んだ舌も治ってるよ。……すまん」

 

 景朗は再び、暗くなった屋外へと飛翔した。これから死に物狂いで、聖マリア園と縁のある人間の安否を確かめに行かなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドレスの少女から入手した携帯。それを使い、"未元物質"と連絡を図る。

 

「第二位。話がしたい。こちらに敵意はない。なんなら、そっちのテリトリーへ、俺が乗り込んでいってもいい。頼む。あんたらとは敵対したくないんだ」

 

 電話越しの"第二位"の機嫌は、やや悪い、といったところだろうか。

 

『アイツに手を出さなかった、その誠意に免じて。話だけは聞いてやる』

 

 良かった、と。景朗は安心した。

 

「場所は?」

 

『今し方、戦った場所でいい』

 

「了解だ。少し時間をくれ。今から、あんたらがまた人質を取っていないか調べてくるからさ」

 

 今度ばかりは、相手からも呆れ返ったような口調が打ち返された。

 

『……好きにしろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血眼になって、聖マリア園の皆の身辺を確かめてきた。結果的に、皆、無事だった。"第二位"には、俺と敵対する意思はそこまで強くないようだった。骨折り損だったが、景朗はそれを喜んでいた。

 

 夕方、死闘を繰り広げた橋梁へ、またぞろ足を運ぶ。橋の中央に、背の高い、金髪の青年がひとり佇んでいた。

 

 景朗は相手に気取られるように、堂々と姿を晒して近づいていく。そして。なんと、彼は挨拶がわりに、勢いよく、垣根帝督目掛けて、毒ガスを吐き出したのだ。

 

 

 

 放たれた気体は起爆性の物質だったらしい。垣根の白い羽の応酬で、盛大に辺りを爆発が吹き飛ばした。

 

 

「何のマネだ?」

 

 景朗からは微塵も敵意が感じられていなかった。それを察していた垣根は、直ちに彼へ切って返す。

 

 

「すまん。爆発させる必要があったんだ。俺たちには、"虫"が付いていたんだよ」

 

 景朗はそう言いつつ、仄かに深呼吸を始めた。垣根は黙したまま、ただただその様子を眺めている。

 

 おもむろに、景朗は懐から金属製の、小さなボトルを取り出した。それはあらゆる電磁波、光を遮断する材質で作られた、特注品だった。

 

 ボトルを手にして、俄かに俯いた彼は。前触れ無く、自らの胸元に鋭く延びた爪を刺し入れ、肺を露出させた。

 

 "第二位"も暗部の人間であるから、当然か。景朗の行動から目を背けず、淡々と観察し続ける。

 

 景朗は肺を爪で傷つけると、溢れでた血液を慎重に、ボトルへと流し込む。そして事が済んだ後、何事もなかったように、佇まいを元に戻した。

 

「この血の中に、ナノサイズの、とある特殊な機械が入ってる」

 

 垣根へと身を寄せ、限りなく小さな声で、気を張り詰めさせて。景朗は呟いた。垣根は無言でそのボトルを奪い取った。

 

「街中に、そのナノマシンは溢れている。不思議だった。誰がこんな高価そうなものを、惜しみもなく投入してるのかってな……だが、"奴"の懐に入って、俺は驚いたよ。とんでもなく、そのナノマシンの濃度が濃ゆかった。あの空間だけ、な」

 

 

「要求は?」

 

 無表情の垣根は、景朗へと問いかけた。

 

「俺たちに手を出さないでくれ。手土産はそのボトルだ。必ず、その価値に見合う情報が詰まっているはずさ。……俺には、どうしようもなかったものでもある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は第十学区の隠れ家へと返ってきた。防音対策はバッチリの物件だったので、内部の様子は全く窺えない。

 

 覚悟して、扉を開けた。火澄の沈んだ声が、飛び込んできた。

 

 

 

「じゃあ、丹生、さんは。……やっぱり。全部、知ってたんだ……」

 

「それは。うん。そう、だよ……そもそも、それが景朗と出会ったきっかけだったから」

 

「それじゃあ、言いたくとも言えないよね。わかってる。そんな顔しないで、丹生さん」

 

 

 

 

 思い切って、話し声のするリビングへと踏み入る。

 

「2人とも、大丈夫か?躰に変なところはないか?」

 

 景朗の登場に、目を覚ましていた火澄と手纏ちゃんは凍りついた。これから、色々と説明しなくてはならない。景朗は、"第二位"との戦闘以上の覚悟を、飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は、自分が超能力者(レベル5)であることを、初めに告げた。その次に。暗部との絡みは、自身が超能力者(レベル5)へ到達したことが全ての元凶であるかのように、彼女たちを騙して説得した。

 

 その日、火澄と手纏が襲われた理由。その原因を、ただ単に、彼自身が超能力者(レベル5)であったが故に、喧嘩を売られる羽目になったのだ、と騙して伝えたのだ。

 

 もちろん、それなりに信憑性は持たせている。そもそも、超能力者(レベル5)へ至るということが、暗部と関わりを持つようなものである、と2人に説明を加えたのだ。

 

 

 彼の中に、これを期に、全てを曝け出してしまえよ、という悪魔の囁きが溢れていた。しかし、辛くも彼は踏みとどまった。説明してどうなる?巻き込むのか?いいや。俺は決意している。2人を巻き込まない。少なくとも、積極的には、絶対に、巻き込まない。ならば、その説明は。与える情報は、少なければ少ないほど、安全になる。

 

 

 

 

 

 予想通りに、景朗と火澄は口論になった。手纏ちゃんはひたすら、考えるように話を聴き続けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後、景朗と遭遇した御坂美琴は、その帰りがけに、火澄へと連絡していたようだったのだ。景朗と、今までお茶をしていましたよ、と。

 

 長らく、景朗の行動を不審に思っていた火澄は、御坂美琴に、景朗を尾行してくれないか、と嘆願した。御坂さんは驚きつつも、先輩の頼みならば、と景朗の後を追跡した。

 

 火澄と手纏ちゃんは、すぐに御坂さんと合流した。御坂さんから景朗の尾行を引き継ぎ、彼女と分かれると、2人は延々と景朗の追跡を続行したらしい。

 

 そして、俺は。突然に、2人の視界から消えた。その場でまごついていた彼女たちに。あのドレスの少女がにじり寄った。それからは。ひたすら、彼女の命令を聴き、決して逆らえなかったと。

 

 あの時。変な気を起こさずに、御坂さんと戦っていれば。こんなことにはならなかった。景朗の胸中を鋭い後悔がずたずたに引き裂いた。

 

 

 

 火澄はやはり、景朗が長年、黙って危険な事に手を染めていたことを、責めた。彼女の言い分に、景朗は煩わしそうに返した。

 

「尾行してたんだろ?そっちだって」

 

 景朗の言い様に、火澄は目を吊り上げた。

 

「アンタだって!今まで騙してッ――――!…………いや、騙しては、いないわね。何も言ってくれなかった、だけ」

 

 火澄は顔を伏せて。いきなり立ち上がり、そのまま勢いよく部屋から出ていこうとした。

 

「火澄!」

 

 景朗は最後に叫んだ。

 

「今日、これから家に帰るまでは。近づいて来る奴らは全員敵だと思ってくれ。気をつけて帰ってくれよ。誰にも、気を許さずに……」

 

「心配してくれて、どうもありがとう!」

 

 彼女が返したそのセリフには、感情が少しも込められていなかった。火澄は隠れ家を出て行った。手纏ちゃんは景朗へ涙を浮かべて一瞥した。すぐに、火澄の後を追うように、彼女も駆け出していく。

 

「か、景朗!いいの?追いかけなくていいのッ?!」

 

 動きもしない景朗に、丹生は大いに不満そうである。

 

「いいんだよ。丹生だって言ってたろ?大事なら、きっぱりと縁を切れって。中途半端は駄目だってさ」

 

 色々と考えなきゃならない事がある。それこそ、今日、"未元物質(ダークマター)"との戦いの最中、土壇場でひねり出した、あの"謎の力"のことなどを。

 

 今日の戦いで、またぞろ体重が、質量が減っただろうな。すぐに補充したい。何時、誰が殺しに来るかわかったもんじゃない。とりあえず、飯だ。景朗は目の前の問題から逃げるように、そう思考した。

 

「丹生。飯食いに行こうぜ。世話になったし。なんでも、奢るよ」

 

 景朗の台詞に、丹生はため息をついた。

 

「いい。アタシ、あの2人が心配だから家まで見送ってくる」

 

 丹生は景朗への対応もおざなりに、2人を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 むしゃくしゃしていた景朗は、深夜、第十学区、"屋台先塔"と呼ばれる食事処に繰り出した。巨大な立体駐車場に屋台が軒を連ねる、第十学区独特の、学園都市中のグルメが集う、その界隈では非常に有名なスポットらしかった。

 

 景朗は、ちょうど、そこで大食い大会に出くわした。賞金も一千万円と非常に高く、ハイレベルな大会だったらしい。

 

 いらだち紛れに、景朗は"餓狼"と名乗り、大会を蹂躙した。彼の名は、食の界隈で、一夜にして伝説になった。そんなこと、景朗にはどうでもよかったが。

 


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