とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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episode28:同調能力(シンクロニシティ)②

 

 

 

 

 マフラー少女が次々と紡ぎ出す無数の茨は、緩やかに空間を編み込んでいった。

 極度の低温状態で空気が液体に変化した、極北の水晶のように透明な投網が意思を持ち、獲物を追跡する。

 

 

 されど、火花をバチバチと散らすナイフやアーチェリーの矢と比べると、紫雲の攻撃にはやはり明らかなスピード差が存在した。

 

 氷の蔓が空間を絡め取る動きは、緩慢そのものだ。そのスピードは、まるで幼児が投げたゴムボールのように弱々しいものに見えた。

 

 けれども。"火薬庫"メンバーは必死の形相で、その網目から逃れようと息を荒げている。

 

 

 

「これでっ」

 

 迫り来る氷のうねりから逃れて、陽比谷はガードレールの手すりに手をかけた。

 中腰のまま両の足をまたいだ彼が、握ったままのガードパイプを両手で軽く引っ張ると。

 パイプは2mほどの長さを保ったまま両端が赤熱して、簡単に焼き切れた。

 陽比谷は手に入れた即席のロッドパイプを手馴れたようにくるりと回すと、息つく間もなく振りかぶった。

 

 すでに背後に迫っていた氷の蔦へ向けて、ロッドが振り下ろされた。インパクトの直前に、ロッドの後頭部がピカリと小さく光る。打ち下ろしの速度はプラズマの爆発により加速され、モーメントは肥大化していたことだろう。

 

「どうだぁ!――――ぅ、ぐぅぅ……」

 

 ミシミシと軋しむ、陽比谷の両腕。

 音を立てて凹んだのは、ガードレールのパイプだけだった。

 数センチとない太さのか細い薄氷は、相も変わらず想像を絶する硬度を持っている。

 所詮はガードレールのパイプにすぎなかった。

 だがそれでも、学園都市製の高強度ガラス繊維強化樹脂が素材に使われていたのだ。

 

 

『うおおおおおおああああああああああああああっ!!!』

 

 足の止まった陽比谷へ、今度は氷晶の巨人が横合いから数メートル超の鈍器を振りかざした。

 休むまもなく、垂水から必死の一撃が繰り出される。

 

「ぅらあッ」

 

 陽比谷も叫び声をあげて、垂水を睨み返した。彼の口から気炎が上がると同時に、小型の爆発が生じ、真横から声を上げた当人を吹き飛ばす。

 

 爆風で無理やり身体ごと移動する、緊急回避だ。

 

 間一髪。巨人が手に持っていた"結晶のメイス"は標的を外れて、地面にうっすらとめり込んだ。

 

 

「ごほ、ごほっ。邪魔するな雪達磨!」

 

 両手がしびれていたおかげで、着地に失敗していたらしい。ごろごろと転がったせいで、陽比谷の顔には擦り傷ができている。

 よくよく考えれば、爆風を受けてそれだけで済んだのだから、是非もない話だ。

 だが、青年は怒りにまかせて、その手を巨人へとかざす。

 

 

 紫。紅。青。桃。橙。水色。色取り取りの閃光(プラズマ)の虹が炸裂し、そのあまりの物量に垂水は姿勢を保てず、地面へひっくり返った。

 

 

 

「アンタは寝てろ」

 

 倒れたまま背中をさする陽比谷は、辛そうに顔をしかめていた。

 仲間を援護するべく、眞壁は近くに落ちていたジュースの缶を拾って、勢いよく回転をつけて投げつけた。

 

「おいっ、お前は寝てんなッ!はやく立てッ!」

 

 缶ジュースは空中で着火すると、炎をしばたかせて回転を加速させた。即席のライフル弾と化した火球は、紫雲へとまっすぐ飛翔する。

 

 

 

 一方、冷却能力者は飛来してきた火球へ指先を傾けた。

 レザーのロンググローブが嵌められた指先を、おもむろに開く。

 

 ――――音もなく、影もなく。空間から突然浮かび上がる、氷晶の鉤爪。

 瞬きしたその後には、紫雲の右腕に鋭利な氷刃が装着されていた。一瞬の早業だった。

 鉤爪はケタ外れに低温な状態のようで、その手元にはすぐに結露が凝集し、霧で薄暗く濁った。

 

 眞壁が放った火球はその鉤爪へと、吸い込まれるように飛んでいって。

 ゴシャリ、と缶は潰れ、するどい刃に自ら串刺しとなった。

 

 

 紫雲は陽比谷を気にも止めておらず、鉤爪で掴み取った缶をやる気の無さそうにしげしげと観察し始めた。

 

「へえ。これが眞壁君の"炎上物体(メテオロイド)"。中身は……ふふ。あつあつ、いちごおでん。でも、火が通りすぎ」

 

 

 紫雲がふぅっ、と息を吐くと、缶詰はみるみるうちに窒素の氷で覆われてしまった。

 小さな笑みがこぼれたようだが、マフラーで半分以上覆われた表情では、本当に笑顔だったのかすら曖昧だ。

 

 

 

「――――ところで陽比谷君。やっぱり逃げるの上手。そこいらのLv5より上手だね、きっと」

 

 思い出したように繰り出された挑発に、その相手は腰をさすりつつも噛み付いた。

 

「君ねぇ。僕がこんな街中じゃあ本気を出せない事は重々わかってるでしょうに。毎度毎度君ばかり、フェアじゃないぜっ?」

 

「だったら話し合いで決着をつける?」

 

 返答は、無言で打ち放たれたプラズマ火球だった。それは紫雲の目前で透明のシールドによって遮られると、煌々と火花を散らして消えた。

 

 無言の拒絶。

 

 ブカブカのマフラー越しに、少女のため息が漏れた。

 

「ふう。

 

 

 

…………こっちだって。あんたの大叔父が『潮岸(しおきし)』じゃなかったら、とっくに"そう"してる」

 

 

 最後に囁いた呟きはほんとうに僅かな声量で、誰にも聞こえなかった――――はずだった。

 紫雲にとっても、そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 彼女の真上で、"悪魔憑き(キマイラ)"が聞き耳を立ててさえいなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫雲さん硬えぇー……。まぁでも正直、陽比谷さんが勝ってくれたらなぁ……」

 

(後輩に心配されてる。ホント、デカい口叩いてた割に劣勢じゃないか)

 

 陽比谷へのダメ出し。それが、山代と呼ばれた中学生のすぐ真うしろで、透明人間となって堂々と観戦していた景朗の感想である。

 

 山代少年は真後ろに立つ、1mも離れていない景朗の存在に全く気がついていない。

 少年はのほほんとビルの縁に寄りかかり、先程から他人事のように感想を垂れ流しているばかりだった。

 

 

(ああ、面倒だ。紫雲ってのが言った通り。あの"陽比谷"ってやつ……統括理事会の"あの潮岸(しおきし)"の身内だなんてな。大叔父が理事会の潮岸。そんでおまけに陽比谷の父親は第一学区の政庁のお偉いさん……そんで、さっき暗部がどうとか言われてた――――

 

 

 

――"紫雲"。コイツのデータも不審なほど出てこない。真っ当な学生生活を送っている奴なら、こうも暗部業者のデータベースに引っかからないなんてことは……ほぼ有り得ない。ましてあいつは大能力者だって話だぞ。となるとあの女……ほとんど"黒"だ)

 

 

 自分と一緒だ。組織ぐるみで情報の秘匿がなされているとしか思えない。紫雲継値の背景を洗うのは、厄介な作業になると目に見えていた。とにかく、一朝一夕で彼女の調査をするのは不可能に近い。

 

 陽比谷に対しても、バックボーンに理事会の一角が付随するというのであれば、物騒な手段を軽率にとるわけにはいかなくなった。

 

 

 

 景朗は器用に片目の眼球だけをくるりと回し、幼い頃から見慣れた少女の現状を確認した。

 仄暗火澄は頑丈そうなレンタル自転車の精算機の陰に隠れている。

 濡れたTシャツを貼り付けた少女は、何の気なしの見た目にも凍えていた。

 

 怯えるその姿を瞳に映して。景朗はLv5として正体を晒すリスクを、ぐるぐると頭の中で巡らせていた。

 躰は今にも飛び出そうと疼いて、脳が必死にそれを押さえ込んでいる。

 

 何事もなく火薬庫とやらが敗北すれば、すんなりと火澄を連れ出せるのだが。

 

 

 

 

 景朗が"この場"に遅れてたどり着いた時。

 火澄を連れ出す間もなく、"冷凍庫"と名乗る一団がやってきた。

 

 その後、状況は目まぐるしく移り変わった。事態は悪化する一方だった。

 景朗に興味津々の陽比谷たちの存在が邪魔をして、秘密裏に火澄を連れ出すのが難しくなっていた。

 

 ひとまず"能力主義"の一団のいざこざを静観すべし、と耐え忍ぶしかなかった。

 

 

 地蔵の如く地に足をつけて、景朗は微動だにせず戦況の観測に徹した。

 彼らの言う"決闘"とやらは、一体何が敗北に値して、何がそうではないのか。

 一人気を失った少女、茜部のように、全員ぶっ倒れるまで続くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽比谷さん、がんばれー……」

 

 恐る恐るビルの縁から身を乗り出した少女は、印山(いやま)という小学生6年生だ。"書庫(バンク)"に登録されている能力は、探知能力(ダウジング)の強能力(レベル3)。詳しくは"偶察能力"というスキルで、簡単に説明すれば、"他人が今一番意識して欲しているモノ"ではなく、"意識の片隅に置いていたわりと重要だが緊急を要してはいないモノ"を優先して"探知"する性質だという。

 

 

 以上のとおり、印山(いやま)の正体に関しては、打てる手は既に打ってある。

 雨月景朗を"先祖返り(ダイナソー)"だと見抜いた子供だ。気にかけるのは当然だった。

 

 密かに忍び寄り、髪の毛を拝借し、まじまじとその相貌を正面から窺って。すると、祈りが通じたのか、簡単に"書庫"の記録と目の前の少女が合致した。

 

 

 印山は"能力主義(メリトクラート)"にも、研究成果の競争でガチガチの研究所にも所属しておらず、情報は"書庫"でダダ漏れになっていた。

 しかし、そのおかげで景朗は印山少女に余計な手を出さずに済みそうだった。

 

 "偶察能力"は居場所を探知するだけで精一杯で、それ以上の情報は読み取ることができないらしい。

 また、その能力の対象が人間ともなれば、探知範囲は恐ろしく狭くなるようだ。

 印山が景朗を見つけた時を思い出せばいい。極至近距離に近づくまで、彼女は景朗の存在を把握できなかった。

 

 故に、次に街で出くわそうとも、景朗さえ気をつけていれば先ほどのように正体を看破されることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷹啄さんも大変なんですね」

 

「いやあ、でも、ほら。特典もないわけじゃないよ?こんなとこに来なきゃ同系統の能力者には会えなかっただろうしね」

 

 初めのうちは、陽比谷たちを助けなくていいのか、と印山は鷹啄にやんわりと詰問していたのだが。ビルの真下で行われている大惨事を理解していくうちに、話し相手に同情する心持ちに変わったようだ。

 

「でもー……みなさんあちこち怪我してるのに、よくやりますねえ……」

 

「まあ、あれ、一応気持ちいいんだよ?あれほど能力を振り絞れる機会なんて、大覇星祭でもなかなかないもん。個人で暴れたら直ぐに警備員に捕まってお説教だけど、"能力主義"に入ると――」

 

「入ると?」

 

「全くお咎めなし」

 

「そんな、まさかぁ」

 

「ホントウです。ただ、今回みたいな――大規模なヤツは流石に経験ないからわかんないけど。いつもは大抵、メンバーの上の人たちがパパッと何処かにお願いして、酷い時は誰かが代表して警備員の人たちに連れてかれて、すぐに帰ってくる。それでおしまい?」

 

「でもあれ、道路とか壊れちゃってますよ。お店もっ。賠償金とかすごいんじゃあ」

 

「あはは。それこそ大丈夫。お金関係のトラブルだけは絶対に大丈夫みたい。色んな研究所がこっそりわたしたちのスポンサーになってくれてる。……らしいよ?私たちが能力を使ってるデータが大金に化けるからなんだって、陽比谷君はそう言ってたけど。その代わり、メンバーは"これ"みたいな、ウェアラブルセンサー?をいつも携帯してなきゃダメみたい」

 

 そう言って鷹啄は、極小のセンサーが内蔵されているという腕時計と、なんの変哲もないリストバンドをぷらぷらと揺らしてみせた。

 

 

「それに、ひどい怪我になる前に私が手助けするつもりだから、安心して。山代くんもオッケー?」

 

「ま、まあ、ギリギリまで手は出したくないッスけどね」

 

 会話に入りたそうにウズウズしていた山代少年は、ひょこひょこと横にスライドして少女2人組に近づいていった。通り道に構えていた景朗も、彼のために数歩後退して、道を譲ってさしあげたようだ。

 

「警備員のほうは大丈夫?もうそろそろ来るんじゃないかな?」

 

「はぁー……そうっすよ。紫雲さんからサインが来るまで"檻"で抑えとかなきゃならないでしょうね」

 

「ふーん」

 

「いっつも淡白な反応なんですけどね、口答えするとじぃーっと見つめてくるんですよ。だからって怖いって訳じゃねえくて、なんだかんだでオレより背ぇ高いし、強いし、色々知ってるし……でも引き抜きの時、オレだけ、直々に招待したって言われたんスよねー。何故オレの力が必要だったんだろうか……」

 

「へー。そうなんですかー」

 

「いったい、何故……」

 

「難しいねー」

 

 

 

 

 

 

 鷹啄(たかはし)は景朗の予想どおり、"空間移動系能力者(テレポーター)"で間違いなかった。景朗の正体が見破られたとき、彼女が体重が300kgどうのこうのと言っていたのは、テレポーターの転移質量の限度量のことに違いない。

 

 最近は詳しく計測していなかったために自信はないが、概算で300kgくらいが、今の景朗の体重だ。

 

 景朗の能力、"悪魔憑き"にとって、質量(というより体重)は何よりの武器だ。変身するにはそれだけ物質がいる。平たく言えば、水やお肉、野菜、油、重金属などがあれば手っ取り早い。水炊きの材料みたいなラインナップだが、言い繕っても意味はない。

 

 

(手も触れずに質量を計る能力者なんて、テレポーターや極々一部の希少な能力者だけだと思って油断してた。けど、ある程度は躰に溜め込んでおかないと不慮の事態に陥った時にマズい。今の体重でも正直不安だってのに)

 

 

 

 

 

 

「あっ!」「ひあ!」「……あー……」

 

 観戦していた3人の各々が、苦々しい声を零した。

 

 岩倉を庇って、眞壁が紫雲の茨に捕まったのだ。氷の蔦はあっという間に捕えた獲物をがんじがらめにしてしまった。

 

 覚悟したように、眞壁は息を飲んだ。彼の正面では、歓喜に震える氷晶の巨人が雄叫びをあげていて。すでに両の腕から苛烈な水流の大蛇を放ち、磔にされた獲物へ狙いを絞っていた。

 

 その時点で、他の火薬庫メンバーには打つ手が存在しなかった。下手に水流に手を出して水の温度を上昇させてしまえば、眞壁へのダメージとなってしまうからだ。もとより、紫雲の氷に拘束されては、彼を解放する手段をもちあわせていなかった。

 

 

 

「クソッ!眞壁さん!」

 

 紫雲は直前で氷の拘束を解いたようだ。濁流に飲み込まれた眞壁は身体を強く揺さぶられ、そのまま水の流れとともに運ばれていく。

 そのままテナント募集中で無人だった貸店舗へと水流は向きを変え、ガラス張りのドアを破って突っ込んでいった。彼はそれっきり、出てこなかった。

 

 

『もうそろそろ泣いて謝ったほうがいいんじゃぁないか?そんくらいで済ますつもりはねぇけどなぁ、ふひゃは!』

 

「どうする?そうする?」

 

 "冷凍庫"メンバーの勝利宣言に対して、その段階においてなお、発火能力者は不敵に笑ってみせていた。

 

 

「眞壁さんが犠牲になってくれなければ、どうなることかと思ったよ。岩倉さん、もういい。ここで"やろう"」

 

「ええ。お望みのとおりに」

 

 陽比谷の合図にならい、岩倉はただちにその場に片膝をつき、地面に手を添えた。

 その途端だ。

 

 舗装された道路や、ビルの側面の分厚いコンクリート、その一面から無数の"大きな筒状の岩石"が、一斉に出現し始めたのだ。

 メキメキと音を立ててそそり立ち、その岩石で形作られた"砲身"を大気に晒し、熱い湯気を吹き上げている。

 そうだ。その筒状の岩石は、陽比谷と岩倉が苦難の先に用意した、"砲台"の姿だったのだ。

 

 その数は、憂に百を超えていた。岩倉は脳髄の痛みを必死に抑え、苦しみをやせ我慢で笑顔に変えている。

 

 訝しむ垂水は"絶対硬度"の拳でいくつかの"砲台"を破壊するものの、その膨大な数に対処できずにいた。

 

「言うなれば、この"砲台"は"サーマルカノン"と言ったところだ。原理は知ってるよな?」

 

 陽比谷はおもむろに、地面に転がっていた缶ジュースを拾った。握った手を宙へ浮かすと、途端に缶ジュースはボコりと破裂音を引き立て、プルタブが吹き飛んだ。

 ジュースの中身が開いた口からぶくぶくと溢れ出している。

 

 サーマルガンというものがある。レールガンと同じくEML (ElectroMagnetic Launcher) の分類のひとつと紹介されることが多い、武器の一種類だ。

 火薬の爆発エネルギーで弾丸が放たれる重火器と異なり、サーマルガンの原理は、電気のジュール熱をもちいて導体をプラズマ化させ、その膨張にともなう圧力で弾丸を発射させるものである。

 このサーマルガンにはひとつ、欠点があった。物体のプラズマ化膨張速度は一定であるが故に、どんなにジュール熱を強くしても、ある一定以上の初速は得られないことだ。

 

 

 ――――しかし。陽比谷の"乖離能力"ならば。プラズマを強引につくりだす彼の能力ならば、その欠点を克服できる。

 

 

 

「設置にはさんざん苦労させられた!だから避け切れるなんて思うなよ!さあ、全力で防御して貰おうか!!」

 

 

 "水氷巨像"は身体に腕を巻きつけ、縮こまらせた。紫雲は目をパチパチとしばたかせて、得意の氷の繭で体全体を覆った。

 

「ああそうだ。仄暗さん、絶対にそこから動かないでね!」

 

 

「貴女、まだそんなところに居たんですか?」

 

「隠れるところないでしょうっ、ほらぁっ、どこにあるの? ――――わ、きゃっ?!」

 

 しかめ面の岩倉は、無言で仄暗の前面に防御壁をせり上げ、鼻で笑った。

 

 陽比谷の眼球が充血していく。まもなく、掲げた拳を彼がぎゅうっと握りしめる。

 直後に、爆音と砲弾の嵐が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなっ。――嘘でしょう?」

 

「はは。まいったな。これで"凍ってる"だけだって?なんて硬さだよ……まったく、どうしようもないなッ!」

 

 粉塵が舞い、景色は白く濁っていた。だがそれでも、砲弾の嵐を無事に通過した氷晶の繭と巨像の姿は、くっきりと"火薬庫"メンバーの瞳に映っている。

 

 彼らも、敗色が濃厚に染まりかけていることを受け入れるしかなかったようだ。

 

 

 

「何今の。陽比谷君、死んじゃってたらどうするつもり?」

 

 紫雲はまったくもって動じていない。自分の能力に絶対の自信があるのか、それとも、ただ単に興味がないのか。理解できない立ち振る舞いだった。

 

「いやいやまさか。泣いて謝ったら許してあげるつもりだったよ。結局無駄だったみたいで、ものすごく残念だ。……よし。それじゃ……鷹啄さんッ!!悪いけどッ!!いいかなッ!!」

 

 

「えっ。あ、は、はぁい!なぁーにぃー??」

 

 不意に名前を叫ばれて、挙動不審気味に鷹啄は口を開いた。

 

「悪いけどッ、岩倉さんをそっちに運んでくれッ!」

 

 

「何を!?情けは無用です。覚悟して入りました!」

 

 

「でも流石にね。ほとんど初陣だったでしょう?勝たせてやれなかったのは僕の責任だ」

 

 陽比谷がウインクを鷹啄に送ると、ふわりと岩倉の姿が掻き消える。

 

「ちょ、ちょっと!はいはい!私も!私も!!」

 

 仄暗はアスファルトの壁から顔を出して、めいいっぱい手を振った。

 

「ごめん鷹啄さん、ほのぐr――」

 

「駄目。その娘にはまだ話がある。"不滅火焔(インシネレート)"はここに置いて行って」

 

 

 意外にも、意志の通った強い否定のセリフ。それが、陽比谷の言葉を遮って、紫雲から発せられていた。

 

「手を出したら、あなたにも容赦はしない」

 

「……え?」

 

 紫雲に意識を向けられた鷹啄は怯えて、困ったように陽比谷を見つめている。

 

 

「どうして私がそんなに気になるんです?」

 

 仄暗は怯えの色を隠せていない。

 

 ふぅーっ、と長い息をつき、陽比谷は大仰なジェスチャーで不満を表した。

 

「彼女は僕らとは関係ないって、何度言えばわかるんだ?それに紫雲、まだ終わってない。僕はまだ負けを宣言していない」

 

 

 のしのしと、ゆっくりと"水氷巨像"が仄暗に近づきはじめた。

 

『話があるって言ってるだけだろぉが、あぁ?』

 

 逃げだそうと走りだした仄暗だったが、すぐに"空気の壁"に阻まれる。

 

「山代!今すぐ壁を消せ!」

 

「いやっ、でもっ、今消したら……すぐそこまで来てるっつうか……」

 

 陽比谷が睨みつけたが、紫雲の言いつけを破るのが恐ろしいのか、山代少年は答えをいいどもる。空気の壁は今だに健在だ。

 

 

 いつのまにか、パキパキ、ピシリ、と氷の茨が地面を伝い、仄暗の足元へ伸びていく。

 

「いい加減にッ――」

 

 仄暗が蒼い火の玉を出現させて、身がまえた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっーーーーーー!!!」

 

 

 

 何が起こったのかわからない。だが、突然、山代少年がビルの屋上から地上めがけて、猛スピードで落下してきたのだ。

 

 落下予測地点はおそらく、仄暗めがけて伸びていた透明の蔓の、その中心だ。

 

 咄嗟に水塊を動かして山代を助けたのは、垂水だ。

 

『なにしてる、おいッ!』

 

 涙と鼻水をぐじょぐじょに垂れ流し、山代少年は震えている。

 

「わ、わか、わからない、能力つかなかった、能力がつかえなくなって、投げられた!誰かに投げられたぁっ!!」

 

 

 陽比谷と紫雲は、既にその人物に注意を向けていた。

 

 山代が居た屋上の縁に、誰か別の人物が立っている。

 大きな影だ。背丈は190cmに届くだろう。

 

 陽比谷には、その顔に見覚えがあった。

 

 

「よう。派手にやってるな。お前ら、騒がし過ぎ」

 

 

 陽比谷の表情に、期待に満ちた笑みが広がり。

 

「はっははははは!今日は狂ってる!最高の一日だ!」

 

「だれ?」「秘密さ」

 

 紫雲が浮かべた疑問を、ざっくりと遮断した。

 

 

 

 

 景朗は、もはやためらわなかった。これ以上は見てられない。

 

「売られた喧嘩、遅ればせながら買いに来てやったぜ。あんだけ吠えといて、今は都合が悪いんです、なんて言わないだろうな?」

 

「もちろんだ!とっとと始めよう!」

 

 意気揚々と、ハンサム君が白い歯をみせつける。

 

 ところが。

 誰よりも真っ先にその男に向かっていったのは、氷晶の巨像だった。"能力主義"以外の低レベル能力者を完璧に見下す垂水は、不意に現れた人物の横暴なセリフに我慢がならなかったのだろう。

 

『調子に乗るなよ!さくっと死んでこい、雑魚がぁっ!』

 

 いかにもな雑魚が口にしそうなセリフとともに、景朗めがけて氷の拳が突き上げられた。

 

 

 

 

 





 またしても、キリの悪いところで話がとぎれました。
 大丈夫です。続きはほとんど書けてますので、明後日か明々後日までに必ず次の話を投稿します。ので、どうか怒らないでもらえれば幸いです。



 すみません。感想やコメント返し、少し遅れるかもしれません。次の投稿までには必ず!

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