とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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episode31:分割移動(バイロケート)

 

 

 

("むかえ"?)

 

 プラチナバーグは『すぐに迎えを寄越す』と口にしたが『すぐに』とはどのくらいを差している?

 

 今の今までじれったく景朗への返信を差し止め、あげく今になって特製の通信機にわざわざ"非通知"で連絡を図って来た相手だ。

 

 もしや、既に自分の位置を捕捉しているのかもしれない。

 すぐさま周囲の様子を確かめたくなった景朗は、炎天下に揺らめくアスファルトを一望しようと顔をあげた。

 その直感はどうやら正しかった。

 

 時を同じくして、遠くに見える交差点の角から、クラシカルな大型車が3台ずらりと姿を現したのだ。

 

(そうか、あれか)

 

 

 己の第六感というやつはなかなか頼りになるものだ、と景朗は鼻で笑った。

 

「見事な手際です」

 

 最後の一手間とばかりに、電話相手へ形ばかりの称賛をおくると。

 

『続きは車内で話そう』

 

 期待した通りに、通信は終わった。

 

 第十学区(はきだめ)には不似合いな、胴長で黒塗りの高級車は、真っ直ぐに自分の方へ向かってくる。

 近づいてくる排気音を聴きながら、今一度、ずれ落ちそうになっていたダーリヤをしっかりと背負い直して……背中越しに少女の存在をしっかりと確認したからか。

 

「ふぅ……」

 

 くちびるから、安堵のため息がこぼれ落ちた。

 

 このタイミングでプラチナバーグからの接触があったということは、背中の子供はやはり"彼ら"と関わりがありそうだ。そう思いなおすと、焦燥感が無くなっていく。

 

(ヤツの方からお声がかかって来たってことは、ガキんちょはやっぱり"デザイン"所属だったっぽいな。どうやら一安心できそう……かな?)

 

 ダーリヤがプラチナバーグと全くの無関係ならば、こうも早く相手から接触してくる理由は無い。

 しかし当然だが、この展開にはそれはそれで不審な点がいくつもあって、やはり景朗をしばし考えさせた。

 

 なぜ"デザイン"や"ハウンドドッグ"を介さず、あの男はコソコソと自分に直接コンタクトを取って来たのか?

 もちろん、景朗とて"そう"なるように頼むつもりだった。が、まだ、だ。まだ頼んではいない。

 その事前対策として、少女の記憶を工作しようと画策していたところなのだから。

 

 違和感を感じる点は、まだたくさんある。

 

 "ハウンドドッグ"への状況報告が咄嗟にできなかった。先程の電話ではそう説明していたが、その割にプラチナバーグが景朗にアプローチを仕掛けてきたこのタイミングは、妙に早い。

 迅速な対応である。これもまた不思議なのだ。

 

 とっさに報告ができなかった。そう言うからには、"デザイン"本陣の方にも襲撃が発生していて、手が回らなかったりしたのだろうか? 

 しかし先程の話し相手の口ぶりは、余裕たっぷりだった"電話相手"のあの落ち着き様は、とても混乱があった直後には思えない。

 なんとなく疑わしい。景朗はそんな気がしてならない。

 

 

 不審な対応、解けない謎、流されるままの不愉快な状況。

 しかしどちらにせよ、その悩みは直に解決しそうだ。

 

(まあいい。さあ、しっかりと話をつけてやろう)

 

 事態は動く。少なくとも、これ以上は待たされることはないのだ。

 数分と経たず相手はやってくる。

 

 プラチナバーグとカタをつけようと息巻いて、まんじりともせず景朗は車の到着を待った。

 

 それはさながら。緊張と緊張の合間、隙間を突くような気の緩む時間帯だ。

 故にか。肩の力を抜き、リラックスしたその瞬間に。

 ――――ある種の閃きが唐突に、彼を襲った。

 

 

 "デザイン"はダーリヤが襲撃されていた状況を把握しつつも、わざと今まで連絡をしてこなかた、としたら?

 

(まぁ、だとしたら"デザイン"はどうしてそんなことしなきゃならないんだよって話になるか。このガキんちょにどんだけ価値が無くったって、"普通"は救援くらい――ああ、そっか)

 

 

 後味の悪さ故に、考え続けていた謎。

 その答えに、彼が自分なりの解釈を添えることができたのは――ようやく答えにひとつ思い至ったのは――迎えの車が近づくまでギリギリに迫った、その寸前のことだった。

 

("わざ"とでもいいんだ。ガキへの襲撃は"わざ"と見逃された。別に、それでも良かったんだとしたら……)

 

 この子供が真に大事なら、猟犬部隊(ケルベロス)が動き出す以前に、とうに"デザイン"も何らかの対処に打って出ていたはずだ。

 ところが実際は、"デザイン"は動じることなく、ただ静観しつづけただけである。

 

(馬鹿だな、何で気づかなかったんだ。ガキは捨て石かなにかだっただけじゃん。"ヘマ"をやらかしたせいでそっちに気を取られてて……)

 

 この子供が真に大事なら、猟犬部隊(ケルベロス)が動き出す以前に、とうに"デザイン"も何らかの対処を打ったはずだ。

 ところが実際は"デザイン"は動じることなく、ただ静観しつづけただけである。

 

 

(もしかしてデザインがスパークシグナルと組んでやってた『おとり捜査』か何かか?)

 

 ダーリヤは、彼女を襲った襲撃犯をいぶり出す餌として捧げられたのか?

 景朗はその可能性を吟味したが――――強烈な違和感に、その考えを即座に棄てた。

 

(……いいや、そんなんじゃない。もしそうだったとしたら、"やり方"がスマートじゃなさすぎる。腐っても暗部だ。だとしたらこんな"不細工な状況"になるわけない)

 

 

 仮に"デザイン"にとってあの少女が限りなく価値の低い人財であったとしても、あれほど静観を決め込む理由になるとは思えない。

 となれば。

 今の今まで動かなかった"デザイン"の、異質でデタラメな対応の、その原因は。

 

 

(やっぱり、この子は奴らに"襲われる予定"だったんだろうな)

 

 

 木原数多は、何気なく口にしていたではないか。

 "デザイン"はダーリヤに『興味がない』のかもしれない、と。

 

 少女を疑うばかりで、景朗は愚かにも思いつかなかった。

 最初から"デザイン"がダーリヤを見限っていた――――救援する気が無かった可能性を。

 

 木原数多は常日頃から『どの部下を、どの下部組織を"捨て駒"にするか』について頭を働かせている。

 そんな彼には、ピンと来たのだろう。

 

 

 ダーリヤはデザインの捨て駒にちがいない、と。

 

 

(くそ。その予定を邪魔して潰したのが"俺"だったと考えれば……スパークシグナルがわざわざ"外部機関(ハウンドドッグ)"に協力を要請したのは……畜生、妙にしっくりくるな)

 

 冷酷さを丁寧に裏ごししたような、プラチナバーグの"穏やか過ぎた声"を思い出す。

 直に会話を交えたことで感じ取った"ある種"の直感は、景朗の想像をその先へと膨らませていく。

 

(まてよ。今まで微塵も接触してこなかったプラチナバーグが、慌てて俺にコンタクトを取ってきた、ってことは――――ガキが助かったのは、奴にとってそれほどまでに予定外だったのか?)

 

 しかし、いくらなんでも"ダーリヤが助かった"ことが、デザイン側に予定外に生じた"トラブル"の"本命"ではないだろう。

 

 となれば。もしやそこから先の事情が、これから自分にかかわってくるのかも。

 そんな風に景朗は結論を導き出した。

 

 

 "デザイン"側にとって本当に予定外だった"障害"は、おそらくもっと別の所にある。

 

 もしかしたらその一端を、これからプラチナバーグは景朗に知らせる腹積もりなのでは?

 巻き込んで、関わらせようとしてくる? プラチナバーグのアプローチがやけに早いのは、もしかして……。

 

 

(ああもう、明日から学校(任務)だってのに、やってらんねえ!)

 

 

 結局のところ知らされようとも、蚊帳の外ではぐらかされようとも、どちらにせよ自分にとっては面倒事が増えるだけになりそうだ。

 

 

 その車両に乗り込む前から、景朗には妙に確信的な"予感"があった。

 特筆して確証のない確信。俗にいう嫌な予感がする、というやつだ。

 

 ひたすら悪化していくだけの状況を受け入れるために、心の準備を整えて。

 人知れず、無感情に覚悟を決める。

 

(巻き込まれる。まぁぁぁぁぁた、何かに巻き込まれようとしているぞ……くそがッ!)

 

 

 ガキんちょは捨て駒だったのかもしれない。プラチナバーグの対応が、それが真実に近い予想なのではないかと、半ば証明のように景朗に予感させてくる。

 

(じゃあ、それなら――俺がガキんちょを助けたのが、プラチナバーグ側にも想定外だったのなら――)

 

 ダーリヤというこのガキは、雨月景朗へと送り込まれたスパイでもなんでもなかったことになる。

 となれば――事の次第は、"景朗とダーリヤの出会い"は、彼女の主張の通りに"単なる偶然"だったことになるのか?

 

 

 なるほど、チビッ子があれほど興奮していたのにも、難なく同意できる。

 気持ちの悪いほどに奇跡的な再開だったわけだ。

 

(あぁ、それじゃあ)

 

 ただ単に、単なる偶然の出会いであったというのならば。

 あの時のダーリヤの、"あの喜び様"は――溢れんばかりの好意的態度は――ひょっとして彼女が"最初から"持ちあわせていたものだったのか?

 

 降って沸いたプラチナバーグの登場が、そんな確信を後押しし始めている。

 

 ただし――――それでも別に。

 散々に疑ってかかってダーリヤに尋問したことを、後悔はしていない。

 正直なところ、"ガキんちょ"相手に盛大に用心したことには、罪悪感は存在しない。

 

 ……だが……。

 

 家を燃やされ、誘拐されかけ、果ては見知らぬ組織に強引に保護されて、それで不安にならないガキんちょがこの世にどれだけいることか。

 その最中で。やっと見つけた希望の光に、もしかしたら友人であったはずの元同僚に、冷たくもあしらわれ続けた"少女"の心中を慮ると……少しばかり、気の毒になってくる。

 

 いいや、"少しばかり"ではすまない。

 大いに、心中を察して痛み入るところがあって……。

 

 

(まだまだ"終わり"じゃないってところが、なおさらなぁ。お互いに、"まだまだこれから"だぜ)

 

 気の毒なことに、ダーリヤの受難は"今回の一件"で落着、というわけにはいかなそうである。

ついでに言うと、自分もだが。

 

(ったくどうしよう。ガキの記憶そのままだ。まずいことになってる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統括理事会の一角を擁する車両は、最終的にぴたりと景朗の真横に停車した。

 

 直立して到着を待ちわびていた彼を最初に出迎えたのは、いかにもSPといった風体の男たちだった。

 極度に緊張しているのか、皆が引き吊りそうな表情を隠せていなかった。

 

 プロ中のプロフェッショナルな用心棒たちからしてみても、理事長の信用を一心に受ける"アレイスターの刺客(学園都市最強の暗殺者)"を前にしては、生命の危機を感じずにはいられなかったようである。

 

 くじ運の悪かったSPがひとり、警戒に警戒を重ねた動きで景朗に近づいてくる。

 何かを手渡そうとしている。

 受け取ったそれは、彼らとの出会い頭に差し出していた、身分証代わりの端末だった。

 同時に、車のドアが開いた。

 "三頭猟犬(ケルベロス)"が乗車すると、まもなく車は動き出した。

 

 

 

「すみません、どこに目があるかわかりませんから。非礼を先にお詫びします」

 

 生来の素顔とはかけ離れた他人の顔のまま、景朗はいの一番にそう言い放った。

 ダーリヤの救助へ向かったその時点から、一貫して変装は続けている。

 "雨月景朗"という人物を表に出してたまるものか、と彼なりに注意を払っているわけだ。

 

 しかし、仮にも統括理事会の一角を相手に、無礼だろうか――――と景朗が迷っていたその目の前で。

 

「もちろん構わないさ。気にする必要はない」

 

 広々とした車内に悠々と座るトマス=プラチナバーグは全く気にも留めていないようで、機嫌良さげに微笑んでいる。

 

「それより、噂はかねがね耳にしていたよ。ずっと、こうやって君と話をする機会を取りたかったのだがね――」

 

(理事長の目が怖くてできなかった、と)

 

 プラチナバーグが濁した台詞の先を、景朗は心の中で補足した。

 

 

 "木原幻生"

 "アレイスター・クロウリー"

 "垣根帝督"

 "食蜂祈操"

 この4人が、景朗の心を悩ませ続ける"手綱を握る者たち"だ。

 景朗のウィークポイントを熟知し、何時でも"そこ"に危害を加えることができる。

 

 アレイスターには隷属させられているし、幻生には甘んじて付き従っている。

 食蜂は幻生の情報をリークすることで手を引いてくれている……らしい。

 

 残る最後の1人、垣根帝督について。

 彼に関しては、何故未だに襲ってこないのか、弱みに付け込んでこないのか、その理由は完全には納得できていない。"完全には"という言葉の通り、景朗はその理由にはある程度の推察を付けている。

 されど、明確な確証がなかった。

 いつ、また再び敵対するかもわからない。そのために、殺り合う準備はかかしていない。

 仮に、その万が一の事態が起これば、決死の争いとなるだろう。最も恐れている事態だが、もしそうなればアレイスターの力を借りてでも(当てにはできないが)決着をつけるしかない。

 

 閑話休題。

 

 さて。以上のこの4名の人物を除いたときに、実は景朗の内情を知るであろう人物が、潜在的にもう一人だけ存在する。

 ここに来てその答えを焦らす必要もない。

 

 今、景朗が相手にしようとしているのが誰かを考えれば、それは明白である。

 

 "人狼症候(Lv4)"が"悪魔憑き(Lv5)"に覚醒した時に所属していたチームの上司である、トマス=プラチナバーグ。

 必要以上に親しげに語りかけてくるこの統括理事会メンバーの若き俊英は、景朗の秘密を十中八九、知っている。

 

 ということは、最大限に警戒しなくてはならない相手となる。

 ……のだが。

 

 ことは少々複雑になり、景朗はプラチナバーグを警戒する必要がある、と知ると同時に、折り重なった偶然の結果、彼に対しては差し迫った対応をする状況にないことも、また同時に把握していたのである。

 

 

 プラチナバーグを恐れる必要がないのは、なぜか。

 

 端的に言えば、彼が統括理事会の一員という立場にいること。それが大きな要因だった。

 景朗のたずなを握る木原幻生も"街"の権力者には違いないが、それはあくまで研究者としてだ。プラチナバーグは、幻生とは"表向きのポジション"が全く持って異なってくる。

 

 あの男は、体面上は"理事長(アレイスター)"と肩を並べる理事会メンバーである。

 しかして、その力関係の実態は、対等どころの話ではない。

 暗部上層部という括りの中では"奴"はもっとも新参で、もっとも力を持たない、末席にすぎない。それは誰もが知っているし、当人こそがそれは良く理解しているだろう。

 唯一、その将来性には目を見張るものがあるが……現状ではとてもではないが、理事長の懐刀である"三頭猟犬"に対しておいそれとは干渉できないはずだ。

 

 

 木原幻生のような小物が操るのと同じように、プラチナバーグが"三頭猟犬"に干渉するわけにはいかない。

 アレイスターが際立てて目をかけている子飼いの暗殺者がその対象となれば、なおのことだ。

 ヘタをすれば、理事長への叛意を示す行為に繋がってしまう。

 

 その事実を示すかのように、件の理事会委員(プラチナバーグ)は景朗がアレイスターの部下となったその日から、一度の連絡すら寄越してはいない。

 知らぬ間柄ではないというのに、情報交換のひとつも、挨拶ひとつも交えていない。

 

 景朗が"デザイン"の揉め事に自ら首を突っ込み、その取っ掛かりを与えることになった今この瞬間まで、一度たりとも接触してこなかった。

 

 

 されど、それでも元をただせば。

 "人狼症候"は、あの男の部下だったのだ……ようやく手に入れたかに思えた"超能力者"の手下を、その瞬間に奪われた男にとって……雌伏の日々だったにはちがいない。

 

 その間の彼の眼に、学園都市最恐の暗殺者として成長した自分はどう映っていたのだろう?

 

 野心を抱く親理事長派のあの男には、旨味のある人材に見えてはいたのではないだろうか?

 

 もし"悪魔憑き"を自身の陣営へ"自発的に"協力するように差し向けれられれば、ほかの理事を頭一つ出し抜いて、理事長への強力なパイプを得るのだ、という風に。

 

 

 さて。

 そういった背景を重々考えまわしていた景朗は、想定内の対応を見せたプラチナバーグに一定の希望を見出していた。

 その直感を信じ、彼は自ら進んで話を切り出した。

 

「すみませんが、お話を伺う前にまずこの"娘"の身元の確認を良いですか?」

 

 質問に対して、プラチナバーグは返事の代わりに片手でサインを放った。

 それを合図に、SPの男はテキパキと数枚の紙切れを取出し、景朗へと手渡した。

 

 完璧に電子化されているこの時代に、意図して用意した"紙の書類"だ。

 やはり相手側もそれなり以上に用心深い。読んだら返せ、と言われるだろう。

 

 景朗はさっそくとばかりに書類を眺めた。

 そこには待ち望んでいたものが記されていた。ダーリヤの"経歴"について書かれていた。

 

 心の内で、喜ぶ。

 生体認証スキャンを施されている間もビクともしなかった、隣の席で静かに寝息を立てている謎の少女の正体が、これでやっと判明するのだ。

 

 

 

 紙面の上に力強く視線を走らせる。

 怒涛の文字の洪水を、彼の脳みそはあっという間に飲み干していく。

 

 

 ……ところが。彼はその半ばで突然に、読むのを中断してしまった。

 その実、ひと息にその資料を読み通してしまうつもりだったのに。

 

 

 ――思わぬ衝撃に出くわした青年は、耐え切れなくなって真横の少女を盗み見た。

 

 

 結論から言えば、ダーリヤはとんでもない経歴の持ち主だった。その一言に尽きた。

 まさしく想像以上の内容がそこにはあって、完璧に予想の上をつき走っていた。

 

 だからだ。

 

 プラチナバーグを前にして、ちんたらと資料を眺めている余裕などないとわかってはいても――。

 "少女の経歴"そのものを――――資料につらつらと記述されているこの"奇天烈な情報の羅列"とを――――実際に彼女の寝顔と"比較"して、確かめずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 

 

 誘惑を断ち切って、景朗はもう一度、資料に目を戻した。

 ――それでもやはり。あまりに現実味が薄い――――。

 

(これ、俺にもよくわかんねえかも)

 

 景朗はそう思った。

 

 

 

 

 ダーリヤ・イリイーニチナ・モギーリナヤ。彼女の名前は一貫してそう表記されている。

 年齢は書類上で満9歳で、ロシア連邦の元"諜報員"だと、何のひねりもなく記載されていた。

 

 『諜報員』である。この舌足らずな九歳児に対して、その違和感の溢れる"単語"は、しかしてふんだんに使用されていた。

 

 

 始まりは五年前だ。ダーリヤは4才という幼い身で、"母親役"たるエージェントの上司とともに学園都市へやってきた。

 そして当然のごとく、能力開発(カリキュラム)をこなせる最少年齢の時分から、彼女は開発を受けることになる。

 その後の約4ヶ月の開発期間で、強能力(レベル3)の念者能力である"欠損記録(ファントムメモリー)"を、彼女は発現した。

 

 

 得てして。開発によって能力を得たこの"街"の児童が、その人生の進路を大きく変えていくように。

 ダーリヤも例外でなく……そこで、彼女の人生は大きく変わっていた。

 

 

 なんとも理由は定かではないが、"欠損記録"をダーリヤが目覚めさせた、その直後に。

 

 "母親役"がダーリヤ1人を残して、突然に行方を暗ましたのだ。

 

 当然だが、孤立したスパイの少女は窮地に陥った。

 

 学園都市が他国に対してアドバンテージを持つ、その源泉たるものの一つが"能力開発"のノウハウだ。

 そのデータをリークしていた他国の工作員が、そのバックアップを失えば……。

 "暗部"屈指の人狩り部隊に食いつかれるのは、時間の問題だった。

 樹上の巣から落ちた雛鳥のように、少女は恰好の餌食になるはずだったのだ。

 

 

 だからだ。

 ロシアからの支援を失ったダーリヤは、その瞬間から生存のために全精力を注ぐほかなかった。

 そうして、幼い少女はそこで驚くべき賢明さを見せたのだ。

 

 

 隠れ家のドアが何者かに蹴破られる前に、彼女は自ら進んで"暗部組織"へ飛び込んでしまった。

 それまでの全て(ロシアからの信頼)を裏切って"敵側"へ寝返り、ただ一つ、己の"価値"を銃口の前にぶら下げて、奇跡を手繰り寄せた。

 

 彼女は今も無事に、ここにいる。それが危機を乗り越えてきた何よりの証明だ。

 

 すなはち、暗部に居場所を移した後も報酬を得るだけの価値を示し続けた、ということなのだ。

 

 資料にも間違いなくそう書いてある。だから。

 

 だから、彼女がたった7歳だったその夏に。それらは本当に起きてしまったことなのだろう。

 

 

 それから2年が過ぎて、現在に至る。

 暗部で2年もの月日を過ごしたというのに、彼女は未だ、こうして幼い。

 成し遂げて来たことを考えると、恐るべき才能だ。

 

("とんでもなく頭が良い(ギフテッド)"……そのぐらいじゃないとロシアスパイがこの街に送り込んでは来ないか……)

 

 他国からのスパイ。諜報員。エージェント。その単語に関わりがありそうな事件を、景朗も猟犬部隊の任務中に遭遇したことがある。

 

 どの事件についても、その時はたいして気にも留めていなかったので、詳細は覚えていない。

 ロシアだかアメリカだか、どこの国だったかも、今では忘却の彼方だ。

 ただ、明らかに組織的なバックアップを受けて活動していたであろう不信人物を、命令を受けて捕まえたことがあった。

 決まって学園都市製ではないローテクな武器やツールにお目にかかっていたものだから、その印象だけは強く残っている。

 

 もちろん、そういった経験は極めて希少だ。

 学園都市の外部の、他国との諜報合戦は"ハウンドドッグ"の主任務ではないからだ。

 はっきり言えば、自分たちが相手にするのはもっと手強い、学園都市の内部事情にどっぷり浸かった輩たちだ。

 

 それこそ、他国からのスパイのように"外部"が関わってくる案件は――――"スパークシグナル"の奴等なんかが主に担当しているわけで――――。

 

 

(ッ、おいおい、"スパークシグナル"!)

 ――――そもそものこの一件の発端は、いったいどこの誰だった?

 

 

 

 少女の経歴のそこから先は、景朗が自ら目撃してきた案件でもあった。信憑性は抜群だ。

 

 ダーリヤは去年の夏に"ユニット"で景朗と出会い、そこで互いにプラチナバーグと接点を持つ。これは景朗が初めてプラチナバーグを助けた時だ。

 

 奇しくもその一件で"ユニット"は壊滅してしまった。その折に、どこぞの誰かの操り人形だった景朗とはちがって、ダーリヤはプラチナバーグの組織にそのまま勧誘されていたようだ。

 ――――そして。

 

 まだLv4の身分だった景朗をプラチナバーグの組織へ勧誘したのも、彼女の行動に間違いなかった。

 

(マジかよ、嘘じゃない。このチビがマジモンのオペレーターさん……)

 

 

 

 かさり、と紙はめくられたものの、青年の視線は動かず、真横に向けられたままだった。

 

 ――ここまで読み進めれば、もはや少女の正体を疑う必要もない。

 

 少し前の台詞を、思い出さずにはいられなかった。

 

 自分こそがあなたの"オペレーター"なのだ、と。そうなんども言いつけられた。

 あの時の少女に叩きつけられた言葉を証明する文章で、紙面は埋め尽くされている。

 

 

 最後の書類には、少女のよりパーソナルな情報までくまなく載せられていた。

 色々な項目があった。"思想"、"嗜好"、"活動"といった具合である。

 その中の"最近の活動"という報告に、景朗はぐぐい、と惹きこまれた。

 

 

 "モギーリナヤの最近のライフワークは、人狼症候の行方を捜し、足跡を記録すること"

 と、記してあったのだ。

 

 なぜそんなことをライフワークにするのだ? たった9歳の子供が? と訝しむ。

 その答えは幸いにも、その直後にあっけらかんと載っけてあった。

 

 "ダーリヤ・モギーリナヤが、あの狼男に並々ならぬ執着心を見せているからである"

 

 なんなんだその一言は、それでいいのか! と心の中でツッコミを入れずにはいられない。

 

 

 しかし。

 とにもかくにも、ダーリヤは景朗をしつこく探していた。

 資料を見る限り、それは受け入れざるをえなかった。

 

 

 Lv5となったことで暗部世界から綺麗に消失した"人狼症候"こと"ウルフマン"を、彼女はずっと探しつづけていた。

 それはたしかに、ダーリヤが"狼男"の情報を買った"金の流れ"によって証明されている。

 彼女は仕事で得た多額の報酬をつぎ込んでいたようなのだ。

 

(そこまでする理由はなんだってんだ?)

 

 さらには、"人狼症候"を自らの陣営に加入させるように、と上層部に幾度も打診していたようだ。その時の記録も、ここにはきちんと残されている。

 

 

 "人狼症候"の末梢された過去をほじくり出そうと躍起になっていたり。

 彼が使用した装備を独自に入手し、専門機関に調査を依頼したり。

 彼が敵対した組織をもう一度個人的に洗いなおしたり。

 

 存在を抹消された人間を探すのが、危機を招く行為になると理解していても、彼女はそれを続けたのだ。

 

 人狼症候を気に入っていたから。

 そんなしょうもない理由がこうも堂々と書かれたその訳が、やっと景朗にもわかりはじめていた。

 

 要するに、彼女は再び"人狼症候"を我が職場へと勧誘したかったようなのだ。

 また一緒に働きたかった。根底にあったのは、ただそれだけのようである。

 

 とにかくこんな有様では、プラチナバーグ側も彼女の行動に目を光らせておかざるを得なかっただろう。

 

 

(暗部ってのはこれだから訳がわからない……こんなところに自分の"ファン"が居たってのかよ……)

 

 

「そろそろ良いかい? 何か質問はあるかな? 互いに忙しい身の上だ、時間はそれほど取れないが」

 

 読みふけっていたところで、穏やかな注意を呼びかけられてしまった。あまりに意外性のある情報の連続に、景朗は図らずも顔を上げられなかった。あって当然の忠告だ。

 

「驚きました。これは偶然なんですよね?」

 

 ダーリヤが自分と何らかの縁があった事を知っていた、その事実を隠し、景朗は白々しく嘘をついた。

 実のところ、突然こんな"暴露資料"を渡され、どういった答えを返せば正解なのか全く見当がついていなかった。

 

(これはチャンスか? 俺とオペレーターさんの関係を資料に乗っけてやがる。こいつを動機にしよう。このガキに執着してるフリでもして、しばらく手元に置ければ楽に対策が取れる。ガキはこいつらに見捨てられようとしてたんだ。どうせ重要な情報は持たされていないはず。過去の同僚を守ってやりたくなったとでもいいだせば……)

 

「君たちの"世界"は広いようで狭い。長居をしていれば、時に思いがけない場面で顔を合わせるものさ。面白いじゃないか。私はね、そういった"繋がり"を大事にしているんだ。今回の事も"偶然"で終わらせるには惜しいと思ってね。だからこそ、君と直接会いたかった」

 

 そこまで口にしたプラチナバーグの表情には、柔らかな笑みが浮かんでいる。

 これ以上ないくらいの友好的な対応であるはずなのに、なぜだか、景朗はそのすべてが気に入らなかった。

 

(待てよ。そもそもなんでここまで詳しくオペレーターさんの情報を俺に見せたがった? 俺にはこいつの所属だけを知らせればそれで済むんだ。至れり尽くせりの情報をなぜ仰々しく見せつけてきたんだ……??)

 

「率直に頼もう。しばらくその子を預かってもらいたい」

 

 ダーリヤをしばし手の内に留めておきたいが、どうやってそれを怪しまれずにプラチナバーグを説得できるか。景朗はそればかりを考え込んでいた。

 だからか、唐突に自分に都合の良い提案をぶつけて来たプラチナバーグに、彼は大いに混乱することになった。

 

「それは――なぜです?」

 

(どういうこった? このガキを引き取りに来たんじゃないのか?!)

 

「まず最初に約束がある。これは私と君との間だけで交わされた至極"私的"な依頼となる。重々そのことを念頭に置いて、だ。次に私と連絡をつけるまで、誰の手にも渡さずその子を"君だけの手"で保管する。たとえその間に、"どのような組織の横槍"が入ろうとも。君には簡単なことだろう?」

 

 ニコニコ笑っている割に、有無を言わさぬ口調と態度だった。

 景朗の質問に答える気はさらさら無い様子である。

 

(そりゃあ、依頼を引き受けてすらいない相手に込み入った事情を話しはしないだろうけど……)

 

 こうなっては自分で考えるしかない。

 

 明らかに過ぎるほどに裏がある。というか目の前の理事は『裏がありますよ宣言』したも同然だ。

 普段ならばNoと即断している依頼だ。

 突っ返した方がいい。そんな気がしてならない……。

 

(……はず、だってのに畜生ぉ、困ったな)

 

 ただし、今の彼にはダーリヤという不安要素があった。

 彼女を手元に留めておくという一点に限っては、渡りに船の提案である。

 

 

「"どのような組織"でも、ですか? それは流石に難しいですよ」

 

「無論、"君の立場"は重々承知している。君の"上司"に逆らうような真似にはならないと言っておこう。万が一にもそうなった場合は致し方ない。私も理解しよう」

 

「それは安心できますね。でもそれでも説明不足ですよ。――"迎電部隊"を相手にしなければならないのに?」

 

「無用な心配だろう?」

 

 プラチナバーグは決して否定しなかった。景朗としては、そこは思い切り否定してほしかった。

 

「この街で力を持つ人間ほど、"君たち"には容易に手が出せない。例外にあたる者たちはいとも簡単にそれを為し得るだろうが、この場合はそうはならない。詰まる所、君の気分一つで、良い取引が一つ形になる」

 

 

 こうなっては馬鹿でもわかる。

 この依頼を受けた場合、"相手"になるのは――――"スパークシグナル"だ。

 

 ダーリヤを襲った得体の知れない組織犯も相手になるかもしれないが、そんなもの問題にならないくらいに厄介なのは、確実に"やつら"だ。それは火花(スパーク)を見るより明らかだった。

 

(つまりこうか。"スパークシグナル"を相手にして、誰かは知らない統括理事の機嫌を損ねるかもしれなくなって、そのかわりプラチナバーグ(弱みを握ってそうな男)に恩を売れる、と。もしくはその反対か、どっちかってわけだな)

 

 色々とカマをかけてみたものの、相手もその道の達人だ。

 一度話さないと決めた理事の一角に、何の交渉カードも持たずに根掘り葉掘り聞いても成果は得られないだろう。

 

 もしくは、だが。

 プラチナバーグにはどうにも、本気で景朗を説得する気がなさそうにも、また思えたのだ。

 

(たぶんそうだよな。この男は俺が依頼を受けようとも断ろうともどっちでもいいんだ。どちらにせよ俺に"突っかかる"理由ができるんだし)

 

 他の"理事"も十分に怖い。だが悔しいことに、こと景朗限っては、己の秘密を知り得る"理事会の若僧"を守る事も十分に選択肢に入る。

 

 ここで依頼を断っても、どこぞの理事たちが景朗に恩を感じてくれるわけでもなく、ただ単にプラチナバーグの印象を悪くするだけだろう。

 ただし依頼を受ければ、もしかしたらどこかの理事が敵になるかもわからない。ただし、それは確実にプラチナバーグ以外の誰かである。心もとないが、その時は目の前の男も少しは力を貸すだろう。

 

 

「わかりました。依頼を受けましょう。だからもう少しだけ"協力者"に情報提供をお願いしますよ。"スパークシグナル"のように口を噤まれては困ります」

 

 "スパークシグナル"が"ハウンドドッグ"に散々にカマしてきた不自然な対応のツケを、今ここで先に払ってもらうことにしよう。

 

「喜ばしい。期待通りの返事をきけてここまで嬉しく思えるのは……久々だ」

 

「それでは早速ですが、どうして一度は"見捨てた"この子を今更になって守れと言うんです? 正しく認識しておかなければ依頼に不都合が生じそうで心配なんですよ」

 

 プラチナバーグは"見捨てた"という言葉に対し、一切否定をしなかった。あっさりとしていたが、しかし、認めたのはその点だけだった。

 

「目障りなネズミの尻尾を嗅ぎつけたかったのだ。ところが、エサだと勘違いした不届き者は一人ではなくてね、予想外の邪魔者が"君たち"をつれて横から嗅ぎ付けて来た。だが。全てはこの一点に帰結するのだが――"君"と"私"は知らぬ間柄ではなかった。今回の一件を簡単に言えばこうなる。これ以上説明すべき事は、本来ならばないな」

 

「では、この子を襲っていた"敵"の正体はまだご存知ないと?」

 

「"敵"? はは、それこそ間もなく"スパークシグナル"がカタを着けてくれるだろう。君にも後日、その件は報告しよう。問題は、誰がそれまで"彼女"を預かるかだ……」

 

(嘘に決まってる、何も知らないわけないだろう!)

 

「なるほど、その"襲撃犯たち(連中)"は全く問題にはならないんですね。じゃあ俺は何をするべきなのか、わかってきた気がします」

 

「円卓に座る騎士に敵の影はあれど、彼らを真に脅かしたものはいなかった。唯一、味方の裏切りを除いては……。それはいつの世も変わらないようでね、どの理事にとっても厄介事の種は同じさ。あるいは邪魔者に、あるいは協力者に。今回の一件も、ただそれだけのことだよ」

 

(へえ。なんだか俺には、あんたが自分で蒔いた種なんじゃないかと思えてならないけどね。しっかし、こいつ全ッ然ホントのこと話さねえ。まいったな)

 

 そもそも報告書に乗っていた情報を軽くつなぎ合わせただけで、こうなってしまう。

 元ロシアスパイの少女を拾って、今になってその子を見捨てたところで"横槍"が入る。そこで慌てたように"スパークシグナル"にだけは渡すなと、"ハウンドドッグ"の知り合いに工作を図る理事会メンバーが、ここに一人こうして目の前に……。

 

「君も覚えておくといい。味方はいつか敵になることを」

 

(説得力があるぜ、まったく。一番ブラックなのはあんただろうが)

 

 正直なところ、景朗は身振り構わずその場で頭を抱え込んでしまいたかった。

 この依頼は断っておいた方がよかったのではないか、と後悔が押し寄せていたのだ。

 

 まるでグラグラと揺れるオンボロ吊り橋をわたっているかのような。

 もう既に、言いようのない不安定さを感じてしまっている。

 

(でもそれだと、俺の秘密を抱えたままオペレーターさんは他の組織の手に渡る。……彼女のこの先を考えると、ここで手を打っておかないと……)

 

 上司に見捨てられてしまったオペレーターさんの末路について考え出すと、きっとひどい気分になる。その事は忘れろ、と肝に命じて、景朗は覚悟を決めた。

 どの道、先ほど首を縦に振ったのだ。プラチナバーグの提案に従わざるを得ない。

 

「わかりました。この子は安全に保管しておきましょう。ですが急に返せと言われてもセキュリティの関係上、即座にはお返しできません。構いませんか?」

 

「事態が落ち着くまではそれで構わない。とはいえ、そもそもこの話は私の好意から始まったものであるのだがね。私の部下で唯一"君の原点"を知っているのはその子だけなんだ。こうして関わった以上、君は自分の手で管理したかった所だろう?」

 

「……そうですね」

 

(そんな建前を使うってことは、オペレーターさんが"オペレーターさん"では"なかったとしても"、俺に預けるつもりだったっぽい……か? ちっ。考えてもわからないか)

 

「ああ、もう一つ忠告しておこう。その子は私の部隊の機密に触れていた。あまり余計な"詮索"はしないでおきたまえ」

 

 プラチナバーグはさらりとそう言い放ち――――景朗にアイコンタクトを迫った。

 その目は『話はもうこれで終わりだ』と語っていた。

 

「わかりました。心得ましたよ」

 

 

 プラチナバーグはSPに、景朗を丁重に送り出せ、と命令を出している。

 まだまだたくさん聞きたいことはあったが、これ以上は何も答えてくれそうにない。

 それ以上追及する材料(カード)を、景朗も持ち合わせていなかった。

 

 

 

 座席からダーリヤを再び抱え込み、盛大に腰をかがめて車から降りた。

 SPの男たちは表情こそ変わらなかったが、あからさまに気の緩んだ雰囲気だ。

 

 話は終わってしまった。最後の方には、ダーリヤの記憶を工作するのは禁止であると釘を刺さされてしまったのが、少々痛かったが。

 

 それが気に食わなかったのか、景朗は心なしか冷たい視線をSPの男たちへと送ってしまった。

 数人の躰がそれで固まったが、彼はそんなこと気にも留めなかった。

 

(まあそれでも、ヤルけどね……絶対にバレないようにしなきゃならくなっちまった、か)

 

 釘を刺されたとはいえ、食蜂操祈の力をかりればバレずに事を済ませられる確率は高いだろう。

 しかしそれでも、さらに万全を期さねばならなくなった。

 『ダーリヤを連れて食蜂と接触した』という事実を掴まれただけで怪しまれそうだ。

 奴がこちらにいちゃもんを吹っかける口実を与えたくはない。

 

("第五位の能力(心理系最強)"なら100%安全だろうか? ……いいや、一番の問題はそもそも彼女を信頼するかどうか、だな……しかしそれにしても)

 

 すぴー、すぴー、と、耳元で寝息がうるさい。

 どうやら。

 まだこのガキんちょとは縁がつながっていたようだ。

 

(オペレーターさんめ、強運の持ち主だぜまったく。俺がヘマさえこいてなきゃ、ここで君を放り捨ててたよ)

 

 そこまで考えて。ふう、と息をついて、景朗は一番の幸運者が誰だったのかを改め直した。

 

 ダーリヤも運が良かったが、それに輪をかけて幸運をつかんだ人間がいるではないか。

 

(違うな。一番ツキが回ってたのは"プラチナバーグ"だ。あーあ、俺はその逆だ)

 

 車を背に見送って、景朗はつぶやいた。

 

「もう、帰ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十学区のセーフハウスへとまっすぐ帰り着いた景朗は、まず初めに心の中でこう叫んだ。

 

(とうとう悪臭の原因を排除できるぞ!)

 

 そうだ。彼が我慢の限界に差し掛かっていたのは、この切羽ずまった突然の追加任務によるストレスではなく。

 

 およそ1時間近く彼の鼻を悩ませ続けた小便の悪臭だったのだ。

 

 もはや、もうこれ以上は、この小便の臭いに我慢しなくてもよいのだ!

 その嬉しさたるや、これから己を待ち受けているであろう暗部のイザコザすらも、一時脳裏から消し去さってしまうほどだった。

 

 荒い鼻息をつき、少女を畳へと転がし放り投げる。景朗の睡眠剤は流石に優秀で、それだけやっても彼女にはピクリとも起きるそぶりはない。

 

(つーか、プラチナバーグも平気そうな顔してたけど、明らかに不快そうな目を向けてたしな……)

 

 もしかしたら、少女が粗相をしていなければ、もうすこしヤツと会話できていたのだろうか?

 

「……あほくさ」

 

 

 さて、これからどうしようか。どうしてやろうか?

 

 こいつの服を剥ぎ取ってすぐ近くのコインランドリーへ叩き込んでやろうか。

 

 手を伸ばしかけた景朗は、しかしすんでのところで思いとどまった。

 

(先にこいつの生活用品を買いそろえておかないと面倒なことになるな……)

 

 いずれにせよ、もう一度外出することになるだろう。

 あれこれ考えつつも、次にとるべき行動を考えて……。

 

 

 そこでひとまず景朗は、セーフハウスのセキュリティシステムの警戒レベルを上げておくことを思い出したのだった。

 

 

 

 

 慌ただしくビルのフロアを練り歩き、センサーを一つ一つ念入りに確認して回る。

 そうするうちに少女の悪臭の除去でいっぱいだった頭の中も、ようやく落ち着きをみせてくる。

 

 あくせくと急いで計器類をチェックしていた景朗の手は、その終わりが見え始めた段階に差し掛かったころあいで、はたと止まった。

 

 とあることに気が付いてしまったのだ。

 

(つーか俺、なんでこんな全速力でメンテしてんだろ?)

 

 ――それは至極当然、手早くセキュリティを整えて、一刻も早く、ダーリヤの生活用品を買い揃えてあげなければいけないからである。

 

 ぴたりと景朗は動かなくなった。もはや作業の手は完全に止まっていた。

 

(馬鹿か、俺)

 

 ダーリヤを眠らせた景朗にはよくわかっている。彼女はまだしばらくは目を覚まさない。自らその分量の睡眠剤を注入したのだから。

 

 

 それがわかっているのならば、こうも急ぐ必要はないはずだ。

 一体どうして自分は、一刻を争って出かけようとしているのか?

 

(なーんで、楽しんでんだろ、俺……)

 

 自称オペレーターさんは、本当に"オペレーターさん"だった。

 ところが正体はチビっ子で、俺と出会えてあんなに喜んでいた。

 そしてこれから少しの間、彼女を預かることになった……。

 

(何で楽しみになっちゃってんだよ、俺ッ)

 

「いや、別にいいじゃん。真剣に考え過ぎんな。逆にどうして楽しんじゃ駄目なの、って話さ」

 

 言い訳をするように、景朗はひとり寂しくその言葉を呟いた。

 しかしそれが、反対に自意識を過剰にする結果を招いたようである。

 

 しばし、カチャカチャとセンサー弄りを再開していたのだが。

 耐え切れなくなったのか、彼はその場に1人、頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

(はあ!? なんで俺、こんなに恥ずかしいんだ!! 誰だよ、俺は誰に恥ずかしがってんだよ! ああーもう!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよもってセキュリティ構築のためにやるべきことをすべて済ませてしまった景朗だったが、その足はなかなか動かなかった。

 

 他にすべきことは無かったかどうかをむりやりに探し続け、セーフハウスから出かける準備を終えたまま、壁に寄り掛かっている。

 

 オペレーターさんを守るセキュリティの本命である"虫くん"を――彼女の服に目立たぬようにくっついている羽虫を――眺めつつ。

 未だに恥ずかしがっているのか、誰かに向けて言い訳をぶつぶつ呟きながら時間をつぶしていた――――その時。

 

 "それ"は、ようやくやってきた。

 

 景朗のケータイが突如、声高に高周波をまき散らした。

 覚悟していたよりも、むしろずっと遅い。

 だいぶ"出遅れて"やってきたなと感じるタイミングだった。

 

 

 待ち望んでいた"スパークシグナル"からの催促だ。

 景朗の気分も、一瞬で切り替わった。

 

 

『こちらスパークシグナル、タスクフォース"クリムゾン01"』

 

 耳に飛び込んだ第一声は、渋い重低音にインパクトがあった。

 壮年の男か、と景朗は勘ぐった。

 

其方(そちら)さんには世話になっている。悪いが捜査の延長のためにモギリナヤ氏の身柄が必要だ。引き渡しについては貴方が担当だと聞いたが?』

 

 慣れた口調で、電話の相手は一息に言い切った。

 

「"スライス"だ。彼女はここにいる。間違いない」

 

『協力に感謝する。ランデブーポイントの指定はこちらで――』

 

 当然だが、景朗には端からダーリヤを渡す気はない。

 

「あー、お待ちいただけないかな。少々気が早いのでは?」

 

 ワザとらしく険のある声を滲ませて、電話相手にすべてを語らせなかった。

 

『何か?』

 

 だが、相手はまるで機械のように冷静だった。

 

「こちらはまだ挨拶以上の返答を貰っていない。それと、随分前にこちらから送った"挨拶"に関してはまだ返事すら受け取っていない」

 

『……引き渡しの件についてだが、許可はいただけるのか?』

 

 意図を一瞬で見抜いたかのような質問が、相手もベテランなのだと悟らせる。

 景朗のケータイを握る強さが、ググッと大きくなった。

 

「はっきり申し上げると貴方たちの行動は不審だ」

 

『申し訳ないが調査内容の開示には応えられない』

 

「残念だ。では我々としても独自にこの件を調査せざるをえない。もちろんそちらからの綿密な情報提供があれば話は別だが。失礼するが、我々に支援を要請した理由すら説明せずに、まさか彼女の身柄だけを引き渡せとおっしゃっている?」

 

『捜査状況は後日、精査して必ず通知する。こちらの体質を理解してもらいたい』

 

「それではあまりに一方的すぎる。貴方たちの"協力"要請とやらは名前だけでは?」

 

『"デザイン"には正式に通知し、許可を得る。少なくとも貴方がた以外に問題は生じていない』

 

「協力が無いのであれば、我々も行動せざるをえない。従って彼女は手放せない。"デザイン"にもそう通知する。ご心配なく、現場では情報を共有しよう」

 

『……既に手は打たれた後のようだな』

 

「"手を打った"? それはどういう意図の発言なのか訊かせてもらいたいな?」

 

『敢えて君たちを巻き込んだのが裏目に出るとは。いいだろう。また後日"お会い"しよう』

 

 流石は諜報機関の人間だ。察するのが早い。それが嘘偽りない感想だった。

 通信の切れたケータイをしばらく眺めた後で、景朗は舌打ち気味にポケットにしまった。

 なんだか口喧嘩で負けたような気分にさせられたのだ。

 

「ふぅ!」

 

 ばちん、と頬を両手でたたいた。時間を無駄にしてはいけない気がしていた。

 

(んな低レベルなこと考えてる場合じゃないぞ。こっからだ。上手くこなさないとな)

 

 "我々も独自に調査する"。先の会話ではそう言い放ってしまった。

 しかしそれについては、すべてが出まかせという訳でもない。

 

(どの道オペレーターさんを襲った犯人の正体は探さなきゃならないし、別に"俺一人"で行動したって"我々"には違いないだろ、"スパークシグナル"さんよ。第一、"犯人ども"と直接戦ったのを誰だと思ってやがる。現場の情報なら頭にしっかり入ってる。せいぜい俺に負けんなよ、オッサン)

 

 ぼちぼち動き出すか、と景朗は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期待していた小さな寝起きの物音が聞こえたのは、完全下校時刻がもう間もなく迫る頃合いだった。もしも窓の外へと目を向ければ、そのすべてが茜色に染まっていることだろう。

 

 景朗は、まんじりともせずその時をまっていた。

 そうしなければならなかった理由は、特にない。単純に、たっぷりと眠らせてあげようと思ったのだ。

 

 

「……んぅ、ん……」

 

 小さな手足がもぞもぞと動き始めるのを目ざとく見つけて、彼はその側へと駆け付けた。

 

「おはようございます」

 

 目ヤニをつけたまま上体をむっくりと起こす少女へ、朗らかに挨拶を呼びかけた。

 景朗は気恥ずかしいのか、飄々とした物言いはどことなくぎこちなかった。

 となれば、それはどうやら無意識のうちの振る舞いであるようだ。

 

「……うるふまんは?」

 

 少女の半開きの寝ぼけまなこには、気だるそうな物言い以上に訴えかけるものがある。

 まだ少し寝ぼけているようだ。

 

「おう。ぐっすり眠れたかい?」

 

「うーん……んん?」

 

 気づいた瞬間の"その反応"は、素晴らしいほどに機敏だった。

 両目をぱっちりと広げ、タオルケットをはねのけ、少女はどえらい勢いで膝立ちになった。

 彼女がさんざんに記憶に焼き付けていた"あの人物"が、そこにいたのだ。

 

「ウルフマン?」

 

「はいよ」

 

 瞬く間に興奮し始めた少女と目があう。覗きこんでくるその黄色い目玉は物珍しく、景朗も遠慮せずに見つめ返してやった。

 

「"ウルフマン"ね?」

 

 視線では『言質は取ったぞ』と問い掛けつつ、ダーリヤはもう何度目かも数えていないその質問を投げかけた。

 

「何?」

 

 景朗は景朗であっけらかんと、口ではなくその態度で"回答"してみせた。

 

「ホントに?」

 

「そうだよ」

 

「"ウルフマン"ねッ?」

 

「はいはい、"そう"だって」

 

 ついにダーリヤは飛び起きた。が、立ち上がったその勢いでその場から動こうとはしなかった。集中力を全身にみなぎらせて、大男から放たれる次の言葉を待っているらしい。

 その子供らしい顔つきに、ようやく"らしい"笑みが走りだした。

 

 この時。ダーリヤに対して、落睡の直前まで893のようなやり口で尋問をカマしていた景朗にとっては、それはもう恥ずかしくてたまらない状況だっただろうが――。

 さりとて――ここから先は自分が切り出してあげなくてはならない、と。

 彼は使命感そのままに、口を開いた。

 

「いやあ、お久しぶりですね。"オペレーター"さん」

 

 

 

 

 

 

「――――"ウデュフマン"ッて言ったじゃないっ!」

 

 オペレーターさんは感極まったのかタメにタメて、昔のあだ名をもうひとたび叫び。頬を紅潮させてチマチマとステップしつつ、椅子に座った景朗を多角度のアングルから観察しはじめた。

 それはまるで動物園の檻に入れられて、ゴリラのように眺めまわされるような扱いだったけれど――――なぜだか居心地は悪くない。

 

 景朗はおもむろに、少女にニヤリと笑い返してみせた。

 ホッとしたのか、ダーリヤの目は赤くなっていて、彼女はそれを隠そうとしているのか、目を合わせなくなった。

 

「いろいろ話すことはあるけどさ、でもとりあえずおなか減ってない?」

 

 実のところ、プラチナバーグが用意した資料と整合性を取るためにもう一度、本人の口から身の上話を聞き出そうと考えていたのだが――。

 

「うん、へってる、へってるわ!」

 

 それはこれからいつなんどきでも、簡単に達成できそうである。

 

「よし。それじゃちゃちゃっとシャワーを浴びてきてくれ。メシはそれからでいい?」

 

 新品の小さなスリッパを片手で揃えて床に置いて、もう片方の手で手招きをする。

 ところが、今の今までトタトタと歩き回っていた護衛対象は、そこでぴたりと足を止めてしまった。

 

「実は着替えが無くて――「ねえ、わたしがねちゃってた間に本部と連絡は取れたの? どうなったの?」

 

 流石に、最低限に説明すべきことはあるか。そう思いなおして、景朗はしっかりと少女へと向き直った。

 

「ああ。連絡は取れたよ。事態が落ち着くまで君の身柄は俺が保護することになった。だからそんなに慌てなくていい」

 

「ホント?」

 

「実はまあ、そのことに関してはただ口でやり取りしただけだから、オペレーターさんに提示できるものは何もないんだけど、信じてくれ。……俺はさっきまで君の事を信じなかったけどさ」

 

「今は信じてる?」

 

「……もちろん。今は信じてるよ、色々とわかったからね」

 

 

 その返事に、ダーリヤは瞬間的に怒りだしそうな兆候を滲ませた。

 だが、それは本当に瞬く間の出来事だった。

 すぐさま彼女の表情はころりと変わり、あからさまに他の事を考えている顔で何かを言いたげに口を開きかけたが。それも途中でやめてしまった。

 

 結局。ほんのひと息の間、考え事をするように黙り込んだ後。

 

「……じゃあ、んー。じゃあ……ごはん食べに行く!」

 

 勢いよくドタバタと走りだした。

 

「いやいやいや、ちょ、おい、先にその"服"を」

 

「ウルフマン、わたしのクツは―?」

 

「オペレーターさん、シャワーを先に浴びてきてくれてもいいんスよ?」

 

「おなかが減ってもうこれ以上はヤバいわ、"ウルフマン"。はやくごはんを食べないと……」

 

「……あのー、オペレーターさん?」

 

「あっ! ウルフマン、帽子! お願い、帽子を探して、ウシャンカを探しにいって! もういっかい探しにいってお願いっ!」

 

 突然思い出したかのように、オペレーターさんは帽子、帽子と騒ぎ出した。

 彼女の言うウシャンカとは、ロシア帽のロシア語発音のようである。

 眠りにつく前にも同じことを言っていたな、と景朗はため息をついた。

 

「あの時ちゃんとしっかり探したんだよ。でも、やっぱり無かったと思う。帽子は燃えちゃったんだと思うよ、残念だけどさ」

 

 景朗とて、その帽子とやらは何かの"手がかり"なのかと考えて、それなり以上に真剣に探したのだ。

 

 だが、五感がするどく、物探しが得意な部類の自分が見けられなかった以上は。

 やはり、火事で燃えてしまったにちがいなかった。

 

「はぁー。それじゃあシャワーはいいから、せめてその服を洗濯させてくれない?」

 

 景朗はダーリヤへ顔すら向けずに、用意していた服を指差した。どことなくその口調も、聞き分けのない子供に言い聞かせるような、一方的なものだった。

 言い出したタイミングが絶妙で、シャワーを浴びたくないが故の言い訳なのかも、とほんの少し少女を疑っていたのだろう。しかし。

 

「近くにコインランドリーがあるから――「"ウルフマン"ッ! お願いっ!」

 

 涙声でやんわりと低くなったダーリヤの叫びが、歯がゆそうに景朗の鼓膜を揺さぶった。

 突然のことに驚いて振り向けば。

 オペレーターさんは今にも泣き出しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学2年生である獏野(ばくや)詩旗(しき)は、時計の針の位置を確かめた。

 時刻は午後七時を回っていた。

 

 ――――よし、大丈夫だ。

 夏休みの宿題は、何とか間に合いそうだ。

 もし、このまま一睡もせず朝まで学習机に座っていられたら、きっと必ず――。

 

 今日はやってやるぞ! と。

 

 気分を仕切り直し、再び椅子に深く腰掛けた、その時だった。

 

 

 

 

 ガタガタッ、ぞぞぞぞ、と。

 不審な物音が背後の廊下から響いたのだ。

 

 

 

 誰だ? と少年は首だけを回転させて、じっと椅子の上で待ち構えた。

 

 部屋を仕切るドアのガラスは、暗くて真っ黒だ。

 おかげで向こう側で何が起きているのか、まるでわからない。

 

 

「もしかして宗吾くん?」

 

 生き物が徘徊していたような、はっきりとした動的な音だった。

 不安のなかで口から飛び出たのは、唯一、心当たりのある"とある友人"の名前だ。

 

「宗吾くんでしょ……?」

 

「……ふぃー。詩旗、オレっ。オレだよ」

 

 ずいぶんと遅れたが、"返事"はキチンと返って来た。

 囁くような。されど、精一杯叫ぶような。人に隠れてひそひそ話をする時のように妙にかすれた声だったが――――それは、予想していた"とある友人"のものに、間違いなかった。

 

 安心したとたん、詩旗の身体からはみるみるうちに緊張が抜けていった。

 

「もぉー! 何なの!?」

 

 抜け出たモノの代わりに隙間を埋めていくのは、当然ながらふつふつと湧き上がってきた小さな"怒り"だった。詩旗は、彼にしては珍しいことに、他人に物おじせずに声を荒げてみせた。

 

「毎回毎回、勝手に入ってこないでよ!?」 

 

「おい、デカい声だすな、小さい声で喋れっ」

 

 謝罪のひとこともありはしなかった。まったくもってマイペースな発言とともに、カタツムリの歩みのようにドアがゆっくりと開き、七分咲(しちぶさき)宗吾(そうご)が顔を現した。

 

 両手両足に無骨なブラックメタルのグローブとブーツを付けた、いつもと変わらないスタイルだ。ブーツは歩くたびにカツン、カツンとフローリングに冷たい音を立てている。

 

「ちゃんと玄関からさぁー、もぉー!」

 

 だが、不思議なことに。

 土足で家に入るなと、あって当たり前の注意を詩旗が促すことは、決してなかった。

 

「しー。いいから大きな声出すなってマジで。ちゃんと"玄関から入ってきた"ぞっ?」

 

「そーいう意味じゃないよ……」

 

 詩旗はようやく、学習机からくるりと背後へ振り向いた。

 無断で部屋に侵入してきた友人をとがめながらも、もともとは気の弱い少年は言われた通りに声量をぐっと抑えている。

 

「あのさぁ宗吾くん。学年も学校も違うんだから、宿題見せてあげてもいいけど意味ないと思うよ?」

 

 詩旗は去年の夏を思い出していた。結局あの時は、詩旗が言った通りに宗吾は学年が一つ上の中学三年生で、学校まで違うものだから、一緒に居ても勉強がはかどるはずもなく。

 互いにゲームに惚けてしまって、宿題はうやむやのままに……。

 

 

「ちげーよ。んなこと頼みに来たんじゃねえよ」

 

 冷たい友人の口調が、詩旗のぬるい回想を断ち切った。

 相手の声にはまるで温かみが無くて、今まで聞いたことのないほど感情が込められていなかった。

 驚いた詩旗は表情を確かめて、ますます混乱した。

 

 なぜかはわからない。だが、突然押しかけて来たはずの友達は、まだ何もしていないはずの自分を、ひどく攻撃的な目つきで睨みつけている。

 

 

「え? じゃあ何?」

 

「あのな、詩旗。これマジで冗談じゃないからな、真剣に聞けよ?」

 

 相手の形相は、とてもではないが遊びに来るつもりの人間がするものではなく……。

 その全身から凶悪な量のアドレナリンが噴出しているのを、本能的に詩旗は悟った。

 

 

 まっとうな日常生活では決して見かけることの無い、"特別な感情の昂ぶり"。

 それを目の当たりにすると、去年の様な――――命の危機が迫った"あの時"の事が脳裏によぎった。

 

 とにもかくにも、お互いの真剣さの度合いが大幅に食い違っていることがわかって。

 とはいえ、しかし、自分はそんな話を聞き入れる準備などできていないのに。

 

 ただ……。

 目の前の友達が"ただならぬ精神状態"に陥っているその原因には、自分も心当たりがあって――。

 

 思い当たる出来事は、そう多くない。

 だがそれは、詩旗にとって最悪のニュースにも等しかった。

 

 とてもそれが現実だとは信じられなくて、信じたくなくて。

 故に、先に切り出したのは詩旗のほうからだった。

 

 

「あの……宗吾くん、あの、この前の話。やっぱりボク断ろうと思ってて……」

 

 

 能面のような宗吾の表情は、ピクリとも変わらなかった。

 その時点で、"嫌な予感"は確定したも同然だった。

 

 

「悪りい、もう遅せえ。もう"やった"。今"やって"きた。無理だぜ、もう。だから――」

 

「え?」

 

「だから小声で話せって。いいか? いいな。あのな、今日の昼間、今さっき、"やって"きた。"やって"きたんだ、マジで。これはマジだからな。準備できてるか?」

 

「……ううん」

 

 正直なところ、首を横に振ることさえ恐ろしかったにちがいない。

 

「詩旗! オレらもう現在進行形で狙われてるんだ。ここに来るまでにも、マジでそれっぽいヤツ等に既に"追われ"てきてんだよ。わかるか?」

 

「はぁ、ここに!? なんで?! なにしてんだよっ!?」

 

「うるせえってッ、静かにしろよっ。まだ見つかってねえから心配すんなって」

 

「そいつら"警備員"だった?!」

 

「絶対違う」

 

「ッ、やっぱ相手は理事会の"捜索部隊"なんだよっ! どうすんの? 見つからずに済むわけ――

「今はまだ大丈夫なんだって! バレてんならとっくにこんな家見つかってる。だろっ?!」

 

「……うぐ。ちくしょう、だからボクん家に着いた時、静かにしてたのか」

 

「んッとに心配すんな。今はまだ……オレのことを探してる段階のはずだって。そもそも捕まりさえしなきゃオレらのこととかはそう簡単にバレねえはずだろ?」

 

 うろたえにうろたえた少年は、悲痛な面持ちのまませわしなく身体を震わせ、最終的にベッドに深く腰掛けた。

 

「あぁーもうっ……あぁー、もおぉぉ……」

 

 視線はずっと下に向けられている。必死に不安を抑え込もうとしているのか、片膝はずっと小刻みにゆすられっぱなしだった。

 

「いいな、オマエは1人で徹兵たちと合流しろよ。しばらくしてからな? 場所は前話してたとこに、教えた通りにいけばいいから。追手っぽいヤツ等は大丈夫だ、俺が引きつけとく。これからやるから……」

 

 その言葉に詩旗は面を上げたものの、悔しさを滲ませた顔で無言の抗議を発している。

 

「いっとくけど、オマエが一番安全なんだからな? 落ち着いて堂々としてりゃいいんだよ。普段通りに生活して、"姐さん"か(かなめ)に拾ってもらえ。いいな?」

 

「でも、やっぱさぁ……ボクOKしてなかっただろぉ?」

 

 なおも説得を重ねた宗吾だったが、うらめしそうな涙声で言い募られて、とうとう苛立ちまぎれに脅すような物言いになった。

 

「じゃあ今からまっすぐ"警備員"に行くか? そんで何もかもゲロって、オレらの事まで売って、"姐さん"まで裏切って……結局それで助かるかもわからねえんだぞ? 姐さんとかオレらは間違いなく助からねえけどな!?」

 

「いやだよ、ちくしょうぅぅ……」

 

「いいからこいよ! オレらもう始めちまったんだ! あとはやるしかねえんだよ! そりゃ失敗するかもしれねえけど、オマエ今ここでやめるって、そのあとどうすんだ、オマエ捕まっちまうぞ!? ちがうかよ? 1人で逃げ切れんのか?」

 

「なんでボクっ?!」

 

「オマエの能力がいるんだよ! 頼むから助けてくれよ。今更やめるとか言うなよ? 一緒にこいよ!」

 

 じっと見つめたが、返事は一向にない。

 相手は完全に下を向いてしまって、ぽろぽろと涙をこぼし続けている。

 

 ややして。

 気まずそうに目をそらし、宗吾はぽつりとつぶやいた。

 

「泣くなって……ふーっ。……クソ。詩旗、頼むって。オレだってそろそろ行かなきゃヤベえよ、あんましここには長居できねえし……」

 

 もう一度だけうつむいたままの頭を見て、諦めたようにため息をついた。

 

 沈黙に飽きたのか、それとも、何かを思いついたのか。

 そこで、うんともすんとも言わない友達から目を離し、宗吾はおもむろに部屋の中をきょろきょろと見渡し始めた。

 

 テーブルの上にティッシュ箱を見つけると、彼は近づいて、カシャカシャとティッシュを数枚取り出して。ドカッと、床に腰を下ろした。そして――。

 

 右腕を、仰々しいブラックメタルのグローブごと、左脇に挟むと。

 ――――カシュゥッと空気音を響かせ、肘関節の部分まで覆っていた"それ"を取り外した。

 

 脇がゆっくり開くと、グローブはテーブルに落ちて、ゴトリ、と重量を感じさせる音を産んだ。

 

 

 

 機械式のグローブに包まれていた宗吾の右腕が、露わになった。

 

 そこから現れたのは、"生身"の腕ではなく――。

 ――プラスチックのような非金属の材質でできた、"義手"だった。

 

 シリコン製にも見えるカラーリングに、妙に有機的な曲線を取り備えたデザイン。

 とうてい人間の手の形状には思えない。

 

 言葉で簡単に説明すれば、こうなるだろう。

 肘から無遠慮に生えた一本のパイプの先に、チューブ状の"指らしきもの"が5本垂れ下がっている。言いようによってはそんな風に形容できそうな、まさしく異形の腕そのものだった。

 

 事実、それを初めて目撃した宗吾の周囲の人間は、皆驚いたものだ。

 確かに仕方がないことなのかもしれない。

 最低限の機能しか備わってなさそうな簡素な腕の造りは、あまり見ていて心が和むデザインではないだろう。

 

 しかし……。

 

 宗吾はその5本のチューブを生身の人間の指以上に器用に動かし、外したばかりのグローブの手のひらを、ごしごしとティッシュペーパーでこすり出した。

 

 そうして、手慣れた動作でグローブのウェアラブルカメラの汚れを拭き取ると、満足そうにティッシュペーパーを放り投げた。

 

 テーブルの上に落下して広がったそれは、綺麗なものだった。破れてすらいなかった。

 

 それがティッシュではなく、たとえば豆腐であったとしても、その腕は何だって壊さずに掴み取れただろう。

 

 なぜなら、見た目はどうであれ、宗吾の右腕は学園都市の先端技術が造り出した、最新式のロボティックテンタクル(無関節マニピュレーター)アームなのだから。

 最先端の冠通り、物を掴んだ指先の精緻な触覚すら、神経を通じて完璧に再現されている。

 

 もはや"生身の腕"以上の便利さと汎用性を備えているといってもいい。

 

 だが――――その機械の塊を見つめる宗吾の瞳には、発達した科学技術への畏敬の情は、微塵も含まれてはいなさそうだった。

 

 

 詩旗はそんな友人の行動を、ずっとベッドの上から眺めていた。

 

 

 宗吾の両手両足は、まったく同じ規格の金属の装甲で覆われている。

 右腕だけではなく、残る左手と両足も、その黒い装甲の下は機械の身体だった。

 露出しているあの右手と、似たような有様だ。

 

 

 いつの間にか、両手両足真っ黒のアイツの姿にすっかり慣れてしまっている。

 去年の今頃は、あいつはきちんと全身で汗をかけていたはずなのに。

 

 

 グローブを脱いだ宗吾の、あの歪に細い手足を見ると、思い出さずにはいられない。

 

 

 いっしょに無くなった"パーツ"を探したけれど、見つかりはしなかった。

 "生身"を失った直後は、あいつは別人のように落ち込んでしまって……。

 確かに。あいつが怪我をする前の活発な人柄へ戻れたのは、"あの人"と出会えたからだけど……。

 あれから宗吾は変わってしまった。変わるなと言う方が無理難題だったのかもしれないけれど。

 

 

「……どうしても嫌だっつうなら……でもここに隠れてても他のヤツ(なかま)が捕まった時点で、いずれオマエのこともバレるだろ……1人じゃどの道危ないぜ? 一緒に行こう、な? オレらには"姐さん"たちがついてんじゃん、何とかしてくれるって!」

 

 

 パワーアシストグローブを元の部位に装着すると、宗吾は泣いた詩旗を気遣うように、トーンダウンした口調で語りかけた。

 昔と同じような楽天的な顔つきで、まるで遊びにでも誘うような態度だった。

 

 ただし、昔とは……宗吾はもう"この街"に何の未練も無い、というその一点において、決定的に違うのだろう。

 

 ……このまま、こいつを一度も助けられずに、ボクたちはここで……?

 

 

「……わかった。行く」

 

「え?」

 

「行くから」

 

「……マジで?」

 

「行くって! 行くからっ!」

 

 目を散々に赤くしていたが、友達はきっぱりと断言した。

 

「よっしゃ! よっしゃ! こいよ、来いよ? うーしそれじゃ後で"姐さん"のとこでごうりゅーう、しようぜっ!」

 

 ひとまず予定通りの展開になった、と宗吾は胸をなでおろし……そして休む間もなく、友達に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "つけ"られている。

 宗吾は左右両手のグローブに搭載された赤外線ウェアラブルカメラで、自分を追跡する"敵影"のようなものを、こっそりと捕捉しつづけていた。

 

 見るところ、後ろから二人。

 

 相手が一体どうやって追跡し続けているのか、まるで理解が及ばなかった。

 自分は"能力"を使って、街の障害物を"突き抜けて"移動しているはずなのに。

 

 

 "警備員"如きにこんな真似ができるはずがない。

 だったら自分たちはとっくの昔に捕まっている。

 

 

 ゴクリ、とつばを飲み込んだ。

 もうそろそろ、頃合いなのかもしれない。

 勝負にでるかどうかの分かれ目という意味で。

 

 

 

 

 追跡者たちに嗅ぎつけられたのは、獏野詩旗の家から出て随分たってからだ。

 それ以前からつけられていたとは思えない。なぜなら、自分はそういう"能力"だからだ。

 

 宗吾は強能力者(レベル3)だ。能力にはそれなりに自信がある。

 その上、能力者の中でも特に選ばれた存在なのだから、その点には自信を持っていいはずだった。

 

 自分が捕捉されたのは、きっとあのアメリカ人傭兵たちが自分と才波徹兵(さいばてっぺい)の情報を漏らしたからに違いない。

 

 そろそろ見つかる頃合いだと"姐さん"から警告があったと、最後の連絡で徹兵からもそう伝えられていたことだし。

 

 

 ……姐さんは"暗部"の奴らとは戦うなと言っていたが。

 指揮を執ってくれている徹兵は、詩旗から敵の目をそらすために陽動を頼むと言った。

 

 結果的にその必要はなかったように思うけれども。

 自分とてわざわざ危険を犯す真似はしたくないけれども。

 

 

 全速力で姿をくらまそうと逃げているのに、相手はくらいついてくる。

 先ほどから、距離を全然引き離せていない。

 追いかけっこで振り切るのは厳しそうだ。

 

 

 

 だから、頃合いに違いない。他にどうしようもない。

 

 

 

 両手両足のパワーアシストツールとの接続を確認する。

 端部の各センサーの調子も、インターフェース上は良好だ。

 戦術を頭の中でなんども反芻して、決着をつける場所を選別する。

 

 

 ――あそこだ。あの天井の低い工場にしよう。

 一度通った場所だから、内装はほとんど覚えている。

 

 

 宗吾は、目的の場所で追跡者を待ち構えることにした。

 

 

 

 無人の加工工場で、工作機械の森を駆け抜ける。

 追手は計画通り、半ば姿を隠すことを断念したようで、猛スピードでせまってきた。

 人目のない空間という条件を、相手も気に入ったようだ。どうやら決着をつける気でいるらしい。

 

 

 二つの影はしたたかに動き回って、宗吾の逃げ道を誘導した。

 素人は素人だったということなのか、とうとう宗吾は施設のただなかで、挟み撃ちにあってしまった。

 

 

 覚悟していたつもりだが、やはり囲まれた瞬間は、思考が一時、停止してしまった。

 動きを止めたその一瞬をつかれ、頬の真横を、"スマートウェポン"の弾丸らしきものが掠めていった。

 宗吾は凍りついたように、その場で動けなくなった。

 

 心臓はバクバクとなり響き、たまらず彼はゴクリ、と息を飲んだ。

 

 まだ生きている。なんとか無事に、銃撃は威嚇のみに終わった。

 そうでなくては。涙がでそうになるのを必死に我慢した。成功してよかった。

 

 宗吾は両手を挙げて、降参の合図を示していたのだ。

 

 

「ま、待ってくれ。プロ相手にどうにかなるとは思ってない。頼む、抵抗はしねえ」

 

 

 無抵抗を装って掲げた義肢の腕には、カメラが内臓されている。

 そのレンズは――背後の光景を脳裏に繋ぐ。

 

 男たちは宗吾の真後ろから近づいてきた。

 やはり二人だ。他に仲間はいない。

 やれる! 二人なら、やってやる!!

 

 

 男たちは殺傷から無力化への選択肢を取って、武装を交換しようとしたのだろう。

 

 見たこともないほど多機能的(高価そう)なアーマーを着込んだ彼らの両手が、その瞬間だけスマートウェポンへと伸びた。

 

 

 宗吾はその隙を突くことに、全霊を懸けた。

 

 彼の能力、Lv3の"分割移動(バイロケート)"が発動した。

 

 

 

 宗吾はパワーアシストシューズのグリップ力と馬力任せに、驚異的な速度で身体を翻した。

 ほとんど同時にスマートウェポンの発砲音が聞こえたが――――それらは全て、自分から的外れの方角へ飛んでいった。

 

 突如、何もない空間から現れた(・・・・・・・・・・・)4本のロボティック・テンタクル・アームが、それぞれの男たちの腕と銃口をがっちりと掴み込み、その自由を奪っていたのだから。

 

 "分割移動(バイロケート)"。

 その名の通り、"空間移動系"の能力である。

 能力者の身体の一部を、それぞれ任意の場所に"分割"して"移動"させることができる。

 

 宗吾自身のイメージはこうなっている。

 空間に自分の好きなように2点のワープリングを創り出し、そこに自分の四肢を突っ込む。

 片方のリングに勢いよくパンチを突っ込めば、もう片方のリングから、そっくりそのまま自分の腕が飛び出していく。そんなイメージだ。

 

 

 強能力の評価を授かるだけあってそこそこ便利だったのだが、大きな問題点があった。

 "四肢"といった通り、空間移動させられるのは自分の身体の一部だけだったのだ。

 

 体の一部を、体から離れたところへ飛ばす。危険でないはずがなかった。

 

 宗吾は一年前に、能力を暴走させて四肢を失った。絶望せずにはいられなかった。

 "分割移動(バイロケート)"は自分の身体の一部しか転移させられない。

 だから四肢を失うということは、生身の身体のみならず、唯一の価値だと思っていた自分の能力(スキル)さえ失うということを意味していたのだ。

 

 

 ――だが、神は彼を見捨ててはいなかった。

 捨て鉢になった宗吾が最新の義体技術の被験者となって、あらたな肉体を得た、その時。

 

 "分割移動(宗吾の脳みそ)"は、その機械の身体を正当な肉体だと認めてくれたのだ。

 

 そしてさらに、宗吾は知った。

 新たなる出会いは、新しい出会いを呼ぶことを。今では、怪我をしたことは結果的に無駄ではなかったとさえ思えるのだ。

 "あの人"に、"姐さん"に、自分の人生を変えてくれる人に、出会うことができたから。

 

 

 

 だから、やれる!

 

 

 機械の肉体を得た今の自分には、"蛸"(オクトパス)のように"8本の手足"がある。

 パワーアシストグローブ一対。パワーアシストシューズ一対。そして、ロボティック・テンタクル・アームが手足で2対。

 

 

 テンタクル・アーム4本で、"後ろの2人"は完全に体勢を崩している。

 それぞれのアームにも、ウェアラブルカメラが内臓されていて、宗吾は自由自在に景色を視れる。

 

 そして彼には、未だ自由に動かせるパワーアシストツール(グローブとシューズ)の肉体がある。

 

 宗吾は振り返りつつ、思い切り足を踏み切って、力の限りにストレートパンチを振りかぶった。

 いかにパワーアシストツールを使った一撃とはいえ、あの最新式のアーマーには歯が立たないだろう。

 

 ……だが。

 "分割移動(バイロケート)"は絶対防御の盾を、いともたやすく貫通させる。

 

 機械の拳はアーマーを通り抜けて、やわらかい相手の胸部へと突き刺さった。

 衝撃で男はくの字にのけ反った。肉に拳がめり込んでいく感覚は、宗吾の背筋を凍らせたが――――彼はもう止まれなかった。

 

 間髪入れず、パワーアシストシューズに命令を送る。

 次の瞬間。

 人間の命をやすやすと奪えそうなアシストされた脚力が、なんのクッションも挟むことなく、もう一人の男の胸元へ炸裂した。

 けりを受けた男はやはり、凶悪な運動量を受けて吹き飛び、工作機械へ音を立ててぶつかった。

 

 

 

「はっ、はああっ、はあふ、ふう。クソ、クソッ、ううう。うううッ」

 

 宗吾は倒れ伏した男2人を見て、猛烈な後悔に襲われていた。

 

 なぜなら――――あまりに明確なのだ。

 この機械の手足を使って本気で殴れば、人はあっさりと死ぬだろう。

 

 

 2人とも、もはやピクリとも動いていなかった。

 自分を殺そうとしたんだ。もし失敗していれば、オレは殺されていたんだ!

 殺されていたのはオレの方だ! どうせ暗部の奴らなんだ。殺したってかまうもんか!

 

 

 殴る前は、必死でそう思い込もうとしていたのに。

 

 殴った後は、必死でひとつのことを考えるばかりだった。

 

 今から救急車を呼んで治療して貰えば、すぐ病院へ運べば。

 この人たち助からないかな?

 まだ助かるんじゃないのかな?

 今から助ければこの人たち死なないんじゃないだろうか?

 このままほっといたら死んじゃうんじゃないだろうか?

 

 

 

 

 だが、そんなことすれば、"みんな"が捕まってしまう。

 "姐さん"と約束したんだ。はやくみんなのところに帰らないと……。

 

 

 

 

「詩旗。信じろ、"姐さん"は最強だ。"能力主義(メリト)"の奴らなんて目じゃないだろ? 噂されてないだけで、あの人は"超能力者(レベルファイブ)"なんだ! どんな防御も通用しない!

"姐さん"は最強なんだぜ!」

 

 そこにはいない友達へ話しかけて、宗吾は言い聞かせるように繰り返した。

 そうして、まだかろうじて息のあった男たちへ背を向けて、彼は駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 給湯室のドアを開けた景朗を気分よく歓迎してくれたのは、トタタタタタタッ、という軽量級の足音だった。

 

「ウルフマン、あった?!」

 

「いや、無かった」

 

「……そうなの」

 

 期待を弾ませて出迎えてくれたオペレーターさんだったが、否定の返事にすぐさま顔を曇らせてしまった。

 

「もう勘弁してくれよ。"警備員"の証拠品保管庫に無いとすれば、あとは……ん? ……あ、ああああ、おいおいおい、それ掴んでちゃ駄目だったんだぞッ?」

 

 静かにうつむいていた少女は、さきほどから両手で"小さな何か"をむんず、と掴んだまま、尚も逃げられない様にムギュッ、と握りしめていた。

 問題は、その手の中の"小さな何か"が、ジタバタと暴れていることだった。

 

「……この虫のこと?」

 

 もぞもぞと動き、小さな手の中からやっと顔だけぴょこりと這い出してきたのは、景朗が"アクティブセンサー"として残しておいた"羽虫"くんその()だった。

 

「それなぁ、お前さんに何かあった時に、俺に危険を知らせてくれるように置いといたんだから」

 

 

 高度な神経回路を持つ動物、たとえば人間などに対して景朗の能力は、直接的には痛覚に干渉して痛みを和らげたりできるかどうか、といった低レベル級の現象しか導出できない。

 だが、対象が己の細胞をその身に刻むこのくらいの小ささの虫けらともなると、それなりに話が違って来る。

 

 景朗が用意した"羽虫くん"は、ダーリヤ以外の人間の存在を感知した瞬間、景朗の元まで全速力で帰ってくる。

 もっとも、いつでも使える様に新鮮な虫の"卵"を体内に保管しておくのは、それなり以上に抵抗感があったが……むちゃくちゃ便利なので、景朗曰く『慣らした』らしい。

 

 ともあれ、ダーリヤが捕獲しているその虫は、機械類のセンサーと合わせて、二重にも三重にも張り巡らせておいたセキュリティの要の存在だったのだ。

 

 

「ねえ何この虫? こんな虫見たことないっ!」

 

「んーと、それは、学園都市が開発した新種」

 

(ほんとは嘘だけど)

 

「なにそれほんと!? 賢いのね……」

 

「一応大丈夫なはずだけど、刺されたりしてないだろうな?」

 

「んーん、けっこう力強いわねこの虫」

 

 オペレーターさんは虫の顔を間近でガン見している。

 人によってはそれだけで"アウト"なスズメバチにも似たフォルムに、さらにその上からヒールレスラーが使う凶悪なマスクを被せたような、相当"悪魔的"な顔つきをしているであろう羽虫くんに、まるで物怖じしていない。

 

「……きみ、そういうの(・・・・・)平気な子なのね……」

 

 彼女の年頃だと既に"虫"と名のつく外見の生物は苦手としていそうだが、まったくそういうことはないらしい。

 

(みんな小さいうちは割と平気なんだけどな。小学校高学年くらいになるともう……手纏ちゃんとか卒倒しそうだ)

 

 こんな事で判断するのは間違っているだろうが、オペレーターさんはその外見と育ちに違わず"個性的な性格"をしているような、そんな気がしてならない。

 

 

「はぁ。さあほら、いい加減離してやってくれ」

 

 彼女はもう飽きていたのか、言われたそのままに"彼"を解放してくれた。

 

 ブブブブ、と宿主のニオイにつられて飛んで来たところを捕まえて、景朗はあきれ交じりに口を開かずにはいられなかった。

 

「羽がよれよれだ……まさか俺が帰って来るまでずっとイジってたんじゃないだろうな?」

 

 だが、景朗も景朗で、負けてはいなかった。

 そう言った後で、弱弱しくなった羽虫くんを、なんと――――パクリと口に放った。

 そして――――バリバリ、もぐもぐ、ゴクリ、と。一飲みにしてしまった。

 

「あっ……!」

 

 オペレーターさんはぷるぷると震え、『むしさん……』と呆然とつぶやいて。

 

「……おいしい?」

 

 興味津々な顔で、そう言った。

 

 

 

 

「ぷっ。はははっ!」

 

 一連のやり取りで気が抜けたのか、景朗は安心したように笑ってしまった。

 

 心配していたよりも、ダーリヤは落ち込んではいない。

 

 

 

 

 

 たった今、景朗は第七学区の"警備員"の証拠品保管庫へ、ダーリヤの帽子を探しに潜入してきたところだった。

 

 思い出したように『マーマのロシア帽を探してくれ』と言い出したダーリヤは、そこから一歩も引かなかった。

 

 

 子供とはいえ、彼女は"オペレーターさん"である。それほどまでに固執する帽子には何か事件に関連する秘密があるのかと、景朗はそこで改めて尋ねてみた。

 

 

 ダーリヤの答えは、NOだった。

 

 必死に懇願する彼女の話を聞くと、彼女の言う"マーマ"が大事にしていた"形見"であり、当人にとってはこれ以上無く大事な代物だった、ということに過ぎなかった。

 

 

 それでも、ダーリヤはしつこかった。なにしろ"形見"であるのだから。

 

 しかし、景朗にとってはもちろん違う。

 個人的な執着以上の価値はないと、当人が断言した以上、リスクを犯す必要はない。

 

 どう考えても、探してやる必要はない。

 

 ところが、自分でそう結論を出したにもかかわらず、景朗は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、意外と元気そうだな。今の見ておなかへったか?」

 

「うん。おなかすいたわ」

 

「ほんとかよ」

 

 たった今、目の前で昆虫食を披露してみせたばかりで、我ながら意地悪な質問だったと思ったものの、ダーリヤの返事は快活だった。

 

「あのさ、オペレーターさん、その恰好で気持ち悪くないの?」

 

「"ウルフマン"、さあはやくいきましょう」

 

 シャワーをあびろ、とまた言い出されるのが嫌なのか、オペレーターさんはいそいそと靴を履いて、手早くドアを開けてしまった。

 なんだか、イメージしていた"オペレーターさん"像と全然違う。

 

「おーけー、前向きに考えるよ。オペレーターさんがどこに居ても俺には(そのおしっこのニオイで)すぐわかるってね」

 

 ビルの間取りは一度見ただけで覚えてしまっていたらしい。

 オペレーターさんはパタパタと軽快に、景朗を先導して歩いていく。

 

「でも、どこで食べるの、ウルフマン?」

 

 彼女のいう事ももっともだ。八月の終わりとはいえ、この時期にここまで陽が落ちて暗くなっている以上、完全下校時刻は確実に過ぎている。

 まともな学区なら、飲食店もそのほとんどが店を閉めている頃合いだ。

 

「それな。いい考えがあるんやでー!」

 

「やで?」

 

「あっうっ、ごほん。オペレーターさん。オペレーターさんを襲ったヤツラは俺に邪魔されて、すんげー苛立ってるよな。ヤツラにもスケジュールってものはあるだろうし、取り返すならできるだけ早い方がいいと思ってるはず」

 

「そうね」

 

 『だからなに? さっさと要件を言って』と、自分を振り向いた九歳時にさげすんだ目を向けられ、高校生にくすぶっていた最後の罪悪感は、ぷつりと消えてしまったようだ。

 

「そいつらをおびき出すなら、今からの時間(次の朝日が昇るまで)は絶交のタイミングだろ。だからちょっとだけリスクを犯して飯を食うことにするから。んで、待ち伏せにうってつけの場所があるんで、そこにいく。"屋台尖塔"ってとこ。知ってる?」

 

「知らない。ん、ちがう、やっぱり聞いたことはあるわ。駐車場のところね?」

 

「そうそう、でっかい立体駐車場。学園都市中の物好きが集まって色んな屋台を開いてる場所さ。場所は割と近いぜ、第十学区にあるからな。んで、ちょうど今は夏休み最終日だからデカい"フードファイト"の大会が開かれてんだけど」

 

「今からそこに行くの?」

 

「おう。好きなの食べていいぜ。けど、できるだけ俺の目にとまる範囲に居てくれよ?」

 

「ふうん。そこはそんなに広いの?」

 

「ま、行けばわかるさ」

 

 

 

 景朗が口にした"フードファイト"とは、彼が垣根帝督と戦い、その後仄暗火澄と喧嘩別れをした際に、飛び入りで乱入して勝利をかっさらった大会のことである。

 "屋台尖塔"で定期的に開かれている賭け試合でもあり、スポンサーや客層の質、第十学区のど真ん中という立地も相まって、裏では大金が動く、その実危険な代物であった。

 その運営に関しては、マフィアの様に潤沢な資金を得たスキルアウトのグループ、企業群、果ては"理事会"までもがからんでいる、との噂もある。

 

 その真偽は定かではないが、"フードファイト"関連団体が凶悪なほどの資金力を持っているのは確かだった。

 大会が開かれる期間は"屋台尖塔"内部に万全の安全対策が敷かれ、プロの傭兵や警備会社が神経を尖らせて警備に当たるようになる。

 

 "どこか(暗部)"でみたような顔ぶれと遭遇する可能性すら、あるかもしれない。

 

 景朗が"うってつけの場所"と呼んだのは、まさにそれが理由だった。

 

 "フードファイト"期間中の"屋台尖塔"は、"第十学区"のみならず、"学園都市"においても有数のセキュリティを備えた"試合会場(レストラン)"へと化けるのである。

 

 

 オペレーターさんを攫いに来られるのなら、是非来てほしい。

 その方が楽ちんに違いない。

 景朗はむしろそう思っているほどだ。

 

 

 

 

 話をしているうちに、景朗とダーリヤはビルの1階裏口正面への階段を降り切ってしまった。

 

「じゃあ、オペレーターさん。ちょっと俺の顔(こっち)を見て?」

 

「変わってる。……わぁ」

 

 景朗の顔を見上げたはずが、そこで別人の男を見つけて、ダーリヤは感嘆の言葉を漏らす。

 新しい顔を作り上げた景朗は、満足げにニヤッと笑った。

 

「この顔の俺を呼ぶときは、"ウルフマン"じゃなくて"餓狼(がろう)"って呼んで。いいな? 絶対だぞ、ウルフマンって言うなよ?」

 

「はいはい。じゃあウルフマンもわたしのことダーシャって呼んで?」

 

「……そっこー間違ってますよ」

 

「あっ!」

 

「はぁ……うーん。オペレーターさんも少しは顔を隠さないとなぁ」

 

 やれやれ、と息をついて、景朗はすくっと立ち上がった。

 

「ねえガロー、わたしのことはダーシャって呼んで?」

 

「ダーリヤ、ダーシャ。まあ……いっか。了解、"ダーシャ"。じゃあ、ちょっとそこで待っててくれない?」

 

 そういって、景朗は真横にあった倉庫のドアを開けて、一人で中に入っていこうとしたのだが。

 

「おいまてい。そこにいろよ、こっち見るなって言ってんだ」

 

 すぐ近くでパタパタと少女の靴音が鳴って、油断ならぬ、と注意しなくてはならなかった。

 

「ウルフマンどこ行くの?」

 

 返事の前に、バタン、とドアはしまった。

 ダーリヤは本当に物怖じしない子供らしく、彼女はすぐさま金属製のドアにペタリと耳を押し付け、中の物音に聞き耳を立て始めた。

 

 

『ガロート呼ベー、モガ、ゴキュ、ゴフフッ――』

 

 要領を得ない答えが内側から響き――――。

 

「ガロー、どうしたのよー?」

 

 ものの数十秒で、"餓狼"は右手に何かを携えて倉庫から現れた。

 彼が握っていたのは――――本物と見間違えてしまうほど"非常に精巧"に作られた、"オオカミの被り物の頭部"だった。

 

 

「それなに?」

 

「ほら、これ被って顔を隠せるか?」

 

「これッ、オオカミ! すごい、本物みたい! ……ほんもの?」

 

「んなワケないじゃん。あれ? ダーシャさんもしかして狼嫌いだった?」

 

「ううん好きよ! 大好き! マーマのウシャンカもオオカミの毛皮だったのよ! うわぁー! ……あ……ね、ねえウルフマン」

 

「どうしました?」

 

「なんか"うちがわ"がねとねとしてるわ、なにこれ?」

 

「ああそれ、アルコールアルコール。アルコールで拭いたの。というかガロウね? あんまし間違えないでね? というかそろそろ自分で自分の事『ガロウと呼べ』って強要するのハズかしくなってきたからもう言わせないでほしいの」

 

「うーん……えいっ!」

 

 "ダーシャ"はくんくんと景朗の毛皮の臭いを嗅ぎ、しばらく迷っていたが。

 ややして覚悟を決めて、すぽりと頭から被ってみせた。

 

(小便はガマンできる癖に……)

 

「ガロウ、いいわねこれっ!」

 

 "オオカミの被り物"の大きく開いたアゴの合間から、ダーシャの真っ白な顔がこちらを覗いでいる。なんとも嬉しそうな表情だった。

 

「それじゃあほら、新しい虫さん――どあッ! 触るな! 握るなって! 服に着けといてくれよッ!」

 

 新たな監視役の"羽虫"を渡そうと思ったのだが、予想に反し、ダーシャは力強く――直接"羽虫くん"を握りしめるような軌道で――腕を振り下ろそうとしたので、またもや景朗は注意せざるをえなかった。

 

 今度はおそるおそる、ゆっくりと彼女の頭部に虫を乗っけて、景朗は一言、こういった。

 

「オペレーターさん、俺、正直――――もっと言う事聞いてくれるかと思ってたわ」

 

 げっそりと息をついた景朗は、祈るように少女へ視線を合わせたが……ダーシャはとことんマイペースだった。

 ピカリ、とその琥珀色の眼が光る。新たなアイデアを思いついたようである。

 

「ねえガロー、今度は"ウルフマン"の"毛皮"で新しい帽子を作ってくれないかしら?」

 

「エグいことさらっと言うなぁ……なあ、君のなかで"ウルフマン"ってどういうポジションにいるのん? 聞くのが怖くなってきたよ」

 

 バケモノじみたスタミナを持つLv5の肉体変化能力者といえども、精神に限っては、徹底的に疲れさせることができるのかも。

 こいつは本格的に楽しくなってきそうだなぁ、と。乾いた笑いが景朗の唇から漏れていた。

 

 

 




※この後、景朗とダーリヤは"屋台尖塔"にて彼らの直面する事件とは全く関係のない"とある騒動"に巻き込まれますが、そのお話は番外編 "extraEp05:美味礼賛(ガストロノミー)" にて後日、お伝えします。


一応、全編ギャグにしたい、というか挑戦したい、と思ってまして。
寒くても甘んじて生き恥を受け貫く覚悟です。
投稿は先になると思います。構想だけで書きあがってないですから…



さて。

どあああああ、三か月の遅れ、申し開きできません。
ふぉ、ふぉーるあうと4が……

あとリアルの事情が落ち着くとか言っといて落ち着かなかった!

もう何を行っても信用してもらえねえな! 更新するしかなひ!


ストーリーが進んでないorz
ダイジェスト的でもうおそ松なできになってもいいから
スパッと展開を転がしていかないと、マジで今のままだと……
どうしてできないんだあorz

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