とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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すいませぬ!
活動報告で「もうすぐ次話するよ」なんてウソツキまくりでほんとすみませぬ!

あ、活動報告に新たに、垣根帝督に対する考察、というものを上げさせてもらいます。
今回の話に関連しますので、どうか御目通りを!


episode35:心理定規(メジャーハート)

 

 

 

「うーん、何か忘れてる気がする」

 

 丹生の発言で、24時間営業のうどんチェーン店へ向かう3人の足が止まった。

 といってもダーシャは景朗におんぶされているので実際は2人分だ。

 

「うるふまん、グレネードは?」

 

「おい、そんなもの買う暇なかったよ」

 

「えー、自販機に売ってるのに?」

 

「売ってるわけねえだろ?!」

 

「景朗、グレネードってエナジードリンクのヤツじゃないの?」

 

「そうよ」

 

「……"グレネード"なら何でもいいってそういうこと」

 

 爆発する機動力を貴方に。スプリットザクロ味。フラッシュパイン味。バーニングライチ味。スモーキーキウイ味。シチュエーションごとにタクティカルなチョイスを。

 

「もし武器のグレネードを頼んでたなら、何でもいいって言うわけないじゃない」

 

 悔しさで臍を噛みそうだった。小学校に行ってない小学生に呆れられてしまった。

 

「お、俺はそんなもの必要ないカラダだからさッ」

 

 景朗の疑問は氷解したが、丹生はまだ悩んでいる。

 

「うーん。"そういうの"じゃなくて……もっと別の……あれ~?」

 

 結局、うどん屋に到着して食券を購入し、席についても彼女は首を傾げ続けていた。

 

「エッライ悩んでるじゃん丹生サン。でもまぁ俺も何か引っかかってる気はする。ナァニを忘れてんだろなぁ?」

 

 そう景朗が言い切る前に、脈絡なくケータイが振動していた。

 取り出して確認すれば、メッセージは迎電部隊から。先程別れたばかりの男からだった。

 

「この黄色いカス、いっぱい入れるわ~」

 

 ダーシャは天かすが好物のようで、テーブルに置かれていたタッパーを手に取ってうずうずとフタを開け閉めしている。そいつを掠め取ろうとタイミングを計る丹生の様子には、気づいていないようだ。

 

「ニウ、これ何て言うの?」

「揚げ玉だよ。もしくは天かすとも言う」

「えっ、○んかす?」

「ぐふっ、わぁざと言ってる!?」

 

 目の前の他愛のないやり取りがぶち壊しにならないようにと願いつつ、景朗はケータイに目を通す。

 

「お」

 

 予想に反して、それは朗報以外の何物でもなかった。

 ダーリヤの母親の形見だというロシア帽が、放棄されていた車から無事に見つかったという。

 

「ダーシャ。帽子、見つかったってよ」

 

「え、まじ? ウラーッ!」

 

 ダーリヤは椅子から立ち上がった。

 

「うらー? あはは。良かったっ、良かったじゃんっ!」

 

 丹生も我がことのように喜んでくれている。

 女子2人は童心にかえった様に、キャッチボールをするがごとくテーブルの上でタッパーを激しく交換し合った。行き交うたびに底が擦れてスリスリと音が鳴って、彼女らの興奮を代弁しているみたいだった。

 

「どうする? 取りに行こうか?」

 

「今すぐ取りに来いって言ってるの?」

 

「いや、保管してるから、後日取りに来いって。でも今からでも行ってやるぜ?」

 

 ダーリヤは期待に満ちた目を景朗に向けて、しばし手元をぐるぐる動かして悩んだ。

 

「……じゃあ、後でいい!」

 

 一緒にうどんを食べよう、ということらしい。

 

「そか。あいよ」

 

 少女の言葉には"ウルフマン"に対する全面的な信頼があった。

 彼が取りに行くと言ったのだから、そのまま任せていて大丈夫なのだと。

 態度でそれを示されて、照れ臭くなったのは先に目をそらした景朗の方だろう。

 しかし、逃げるように丹生へと顔を向けたところで、そちらにもまたぞろ鼻をつまみたくなるニヤケ面があった。

 彼は物言わず天かすのタッパーを奪った。フタを開け、テーブルの中央にドンと置く。

 ちょうど、店員の足音と美味しそうな匂いがこちらへ向かっていたのだ。

 

「お待たせしましたー。お先に、カレーうどんのお客さま~?」

 

 ウェイトレスさんの配膳でピシリと丹生の笑みが凍った。

 若干遅れて、景朗も気が付いた。綺麗に忘れていた。

 家に帰ったら丹生の力作カレーが待っているのだった。

 おすまし顔のダーシャは、わたしの注文です、とばかりに手を挙げていた。

 

「あ……でもほら。爆弾が、爆発したんだろ?」

 

「上の階に待機してたのでカレーは無事デス」

 

「あっ。でも、ほらまぁ、とりあえず頼んじゃったものは仕方ないじゃん?」

 

 お願い……丹生……キレないで……。景朗はひっそりと祈った。

 体晶入りの景朗の血を大量に服用した直後だから、彼女は精神的に荒れやすい。

 正直、危うい。

 

 空気を読む気の無いダーリヤは、カレーうどんに天かすをこんもりと盛って手を合わせた。

 

「いただきます……キラッ☆」

 

「クソガキィィィィ! てッめえ絶対に気づいてただろうがあああアアアァァァ!!」

 

「うっさいわニウ! 食事中に暴れないで! オサトが知れるわ!」

 

「どうどうどう、丹生サァンッ、どうどうどう!」

 

 景朗も同意するけれど。

 当てつけるようにカレーうどんを頼んでいた時点で、ダーシャは絶対にカレー生存説に気が付いていただろうけれど。だから間違いなくチビガキはクソガキだと思うんだけれども。

 それでも、クソガキにアイアンクローを仕掛けようとする女子高生を、必死に止めた。

 さすがに場所が場所なので恥ずかしかった。

 

 

 

 

 丹生を付け足した景朗一行が第七学区のマンションに帰宅したときには、すっかり夜も更けていた。丹生の言っていた通り、爆破された部屋は無残な有様だったが、残る下の階の部屋は襲撃者に手を付けられておらず無事だった。

 

 念のため景朗が中に入って安全を確かめ、2人を招き入れた。

 

 そこでタイミングを見計らっていたかのように、丹生が動いた。

 ダーリヤの腕をしっかりつかむと。「ダーシャ、お風呂に入れてくるね!」と宣言。

 機嫌の悪い彼女から何をされるかわかり切っているクソガキは物凄い抵抗を見せたが、結局は無理矢理、バスルームへ連行されていった。

 能力的に水場は丹生の独壇場になるからね……。

 

 

 ギャーギャーと姦しい喧騒が聴こえてくる中で、景朗はそういえば、と毒見も兼ねて無事だったカレーを味見してみた。

 評価は……可もなく、不可もなく。

 ほんとこう、お世辞でこうずばっと強調できる個性も何もなかった。

 ほんっとに強いて言えば、完全なるガキ舌のダーシャには少し辛いかもしれな……。

 

「あ。粉チーズ買ってないや」

 

 どうやって彼女にバレずに買いにいくか、景朗はちょっと悩んだ。

 

 

 

 

 爆破された部屋の清掃等やることは多々あったのだが、とにもかくにも丹生とダーリヤには、必要だと判断すれば、まず休息を取ってもらわねばいけなかった。

 両名の健康状態を今一度チェックし、問題がないことは確かめられたのだが、眠たそうにしているダーリヤは"ウルフマン"にまだまだ言いたいことがあるらしく、素直に眠ってくれそうにない。

 寝ろ、といっても少女が駄々をこね出して興奮しだすのは明らかだったので、反論される前に昏睡させる手際の良さだった。

 

 

 

「丹生、お疲れ様。手伝ってくれてありがと。ほんと助かった」

 

「まぁね」

 

 爆破後の処理なんて、正直自分たちではやっていられない。専門の業者を呼ぶつもりで、その前に最低限の機密情報の片づけをすることにしたのだが。

 なんとも申し訳ないことに、丹生はそこまで手伝ってくれていた。

 彼女にも休んでいてほしかったのだが、思ってもいない力強さを発揮され、作業の合間に、夕暮れの追跡劇について互いに情報共有を済ませてしまったほどである。

 話によれば、カーチェイスのみならず度重なる白兵戦を強いらせてしまったようで、感謝の念が堪えなかった。

 しかし、それをさし置いても、いったい彼女はいつからこんなにタフになったのか。

 キビキビと働き、ダメージも疲労もほとんど蓄積していなさそうで、かなり驚かされている。

 

「お茶飲む? 炭酸?」「お茶。こっち~」

 

 丹生は待ちきれないとぶんぶん手を振ってくる。冷たいペットボトルを放ってあげたが、ダーリヤの眠るソファに腰をおろしていた彼女はキャッチに失敗。ものぐさな素振りで能力を使って、銀色のツタで回収している。

 

「ほんとにありがと。あとはもう好きにしてくれよ」

 

 ひと息に飲み干して、ほふぅぅぅぅ、と心地の良さそうな疲労感を滲ませている。

 

「明日、どうしよう?」

 

 丹生の問い掛け。

 なに気なく放たれたようでいて、今まで貯め込まれたものが解放されたような思い切りの良さもあって。

 対する景朗には二つの迷いがあった。

 丹生はどちらを望むのだろうか。もっと仲間に引き込むか、距離を取るか。

 身近な道義と、離れたところにある道義。

 どちらを選べば、自分はより後悔しなくて済むのか。

 

「……なぁ、明日も時間ある?」

 

「あるよー」

 

「それじゃ、ダーシャと一緒に話を聞いてほしい。頼む」

 

「いいの?」

 

「実のところ、ただ聴いてほしいってだけで、ホントにそれ以外をお願いするわけじゃないんだ。もちろん嫌なら断っていいんだけど?」

 

「それでも聞く……ごめん、もう寝る」

 

 むに、と景朗のドデカTシャツに身をくるんだチビガキのほっぺたを触り、ふああ、とあくびと伸びをして、丹生はそのまま横に寝っ転がった。

 

「そいつぁマジでたすかるよ……。それじゃおやすみ」

 

「んー、かげろうもねー…」

 

 丹生は、景朗が眠りにつかない事を知っているのだろう。

 お休み、とは言われても、寝ないの? という質問はきたことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。第六学区。とある改装中の札が付けられた建物内で。

 

「さて。アイスとホット、どちらで?」

 

「「アイス」」

 

 季節はぴったり九月の半ば。まだお外の天気は暑かったり涼しかったり、のどちらつかずなので仕方ないのだ。

 空調の効いたフロア内で長袖を羽織った2人のゲストを前にして、景朗はそう自分に言い聞かせた。

 ホットと答えたら、景朗が嬉々として珈琲を入れるのに30分もかけるのを2人が熟知しているからではないのだ。決して。

 

「アイスコーヒーも自信作なんだぜ。昨日の夜から仕込んでた"コレ"、コールドブリュー。じゃーん、本格的だろ? このガラス管から一滴一滴冷水を滴下させて……」

 

「ニウ! これどうやってやるの?」

「ダーツかぁ。あー、これ電源入ってないじゃん。景朗、電源入れてよー」

 

 

 景朗たちの居る第六学区はアミューズメント店がしのぎを削り合う歓楽街だ。競争が激しいとなれば、当然負けて潰れる店舗も人知れず存在するわけで。

 飲食とアミューズメントを融合させ、両者の需要を満たそうとして見事にどちらも中途半端になり、あっというまに客に見限られた。

 どこにでも転がっているような顛末だが、それがこの物件が人材派遣の手元に転がり込んできた正味の理由である。

 しかして、からくり屋敷と化した飲食店はちょうどよい広さと複雑さを兼ね備えていた。もとから各階を隔てずに高さを生かしたアミューズメントが入っていたので、忍者屋敷化させるのに都合がよく、景朗が思い描いていた秘密基地を体現するのにもってこいだった。

 

 男子たるもの、秘密基地作りはいくつになっても熱中するものだ。景朗の熱意はいつしか人財派遣をも巻き込んで、4階建てのビルをサイバーパンクRPGにでてくるマフィアの居城のような有様に変貌させていた。

 監視カメラ。パニックルーム兼司令室。隠しドア。隠しエレベータ。電気トラップ。ガストラップ。落下トラップ。隠し爆弾。喫茶&BARキッチン。テキトウに残したアミューズメント。

 

 キッチン類はお金をかけて造られていたのでそのまま残した。2階にはBARカウンターもあったのでそちらもだ。密かに喫茶店にあこがれていた景朗はサイフォンやエスプレッソ機材もそろえ、試しに人財派遣に一杯ごちそうしてやったくらいである。

 

 「今までで飲んだ中で一番うまい珈琲ッス」「まじ?カオ引きつってるけど」「苦いのはもともと苦手なんスよ」「そっか!(来る前に車の中で缶コーヒー飲んでたの見えてたけど)そんじゃあ喫茶店開業しちゃおうかな、ほら、表のカオと裏のカ」「あソレ絶対やめてください」

 

 景朗はそこですんなりと引き下がった。実を言うと気持ち的には物凄くやりたい。やりたくてしかたがなかった。しびれる一杯を出す喫茶店のマスターとして裏世界の情報を集めるのだ。

 ただ、超能力者としての第六感が悲惨な結果を招くから止めとけと大げさなくらい言っていた。便利な能力だった。

 物理的に舌がしびれる一杯を出すつもりか、と人材派遣は言いたそうだった。

 

 閑話休題。景朗の珈琲から逃げ回る丹生とダーリヤの姿に傷ついたように唇を尖らせると、彼は諦めたように手をパンパンと叩いて、合図を送った。

 

「FiveOver_Phoenix!」

 

 建物に設置したギミックに音声が認識され、ガコン、と遠くの部屋でハッチの開閉音がした。次にゴロゴロゴロ…という移動音。

 ついには回転するタイヤのような物体が、ダーツゲームの前でガヤガヤ騒いでいた2人の目の前に飛び出した。

 

「なにこれ?」「ファイブオーバー!? 景朗これって、これが前に言ってたヤツ?」

 

 真っ黒な、人のヘソの高さくらいもある大きなタイヤ。そう思わせるシルエットが、しなやか且つ機械的な動きで展開し、ムカデのような形状へと変化した。

 

 正式名『FiveOver_Modelcase"PHOENIX"』

 

 そのフォルムは"カギムシ"という生物がモデルのようだ。英名ベルベットワーム。

 カタツムリのような2本の触覚を有する、ムカデほどトゲトゲしくない短く可愛い脚。

 どこかゆるキャラ染みた鋭角に欠けたデザインの生物である。

 

 FiveOver_PHOENIXは、救急医療用の機材である。

 頑丈かつ柔らかみのある高分子樹脂製の皮と、疑似的に神経と骨格の役割も兼ねるファイバーの塊が中には走っていて、負傷者の元へと自立行動し、その身体ごと包み込んで治療をする。その機体内には輸血や麻酔等を兼ねた医療用ナノマシンやら分子モーターやらが黒いオイル状になってたっぷりと詰まっている。

 たとえ手足がもげて致命傷を負った人物でも、カギムシくんがまるで外骨格と外皮を為すように広がってくっ付いてくれるため、瞬く間にその場で戦闘が続行可能となるのだ。

 

「そだよー。ファイブオーバー。ダーシャが怪我したとき焦ったからさ、貰って来た。俺が居ない時に怪我してもコイツがいれば安心だからさ」

 

「おおおおおお、カギムシ? カギムシが動いてるわ、でっかい!」

 

 お、お、こいつか? とピコピコ触覚を動かすカギムシ君はダーリヤに興味津々のようである。

 それもそのはず。FiveOverPHOENIXにはダーリヤのゲノム情報を既にユーザー登録してある。普段はセキュリティも兼ねてチビガキに随伴させるつもりなのだ。攻撃性能は毒や酸性液を吹きだす程度だが、防御性能は一級品である。

 

 

「そうそう、その調子でどんどん話かけて音声認識できるようにデータ取らせてやって。その子はダーシャが飼い主だからな。暇なときは相手してやってねい……ぐびっ」

 

 カウンターの上で放置プレイを喰らっていたアイスコーヒーをちびちびやりつつ、景朗は片手間にアイスココアを作りだした。これなら2人も飲むだろう。

 

「どうしたのよ、これっ!?」

「プロトタイプを貰って来たんだよ。安心して、きっちり初期化させてあるから。まだ量産はされてないと思うんだけど、どうだかわかんないな。わざわざ自立行動させる必要もないからデチューンさせる、みたいなこと言われてるらしいし」

「コレのテキストないのウルフマンッ?」

「んー。はいこれ」

 

 タブレット内のアプリを起動させてからカウンターを滑らすと、端っこでダーリヤがキャッチした。

 丹生はひととおり見て満足したのか、近づいてきて椅子に腰かけ、ココアを受け取って口を付けた。

 

「景朗、あれアタシにはあんまり反応しないんだけど?」

 

「あーその、丹生の情報はまだ登録してないからさ」

 

「むぅ」

 

 私だけ仲間はずれなの、とでも言いたげな目線が苦しい。

 

「いやほら、なんでかっていうと、敵に鹵獲された場合を考えたらさ。個人情報が根こそぎ取られちまうだろ? だからお前さんの意志に任せようと思って」

 

「……じゃあ後で登録する。いいよね?」

 

「もちろん。さ、そろそろ本題に入るかー」

 

  某名作SFでの宇宙人とのやりとりのごとく、1人と1匹は指と触覚をツンツン…と触れ合わせている。見事にFiveOver_PHOENIXに首ったけのダーリヤへと呼びかけて、景朗はカラカラと大型のホワイトボードを引っ張り出した。アルコール性のマーカーペンもじゃらじゃらと用意する。原始的だが使いやすくて景朗は気に入っている。

 

「さてと。今日集まってもらったのはな、これからの活動方針について説明を聞いてほしかったからです」

 

「めんどくさいわ。後でまとめたヤツ読むから今はいい」

 

 ビヤヤッ、とカギムシ君が黒いオイルを吹きだした。テストプレイに夢中のダーリヤの首根っこを掴んで椅子に運んで、景朗は笑顔で怒りを表現した。

 

「いいか、ダーシャ。俺のチームに移籍したからにはお前はエンプロイー。そして俺がエンプロイヤーだ。おまいもきっちりディベートに参加してアイデアだして練り上げるんだよ! てか、お前の発想力に期待してんだからな? いわばビジネス上のパートナーなんだよ、当然だろ。だからお前の体長管理もゆるぎなくさせて貰うし?」

 

「横暴だわ。給料の5%はキャンディで支払って!」

 

「はいはい! アタシは何、何ッ!?」

 

「オブザーバーとかでどう?」

 

「ヒュザッケンナ! ニウなんて何で仲間に入れる必要があるのよ?」

 

 一般の従業員より、オブザーバーの方が地位は高そうである。気に食わない、とダーリヤは猛烈に反発しだした。

 

「なんだとクソガキ!」

 

 ふぎゃー! と激昂する丹生。それも仕方ない。ダーリヤ奪還のときは丹生だって汗と血を流していたのだし。

 

「ちょっ、まて、まて、まてよ、今さらそれは言うなよダーシャさん。丹生さん、お前さんを助けるためにめっちゃ頑張ってたよ?」

 

「でもニウのことだからこの先アホなうっかりして足引っ張ってくるに決まってるわ。だからウルフマンはカギムシに丹生のこと登録してなかったんでしょ?」

 

「ち、ちがうぞ。それはちがうぞ!」

 

 無論、景朗は縋るような丹生に向かって精一杯違うぞとアピールをする。

 

「じゃあなんでニウを入れるの? メリットは?」

 

「それは……信用できるのは丹生しかいなだろ」

 

「信用できるのと能力・適正は別でしょ。はっきりと理由を説明してほしいわ。ぶぅ、なんで?」

 

 正論で問いただしてくるダーリヤに、そうだそうだ言ってやれとこぶしを握りしめる丹生。

 2人の注目が景朗に集まった瞬間だった。

 

「…………"なんで"とか言うなッ」

 

 コラッ! と聞き分けのない子を叱るように怒って誤魔化そうとした景朗だったが、丹生には全然通用しなかったようだ。

 

「うわああああああああああ!? ちゃんと言い返してよおおおおおおおおおおおおおっ!? ばかげろうぅぅっ!! ばかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「やめっ、やめて、マーカー投げないで」

 

 ペンを投げつけてくる丹生に、うまくフォローできなかった景朗は申し訳なくてたじたじである。

 

「だいたい、アタシうっかりキャラにされてるけど、今までそんな大ポカやらかしたことなんてないもん! それを言ったら景朗の方が毎回ポカミスやらかした回数多いジャン!」

 

「はあ!? 俺?! 聞き捨てなら……あっ……いやそんなことねえよ!」

 

「ヒンニウ! ウルフマンはそれでいいのよ、うっさい! 他にもニウ、ウルフマンに嘘ついてるのよ、ブラジャーはCカップだけどホントは「うわあああああああっ! おらあああーっ!!!」

 

 ヒンニウ発言でついに手が伸びそうになる丹生。応戦する気マンマンでFiveOver_PHOENIXをさっそく盾にしようとするダーリヤ。

 こんなしょうもないことで能力なんて使いたくなかったけれど、それはワガママであろう。

 景朗はズニュウウ、と両腕を伸ばして2人の間に割り込ませ、力強く引き離す。

 

「待たれええい、待って待てストップ! 話がそれてるっ。だいたい俺、まだ何を話し合うかすら言えてねえからさぁ」

 

「景朗、ダーシャの言ってることは」「ダイジョウブだ! 知ってた!」「ふゃっ!? ちがうんだってばぁ!」

 

「ダイジョウブだ! ささ、席について!」「ニウはうそつき」「ぐぬぬ」

 

 景朗の顔を立てるということなのか、2人はむすっとしながらも席に着いた。

 

「ダーシャ。肝心なのは丹生は嘘が上手じゃないってことだ。裏切られることはないのです。お互いに苦手な分野は助けあうの!」

 

 くちびるを尖らせるダーシャに対して、今回の雪辱はいつか果たすと顔に書いてある丹生。

 女の子が1人増えただけで諍いがここまで増えるとは、と心の中でため息を吐く景朗。

 しかして、事態は少し沈静化した。

 

「ウルフマン。チーム名は?」

 

「え?」

 

「ウルフマン、ずっとこれからの"方向"とか"活動"って言って言いにくそうにしてるわ。いっそ何て呼ぶか決めてしまえばいいのよ」

 

「確かにそうかもねぇ。日常会話にでてきて不自然じゃないくらいの」

 

「"ビジネス"は?」

 

「え? いやだからそれをこれから」

 

「違うわ。チーム名"ビジネス"よ。ワタシたちの関係や、これからの活動ってビジネスのお話なんでしょう? だったらもう"ビジネス"って呼ぶわ」

 

「そう、ねぇ。いいんじゃない、話してて不可解に思われないし」

 

 答えに窮する景朗としては、少し嫌気が差すネーミングだった。今まで所属して来た組織名に似通い過ぎている。もっと暗部っぽさが無い方が良かったのだが……ただ、女子2人はもうソレでいいんじゃないの、とその点をほとんど気にとめていない。そればかりか、2人の意見が珍しく合致している。

 仕方がない。ここは多数決に従うか、と景朗は軽く息を吸い直した。

 

「じゃあ、"ビジネス"の話をしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景朗は現在、アレイスター、木原幻生、垣根帝督、食蜂操祈に弱みを握られている。

 食蜂操祈とは折り合いが付けられているし、彼女が言った通り、その気になれば暗殺も可能である。

 

 木原幻生とアレイスターには残念ながらほぼ完璧な服従を強いられているが、幻生は景朗の能力に執着しているがゆえに、丹生の問題が片付けばある程度交渉が可能となるだろう。

 

 問題はアレイスターと垣根帝督である。

 

 はっきり断言しよう。景朗はアレイスターを恐れている。その頂点を極めた政治力のみならず、彼自身の持つ得体のしれない超新星級の戦闘能力を、である。

 景朗は身を持って知っている。アレイスターには、"悪魔憑き"など必要ない。

 その気になれば、あの怪物が殺せない人物など、この街に、いやこの世界を含めて、ただの一人も存在しないのではないか?

 

 そんな化物が何故景朗を囲い続けるのか、その理由がさっぱり理解できない。

 

 単純に能力が便利なだけでこき使い続けられているのであれば、不要になった瞬間、少なからず機密を握る景朗はその場でトカゲのしっぽきりのように処分される。

 

 そして仮に、何らかの特別な実験や計画で景朗を利用しているのだとすれば、その目的が終わった瞬間にも、同じく安全のために景朗を処分するだろう。

 

 

 

 最後に残るは、"第二位"垣根帝督。

 どうして垣根は景朗を脅迫してこないのか。一度は景朗と火澄&手纏コンビを襲った彼が、何故こちらを放置しておいてくれているのか。

 いよいよそのことについて触れなければならない。

 

 

 聖マリア園の人質たちと一緒に景朗がアレイスターの支配から脱するためには、過度な危険を伴うが、今のところ2つの手段が考えられる。

 一つ目は、アレイスターの弱みを握り、景朗たち全員の安全を買うこと。学園都市内部の反アレイスター組織と協力する必要がある。

 二つ目は、アレイスターを学園都市から排除すること。学園都市内部の反アレイスター組織のみならず、外部の敵対勢力の協力も必要になるだろう。

 

 

 はっきり言って、1つ目の案すら実現性が見えてこないが、2つ目など輪をかけて非現実的である。

 さしあたって、景朗が狙うは、1つ目の案。アレイスターの弱みを握る事である。

 アレイスターの弱みを探す行為。それはすなはち、反アレイスター活動そのものとなる。

 最上級の危険を伴う行為だ。なぜなら、猟犬部隊や迎電部隊のその任務の多くが、彼の秘密を暴こうとする背信者の抹殺だからである。

 

 

 

 ひとまず。アレイスターの弱みを探るために、ダーリヤにやってほしいことが2つある。

 

 ひとつは、景朗の過去を徹底的に洗うこと。

 のこるは、景朗に協力してくれる可能性のある味方を探すことだ。

 

 これらは、比較的安全に行えそうだった。

 まず、景朗の過去を徹底的に洗う。御坂美琴に量産型能力者計画があったように。

 景朗にも、もし割り振られた闇の計画があるのならば、そこからアレイスターの狙いを推定することができるかもしれない。

 景朗にははっきりとした確信がある。おそらくこの街の上層部は、街に住むすべての学生の潜在的なレベル限度を既に握っている。それが恐らく素養格付というウワサとなって暗部世界に伝わっているのだ。

 

 一方で、景朗に協力してくれるかもしれない味方。

 これについてはまだ未知数だが。たったひとり、景朗の中に確たる候補者がいる。

 

 そう、それこそが、第二位、垣根帝督なのだ。

 

 垣根はこの街で唯一存在が許された暗部監査組織"スクール"を率いており、先日の彼との邂逅で、垣根自身に反アレイスターの思想がある確信も得られている。

 

 

 景朗は垣根と争う以前から、彼が過去にアレイスターに蜂起した事実を、猟犬部隊の資料で知っていた。

 "第二位"という希少特権で生かされ、アレイスターの独裁状態にある暗部組織の監査という役割を与えられ、反アレイスターの統括理事たちに擁護されていることも。

 

 だが、知識として知っていたからといって、垣根という人物を理解したことにはならない。

 しかしそれも、"空気中を漂うナノマシン"という唯一のアレイスターへの手がかりを、垣根に渡したことで合意が図れた事実が、景朗に確たる希望を抱かせる。

 

 垣根には今でも反アレイスターの意志がある、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな垣根ですら、"窓の無いビル(理事長の御膝元)"には入ったことが無いはずだ。

 あそこに入られる人物は極端に限られている。景朗はその中の貴重な1人なのだ。

 

 さらに恐らく。

 あのビルの中に、街中に漂うのとは比べものにならないくらい大量の"謎のナノマシン"が溢れている事実。

 それを知っているのも、能力(スキル)の特性的に景朗ただ一人である。

 

 ヤツは、あのナノマシンの正体をもう明らかにしただろうか。

 

 

「ダーシャ。ッてなわけで、俺の過去の任務から何か新しい事実が洗えないか、しばらくあたってみてほしい。協力してくれそうな組織への探りも、お前さんなら俺より得意だろうし」

 

「景朗、アタシは?」

 

「丹生には何もしないでほしい」

 

「ええ!?」

 

「この話をしたのは、丹生に対する俺の誠意なんだ。もしかしたら丹生にも被害が及ぶかもしれない。だから真実を知る権利があると思って」

 

「ええー……」

 

「俺とダーシャが突然いなくなるかもしれない。その時に、何も知らなかったじゃああんまりだから」

 

「手伝わせてよ、何か、あるでしょ?」

 

「いや、まあぶっちゃけ、今はないもないってのもホント。だってこれから活動を始めます、って最初の一歩ふみましたよって宣言をしたばかりなんだぜ。本当に困ったことがでてきたらきっと丹生にも相談するよ」

 

「はーい……」

 

 大人しいと思ったら、ちょっと目を離した隙にまたFiveOver_PHOENIXの相手をしているダーリヤにも聞こえる様に、景朗は声をはり上げた。

 

「念を押すけど、この建物以外では"ビジネス"の話はしないように。例のナノマシンが街中にあふれてるからねぇ……」

 

「わかってるわよ。あれ? ウルフマン、どこに行くの?」

 

「ダーシャの帽子を取りに行って来る。そのあとはちょっと人を探すよ。さっき言ったスクールのメンバー。アホみたいなドレスきてた女だよ」

 

「そうだ景朗。ダーシャに、ダーシャが居ない時に景朗がどんなことしてたか、アタシが知る限りのこと教えてあげてていい?」

 

「あ、それは助かる。ダーシャ、ケンカするなよ」

 

「ニウ次第だわ」

「これは命令です」

 

「……」

 

 ニシシ、と笑う丹生に、ダーシャはむくれていた。

 

 秘密基地から出る。第六学区の喧騒はあいかわらずで耳が疲れるが、秋の空気は澄んでいて、太陽は真上から気持ちよく照らしてくる。

 

 

 

 

(前々から考えてたんだ。俺にもチームが欲しいって。でも、信用できる奴なんてどこにもいなかった。だから作れなかったんだ。でも――――ダーシャのおかげで分かった。リスクを冒さなければ信用すら作れない。今まではただ怯えてただけだ)

 

 

 今はどうか? 代償が目の前に来たとき、受け入れられるか?

 

 その答えには、何時だって怖いと返事をするしない。

 

 ヤツの犬という汚名をすすってでも生き延びて、好きなヤツらと一緒にいたかった。

 しかし。

 それじゃあ"雨月景朗"としては、アイツらの記憶の中には残れないんだ。

 

(でも俺はもう、アレイスターの猟犬じゃなあい。今は雨月景朗として生きてる)

 

 

 景朗はすっきりとした表情で伸びをすると、はきはきと歩き出した。が、だんだんとその顔も曇っていく。

 

 問題は、ドレスの女だ。彼女の匂いは完璧に把握している。なんなら彼女のDNA情報だって所持しているのである。

 すぐに見つかればいいのだが。一応、相手もスクールの一員なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「インディアン・ポーカー?」

 

 第一学区の待ち合わせ場所で、見るからに防弾使用の警備員用移送車両に乗せられたかと思えば、出迎えたクリムゾン01はそうそうに「ようこそスライス。俺は蒼月だ」と名乗り、1枚のおもちゃのカードを手渡してきた。

 

「ちょっといいすか? 俺は帽子を取りに来ただけです。このカードは? それにアンタ、クサツキ?」

 

「蒼い月とかいてクサツキだ。帽子なら椅子の下にある」

 

 暗い車内でも景朗には関係がない。それとわかるタックルボックスを引き出して、焦げ茶色のロシア帽を見つけだした。

 ぽんぽんと手のひらの上で跳ねさせる。かすかな音も聞き逃さない。盗聴器や発信機の類はついてはいないようだった。目と耳で分かる範囲内では、の話だが。

 

「用心深いな」

 

 そう言ってニヤける蒼月はバラクラバ(目だし帽)すらつけていない素顔で、油断しているとしか思えない有様だったが、声も臭いも同じなので間違いなくこれまで会ってきた男である。

 

「このオモチャのカードは何? 話さないなら…いや話さなくていいから降ろしてくれ」

 

「正真正銘玩具だよ。夢を見るためのツールだ。芳香成分で特定の"夢"を見ることができる。使い方は匂いを嗅ぎながら寝るだけ。ただし、そのカードに自分で夢を記録させたいとなれば、装置を作る必要がある。だがそれも、金をかければ素人でも作れるシロモノだ。ネットに設計図が流れているからな」

 

「何で俺にこれを?」

 

「手伝ってほしいことがある」

 

「待ってくださいよ。たった帽子いっこでですか?」

 

「帽子一つ? とぼけるなよ。君等が暴れた片付けと口止めその他もろもろ。全部、猟犬部隊に経費を請求したほうがいいか?」

 

「わかりましたよ。さわりだけ教えてください。手伝えるかどうかはその後で。無条件には無理だ」

 

「安心しろ。"専門家"である君の意見が聞きたかっただけだ」

 

 イチイチ気になる良い方をする男である。景朗は何かの"専門家"になった覚えはない。強いて言えば暗殺くらいだが、それを専門家呼ばわりは悲しくなる。

 しかし、暗部の世界ではこれでも冗談としては軽い部類である。仕方がないのかもしれない。

 

「君なんだろう? この"嗅覚センサー"の開発に協力してるのは」

 

 景朗は真っ向から質問には答えず、手にしたカードをペラペラと振って匂いを嗅いだ。

 ややして、返事を待つ蒼月に話をそらすように呟いた。

 

「……そのセンサーは犬より沢山の種類の匂いを判別できる。このカード、見たカンジ"人間用"ですよね。だから当然ですが人に感知できる匂い成分しか使ってないんじゃないかと。なら、そのセンサーで性能は事足りると思いますよ」

 

「それではただの人間でなければ。たとえば能力者、君クラスの能力者なら簡単にこのカードを欺けるのだろうね」

 

 その発言で蒼月が何を疑っているのか、景朗にもなんとなく想像することができた。

 

「このカードを応用して、外部に機密を漏らしている奴等がいる。外部との出入りを行う全ての人間にこのセンサーでチェックをかけ、使用者とおぼしきものには監視を付けているが……インディアン・ポーカーを使う学生が日に日に増えている。これ以上人気に火がつく前に抜本的な捜索方法を見つけ出し、チェックをかけたい」

 

「どんな能力者を探してるんです?」

 

「このリストを君に渡す。疑わしき者がいたら連絡をくれ。他に何かアドバイスがあっても。ああ、忘れていた。君に嗅覚関連の協力を持ちかけて来た企業や研究機関等の情報等も、高値で買わせてもらおう」

 

 迎電部隊にピックアップされた能力者のリスト。それが入った記録用チップを眺めて、景朗は疲れたように息を吐いた。

 

「で、成果を上げられなかったらこの帽子はお返ししなきゃならないと?」

 

「そのつもりはないさ。だが、期待しているよ。リストは慎重に扱ってくれ」

 

「もちろんですよ。それじゃあ、とっとと降ろしてください」

 

 車はものの数秒で停止した。景朗と蒼月の二人は、別れの挨拶を告げることもなかった。

 去っていくトラックを見届けると、景朗は近くの自販機で缶コーヒーを買った。

 ベンチを壊さないよう恐る恐る座り、一息ついて空を仰ぎ見る。

 

(しまったなぁ。あの男に"スクールのあの女"の情報を聞きたかったが、頼みごとをできる状況じゃなかった、クソッ)

 

 ひとまず、第六学区の秘密基地へととんぼ返りすることにした。

 そもそもダーリヤのロシア帽を手にしたまま、当てもなく女を探して街をさまよう訳にもいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウルフマン! ウシャンカ、あああああっypaaaaaaaaaa!」「もう帰って来たの?」

 

「はいそう言うと思ってたよ。もう帰って来ましたよ」

 

 パニックルーム(隠し部屋)兼司令室に入った途端に駆け寄って来たダーリヤには帽子を見せつけ、ニヤつく丹生にそっぽを向いて。

 

 景朗はキッチンから持ってきたアイスコーヒーをグビグビと飲み干した。

 

「良かったじゃん、それが"帽子"?」

「うん。マーマのウシャンカみつかったわ。もうこれしかないもの……今は天国にいるもの……」

 

 感動に打ち震えるダーリヤが、何とはなしに口にした天国という言葉。

 景朗は硬直したが、嬉しそうにぎゅうっと両の手で帽子を握りしめる少女には何も口にできなかった。

 

 たまらずといったようにダーリヤを後ろから抱きしめる丹生にも、少女は頓着していない。普段なら最低でもウザそうな顔を見せつけるように皮肉を放っているところだろうが。

 

 感動の瞬間を邪魔しては悪いと、景朗は黙って見守るつもりだった。のだが、最も早くその空気を切り替えたのはダーリヤ当人だった。

 

「あっ、ウルフマン。ウルフマンのことで、分かったことがいっぱいあったわ」

 

「え? もう?」

 

「アタシも手伝ったけど……やっぱダーシャはすごいね~」

 

 丹生がやっぱプロにはかなわんわー、とたたえる様にダーリヤの頭をナデナデしている。

 ダーリヤはぺしっ、とその手を払うと側に寄って来て、タブレットを見る様に促した。

 

「ウルフマン。このType:GDに見覚えあるんでしょう?」

 

「タイプ・ジーディー?」「タイプ:グレートデーンよ」

 

 ダーリヤが見せてきた画像に写る犬型ロボットには、確かに見覚えがある。

 

 昨年の10月半ば。景朗が"ハッシュ"という暗部組織で、丹生と一緒に働いていた時のこと。

 "パーティ"という傭兵部隊と殺し合ったときに、パワードスーツを着ていた金髪少女が使ってきた犬型兵器だ。

 

「あれ? でも、この写真の犬は口がホースってかダクト状になってるな。俺が見たことあるのは、口に牙が生えたもっと犬っぽいヤツだね」

 

「それ、プロトタイプだわ。量産はされていないヤツ。しかも、ウルフマンたちが戦ったのは去年の10月。量産型のType:GDすらまだ存在すらしていないのに。この"パーティ"の"刈羽万鈴(かりはまりん)"ってオンナ、絶対に"ただの傭兵"なんかじゃないわ。足跡を洗ってみたけど、ろくに素性が追えなかったのよ。ウルフマンに捕まった後、どこかに売られたことしかわからなかった」

 

「"ただの傭兵"じゃない?」

 

「そうよ。この時期にType:GDのプロト版を持ってるなんて。上層部直轄にコネがあるか、そういう組織にもともといたんだと思う。"パーティ"は傭兵を積極的に取り入れていたからカムフラージュに利用して、きっと"ウルフマン(人狼症候)"を調査しにきていたんだわ」

 

「俺を……」

 

 うっすらと疑問に思っていたことが氷解していく。

 去年。"ユニット"、"ハッシュ"、"スキーム"と、暗部組織を転々とした景朗が戦ってきた相手。

 強能力者に大能力者の目白押しである。

 何かがおかしいと思っていた。

 誰かが何かを仕組んでいるのではないかと疑いが晴れなかった。

 だが、そのヒントが目の前に転がっていたとは。しかしこれで、その疑いは確定の物となる。

 

「見つかる可能性は薄いかもしれないけど、"スクール"のオンナを探すついでに、狩羽万鈴も探してみて、ウルフマン」

 

「おう、ありがとうダーシャ。すごいな、モヤモヤしてたのがひとつ晴れたよ。あ……そうだ」

 

 景朗は、つい先ほど迎電部隊の蒼月に依頼された内容をダーリヤたちに説明した。

 少女のちいさな手のひらに、受け取ったデータチップをのせると、信頼の証を受け取ったと言わぬばかりに、ダーリヤはふんふん、と鼻を鳴らした。

 

「蒼月。ヘリの墜落現場にでてきたあいつの名前だよ。あいつに協力すべきかどうかなぁ……"スクール"の女も探したいし」

 

「あー、その事だけど……」

 

 丹生は言いづらそうに、景朗を見つめると、つづいてダーリヤに視線を移した。

 

「ウルフマン、"スパークシグナル"には恩を売っておいた方がいいかもしれないわ」

 

「理由は?」

 

「ウルフマンに協力してくれる組織について、考えていたのだけれど……」

 

 ダーリヤはタブレットを再びイジり、景朗に統括理事・親船最中と景朗が受けて来た任務との関連性を示す資料をつきつけた。

 

「学園都市内部組織で、理事長の政策に一番反対してる理事は、親船最中。だから、この人と協力関係を結べればよかったんだけど……」

 

 

 "ハッシュ"所属時。景朗は量産型能力者計画のプラント工場を警備し、反アレイスター派の送ったパーティを粉砕している。

 

 "スキーム"所属時。景朗はアレイスター派の筆頭プラチナバーグの部下として、親船最中の私兵部隊"ジャンク"を皆殺しにして壊滅させている。

 

 

「ウルフマンは、"パーティ"と"ジャンク"を潰してる。特に"ジャンク"は親船の直轄部隊で、最後の実力行使になってしまったわ。"ジャンク"壊滅の、親船の娘が人質にとられた事件の時期とをすり合わせて考えると、"悪魔憑き"の存在は親船の行動方針変化の引き金にすらなってるのよ」

 

「そりゃあ、俺と手を結べるわけないか」

 

 アレイスターの猟犬。アレイスターの刺客。アレイスターの執行人。

 親船たちを含む学園都市内部の反アレイスター派の一体だれが、景朗の言葉を信じるというのか。むしろ景朗は、彼らのもっとも憎むべき敵の1人なのだ。

 

 そんなことはわかりきっていたとはいえ、景朗は自らが置かれた壊滅的な惨状になんと結論をだせばよいのか、心配そうに顔色を窺う2人に返す言葉が見つからなかった。

 

「ありがと。言いたいことはわかったよ。ありがとう、ダーシャ、丹生。つまり内側では手を結べない。残るは外部の敵対機関。しかし外部と連絡を取りたいとなると、迎電部隊と仲良くならなくちゃ話にならないってことか」

 

「でもワタシも"スクール"には望みがあるとおもうわ」

 

「が、がんばろー、景朗っ」

 

「ホントありがと。そいじゃ、ダーシャ、根を詰めない様にほどほどでいいから、リストのチェックをお願いできる?」

 

「うんっ。まかせてウルフマン!」

 

「景朗」

 

「丹生サンは送ってくから帰ろ?」

 

「ちぇー」

 

 ちぇー、じゃないよ。危ない事はもうさせねえ。景朗は心でそういうと、丹生の背中を急くように押した。

 

 

「バカドレスの女、狩羽万鈴、スパークシグナルの探し人。えらく捜索対象が増えたもんだなぁ、どこから手を付けようか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五学区。"とある施設"内の悪臭に顔をしかめていた紫雲継値は、地下へのエレベーターに到達したことでようやく表情をほころばせた。

 

 コントロールルームに入った彼女が真っ先に目にしたのは、金髪の少女が椅子に倒れ込み意識を失っている姿だった。

 

 近づいて、少女のほっぺたを何度も何度も叩く。10を数える前にして、やっと相手は目を覚ました。

 

「ぅあっ! 誰だッ! だ……紫雲さん。やめてくださいよ……」

 

「"万鈴(まりん)"。"クリスタライン"は?」

 

「下で"AAA"のメンテしてると思いますよ」

 

「そう」

 

 紫雲が部屋から出ていく前に、慌てたように狩羽万鈴は叫んだ。

 

「私、今日、もう上がりますから!」

 

 返事は無かったが、仕方がないとため息をついて、狩羽万鈴は壁にかかっていた変装用のマスクとコートに、取り出した鬼の様に高価な高性能消臭剤をぶちまけ、続いて自分にも頭からふりかけた。こうしなければ、恐怖でろくに外にも出歩けない。

 

「……糞っ。クソッ。めんどくせえ。あのクソオオカミ。はよ死に腐れ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第六学区は繰り返すが、アミューズメント施設が密集している繁華街である。

 気にも留めていなかったが、そこらの路地をすこし見回ってみただけで、ちらほら件の"インディアンポーカー"を売る露店をいくつか見つけることができた。

 

「い、いらっしゃい、ませ……」

 

 露店のお姉さんのドギツイ白黒二原色のメッシュが入ったヘアカラーも、この街ではまったく珍しくはない。

 

 景朗は、並べられているカードの匂いを一通り嗅いで確かめてみる。やはりどれも、人間の鼻で認識できる匂いしか使われていない。

 

「あの……どうされました、か?」

 

 売り子のお姉さんは全くと言っていいほど接客になれていないようで、不安げに様子をうかがうばかりである。

 

「たとえば、このカード。犬や熊みたいに嗅覚が人間離れした動物にも使えるんでしょうかねぇ」

 

「面白い発想じゃないか。でも、人間にしか使えないだろうね」

 

「なんでですか?」

 

「彼らも人間と同様に夢を見るという研究結果があるのだけれど、結局は高度な知的情報を処理する大脳がないからね。共感覚の膨大なデータベースもないし、人間専用だよ」

 

「じゃあ、嗅覚が犬や熊並になった能力者は?」

 

「それは……それだと、彼ら専用のカードが作れるかもしれないね」

 

「専用って?」

 

「人間が目視できる色素が錯体の数によって限られているように、嗅覚も約400種類という嗅覚受容体によって嗅ぎ分けられる種類が決まっている。たとえば犬は800種類ほどあるらしいから、人間には存在しないその残る400種類の匂いだけを使って、嗅覚超越者同士でのみ使えるカードが作れれば……聞いてるかい?」

 

 お姉さんの話は雷の様に、景朗の脳髄にひらめきを催させる呪文の役割を果たしていた。はっきり言って、景朗はこの場で今すぐにでもお姉さんの連絡先を聞きだし、家にでも押しかけ、根掘り葉掘りその知識を聞きだし、蒼月から受けた依頼に有効活用してやろうと、そんな悪巧みの算段を組み立てている最中だった。

 

 だが、しかし。彼が目線を横に向けると。

 

 薄暗い路地に差し込む通りの光が、一人の女性的なシルエットによって遮られていた。

 

 派手なドレスの少女だった。

 こちらには気づきもせずに、彼女はのこのこ露店までやってきて。

 

「くださいな」

 

 と瀟洒にはにかんだのだった。

 

 

 


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