意:出会い、遭遇、邂逅
「アンツィオで一番美味いミネストローネだよー!」
「ヘイヘイ、そこの兄ちゃん!こんな天気のいい日にゃウチのアランチーニを食べな!元気出るよ~!」
アンツィオ高校学園艦の一角、屋台街を歩いていると、そこかしこから客引きの声と、商品を買い求めるお客の声が聞こえてくる。それに混じって、肉や野菜を炒めたり煮込んだり揚げたりする食欲をそそる音も聞こえる。
明るく声を張り上げて客を呼ぶ屋台主や、美味しい料理を食べて楽しそうなお客とは反対に、私は顔を曇らせ俯きながら歩いていた。
「はぁ・・・」
多種多様の美味しそうな香りが私の鼻腔をくすぐるけれど、私はそんな周りの空気に似つかわしくない重苦しい溜め息を洩らしてしまう。
それは美味しそうな匂いに当てられてお腹が空いたとか、何を食べようか悩んでいるとか、そんな軽い理由で溜め息を吐いたわけじゃない。
むしろその逆。重い理由のせいだ。
先ほどの戦車道の授業の最後に起きた、頭の痛い出来事のせい。
今は戦車道全国高校生大会の真っ最中。1回戦の対マジノ女学院戦に辛くも勝利した私たちアンツィオ高校は、来る2回戦に向けて少ない燃料も惜しまず練習を重ねた。
その2回戦の相手は、大洗女子学園。これまで全国大会に出たことはない、聞いたこともない学校だったが、西住流という戦車道の由緒ある流派の隊長が率いているという。その強さは、四強校の一角であるサンダース大学付属高校を破ったほどだ。
それを踏まえて、
しかし気にするべきところは、その話をした時の隊員たちのことだ。それが私の頭を悩ませている。
あくまで、ドゥーチェの推測でしかない私たちアンツィオ戦車隊の評価を聞いて一喜一憂し。
P40を購入するために3度のおやつを2度に減らしたのに、その理由を忘れて。
そのようやくアンツィオに来た秘密兵器を披露しようと思ったら昼休みに突入して、隊員たちはP40をそっちのけで我先に食堂へと突撃する始末。
その様子を見てドゥーチェは、『自分の気持ちに素直な子が多いところがウチの良いところだ』と締めくくったが、私としては素直過ぎて考えものだと思う。
皆、もうすぐ2回戦、西住流を相手にするということを分かっているのだろうか。
つまり、緊張感がないのだ。こんな体たらくではとても勝つことはできないだろう。
皆に流されることはなく、私は冷静にそう考えていた。
「魚介のリゾットいかがですか~?美味しいですよ~!」
私は、ノリと勢いが名物のこのアンツィオ高校の中では、変わった方だという自覚がある。
クラスの皆からは『落ち着いた感じだよね』『アンツィオっぽくない』『むしろ聖グロにいそう』なんて言われたことが何度もあるし、私自身そうかもとさえ思っている。
はっきり言って、私のこの落ち着いている、冷静な性格はアンツィオの校風には合っていない。
私が元々おどおどした性格で、アンツィオがそういう校風なのも入学する前から分かっていた。
ではどうして、私はここにいるのか。
「美味しいマルゲリータピザだよー!通常350万リラのところ、今ならなんと300万リラ!」
その理由は、私が自分の性格を直したいと思ったからだ。朱に交われば赤くなる、という言葉のように、ここに来れば私の性格も少し明るい方に変えられると思ったから。
でも、実際はそうはならなかった。
自分の性格と、アンツィオに通う皆の性格との間にあるギャップを感じ、2年生になった今でも私はここにいていいのかな、と自問自答する日々が続いている。
さっきの戦車道の時間でも、その自分と皆との考え方の差を目の当たりにして、今は憂鬱な気分になってしまっていた。
また1つ、『はぁ・・・』と溜め息を吐いたところで。
「そこのアンニュイな彼女!ウチのラザニア食べて元気出しなよ!」
ラザニア、という料理の名前を聞いて、私の顔は自然とその声のした方へと向けられる。
見ればそこには、こちらに向かって手を振っている同い年ぐらいの茶髪の男子が。彼が立っているのは、赤と黄色に塗られた鮮やかな色合いの屋台。離れていても、その屋台から漂うミートソースの匂いが私に届く。
私は既に食堂で昼ごはんを済ませてしまったので、はっきり言えば食欲はあまり無い。
でも、ラザニアだ。自分の大好物だ。その名を聞いただけで、その匂いを嗅いだだけで、無性にお腹が空いてくる。
それに、このまま延々と思考の渦に嵌っていては、午後からの授業に身が入らない。
ここはひとつ、自分の好物でも食べて気持ちをリフレッシュしよう。
そう思って私は、茶髪の男子が手を振る屋台へと足を向ける。
「いらっしゃい!」
茶髪の男子が愛想よく笑い、私は迷わず注文する。
「すみません、ラザニア1つください」
「はい、ラザニアね!250万リラ!」
私はポケットに入れてある財布から250円を取り出し、茶髪の男子に渡す。
アンツィオ高校は、なぜか1円=1万リラという認識がある。いつの為替レートなの、と私も最初に聞いた時は驚いたけど、今ではすっかり慣れてしまった。大阪辺りのおばちゃんが200円を200万円と言うのと同じなのかもしれない。
「はい、丁度ね!それじゃ、脇にずれてちょっと待っててね。オーダー、ラザニア1つ!」
「了解」
私が脇にずれて、屋台の調理スペースの前に立つ。すると自然と、その調理スペースでラザニアを作っている、もう1人の男子と向き合うことになった。
その男子は、やはり客引きをしていた男子と同じで、私と同い年ぐらい。白のコックコートを着て、頭にかぶる白いコック帽から黒い髪が覗く。
客引きをしていた茶髪の男子とは反対に、この黒髪の男子はどこか落ち着いているような感じがした。
「・・・・・・」
その男子と、目が少しの間だけ合った。その男子は私のことを見て、少しだけ動きを止めたけど、すぐに視線を逸らす。何か私の顔についていたのだろうか。
だがその男子は、支給されたらしきオーブンに入れて温めてあった、ラザニアの盛られた耐熱皿を取り出す。そして包丁とターナーで丁寧に耐熱皿から切り出して皿に移し、脇の入れ物に挿してあったフォークと共に私に手渡してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
茶髪の男子の明るい声とは違って、私に聞こえるぐらいの大きさの声で告げながら差し出してくるコックコートの男子。
アンツィオでこういう男子を見るのも初めてかなと思いつつ、私は皿の上に載るこんがりと焼き目のつき湯気の立つラザニアを見る。手に取った瞬間から、チーズの匂いが、『ラグー』と呼ばれるミートソースの香りが、仄かに香る赤ワインの芳しさが、私の鼻腔を刺激してくる。
うっかりすると、涎が垂れてきそうになるほど美味しそうだった。
「いただきます」
フォークを手に取って、ラザニアを小さく切り取って口に運ぶ。少し熱かったので、咽てしまいそうになるけれど、どうにか堪える。
そして、口全体にラザニアの味が広がっていくと、私は目を見開いた。
「・・・美味しい!」
チーズは程よくとろけているし、ラグーに含まれている食用の赤ワインがアクセントになっていて、旨味を引き出している。
控えめに言って、すごい美味しい。私好みの味だ。
この屋台街でラザニアを提供している屋台は他にもあって、私はラザニアが好きだからその屋台にもほとんど行っていたつもりだった。
けれど、こんなに美味しいラザニアを食べるのは初めてだった。こんな屋台があるなんて、盲点だった。
「それはよかった」
コックコートを着た男子が、私の感想を聞いて嬉しそうにそう言う。
私は、ラザニアを食べる手と口を止めず、パクパクとラザニアを食べ進めていく。さっきまで考えていた悩み事なんて、今だけは忘れてしまっていた。
早く食べたい、けれどすぐに食べ終えるのも勿体ないというジレンマを抱えながらも、10分ほどでラザニアを食べ終わった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ありがとう」
自分なりに笑顔を浮かべて、美味しいラザニアを食べさせてくれた男子に対してお礼を告げて、皿を差し出す。そして、空になったお皿を受け取った男子は、足下に置いてあるらしきゴミ箱に皿を入れながらこう告げた。
「・・・随分悩んでいたようですけど、笑ってくれてよかったです」
その言葉は、明らかに私に向けられたものだと分かる。
だって、ここのラザニアを食べる前の私は、客引きをしていた茶髪の男子にも分かるぐらいアンニュイで、落ち込んでいるような表情をしていたと自分でも分かっていたのだから。
「・・・やっぱり、そう見えましたか?私が悩んでるって・・・」
恐る恐る聞いてみる。もしかしたら、あんな顔で店の前を歩いていたから気を悪くさせてしまったのかもしれないから。
「なんか、こう・・・俺と似たような感じがしたので」
「え・・・?」
『似たような感じ』という突然の言葉に、思わず私は聞き返す。
「俺も・・・ここに入学してからしばらくの間は、さっきのあなたみたいな顔をしていたみたいでね。自覚はあったけど・・・それで少し気になったんです」
そこで私は、改めてその男子のことを見る。
今彼が着ている服は、他の屋台の人たちが着ているのと同じ白いコックコートだが、その雰囲気はどことなく他とは違う。さっき初めてこの男子のことを見た時や、ラザニアを差し出された時も、落ち着いているように感じた。
周りがノリと勢いという熱気に満ち溢れているのに、私の目の前に立つこの人だけは、静かで落ち着いた雰囲気をしている。
周りと違うのは、まるで今の私のようだ。
「・・・・・・私、悩んでるんです」
親近感というのもあったのかもしれない。私は、初対面のその人に、ぽつぽつと話し出す。
「私の性格が・・・このアンツィオに合ってないんじゃないかって、そんな私がここにいていいのかなって・・・・・・悩んでいるんです」
「・・・・・・そうですか」
その男子は悩む仕草を見せる。
初対面の人からいきなりこんな話を聞かされても迷惑なだけだろう。それに今頃気づいた私は、すぐに謝る。
「あっ、ごめんなさい・・・急に変な話をして・・・」
「いやいや、気にしないでください」
その男子は手を横に振って。
「俺も、同じです」
「?」
続けてその口から出た言葉を聞いて、私は首を傾げる。
「俺も、自分の性格がここの校風とは少し違うなって、悩んでるんですよ。今も」
「・・・・・・」
初めてだった。
まさか、私と同じような境遇の人がいるなんて。
「・・・・・・あの」
この人になら、自分の悩みを、私の心の中にある不安を、話せるかもしれない。
そう思って話しかけようとしたところで、ポケットの中の携帯が電話の着信を告げる。画面を開くと、私が手伝いをしているジェラート屋台の店主からだった。
「もしもし?」
『もしもし?悪いんだけど、ちょっと今すぐ戻ってきてくれるかな?急に忙しくなっちゃって!』
「あ、うん。すぐ行くね」
矢継ぎ早に告げられて、私はすぐに返事をして電話を切ってポケットに戻す。
「ごめんなさい、ちょっと呼び出されちゃって」
「ああ、気にしないでください」
男子は別に気にしていないように、僅かな笑みを浮かべる。
「それでは、また」
私はそれだけ言って、その場を離れてジェラート屋台へと向かう。
けれど、そこまで向かう間、私はさっきのラザニアの屋台の落ち着いた感じの料理人のことを思い浮かべていた。
多分、私はまたあそこへ行くだろう。
だって、このアンツィオに来て初めて出会った、私と同じ境遇の人なのだから。
この繋がりは、切りたくはない。私は素直にそう思っていた。
『カルパッチョが主役のSSって見ないな』
と言う思いから、書き出しました。
何度か推敲はしていますが、
それでもおかしいところはあるかもしれません。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
これからも、よろしくお願いします。