名前を付けてくれた人   作:プロッター

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determinarsi(デテルミナルスィ)[determine]【再帰動詞・代動詞】
意:決意する、決心する、腹をくくる


Determinarsi

 夏休みのある日の夜。今日の宿題のノルマを終えたアルデンテは、寮の自分の部屋で机に向かって座り、1枚のA4プリント用紙をじっと見ていた。

 その紙の表題は、『屋台総選挙の案内』。

 屋台総選挙とは、毎年夏休み期間中の8月頭からおよそ1週間の間、アンツィオの屋台街運営委員会が開催するイベントだ。

 内容は手っ取り早く言えば、屋台街を訪れて食事を楽しんだお客さんに、どの屋台の料理が美味しかったかを投票してもらうというもの。この投票の結果、上位5位になった屋台は学校からの補助金が割り増しとなり、1位に輝いた屋台には『屋台マエストロ』の称号が与えられるらしい。

 『らしい』というのは、この屋台総選挙が毎年開催されている恒例行事ではあるが、去年アルデンテは参加しなかったために詳細を知らないからだ。アルデンテが初めて屋台を開いたのは去年の7月辺りで、この総選挙はそれから1カ月程度しか経っておらず、味について不安な面があったのだ。

 今年もまた、その総選挙の開催が決定した。

 本来であればアルデンテは、こういったイベントにはあまり進んで参加しない。やはりそれは、アルデンテが冷静でいて周りに流されない性格をしているからである。それと、この総選挙の結果は掲示され、これに参加したことで周りとの差を嫌でも数値化されそれを晒されるのが嫌だったからだ。

 このプリントを受け取った時、ペスカトーレは『今年も不参加か?』と聞いてきた。ペスカトーレも屋台を開いた時からずっと客引きをしてくれているため、アルデンテの事情も知っている。

 だが、そう聞かれた時アルデンテは、すぐに『参加しない』とは答えなかった。

 参加するかしないかで、悩んでいるのだ。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 アルデンテが今考えていることは、カルパッチョのことだ。

 アルデンテは、カルパッチョのことが好きだ。友達としてではなく、1人の異性として。それはもう揺るぎはしない。

 そして恋心を抱いた以上は、その想いを告げるのは必然とも言うべき流れである。だから、アルデンテもいつかはカルパッチョに好きだと伝えるつもりだった。

 だが、アルデンテは同時に不安も感じていた。果たして自分のような男が、カルパッチョのような魅力的な人と釣り合うのか、と。

 カルパッチョは、自らのおどおどとした気弱な性格を変えるために厳しいことが分かっていても戦車道を始めて、さらには自分の性格とはまるきり逆の校風であるアンツィオにまでやってきた。そして今では、アンツィオ高校戦車隊の副隊長で、あの統帥(ドゥーチェ)アンチョビの片腕とも言うべき存在だ。この数年でそれだけの成長を重ねてきたカルパッチョのことを、アルデンテは素直に尊敬していた。

 一方でアルデンテは、自分の性格を変えるためにアンツィオに来たと言う点ではカルパッチョに通じているところはあるものの、料理と勉強がそれなりにできるだけで他に秀でたところはない。

 カルパッチョの悩みや不安に耳を傾けて、同じ境遇の者として自分なりのアドバイスをして、さらには彼女に『カルパッチョ』という名前を付けた。それで彼女との距離は縮んだだろうが、それだけでカルパッチョが自分の告白を受け入れてくれるかと言うと、それは無い。

 こんなどこにでもいるような凡庸な自分など、カルパッチョは受け入れてはくれないだろう。今のカルパッチョなど月とすっぽん、どころか比べるのも厚かましい。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 そこでアルデンテは、再び手に持つ『屋台総選挙の案内』の紙を見る。

 この総選挙に参加して首尾よく1位になることができれば、アルデンテに実績がつく。そすれば、カルパッチョに相応しい人に少しでも近づけるかもしれない。カルパッチョが理想とする人がどんな人なのかは知らないが。

 とにかくアルデンテは、この総選挙に参加するつもりだった。

 だが、当然ながら屋台を手伝ってくれているペスカトーレの意思も尊重する。

 明日ペスカトーレに会ったら話をして、総選挙に参加するかどうかを決めよう。そう決めるとアルデンテは、プリントを挟むファイルにその紙を挟んで、部屋の電気を消して眠ることにした。

 

 

 

「いいんじゃね?」

 

 翌日、その話をペスカトーレにしたところ、あっさりとそう答えた。

 

「・・・・・・そんな軽く決めていいのか」

「俺は所詮お前の手伝いで、屋台主はお前だ。俺はお前の意思に従うよ」

 

 割と素直にペスカトーレが従ったことにアルデンテは驚くが、ペスカトーレの言うことにも一理ある。せっかく親友が背中を押してくれているので、それなのに自分がいつまでも悩んでいてはダメだと思って、アルデンテは感謝の気持ちを告げる。

 

「ありがとう、ペスカトーレ」

「おう、気にするな」

 

 そこでオーダーが入り、ペスカトーレが料金を受け取って、アルデンテがラザニアを用意してお客に差し出す。

 それを見届けると、ペスカトーレはアルデンテに話しかけた。

 

「で、またどうして急に参加しようと思ったんだ?イベントとかあんまり好きじゃないお前が」

 

 ペスカトーレはあくまでも手伝いであるため、アルデンテが総選挙に参加するのを止めはしない。だが、それでも理由だけは聞いておきたいのだろう。それは当然の権利だ。

 もちろんアルデンテもそう聞かれることは予想していた。だが、その理由がカルパッチョに認められたいという私的なもののせいで、言い淀んでしまう。

 ところが、ペスカトーレは小さく息を吐いて。

 

「ま、大方カルパッチョさんと関係あるんだろうけど」

 

 そんなことを言ってきた。思わずアルデンテは持っていたおたまを落としそうになるが、かろうじて持ちこたえる。

 ペスカトーレの顔を見てみると、まるで『全部知っているぞ』と言わんばかりに笑っていた。

 

「・・・前も言ったけど、やっぱお前分かりやすいな」

「・・・・・・自分でもそう思う」

 

 アルデンテが苦笑する。ペスカトーレはその上で、改めて視線でその参加する理由を問いかける。

 

「・・・・・・カルパッチョは戦車隊の副隊長で、アンチョビさんの片腕だ。一介の屋台主の俺なんかじゃ、釣り合わない。だから何か、釣り合うような実績を作りたい。それで、総選挙に参加したいと思ってる」

「なるほどなぁ」

 

 ペスカトーレもアルデンテの言い分は分かるようで、大きく頷く。

 そして、肝心なことを聞いてみた。

 

「目指すは?」

「1位だ」

 

 躊躇も、遠慮も無く、アルデンテは答える。これには流石に、ペスカトーレも驚かざるを得なかった。

 

「・・・・・・また、大きく出たな」

「そうでもしなくちゃ・・・多分認められない」

「確かにそうだな」

 

 カウンターに置いてあった自分の分の水を、ペスカトーレは一口飲む。

 

「でもいつも通り売ってたんじゃ、1位は難しいぞ」

「分かってる。だから・・・・・・」

 

 アルデンテは、何としても1位を取るためにやろうとしていることを、ペスカトーレに伝える。最初、ペスカトーレはその話をうんうんと頷きながら聞いていたが、次第に顔を顰めていき、話を聞き終える頃には冷や汗をかいていた。

 

「・・・・・・本気か?」

「ああ、至って本気だ」

 

 顔を押さえて大きく息を吐くペスカトーレ。しかし、顔を上げると嬉しそうな表情をしていた。

 

「ホント、変わったなお前」

 

 

 

 昼過ぎになり、昼食を終えたアルデンテは一度屋台に『準備中』の札を出して、ある人の下へ向かう。記憶を頼りにその人がいる屋台へ向かうと、その人はいてくれた。

 

「ジェラート」

「おっ、アルデンテ。やっほー」

 

 アルデンテに気付いたジェラートが手を振ってくれる。アルデンテも小さく手を挙げて、その挨拶に応える。

 ジェラートの傍には、手伝いのカルパッチョもいた。

 

「こんにちは、アルデンテ」

「や、カルパッチョ」

 

 カルパッチョが、気持ち少し嬉しそうに挨拶をしてくれる。アルデンテも、カルパッチョの姿を見ることができて、ホッとしていた。

 しかし、今アルデンテが用があるのはカルパッチョではない。

 

「ジェラート、少し話があるんだけど、いいか」

「ん?いいけど、何?」

「ここじゃ話しにくい。場所を移そう」

「???」

 

 突然のアルデンテの呼び出しに、ジェラートは少し驚いた様子だが、とりあえず『準備中』の札を出す。そしてアルデンテの言う通り、場所を移して話を聞くことにした。

 そこで、アルデンテとジェラートの後ろにカルパッチョも付いていこうとするが、アルデンテは手でそれを制した。

 

「悪い、カルパッチョ。ちょっと、ジェラートと話したいことがあるから」

「え、うん・・・」

 

 アルデンテの申し訳なさそうな言葉に、カルパッチョはしょんぼりとしつつも頷いた。仕方なく、支給されたパイプ椅子に座って待つことにする。

 一方でアルデンテは、ジェラートを引き連れてコロッセオの近くまで移動し、人目につかないところで足を止めた。

 

「何々?愛の告白?」

「アホ抜かせ」

 

 ジェラートがにやっと笑ってからかうが、アルデンテはそれをスルーして早速本題に移る。そこでアルデンテの目つきが変わったことに気付いたジェラートも、口を閉ざす。

 

「ジェラートに、頼みたいことがある」

「頼み?」

「ああ。その前に1つ聞いておきたいんだが・・・」

 

 その頼みごとをする前に、アルデンテは確かめたいことがあった。それの返答次第で、ジェラートへの頼み方も変わる。

 

「今度、屋台総選挙があるだろ?」

「あー、そう言えばウチにも来たよ。そのお知らせ」

「ジェラートのとこは、参加するか?」

「しないよ」

 

 アルデンテの問いに、ジェラートは即答する。そしてその理由を淡々と述べていく。

 

「ジェラート屋台なんて他にいくつもあるし、私は少しでも戦車道の足しになればいいやぐらいの気持ちでやってるからねぇ。本気でトップ目指そうなんて思わないし」

「・・・そうか」

「でも、それがどうかしたの?」

 

 ジェラートが頭の後ろで手を組んで問いかける。

 一方で、アルデンテはここに来て頼みごとを言うか言うまいかを渋ってしまう。自己主張があまり強くないことをアルデンテは自覚しているし、相手に負担を強いるような自分の意見を述べる際にはどうしてもどもってしまうことは分かっていた。

 だから、その頼みごとをするのには覚悟が必要だったが、それでもアルデンテは思い切って口にした。

 

「・・・・・・俺の屋台は、今年の総選挙には出る」

「え、マジで?」

 

 ジェラートが目を見開いて、アルデンテを見る。

 だがアルデンテは、さらに続ける。

 

「1位を目指そうと思う」

「・・・・・・本気?」

「ああ、本気も本気だ」

 

 そのアルデンテの真剣な目と声に、ジェラートも肩をすくめて目を閉じる。

 ジェラートはアルデンテとかれこれ1年ほどの付き合いになるが、こうした真剣な表情はあまり見ない。普段からアルデンテは感情を表に出す方ではないが、今の表情は真剣さを帯びている。さっきの言葉は嘘ではなく、半端な覚悟で言ったのでもないのだろう。

 

「・・・で、どうしてそれを私に?」

 

 屋台総選挙に参加するのであれば別に止めはしないが、なぜアルデンテはそれをわざわざこんなところまで連れてきて話したのだろう。ジェラートはそう思って聞いてみると、アルデンテは頬を掻いてジェラートに目を向ける。

 

「実はな・・・・・・」

 

 そして、アルデンテはそこで『頼み』を伝えた。それを聞いたジェラートは、ぽかんと口を開けた。

 

「・・・・・・」

 

 話を聞き終えたジェラートの顔は、『まるで意味が分からない』と言っているようだった。

 

「・・・・・・無理なお願いなのは分かってる。でも、ジェラートが頼みなんだ」

 

 アルデンテは自分が無理を言っているという自覚はある。だから、頭を下げて懇願する。

 そのアルデンテの普段見せない態度を見て、ジェラートも無下に断るほど非情ではなく。

 

「・・・分かった、協力するよ」

 

 溜め息を吐きながらそう言うと、アルデンテの表情が明るくなった。

 

「・・・けど、ちゃんとお礼はしてもらうよ?」

 

 ジェラートがにひっと笑いながらそう言うと、アルデンテは頷いて、そしてもう一度頭を下げた。

 

「ありがとう、ジェラート」

 

 

 

 ジェラートと別れてアルデンテが自分の屋台に戻ると、アマレットとペスカトーレが談笑をしていた。

 アルデンテが近づくと、アマレットは気付いて手を振ってくれた。

 

「やっ。聞いたよ、屋台総選挙に出るんだって?」

「ああ、ペスカトーレから聞いたのか?」

「別に隠す話でもないだろ?」

「まあな」

 

 で、とアマレットがアルデンテの方へと身を乗り出して、何てことの無いようにキリ出してくる。

 

「で、1位も狙ってるんだって?」

「・・・大それた目標だとは思ってるけど・・・どうしても1位にならないと」

 

 自分の手に力を籠めて握ると、アマレットは腕を組んでニヤッと笑う。

 

「いいねえ。好きな子に認めてもらうために努力するなんて、王道じゃない」

「・・・ちょっと待て、どうしてそれを知ってる」

 

 その言葉に、一瞬遅れてアルデンテが反応する。

 問いただそうとして、アマレットが先ほどペスカトーレと話していたのを思い出し、まさかこのバカが全部話したのかと考えてペスカトーレを睨む。だが、ペスカトーレは違う違うと首を横に振る。

 

「わたしゃとっくに気付いてたよ?アルデンテがパッチョ姐のこと好きだって」

 

 そんなアルデンテを宥めるように、アマレットが明かす。

 

「だって、あんな分かりやすい態度とってたら、ねぇ?」

 

 同意を求めるようにアマレットはペスカトーレを見て、ペスカトーレも『なあ?』と答える。

 分かりやすいというのは、カルパッチョがまだその名前を名乗れなかった時にアルデンテが彼女を下の名前で呼んだことや、ラザニアを値引きしたり、タダでサービスしたこと。中にはアマレットがその場にいなかったのもあるが、誰かから聞いたのだろう。

 そして、アマレットはこの前のカルパッチョの水着写真事件でも、アルデンテの気持ちに気付いているような振る舞いだったし、薄々感づいていたようだ。

 アルデンテは溜め息を吐くが、それは逆に話が早いと捉えるべきだ。

 

「・・・・・・まあ、知ってるんならいい。だから、アマレットにも1つ頼みがある」

「何?」

「総選挙の間、屋台を手伝ってくれ」

「・・・・・・ほほう」

 

 アルデンテの頼みに、ペスカトーレが『!』と顔を明るくするが、それに2人は気付かない。

 アマレットは、アルデンテを試すようにニヤニヤ笑っていて、それが恐らく見返りを求めているからだとアルデンテは思う。アマレットがそう言う奴だということは分かっていたので、アルデンテもその見返りを提示する。

 

「1週間、屋台の飯を奢ってやる」

「よし、乗った」

 

 アマレットが指をパチンと鳴らして、ウィンクを飛ばす。そしてペスカトーレにも『当日はよろしくね~』と手を振りながら告げて去って行った。

 さっきジェラートに頼みごとをした時も、それなりのお礼をすることは約束している。

 だが、ジェラートは元々屋台総選挙に参加するつもりはなかったし、アマレットも急に頼んでしまったので申し訳なく思っている。

 何としても勝たないとな、と思いながらラグーを煮込んでいる蓋を開けようとすると。

 

「アルデンテェ!!」

 

 後ろからペスカトーレに抱き付かれた。これが女性、特にカルパッチョだったらアルデンテもまだよかったのだが、男となるとすこぶる気持ちが悪い。

 

「なんだ急に」

「まさか、アマレットと一緒に屋台を開けるなんて!誘ってくれてありがとう!マジ感謝!!」

 

 ペスカトーレはアマレットのことが好きである。そのアマレットと一緒に屋台に立てることが嬉しいのだろう。

 現金な奴、とアルデンテは思うが、図らずも2人の距離を縮めることに成功しペスカトーレが喜んでいるのを見ると、アルデンテも少しだけ嬉しく思う。

 

「ああ~、これは頑張って1位を取らないとなぁ~」

「妙にやる気が出てきたな」

 

 先ほどよりも目に見えて気の入れようが変わったので、アルデンテは少し気になった。

 

「だってお前、ここでいいとこみせておけばポイント稼げるだろ?」

「ポイントって・・・」

 

 安っぽい物言いにアルデンテも苦言を呈するが、ペスカトーレは聞く耳を持たない。

 

「よし、決めた」

「何を」

「俺、1位になったら告白する!」

 

 アルデンテは遠い目をする。それは、フラグという奴だと知っているからだ。

 しかし、それぐらいの覚悟を背負わなければ1位を目指すことは難しいだろう。目標を立てて、自分に火を点けるのだ。

 ペスカトーレの言葉が嘘か本当かは分からないが、アルデンテの前で宣言したということは恐らくは本気だろう。

 こいつがアンツィオの校風に染まり切っていて、ノリと勢いに任せて物事を進める傾向があるのはアルデンテも知っている。だが、そんなペスカトーレも自分の人生を左右するであろう恋愛については、流石に真剣に考えているに違いない。

 真偽のほどはまだ定かではないが、アルデンテは親友として応援はする。

 

「まあ、頑張れ。応援してるよ」

「何言ってるんだ。目玉のラザニアはお前の腕にかかってるんだぞ?お前が一番頑張らなくちゃ」

「・・・・・・そうだったな」

 

 ペスカトーレに当たり前の事実を思い出されて、アルデンテも小さく笑う。そのアルデンテの微笑を見て彼が本調子に戻ったことを確認すると、ペスカトーレは『準備中』の札を片付けて客引きを再開した。アルデンテも、ラザニアの準備に取り掛かる。

 一先ず、協力者は確保することができた。

 後は、参加する申込書を提出し、そしてアルデンテが考える『手段』が認められれば、本当にアルデンテが戦う準備は整う。

 

 

 その日の夜、アルデンテはトレヴィーノの泉を訪れていた。

 眠れなくて出歩いているとか、考え事をしている中での気分転換のためだとか、そんな理由ではない。ただ単に、人から呼び出しを受けたからだ。

 アルデンテは待ち合わせ時刻の10分前にここに到着し、泉を囲むように設置されているベンチに座る。そして隣に鞄を置いて、待ち合わせをしている人のために席を取っておく。

 待ち合わせをしている人が来るまでの間、アルデンテはライトアップされた泉をぼうっと眺めていた。やはりここのライトアップはアンツィオ高校学園艦の観光スポットの1つとして有名で、今も多くの観光客が泉に向けてカメラを向けシャッターを切っていたり、デッサンをしている少年もいる。

 特に、泉から滾々と湧き出ている水は、夜の照明に照らされてキラキラと反射している。芸術に疎いアルデンテでも、この光景はとても幻想的だというのは分かる。

 そんな風に泉を眺めていると、その待ち合わせをしていた人物が視界に入った。

 

「こんばんは、カルパッチョ」

「ええ、こんばんは」

 

 その人物の顔を見上げて、アルデンテは真っ先に挨拶をする。待ち合わせをしていた相手―――カルパッチョも頭を下げて、アルデンテの隣に座った。

 カルパッチョの着ている服は、白のブラウスに水色のゴアードスカート。手には茶色のショルダーバッグ。とても上品でお洒落な印象がある。

 対してアルデンテの服は、青のTシャツにグレーのカーゴパンツ。ファッションに疎いアルデンテは、基本的な服のパターンが大体似ている。だから今日着ている服も、カルパッチョにはアンチョビたちと一緒に出掛けた時と同じような服に見えた。

 けれど、今重要なのは服ではない。

 

「・・・驚いたよ、まさか急に呼び出されるなんて」

「ごめんなさい・・・・・・でも、話がしたくて」

 

 今この場でアルデンテとカルパッチョが待ち合わせをしていたのも、全ての発端は今からおよそ20分ほど前にカルパッチョから送られてきたメールだ。

 

『少し、話がしたいです。

 8時半にトレヴィーノの泉の前で会えませんか?

 ダメならそれでも大丈夫です』

 

 ダメなはずが無かった。

 アルデンテはすぐさま了解のメールを返信し、部屋着から着替えてトレヴィーノの泉へと急行したのだ。

 

「・・・それで、話って?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アルデンテが尋ねるが、カルパッチョは俯いてしまう。

 そのカルパッチョの様子と見て、自分と似ているなとアルデンテは思った。自分に限った話ではないが、話しにくいことを話す際は相手が親でも先生でも親しい人でも、会話を切り出すのが難しい。元来大人しい性格のカルパッチョであればなおさらだ。

 アルデンテは急かさず、カルパッチョが話をしてくれるのを待つ。たとえ夜が明けることになろうとも、待ち続けるつもりだ。

 泉から湧き出る水の音が、周りを行き交う人々の喧騒が、より大きく聞こえる。

 ふと、アルデンテがカルパッチョの膝の上に置かれている手を見ると、その手は小さく震えていた。

 そんな震える手に、アルデンテは静かに自分の手を重ねる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 カルパッチョは、その自分の手にアルデンテの手が重ねられたのを見て、縋るような目でアルデンテのことを見る。アルデンテは、カルパッチョに向けて自分なりに微笑んで見せた。

 カルパッチョも、その笑みを見て覚悟が決まったのか、口を開いた。

 

「・・・・・・お昼過ぎに、ジェラートと何話してたのかなって。わざわざ私と距離を取って・・・」

 

 ここでアルデンテの思考が2つに分かれた。

 

(なんだ、そんなことか)

(ヤバイ、どうしよう)

 

 ジェラートと話していたこととは、屋台総選挙に参加するにあたっての頼みごとだ。それは当然、アルデンテの屋台が1位になるためだ。

 

「・・・ジェラートから、何か聞いていないのか?」

「聞いてみたら、『ちょっとイイコト♪』って」

 

 アルデンテはカルパッチョの答えを聞いて『あのバカ・・・』と心の中で毒づく。ある人から距離を取って2人だけで話をして、挙句にそんな言い方をすれば誰だって誤解するだろうに。

 また、アルデンテは気付いていないが、ジェラートもアルデンテのカルパッチョに対する気持ちには気づいている。加えてアルデンテは、ジェラートにどうしてこの総選挙に参加するのか、その理由を建前も無しに正直に伝えてしまっているので、仕方がない。

 だからジェラートも、敢えて意味ありげなことを言って、カルパッチョがアルデンテに対してどんな形であれどアプローチを仕掛けるように仕向けたのだ。

 

「・・・今度の屋台総選挙に俺たちも参加することになってな。それで、出るからには1位を目指したいと思って、ジェラートの屋台に協力してもらいたかったんだ」

「協力?」

「ああ、それでその協力っていうのは・・・・・・」

 

 アルデンテが、カルパッチョと少し距離を詰めて声を潜め、具体的にどんな協力をしてもらうのかを教える。なぜ総選挙に参加するのかはともかく、どんな頼みごとをしたのかは教えておいても大丈夫と判断したからだ。

 カルパッチョは聞き終えて一応頷きはしたものの、まだ疑いの目をアルデンテに向けていた。

 

「・・・でも、どうして私には教えてくれなかったの?」

 

 そう言われてアルデンテは言葉に詰まる。今の話は、確かにカルパッチョに聞かれても別に何の不都合も無いようなものだ。だが、なぜアルデンテはカルパッチョに聞かれないようにこの話をしたのか。それがカルパッチョは気になって仕方がないのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アルデンテは知恵を絞るが、打開策が見つからない。

 ここで自分の想いを全て伝えてしまうと、結果の是非に関わらず総選挙に出る理由がなくなる。そもそも、今の状態で告白したところで成功する確率は皆無に近いだろう。

 かといって、このまましらを切り通せる自信は無いし、強引に話題を逸らすという手も不可能。

 迷った末にアルデンテは、自分の気持ちを全てではなく一部だけを明かすことにした。

 

「・・・俺のことを、認めてほしい人がいるんだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 カルパッチョは続けてほしいと目で訴える。

 

「俺は特に何の取り柄も無い・・・ちょっと料理ができるだけ。アンツィオでは異端な奴だ」

 

 ライトアップされたトレヴィーノの泉に視線を移す。だが、それでもカルパッチョの視線は感じ続けている。今のカルパッチョの顔は、どんなものなのか。

 

「けど、その認めてほしい人は・・・俺と同じで、アンツィオで浮いていた。でもその人は、弱気な自分を変えるために厳しい戦車道を始めて、このアンツィオにまで入学した」

 

 隣に座るカルパッチョが息を呑んだのが分かる。

『弱気な自分』とか『戦車道』とか、その言葉で気付いてしまっただろうか。だが、構うものかとアルデンテはさらに続ける。

 

「俺は初めてその人に会った時・・・可愛くてつい見惚れた。それで、俺と同じように自分を変えるためにここへ来て、他にも俺と似たようなところがいくつもあって・・・。自然と俺はその人に惹かれて・・・・・・気づけば好きになってた」

「・・・・・・・・・・・・」

「でも、今の俺とその人は釣り合わない。だからその屋台総選挙に出て、1位になって、その人に認められるようになりたい」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 言い終えて、アルデンテは視線を泉からカルパッチョに戻す。

 カルパッチョの瞳は、海のように揺れていた。頬は、わずかに紅くなっていた。いつの間にか、アルデンテが重ねていた手は、カルパッチョの胸の前で握られていた。

 ここまで言って、ジェラートの屋台に協力してもらうことをなぜカルパッチョには聞かせなかったのか。

カルパッチョは賢いから、その理由、アルデンテの気持ちに気付いた。

 

「・・・・・・・・・・・・そうなんだ」

 

 カルパッチョは、唇を震わせながら告げる。

 そして、無理やりにでも笑って、静かに一筋の涙を流し、アルデンテの手に自分の手を重ねる。

 

「・・・・・・ありがとう、教えてくれて」

 

 だが、アルデンテはカルパッチョの今の気持ちが分からなくて、はっきり言って怖かった。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん」

 

 そのアルデンテの口から出たのは、カルパッチョに対して何も言わなかったこと、そして不完全な『告白』をしてしまったことに対する後ろめたさからくるものだった。

 

「・・・・・・悪い、今日はもう遅いから。また」

「あ・・・・・・・・・」

 

 アルデンテはカルパッチョの手を振りほどいて、立ち上がる。カルパッチョの手が、アルデンテを求めるかのように伸ばされるが、アルデンテはそれには気付いていながらも足早にその場を離れ、トレヴィーノの泉の前から去って行った。

 

 

 アルデンテは、泉から少し離れたところで路地に入り、壁を拳で思いっきり殴った。

 

(・・・・・・やっちまった)

 

 まさか、あんな形で告白してしまうなんて。しかも、言うだけ言って無理矢理立ち去るなんて、言い逃げなんて最悪だ。

 十中八九、カルパッチョはアルデンテの気持ちに気付いてしまっただろう。

 しかし、最早それを撤回することはできない。

 ならどうするべきか。

 それは決まっている。絶対に、屋台総選挙で1位になって、今度はしっかりと逃げないでカルパッチョに自分の気持ちを伝える。さっきみたいな婉曲な告白ではなくて、はっきりと、面と向かって伝えるのだ。

 

(絶対・・・・・・絶対だ)

 

 

 

 アルデンテが去った後も、カルパッチョはトレヴィーノの泉から離れられずにいた。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 アルデンテの言葉を聞き届けた。

 アルデンテが総選挙に出て、1位を目指す理由も聞いた。

 そして、アルデンテが誰かのことを想っているということも、分かった。

 

(・・・・・・・・・・・・)

 

 その想っている人物が誰なのか、カルパッチョにはすぐにわかった。

 自惚れているわけでも、自慢をするつもりでもないが、アルデンテの言っていた人物には心当たりがあったからだ。

 この陽気でお気楽なアンツィオで、アルデンテのように落ち着いた性格で周りとは浮いていて、戦車道を嗜んでいて、弱気な自分の性格を変えたいと思っている人。

 そんな人は、カルパッチョの知る限りでは1人しかいない―――

 

「っ・・・・・・」

 

 その1人が誰なのかを意識した瞬間、カルパッチョの顔が熱くなる。鼓動が早くなってしまう。

 思わず、顔を両手で覆い、身体をかがめてしまう。隣のベンチでデッサンをしていた少年がびっくりしたようにカルパッチョのことを見るが、今のカルパッチョには何も見えない。

 今のカルパッチョの頭にあるのは、アルデンテのこと、アルデンテの言葉、アルデンテとの思い出。

 その上で、カルパッチョは思う。

 

(アルデンテの、好きな人って・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

(・・・・・・私?)

 

 

 

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