意:祭、祭日、パーティ
・どこで話を切ればいいのか分からなかった。
・書き終わっても話の内容に納得がいかず何度も書き直してしまった。
主にこの2点が原因で、今回の話はすごい長く、また投稿も遅れてしまいました。
誠に申し訳ございません。
8月2日、日曜日。今日こそが、アンツィオ屋台街の屋台総選挙の初日だ。
現在の時刻は午前10時前。屋台街の営業が始まる時間、つまり屋台総選挙が始まる時間は10時なので、今はどの屋台もそれぞれが提供する料理の準備をしているところだった。
しかし、総選挙に参加しない一部を除いたほとんどの屋台の店主は、その表情は真剣そのもので熱意が感じられる。
なぜそこまで熱が入っているのかを聞けば、彼らは皆一様に『総選挙に参加するから』と答えるだろう。
何度も言うが、アンツィオの生徒たちは陽気でお気楽で、祭りや祝い事などのイベントは大好きだった。だから、今回の屋台総選挙にもほぼ全ての屋台がこぞって参加することになった。去年のアルデンテやジェラートのように、参加しなかった屋台は結構少ない。
そんな総選挙に参加する屋台主たちの思惑は様々だ。単純に楽しそうだから、自分の料理の腕がどれほどなのかを知りたいから、1位になってモテたいから、など色々ある。
今自分の屋台で準備を進めているアルデンテも、この総選挙で1位になるために念入りに準備をしている。だからその表情も目つきも、彼を知る者であれば『今までで一番険しい』と評するだろう。
「気合入ってんな」
手伝いのペスカトーレが、アルデンテを見ながらボソッと呟く。だが、アルデンテはラザニアをオーブンに入れながら反論する。
「お前こそ、普段は下準備の手伝いなんてしないくせに」
ペスカトーレは今、ラザニアの生地に載せるラグーの具材である野菜を包丁で切っている。本来この作業はラザニアを作るアルデンテの仕事だった。だが、先に来て準備をしていたアルデンテの下にペスカトーレがやってきて、『手伝うぞ』と言ってきたのだ。
「多分総選挙の間は多分いつも以上の人が来るだろうし、ラザニアの作り過ぎで倒れられたらどうしようもないからな」
ペスカトーレなりの気遣いをアルデンテは素直に受け入れて、材料を切る作業をお願いした。だが、煮込みや焼き加減についてはアルデンテしか分からないので、それは普段通り自分でやる。
「お待たせ~」
そこで、アルデンテにとっては聞き慣れた声で、ペスカトーレにとっては忘れるはずのない声が聞こえた。そこにいたのは、買い物袋を両手に提げるアマレットだ。
「いきなり使い走りなんて、中々に人使いが荒いねぇ」
「なら、野菜を切る方が良いか?」
アマレットが皮肉りながら買い物袋をテーブルに置く。トマトの缶詰などはともかく、肉や野菜などの食品は外に放置するとダメになるため、支給された小型の冷蔵庫に保存する。
「まあそっちの方がいいかもね~。この炎天下、スーパーまで行くのもしんどいし・・・」
ブラウスの首元をパタパタと揺らして、風を少しでも服の中に送ろうとするアマレット。どうでもいいが、男の目があるし、色々際どいしで、そういうところには気を遣ってほしいとアルデンテは思う。
「・・・・・・・・・・・・」
現にペスカトーレは、野菜を切るのそっちのけでアマレット、の胸元をまじまじと見ていた。こんな時も自分に正直な親友を見て、アルデンテは『この節操無しめ』と心の中で呆れる。
屋台に立つ人物は、コックコートかアンツィオ高校の制服を着ることが義務付けられている。私服などはご法度で、特に料理をする者はコックコートを着ることが常だ。だからアルデンテはいつもコックコートを着ているし、ペスカトーレもこれまで一度も私服で屋台に立ったことはない。アマレットも、それを事前に聞いていたので制服だった。
アマレットがようやく、ペスカトーレの自分への―――具体的には胸元に向けられている視線に気付き、ペスカトーレの頭をバシッと叩く。そしてパイプ椅子に座って、下準備をする2人の様子を眺めることにする。
「でも、まだ始まってもいないのにこんな買い込んで良いの?」
アルデンテから買うように言われた食材の量が気になったので、アマレットは聞いてみる。
「今日はいつも以上に客が増えるだろうし、買っておいて損はない。それに余っても、冷蔵庫で保管しておける」
「ふーん・・・」
すると、アンツィオ高校の制服を着た何人かの男女がやってきて、屋台1つ1つに小さな木箱を置いて行く。その木箱はアルデンテたちの屋台のカウンターにも置かれ、その木箱には『23』と数字が刻まれていた。
「「なにこれ?」」
ペスカトーレとアマレットが声を揃えてアルデンテに訊く。アルデンテは、ラザニアの焼き加減を見ながら説明をした。
その木箱は、屋台総選挙の投票券を入れるためのもので、刻まれている数字は各屋台に振り分けられている番号を示している。その各屋台に振り分けられている番号は、アンツィオ高校学園艦が発行しているパンフレットにも反映されている。
総選挙期間中、この屋台街を訪れたお客には5枚綴りの投票券が1組ずつ渡される。投票券を持つ人たちは、自分が美味しいと感じた屋台の投票箱に投票券を入れていくというシステムだ。その投票券にも各1枚ずつナンバリングがされていて、同じ数字の札が複数あるということはない。
ただし、投票の仕方については定められておらず、屋台を1つ1つ回って熟考した上で投票する屋台を選ぶ人物もいれば、1つの屋台に満足して手持ちの投票券を全て投入する人もいる。投票の仕方まで縛ってしまっては、窮屈だ。
「ジェラートの所には?」
「もう行った」
アマレットに聞かれてアルデンテは即答し、先ほどジェラートの屋台に顔を見せに行った時のことを思い出した。
『約束は守ってもらうからね~』
ジェラートに挨拶をした時、彼女はそう言っていた。約束とは、アルデンテがジェラートに協力を申し出た際に向こうが提示してきた交換条件だ。わざわざ無理を言って協力してもらうのだから、アルデンテとしてもその約束は守るつもりでいた。
『・・・・・・・・・・・・』
だが、ジェラートの傍にいたカルパッチョは、アルデンテに対して何も言ってこなかった。
どころか、アルデンテと1度も目を合わせようとはせず、言葉を交わそうともしなかった。
アルデンテも、カルパッチョが視線を合わせようとはせず、そして少し恥ずかしそうな顔をしていたので、結局アルデンテはカルパッチョと何も話さずその場を去ってしまった。
カルパッチョの態度も、仕方ないことだとアルデンテは思っている。
アルデンテは先日、カルパッチョに対して『不完全な』告白をした。不完全というのは、アルデンテは直接カルパッチョの名を出したわけではないが、カルパッチョのことを匂わせるような発言をして、そして『好きだ』と言ってしまったからだ。
カルパッチョからすれば、あんな唐突に認めてほしい人がいるだのなんだのと言いだして、遠回しに自分のことが好きだと言われて、終いには何も言えずに立ち去られ、どうすることもできなかったのだから。そしてその相手が、後日平然とした顔で自分に会いに来たのだから、やるせない気持ちになっているのだろう。
だが、アルデンテも表向きは平然としていたが、内心ではひどく焦り動揺していた。
あの日を境に、アルデンテはカルパッチョとはメールや電話を交わすことはおろか、顔を合わせることさえも無かったのだ。
しかし、それにどこか安心している自分がいるのも事実である。
自分があんな告白をしてしまったせいで、間違いなくカルパッチョはアルデンテの中の想いにいた。そして、どんなことを言われるのか、カルパッチョは自分のことをどう思っているのか、それが気になり、そして怖かった。
怖かったからこそ、アルデンテはカルパッチョと少し距離が置かれている今に安心しているのだ。
しかし、いつまでもこんなことではダメだということもアルデンテは分かっている。
だから、この総選挙で1位を取って、あの時不完全な告白をしたことを謝り、本当の告白をする。この前みたいな中途半端なものではなく、自分のカルパッチョへの想いを、誤魔化したりぼかしたりせず、正直に伝える。
そう決意したところで、時計塔の鐘が10時を告げた。
「よし、締まっていこう」
「「よし!」」
アルデンテが気合いを入れると、ペスカトーレとアマレットは声を揃えて、ぐっと腕に力を籠めた。
普段の日であれば、屋台街が営業を開始してからおよそ1時間―――つまり11時過ぎぐらいまではそこまで客は来ない。10時前後だと朝食時と昼食時の中間ぐらいの時間帯で、お客のお腹もいい感じに満たされているからだ。この時間帯に来るのは朝食を食べ損ねた人か、食べ歩きを目的とする人ぐらいだろう。
しかしこの時期は違う。世間は夏休みで観光客は普段よりも多く、屋台総選挙という一大イベントによってどの屋台も料金割引や増量セールを実施している。そうした時期とサービスが重なって、ついつい財布のひもを緩めてしまう人は大勢いた。
さらに、夏休みで暇を持て余したアンツィオ高校の生徒も、友人や恋人へのやっかみ、応援などで屋台街を訪れることが多い。アンツィオ高校全体がお祭り好きな風潮もあり、屋台街を訪れる者は多い。
それに加えて、アンツィオ高校学園艦はローマ風の建築物が点在しており、この学園艦で暮らす(一部を除いた)生徒や教師、一般人も陽気で快活なイタリア人気質だ。この場所も、そこに暮らす人もイタリア風なので、巷では日本にいながらイタリア観光ができると話題だった。旅行会社でもアンツィオ高校学園艦のツアーが組まれるぐらいに。
最後に、今現在アンツィオ高校学園艦は母港の清水港に停泊している。よって、外部からの観光客も連絡船を使うことなく、アンツィオに訪れやすくなっていた。
これらのことを統括すると。
「いらっしゃいませ~!朝はお腹に優しいリゾットをどうぞ~!」
「暑い日にはアイス・カフェ・ラッテは如何ですか~!」
屋台営業開始からわずか10分ほどで、屋台街は多くの観光客とアンツィオ生で賑わっていた。
どの屋台主たちも声を張り上げて、必死に呼び込みをしている。やれ『15%オフ』だの、やれ『増量サービス実施中』だのと自分の店の割引や増量サービスを売りにして、少しでも多くの客を呼び込み投票券を獲得しようと躍起になっている。
アルデンテたちの屋台も、何もしていないというわけではない。むしろ、一番躍起になっているのはアルデンテたちだと言える。
何しろ、彼らの屋台のサービスは他では見られないようなものだからだ。
「いらっしゃいませ~!今なら期間限定、ラザニアが100万リラ引きの150万リラ!」
ペスカトーレが呼び込みの声を上げる。
普段値引きを一切しない、カルパッチョに対して50万リラ値引きしただけで驚かれたアルデンテが、いきなり100万リラも値引きした。しかし、割引自体は何処もやっていることなので大して珍しくもない。
しかし。
「今なら提携店のジェラート割引中!美味しいですよ~!」
アマレットが笑顔で宣言した売り文句に、周りの屋台主たちは揃って頭に『!?』と感嘆符を浮かべる。
今回の総選挙の間だけ、アルデンテはジェラートと手を組み、ラザニアとジェラートを安く販売しているのだ。これこそが、アルデンテがジェラートに告げた『お願い』である。
アルデンテの屋台でラザニアを買うと、ジェラートの屋台でのジェラートが50万リラ引きになるのだ。逆にジェラートの屋台で先に買い物をすれば、アルデンテの屋台でのラザニアが50万リラ引きになる。ジェラートは元々150万リラで販売されており、アルデンテの屋台も今だけは150万リラで売られている。どちらかの屋台で買い物をすればもう一方の屋台が50万リラ引きになるため、ラザニアとジェラートが合わせて250万リラで味わうことができるのだ。
2つの屋台が提携するということは前例がないことだったらしく、運営委員会にこれを具申した際は判断を迷わせた。だが、最終的には運営委員長の『楽しければいいじゃない!』の一言で通った。アルデンテは、アンツィオ高校の大らかさに救われたとも言えるし、感謝している。
そしてジェラートは、今回アルデンテに協力することの交換条件として、この期間中のアルデンテの屋台での売り上げは全額アンツィオ高校戦車隊に寄付することを約束した。
アルデンテは元々売上金は全て学校に寄付していたのだが、この場合の売上金のようとは学校の行事の予算や、備品の調達などに充てられる。つまり。どう使うのかは学校の自由だった。
しかし、今回アルデンテとジェラートは売り上げを『アンツィオ戦車隊のために使ってほしい』と明記したので、学校側に寄付するのは同じであっても、こちらは用途が明確に決められている。
間接的にアルデンテは、アンツィオ戦車隊に協力することになっていたのだ。
ラザニアとジェラートが合わせて250万リラで食べられるというのは、他では見られない。何よりラザニアは割とボリューミーな料理であり、それを150万リラで食べられるというのは、全体的にリーズナブルな屋台街の中でも結構目を引く。
そこで、観光客らしき女性2人組がアルデンテたちの屋台に近寄ってきて、注文をしてきた。
「すみません、ラザニア2つください」
「はーい!オーダー、ラザニア2つ!」
「了解」
アルデンテがラザニアを用意する傍ら、応対をするペスカトーレはカウンターの脇に置いてあった緑色の小さなチケットをお客に渡す。
「じゃあこのチケットを、14番区画のジェラート屋台に持って行ってください。50万リラ引きになりますんで」
14番区画は、ジェラートの屋台に割り振られた番号である。
ペスカトーレが説明し終えたのを見計らって、アルデンテがラザニアとフォークを2人に差し出す。手渡された女性2人は、その場でラザニアを一口食べて顔を輝かせた。
「美味しい!」
「えっ、これで150円?安い!」
もう1人の観光客も、笑顔でパクパク食べている。誰かが笑顔で自分の作った料理を食べている姿は、いつ見ても心地良いものだ。
この総選挙期間で、アルデンテは値下げをしたからと言ってラザニアのクオリティを下げるような真似は断じてしない。ちゃんといつも通り、いやいつも以上に丹精を籠めてラザニアを作っている。とはいえ、ただでさえ安いラザニアをいつもより値引きし、さらにはジェラートまでセットにするなんて採算度外視、出血大サービスもいいところだった。
と、ラザニアを食べ終えた女性観光客2人は、それぞれ持っていた5枚綴りの投票券を1枚ずつ千切って投票箱に入れ、ジェラートの屋台の方へと向かって行った。
「「「ありがとうございました!」」」
去って行く2人の観光客に向けて、アルデンテたち3人は頭を下げてお礼の言葉を告げる。すると今度は、若い男性のお客がやってきた。
「あの、この券を見せれば割引になるって聞いたんですけど」
そのお客が見せたのは、先ほど女性客2人に渡したものと同じ緑色のチケット。ジェラートの屋台でも、買った客に対してこのチケットを渡すように言ってあるので、この男性客は恐らく先にジェラートの屋台に行ったのだろう。
「はーい、ラザニア50万リラ引きで100万リラでーす!」
ペスカトーレが溌剌とした表情と顔で接客をする。
一方、周りの屋台主たちは『くっ』と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。まさか、アルデンテたちの屋台が他の屋台と提携して客を集めるとは思わなかったからだ。2つの屋台が協力するというのは前例が無かったから、その方法に気付けなかったのも仕方がないが。
だからと言って、他の屋台主たちがアルデンテたちの屋台に向けて『ズルい』と声高に叫ぶことも、ねちっこくいびるようなこともしない。アンツィオは妬みや嫌がらせとは無縁の学校だ。
だから、他の屋台主たちもペスカトーレやアマレットに負けないほどの声の大きさで客引きをしたり、さらに増量サービスをしたりして何とか対抗しようと試み始めた。
アルデンテの屋台から少し離れた場所にある屋台のペパロニも、アルデンテたちの屋台の提携サービスに驚いていた。
「あいつ、あんな手を使ってくるなんてなぁ・・・」
ペパロニの屋台の近くにあるラザニア屋台の主は、普段から1万リラもまけない、それでいてラザニアの腕は確かな変わった奴だ、という噂だったのは知っていた。
そのラザニア屋台の主―――アルデンテと初めて会って挨拶をしたのは、全国大会で大洗女子学園との試合に負けた日の翌日で、その時のアルデンテの第一印象は『アンツィオらしくない奴』だった。アルデンテとは1年来の付き合いだというアマレットも、『あいつは自己主張をあまりしない、ここじゃ珍しく大人しいマイペースな奴』と評していた。
だが、まさかそのアルデンテが、あのカルパッチョの名付け親だとは思わなかった。
おまけに、そのアルデンテとカルパッチョは、前の休日に何らかの約束を交わしていた上に手まで繋いでいた。割と本気でペパロニは、2人は付き合っているんじゃないかと思っている。
そんなことはともかく、そんなアルデンテがいきなり100万リラも値引きしてその上ジェラート屋台とも手を組んだというのは、予想外だった。
もちろんペパロニも、この屋台総選挙には参加している。祭りやイベントなど楽しいことが好きなアンツィオ生の例に漏れず、ペパロニもこういう行事が好きだった。楽しいことなら生徒も教師も全力で乗っかる、それがアンツィオの流儀だ。
「しっかし、どうするかねー・・・」
だが、ペパロニの屋台の客足はそこそこいいものの、アルデンテたちの屋台と比べると少しばかり少ない。やはり、鉄板ナポリタン1つ300万リラは少々高い方だからだろうか(それでも料理の手間暇を考えれば十二分に安い)。それにペパロニは、どこか別の屋台と提携しているわけでもない。
「ペパロニ姐さん、どうします?これじゃ1位になれないっすよ?」
皿洗いとしてヘルプに来てもらっている、ライオンのような髪型の少女・パネトーネが、件のアルデンテたちの屋台を見ながら話しかける。ペパロニは、ナポリタンを調理しながら少し考えた。
どうすれば客が入る?どうすればもっと売れる?
うーん、と呻きながら考えていると、真正面から声を掛けられた。
「どうした?真剣そうに悩んで、お前らしくもない」
その声をかけてきた人物は、ペパロニが敬愛してやまない人物であるアンチョビだった。
そしてアンチョビの姿を見た瞬間、ペパロニの頭に妙案が閃いた。
「そうだ!これだ!これっすよ、アンチョビ姐さん!」
「うぇ!?な、なんだ急に!?」
突然ペパロニに両手を掴まれて距離を詰められ、アンチョビは赤面して狼狽する。
そんなアンチョビにペパロニは、今現在の自分の屋台の状況と、自分が考えついたアイディアを語る。それを聞き届けたアンチョビは、ぽかんとした顔でペパロニのことを見ていた。
時計塔の鐘が19時を告げると、屋台は全て店じまいとなり、屋台街で料理を楽しんだお客もそれぞれ帰っていく。
一方、屋台主たちは今日の疲れを溜め息という形で吐き出して、椅子に座ったりカウンターにもたれかかったりしている。
「「つ、疲れた・・・・・・」」
ほぼ1日中客引き(と買い出し)をしていたペスカトーレとアマレットもそれは同じで、まるで溶けるかのように項垂れている。
ずっとラザニアを作り提供していたアルデンテも疲れていて、ふぅと息を吐く。
「まさか、こんなに疲れるなんて、思わなかったぞ・・・・・・」
アマレットが買い出しの際に買って来てくれたアイス・カフェ・ラッテを飲みながら、ペスカトーレが捻りだすように呟く。
「観光シーズン、屋台総選挙っていうイベント、ラザニア100万リラ引き、ジェラート割引なんてすれば、こうなるのも当然だよね・・・・・・」
アマレットが額に浮かんでいた汗をタオルで拭きながら、ペスカトーレを労わるように肩を軽く叩く。
そこでアルデンテは、2人に声をかけた。
「今日はまだ初日で、明日どうなるかはまだ分からん。でも、手伝ってくれてありがとう」
アルデンテの素直な感謝の言葉に、ペスカトーレとアマレットはニッと笑う。
「ちょっと、ジェラートの屋台に行ってくる」
「ああ、行ってこい」
「片付けは先にやっとくよ」
「悪い」
片手を挙げて挨拶をしながら、アルデンテはジェラートの屋台へと向かう。営業時間を過ぎ、訪れるお客もいなくなった今では昼に喧騒を欠片も感じさせないほど静かだ。
やがてジェラートの屋台に着くと、店主であるジェラートは、自らの腰を手で叩いている。カルパッチョの姿は無かった。
「お疲れ、ジェラート」
「あぁ、アルデンテ・・・・・・」
ジェラートが、疲れ切っていると体全体で表現するかのようにゆらりと振り返る。
「疲れた・・・・・・」
「そっちもか」
カウンターにもたれかかるジェラートは、アルデンテを見ながらぶー垂れる。
「そりゃ提携サービスなんてやったからねぇ。過去一だよ、お客の数は」
「そうか・・・・・・すまなかったな」
「いいって。それより、そっちはどうだった?」
「まあ、こっちもいつも以上に忙しかったな」
そこでアルデンテは、気になっていたことを訊ねる。
「・・・カルパッチョは?」
「あー、たった今タッチの差で帰っちゃったよ」
「・・・・・・そうか」
ジェラートが言ったように過去最高の数のお客を相手にしていれば、カルパッチョも疲れていただろう。
アルデンテは、ジェラートの屋台を自分の都合で巻き込み忙しくさせてしまったのだから、気まずいとか自分も疲れているとかそう言う事情は抜きにして、攻めて労いの言葉の一つでもかけたかった。
「・・・・・・会いたかった?」
ジェラートがアルデンテのことを見上げながら訊く。
ジェラートは、アルデンテが屋台総選挙に出て協力を申し出た際に、アルデンテの素直な気持ちを聞いている。それで分かっているから、試すようにジェラートはそう訊いたのだ。
アルデンテもそれは覚えているので、隠すことも無く自分の気持ちを正直に明かした。
「・・・・・・会いたかったよ」
2日目、アルデンテたちの屋台からさほど離れていない位置にあるペパロニの鉄板ナポリタン屋台で動きがあった。
「アンツィオ名物鉄板ナポリタン!今ならなんと100万リラ引きの200万リラ!200万リラだよー!」
ペパロニの鉄板ナポリタンも、普段の300万リラから200万リラに値下げをしてきた。これについては、アルデンテたちもやっているし、他の屋台でもやっていることなので物珍しくはない。
だが、変わったのは客引きをしている人の方だ。
「今ならこの
あのアンチョビがコックコートを着て客引きをしている。
アンチョビは言わずと知れたアンツィオ戦車隊を率いる統帥で、アンツィオ高校でもマドンナのような存在だ。故に、学校内での男女の信頼や人気は厚く、皆がアンチョビのことを慕っている。
また、アンチョビ―――安斎千代美の名は、西住流や島田流など由緒ある流派には劣るが戦車道界隈では有名である。中学時代はブイブイ言わせていて、その功績を認められてアンツィオにスカウトされ入学。遂には衰退していたアンツィオ戦車隊を今の規模にまで復活させたのだから、そのリーダーシップと功績は戦車道連盟の一部からは注目されている。
さらに、アンチョビの容姿はドリルツインテールと特徴的な髪型で、人の目も引きやすい。
そんな総じてすごい人が客引きをしているのものだから、アンツィオ生と一部の戦車道に造詣がある者、そしてアンツィオに入学することを考えている中学生たちは自然とそちらに流れていく。
そしてアンチョビがコックコートを着ているということは、いずれはアンチョビも鉄板ナポリタンを作るだろう。そうなれば、『あのアンチョビが作ったナポリタン』というブランドがついて客足はさらに増えることとなるだろう。
「くっ・・・・・・まさかアンチョビ姐さんを味方に付けてくるとは・・・!」
アマレットが握り拳を作って苦しそうに告げる。ペスカトーレも客引きの合間にペパロニの屋台を見るが、今や訪れた者たちによってドゥーチェコールが上がっているのが分かる。
「これじゃ勝てないぞ」
ペスカトーレもアルデンテに注意を促すが、アルデンテはさほど焦ってはいない。
「落ち着け。アンチョビさんが人気なのは確かだが、それはアンツィオ生と戦車道関係者の間でだけだ。ならこっちは、一般の観光客をターゲットに絞ればいい」
「なるほどね」
アルデンテの言うように、ペパロニの屋台の前に集まっているのは大半がアンツィオ生だ。外部からの観光客や、戦車道にあまり関心が無い人は置いてけぼりを喰らっている。アンツィオのノリと勢いにほだされて、完全にノリでドゥーチェコールをしている人もいるが。
「おっ、そこのお似合いのカップル!ウチのラザニアどうだい?今ならジェラートもセットで割引になるよ!」
アルデンテの言葉を理解したペスカトーレが、早速観光客らしきカップルに声をかける。
これまでペスカトーレは、とにかく屋台の前を通る人には手当たり次第に声をかける感じだったが、アルデンテの言葉を境に声をかける相手をある程度選ぶようになった。正確には、観光客らしき家族連れやカップル、そしてペパロニの屋台に向かうことなくどの店にしようか悩んでいるアンツィオ生らしき少年少女などだ。
結局その日の売り上げは、昨日と比べると落ちてしまっていたが、それでも普段と比べれば多い方だった。
3日目。今日も天気は快晴で、そんな空の下でアンツィオの屋台街は今日も今日とて賑わっている。
昨日に引き続き、ペパロニの屋台ではアンチョビが客引きをしていて、今日からは鉄板ナポリタンを作る側にも回るらしい。そしてアンチョビが作り始めると、アンツィオ生たちはこぞって鉄板ナポリタンを買い求めていた。
そして、鉄板ナポリタンを買った人たちがどんどん投票箱に投票券を突っ込んでいるのを見て、アルデンテもさすがに焦りを覚える。
アンチョビフィーバーはせいぜい1日ぐらいしかもたないだろうと思ったが、アンチョビが屋台入りして2日目になってもその勢いは収まらない。これがノリと勢いの本場アンツィオの真髄か、とアルデンテは戦慄する。
アルデンテの屋台にも客は来ているし、投票券も割と獲得できてはいるが、ペパロニ性質の屋台とは明らかに数が違う。
ペスカトーレの言った通り、『勝てないか』とアルデンテが弱気になったところで問題が発生した。
「Извините, пожалуйста, дайте мне одну лазанью.」
日本語じゃないのは聞けば分かる。しかし英語ではない。
そんな謎の言語を話す、ニットのワンピースを着た金髪碧眼で色白な少女が、アルデンテたちの屋台を訪れたのだ。
どう見ても外国人な少女を前にして、アルデンテ、ペスカトーレ、アマレットの3人は顔を突き合わせてひそひそと話し合う。
(え、何語・・・?)
(いや、分からん・・・・・・アルデンテはどうだ?)
(イントネーションからしてロシア語だろうけど、何を言ってるのかはさっぱりだ)
(おいおい何やってんだ学年3位!)
(ロシア語の授業なんぞ無いから分かるか)
(アンチョビ姐さんならワンチャン分かったかも・・・・・・)
そんな感じで3人が悩んでいる様子を見て、ロシア少女(仮)は、『あっ』と気付いたように声を上げて、申し訳なさそうに笑みを浮かべながら話しかける。
「ごめんなさい。日本語、話せます」
その言葉を聞いて、3人は胸をなでおろした。
「つい癖で、母国のロシア語が出てしまって・・・・・・」
アルデンテの『ロシア語だろう』という言葉の通り、どうやらこの少女はロシア人らしい。夏休みを利用して観光に来たのだろうか?
「改めて、ラザニアを1つください」
「あ、はいはい!150万リラね!」
ペスカトーレがロシア少女から150万リラを受け取り、引き換えに緑色のジェラート割引券を渡す。ペスカトーレがその券の使い方と、券が使えるジェラート屋台の場所を教える傍らで、アルデンテはラザニアを準備する。説明が終わると、アルデンテはラザニアを少女にフォークと共に差し出した。
そのロシア少女はラザニアを受け取って、フォークで一口食べると、ぱあっと顔を明るくさせて。
「Вкусно!」
またロシア語が出ている。だが、顔と口調からして喜んでくれているのだろうなとアルデンテたちは思った。
「日本には観光で?」
ペスカトーレが少女に話しかけると、少女は首を横に振った。
「いいえ、ロシアから日本の高校に留学に来ました。今は夏休みなので、日本観光をしたいと思いまして」
日本観光とは言うが、どうしてイタリア風のこのアンツィオ高校学園艦を訪れたのかは分からない。偶然目に付いたから来ただけかもしれないが、深くは聞かないでおくことにした。
ラザニアを食べ終えて満足したのか、そのロシア少女は。
「Это был праздник.」
と手を合わせて告げて、投票券を3枚千切って投票箱に入れて。
「До свидания.」
と言ってジェラートの屋台の方へと向かって行った。最後は怒濤のロシア語で何を言っているのかはさっぱりだったが、喜んでもらえたみたいだったのでアルデンテたちは満足だった。
ただ、ペスカトーレは去って行くロシア少女を見て『可愛い人だったな』と愚直な感想を呟き、アマレットから頭をはたかれた。こうして明確にアマレットが手を出すのも珍しいなとアルデンテは思う。
そしてアルデンテは、ペパロニたちの屋台は気にせずに、今まで通りに票を堅実に集めていこうと思った。自分たちのペースを守って、これ以上の客引きを目的としたアピールは止めておくべきと、結論付けた。
さしあたり、まずはジェラートに『ロシア人の女の子がそっちへ行ったから注意しろ』と連絡することにした。
4日目は午後から雨が降り出してしまい、運営員会から中止勧告が出されたため、午後2時で屋台街は急遽休みになってしまった。
続く5日目。天気は回復したものの、気温が高い上に昨日の雨で地面が湿っていて、全体的に蒸し暑かった。
しかしそんなことは些末な問題と、屋台主たちは昨日半日潰れてしまった分を今日取り返そうと躍起になっていた。先日以上に、どの屋台も声を上げてお客の興味を引こうとしている。
それはペスカトーレとアマレットも同じで、他の屋台に負けず劣らずの溌剌とした明るい声で客引きをしていた。
だがそんな中で、お客から注文を受けてペスカトーレが代金を受け取り、料金箱に入れようとしたところで。
「おっとと・・・・・・」
チャリンと音を立てて、ペスカトーレは小銭を地面に落としてしまった。ペスカトーレは『失礼しました』と言いながらお金を回収して料金箱に入れるが、その動きもどこか鈍い。
アルデンテはラザニアを渡し、『美味しい』というコメントと投票券を1枚貰ったことにお礼を告げて、ジェラート屋台に向かっていくのを見届けてから、ペスカトーレに話しかける。
「大丈夫か?」
「どうにか」
口ではそう言うが、見るからにペスカトーレは疲れている。それはアマレットも気付いていたようで、ペスカトーレの肩に優しく手を置いた。
「大丈夫?疲れたんなら無理せず休んだ方が良いよ?」
アルデンテもアマレットと同意見で頷くが、ペスカトーレはいやいやと首を横に振った。
「アルデンテもアマレットも頑張ってるのに、俺だけ休むってのも悪いからな。頑張るよ」
アルデンテは、ペスカトーレがこの総選挙の前に『総選挙で1位になったらアマレットに告白する』と言っていたのを覚えている。
だから、ペスカトーレのその言葉の裏には『好きなアマレットがいる前で弱音は吐けない』という意味があるのを、アルデンテはペスカトーレの親友として理解していた。
「・・・無理せず、休んでいいからな」
そのペスカトーレの意思を尊重して、アルデンテは頭ごなしに『休め』とは言わない。無理はするなとだけ忠告する。
ペスカトーレはそれに対して『分かってる』とだけ答えて、再び客引きを再開した。
6日目にして、恐れていた事態が起きた。
ペスカトーレが体調を崩したのだ。
恐らくこの総選挙での長時間の客引きによる疲労と、昨日一昨日の急激な天候の変化にやられてしまったのだろう。
朝起きて、すぐにペスカトーレからのSOSメールに気付いたアルデンテは、急いで朝食を掻き込んでペスカトーレの部屋へ向かう。
ペスカトーレは、起き上がれないほど具合が悪いという状態ではなかったが、呼吸は若干乱れているし、しゃがれた声で喋るあたり具合が悪いことに変わりは無いようだ。この状態では、客引きなどできないだろう。
まずアルデンテは、ペスカトーレを布団に寝かせて手早くおかゆを作り、ペスカトーレの下へと持って行く。
「屋台は・・・?」
おかゆを食べ終えたペスカトーレは、痛んだ喉が温かいおかゆである程度回復したのか、少し掠れるような声で訊く。
「まだ間に合う」
時刻はまだ8時半前。ダッシュで行って速攻で着替えればラザニアの準備をする時間は十分に確保できる。
「・・・悪い、迷惑をかける」
「気にするな。俺だって結構ギリギリだし、いつ倒れるか分からん」
「そうか・・・・・・」
そしてペスカトーレは、少しだけ悲しそうな顔をして告げた。
「アマレットにも・・・ゴメンって伝えておいてくれ」
「・・・・・・分かった」
この状況でもアマレットのことが気になっているあたり、ペスカトーレもアマレットに入れ込んでるなとアルデンテは思った。
その言葉を最後に、ペスカトーレは目を閉じて寝息を立てて眠りに就いた。
アルデンテはペスカトーレが眠りに就いたのを確認すると、音を立てないように部屋を出る。そして駆け足で学校へ向かい、コックコートに着替えて自分の屋台へと向かう。すでにアマレットは準備を始めていた。
アルデンテが到着すると、アマレットが問いかける。
「遅かったじゃない。どうしたの?」
「ペスカトーレが体調崩した」
「え・・・・・・」
アマレットが信じられないと言った表情になる。
「昨日、一昨日の急な天気の変化と、疲れが溜まってたっぽいな。今日は休ませたよ」
「そっか・・・・・・」
露骨にがっかりしているアマレット。アルデンテはそれを見て、少しでも元気づけようとペスカトーレからの伝言を伝える。
「アマレットにもゴメン、だって」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデンテは、ラザニアの準備を進めながらアマレットの表情を窺う。
アマレットは料金箱を取り出したり、投票箱をカウンターの前に置いたり割引チケットを用意しているが、アマレットの表情は今なお晴れず、曇ったままだ。
はっきり言って、こんなアマレットは初めて見た。
「・・・・・・どうかしたのか?」
アルデンテが気になったので訊ねると、揺れる瞳をアマレットはアルデンテに向けた。
「・・・・・・ペスカトーレがいないのって、なんか寂しいね」
予想外の言葉に、アルデンテは言葉を失う。
普段のアマレットはそんな気弱なことなど言わず、いつも明るく振る舞っている印象がある。戦車道でだって、ペパロニと同じ戦車の操縦手として抜群の腕を振るっているという噂だ。
そんなアマレットが、物憂げな表情で『寂しい』だと?
「・・・最近ね、あいつのことが輝いて見えるんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデンテは言葉を挟まず、ラグーの材料を手際よく切って鍋に入れる。
「この総選挙の間、私はペスカトーレの傍で客引きしてて。ペスカトーレは誰に対しても笑顔で、明るい声で挨拶して、客引きしているのを間近で見て・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのペスカトーレが、すごい輝いていて、頭から離れないんだ」
具材がいい感じに焼けたので、トマトソースと塩コショウ、そして調理用の赤ワインを頭に叩き込んだレシピ通りの分量で混ぜて煮込み始める。
「最初の日の夜に、あんたがジェラートの屋台に顔見せに行った時にペスカトーレに聞いたんだ。『よくそんな風に、誰にでも笑顔で客引きできるね』って」
初日が終わりアルデンテがジェラートたちを労うためにジェラートの屋台へ行ったのだが、その間にそんなことを聞いていたとは。アルデンテは少しばかり驚く。
「そしたらあいつ、『アルデンテのラザニアが美味いのは俺が一番知ってる。だから、その美味さを皆にも知ってもらいたいんだよ』って答えたんだ」
それについては、アルデンテも初耳だった。
アルデンテにとっての親友であるペスカトーレが客引きをしてくれているのは、アルデンテがダメもとで頼んでの結果だった。だがペスカトーレは快諾したのだが、その理由をペスカトーレは教えてはくれなかった。大方、楽しそうだからという理由で引き受けたのかと思ったが、まさかそんな理由だったとは。
「その理由を聞いてさ、私あいつのことを見直したんだ。ペスカトーレはただ、ノリと勢いに任せて、楽しいから客引きをしてるんだと思ってたから」
「・・・・・・・・・・・・」
「で、さ・・・。その理由を言った時のペスカトーレが、すごい私にはカッコよく見えて・・・。それから、その・・・・・・」
「・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・意識しだして」
おっ、とアルデンテは声を洩らしそうになるが口をつぐむ。
「それで、あいつの顔が、笑顔が頭から離れなくって・・・・・・」
ラグーをかき混ぜるアルデンテは、必死で笑いをこらえていた。
「・・・・・・気づけば、ペスカトーレのことが好きになってた」
言った。
アマレットはたった今、自分の気持ちを正直に告白した。
アルデンテは、ラグーをかき混ぜる手を止めて一度蓋をし、アマレットのことを見る。
「・・・今の言葉、ちゃんとペスカトーレに直接言えよ」
「い、言えるわけないじゃない!そんな・・・・・・恥ずかしいし・・・」
とりあえず、今目の前で恥じらうアマレットの姿は実に貴重なので写真にでも撮っておきたかったが、今は調理中なのでそれも叶わない。
「その言葉を聞いたら、あいつも絶対嬉しいに決まってる。飛び跳ねて喜ぶだろうよ」
「え、それって・・・・・・」
「おっと口が過ぎた。黙りま~す」
軽口を叩くと、アマレットは顔を真っ赤にして料金箱をドンッとカウンターに置き、ついでにアルデンテの肩をバシッと強く叩く。どうやら調子が戻ってきたようだ。
それにしても、朝からいい話を聞けたとアルデンテは思う。まさか、アマレットがペスカトーレに惚れたとは思わなかった。そう考えると、一昨々日のロシア人少女を接客した後でペスカトーレをアマレットが叩いたのも頷ける。
これは、告白した時にお互いどんな反応をするのかが楽しみだ。
だがアルデンテは、ペスカトーレに『アマレットがお前のこと好きだってよ』とは死んでも言わない。そう言う愛情や友情などの感情は、当事者が言ってこそ伝わり心に響くもので、何より嬉しくなれるのだから。アルデンテは、ペスカトーレとアマレットの関係の中ではあくまでも第三者なので、あれこれ言うわけにはいかなかった。
そこでふと思う。
(他人の応援してる場合じゃないだろ)
結局アルデンテは、初日の朝にジェラートの屋台へ挨拶に行った時以来、カルパッチョとは会っていないし、連絡も取っていない。
会いに行ってはいるのだが、カルパッチョがいないのだ。
店主のジェラートは、『飲み物買いに行った』とか『急いで帰っちゃった』など上手い具合にアルデンテをはぐらかす。しかもその顔はどこか嬉しそうだったので、絶対にジェラートは1枚噛んでいる。
避けられている、という可能性ももちろん考えられた。その理由はむしろ思い当たるとものしかない。
だが、アルデンテも屋台を長い時間空けられないし、急いで追いかけるのも何か違うと思ったので、大人しく引き下がる結果に終わってしまっていた。
電話やメールなどの手段も考えたが、電話だとどもって上手く言葉も紡げないのは分かるし、メールを書こうとしても何を書けばいいか分からず開いては閉じるを繰り返している。
しかし、会いたいという気持ちは増幅していく。けれど自分からはなかなか動けない。何とも自分勝手だとアルデンテは自虐する。
そんなネガティブなことを考えながらラザニアの準備を続けていると、時計塔が10時の鐘を鳴らし、屋台総選挙の6日目がスタートした。
「美味しいラザニア如何ですか~!今ならジェラートと合わせて250万リラ!この機会に是非どうぞ~!」
やはり訪れる観光客は多く、ジェラートとのセットに目がくらんでラザニアを買い求める客も大勢いる。
それでもアマレットは、今朝アルデンテにこぼした自分の気持ちは一先ず頭の片隅に置いておき、ペスカトーレに負けないぐらいの笑顔と明るい声で客引きをし、お客をさばいていた。
ここで、アルデンテは気になっていたことを客の流れが落ち着いたところで聞いてみた。
「アマレットは疲れていないのか?」
体調を崩したペスカトーレと同様に、アマレットも買い出しと客引きを6日続けてやっているから、いつ体調を崩してもおかしくないと思ったが故の質問だ。
しかしアマレットは、何てことの無いように笑って答える。
「私は伊達に戦車道をやってはいないからねぇ。戦車道やってると、自然と体力がついてくるし、人によっては結構が良くなって低血圧が改善されたってのもあるらしいよ?」
「ほう」
それは知らなかった。そう言えば、以前カルパッチョも『戦車道はダイエットにもなる』と言っていたし、健康管理に役立っているとは戦車道様様だ。
そうして営業を続けて、昼前に差し掛かり。
「あ、野菜が切れそうだな・・・・・・」
アルデンテが支給された冷蔵庫の中を見て呟く。それを耳聡く聞き取ったアマレットが、肩を回しながらアルデンテに話しかける。
「買ってくるよ。何が足りないの?」
「悪い。足りないのは・・・・・・そうだな。ラグー用の野菜と、ミンチの牛肉だ」
「オッケー、分かった。すぐに買ってくるよ」
「助かる」
アマレットが財布をポケットに突っ込んで屋台を出て、アンツィオ屋台主御用達のスーパーがある方へと向かって行った。
だが、そこでアルデンテは致命的なことに気付く。
「・・・・・・しまった」
客引きをする人がいなくなってしまったのだ。
それならどうするべきかは、誰がどう考えても分かる。アルデンテにも分かる。アルデンテが客引きをするしかないのだ。
だが、アルデンテは屋台を開いてから一度も客引きをしたことはない。いや、ラザニアを準備する片手間で小さな声で『いかがですかー』などと言ったことはあるが、先ほどのアマレットやペスカトーレのように声を張り上げて客引きをしたことはない。
もっと言えば、体育祭や文化祭などの催しでも、大声を上げたことなど無い。
その理由は、やはりアルデンテがアンツィオの校風とはズレていて、冷めきっている自分が声を上げるのが恥ずかしいと思っているからだ。
しかし、やらなければと思って腹を決めて声を上げようとするが、喉が引っ付いたように声が出なかった。アルデンテの喉は、大声を出すことに慣れていなかった。
(マズい、どうする・・・・・・)
周りの屋台は、売り上げを伸ばしていたアルデンテたちの屋台が客引きをしなくなったのを見て『これ幸い』とばかりに、声を上げて客を呼び寄せる。アルデンテの前を行く観光客も、こちらをチラッと見るだけで他の屋台に流れてしまっていた。
100万リラ引きやジェラート割引と、どれだけ魅力的なサービスを銘打っていても、そのサービスを提供する人物が明るくなければ誰だって訝しむものだ。
アマレットが戻ってくるまで営業を停止するか。いや、いつ戻ってくるかは分からないし、それでは売り上げと投票券が得られなくなってしまう。
でも、だが、しかし、けれど・・・・・・
「アルデンテ・・・?」
グルグル頭の中で思考が渦巻いていたところに、その声は聞こえた。
その声がした方を見れば、そこにいたのは艶やかな金髪、緑の瞳、白いブラウスと黒のプリーツスカートを身に着けて、黒のベレー帽を頭に被ったアンツィオ高校の制服の少女がいた。
カルパッチョだ。
「・・・・・・や、カルパッチョ」
会いたいと思っていたのに、いざ会ってみるとろくな挨拶もできない。しかも大声で客引きもできず、アルデンテは自分の不器用さを呪うほかなかった。
「ペスカトーレと、アマレットは・・・?」
カルパッチョは、屋台にアルデンテしかいないことに気付いて心配そうに訊いてみると、アルデンテは苦笑しながら答える。
「アマレットは買い出し、ペスカトーレは体調を崩して休みだ」
「えっ・・・大丈夫なの?」
「ああ、寒暖差と疲労にやられて。でも、そこまでグロッキーって程じゃなかった」
「そう・・・・・・」
会話が途切れる。
アルデンテは、やはり先日の件があってカルパッチョの顔を見るのが怖くなり、オーブンに目を移す。変な告白をしてしまったせいで、顔を見ることも、言葉を交わすこともままならない。
しかし、直後にふわりとした優しい香りをアルデンテは感じ取り、横を見ればカルパッチョがオーブンの傍に立っていた。
アルデンテはびっくりするが、せっかくカルパッチョが近くに来てくれたので何か話の一つでもしなければならないだろう。腹の中が煮えたぎっているような感覚になるが、それでも言葉を発する。
「・・・・・・ジェラートの屋台は、手伝わなくていいのか」
「・・・うん、少し気になることがあって」
「?」
カルパッチョは一度目を閉じて、そして決心したようにアルデンテを見据える。
「あなたのことが、気になって」
その目で見据えられて、その言葉を告げられて、アルデンテは動きを止める。
今、カルパッチョは何て言った?
「・・・・・・俺が?」
「・・・うん」
カルパッチョも自分で言って恥ずかしかったのか、頬を朱に染めてアルデンテから目を逸らす。
「・・・ジェラートが、『アルデンテがカルパッチョに会いたがってた』って聞いて、それで・・・」
語弊がある言い方だと思ったが、実際そう言っていたのでアルデンテは何も言えない。
しかし、会いたかったのは事実なので、それは正直に言っておく。
「・・・確かに、カルパッチョには会いたかった」
カルパッチョが息を呑んだように感じる。
「元々、ジェラートの屋台は総選挙に参加しないつもりだった。それなのに、俺が1位を取りたいからって頼み込んで協力してもらって・・・・・・。それで忙しくなったから」
「・・・・・・」
「そのせいでカルパッチョも大変だと思って、謝りたかったんだよ」
カルパッチョは、自分が手伝うジェラートの屋台のことを思い出す。確かに、総選挙という催事とアルデンテの屋台との提携サービスをしているから、普段の比ではないぐらい屋台は忙しい。
それでも今こうしてアルデンテの屋台を訪れることができているのは、ジェラートから『少し休んでいいよ』と言われたからだ。もちろんカルパッチョは最初、忙しいのにジェラートを1人にさせてしまうので休めないと断った。
しかしジェラートは。
『アルデンテのとこに行っておいでよ。あいつ、会いたそうにしてたから』
その言葉を聞いて、カルパッチョは意を決してアルデンテに会いに来たのだ。そして来てみれば、ペスカトーレもアマレットもおらず、アルデンテが1人しかいなかったので声をかけてみたわけだ。
「でも・・・会いたかったんだけど、中々タイミングが合わなくてな」
アルデンテが苦笑しながら告げるその言葉に、カルパッチョは胸が痛む。
実際の所、カルパッチョはアルデンテから逃げていた。
カルパッチョは、トレヴィーノの泉の前でアルデンテの本音を聞いて、“誰か”に恋をしているのを知った。
そしてその“誰か”とは、カルパッチョ自身だということにも気づいてしまった。
それ以来、アルデンテのことをさらに意識するようになってしまい、会話をすることすらままならなくなってしまった。
総選挙初日の朝にアルデンテがジェラートとカルパッチョの下を訪れた時も、何を離したらいいのか分からなくなって、結局一言も発することはできなかった。
その後も、ジェラートによればアルデンテは何度かカルパッチョに会いに来ていたらしいが、カルパッチョはアルデンテと面と向かって話をすることが怖くて、恥ずかしくて、逃げてしまっていた。
「・・・・・・ごめんなさい、アルデンテ」
「?」
その逃げていたことが果てしなく後ろめたくて、罪悪感を抱くほどのことだったから、カルパッチョはアルデンテに謝った。
「本当は・・・あなたから逃げていたの」
アルデンテの顔から、一切の感情が抜け落ちる。
「トレヴィーノの泉で、あなたの話を聞いて・・・それであなたがどうして、この総選挙に参加して1位を取ろうとするのか知って・・・・・・」
「・・・・・・」
「それで、あなたには好きな人がいるって、私は―――」
「カルパッチョ」
カルパッチョの言葉を遮るように、アルデンテは口を挟む。その先の言葉は聞いてはならないと、アルデンテの本能が警鐘を鳴らしたからだ。
「その話は・・・・・・後で聞く。今は、忙しいし」
アルデンテは強引に話を打ち切って、ラザニアの準備に戻る。
しかし、肝心なことを思い出した。
「そうだ、客引きがいないんだ・・・・・・」
悔しそうにアルデンテが呟く。周りの屋台の客引きの声が、余計大きく聞こえてくる。
「・・・・・・」
カルパッチョは、少しだけ屋台の中を見渡して、考え込むような仕草を取る。
そして何を考えついたのか、ペスカトーレやアマレットがいた場所に立つと。
「ラザニア如何ですか~!美味しいですよ~!」
突然、カルパッチョが声を上げて客引きを始めたのでアルデンテはびっくりする。
屋台の前を歩いていた観光客も、急に客引きを再開したので驚いているようだった。
「今ならジェラートも割引ですよ~!」
しかし、そんなアルデンテと観光客の視線など意にも介さず客引きをするカルパッチョ。すぐにアルデンテはショックから立ち直って、カルパッチョに話しかける。
「カルパッチョ、何を・・・?」
「客引きがいないんでしょ?私がやるわ」
「いや、でも・・・・・・」
アルデンテは引き留めようとする。
客引きができていないのは、アルデンテが声を上げるのが恥ずかしくてできないせいである。つまり完全にアルデンテ1人の責任であるため、カルパッチョを巻き込むわけにはいかなかった。
それにカルパッチョには、ジェラートの屋台の手伝いだってある。
そう思っていたのだが、カルパッチョはアルデンテに向けて振り返り、小さく笑いかけてこう言ったのだ。
「アルデンテ、1位になりたいんでしょ?」
そう言って、カルパッチョは再び客引きを始める。
先ほどまで興味なさげに通り過ぎていた観光客たちも、興味を示してこちらに歩み寄ってくる。そして、やってきたお客に対して笑顔で接するカルパッチョ。
「ジェラートが割引になるんですか?」
「はい、総選挙中は普段よりもラザニアは100万リラ安くなっています。そして、提携している屋台のジェラートが50万リラ引きでいただけます!」
しかも説明の仕方まで完璧だった。おまけにカルパッチョの笑顔が綺麗だったので、気をよくしたお客は早速財布を取り出した。
アルデンテはそれを見て、思い出したようにラザニアをオーブンから取り出して、皿に盛り付ける。アルデンテからラザニアを、カルパッチョからジェラート割引券を受け取ったお客は、投票券を1枚千切って投票箱に入れ、ジェラートの屋台に向かって去って行った。
カルパッチョとアルデンテはそのお客に向けてお辞儀をして、そしてカルパッチョはまた客引きを始めた。
そんなカルパッチョを見て、アルデンテは自分が情けなく思えた。
自分は恥ずかしくて大声が出せないというのに、今自分の目の前では好きな人であるカルパッチョがアルデンテに代わって客引きをしている。それでアルデンテも『じゃあ客引きはカルパッチョに任せればいいや』と割り切れるほど考え無しではない。
元々客引きのペスカトーレは、アルデンテに頼まれて、そしてアルデンテの性格を理解した上で客引き係を引き受けてくれた。この総選挙期間中だけ客引きをしてくれているアマレットもまた、アルデンテが頼んで承諾してくれたからだ。
だが、カルパッチョはアルデンテが頼んだわけでもないのに、自分から進んでやってくれている。
そのカルパッチョと反対に自分が何もできないのが、アルデンテは情けなかった。
自然とアルデンテの手に力が入る。歯を食いしばり、目を瞑る。
そして、アルデンテの口が開いた。
「いかがですかーッ!今ならラザニア100万リラ引きですよーッ!」
多分、数年ぶりぐらいに大声を出した。慣れない大声を出したせいで、少し裏返った。すごい恥ずかしい。
これには流石に周りの屋台主も驚いたようで、ぎょっとした顔でこちらを見ている。何しろ、アルデンテは屋台に立ってから一度も声を張り上げたことなど無かったのだから。静かな店員が声を上げたものだから、何か事件でも起きたのかと勘違いしそうになる。
しかしカルパッチョだけは、少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに笑って客引きを再開した。
「美味しいラザニアは如何ですか~!」
「今ならジェラートと合わせて250万リラですよーッ!」
2人が客引きを始めたことで、流れていた客もこちらへと意識を向けてくる。
アルデンテは、カルパッチョが自分と同じで大声を出すことにはあまり慣れていないのかもと思った。だがカルパッチョは戦車隊の副隊長で、声を張り上げて指示をすることが多いので、今回のような客引きで声を上げることも慣れっこだった。
それと、カルパッチョは通りやすい澄んだ声をしている。だから、他の屋台の客引きと雑踏の喧騒が入り混じった中でも聞こえやすい。
何よりも、カルパッチョの容姿は可憐と表現するに相応しいため、これもまた注目を集めるのに一役買っている。
そのいくつかの要素が相まって、客足は再び回復してきていた。
少し離れたペパロニの鉄板ナポリタン屋台から、アンチョビはアルデンテたちの屋台の様子を見ていた。
そのアンチョビの目には、アルデンテとカルパッチョが一緒に客引きをしている様子が映っている。それは、見ていてとても温かい気持ちになれるものだった。
というのも、カルパッチョは普段副隊長として大きな声で指揮をすることはあれど、普段の生活で大きな声を上げるのを見たことはなかったからだ。ジェラートの屋台で手伝っている時も、専ら商品を渡すぐらいだとジェラートは言っていた。
加えて、カルパッチョが屋台に立っている時は、大体作ったような愛想笑い、営業スマイルとも言うべき笑顔しか浮かべていなかった。
だが、今のカルパッチョは積極的に声を上げて客引きをしていて、それも心の底から楽しそうな笑顔を浮かべて屋台の営業を楽しんでいるように、アンチョビは見える。そのカルパッチョの隣に立つアルデンテもまた、楽しそうな表情だ。
2人とも、今の状況を楽しんでいる。売り上げを伸ばさなきゃ、1位にならなきゃ、投票券を1枚でも多く貰わなきゃ、という“雑念”が感じられない。
「ドゥーチェ!ぼさっとしてないで客引きしてくださいっすよ!」
「お、おお!悪い悪い!」
ペパロニに急かされて、アンチョビは意識を目の前にいる客たちに向ける。そして客引きをする傍らで、鉄板ナポリタンを作る。
ただし、アルデンテとカルパッチョの2人のことは意識したままだ。
アマレットは、買い出しから戻ってきたところでその光景を目にした。
あのアルデンテが、普段から冷静で声を張り上げることなど無いアルデンテが、客引きをしている。そんな中でもオーダーを受ければラザニアを準備して、次のラザニアのためのラグーをかき混ぜて調理して、客引きをしている。
その傍には副隊長のカルパッチョがいて、彼女もまたアルデンテと一緒になって客引きをしている。そして、アマレットが務めていた接客もこなしている。
2人とも、今を楽しんでいるように笑っている。
アマレットやペスカトーレもそうだったが、いい具合に役割分担ができていて、実に仲が良さそうだ。
その様子を見てアマレットは。
「・・・・・・お似合いだねぇ」
アマレットは2人に気付かれないように、手に提げていた食材の詰まったレジ袋を2人の後ろのテーブルに置き、今は1人で切り盛りしているであろうジェラートの屋台へと向かった。
アルデンテはお昼のピークを過ぎた辺りで、買い出しに行ったアマレットがいつまで経っても戻ってこないことに疑問を抱いた。
トラブルにでも見舞われたのだろうかと思ったが、後ろに置いてある支給されたテーブルにレジ袋が置いてあるのに気付いた。その袋の下には、レシートと1枚のメモも挟んである。
アルデンテは、客が切れた頃合いを見てそのメモを見てみる。
『なんかパッチョ姐と仲良さそうなんで、邪魔しないようにジェラートの屋台へ行ってます♪』
そのメモを読み終えたところで、アルデンテは『!?』と声にならない声を出して周りを見る。
「どうかしたの?」
カルパッチョがそのアルデンテの奇妙な動きに気付き、心配そうに声をかける。
「いや、何でもない」
アルデンテは心配させないようにそう返し、メモを片手で握りつぶしてゴミ箱に放り込む。
とりあえず、食材の補充はできたし、アマレットもカルパッチョが抜けて大変であろうジェラートの手伝いに行ったので、文句はない。
だからアルデンテは、再びカルパッチョと一緒に客引きを再開した。
そしてあっという間に19時を迎え、今日の屋台街の営業も終了となった。
「今日はゴメン、カルパッチョ。急に手伝ってもらって・・・」
アルデンテが売上金の集計をしながら、カルパッチョに感謝の言葉を伝える。その横でカルパッチョは、調理器具を洗いながら、なんてことないとばかりに笑顔をアルデンテに向ける。
「大丈夫よ。私も楽しかったし」
その笑顔に少しばかりアルデンテも救われたような気持ちになるが、それでも申し訳なさは拭えない。
「でも・・・・・・何かお礼をさせてほしい・・・」
そんなアルデンテの言葉は本心から来るものである。
カルパッチョは最初、恥ずかしくて声が出せなかったアルデンテに代わって客引きをして、その上に今日が終わるこの時間まで手伝ってくれた。
ここまでしてくれた相手にお礼の一つもしないなんて、男が廃る。それ以前に人としてどうなんだと思う。
「・・・・・・そうね・・・」
カルパッチョは、調理器具を洗う手を止めて、少し考える。
アルデンテと同じような性格をしていれば、アルデンテの言ったような言葉を受けても遠慮するかと思ったが、意外とすんなりと聞き入れた。そのことにアルデンテは少し引っかかったが、それでもこれでちゃんとお礼ができるので良しとした。
やがて、何かを考えついたカルパッチョは、椅子に座っているアルデンテと目の高さを合わせるように少し屈む。アルデンテがカルパッチョを見ると、こう言った。
「じゃあ・・・・・・今日の夕飯、一緒に食べに行かない?」
そのお願いにアルデンテは小さく笑って、『分かった』と答えて電卓を叩くスピードを速くする。カルパッチョも少しだけ嬉しそうに再び調理器具を洗い出す。
そして、アルデンテが集計を終えて、カルパッチョも洗い物を全て片付けると、2人は最初に出会った日に行った和食レストランへと向かった。
それは、20時前の出来事だった。
7日目にして、遂に屋台総選挙も最終日になる。
最後の追い上げとばかりに、どの屋台も必死になって客引きをしていた。来場者もまた、大きなイベントの最終日ということで人数が多い。
そんな中で、アルデンテの屋台からは3人分の客引きの声が聞こえていた。
「今なら250万リラでラザニアとジェラートがセットでいただけまーす!いかがでしょうか~!」
アマレットが笑顔を振りまいて客引きの声を上げる。
「本日限り!本日限りのラザニアとジェラートの提携サービスいかがですか~!」
昨日休んだ分を挽回するとばかりに、いつも以上に声を上げているペスカトーレ。
「ラザニア如何ですか~!割引サービス最終日でーす!」
そして、まだ慣れない様子ではあるが、それでも声を張り上げて客引きをするアルデンテ。
ペスカトーレは、最初にアルデンテが声を上げて客引きしているのを見て大層驚いていたが、アマレットから何かを吹き込まれると納得したように頷いて、自分もまた客引きを始めた。
そのペスカトーレだが、今日アルデンテと最初に顔を合わせた時に、昨日休んでしまったことを謝ってきた。その謝罪をアルデンテとアマレットは聞き入れて、その上で『今日取り返せばいい』と諭すと、ペスカトーレは火がついたように客引きをしてくれている。
(よかった・・・・・・)
アマレットは、口には出さなかったがペスカトーレが来てくれてホッとしていた。何せアマレットは、昨日アルデンテに『ペスカトーレのことが好きだ』と告白している通り、彼に惚れている。好きな人の元気な姿を見ることができて、アマレットは嬉しくもあり安心もしているのだろう。
それ以外で昨日と違うところは、今日はカルパッチョは手伝いをしてはいないというところ。カルパッチョは本来の仕事であるジェラートの屋台のお手伝いに戻っているのでそれは仕方がないが、分かっていてもアルデンテは少し残念だった。だが、嘆いていても仕方がないので目の前のラザニアに集中する。
ラザニアに集中しながらも、アルデンテはなお声を上げて客引きをしている。そして注文が来れば、アルデンテはラザニアを準備してお客に差し出す。
その傍らで、アルデンテはペパロニたちの屋台をチラッと見る。今なおアンツィオフィーバーは続いているが、その人数はざっと見た感じでは昨日と比べると減ってきている。流石に、アンチョビの人気もそろそろ打ち止めといったところだ。
「よし、向こうの勢いが落ちてる。この隙に巻き上げるぞ」
「「Si!」」
アルデンテの言葉に、ペスカトーレとアマレットが大きく頷きイタリア風の返事をする。そして客引きの声を一層大きくした。
当然アルデンテもラザニアの調理をしながらも客引きの声を上げて、総選挙最終日を頑張る。
今週7回目の、19時を告げる時計塔の鐘。
遂に、1週間に及ぶ屋台総選挙が終わったのだ。
屋台主たちは、後片付けそっちのけで『終わったぁ~!』と万歳をしながら地面に座り込んだり、カウンターに突っ伏したりしている。
アマレットとペスカトーレも疲れてしまったようで、椅子に座ってそのまま眠ってしまった。しかもこの2人、お互いよりかかるように眠っているので、それを見てアルデンテは小さく笑った。
アルデンテは片づけと売上金の集計を終えると、2人を起こさないように静かにジェラートの屋台へと向かう。だが、ジェラートもやはり疲れてしまっていたのかカウンターに伏せて眠っていた。
「・・・お疲れさん」
起こさないように、アルデンテが静かにジェラートにそう告げると、しゃがんで片づけをしていたカルパッチョが顔を上げてこちらに気付いた。
「お疲れ、アルデンテ」
「ああ、お疲れ。悪いな、この1週間忙しくさせて」
「大丈夫、気にしないで」
カルパッチョが静かに笑うと、蒸し暑い真夏の夜にしては涼しい風が吹く。
「・・・・・・1位になれると良いね」
カルパッチョが静かに告げて、アルデンテは口をつぐむ。
屋台総選挙は終わり、後は投票結果を待つだけとなった。
アルデンテは営業中も自分の周りの屋台がどれだけ繁盛しているかを観察していたが、やはりアンチョビとペパロニの鉄板ナポリタン屋台が盛り上がっていた。ほとんどのアンツィオ生がそちらに流れていったように見えたから、あの2人の屋台は脅威だとアルデンテも思っている。
そして投票の結果、1位になれればアルデンテはカルパッチョに告白をする。
だが1位になれなければ、全てが水の泡となる。上位5位に入れれば周りはすごいと言うだろうが、アルデンテからすれば2位や3位は中途半端だ。明確に、説得力がある実績は1位だと。
だからアルデンテは、1位に固執していた。
「・・・・・・なれるかなぁ」
「なれるよ、きっと」
アルデンテの零した言葉に、カルパッチョは微笑みながら寄り添うように告げる。
その言葉だけで、アルデンテは1位が取れそうな気がした。
作中に登場したロシア語は、Google翻訳を参考にしました。
間違っていたりしたら申し訳ございません。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。