意:告白する、打ち明ける、宣言する
前回ほどではありませんが今回も長いです。
ご了承ください。
屋台総選挙が終わってから、各屋台の投票券を集計し結果を発表するまでには3日ほどかかる。まずは各屋台に設置していた投票箱を回収し、次にそれぞれの屋台の得票数を手作業で2度確認し、最後に結果を表に記す。
その結果が出るまでの間、屋台街の総選挙に参加していた屋台は休業となっていた。これは自主的なものではなく、運営委員会からの指示である。
観光シーズンに加えて大規模なイベントという要素が重なって、年間を通しても屈指の繁忙期となる1週間だった。だから屋台主たちも疲れているだろうから、休ませようという屋台街運営委員会とアンツィオ高校の気遣いによるものだ。
ちなみに、屋台を運営しているのも学生なので課題も片付けなければならなかったので、このつかの間の休息は屋台主たちの間でも重宝されていた。
アルデンテも、この1週間はろくに宿題に手も付けられず、自分に課していた1日当たりのノルマさえクリアできていなかったので、何とか遅れた分を取り返そうとしていた。もちろん、今回のイベントに向けてある程度課題は進めていたのだが、それでも全部終わるまではまだ遠かった。
しかし、課題を進めているアルデンテの頭を占めているのは総選挙のことだ。この総選挙の結果によって、アルデンテの今後の進退が決まるからだ。
1位になれれば、返事はともかくカルパッチョに告白し、2位以下ならそれで終わり。
その事実を改めて思い出し、アルデンテのシャープペンを持つ手に力が入る。その拍子に、ボールペンの芯が折れた。
アルデンテはシャープペンを置いて手を組み、心の中で願う。
(絶対に、1位になりたい。そして、告白したい)
最後の日にカルパッチョは、『1位になれるよ』と言ってくれた。
そう信じてくれているカルパッチョを裏切らないためにも、アルデンテは1位になりたいと切に願う。
迎えた総選挙の投票結果を発表する日。時刻は朝の10時で、空模様は生憎の曇りだ。
結果発表を行う場所は、屋台街からほど近い場所にあるイタリアのパンテオン神殿に酷似している建物の中だ。
このパンテオン神殿風神殿は、イライラした時にホールで大声で叫んでストレスを発散する場所として、学園艦の住人に親しまれている。中には愛を告げるためにここに来て、大声で告白をする人もいるという話だ。
その神殿のホールに、大きなホワイトボードが用意されていた。そのホワイトボードの前では、総選挙に参加した屋台の屋台主たちが結果発表を今か今かと待っていた。
その屋台主たちの中には、ペスカトーレの姿もあった。そして彼より前の方にはアンチョビとペパロニもいる。だが人が多いせいで、アンチョビたちからはペスカトーレの姿は見えていない。
まだ何も書かれていない、紙も貼られていないホワイトボードを見るペスカトーレの顔は、まさに真剣も真剣だ。
その表情は、ペスカトーレがこの総選挙に参加するにあたって決意したことによるものだ。
この総選挙で1位になれたら、アマレットに告白するという、奇しくもアルデンテが自分に課したものと同じようなことだった。
だから、今日の結果発表で今後のペスカトーレの身の振り方が変わる。
と、そこで後ろから声を掛けられた。
「やっほー、ペスカトーレ」
「どもども~」
人波をかき分けてペスカトーレの下へとやってきたのはアマレットとジェラート、そしてその後ろにはカルパッチョもいた。カルパッチョは、小さく頭を下げて挨拶をする。
「皆も来たんだ」
「そりゃ、私たちがあれだけ頑張ったんだもの。その結果を見なくてどうしろって言うのさ」
「そうそう。いつも以上にメチャクチャ働いたんだから結果を見なくちゃ後味悪いって」
ペスカトーレの言葉にアマレットとジェラートは、当然とばかりに頷いて笑う。カルパッチョも口には出さなかったが、優しく笑って小さく頷いていた。
「アルデンテだって、普段大声なんて出さないって言ってたのに、1位になるために頑張って声を出して客引きしていたんだもの」
カルパッチョが、アルデンテのことを思い出すかのようにおもむろに話す。そこで言葉を切って目を瞑り、ペスカトーレたちの顔を見て告げた。
「アルデンテの頑張りと努力の成果を、見届けたいの」
その言葉に、ペスカトーレとアマレット、ジェラートの3人がカルパッチョの方を一斉に見る。そして、3人が揃ってニンマリと笑ったので、カルパッチョは嫌な勘が働いて額から一筋の汗が垂れる。
「今のパッチョ姐・・・すっごい乙女な顔してたよ」
アマレットが自分とペスカトーレとジェラートの気持ちを代表して伝えると、カルパッチョは顔を赤くして俯いてしまった。その様子が可笑しくて、微笑ましくて、ペスカトーレたちは笑みをこぼす。
そんなやり取りが後ろの方から聞こえてきたので、アンチョビはそちらの方を見て静かに微笑んでいた。
カルパッチョは戦車隊に入隊し、自分が副隊長に任命してからも、例え自分が辛くても弱音を吐かず自分1人で抱え込んで頑張っている様子があった。その性格もあって、あまりアンツィオの空気に馴染めず、友達もそれほどできなかったカルパッチョは心が不安定だった。
そのカルパッチョは、ここ最近ではとても生き生きとしているように見える。以前までのようなどこか物憂げな様子は見受けられない。
その理由はやはり、アンチョビ自身も分かっている。
彼女に『カルパッチョ』という名前を付け、アンツィオの中でも彼女に一番近い境遇を持っている、アルデンテという人物と出会ったからだ。
アンチョビはその事実を思い出し、そして目線の先にいるカルパッチョの姿を見て、安心していた。
「そろそろっすよ、姐さん」
傍に立つペパロニに言われて、アンチョビは目の前にあるホワイトボードを見る。両脇には、いつの間にか屋台街運営委員会の人物らしき2人の生徒が立っている。さらに大きな模造紙を抱えた生徒が3人やってきて、模造紙をボードに貼り付ける。結構模造紙は大きいので、貼るのに苦労していた。
ペスカトーレたちも、遂に結果が貼りだされるということでそちらに注目する。
そこでカルパッチョが、ペスカトーレに訊ねた。
「ところで、アルデンテは?」
肝心のアルデンテの姿が見えない。
カルパッチョが訊くと、ペスカトーレは残念そうに笑って告げた。
「体壊して寝込んでる」
昼の12時過ぎ、アルデンテは自室のベッドの上で呻いていた。
起き上がれない身体が重くて、頭が熱い。
1週間の屋台総選挙の疲れが今になって出てきたのだろう。加えて、総選挙の結果が不安で仕方がないから、疲れを助長させて熱という形で身体に現れた。
「・・・・・・はぁ」
そんな感じで体調を崩していても、心配しているのは総選挙の結果だった。あれで、自分の今後の生き方が変わると言っても過言ではないからだ。
結果が発表されるのは10時過ぎぐらいだから、もう結果は発表されてしまっているだろう。枕元に置いていた携帯を見ても、結果を見に行ったペスカトーレからのメールや電話は来ていない。
(1位になれたか・・・)
(どうなったんだ・・・・・・)
(負けたのか・・・・・・)
頭の中で考えていると、携帯が震えてメールの着信を告げる。身体が重いのも今は忘れて俊敏な動きで携帯を開くと、『新着メール:ペスカトーレ』。さらにそのメールの件名は『投票結果』だ。
ここまでやっていて内容が全然違うものだったら、アルデンテは割と真剣にペスカトーレとの絶縁を考えていたが、ペスカトーレはそこまで考え無しで薄情ではない。それにペスカトーレも、アマレットに告白するという自分の目標のために頑張って屋台での仕事をしていた。それは傍にいたアルデンテも分かっている。
だからペスカトーレも、冗談ではなく本当にその結果を送ってきたのだろう。
早速アルデンテはそのメールを開こうとするが、そこで逡巡する。
(もし、1位じゃなかったら・・・・・・?)
その可能性はもちろんある。何しろあの屋台総選挙には実に30以上の屋台が参加していたのだし、特にペパロニの屋台は結構繁盛していたのでその可能性を考えてしまうのも仕方がない。
だが、そう思うことは別に恥じるべきことではない。お気楽に『絶対1位だぜ!』と後先考えずに楽観的になるよりはマシだ。
それでも、アルデンテはメールを開くことが怖かった。恐ろしい現実を、どうしようもない絶望を突きつけられそうな気がしたから。
呼吸が荒くなる。目が見開かれる。背中に冷や汗が滲む。指が震える。
しかしこれは、後回しにはできないことである。このメールを、結果を見なければアルデンテは前にも後ろにも進めない。
だからアルデンテは、腹を決めて指を無理矢理動かして、メールを開く。
そして、そのメールを読んだ。
『投票総合結果
1位:27番区画・ペパロニ・・・253票
2位:23番及び14番区画・アルデンテ&ジェラート・・・247票
3位:11番区画・マラスキーノ・・・201票
4位:5番区画・リコッタ・・・196票
5位:19番区画・パンナコッタ・・・183票』
総選挙結果発表の翌日。屋台街のほぼ全ての屋台は営業を再開し、総選挙の間ほどではないが忙しさを取り戻していた。まだ夏休み期間で観光シーズンは過ぎていないのだから、仕方がない。アルデンテたちの周りの屋台も、元気な声を上げて客引きをしている。
だが、そのアルデンテの屋台は暗澹たる暗い空気に満ち満ちていた。
今ここにいるのはペスカトーレ、アマレット、ジェラート、そしてカルパッチョの4人。肝心のアルデンテはここにはいない。
ここにアルデンテがいないのと、彼女たちの空気が重いのは、昨日の夜にアルデンテからペスカトーレに送られてきた1通のメールが原因だ。
『しばらく屋台を休ませてほしい。
今は、誰とも会いたくない』
ペスカトーレはアルデンテとは1年半ぐらいの付き合いになるが、こんな周りを拒絶するようなメールは初めて見たし、それだけの状態に陥ったアルデンテも初めて見る。
だが、こうしてペスカトーレはここへ来て、さらに事情を知っているアマレットとジェラート、カルパッチョもここに自然と集まった。
けれど全員の顔は、アンツィオには似つかわしくないほどに淀んだ表情である。今の4人には、周りの屋台の客引きの声すらもどこか遠い別世界から聞こえるように感じた。
「・・・・・・」
普段は明るいペスカトーレも、目が少し充血して赤くなっている。誰がどう見てもやつれていると言えるぐらいにはひどい有様だ。
アルデンテが『1位になったらカルパッチョに告白する』と自分に課していたように、彼もまた『1位になったらアマレットに告白する』と決めていた。
その目標を叶えることができなくなってしまったのだから、ペスカトーレもアルデンテと同じぐらいには失意と絶望に囚われてしまっている。
「・・・・・・」
アマレットも同様に、悲しい表情で口を閉じたまま俯いている。
アマレットは、昨日の総選挙の結果が発表された後で、ペスカトーレたちが沈んだ表情をしていたので、場を盛り上げるためにこう言った。
『ま、まあアンチョビ姐さんもペパロニ姐さんも手強かったもの。それに、ほら!3位との差なんて40以上もあるじゃん!すごいって!』
そんなアマレットの言葉も。
『1位じゃなきゃ意味無いんだよ』
アルデンテに総選挙の結果を書いたメールを送って、携帯持ったままのペスカトーレが告げたいつにない冷酷な一言に切って捨てられてしまった。
アマレットも、アルデンテがなぜこの総選挙で1位を目指していたのかは知っている。全ては、カルパッチョと釣り合うように、認めてもらえるようになるためだ。
しかしそのための全ての努力が否定されてしまったのだから、アマレットも励まそうとして無責任なことを言ってしまったと後悔した。
そして今も、また自分が不用意な発言をしてしまったらと思うと不安になって、何も言えない状態になってしまっている。
けれどもアマレットは、なぜペスカトーレまでもが1位になれなかったことに非常に落胆しているのかは分からなかった。アルデンテの親友だから、アルデンテが悔しがっているのが自分にも伝わる、だけではないというのは分かる。でも、どうしてそんなに悔しいのかは分からなかったし、それが自分に関係しているとは全く気付いていない。
「・・・・・・」
ジェラートもまた、自分に協力を求めた時のアルデンテの顔を思い出していた。
あの時のアルデンテの顔からは、絶対に1位を取るという執念が見て取れた。その顔で、アルデンテがどれだけ真剣にそう思っているのかは、ジェラートにも分かっていた。
そのアルデンテの執念と、カルパッチョに対する気持ちを分かっているからこそ、この結果は残酷だと思った。
けれど結果はもう変えられず、どうすることもできない。
だからこそジェラートは、どうにもできない今が悔しくて拳を強く握っている。
「・・・・・・・・・・・・」
そして重い気持ちで、悲しくて、そしてどうしようもできないことが悔しいのはカルパッチョも同じだ。
アルデンテが総選挙に参加し、そして1位を目指す理由を、カルパッチョはトレヴィーノの泉の前でアルデンテの口から直接聞いていた。
その理由をアルデンテは『好きな人に認めてもらいたいから』と言っていたが、その好きな人がカルパッチョであるということに、カルパッチョ自身は気付いていた。
それを思い出して、カルパッチョは俯く。
もし、私の存在が、私に認めてもらいたいというプレッシャーが、アルデンテを追い詰めてしまっていたとしたら。
アルデンテが今、誰とも会いたくないと言うぐらいに塞ぎこんでしまっているのは、私のせいでもあるとしたら。
私という存在が、アルデンテの足かせとなってしまっているのだとしたら。
そう考えてしまうと、胸が詰まり、締め付けられるように苦しくなる。
「うっ・・・・・・」
カルパッチョの目に涙が浮かぶ。堪えようとしてもできなくて、涙が溢れ静かに泣き出してしまう。
カルパッチョがすすり泣く声を聞いて、ペスカトーレも、アマレットも、ジェラートもそちらを見る。
「・・・・・・うぅっ・・・うぅ・・・・・・」
アマレットはそんなカルパッチョを見かねて、優しく肩を抱く。ジェラートも、カルパッチョの頭を優しく撫でた。
だが、ペスカトーレは何もできずに腕を組んで地面を見る。
アルデンテが自らに『1位にならなければ告白はできない』と課していたが、結果は2位。
彼はアンツィオの中では人一倍真面目だから、自分に課した目標や決まりを曲げることは絶対と言っていいほどない。『1位は無理だったけど、2位でも十分頑張ったし、これでいいか』などとは天地がひっくり返っても言いはしないだろう。
そんなアルデンテの心にあるのは、誰もが罹るであろう恋という名の病だ。自分の人生を大きく変えてしまうほどの気持ちを簡単に切り捨てることなんて、その想いを見て見ぬふりなんて、できるはずがない。
だから、アルデンテはどうすることもできない気持ちに囚われてしまって、そしてその想いを告げられないことがショックで、今こうして塞ぎこんでしまっているのだ。
いかに親友と言えども、恋というデリケートな心の問題にまで足を踏み入れることは難しい。そんな状態の自分にペスカトーレはむかっ腹が立つ。
「・・・・・・?」
だがペスカトーレは、1人の人物がこちらに向かってきているのに気付いた。
その人物は遠慮も謙遜も無く、ずかずかとアルデンテたちの屋台に足を踏み入れて、座ったまま今なお泣いているカルパッチョの前に仁王立ちをする。
その目の前に立つ誰かに気付いたカルパッチョが顔を上げると、その人は口を開いた。
「おい」
アルデンテは、自分の部屋のベッドの上で、膝を抱えて座り込んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その手の中には、携帯がある。画面には昨日ペスカトーレから送られてきた、屋台総選挙の結果を書いたメールが表示されたままだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その結果は、何度見ても、何十回見ても、何百回見ても、何千回見たって、変わりはしない。
アルデンテは1位ではなく、2位だった。
この1週間の努力も、全て水泡に帰してしまったのだ。
カルパッチョに認められるような結果を修めることは、できなかった。
結局、アルデンテの初恋は、想いを告げることすらできずに終わってしまうのだ。
この恋は、諦めるしかなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
乾いた溜息が口から洩れる。
ペスカトーレにアマレット、ジェラートに協力を求めた結果がこれだ。あの3人に合わす顔も無い。アルデンテの気持ちに気付いているであろうカルパッチョに会うなどもってのほかだ。
今のアルデンテは、自分がこのアンツィオにいる意義を失いかけていた。
今すぐにでも、消えてなくなってしまいたかった。
そこで、手の中の携帯が震えた。
虚ろな目でその画面を見ると、『着信:カルパッチョ』と表示されている。
だがアルデンテは、電話に出ようとはしない。拒否することもしない。手の中に携帯を置いたままで何もしない。正直言って今カルパッチョと話をするのは避けたかったし、拒否してしまうとカルパッチョは傷ついてしまうだろうから何もしない。こんな時でもカルパッチョのことを考えているあたり、未練が残っていると言える。
だが、1分経ってもバイブレーションは止まらない。向こうも諦める気が無いらしい。
カルパッチョと話すのは憚られたが、相手を長時間待たせるのも悪いので、手早く『今は放っておいてくれ』と言って電話を切ることにしよう。
そう思ってアルデンテは、ようやく通話ボタンを押す。
「もし―――」
『アルデンテ』
だが、電話越しの声は聞き慣れたカルパッチョの澄んだ声ではない。だが聞き覚えのある女性の声。そして、その口調と声量は威圧的で、顔を見なくても怒っているのが分かるぐらいだ。
『今すぐ船尾公園に来い。話がある』
それだけ言って、向こうから電話は切られた。
至極端的な言葉であったが強制力を伴う口調。これだけ言われてしまって行かなければ、アルデンテは本当の意味でアンツィオの居場所を失ってしまいそうだ。
それにさっきの相手は、間違いなく、確実にアルデンテに対して怒っている。そんな人を放っておいたらどうなることか。自分の部屋に突撃して来て怒号を浴びせるかもしれない。
アルデンテは乗り気ではなかったが、この先の身の振り方を考えて、適当な私服に着替えて、ある程度の身だしなみを整えて外へ出る。
部屋のカーテンを閉め切って、時計もろくに見ていなかったから今が何時なのかも分からなかったが、太陽の傾き具合と空の色で、もう夕方なのだということが分かった。
アルデンテは呼び出された場所である船尾公園に向かいながら、先ほどの電話の相手のことを思い出す。
(何でアンチョビさんが・・・・・・)
さっきの電話の相手は、ここ最近で接する機会が増えたアンツィオ高校の
アンチョビは、総選挙の間だけペパロニの屋台を手伝っていた。そのペパロニの屋台が1位になってしまったのだから、見方によってはアンチョビとペパロニがアルデンテの目標を撃ち砕いたともいえる。
だが、アルデンテは腐ってもそんなことは考えていない。アルデンテが1位になれなかったのは事実だが、それは決して誰かのせいだとは微塵も考えてはいない。ペパロニやアンチョビを恨むのはお門違いで、全ては自分の力量不足だとアルデンテは思っていた。
しかし、アンチョビから呼び出されるというのは予想外だった。何を言われるのか、何をされるのかは分からない。でも一発は叩かれそうだと思う。あんな本気で怒っているのが分かるアンチョビの声なんて聞いたことが無かったからだ。戦車隊のカルパッチョやアマレットは聞いたことがあるのかもしれないが。
やがてアルデンテは、船尾公園に足を踏み入れる。
するとすぐにその目に飛び込んできたのは、1輌の戦車だった。アンツィオ高校の校章がプリントされている乗用車ほどの大きさしかないその戦車は確か、CV33だったか。
アルデンテが何でこんなところに、と思っていると上部のハッチが開いて1人の人物が姿を現した。
ドリルツインテールが特徴的なその人物は。
「・・・・・・アンチョビさん」
そのアンチョビが着ている服はアンツィオの白い制服ではなく、戦車隊のタンクジャケットだ。その目は据わっていて、威圧的な雰囲気でアルデンテを見下ろしている。
着ている服が違うということは、それだけ真剣な話をするつもりなのだろうか。
アンチョビが声を上げることも無くCV33から軽やかに飛び降りて、アルデンテの下に歩み寄る。
そして十分に距離を近づけたところで、アンチョビが口を開く。『来てくれてありがとう』とも、『急に呼び出して済まない』とも言わず、開口一番。
「お前、今まで何をしていた?」
そう聞いてきた。アルデンテは『苦手なパターンだ』と心の中で嘆く。
アルデンテが苦手とするのは、問い詰める感じで怒るタイプだ。質問を繰り返して自供強要させて問題点に気付かせ、反省を促す効果的な怒り方とされているがこれがアルデンテはすこぶる嫌いだった。
「・・・・・・自分の寮にいました」
「そこで何してた?」
「・・・・・・別に、何も」
今のアルデンテは、誰がどう見てもぶっきらぼうと言える感じだ。
それは無理もないことだと、話しているアンチョビも思う。アルデンテが1位を目指していたことは既に他の人から聞いていたから。そしてアンチョビが手伝っていた屋台がそのアルデンテを差し置いて1位になってしまったのだから、心苦しくもある。
しかし今は自分のことは置いておき、本題に入る。
「・・・覚えているか?前にカルパッチョとペパロニも入れた4人で出かけた時に、お前に言ったこと」
アルデンテが返事をする前に、アンチョビは持っていた鞭をアルデンテの顔に向けて突き付ける。だがうっかりぶつけて怪我でもしたら危ないので、顔には当てないように努めている。
「『カルパッチョを泣かせたら許さない』って」
「・・・・・・それが何か」
アルデンテが今なお憮然とした態度を崩そうとしないので、アンチョビは一つ『はぁ』とため息をついて、話す。
「さっきカルパッチョ・・・泣いてたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデンテは、小さく鼻で息を吐いて目を閉じ、俯く。そんなアルデンテに向けて、アンチョビは話し出す。
「いいか。カルパッチョはアンツィオに入学してすぐに戦車道を始めて、頑張ってた。それで、アンツィオでは珍しく冷静で、温厚で、真面目な性格と実力を鑑みて、私はカルパッチョを副隊長に任命したんだ」
アンチョビの言葉に、アルデンテは多少の頷きを交えて静かに聞いている。これでアルデンテが、アンチョビの話など右から左に聞き流すような態度を取っていたら本気で頬をひっぱたくことも考えていた。しかし、一応話を聞くぐらいの礼儀は残っていたようなので、アンチョビは続けることにする。
「それでもカルパッチョは・・・分かるだろ?落ち着いた感じで真面目ではあるが、1人で抱え込みやすい性格なんだ。だから不安定なところがあったんだよ」
「・・・・・・まあ、分かります」
アルデンテはアンチョビの意見に同意する。
初めて屋台街でアルデンテがカルパッチョの姿を見た時も、カルパッチョは考え込んでいるような、思い悩んでいるような顔をしていた。
あの時カルパッチョは、アンツィオの校風が自分の性格と合っていなくて、自分はここにいていいのだろうかと言っていた。その悩みは誰にも相談できず、ずっと1人で抱え込んでいて、とても苦しかったのだろう。
「そこでアルデンテ、お前の登場だ」
「?」
「お前が同じ境遇だからってことでカルパッチョの話を聞いたことで、カルパッチョの中にある不安や悩みは大分軽くなった。いや、完全に解消されたと言ってもいい」
アンチョビはそこで、小さく息を吐く。そしてアルデンテの顔をキッと見つめる。
「お前と出会ってから、カルパッチョも心なしか明るくなったような感じがする。戦車道でも、普通の学校での生活でもだ。それまでは笑っていてもどこかしら悲しそうだったり、胸に引っ掛かりがあるようだったが、今はそうは思えない」
あくまで私目線だけどな、とアンチョビが付け加える。
だが、それだけカルパッチョの変化に気付けていたということは、それだけアンチョビがカルパッチョのことを気にかけていたということだ。それは、以前話していたと思うのでアルデンテは頷く。
「それで、私は思ったんだよ」
「?」
「カルパッチョはお前のこと、すごく信頼してるんだって」
アルデンテは、ぐっと口を閉じる。
「信頼しているからこそ、カルパッチョはお前に相談できて、色々と話をすることができる。カルパッチョにとってのお前は、心の拠り所になってたんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「今やお前は、このアンツィオで、一番カルパッチョに近しい人だ」
「・・・・・・・・・・・・」
アンチョビの手が、アルデンテの肩に優しく置かれる。
「お前があの総選挙で1位になれなくてものすごく落ち込んで塞ぎ込んで、その辛さは手伝っていたペスカトーレにアマレット、ジェラートだって分かっているだろうし、そしてカルパッチョだってもちろん知ってる」
肩に置かれたアンチョビの手が静かに握られる。
「知っているからこそ・・・信頼していて、心の拠り所になっているお前がひどく落胆して、塞ぎ込んで・・・・・・。それなのに何もできない、声の一つもかけられないカルパッチョは、悔しくて泣いてしまったんだ。分かるか?」
つくづくアルデンテは、自分が情けないと思った。
自分はカルパッチョにとってどんな存在なのかは分からなかったが、まさかそこまで重要な存在になっているとは思わなかった。
アルデンテからすれば、自分は同じ境遇の人間としてカルパッチョの話を聞いて、同じ境遇の人間だからこそできるようなアドバイスをしただけだったのに。
そこからカルパッチョも変わっていって、さらに自分に信頼を置いてくれるほどになったなんて。
このアンツィオで、自分が一番カルパッチョに近しい人となれたなんて。
それは純粋に、嬉しかった。
だが、そのカルパッチョを泣かせてしまい、信頼を全て失ってしまったと思うと、本当にやるせないし、情けない。
「・・・・・・聞いてくれますか、アンチョビさん」
「なんだ?」
「俺は、あの総選挙に参加する前に・・・・・・決めてたんです」
「?」
「1位になったら・・・・・・カルパッチョに告白するって」
アンチョビがその言葉を受けてわずかに目を見開き、顔を赤くする。
こんなことをアンチョビに言ってしまうのは、今までの話―――カルパッチョがアルデンテのことをどう思っているのかを聞いて理解した上で、今の自分の状況を知ってもらいたかったからだ。
「確かに俺とカルパッチョは、似た境遇の人同士で何度か話をしました。カルパッチョからの相談に乗ることもありましたし、戦車道の話をしたこともありました」
「・・・・・・」
「その中で俺は、カルパッチョから不安とか悩みを聞いた時はその力になりたいと思うようになって、手が少し触れた時は緊張して・・・・・・いつしかカルパッチョのことが好きになってました」
「・・・・・・」
冷静で真面目なイメージがあるアルデンテからは想像もつかないような言葉に、アンチョビは顔が赤くなる。だがそれでも、表情は至極真面目で話を聞いてくれている。目で『続けろ』と言ってくる。
「でもカルパッチョは、『自分を変えたい』と思っていただけでアンツィオに来た俺とは違いました。本当に自分を変えたいと強く思っていて、厳しい戦車道を始めて、それにこうしてアンツィオに来て、戦車隊で副隊長っていう重要なポジションについてる」
「・・・・・・」
「とても今の俺なんかじゃ釣り合わないなと思ったんですよ」
「・・・・・・」
「だから俺は、あの総選挙で1位になれば、カルパッチョに相応しい人になれる・・・・・・そう思って総選挙に参加しました」
でも、とアルデンテは区切って地面を見る。
「・・・・・・結果は知っての通りです」
「・・・・・・」
「カルパッチョに相応しい人とは・・・・・・なれなかったわけです」
「そうか・・・それで落ち込んでいたと」
「はい・・・・・・」
もう一度小さく息を吐いて、アルデンテは小さく笑う。
「あの総選挙に参加する前に・・・カルパッチョに聞かれたんです。『どうして急に参加することにしたのか』『どうして1位を目指すのか』って」
「・・・・・・」
「その時俺は、カルパッチョの名前は出しませんでしたが『好きな人がいて、その人に認められるようになりたい』って言いました。でも、多分カルパッチョはそこで気付いていたんだと思います。俺の好きな人は、カルパッチョだってことに」
「・・・・・・」
「だから、です。俺は1位になれなくて、カルパッチョの相応しい人にもなれなくて。告白する資格も無くなったわけです。正直言って・・・・・・カルパッチョに会わす顔が、無いです」
嘲るように笑うアルデンテに対し、アンチョビは真剣な表情のままだ。
「カルパッチョが泣いてしまったのも、多分ですがカルパッチョ自身が俺の足枷になってしまったからと思ってるからかもしれません。そんなことは全然ないんですけど」
そこまでアルデンテが言うと、肩に置かれていたアンチョビの手が離れる。だがその手には力が入ったままだった。
そして、おもむろにアンチョビは後ろのCV33を振り返って。
「だとさ、カルパッチョ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ」
アンチョビの声の後、CV33のもう片方のハッチが開く。
そこから姿を見せたのは、タンクジャケットではなく通常のアンツィオ高校の制服を着たカルパッチョだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アルデンテの顔が、ひきつる。笑っているんだか泣いているんだか、分からないような顔になってしまう。
カルパッチョは静かにCV33から地面に降りて、アルデンテに歩み寄ってくる。
アルデンテからすれば、ものすごく気まずい。
CV33の中にカルパッチョがいたなんて思わなかったから、ついアンチョビに本音を語ってしまった。
恐らくその本音は、カルパッチョにも聞かれてしまっている。カルパッチョが好きということも、総選挙で1位になったらカルパッチョに告白するという決意も、全て筒抜けだったのだろう。
カルパッチョの目は、アンチョビの言った通り泣いていたせいか少しだけ赤くなってしまっていたが、頬はそれよりもさらに赤い。その表情が、カルパッチョが全て聞いていたということを裏付けている。
「後は、お前次第だ。アルデンテ」
アンチョビはそう言いながらCV33に乗り込み、ハッチを閉じてエンジンを始動させる。そして軽やかなターンを決めて、公園の外へと走り去ってしまった。
後に取り残されてしまったのは、気まずさのあまり背中がじんわりと汗で湿ってきているアルデンテと、カルパッチョのみ。
この状況、一体どうしろと。
アルデンテが頭を掻きながら周りを見るが、手助けしてくれそうなものは何も見当たらない。
「・・・・・・アルデンテ」
カルパッチョが口を開いて名を呼んで、アルデンテはカルパッチョのことを見るしかなくなる。
何を言われるのだろうかと、アルデンテは怖くなる。そのカルパッチョの口から出てくる言葉が恐ろしくて仕方がない。
「アルデンテの気持ちは・・・・・・どんな気持ちだったのかは、聞き届けた」
「・・・・・・」
聞き届けたということは、アルデンテがカルパッチョのことを好きだということもやはり聞かれてしまったなと思った。
「1位になれなかったのは・・・・・・とても残念だと思う」
「・・・・・・」
「でも、1つだけ言わせて」
「?」
カルパッチョが自らの両手を重ね合わせてぐっと握り、真剣な瞳で―――さながら戦車道に挑む時のような顔で告げる。
「例え1位になれなかったとしても・・・・・・
カルパッチョは、十中八九アルデンテの好きな人がカルパッチョ自身だということに気付いている。だがそれでも、カルパッチョはその人物を『アルデンテの好きな人』と表現し、あたかも自分が気付いていないように語る。
それは、好きな人が聞いていたと知らず本音を語り過ぎて気まずくなってしまったアルデンテに対する、カルパッチョなりの気遣いだった。
そのことに気付いたアルデンテは、ハッとしたように目を見開く。
「あなたの好きな人は・・・・・・例えあなたが1位になれなくても、自分に相応しい人になるために自分から動いて、一生懸命頑張っていた姿を見て、それで十分なんじゃないかなって、私は思う」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデンテの目頭が熱くなってきて、自分は泣きそうになっているのだと分かる。
「誰かが自分のことを好きになって、そんな自分のためにその人が変わろうとしている姿を見れば、誰だって嬉しいわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「きっと、アルデンテが好きなその人も、喜んでる。嬉しいって、思ってるよ。きっと」
アルデンテが堪え切れず、遂に目尻から涙が零れる。
カルパッチョは『気付いている』。それでも第三者になりきって、カルパッチョ自身の気持ちを、別の誰かがそう思っていると装って告白している。そして、アルデンテのカルパッチョに対する想いをこの場で引き出そうとしている。
カルパッチョは、涙を潤ませたままアルデンテから目を逸らしたりはしない。
アルデンテは、自分の涙を自分で拭う。
涙が収まるのを待って、カルパッチョの顔を今度は真剣に、逃げることなく見つめる。
「・・・・・・カルパッチョ」
「・・・・・・うん」
「・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・うん」
自分のことを、1位になれなくて絶望していた自分のことを救ってくれたことに対して。そして1位になれなかったことを赦してくれたことに対して、アルデンテはお礼の言葉を告げる。
「そして・・・・・・カルパッチョは気付いてるかもしれないけど・・・・・・改めて、言わせてほしい」
「・・・・・・・・・・・・」
ここまでカルパッチョに導いてもらって、その気持ちを言わないわけにはいかない。
だからアルデンテは、例えカルパッチョが気付いていようとも、告げる。
自分の正直な気持ちを。
「俺は、カルパッチョ・・・・・・君のことが好きだ」
カルパッチョは、笑ってくれた。その潤んでいた瞳から、涙が流れ落ちた。
「こんな・・・・・・俺でよければ・・・・・・付き合ってください」
「・・・・・・」
カルパッチョは俯いて、その涙を手の甲で拭って、顔を上げる。
夕陽に照らされたその顔は、輝いているように見えて、そしてカルパッチョは穏やかな笑みを浮かべて、返してくれた。
「・・・・・・はい・・・喜んで・・・っ!」
その返事を聞き、その顔を見て、アルデンテの中でカルパッチョが愛おしいという気持ちが押さえきれなくなって、アルデンテもまた涙を流す。
そして、たまらずカルパッチョを強く抱きしめた。
その直後。
「「「「Evviva!!!」」」」
近くの茂みから、イタリア風の4人分の歓喜の声が聞こえてきた。
アルデンテはびっくりして、思わずカルパッチョを離して声のした方向を見る。するとそこには、茂みから顔を出しているペスカトーレ、アマレット、ジェラート、そしてペパロニの4人がいるではないか。
そしてカルパッチョは、さほど驚いた様子は無い。まさかカルパッチョは、そこに4人がいることを知っていたということか。
というか、この4人もこれまでの一連の流れを見て聞いていたと思うと、余計恥ずかしさがこみあげてくる。
「やったなアルデンテ!!」
「おめでとうアルデンテ、カルパッチョ!」
ペスカトーレがアルデンテの肩を抱き、ペパロニはアルデンテの背中をバシバシと叩く。地味に痛い。
アマレットとジェラートも、カルパッチョを祝う気持ちをハグで表現している。カルパッチョは少し苦しそうだったが、それでも満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。
「よーしお前ら!今日はめでたい日だし、盛大に祝うぞー!」
「「「おー!!」」」
ペパロニの高らかな宣言を聞いて、ペスカトーレとアマレット、ジェラートの3人が拳を天に突き上げて嬉しそうに答える。
アルデンテとカルパッチョは成されるがまま、アンツィオ特有のノリ、そして他人の恋路を素直に応援し、めでたいことは祝福しようという風潮に流される。
カルパッチョは、実に愉快で楽しくて可笑しいとばかりに、笑みを浮かべている。そのカルパッチョの笑みを見て、アルデンテも小さく笑う。
アンツィオの校風とは離れた性格の2人ではあったが、今この時だけはその校風さえも心地良いものだと思っていた。
ただ、観光客らしき通行人が、異常に盛り上がっているペパロニたちを見て怪訝な顔をしていたのは、流石に見えないふりをしたが。
この後、アルデンテたちはペスカトーレたちに連れられて屋台街に戻ってきた。
まずは『とりあえず屋台を回ろうか』とアマレットが言い出して、ペスカトーレたちがそれに諸手を挙げて賛成した。主役であるアルデンテとカルパッチョは、どうにでもなれと大人しく付いていくことにした。
アルデンテは、アマレットとジェラートには手伝ってもらった身であるのでこの2人の分はアルデンテが支払うことになった。特にアマレットには、事前に『屋台のご飯を1週間奢る』とアルデンテが約束していたので、どのみち奢るつもりだった。
だが、酒が入っていないはずなのにペパロニがアルデンテとカルパッチョに『馴れ初めを教えてくれよ~!』と肩を抱いて絡んできた。最初は無視しようとしたが、今度は場の空気に流されてしまったカルパッチョが細大漏らさず全てを赤面しながら話してしまった。
そのカルパッチョの話を聞いて、アマレットとジェラートは『ヒューッ!』と口笛をアルデンテに向けて吹いて、ものすごい居心地の悪さを感じている。
加えて、アマレットとジェラートは意外にも食べる方なので、容赦なくアルデンテの財布を圧迫してくる。屋台の売り上げを少しの間自分の懐に収めたくなってきた。
そこでアンチョビが祝賀会に合流。テンションがさらに上がっていく。
アンチョビが『特製パスタをご馳走するぞ!』と宣言すると、アマレットとペスカトーレがスーパーに食材を買いに行って、その間今度はアンチョビから『アルデンテとカルパッチョの話』を聞かれた。アンチョビには先ほどアルデンテが色々話したはずなのだが、それでももう一度聞いてみたいらしい。ただ、アルデンテも先ほどアンチョビには背中を押してもらったので、断ることはできずに全てを渋々と話した。
ペスカトーレたちが帰ってくると、アンチョビはペパロニの屋台で特製パスタを作りだす。ソースを1から作りその傍らでパスタを茹でるアンチョビの手際の良さに、アルデンテたちも舌を巻く。
そして出来上がったのは、ドゥーチェの名前にちなんでトマトとアンチョビのパスタだった。その味は、控えめに言ってすごく美味しかった。
その後再び屋台街の食べ歩きを再開。これで文字通り、アルデンテの財布の中身はすっからかんとなった。見かねたアマレットが、『めでたいもの見せてもらったし、奢りは今日だけでいいよ~』と言ってくれたのは僥倖だった。これが1週間続いたら、間違いなくアルデンテは破産していただろうから。
「・・・疲れたな」
「そうだね・・・」
陽も完全に落ちて、時刻は21時に差し掛かろうとしている。
アルデンテとカルパッチョがそんな言葉を交わしているのは、先ほども訪れていた船尾公園。2人は公園の端、眼下に海が広がる柵に寄り掛かっていた。
なぜ2人はここにいるのかと言うと、半分は2人の意思で、もう半分はアンチョビの計らいによるものだった。
先ほどの祝賀会という名の食べ歩きの最中、宴もたけなわと言ったところでアンチョビがアルデンテにそっと耳打ちをしたのだ。
『色々話したいこともあるだろうし、少し2人だけになってこい』
そのアンチョビの厚意に甘えさせてもらって、アルデンテはカルパッチョと共に2人だけでここまで来たのだ。アンチョビはペスカトーレたちを上手いこと誘導していたので、恐らくここに皆はいない。それに陽も落ちて大分時間が過ぎたことで、見る限りこの公園にはアルデンテたち以外誰もいなかった。
空を見上げると、海の上ということもあって空気が澄んでいて、月が綺麗に輝いている。三日月の光は、ベンチや木、噴水に弱くはあれど光りを落として影を作っている。
「・・・あんなにはしゃいだのって、初めてかも」
「ああ、俺もだ。あんなに騒いだことなんて、ほとんどないな」
カルパッチョがうんと背伸びをして、アルデンテも首を動かして凝りをほぐす。
「「・・・・・・・・・・・・」」
2人の間に、出会ってから何度目かの沈黙が訪れる。しかし、これまでのような気まずさは無く、晴れて恋人同士となれたことで、むしろ安心感すら覚えている。
カルパッチョがそっと、アルデンテの方に身体を寄せる。それに気づいたアルデンテも、そのカルパッチョを決して離さないように、肩を優しく抱き寄せる。
「・・・・・・よかった」
カルパッチョの安心したような言葉を聞いて、アルデンテはカルパッチョの横顔を見る。遠くの公園の街灯と少し弱めの月明かりで顔はくっきりとは見えなかったが、穏やかな表情を浮かべているのは分かる。
「今日、初めて公園でアルデンテのことを見て、すごいやつれてるように見えたから・・・」
あの時のことか、とアルデンテは思い出して恥ずかしくなってくる。
あの時のアルデンテは、1位になれなかったことでカルパッチョに告白する資格を失ってしまったと思い込み、この世の全てに絶望してしまっていた。
その顔はどれほどひどいものだったのか、部屋を出る前に鏡を見た時は別に何とも思わなかったが、人からすれば相当なものだったのだろう。
「でも、今はすごい生き生きしてるように見える」
「それは、カルパッチョのおかげだ」
アルデンテは、カルパッチョを抱き寄せる力をほんの少し強くする。
「あの時の俺は、1位にならなきゃカルパッチョに告白できないって思い込んでた。それで1位になれなくて、そりゃもうひどく落ち込んだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、カルパッチョが俺のことを認めてくれて・・・そして告白をして、頷いてくれて・・・それで、報われた」
アルデンテはカルパッチョに向けて微笑みかける。
「カルパッチョのおかげで、俺は立ち直れたんだ。だから、改めて言わせてほしい」
カルパッチョがアルデンテに顔を向ける。海風にカルパッチョの艶やかな金髪がなびいて、アルデンテはそんなカルパッチョの頭の横に手を添えて、優しく髪を押さえる。
「本当に、ありがとう・・・・・・俺のことを認めてくれて。カルパッチョ、大好きだ」
そのアルデンテの言葉に、カルパッチョの瞳が潤む。
涙が溢れ出そうになってしまい、思わず目を閉じてしまう。
アルデンテは、少しカッコつけ過ぎたなと悠長なことを考えていたが、カルパッチョがわずかに目を開けてアルデンテの顔に自分の顔を近づける。
そして、月明かりの下で2人の唇は静かに重なり合った。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
余談
もっとらぶらぶ作戦10巻、面白かったです