名前を付けてくれた人   作:プロッター

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Al(アル) dente(デンテ)[------]【名詞】
意:(歯ごたえがある)麺の中心部に僅かながらに芯が残っている茹で加減。



Al dente

 夏休みも残り1週間とわずかになってしまった。改めて振り返ってみれば、今年の夏休みはアルデンテにとっては激動の夏休みと言っても過言ではない。

 そんな夏休みのとある日曜日。アンツィオ高校学園艦は港町に寄港している。だが、母校である清水港ではない。

 アルデンテは、屋台街へと向かっていた。だが、今の服装は学校の制服でもコックコートでもない。盾のような刺繍が施された濃い青色のポロシャツに黒のチノパンと、まさしく私服だった。

 それ以前に、今日は学校側が指定した屋台街の全面休業日なので、屋台街に行っても屋台はどこも開いていない。

 しかしアルデンテは、迷うことなく屋台街へと足を進めている。なぜそこへ向かうのか、それはそこで待ち合わせをしているからだ。待ち合わせの時刻は10時丁度であるが、今はその20分前。少し早すぎな気がしないでもないが、これからの予定を思うと逸る心が抑えきれずに寮を出てしまったのだ。こういうところで、アルデンテも年頃の男子だということが窺える。

 それに恐らく、待ち合わせをしている相手も予定よりも早く待ち合わせ場所に来ているはずだ。相手を待たせてしまうことも男にとってはマイナスだったので、アルデンテはこうして早めに出発している。

 やがて、待ち合わせの10分前に、屋台街のアルデンテたちが普段いる屋台の前に到着した。ここが、待ち合わせ場所である。

 そして読み通り、すでにそこには待ち合わせをしている相手が待っていた。

 薄い水色のブラウスとクリーム色のブルームスカートに身を包み手には白のトートバッグを携えていた。

 

「おはよう、カルパッチョ」

「うん、おはよう」

 

 待ち合わせをしている相手―――カルパッチョは穏やかな笑みを浮かべて、アルデンテを迎えた。

 

「まだ時間前なのに、早いね」

「それはこっちのセリフだ。カルパッチョこそ」

 

 カルパッチョが腕時計を見ながら、予定の時間前に着いたアルデンテを褒める。だが、その言葉はそっくりそのままカルパッチョに返させてもらうことにした。

 しかし、カルパッチョが時間前に着いていることについては予想通りのことである。

 アルデンテが初めてカルパッチョと出会った日の夜に、トレヴィーノの泉の前で待ち合わせをしていた時も、カルパッチョは時間の前にあの場所にいた。だから、今日という日にも遅れるような真似はしないと思っていたからだ。

 

「今日が楽しみで・・・つい早く来ちゃった」

 

 おどけるようにカルパッチョが言うと、アルデンテも小さく笑う。

 

「俺も同じだ」

 

 その言葉で嬉しくなったのか、カルパッチョがナチュラルにアルデンテの手を握る。

 そのカルパッチョの姿には、初めて会った頃の暗い雰囲気、思い詰めたような表情はない。

 今アルデンテの目の前にいるのは、多くの重圧や悩みから解放された、とても可愛らしく笑う自らの恋人・カルパッチョだった。

 そしてカルパッチョに手を引かれてアルデンテは歩き出すが、すぐに歩調を合わせて並んで歩き、階段を下りて、学園艦から延びるタラップを渡って港町に足を踏み入れる。

 空を見上げれば、雲一つない晴れやかな空が広がっている。

 アルデンテとカルパッチョ、2人の一番最初のデートに相応しい天気だ。

 

 

 今日デートをするに至ったのは、3日前にジェラートから『2人とももっと恋人らしいことしたら?』とからかい交じりの茶々を入れられたのがきっかけだ。

 夏休み期間中で観光客も多くて屋台が忙しく、中々自由な時間、カルパッチョと二人きりになれる時間が作れなかった。

 そのジェラートの言葉を聞いて、アルデンテとカルパッチョは『今度、デートする?』『うん、いいよ』の会話だけでデートが成立。さらに、学校側が設けた屋台街全面休業の日が近かったのでその日にデートをすると決まった。それに加えて、学園艦も丁度寄港するのでデートにはもってこい、港町を2人で回ることにしたのだ。

 

「結構大きい町らしいな」

「そうね、お店も色々あるみたい」

 

 アルデンテが呟くと、カルパッチョも同意する。2人とも、この日のために港町のことは調べていたのだ。

 学園艦が寄港できる港は限られており、その港町は規模が大きいところが多い。規模の大きさに比例して、その港町にある店の種類も増える。食事、洋服、装飾品、日用品、娯楽といった具合に。

 今アンツィオ高校学園艦が寄港している港町も、2人が言ったように規模は大きい方だ。なので、店の種類も結構ある。

 10時を過ぎたことで多くの店が開き始めて、活発な街の喧騒が聞こえてくる。

 逆に、アンツィオ学園艦に乗り込む観光客も大勢いた。アンツィオ学園艦は全体的にイタリア風の雰囲気であるため、日本にいながらイタリア旅行の気分が味わえると人気だった。だから、寄港すると一定数の観光客が乗艦するということも多々ある。

 

「さて、どこから回る?」

 

 アルデンテはカルパッチョに聞く。とりあえずは、自分の意見を通すよりもまずカルパッチョの意思を尊重しようと思ったのだ。

 カルパッチョは顎を指でトントンと叩いて考えて、やがて名案が思い付いたようで『あっ』と声を洩らす。

 

「じゃあ、服を買ってもいいかしら?」

「もちろん」

 

 アルデンテは端から断るつもりなどない。そして、今度は自分からカルパッチョの手を取って、歩みだす。

 ここは正真正銘の日本なのだが、この港町はイメージアップも兼ねているのか西洋風のデザインで統一されている。歩道の一部は石畳になっていて、街灯もどこかヨーロッパのような形状だ。

 アルデンテとカルパッチョが入ったのは、そんな街並みの一角にあるレディース専門店。

 ちなみにこの店の正面にはメンズ服の専門店が構えている。提携しているわけではないだろうが、いい配置をしているなとアルデンテは思った。

 店に入る前にカルパッチョがそのメンズ服店を見ていたので、もしかしたらこの後はあの店に入ることになるのだろう。そうなれば何が起きるかは想像に難くないので、一応覚悟は決めておく。だがその前に、まずはレディース専門店だ。

 店に入って少しの間は、色々な服を見て回る。

たまにカルパッチョが、

 

「これとか、似合うかな・・・?」

 

 と聞いてくれば。

 

「似合ってると思う、可愛いよ」

 

 と、アルデンテは恥ずかしげもなくそう返す。カルパッチョはその言葉に顔を赤くしてしまい、とりあえずキープをする。

 アルデンテだって、普段から『可愛い』とかそんな言葉は自分から進んで言うような性格ではない。だが、今日は楽しみにしていたデートであるから、気分が浮かれているのだ。それは自覚している。

 そのあと何着か見繕ってから、カルパッチョは試着に入る。カルパッチョが着替えている間、カーテンの向こう側から衣擦れの音が聞こえてくるが、その音に意識を向けすぎると大変心によろしくないのでアルデンテは何も聞こえないふりをして、試着室の反対側を見る。

 やがて、カルパッチョがカーテンを開けた。アルデンテが確認をしてから振り返ると、彼女はニットのワンピースを着ていた。ふわりとした色と材質のその服はカルパッチョのイメージに合ってはいるが、すらりと伸びる手足が眩しくて直視できない。

 

「・・・ちょっと、露出が多い気がする」

「・・・・・・そっか」

 

 そのことに今更気づいたカルパッチョは、恥ずかしくなって速攻でカーテンを閉めて、着替え始める。

 次に着ていたのは白のシャツに黒のデニム。大人っぽい、カジュアルな雰囲気ではあるが、どことなく清楚な容姿のカルパッチョとはミスマッチな気がする。

 それを伝えると、カルパッチョは少しシュンと落ち込んでしまい、カーテンを閉めて再び着替え始める。アルデンテは、その反応を見て配慮が足らなかったと自省し、次は気を付けようと肝に銘じる。

 そして、最後にカルパッチョが着て見せてくれた服は、裾の長い白のワンピースだ。

 

「どう、かな・・・・・・」

 

 ほんの少しの不安を見せるようなカルパッチョの問い。

 そのカルパッチョを見て、アルデンテは『さっき失敗したから気をつけよう』だとか、『何か気の利いたこと言わないと』とかそんな考えが頭から抜け落ちて、飾り気のない感想がアルデンテの口から告げられる。

 

「すごく、可愛い」

 

 その言葉を聞いて、カルパッチョの不安も消えて、それとは打って変わって花が咲いたように笑う。

 

「・・・ありがとう、アルデンテ」

 

 そして元々着ていた服に戻ると、最後に着た白のワンピースだけをレジに持っていき会計をしようとする。そこでアルデンテが財布を取り出して払おうとしたが、今度はカルパッチョがそれを手で制する。最終的に2人で割り勘という結果に落ち着いて、2人はちょっとだけ吹き出した。

 その後はアルデンテの予想通り向かい側のメンズ服店に入った。

 それだけならいいのだが、今度はカルパッチョのようにアルデンテの試着という名のファッションショーが開かれた。自分が服を着替えている様を誰かに見られるというのは相当に恥ずかしい。それもカルパッチョが素直に褒めてくるので、恥ずかしさは倍増だ。

 そんな恥と格闘しながらファッションショーを終えて、カルパッチョに褒められた服を買うことにする。ここでも、どっちが払うかの小競り合いが発生したものの、結果はレディース専門店と同じだった。

 そして店を出ると、人通りが多くなった気がする。今日は日曜で、さらに学園艦も寄港しているので自然とそうなるわけだ。

 アルデンテは、カルパッチョの手を優しく、離さないように握る。さっきも手を握っていたが、今は人が多く周りの目もあるのでそれなりに緊張する。

 

「・・・はぐれないようにな」

 

 カルパッチョは、そんなアルデンテの気持ちを理解して、その上でさらに行動に出る。

 ぎゅっと、カルパッチョはアルデンテの腕に抱き着いた。

 

「・・・・・・」

 

 アルデンテは心臓が跳ねてどぎまぎするが、カルパッチョは決してその腕を解こうとはしない。

 そしてカルパッチョが嬉しそうな、幸せそうな、楽しそうな顔をしているのを見て、アルデンテには振りほどく気も起きない。それに、こうして自分が好きな人と接することができるのは心地よかったので、しばらくはカルパッチョのなすがままにしておくことにした。

 ただ、アルデンテの腕に当たる柔らかい何かの感触は、アルデンテの心臓に悪かったが。

 

 

 少しの間ウィンドウショッピングを楽しんでいると、時刻が正午を回り、いい感じに空腹感を抱く。普段よりも時間の流れが速いと思ったが、それは、それだけアルデンテたちが今を楽しんでいるということの証明になる。

 どこのお店で昼食にするかを悩んだが、目に入ったイタリアンの店を見て2人は『そこにしよう』と即決した。そこまで待つこともなく、2人は席に着くことができた。

 イタリアンとは老若男女に一定以上の需要があるもので、割と津々浦々に店がある。中には山奥にある隠れ名店がテレビの特集などで紹介されているのを、アルデンテは度々目にしていた。

 アルデンテとカルパッチョが入ったこの店は、以前アンチョビたちと訪れた店と同じで個人経営らしく客入りもそこそこ多かった。表に出してあるボードには『本場イタリア仕込み!』と書いてあったので、それが集客力アップに繋がっているのだろう。

 2人掛けのテーブルに通されたアルデンテとカルパッチョは、メニューを広げてどれにするかを考え、その末にアルデンテはアラビアータに決めた。辛い物も割と好きなアルデンテは、この機会に挑戦してみようと思ったのだ。カルパッチョは、ラザニアだった。

 注文を終えると、アルデンテはカルパッチョに尋ねた。

 

「やっぱり好きなんだ?ラザニア」

「ええ、とても」

 

 ゆったりと笑うカルパッチョを見て、アルデンテもラザニアを作っている身として嬉しくなる。ラザニアが得意料理で本当に良かったと、アルデンテはそう切実に思った。

 

「でも・・・」

 

 そこでカルパッチョは、アルデンテのことを見て。

 

「あなたの作ったラザニアが、一番好き」

 

 よくもまあ、そんな恥ずかしいセリフが臆面もなく言えるものだ。

 アルデンテなんて、そんなセリフを受けた今では恥ずかしさのあまりカルパッチョを直視できず、水を飲んで誤魔化すぐらいしかできないのに。

 そしてカルパッチョは、さらなる追い打ちとばかりに。

 

「毎日でも、食べたいぐらい」

 

 思わずアルデンテは水を噴き出しそうになる。その言葉が、聞き方によってはプロポーズととれるような言葉だったからだ。

 しかし、アルデンテは冷静に考えてみる。

 カルパッチョと付き合うことになった日以降、アルデンテは屋台の営業を再開している。そしてそれ以来、カルパッチョは毎日アルデンテの下を訪れて、お手製のラザニアに舌鼓を打っている。完全な常連+アルデンテの恋人ということで、完全に50万リラ引きになっている。

 毎日食べたいというカルパッチョの願いはかなっているも同然なのだが、何も言うまいとアルデンテは口を閉じる。

 

「それにしても・・・」

 

 カルパッチョは料理が来るまでの間、グラスに注がれた水を見ながら感慨深そうにつぶやく。

 

「アマレットも付き合うことになるなんてね」

「・・・ペスカトーレも、嬉しそうだった」

 

 アルデンテとカルパッチョがその話を聞いたのは、2人が恋人同士になれたあの日の翌日。アマレットから実に嬉しそうな報告を受けて、アルデンテも『やったじゃないか』と親友として心から2人を祝福をした。聞けば、アマレットから告白をしてペスカトーレがそれを受けたという。

 けれどペスカトーレは、アルデンテに対して。

 

『ごめん・・・・・・1位になれなかったのに、告白して』

 

 謝ってきたのだ。

 アルデンテからすれば、自分の無茶な目標にペスカトーレを付き合わせてしまった上に結果があの通りだったので、むしろアルデンテが謝りたい気分だった。しかしその時は、アルデンテは親友として2人の幸せを祝福させてもらった。

 あの2人も今日はデートだと言っていた。以前カルパッチョやアンチョビたちも行った学園艦のリゾートプールやテルマエ(温泉のことだがアンツィオ生は全員そう呼んでいる)でデートを楽しむらしい。

 2人も恋人同士の青春を謳歌しているようで何よりだ。

 

「まあ、良かったよかった」

 

 そうアルデンテが締めくくったところで、アラビアータとラザニアがやってきた。アラビアータは、『ペンネ』という短くて太く中心が空洞になっているパスタを使っていた。

 2人はナプキンを膝の上に広げて、お互いに『いただきます』とあいさつをしてから一口食べる。

 

「ん・・・うまい」

 

 アルデンテは一口食べて、味を堪能してから言葉を洩らす。唐辛子のピリリとした辛さとがアルデンテ好みだった。

 そこでアルデンテが、ラザニアを食べているカルパッチョを見ると、彼女は穏やかな笑みを浮かべてアルデンテを見ている。

 

「うん、美味しい・・・」

「それはよかった」

「でも・・・私はアルデンテの作ったラザニアの方が好きかな」

 

 その言葉はアルデンテとしては嬉しい限りだが、店の人が聞いたら泣くんじゃないだろうかと思った。

 ちなみに、このお店での食事代も割り勘で落ち着いてしまった。

 

 

 そのイタリアンのお店を出た後は、当てもなく気ままに街を散策することにした。あまり『あそこに行きたい』『ここがよさそう』と言ってしまうと相手を振り回してしまうような感じがするからだ。

 再びウィンドウショッピングを楽しみ、気になったお店に入って商品を見て、日向ぼっこをしていたお店の看板猫とじゃれあって、移動販売のソフトクリームを食べたり、食べさせ合ったり。

 アルデンテもカルパッチョも、今日初めてデートというものをした。知識としてそういうものがあると知っていても、実際にそれを自分が行うのは初めてだったので、どうすればいいのか分からなかった。

 だが、他人からどう言われようとも、2人は楽しくこの時間を過ごすことができたのだから、アルデンテもカルパッチョも、胸を張ってこの日のことはデートだと言うことができる。

 ふとした瞬間、アルデンテとカルパッチョの目が合う。

 カルパッチョは、楽しいと言わんばかりににこりと笑って。

 アルデンテは、まったくだとばかりに小さく笑って頷いた。

 

 

 陽も傾き始めた頃に、最後に2人が訪れたのは小ぢんまりとした書店だった。相当年季が入っているのが分かる佇まいだが、中は温かみのある明かりで照らされており、どこか安心感を覚える。

 カルパッチョはそこで戦車道に関する書籍を買ったが、どうやらこの書店の店長らしき女性も昔戦車道を嗜んでいたらしく、カルパッチョと話が盛り上がっていた。

 そしてアルデンテも2冊ほど本を買って、店を出る。

 まもなく日没ということで、昼間と比べると外を歩く人も少なくなってきている。西洋風の街並みも、喧騒が引くと少しばかり寂しさを覚えるものだ。

 

「何の本を買ったの?」

 

 歩きながらカルパッチョに聞かれて、アルデンテは袋から2冊の本を取り出しタイトルを見せる。

 片方は『調理師学校過去問題集』、もう片方は『イタリア語入門』。

 調理師学校のものについては、カルパッチョも買った理由は分かる。以前アンチョビたちと出かけて2人きりで話をした時、アルデンテ自身は自分のお店を開くことを夢だと言っていた。その時も調理師免許の本を持っていたので、やはりアルデンテは本気でその夢を実現しようとしているのだ。

 だが、イタリア語の本については、カルパッチョも少し頭に引っ掛かりを覚えた。

 

「イタリア語の本は・・・」

「前にアンチョビさんたちと行ったお店も、今日行った店もそうだったけど、お店の人はイタリアで修行してきたんだって」

 

 アンチョビたちと行ったお店では店主の奥さんが教えて、今日行ったお店では表に出されていたボードに書かれていた。

 

「何の実績もない個人経営の店だと、中々ブランドがつかないから経営が厳しいっていうのは、俺でも分かる。だから本場のイタリアで修行をして、それで箔をつけるって言うかな。少しでも、皆の気を引けるようになりたい」

「じゃあ、アルデンテも・・・・・・?」

「ああ」

 

 少しだけ、不安そうなカルパッチョを見て、アルデンテは告げる。

 

「将来、イタリアで修行をしようと思ってる」

 

 そのアルデンテの顔は、覚悟を決めたという気持ちが表れている。その自分の決めたことを曲げるつもりがない、強い意思を持った顔だ。

 カルパッチョは、アルデンテがどういう人間なのかを改めて知る。アンツィオ生らしからず冷静で堅実な性格をしていて、自分の行動と発言には強い責任を持つほど真面目だ。

 自分が“こう”と決めたことは絶対に守り、成し遂げられるように最大限努め、できなければ深く後悔する。そして決めたことを曲げたりは決してしない。それは、カルパッチョへの告白の件で分かっていた。

 だからアルデンテが口にした、『自分の店を開く』という将来の夢も、『イタリアで修行する』という目下の指針も、決して曲げることはないはずだ。

例えその道のりが厳しく、辛く、険しいものであろうとも、アルデンテは迷うことなく、へこたれることもなく歩んでいくのだろう。

 それがカルパッチョは分かるからこそ、自分はそのアルデンテを支えていきたいと思う。

 

「・・・・・・アルデンテ」

「ん?」

 

 カルパッチョが足を止める。アルデンテも、少し歩いたところで振り返って立ち止まり、カルパッチョのことを見る。

 アルデンテの夢を聞き届けた今、カルパッチョは自分の夢も、伝えたいと思っていた。

 前から抱いていた夢と、新しくできた夢を。

 

「私ね・・・・・・」

 

 最初に告げるのは、前から抱いていた夢。

 

「中学の頃から続けてる戦車道・・・・・・これからも、続けていこうと思ってるの」

「・・・・・・そうか」

 

 アルデンテはそのカルパッチョの1つ目の夢を聞いて、笑ってくれた。その笑みは、決して失笑や嘲笑などではなく、柔らかい笑み。そのカルパッチョが告げた夢を応援すると、言外に告げている。

 カルパッチョは、自分自身を変えるために戦車道を始めたのだ。その中で積み重ねてきた知識と経験は何物にも代えがたいものであり、その戦車道のおかげでアンチョビやペパロニ、そしてアルデンテと出会うことができた。そして、自分のあこがれでもある親友もこの戦車道をしていると知ったのだ。その戦車道に背を向けるなど、考えられない。

 だからカルパッチョは、この先も戦車道を続けるのだ。

 

「そして・・・・・・もう1つの夢・・・」

「?」

 

 カルパッチョの背には、夕日が輝いている。そんなカルパッチョの頬は赤く染まっていて、瞳は静かに揺らいでいる。だがそれでも、カルパッチョはアルデンテのことを見据えて、言葉を紡いでいく。

 

「夢に向かって進み続けるあなたを・・・・・・」

 

 そこでカルパッチョは、違うと首を横に振る。そしてもう一度アルデンテのことを見て。

 

 

「あなたのことを、これからもずっと・・・・・・ずっと、支えていきたい」

 

 

 街の喧騒が、聞こえなくなる。人の話し声も、歩く音も、草木のざわめきも、今の2人には聞こえない。

 アルデンテも、今のカルパッチョの言葉にはどんな意味が込められているのか。それは恋愛経験に乏しくても分かる。

 

「・・・アルデンテ」

「・・・」

 

 次にカルパッチョの口から告げられる言葉を、アルデンテは絶対に聞き逃したりはしない。聞き逃すことなど、許されるはずはない。

 

 

 

「私と、将来―――」

 

 

 

 カルパッチョの告げた、もう1つの夢。それは、アルデンテに対するお願いともいえる。

 それに対するアルデンテの返事は、ただ1つ。

 その返事をアルデンテは、これまで見せてきた微笑や、ときに浮かべる失笑や苦笑とも違う、心からの笑顔で告げた。

 

「・・・もちろん、いいよ」

 

 この日、アルデンテとカルパッチョは、将来結ばれることを共に誓い合った。

 

 

 突如聖グロリアーナからもたらされた、大洗女子学園が廃校になるという情報。

 第63回全国戦車道高校生大会2回戦で、大洗女子学園と砲火を交えたアンツィオ高校の統帥アンチョビは、聖グロリアーナの隊長であるダージリンからの『大洗女子学園を助けたくはない?』という問いに、2つ返事で協力することを決めた。

 アンツィオ高校があの西住流と戦ったのは、あの時が初めてだった。あの試合はアンツィオの皆にとっても学ぶべきところが多かったものであり、全力で戦った上で敗北した大洗のことを、アンツィオ戦車隊は全力で応援することに決めていたのだ(応援できたかどうかはさておいて)。

 それに、大洗女子学園は同じ釜の飯を食った戦車道の仲間だ。それだけで、助けるには十分な理由になる。

 ダージリンから具体的にどうするかを聞かされたアンチョビは、大人数で大洗の援軍に向かおうとしたが、戦力が貧弱すぎるので1輌でいいと言われてしまった。

 『貧弱』と言われてアンチョビは地味に凹んだが、それよりもまずは大洗の増援だ。

 最大戦力の重戦車・P40は、その大洗女子学園との試合で致命的なダメージを負い、加えて修理資金が足りず使い物にならない。なので必然的にCV33かセモヴェンテのどちらかに絞られたのだが、アンチョビとペパロニは火力の高いセモヴェンテを持っていこうとした。

 だが、冷静なカルパッチョはそこで待ったをかける。

 

「おそらくこれから戦う相手は、黒森峰やプラウダなんて目ではないぐらい強い相手だと思います。正直な話、セモヴェンテを持って行っても敵に白旗を揚げさせるかは微妙なところかと」

 

 そこで血気盛んなペパロニが『やってみなきゃ分かんないっすよ!』と抗議するが、アンチョビはそんなペパロニを宥めて、カルパッチョに続きを促す。

 

「それならば私たちは、敵を倒すことを目的とはせず、皆さんのサポートに徹するべきだと思います」

「ふむ」

「ダージリンさんの言葉の通りなら、大洗には他にも増援が多く加わって大所帯になるでしょう。そうなれば、戦況を偵察する役割が必要となるはずです。私たちが小型のCV33でその役目を負えば、大洗の勝利に貢献することができます」

 

 やはり、カルパッチョを副隊長にして正解だったとアンチョビは思う。冷静かつ客観的に物事を見ることができる人物は、大人数を率いる上で重要だからだ。

 そのカルパッチョの意見にアンチョビが賛成し、あまり小難しいことを考えるのが苦手なペパロニも同意して、3人はCV33に乗り込んで大洗の増援へと向かった。

 そして肝心の試合では、全国大会の決勝戦のように寝過ごして試合に間に合わなかったなどというミスは犯さず大洗の増援として参戦。カルパッチョの言った通り偵察と、戦線攪乱の役割を果たして大洗女子学園の勝利に多大な貢献をすることができた。

 帰り道はCV33をトラックに積んで、各地の色々な名物を楽しみながらアンツィオへと帰った。大洗女子学園を救えたことが嬉しかったあまり、トラックの中で3人でフニクリフニクラを歌ったのは、3人にとってもいい思い出だ。

 

 

 そして夏休みも終わり、その試合からすぐの日に、アンツィオ高校学園艦ではアンチョビ主催で『大洗女子学園存続記念祭』が開催され、屋台街の全品割引セールが実施されていた。

 お祭り好きなアンツィオ生たちは盛り上がって、屋台街を賑やかにしている。

 ペパロニの鉄板ナポリタン屋台は特に賑わっているが、日本戦車道の歴史に残るような試合に参加していた張本人だから仕方がない。彼女の語る武勇伝を聞きたくて、皆訪れているのだ。

 アルデンテの屋台も、屋台総選挙以来の100万リラ引きセールを実施しているので、お客はいつも以上に多かった。

 

「今だけ100万リラ引きだよ~!」

「美味しいラザニアだよ~!」

 

 ペスカトーレとアマレットの客引きが効いているのか、多くのお客がラザニアを求めて屋台を訪れている。

 あの総選挙以来、アマレットも屋台を手伝ってくれている。どういう風の吹き回しだと思ってアルデンテは聞いてみたが、それに対してアマレットは恥ずかしそうに顔を赤くしてペスカトーレを指差した。それでアルデンテも、詮索するのはよそうと思って聞くのは止めた。

 カルパッチョはジェラートの屋台を手伝っているが、アルデンテは寂しくはなかった。全く寂しくないわけではないが、会いたくて仕事に手がつかないとまではいかない。

 なぜなら、もうお互い将来結ばれることを誓い合っているのだから。

 そのことを考えると、らしくもなくアルデンテの口元が緩む。それを目敏く見つけたペスカトーレが、いつかのアルデンテのように『気持ち悪い笑みを浮かべるな』と軽く頭をはたいてきた。アルデンテは『はいはい』と答えてラザニアを取り出し、お客に差し出す。

 今頃はカルパッチョも、試合に参加した身であるからジェラートの屋台で色々聞かれて忙しいだろう。

 そんなことを考えていたら、カルパッチョが姿を見せた。

 

「お疲れ様、カルパッチョ」

「ただいま、アルデンテ」

 

 その大洗女子学園の決戦後、2人は今ここで初めて顔を合わせる。

 アルデンテは金銭面の都合で直接応援に行くことはできなかったが、せめてもと思い、試合会場に赴く前にカルパッチョとキスを交わした。

 それを思い出して無性に恥ずかしくなってしまうが、将来のことを考えるとこれぐらいのことでいちいち恥ずかしがっていてはいられないなと思って、ラザニアを1つ無料でサービスする。

 

「どうぞ」

「・・・ありがとう、アルデンテ」

 

 カルパッチョは一瞬戸惑うが、アルデンテの顔を見て小さく笑い、受け取る。そしてフォークで小さく切り取って一口食べる。

 

「うん、美味しい」

「それはよかった」

 

 カルパッチョの言葉に、アルデンテも嬉しくなる。『美味しい』という言葉は、たとえ何度聞いたとしても飽きることはないし、鬱陶しくもならない。相手が好きな人であればなおのことだ。

 

「あのアルデンテが、ラザニアをタダでサービスするなんてねぇ」

「だな。ちょっと前までは考えられなかったのに」

 

 アマレットとペスカトーレが客引きの合間に、随分と変わってしまったアルデンテのことを見て感慨深そうに見て呟く。

 

「誰にでもこうするってわけじゃないんだが」

「それでもすごいんだよ。今まで一度も値引きなんてしたことなかったのに」

 

 アルデンテは反論するが、その上にペスカトーレはもう一度強調するように告げる。

 

「カルパッチョだけにっていうのが、また何ともね」

 

 アマレットの言葉に、カルパッチョはラザニアを食べることに意識を集中することにした。これ以上何かを言おうものなら、確実に自分が恥ずかしいことになってしまう。

 

「・・・ところで、試合はどんな感じだったんだ?観てないからわからないんだが・・・」

 

 アルデンテが、そんなカルパッチョに助け舟を出す形で聞く。カルパッチョは、上手い具合に話題が逸れたので、内心で『よし』と思う。

 そしてカルパッチョはざっくりと、試合の流れを説明した。最初から敵の激しい攻撃にピンチになって、自分たちは偵察の役目を担っていた、カール自走臼砲と真正面から渡り合った時は怖かった、最後は大洗のルノーB1bisという戦車と協力して敵を倒した、と戦車道履修生ではないアルデンテとペスカトーレにも分かりやすいように、かみ砕いた表現で教えた。

 カルパッチョの話を聞いて、アルデンテはやはり戦車道の世界とは厳しいものだと再認識する。相手がどれだけ強大であっても戦いから逃げることなどせず、不安や恐れを乗り越えて勝利を目指して邁進する。そんな熾烈な世界に放り込まれたら、アルデンテも生きていける自信はない。

 そして、そんな世界で懸命に戦うカルパッチョはもちろん、アンチョビやペパロニ、アマレットを、アルデンテは素直にすごいと思い、尊敬する。

 そしてアルデンテは、そんな世界を生きるカルパッチョを労う形で、その頭を優しく撫でる。

 

「・・・本当に、お疲れ様。カルパッチョ」

 

 その手を受け入れたカルパッチョは、優しく笑った。

 それを見ていたペスカトーレとアマレットは『全くこの2人は・・・』という表情を浮かべながら客引きを再開した。

 

 

 アルデンテとカルパッチョは、将来結ばれることを誓い合った。

 カルパッチョは、夢に向かって進み続けるアルデンテを、そして夢が実現したその後もずっと支えていくと言ってくれた。

 もちろんアルデンテも、この先も戦車道を続けて厳しい世界で戦い続けるカルパッチョを支えていくつもりだ。

 そしてカルパッチョは、自分の夢が実現するように応援してくれている。そのカルパッチョの思いは裏切りたくないから、絶対にその夢を自らの手で叶えようとアルデンテは決意した。

 その夢に至るまでの道は果てしなく遠くて、険しいものだということは分かっている。

 だが今は、自分のことを支えてくれる人が傍にいる。

 だから、その道のりが険しくても、その夢を実現させることがどれだけ難しくても、決して諦めたりはしない。

 それに、アルデンテもまたカルパッチョのことを傍で支え続ける。

 いかなる時も、どれだけの困難が立ち塞がろうとも、共に支え合い前に進んでいく。

 お互いに結ばれることを誓い合った時から、その覚悟を決めていた。

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