名前を付けてくれた人   作:プロッター

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altro(アルトロ)[another]【形容詞】
意:もう1つの、別の、他の



Altro

 アルデンテとカルパッチョが、屋台街でデートの待ち合わせをしているのと同時刻。

 パンテオン風神殿の前で、ペスカトーレはそわそわと腕時計を見たり足を組んだり腕を組んだりしながら、待ち合わせをしている相手のことを今か今かと待っていた。

 着ている服は白のシャツにデニムジャケット、履いているのは黒のカーゴパンツ。人生初のデートだったので小一時間ぐらい服に悩んでいたが、『普段通りの関係で付き合いたい』という自分の言葉を思い出して、いつも通りの服に落ち着いた。

 さて、相手はどんな服装で来るのだろうか。そんな期待に胸を膨らませている中で、時計塔が待ち合わせ時刻である10時を告げた。

 

(さあ・・・・・・心の準備は万全だ・・・!)

 

 心の中で身構えていると、肩をちょいちょいと指で叩かれた。

 ペスカトーレはびっくりして、深く考えず反射的に後ろを振り返るが、頬がぷにっと人差し指でつつかれた。

 

「引っかかった♪」

 

 白い歯を見せてニッと笑うその少女は、オレンジのポロシャツに白のアウター、デニムスカートに黒のタイツを着こなすアマレット。

 他ならない、ペスカトーレと付き合っている少女だ。

 

「・・・引っかけられた」

 

 心の中で準備していたにもかかわらず、こんな古典的な手に引っ掛かってしまうとは。初デートだからとやはり浮かれてしまっていた。

 ペスカトーレは別に武道を極めているわけではないので、他人の気配や視線、雰囲気に敏感というわけではない。だからこうしてアマレットが背後にそーっと近づいてきたことに気づけなかったのは仕方がないが、それでも好きな人が近くにいるのなら男として気づいておきたかった。

 

「・・・おはよう、アマレット」

「うん、おはよう。ペスカトーレ」

 

 改めて2人は挨拶を交わす。

 それにしても、とペスカトーレは思う。

 

「時間ピッタリなんて、珍しいな」

 

 アンツィオの生徒は基本おおらかであるため、待ち合わせの時間に遅れるということもしばしばである。だから、今日みたいにお互いに揃って時間きっかり、もしくはそれよりも前にそこにいること自体が珍しいことだった。

 ペスカトーレがそう思って聞いてみると、アマレットは視線をペスカトーレから外して、少し恥ずかしそうに告げる。

 

「その・・・あんたとデートだって思ったら、楽しみで・・・」

 

 実を言うと、ペスカトーレもアマレットと同じ気持ちだった。

 これまでアマレットと出かけることは度々あったが、それはアルデンテやジェラートも一緒だったし、あるいはまだお互いに相手のことを好きだと認めていなかった時だ。

 けれどこうして、互いに恋心を自覚し、晴れて恋人同士となってから2人きりで出かけるのは、告白し手告白された日以来初めてのことである。

 自分の恋人とデートをするというのは、誰しもが夢見るシチュエーションである。健全な男子高校生のペスカトーレも例外ではなく、今日のデートに緊張し、そして何より楽しみで、先ほどのように待ち合わせの時間前に来ていたのだ。

 それはアマレットも同じだということを知って、ペスカトーレは思う。

 

(俺たち、本当に付き合ってるんだな・・・・・・)

 

 しみじみとペスカトーレが思っていると、アマレットが時計を見て『そろそろ行こうよ』と言ってペスカトーレの手を取り、目的地に向けて歩き出す。引っ張られる形になったペスカトーレは、すぐに歩調を合わせてアマレットの隣を歩く。

 だが、横に並んだからと言って手を離したりはせず、むしろ逆に手を優しく強く握った。

 

 

 夏休みも残りわずかに差し掛かったこの日は、屋台街の全面休業日。

 この日までアルデンテの屋台を手伝っていたペスカトーレとアマレットは、まだ一度もデートをしたことがなかった。それを見かねたジェラートが、『アルデンテたちもそうだけど、あんたらもデートの1つぐらいしたら?』と言ってきた。それを受けて、どうにか宿題を終わらせたペスカトーレとアマレットは、このお休みの日に2人でデートを決行することにした。

 今日は、屋台主のアルデンテとその彼女であるカルパッチョも、本土にデートに向かっている。あの2人の性格からして静かなデートを望んでいるだろうし、ダブルデートなどという考えは毛頭ない。

 極力アルデンテたちと顔を合わせないことを考えて、ペスカトーレたちは本土ではなく学園艦でデートをすることにした。

 そんな2人が訪れたのは、全国大会の後でアンチョビが戦車隊の仲間を連れてやってきたというリゾート施設。平たく言えばプールと温泉が併設されている大型の娯楽施設で、プールの方には流れるプールや体が浮かぶプール、ウォータースライダーや結構な高さの飛び込み台などもあって実に興味深い。

 そんなプール施設の更衣室前で、トランクスタイプの水着に着替えたペスカトーレはベンチに座り、アマレットのことを待っていた。

 

(そういや、アマレットの水着って見たことないな・・・・・・)

 

 以前、アマレットから送られてきた写メールには、アンチョビやペパロニたちの水着が写っていたが、写真を撮ったであろうアマレットの水着は写っていない。

 なので、どんな水着を着てくるんだろうという想像に胸を膨らませていると、ぺた、ぺたという裸足の足音と共に、更衣室から1人の少女が近づいてきた。

 

「・・・お待たせ、ペスカトーレ」

 

 ペスカトーレにとっては聞き間違えるはずのない声を聞いて、ペスカトーレはその声を発した少女を向く。

 そして息を呑み、目を見開いた。

 

 

 ペスカトーレの目の前に立っていたのは、コバルトブルーのクロスホルターネックビキニを着て、恥ずかしいのか自分の体を隠すように腕を組んでいるアマレットだった。

 大きすぎず小さすぎずの美しい胸や、くびれている腰、すらっと伸びている奇麗な脚。彼女の全てがペスカトーレにとって魅惑的に映る。

 だが、当のアマレットは恥ずかしいようでペスカトーレと視線を合わせようとはせず、内股になってしまっている。その恥じらいが、普段の勝気なアマレットとのギャップを引き出して、可愛らしさが倍増だ。

 

 

 自分の恋人とのデート、さらにはその水着姿を拝むことができた今この瞬間、ペスカトーレは人生の勝利者と相成ったのだと確信した。未だ水着デートをしたことがないであろうアルデンテを含めた、クラスの男子どもを出し抜いたことによる優越感のあまりガッツポーズまでしてしまう。

 さらには声高らかに『よっしゃあああああ!!』と叫びたかったが、ここは公共の場であるしアマレットが傷つきかねないのでそれは控えた。

 だが、何もコメントをしないというのも男として褒められたことではないので、一言だけ。

 

「その・・・・・・奇麗だ。うん」

 

 瞬間、アマレットの顔が熟れたサクランボのように真っ赤に染まり、ペスカトーレの背中をバシッと強く叩く。ペスカトーレからすれば想像以上に痛かったので、背中に手を回す。

 

「褒めたのになぜ叩くよ・・・?」

「うっさい!いいから早く泳ぐよ!」

 

 素直じゃないアマレットの反応にペスカトーレは『やれやれ』と呟きながら、アマレットに続いて準備運動を始める。

 準備運動を念入りに行ってからプールに浸かる。程よい冷たさがペスカトーレとアマレットの身体全体に伝わり、その心地よさに思わず溜め息が出る。

 まずは最初は肩慣らしとばかりに自由に泳ぐことにした。

 ペスカトーレは体力馬鹿というほど自信があるわけではなく、クラスでも中の上ぐらいでしかないのでゆったりと泳ぐ。アンツィオ高校にプールの授業はないため、泳ぎも鈍っているかと思ったが意外とそうでもなかった。

 一方アマレットは泳ぎ慣れているのか、すいすいと泳いでいる。得意なのかと聞いてみれば、トレーニングでよく泳ぎに来ているからだそうだ。戦車道で体力をつけるために、こうして水泳をしている者も少なくないと言う。

 そして止めておけばいいのに、ペスカトーレはアマレットに泳ぎの対決を申し出た。アマレットが自分よりスイスイ泳いでいるのを見て、男特有の負けず嫌いな面が出てしまったらしい。アマレットも絶対に勝てる自信があるからか、その勝負を受けて立った。

 そして負けた方が相手にジュースを1杯奢るという条件の下、対決は行われた。

 結果は、ある程度予想できていたがアマレットの勝ち。ペスカトーレは『ちくしょー』と悔しそうな声を洩らしながら一旦プールを上がり、売店でフルーツジュースを買って勝ち誇った顔をするアマレットに渡す。

 プールから上がったアマレットの身体は水に濡れていて、纏められた茶髪からは水が滴り落ちている。そして、ニッと笑うアマレットにペスカトーレはつい見惚れてしまう。

 やっぱり自分は、その元気そうに笑うアマレットが好きだな、と。

 このアマレットの笑顔が好きだな、と。

 

「何見てんのさ?」

 

 ペスカトーレの視線を感じたアマレットは、ジュースのストローから口を離して訊く。

 

「いや、そういう笑顔が俺は好きだなって」

「んなっ!?」

 

 ポロっと本音を口にするペスカトーレ、そしてその不意打ちの言葉にアマレットは赤面する。そしてアマレットは恥ずかしさを忘れようとジュースを思いっきり啜り、中身がなくなっても少しの間『ズズズズ・・・』と啜っていた。

 ペスカトーレも、ちょっとクサいことを言ったなという自覚はあったので、『次は流れるプール行こうか』と何事もなかったかのように話しかける。アマレットは、空になったジュースのコップを捨てて、ペスカトーレの肩を軽く小突いた。

 そして流れるプールに入り、2~3週ほど流れに身を任せてプールを楽しんだ後で、2人はプールから上がる。そしてアマレットが『次はあれやろう』と指差したのは、このプールに足を踏み入れた瞬間から目に入っていた、結構な高さの飛び込み台だった。

 その直後、ペスカトーレの顔が青くなる。

 

「・・・よし、ちょっと俺はあっちで待ってるから」

 

 先手を打って踵を返そうとするペスカトーレ。だが逃亡叶わずアマレットに腕を掴まれて飛び込み台まで連行されてしまう。やはり一回の高校生のペスカトーレ程度の力では、日々戦車道で鍛えているアマレットに敵うはずもなかった。

 

「・・・マジで飛び降りんの?」

「マジよ、マジ」

 

 飛び込み板に立つペスカトーレの横に、アマレットは大して怖くもなさそうに立って呟く。『なんでちっとも怖くなさそうなんだ』とペスカトーレが目で問うが、アマレットは笑うだけ。余計怖い。

 

「大丈夫大丈夫。ドゥーチェも1度飛び降りたけど、気絶程度で済んだから」

「『程度』ってなんだ!?ってか、あのアンチョビさんが気絶って相当なもんだぞ!」

「さあいっくよー!」

「え、ちょっと―――」

 

 珍しい気もするペスカトーレのツッコミもスルーして、アマレットがペスカトーレの腰を掴み、さらにペスカトーレの右腕を自らの肩に回させて、ぴょんと跳ぶ。

 アマレットと身体が密着している状態では、逆らうこともできずペスカトーレも共に飛び降りることになってしまう。

 

(・・・・・・生きよう)

 

 目を瞑って『キャー!!』と楽しそうに叫ぶアマレットの横で、ペスカトーレは切にそう願い落下する。

 無事に着水し、気絶もどうにか免れたが、精神力と体力をごっそり削り取られたような感じがする。ペスカトーレがベンチで萎えている傍らで、アマレットは。

 

「いやー、楽しかったねぇ!」

 

 と、実にいい笑顔で話しかけてくる。戦車道履修生だから肝が据わっているのだろうか。だとしたらなぜアンチョビは気絶してしまったのか。

 そんなことはさておき、こうなってしまうとペスカトーレも仕返しがしたいという対抗心が芽生え、仕返しとばかりに『次はあそこにしよう』とウォータースライダーを指差す。

 

「いいね、行こうよ」

 

 だが、この程度でアマレットは怯みはしない。それはペスカトーレも想定済みだったので、不意を突けるかどうかは分からなかったがさらにこう言った。

 

「一緒に滑ろう」

「・・・・・・え」

 

 その反応で、アマレットの虚を突いたとペスカトーレは確信することができ、心の中でほくそ笑んだ。

 そして今、ウォータースライダーの入り口でペスカトーレとアマレットは手を繋いだまま並んでいる。このウォータースライダーは、子供が保護者と一緒に滑ることを許可しており、2人で一緒に滑ることも可能となっていた。

 やがて2人の順番が回ってくると、係員の指示に従って準備に入る。

 まず最初にアマレットが座り、アマレットを挟むように足を伸ばしたペスカトーレが後ろに座る。

 

「・・・・・・ん・・・っ」

「・・・・・・」

 

 アマレットの口から色っぽい声が洩れて、ペスカトーレの心が揺れる。

 そんな声が出るのも、ペスカトーレがアマレットにくっつくように座り、おまけに係員の指示でアマレットのお腹に手を回すように言われたので仕方なく後ろから抱きしめるような体勢になってしまったからだ。係員の女性が楽しんでいるように見えたのはペスカトーレの見間違いと信じたい。

 無論、抱き着かれているアマレットは恥ずかしいし、抱き締めているペスカトーレはもっと恥ずかしい。程よく引き締まったアマレットのお腹の感触が腕を通して伝わって、さらにペスカトーレの眼前にはアマレットのうなじがあって、心臓が痛いくらいに脈打っている。

 

「・・・・・・今更なんだけど」

「・・・・・・なに?」

 

 ペスカトーレがアマレットに話しかける。

 身体が密着している状態なので、ペスカトーレが声を発する度に口から漏れ出す吐息がアマレットの首あたりにかかってこそばゆく、アマレットは自分の顔が上気していくのを感じる。そうして真っ赤になるアマレットの顔を、ペスカトーレが見ることはできなかったし、気づいてもいない。

 

「・・・・・・めっちゃ、恥ずかしい」

「・・・・・・私もだよ」

 

 そして滑り出した。その時間は数十秒程度だったのに、体感時間ではそれ以上のものだった。

 

 

 ウォータースライダーで妙な気分になってしまった2人は、それを紛らわせるためにとにかく遊んだ。自由に泳いでまた対決をしたり、フリースペースで水の掛け合いをしたり、水鉄砲で撃ち合ったり、どちらが長く潜っていられるかの我慢比べをしたり。

 結果。

 

「・・・・・・う、動けん・・・」

「・・・・・・もう、だめ・・・」

 

 燃え尽きたようにベンチに座り込むペスカトーレとアマレット。休憩も挟まずに遊び通していたのだから、当然の結果と言える。周りを行く他のお客たちは2人を見てくすくす笑っているが、2人はそんなことも気にしていられない。

 

「・・・・・・なあ、アマレット」

「・・・・・・なに・・・?」

 

 だけど、彼らの顔は笑っていた。疲れがにじみ出てはいるが、それでも達成感を抱いているかのような、心地よい笑みだった。

 こうして動けなくなるほど遊び通して、それでも笑っていられるのは。

 

「・・・・・・楽しいな」

「・・・そうね、ホントに」

 

 楽しいからだ。

 それも、自分の恋人と一緒に過ごすことができたのだから、楽しいのは2人にとっては当たり前だった。

 だからその疲労感さえも、心地よい。

 

 

 水着から着替えてフードコートで遅い昼食を済ませた2人は、食休みを挟んでプールに併設されている温浴施設『テルマエ』を訪れた。

 テルマエとは、古代ローマにおける公衆浴場を指す言葉であり、イタリア風のこの学園艦ではその温浴施設も『テルマエ』と名付けられている。一時期、その古代ローマのテルマエをテーマにした映画が流行ったことで、このアンツィオのテルマエも映画の気分を味わえるということで話題になった。

 時期の関係もあって利用客もそれなりに多い。ペスカトーレとアマレットは、プール利用で割引となった料金を払い、16時に休憩室で待ち合わせることにしてそれぞれ男湯と女湯に別れる。

 本格的な古代ローマのテルマエは今でいうサウナや温水プールのような、いわば健康ランドのような造りの代物だったが、このアンツィオのテルマエは普通の温浴施設と言っていい。中の造りこそ石造りで本場のテルマエに似せているが、温泉の種類は豊富でバイブラ温泉や炭酸泉、ハーブの香り漂う風呂や泉のようなオブジェクトが設えてある広い温泉、塩サウナなど飽きない造りになっている。しかも規模が広いので、2人が待ち合わせの時刻を少し遅めに設定したのはそれもあったからだ。

 

「はー・・・・・・いいお湯・・・・・・」

 

 その中の一つ、炭酸泉に浸かっているアマレットは、全身の疲れが抜け落ちているのを実感し、思わずそんな声を洩らす。腕を伸ばすと『パキ、ポキ』と小さな音が聞こえてきて、凝りが解れているのが分かる。やはりアマレットも、日本人らしく温泉が好きだった。

 そうして温泉の効能にほだされて、気持ちよさそうに声を洩らし、一息ついたところで思う。

 先ほど、ペスカトーレと一緒にプールで遊んだのは本当に楽しかった。スピード対決も、流れるプールを共に流れたのも、高いところから飛び降りたのも、一緒にスライダーを滑ったのも、全てが楽しかった。

 それらのことは傍から見れば、彼氏彼女のやり取りそのものだろう。特にスライダーを滑る際に密着した時の緊張感やドキドキなんて、普通の友達同士では抱けないような気持ちだ。

 その気持ちを覚えると、自分とペスカトーレはやはり付き合っているんだという実感が湧いてくる。

 けれど、とアマレットは思う。

 今は夏休みで、しかも寄港中なので、もともと観光地のアンツィオ学園艦は外部からの観光客も多い。だから、先ほどのプールにも、今このテルマエにも多くのカップルや親子連れのグループが至る所に見受けられた。

 それを見て、アマレットは思うのだ。

 

(いつか・・・・・・私も・・・・・・?)

 

 男と付き合っている以上、女のアマレットが彼氏彼女よりも先の関係になることを望むのは何もおかしなことではない。

 アマレットも、ペスカトーレが相手であれば『そうなりたい』という願望があった。ペスカトーレの本音を聞き、自分のことを想ってくれていたことを知ってから、その願いはアマレットの胸に根付いていた。

 屋台でも見ていたペスカトーレの笑顔をずっと傍で見ていたい。

 友達思いで優しいペスカトーレとずっと一緒にいたい。

 そう考えたところで、アマレットの額から汗が零れ落ち、ぴちょんと音を立てて湯船に落ちる。その音を聞くと、アマレットの中にある憶測が生まれる。

 もしそう思っているのがアマレットだけだったら?と。

 ペスカトーレは、今のような恋人同士の関係に満足しているとしたら?と。

 そんな憶測に、アマレットは恐怖する。

 浸かっているのが温めの炭酸泉とはいえ、温泉に入っているにもかかわらずアマレットは身震いした。

 

 

 一足先に上がっていたペスカトーレは、自動販売機で買ったコーヒー牛乳を飲んで一息つく。火照った身体が冷えたコーヒー牛乳で内側からじんわりと冷えて心地よくなる。プールで消耗してしまった体力も、回復してきていた。

 よっこいせ、と畳張りの床に座りながら、休憩室に設置されているテレビを何の気なしに眺める。テレビに映っているのは、日本ではないどこかの国のパレードの様子が中継されている。どうやら、どこかの国の王子が結婚式を挙げているようで、これが俗にいうロイヤルウェディングという奴か。やはり一国の王子ともなれば、結婚式も国を挙げるほどの一大イベントとなるらしい。

 そこでペスカトーレは、ふと思う。

 

(アルデンテとカルパッチョさんも・・・・・・結婚したりするのかな・・・)

 

 アルデンテは真面目な人間だということを親友であるペスカトーレは当然知っている。自分の言葉には責任を持ち、好きな人の横に立つに相応しい人となれるように努力をする、真っ当な人間だ。

 そんなアルデンテが、努力の末にカルパッチョに認められて恋人同士となることが叶ったにもかかわらず、『やっぱり結婚はしない』と言うとは考えにくい。真面目だからこそ、付き合うだけ付き合って終わりとはならないだろう。

 ならば当然、その先のことだって考えているに決まってる。今テレビに映っている王子と妃のように、結婚式を挙げるのだろう。さすがにあそこまで派手な結婚式にするはずはないだろうが。

 だが、その問題もペスカトーレにとっては他人事と言える問題ではなかった。

 自分だって、アマレットという恋焦がれていた女性と付き合うことができているのだから、結婚の問題についても我関せずというわけにはいかない。

 それについてペスカトーレはどう思っているのかというと―――

 

「あ、先上がってたんだ」

 

 そんなことを考えていたところで、ペスカトーレは後ろから声をかけられた。振り返れば、髪を下ろしている湯上りのアマレットがいた。風呂上がりで髪が少し湿っていて、顔が上気しているのが妙に色っぽかったが、艶やかな印象もある。

 ペスカトーレは手を挙げて返事をし、先に買っておいたコーヒー牛乳の瓶を差し出す。アマレットは『ありがとね』と言いながらそれを受け取り、蓋を開けてグイっと呷る。

 

「かーっ、美味いっ!」

 

 男らしく、実に気持ちよさそうに告げる。その様子を見てペスカトーレも可笑しくなって、思わず吹き出す。

 アマレットはコーヒー牛乳を飲み終えると、先ほどまでペスカトーレが見ていたらしきテレビを見る。今なおテレビには、某国の王子と妃の結婚パレードの様子が映されていた。

 

「・・・・・・あ」

 

 それを見てアマレットは、風呂で考えていたことを思い出してしまう。

 この先のこと―――結婚のことを。

 

「どうかしたか?」

 

 ペスカトーレがアマレットの異変に気付いて声をかけるが、アマレットは取り繕うような笑顔を浮かべて『何でもない』と首を横に振った。

 だが、アマレットはペスカトーレが自分と同じようなことを考えていたことについては知る由もない。

 そしてペスカトーレは、アマレットとこの先どうなりたいかを既に考えて決めていることも、知らなかった。

 

 

 そうして2人が風呂上がりの休憩をしてからリゾート施設を出ると、時刻は17時に近かった。

 夕日が学園艦を照らす中で、ペスカトーレとアマレットは並んでローマ風の街並みを歩く。太陽も傾き山に重なるかどうかの高さになっているので、もう少ししたら陽も沈んでしまうだろう。

 この後は特にどこかを回る予定もなかった2人は、自然と屋台街を訪れていた。普段は何十人といる屋台主たちが声を上げて客引きをし、美味しい料理を求めて多くの観光客やアンツィオ生で賑わうこの場所も、全面休業日の今日は静まり返っている。営業が再開される明日からまた騒がしくなるのだろう。

 

「静かだな・・・」

「そうだねぇ・・・・・・」

 

 それぐらいのぽつぽつとした言葉しか交わさずに、2人は屋台街を歩く。ポップアートが施されている屋台も、色鮮やかに塗られた看板も、人っ子一人誰もいないせいで不気味に感じる。

 やがて2人はいつも手伝っている、23番区画のアルデンテたちの屋台の前にやってきた。

 そこでペスカトーレが不意に立ち止まり、アマレットも『どうしたの?』と尋ねながら振り返る。

 

「・・・・・・なあ、アマレット」

「・・・何?」

 

 ペスカトーレが、おもむろにアマレットに話しかける。アマレットは、これから告げるペスカトーレの言葉を待つ。

 ペスカトーレは一度深呼吸をして、考えていたことを告げる。

 

「今日は、本当に楽しかった、ありがとう」

「・・・・・・私も、楽しかったよ」

 

 何を畏まって言い出すのか、とアマレットは思ったがそこで気づく。

 ペスカトーレの表情が、雰囲気が、今までとは違っていた。いつものへらへらしたような、ちゃらんぽらんな感じが全くない。かといって、屋台総選挙の結果発表直後のような、どんよりとした感じでもない。

 ペスカトーレの真剣そうな表情に、アマレットも心の中でぐっと構える。

 

「でも、今日だけじゃない」

「え?」

「俺は・・・・・・これからもずっと、アマレットと楽しい思い出を作っていきたい」

 

 将来のことは、もちろんペスカトーレも考えていた。

 

「この先、ずっと・・・・・・いつまでも、アマレットと一緒にいたい」

 

 ペスカトーレは本当のところ、アマレットとずっと一緒にいたかった。それは、アマレットに恋心を抱いた時からの願いだった。

 

「俺は、アマレットのことが好きだ。これはもう、絶対に変わらない」

「・・・・・・」

「この先も、ずっと・・・・・・いつまでも」

 

 それほどまでに、ペスカトーレはアマレットに恋い焦がれ、魅了されてしまっていた。

 心奪われるほどにアマレットのことが好きで、アマレット以外の人と添い遂げるなんてことは考えられなかった。

 

「・・・・・・俺の言いたいこと・・・分かる?」

 

 アンツィオの空気に染まっていて、ノリと勢いは十分備わっていて、ペスカトーレとは1年生の頃から親友とも悪友とも言えるような関係だったアマレットにも、そのペスカトーレの言葉の意味は掴めた。

 自然とアマレットは笑っていて、頬が薄桃色に染まっていて、瞳は潤んでいた。

 

「・・・・・・分かるけど、聞かせて?」

 

 おどけるようなペスカトーレの質問に、アマレットはいつものような笑みを浮かべてそう返す。

 ペスカトーレはくっくっと笑う。

 アマレットは、ペスカトーレが何を言っているのかを分かっていても、ペスカトーレから

『その言葉』を直接聞きたかった。

 アマレットはこの時、安心していた。テルマエでアマレットが考えていたこと―――この先のことを、ペスカトーレもまた考えてくれていたのだ。

 ペスカトーレは、今の関係だけで満足してはいなかった。ちゃんと、先のことを考えてくれていた。

 

「アマレット」

「うん・・・・・・」

 

 今この場には、ペスカトーレとアマレット以外誰もいない。

 ペスカトーレは息を吸って、覚悟を決めて、告げる。

 

 

 

「俺と、結婚しよう」

 

 

 

 心の中で待ち望んでいたアマレットの返事はただ一つ。

 

 

「うん・・・・・・いいよ」

 

 

 

 

 陽もいよいよ沈みかけ、地面の影が伸びていく中でペスカトーレとアマレットは手を繋いで歩いていた。

 先ほどのプロポーズの後、ほんのわずかな時間だけ2人の間に沈黙が訪れた。だが、どちらからともなく吹き出してしまい、さらには周りに誰もいないのをいいことに、お互いに笑い合った。

 涙が出るほど笑い合った後は、示し合わせたように手を繋ぎ、もう少し歩こうということになった。

 そして陽が沈み、街灯に明かりが灯り始める。

 ライトアップがきれいだろうし、せっかくだからトレヴィーノの泉に行こうと2人の意見が一致し、早速そこへ向かう。

 そして泉に着くと。

 

「「「「あ」」」」

 

 4人分の声が重なる。

 出くわしたのはペスカトーレとアマレット、そしてアルデンテとカルパッチョだ。考えることは同じだったらしい。

 アルデンテとカルパッチョも、今のペスカトーレたちと同様に手を繋いでいる。

 そしてカルパッチョの顔は、どことなく嬉しそうだった。それは、好きな人と手を繋いでいるから、好きな人とデートと言う形で一緒に過ごすことができたから、というだけではない、別の要因があるような気がするのはペスカトーレたちの錯覚だろうか?

 

「お2人とも、楽しそうだねぇ」

「お互いにな」

 

 アマレットが楽しそうに言うと、アルデンテも小さく笑いながら返す。アルデンテも心なしか嬉しそうで、やはり何かあったんだなとペスカトーレたちは勘づいた。

 トレヴィーノの泉は、まだライトアップはされていない。

 4人とも目当てはライトアップされるこの泉だが、ペスカトーレとアルデンテはお互いに自分の恋人と2人だけの時間を少しだけ欲していたので、それぞれアマレットとカルパッチョを連れて距離を離す。

 

「・・・・・・ペスカトーレは、何か将来なりたいものとかあるの?」

 

 ライトアップを待つ間、アマレットがペスカトーレに問いかける。

 ここから離れた場所でカルパッチョと共にライトアップを待つアルデンテが、将来個人でお店を開くことをアマレットは知らないが、料理人を目指しているということは聞いている。だから、そのアルデンテの親友のペスカトーレも何か目指しているものがあるのではないかと思って訊ねてみたのだ。

 

「特には・・・無いかな。ただ堅実に働いて、ささやかな娯楽と生活ができればそれでいいって感じ」

「へぇ~、意外」

 

 楽しければそれでいいが風潮のアンツィオでは珍しく、将来も堅実に働くことを考えているのは珍しいといえる。

 

「・・・・・・遊んで暮らすわけにもいかないし」

 

 そう言いながらペスカトーレはアマレットのことを見る。

 その視線に多くの意味が含まれていることにアマレットは気づき、少しだけ恥ずかしくなる。

 

「アマレットは?やっぱり戦車道を?」

「そうだねぇ」

 

 アマレットは考える素振りも見せず、答える。

 

「私が戦車道を始めたのって、ペパロニ姐さんに誘われたからなんだよね」

「アンチョビさんじゃなくて?」

「そう。ペパロニ姐さんが『とにかく楽しい!面白い!』って言って、『お前もやってみようぜ?』って誘われて、実際にやってみて楽しかった。CV33は小さいけど、戦車を操縦できるっていうのは楽しかった。最初に攻撃受けてひっくり返った時なんて泣きそうになったけど、それもいい思い出だよ」

 

 戦車道を始めるに至った経緯が、実にアンツィオらしいとペスカトーレは思った。

 言葉なんていらない、ただ楽しければいい。

 アンツィオの校風を体現しているペパロニらしかった。

 

「だからまあ・・・ペパロニ姐さんには恩義を感じてる。辛いこともあるけど、楽しいことだってある戦車道の世界に私を誘ってくれたから」

「・・・・・・」

「ペパロニ姐さんが戦車道をやめない限り、私もやめないよ」

「・・・・・・そうか」

 

 ふっと笑って、ペスカトーレは泉を見上げる。

 泉から滾々と湧き出す澄んだ水は、止まることはない。

 

「じゃあ、アマレットを支えられるような男になれるよう、俺も頑張りますかね」

 

 その言葉の少しあと、アマレットがペスカトーレの頬に口づけをする。

 そして、泉が色とりどりのライトに照らされた。




たかちゃんの出てくるおまけもいずれ出す予定です。
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