意:愛してる
カルパッチョ誕生日おめでとう!
という思いから書かせていただきました。
長めですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
Ti amo
12月になり、本格的な冬の到来で寒い日が続いている。
学園艦は常に海上を移動しているが、台風や暴風雨などの異常気象が起きてもその区域を避けて航行することができるため、天候や気候に左右される事は比較的少ない。だが、学園艦のような超大型船舶が航行できるルートは限られており、行こうと思っている先に別の学園艦がいてはそこは通れない。
何が言いたいのかと言うと、温かい南半球のルートには既にほかの学園艦がいるのでそちらの方にアンツィオの学園艦は行けず、日本近海を航行していて本土と同じように寒気をもろに受けていた。
けれどアンツィオ高校学園艦の屋台街は、そんな寒さなど吹っ飛ばすと言わんばかりに屋台主たちが客引きをして声を上げている。
「寒い日はミネストローネが一番だよー!」
「温かいエスプレッソは如何ですかー?」
この時期になると、リゾットやミネストローネなどの元々温かいものを提供していた屋台は重宝される。夏場はアイス・カフェ・ラッテを販売していた屋台も、この時期は温かいエスプレッソに切り替えて客足を伸ばそうとしている。
そんな屋台街の一角で、アルデンテたちのラザニア屋台も賑わっている。元々味が良いうえに、焼き立てのラザニアが冷えた体を温めてくれるので、売り上げは上々だった。
「オーダー、ラザニア2人前!」
「はいよ」
「お野菜買ってきたよ~」
「サンキュ」
ペスカトーレが客引きをし、アマレットが客引き兼買い出し、アルデンテがラザニアの調理。屋台総選挙の時からこのようなスタイルになった。アマレットが手伝いをするようになったのは夏休みの終わり頃からだが、もう買い出しも客引きも十分慣れていた。
そして今、この屋台には他にももう2人いる。
「オーブンの近くは温かいわね」
「ほんとにね~。ラザニアのいい匂いもするし」
オーブンの横に置かれている支給されたパイプ椅子に座る2人の少女は、カルパッチョとジェラート。
今は放課後で、屋台街も活気にあふれている時間帯だ。だが、ジェラート(食べ物の方)屋台の店主とその手伝いであるジェラートとカルパッチョがどうしてここにいるのか。
その理由は、冬場はジェラート(食べ物の方)の売り上げがどうしても落ちてしまうからだ。アイス・カフェ・ラッテの屋台のように、提供するものを温かいものに切り替えるということもできない。
さらに、ジェラートは元々少しでも戦車道活動費の足しにするために屋台を営んでいたのであって、屋台の売り上げが生命線と言うほどのものでもない。だからジェラートとカルパッチョは、こうして屋台を休んでアルデンテの屋台にいられるのだ。
だが、ただここに屯っているわけではない。
「あら、もうこんな時間。交代するわね」
「あんたらはゆっくり休んでなよ~」
「お、悪いね2人とも」
「あー、寒い・・・手がかじかむ・・・」
カルパッチョとジェラートが入れ替わるように店先に立ち、ペスカトーレとアマレットが椅子に座る。
カルパッチョとジェラートは、この冬場の間だけはアルデンテの屋台を手伝う事にしていたのだった。
元々、屋台が休みになって暇を持て余していた2人だが、自然とアルデンテの屋台にやってきて、最初は普通に椅子に座っておしゃべりに興じていた。
しかしある時、カルパッチョが。
『アルデンテのお手伝いがしたい』
と言ってきたのだ。
アルデンテは当初、無理はしなくていいと言ったのだが、アルデンテの手を優しく握ってカルパッチョが『どうしても、手伝いたいの』と懇願してきた。これにアルデンテが折れて、とりあえず野菜を切ってもらったのだった。
そこからジェラートも、『ただ休むのも後ろめたい』ということで客引きを手伝うようになって、今のようにペスカトーレとアマレット、カルパッチョとジェラートが交代でアルデンテの手伝いをしているのだ。もっとも、ラザニアを作れるのはアルデンテだけなので、店主たるアルデンテは休むことができないのだが、それは別に気にしてはいない。
「アンツィオで一番美味しいラザニアはいかがですかぁ~!」
「この時期にピッタリ、温かいラザニアだよーっ!!」
カルパッチョの聞きやすい澄んだ声と、ジェラートの溌剌とした声が合わさって、行き交う多くの観光客たちの興味を惹きつける。
あの夏休みに行われた屋台総選挙で、アルデンテの屋台は全体2位という形になってしまったが、ラザニア屋台としては全体で1位だったので、カルパッチョの『アンツィオで一番美味しいラザニア』という売り文句は間違っていない。なのでそれは存分に活用させてもらっている。
最初にこの売り文句を言いだしたのはジェラートで、アルデンテは最初は恥ずかしいからやめてほしかった。けれどもそこでカルパッチョが、『アルデンテのラザニアの美味しさを皆に知ってほしい』と言ってくれたので、不承不承と言う形になった。
けれど、総選挙の好成績とその売り文句も相まって、売り上げは夏休み前と比べると比較的増えている。時期を問わず観光客の多いアンツィオの中でも、かなりの売り上げを誇っていた。なので、言い出しっぺのカルパッチョとジェラートにはお礼を言っておいてある。
「あちっ!」
なんて事を考えていると、後ろから声がした。振り向いてみれば、その声の主アマレットが右手をブンブン振っていた。どうやら暖を取ろうとしてオーブンに直接触れたらしい。いくら寒くても、オーブンの温度はかなり高いから当たり前である。
「何やってんだよ」
「いや、温かいかなって」
「ったく・・・火傷とかしてないだろうな」
隣に座るペスカトーレが、さらっとアマレットの右手を握る。アマレットは顔を少し赤らめるが、ペスカトーレは気にしない。そして、どうやら応急処置が必要な火傷とまでは行かなかったようで、ペスカトーレはひとまずほっと息を吐く。
「暖を取りたいなら・・・・・・」
「?」
「俺が・・・・・・手繋いでいてやるから」
「・・・・・・ありがと」
「・・・・・・」
他人の店でイチャつくバカップルを目の当たりにして、少しイラっと来るアルデンテ。だが、よく考えてみればペスカトーレもアマレットもアルデンテの手伝いをしているので、部外者じゃなかった。
この2人、既に付き合っていると知ったのはアルデンテの初めてのデートの日だ。トレヴィーノの泉の前でペスカトーレとアマレットが私服姿で手を繋いでいたのを見て、直感で付き合っていると察した。それ以来、この2人は割とべったりしている。だから目の前のような状態に出くわす事も、ざらだった。
ため息をついたところで、隣にいるカルパッチョから声を掛けられた。
「アルデンテ、オーダー。ラザニア3人前よ」
「ああ、分かった」
皿を3枚用意して、オーブンの中で温めていたラザニアを取り出し、切り分けて皿に盛り付けカウンターの前で待っている3人の観光客らしき人たちに手渡す。
その人たちを見送ったところで、
「!?」
突如アルデンテの左の頬に何か冷たく柔らかい感触が襲ってくる。何事かと横を見れば、カルパッチョが掌を見せていた。先ほどの感触は、カルパッチョの手だったらしい。
「・・・・・・急にどうした?」
「・・・・・・アルデンテって、温かそうだなぁって」
カルパッチョが少し恥ずかしそうに言ってくる。確かに、鍋とオーブンのすぐ近くにいるアルデンテはさほど寒さを感じていないのだが、だからと言って触れる場所のチョイスが謎過ぎる。
と言っても、自分の頬に触れられるとは思わなかったし、少しの間とは言えカルパッチョと接することもできたので、不満ではない。それに、少し恥ずかしそうにするカルパッチョの姿も可愛らしいので、それが見れただけで良しとしよう。
「ああもう、ここにはバカップルしかいないのかね」
ジェラートが少し離れた場所から今の状況を俯瞰して不満げな現状を愚痴ったところで、カルパッチョとアルデンテは我に返り、客引きと調理を再開した。
時計塔の鐘が19時を告げて、屋台街の営業が終了する。陽が落ちるのが遅い夏休みとは逆に、今の時期は陽が落ちるのが早いので、日没後の営業時間が夏と比べると長くなっている。
日没を過ぎると、ライトアップされた建築物目当ての観光客や、手早く屋台で夕食を済ませようとするアンツィオの住人以外の客がほとんどいなくなる。加えて気温もまた下がって客足も少なくなり、日中と比べると日没後は売り上げが落ちてしまうが、こればかりはどうしようもなかった。
『お疲れ様~』
アルデンテの屋台も営業を終えて、全員で労いの言葉を発する。屋台主のアルデンテは売り上げの集計をするために残る必要があるので、他のメンバーは先に帰らせることにした。アルデンテと気心が知れている仲のペスカトーレとアマレットは、その言葉に甘えて先に帰らせてもらうことにした。当たり前のように2人は手を繋いでいたので、この後どこかで夕食を共にしたりするのだろう。
だが、カルパッチョとジェラートは帰ろうとはしない。アルデンテと付き合っているカルパッチョは分かるが、ジェラートも残っているというのが少し気がかりだった。
とにかくそれは一度置いておき、売り上げの集計を急ぐ。2人ともアルデンテの事を待ってくれているのだろうから、この寒空の下長い時間待たせるわけにもいかないからだ。
すぐに売り上げを集計し終え、教室に戻ってコックコートから制服に着替え、売り上げ金を屋台街の運営委員会に渡す。なるべく速足でこれらを済ませて、カルパッチョ、ジェラートと一緒に帰路に就く。
だが、その帰ろうとする直前でジェラートがアルデンテに歩み寄ってくる。
「どうした?」
「いや~、多分アルデンテの知らないであろう耳より情報を」
「?」
そう言ってジェラートが、アルデンテの耳元に顔を近づけて。
「もうすぐカルパッチョの誕生日だよ」
その言葉を聞いた瞬間、アルデンテの目が見開かれる。それは確かに、アルデンテも今まで知らなかった情報だ。
アルデンテは、同じように小声で聞き返す。
「・・・・・・いつ?」
「19日。だから後2週間ちょいってとこだね」
「・・・・・・分かった。教えてくれてありがとう」
アルデンテがお礼を告げると、ジェラートは『いいって事さ』という感じに小さくを手を振って、アルデンテから顔を離し歩き出す。
アルデンテもそれに続こうとしたところで、カルパッチョがアルデンテの右腕に抱き付いてきた。
「?」
「・・・・・・・・・・・・」
アルデンテが、唐突で随分と珍しいアクションの真意を訊ねようとするが、カルパッチョはつーんとそっぽを向いている。
ただ、流石にもう何カ月もカルパッチョと付き合っているので、大体カルパッチョがどうしてそんな態度を取っているのかは分かってきた。
多分これは、嫉妬だろう。
ジェラートが何かをアルデンテに耳打ちしたのを見て、少しだけ自分がのけ者にされている気がしたのだ。加えて、ジェラートがアルデンテに急接近したのを見て、少しばかりモヤッとした気持ちが芽生えたのだと思う。
少し前までは、まさか自分が女の子から嫉妬される身になるとは思わなかったが、この状況も随分と慣れてしまったものだ。嫉妬に慣れるのも複雑な気持ちになるが。
カルパッチョが拗ねているのは少し可愛らしいが、このまま放っておくわけにもいかない。
だからアルデンテは、優しくカルパッチョの頭を撫でて、少しでもその嫉妬の気持ちを無くそうとした。
カルパッチョは、少し吐息を洩らしてアルデンテに身を寄せる。
2人は決して離れずに、暗くなった帰り道を歩く。
前を歩くジェラートは、2人が仲睦まじく歩いている姿を見るのが嫌だったのかやたらと早歩きだった。
夏休みに、アルデンテはカルパッチョから大きな告白―――将来結ばれる未来を伝えた。
2人で本土の港町でデートをした時、調理師学校の過去問集とイタリア語の本を買った後でのことだった。
アルデンテがイタリアへ行って修行し、自分の店を持ちたいと告げてからだった。
カルパッチョが、そんな自分の夢のためにぶれることなく研鑽を積み、カルパッチョ自身のことを大切に想うアルデンテの事をずっと支えていきたいと告白し、そしてプロポーズされた。
カルパッチョは、アンツィオでずっと独りで悩み苦しんでいた。そんな中で自分と似た性格・境遇のアルデンテと出会い、さらに“カルパッチョ”と言う名前も付けてもらって、そしてアルデンテはカルパッチョに相応しい者になるように屋台総選挙で奮戦した。
カルパッチョは、アルデンテが自分の事を真に大切に思っていて、そして好きでいてくれていることを痛感した。そして、アルデンテの夢を聞き、自らもまたアルデンテの事を好いているから、アルデンテを支えていきたいと思い、プロポーズをしたのだった。
それに対するアルデンテの答えは、『もちろん』だった。
アルデンテだって、カルパッチョの事が本当に好きだった。認められるために総選挙で1位になろうと奮戦し、なれなかった時は絶望し、カルパッチョがアルデンテの努力を認めてくれた時は嬉しさのあまり涙を流しそうになり、そして告白した。
思い慕っていた者と恋人同士になることができて、アルデンテは本当に嬉しかった。おそらく、人生でこれほどまでに嬉しいと思った事も無いだろう。
そして、カルパッチョからプロポーズをされた時は、一瞬都合のいい夢でも見ているんじゃないかと思ったものだ。
けれど、アルデンテはカルパッチョの言葉が嬉しかった。
アルデンテはカルパッチョの事を心から好きで・・・いや、愛していた。
だからこそ、カルパッチョのプロポーズは受ける以外の選択肢が無かった。
だが、同時にアルデンテは少し後悔もしている。
(俺の方から、言いたかった)
プロポーズとは、男性が女性にするものだとアルデンテの中でイメージがあった。映画やドラマでも、大体そうだった。女性からするというのはあまり見た事がない。
だから、カルパッチョからプロポーズを受けた際は嬉しかったのだが、それでも自分から言えなかったことを少し悔やんだ。
アルデンテは、自室のベッドの上で横になりながらそんな事を考える。
いつかは、自分から改めて言いたいと思っていた。
しかしそれは、タイミングを誤ってはならないものであるために、いつ言うかを決めあぐねていたのだった。
クリスマスなんてベタすぎるし、年末年始は忙しいので少しムードに欠けている。バレンタインは女から男にものを渡す日なので少し違う。ならばホワイトデーか、でもそれだと随分と先過ぎる気もする。
なんて考えているところで、ジェラートから有力な情報を手に入れたのだ。
カルパッチョの誕生日がもうすぐだという。
なら、その時に言うのが一番いいかもしれない。
屋台が定休日の日、アルデンテはアンツィオ特有であるローマ風の街中を歩いていた。石造りの建物が多く、ローマに実際あるような観光建築物を除けば、5階以上の建物があまり存在しないため、他の学園艦と比べると空が広く見える。
アルデンテの方針は決まっている。カルパッチョの誕生日に、こちらから正式に改めてプロポーズをする。
だが、誕生日プレゼントも別に用意しなければならない。
けれども、アルデンテは家族、しかも母親以外の女性にプレゼントを贈る事など初めてだ。女性の流行や趣味などまるで分らないので、何を送ればいいのか皆目見当もつかない。
まず食べ物という選択肢は真っ先に除外。当たり前だが食べ物は、食べてしまえば無くなってしまう。できれば形として残るものの方がいい。
ならば、何だろうか。そんな風にあれこれ悩みながら歩いていると、アクセサリーショップが目に入った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何の気なしに入店するアルデンテ。販売しているものは、宝石がついた指輪や真珠のネックレスなどの“本物”ではなく、学生がちょっとしたオシャレ気分で身につけるようなアクセサリーだ。
だから売っているものもほとんどがリーズナブルな価格で、ちょっと趣向を凝らしてあるものはそれなりに値が張る。
アルデンテはしばらくの間販売されているアクセサリーを見て、アクセサリーはどうだろうかと考える。そして、悪くはないのではないかとアルデンテは思った。
例えば今目の前にある銀のブレスレットは、それほど自己主張も激しくないので、ちょっとしたオシャレ感覚で身につけるにはぴったりだと思う。
ダイヤの形をしたプレートがついたネックレスも、悪くはないデザインだ、とアルデンテは思う。カルパッチョの知的なイメージにもあっている気がするし。
その隣にある指輪のコーナーに移ろうとしたところで、誰かとぶつかってしまう。ショーケースに集中しすぎて周りを見ていなかった。
「あ、すみません―――」
「いや、こちらこそ―――」
だが、お互いにそのぶつかった相手を見た瞬間。
「「あ」」
声が重なった。
そのぶつかった相手とは、ペスカトーレだったからだ。
「・・・・・・こんなところで何してんだ」
「そりゃこっちのセリフだよ」
アルデンテが、警戒心最大レベルで訊ねる。ペスカトーレは少し驚いてはいるものの、アルデンテが今この場にいる事を責める気は別にないらしい。だが同時に、アルデンテがこの場にいる事を意外に思っているようだったので、それについては弁明しておく。
「・・・・・・カルパッチョの誕生日がもうすぐ近いから、プレゼントを買おうと思って」
「ああ、なるほどね」
アルデンテが正直に話すと、ペスカトーレはなるほどと手を打つ。
「お前はどうしてここに?」
「もうすぐクリスマスだろ?だからプレゼントを早めに買ってあげようと思って」
「お相手は?」
「・・・言わなくても分かるだろ」
確かに、聞かずともペスカトーレがプレゼントを贈る相手は分かり切った事だったので、愚問だった。
見る限り、ペスカトーレもこのような店に入った事はあまりないようで、店の中をキョロキョロと見まわしている。
「アルデンテは何贈る気なんだ?」
「迷ってる・・・こういう小物系のヤツとかにしようと思ってるんだが」
アルデンテが指差したのは、先ほど見たようなブレスレットやネックレスだ。
だが、ペスカトーレは首を縦に振りはせず、首をかしげてきた。
「どうかな・・・カルパッチョさんって、そう言ったのには縁遠い気がするんだけど・・・」
言われて、アルデンテはハッとする。ペスカトーレの言う通り、カルパッチョがアクセサリーを身につけて喜ぶ様がイメージできない。
アルデンテとカルパッチョは似たような感性を持っていることは既に分かっているので、アルデンテがこういったものに疎いように、カルパッチョもまた同じなのではないか、と思ってしまう。
なんてことだ、と言いそうになり、さらに跪きそうになる。
「それと、ブレスレットとかネックレスとか、輪っかの形の贈り物って『あなたを独占したい』っていう、まあ考え方次第では悪い意味があるらしいし、慎重に選ぶべきだな」
豆知識を披露するペスカトーレに、アルデンテは素直に驚く。
「よくそんなこと知ってるな」
「そりゃまあ・・・・・・失敗したくは無いし」
ペスカトーレが苦笑し、肩をすくめて伝える。分かってはいたが、ペスカトーレもなんだかんだで真面目な奴なのだ。
「まあ、特別も特別、一世一代の時は、良いんじゃないか?」
そう言われて、アルデンテは視線を上げる。
ペスカトーレの言う特別も特別、一世一代の時というのは大体人生で一度か二度ぐらいしかない。
そしてそんな時とは恐らく、愛の告白をする時。
将来を共に生きたいと、誓う時。
ペスカトーレは、『何が似合うかな~♪』などと鼻歌交じりでブローチや髪飾りなどのコーナーへと向かって行く。
一方でアルデンテは、見ようとしていた指輪のコーナーを見始めた。
迎えたカルパッチョの誕生日。幸運にも今日は学校自体は創立記念日と言う事で休みだ。しかし、屋台街は通常通り営業する。
アルデンテは、普段と同じように皆より早く屋台を訪れて下準備に取り掛かる。
頭の中に保存してあるレシピ通りに野菜を切り、具材を煮込んで、金属のトレーに出来上がったラグーとチーズを敷いてオーブンで焼く。今日は休日なのと気温が低い事で客も大勢訪れるだろうし、ラグーは多めに作っておく。
最初のラザニアをオーブンに入れたところで、カルパッチョがやってきた。
「おはよう、アルデンテ」
「ああ、おはようカルパッチョ」
誕生日という記念すべき今日も、カルパッチョはアルデンテの屋台を手伝ってくれるらしい。アルデンテが『手伝ってほしい』と頼み込んでいるわけではなく、カルパッチョが自主的に手伝いに来てくれているのだ。ジェラートもまた同じである。
そして、カルパッチョとジェラートが手伝いをしている期間中、朝にアルデンテの次にやってくるのは大体カルパッチョだった。少しでもアルデンテの手伝いがしたいのと、アルデンテと2人きりで過ごしたいという考えがあるのだろう。それは決して、カルパッチョの口から告げられたことではないが、なんとなくアルデンテには分かった。
だから今日も、カルパッチョには少し手伝ってもらおうかな、と思いかけたがその前に大切なことを忘れてはいけない。
「カルパッチョ」
「何?」
カルパッチョの事を呼び、そして持ってきた鞄に入れておいた、綺麗にラッピングされた袋を取り出す。
そしてそれを、カルパッチョに差し出した。
「誕生日、おめでとう」
「・・・・・・えっ?」
カルパッチョは、心底信じられないという顔でアルデンテの事を見つめる。カルパッチョには、アルデンテに誕生日を明かした記憶がないからだ。
「ジェラートに聞いて・・・それで、その・・・・・・恋人として・・・・・・」
はにかみながら袋を差し出すアルデンテ。サプライズが過ぎてしまったか、とアルデンテは一抹の不安を覚えたが、それもどうやら杞憂だったらしい。
カルパッチョは、僅かに頬を赤く染め、そしてその袋をゆっくりと受け取った。
「ありがとう・・・・・・開けてもいい?」
「どうぞ」
カルパッチョが骨董品を扱うかのように、丁寧に包装を解いていく。中から出てきたのは、オレンジの革製のグローブだった。
「・・・・・・これ」
「・・・・・・アマレットに、カルパッチョは装填手だって聞いて。それで、手を傷つけないためにと思って買ったんだけど・・・」
アルデンテが、否定されるのではないかと恐れるように目を逸らしながら告げる。
カルパッチョは既に、装填用のグローブを学校側から支給されていたのだが、その支給されたグローブと、このアルデンテからプレゼントされたグローブ、どちらが価値あるものかなどわざわざ問うまでも無い。
「・・・ありがとう。大切にするね」
カルパッチョは、そのグローブを胸の前で愛おしそうに抱きしめて、笑顔でそう告げた。
アルデンテはその笑顔を見て、安心する。自分の選択は、間違っていなかったようだったから。
けれど、アルデンテは実はもう1つプレゼントを用意していた。
だがそれは今は渡さない。そしてカルパッチョにも言わない。
もっと、場を整えてから渡すべきだ。
なんて事を考えていると、はきはきとした声が聞こえた。
「おはよう、カルパッチョ、アルデンテ!」
「おっす!」
「あら、ドゥーチェ、ペパロニ。おはようございます」
アンツィオ高校戦車隊の総帥、安斎千代美ことアンチョビと、カルパッチョと同じく戦車隊副隊長のペパロニだ。アンチョビはアンツィオの制服に総帥特有の黒いマント、ペパロニは白のコックコートを着ている。そして2人とも、揃って何かラッピングされた袋や箱を持っている。考える事は、アルデンテと同じだったようだ。
「誕生日おめでとう、カルパッチョ。私からのプレゼントだ」
「ありがとうございます。ドゥーチェ」
「私からもあるっすよ」
「ありがとう、ペパロニ」
2人からそれぞれプレゼントを受け取り、断りを入れてから中身を見る。アンチョビからのプレゼントはニットの帽子、ペパロニからのプレゼントは可愛らしい色合いのブックカバーだ。
それにしても、ペパロニのプレゼントのチョイスが少し気になる。
「カルパッチョって、よく本を読んでるイメージがあったから、あると便利かなーって」
「そうね・・・確かに本はよく読むから・・・。うん、大切に使わせてもらうね」
カルパッチョが笑い、ペパロニもにかっと笑った。ペパロニも意外と、周りにちゃんと目を向けていたようだ。
そこで、アンチョビがアルデンテに話しかけてきた。
「アルデンテはもう渡したのか?」
「ええ。さっき」
「一番最初に貰いました」
カルパッチョが2人の話を聞いていた様で補足すると、アンチョビも満足そうにうなずいた。
アルデンテは、ラザニアの準備をしながらアンチョビたち3人が楽しそうに言葉を交わしているのを見て、この光景ももう少しで見られなくなるのだなと、少しばかり寂しく思った。
アンチョビは3年生であるので、来年には卒業してしまう。そして同時に、アンツィオ高校の戦車隊を率いる総帥の座も別の者に譲ることになる。
次代の総帥が誰になるのかはついこの間発表された。それは、ペパロニである。
その理由は、やはりこのアンツィオ特有のノリと勢いを体現しているからであり、臆することなく隊員たちを率いることができるから、だった。
ペパロニは次期総帥に任命された時、『お任せくださいッス!』と胸を叩き、二つ返事で了承した。
カルパッチョは今のまま副隊長となる。ペパロニが細かい作戦を考えるのが苦手であるために、カルパッチョは参謀として作戦を考え、そして勢いに乗りすぎた時にブレーキ役として隊員たちを纏める役目を担う事になる。要するに、アンツィオ戦車隊とペパロニを支えていくということだ。
副隊長だった以上、カルパッチョにも総帥になるチャンスもあったのだが、カルパッチョ自身ははあまり悲観しなかった。自分の性格がアンツィオとは少しズレたものであるという自覚はあったし、自分が総帥として皆を率いるというのが自分には少し荷が重いと感じていたので、絶対総帥になるんだというそこまで強い意志は無かったという。
アルデンテは、アンチョビが後継者を決めた日にカルパッチョからその話を聞いたし、カルパッチョ自身がそこまで悔しがっていなかったので、『頑張ればいいのに』などとは言わなかった。ただし、一言だけは言わせてもらった。
「カルパッチョがこれからアンツィオの戦車隊を支えていくのなら、俺はカルパッチョを支えていく。どうなろうともだ」
そう告げると、カルパッチョはアンチョビたちの前というのも忘れて、アルデンテと抱擁を交わした。
そういうクサいようなカッコいいような言葉を告げたアルデンテといい、自分の気持ちに正直になってアルデンテを抱きしめるカルパッチョといい、2人とも、アンツィオの空気に染まりつつあったのだ。
その時の事を思い出していると、アンチョビがアルデンテに話しかけてきた。
「今日はカルパッチョの記念すべき日だ。だからなるべく、カルパッチョの傍にいてやれ」
「・・・もちろん、そのつもりです」
そのアルデンテの返事を聞いて満足したのか、アンチョビは大きく頷いた。そしてペパロニと共に、ペパロニの屋台の方へと戻っていく。
それと入れ替わるようにアマレットやペスカトーレたちがやってきたので、店の準備の最終段階に入る。
そろそろ、かき入れ時が始まる。
幼馴染に彼氏ができたらしい。
いや、彼氏ができたとはまだ断定できない。あくまで、私の周りにいる人の推測だ。
その幼馴染とは、小学校の頃は一緒だったけれど、中学からは別々の学校に進学してしまった女の子だ。というのも、その子は自分の性格を変えるために自分から戦車道を歩み始めて、戦車道を続けるために、戦車道をすることができる学校へと進学したのだ。
それで離れ離れにはなってしまったけれど、それでもメールやパソコンのメッセージソフトを使って、連絡は取り続けてきた。
そして中学進学以来初めての再会は、今年の夏の戦車道全国大会の2回戦。突如として大洗女子学園で復活した選択科目の戦車道を“同志”と共に履修したが、まさかいきなり全国大会に出場し、しかもその2回戦で戦ったのが、その幼馴染が通っているアンツィオ高校だったとは思わなかった。
けれども、図らずも再会することができたのでそれに関しては文句はない。まあ、その時の私のキャラがいつもと違って、“同志”からはしばらくの間いじられてしまったけれど。
しかし、それはどうでもいい。
その時その子は、背丈の違いはあれど性格は昔と別に変ってはいないように思えた。
けれど、夏の終わりの大洗女子学園の存続を賭けた大学選抜チームとの戦いでも、アンツィオ高校は助けに来てくれた。その幼馴染の子も、駆けつけて来てくれた。
その試合の後で2人で話をした時は、少しだけ変わったように見えた。
そして決定的な事は、今から大体2カ月ぐらい前。
いつものようにパソコンのメッセージソフトで会話をしていた時の事だった。
(何か、顔文字とかが増えたような気が・・・)
前まではあまり、というかほとんど顔文字とか記号の類を使った事がなかったのに、最近になってやたらとそれが増えた気がする。私も倣って使ってみてはいるが、中々使うのが難しい。
「どうした、そんな辛気臭い顔をして」
そのメッセージソフトが映されたパソコンをじっと見つめていると、頭の上から声を掛けられた。
はちみつ色の髪をしたそいつは、エルヴィン。私の所属するカバさんチームの戦車・Ⅲ号突撃砲の車長と通信手を務める、欧州史に詳しい歴女だ。
「いや、ちょっと気になる事があってな・・・」
私はパソコンの画面を指差す。エルヴィンは、私の横に腰かけて画面をのぞき込む。
「?別に変なところはないように見えるが・・・」
「実はひなちゃ・・・カルパッチョが最近顔文字をやたらと使ってくるようになってな」
「この、『ひな』と書いてある方か。って、カルパッチョってアンツィオの?」
「そう」
私とエルヴィンが話していると、後ろから人影が近づいてくる。
「お茶入ったぞ~・・・って、2人とも何見てんの?」
湯呑茶碗をお盆に載せて、とてとてとやってきたのは左衛門佐。よく手入れされているのが分かる黒のストレートの髪と、瞑っている左目が目立つ。Ⅲ突の砲手を務める、戦国時代に詳しい歴女。
「んー・・・どうしたぜよ?」
柱に背中を預けて昼寝をしていたのはおりょう。ぼさぼさの黒髪とメガネが特徴で、Ⅲ突では操縦手を務める幕末史に詳しい歴女だ。
「カエサルの幼馴染のカルパッチョさんの様子が変わったらしい」
「変わったってどんな風にぜよ?」
「このメッセージソフトのメッセージに、顔文字が増えたとか」
「そんな些細な事、気にする必要はないんじゃないか?」
「でもつい最近になって急に使い始めたんで、不思議に思っているんだそうだ」
「良い事でもあったぜよ?」
未だパソコンの前で唸る私に代わって、エルヴィンが大体の事情を説明する。説明を聞いた左衛門佐が緑茶をテーブルに置きながら率直な意見を述べる。私は、緑茶を啜るおりょうの方を振り返りながら問う。
「良い事ってどんな?」
「テストでいい点とったとか?」
「そのぐらいで顔文字使うようになるか?」
「じゃあ戦車道でいい成果を挙げたとかぜよ?」
「うーん・・・考えにくい・・・」
色々考えてみるが、どれもいまいちピンとこない。そこで、エルヴィンがこう言った。
「もう実際に聞いてみた方が早いんじゃないか?」
満場一致でその意見に賛成し、早速メッセージソフトで返信をする。
『最近、ご機嫌みたいだけどなにかいい事あったの? たかこ@大洗』
「こんな感じでいいか?」
「まあ、大丈夫なんじゃない?」
「為せば成る、ぜよ」
エンターキーを押してメッセージを送信する。『ピローン』と甲高い電子音と共にさっき私が打ったメっセージが表示される。
すると、『ピローン』と言う電子音と共にカルパッチョからのメッセージがすぐに返ってきた。
『ナイショ♪(*⌒∇⌒*) ひな@伊太利』
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
後ろにいる3人の顔がぽかんとしているのが見なくても分かる。私自身、口がだらしなく開いているのだから。
「・・・・・・どう見るぜよ?」
「絶対、さっき言ったみたいなことじゃないと思う」
テストでいい点とったとか、戦車道で成果が出たとか、そんなんじゃないというのは流石に分かる。
それ以上に、もっと嬉しい事に違いない。
だが、そうなると一体どんなものだ?
そこで、エルヴィンが顎に指をやりながらこう言った。
「となると・・・・・・男か」
「「それだ」」
左衛門佐とおりょうが声を合わせてエルヴィンの方を指差す。
だが、私は信じられないと思う反面、あり得るかもしれないと思っていた。
アンツィオは大洗と違って共学で、出会いの機会は圧倒的に向こうの方が多い。あんこうチームの通信手・武部さんが聞いたら喜びそうな情報だ。
加えて、カルパッチョは幼馴染の私から見ても容姿端麗で、性格も悪くない。ノリと勢いは確かでその上愛に情熱的なアンツィオでは、引く手あまたな存在だろう。
だから彼氏の1人でもできていても何ら不思議ではない。
「彼氏・・・彼氏か・・・・・・うーん・・・う~~~ん・・・」
「カエサルが知恵熱出してるぜよ」
「別に気にすることは無いだろう、彼氏ぐらいできても」
左衛門佐が話しかけてくるが、その通りだとは思う。
だけども、気がかりなことがある。
「カルパッチョって、昔からあまり自己主張しない大人しい子で・・・そんなカルパッチョの弱さに付け込んで悪い輩に引っ掛かったりしてるんじゃないかと思うと・・・・・・」
「深読みしすぎぜよ・・・」
「保護者か」
おりょうとエルヴィンが呆れたように言うが、私はそれが気がかりだった。
元々、私がカルパッチョと交流を持つようになったきっかけは小学校の時だ。クラスでいつもおどおどしていて、あまりクラスに溶け込めなかったその子に話しかけたのがきっかけだ。
話しかけてみると、心優しい子だというのが分かり、気づけばその子と過ごす事が多くなった。お互いに仲良くなり、親友になるまでそう時間はかからなかった。
だからこそ、カルパッチョの事が心配ではあるのだ。
「そんなに悩んでるなら、実際に会いに行けばいいだろ?」
左衛門佐の言葉を聞いて、私は振り返る。エルヴィンとおりょうは、まさしくその通りだと言わんばかりに大きく頷いていた。
確かに、実際に会いに行けば分かるかもしれない。もし本当にカルパッチョが付き合っているのだとすれば、その相手がどんな人かを確かめることができる。付き合っていないにしても、どうして上機嫌なのかを聞く事だって可能だ。
それに、カルパッチョの誕生日が2カ月後だ。カレンダーだとその日は平日だけれど、戦車道履修者の特典で通常の3倍の単位が私たちには与えられている。まだそれも残っているので、休んでいけばいい。
去年まではこのメッセージソフトか電話ぐらいでしか誕生日を祝えず、プレゼントをあげることもできなかったので、プレゼントを渡す事だってできるじゃないか。
「・・・・・・そうだな。行ってみよう、アンツィオへ」
と言うわけで現在、私たちカバさんチームはアンツィオ高校学園艦を訪れている。たまにカルパッチョから送られてくる写メールと、アンツィオ高校ホームページから分かっていたが、やはり建築物はローマ風―――というかローマそのものだ。ローマ史に深い造詣がある私自身、気持ちが昂るのを感じる。
だが、今日の目的はあくまでもカルパッチョの誕生日祝いと彼氏の存在を確かめるためであり、観光がメインではない。
しかして、問題が1つ起きた。
この広い学園艦で、カルパッチョをどうやって探すかだ。
「え、知らないのか?」
隣に立つエルヴィンが、呆れたように言う。
カルパッチョを驚かせるために、今日ここに来ることを伝えてはいない。だから『今どこにいるの』なんて聞いたら即バレてしまう。
「となると、まずは情報収集ぜよ?」
「やれやれ・・・」
左衛門佐が肩をすくめてため息をつき、おりょうが当たりをきょろきょろと見まわす。
別に私1人で来ても良かったのだが、なぜかこの3人は『私たちも行く』と言って聞かなかった。3人とも、カルパッチョの真意を知りたかったからなのかどうかは分からない。が、別に断る理由も無いので同行は許可した。
さて、おりょうの言った通りまずはカルパッチョがどこにいるのかを調べるのが先だ。
聞くところによれば、屋台街なる場所に、アンツィオ戦車隊の副隊長―――ペパロニさんが経営している戦車を乗せた屋台があると、あんこうチームの装填手・秋山さんから聞いている。その副隊長に聞けば、カルパッチョがどこにいるのか分かるかもしれない。だから私たちは、まずは屋台街を目指すことにした。
その道中、私たちは妙に注目を集めているような気がする。
今、私たちは大洗女子学園の制服、さらにそれぞれ赤いマフラーに緑の軍帽とコート、胸当てに羽織と、大洗ではいつも通りの恰好だ。どこかおかしなところでもあるのだろうか。
そんな事はさておき、観光案内所でパンフレットを手に入れ、屋台街の店の配置を確認する。そのペパロニさんの鉄板ナポリタン屋台は27番区画だ。
「・・・・・・出店者の名前がみんなニックネームぜよ」
「タレント名鑑見ている気分だ」
後ろからパンフレットを覗き込んだおりょうと左衛門佐が苦笑交じりに呟く。確かに、このパンフに載っている屋台主の名前はほぼ全てイタリア料理の名前、あるいは食材の名前だった。アンツィオ戦車隊の総帥からして名前がアンチョビ、副隊長がペパロニとカルパッチョなのだから、面白いものだ。聖グロリアーナの隊長はダージリン、プラウダの隊長はカチューシャとこれもニックネームなので、戦車道界隈ではニックネームをつけることが流行っているのだろうか?
私たちは、注目を集めながらも屋台街を練り歩く。
だがその途中、美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってきて、私たちの食欲を全力全開で掻き立ててきた。
「ご主人、1つ欲しいぜよ」
「毎度あり!270万リラね!」
匂いに打ち負けたおりょうが早くも屋台で、ハムや野菜を挟んだ二つ折りのパン―――ピアーダと言うらしい―――を買い求めていた。
「ヘイ、そこの帽子が似合うクールな彼女!ウチのパニーノどう?」
「へ、わ、私か?」
すると今度はエルヴィンが、同年代の少年からの客引きを受けた。
学園艦、しかも女子校で暮らしているせいで同年代の男性とあまり面識のないエルヴィンは、異性から褒められたことで気を良くしたのかそのパニーノの屋台に向かう。
「そ、そうだな。1つ買おうかな」
懐から財布を取り出していた。そしてパニーノを買い求めると、何やら店主の男子生徒と話が盛り上がっている。あの声掛けで、もしかしたら出会いの一つや二つ生まれるのかもしれないと思うと、改めてアンツィオは凄いと思う。
一方で左衛門佐はと言うと。
「そこの彼女、コインのバンダナ素敵っすね~!」
「ほう、このバンダナの良さが分かるか。これは真田家の六文銭をモチーフにしてだな・・・」
左衛門佐の六文銭バンダナを褒めたアクアパッツァの屋台主らしき少年と話が盛り上がっている。
仕方ないので、そろそろピアーダを食べ終えたであろうおりょうに話しかけようとしたが。
「へー、坂本龍馬好きなんだ」
「坂本龍馬と言うよりも、幕末が好きぜよ。あの時の日本の情勢の変わりようを見ているのが楽しいぜよ」
「ふーん・・・あ、そう言えばうちのばーちゃん、実家が高知だったな」
「ほう!」
「龍馬って確か高知の人でしょ?ああ、だからばーちゃんの実家近くもフィーチャーしてたんだな・・・あの時は今よりずっとチビだったから気付かんかった」
「もったいないぜよ!せっかく龍馬ゆかりの地だというのに・・・」
「いやー、君の話聞いてたら龍馬も幕末も面白そうだなって思って。久しぶりにばーちゃんの実家に行こうかな」
「是非そうするぜよ!ついでに龍馬の事とか幕末の事とか私がもっと教えるぜよ!」
「おお、そりゃありがたい」
・・・・・・エルヴィンは。
「WW2かぁ・・・どうもあの辺りは色々複雑で苦手だなぁ」
「まあ、確かにそうだな。WW2に限らず世界史とは、色々な国の情勢が入り混じっていて一見理解しづらいように見える」
「君もそう思うんだ?」
「私も最初はそうだった。だが、その奥深く複雑な歴史さえも私には魅力的だった。自分の国とは違うような文化や歴史を学ぶことができたから、どれだけ複雑でも私にはそれを学ぶのが苦痛とは思わなくなった」
「へぇ・・・・・・」
「それに温故知新という言葉があるように、昔の事から学べることもたくさんある。だから、私は歴史が好きなんだ」
「なるほど・・・うん、でも、キミみたいな可愛い子が歴史好きなら、俺もちょっと勉強してみようかなぁ」
「なっ・・・!そういうことを軽々しく言うなっ!」
・・・・・・左衛門佐は。
「へぇ~!戦国時代って面白いんすね~」
「だろうだろう?特に私のお勧めは真田幸村!」
「俺なんて戦国時代と言えば信長と家康と秀吉だけしか覚えてないっすよ~。それに徳川は“家”ばっかりだし、平家は“盛”だらけで、顔もみんな同じに見えるし」
「その認識はあんまりだ・・・あと平家は戦国時代よりずっと前だぞ」
「あと、何だっけ。鳴かぬなら、鳴かせてみよう・・・・・・平城京?」
「違う!平城京はウグイスで、鳴かすのはホトトギス!時代が全然違うわ!」
「あ、そうだったそうだった。いやぁ俺って歴史がてんでダメで・・・・・・」
「ダメってレベルじゃない!ええい、そこに直れ!この私が戦国時代を一から教えてやる!」
「うっす!お願いするっす姐さん!」
オタク談議に火がついてしまった。これはもう梃子でも動かないだろう。
というかエルヴィンに限っては何だか甘い雰囲気になってしまっているし、愛に情熱的なアンツィオの片鱗を思い知った気がする。
そして私は1人、完全に置いてけぼりを喰らっている。
このまま土地勘のない3人を置いて行くわけにもいかなかったので、私も何かを買って時間を潰そうかと思ったところで。
「アンツィオで一番のラザニアは如何ですか~!」
ふと、聞き覚えのある声が耳に滑り込んできた。
この透き通るような声の主は、忘れるはずも、間違えるはずもないカルパッチョだ。
その声のした方向は、この先。だが、人混みのせいでカルパッチョの姿は見えない。
気づけば私は、その声のした方向へ向けて足を進めていた。エルヴィンたちの事は、今だけは忘れてしまった。
人波をかき分けるように、声のした方向へと進んでいき、やがてラザニアを売っている屋台の前へとやってきた。
「・・・・・・ひなちゃん!」
聞き覚えのある名前が聞こえたような。
アルデンテが周囲に目を配ると、屋台の前にどこかの学校の制服らしい緑色のセーラー服、首に赤いマフラーを巻いている少女が立っていた。
その少女の姿を認識した瞬間。
「えっ、たかちゃん・・・?あ、たかちゃんだぁ!久しぶり~!」
隣で客引きをしていたカルパッチョが、嬉しそうな表情で先の少女へと手を振っている。その赤いマフラーの少女もカルパッチョへと駆け寄り、2人で手を合わせる。
「どうしてここに?」
「ひなちゃん、今日誕生日だったでしょ?お祝いに来たよ~!」
「ありがと~!でも言ってくれればよかったのに~」
「ごめんねぇ、驚かせたかったんだ~」
ラザニアの具材を調理していたアルデンテと、カルパッチョと同様に客引きをしていたジェラート、そして後ろで休んでいたペスカトーレとアマレットが呆然と、カルパッチョと赤いマフラーの少女のやり取りを目にしていた。
恋人のアルデンテも、同じ戦車隊所属のジェラートとアマレットも、このようにテンションの高いカルパッチョの姿を見た事はない。普段から大人しいイメージがあるからだ。
今目の前にいるのは、本当にあのカルパッチョなのか、と誰もが疑問に思っていた。
そこで。
「おー、やっぱりこうなったか」
「いやぁ、愉快愉快」
「その顔が見たかったぜよ」
後ろから珍妙過ぎる出で立ちの少女が3人も現れた。軍帽を被っていたり、黒い羽織を着ていたり、弓道の胸当てをつけていたり。
どうやらその3人は、赤いマフラーの少女の知り合いのようで、赤いマフラーの少女は恥ずかしそうに顔を逸らしていた。
そして、カルパッチョもまたその3人と面識があったらしい。
「あら、カバさんチームの皆さん。こんにちは」
「やあ、カルパッチョさん」
「久しぶりぜよ」
「大学選抜チームとの戦い以来だな」
そこで、後ろに座っていたアマレットと、客引きをしていたジェラートが『あっ』と声を上げた。
「誰かと思ったら、大洗の人か」
「制服だったから気付かなかった・・・」
アマレットとジェラートも、戦車道履修生だ。夏の全国大会で砲火を交え、試合後の食事会にも参加したのだから、覚えているのも当然と言える。大洗の少女達も、カルパッチョたちの客引きの声を聞いて場所がわかったのだろう。
だが、カルパッチョたち戦車道履修生が訪問者との話が盛り上がっている中で、戦車道とは関係の無いアルデンテとペスカトーレは、完全に蚊帳の外だった。
アルデンテはラザニアの準備に戻ることにしようとしたが、そこでカルパッチョが話しかけてきた。
「アルデンテ、この人たちは大洗の戦車隊の、カバさんチームっていうチームの人なの」
「大洗?」
「ええ。この子がたかちゃ―――カエサル。私の小学校からの幼馴染」
「カエサル?」
先ほどまでカルパッチョと話をしていた、赤いマフラーを首に巻く少女がアルデンテにぺこりと頭を下げる。
だが、アルデンテはカエサルという名前に違和感を覚える。カエサルは『ブルータス、お前もか』の言葉で有名な古代ローマの政治家だったはず。それを名前にしてるとは、一体?
「私の事は、エルヴィンと呼んでくれていい」
「私は左衛門佐」
「おりょうと呼ぶぜよ」
緑の軍帽を被った少女、弓道の胸当てを付けた少女、黒い羽織を纏う少女がそれぞれ名乗り出たが、どう聞いても本名じゃないのは分かる。特に左衛門佐とか、語感的に女性の名前ではない。
「皆、歴史が好きな歴女なのよ」
カルパッチョの言葉を聞いて、アルデンテは『そう言う事か』と理解した。赤いマフラーの少女の名前が歴史上の偉人・カエサルと同じのように、他の3人の名前も恐らくは歴史上で尊敬する人物の名前なのだろう。アルデンテ自身が“アルデンテ”と呼ばれているのと同じように、あだ名のようなものだ。
「改めまして、お誕生日おめでとう。カルパッチョさん」
「ありがとう。わざわざ来てくれるなんて、嬉しいです」
エルヴィンが帽子を脱ぎ、頭を下げてカルパッチョの誕生日を祝う。それに対してカルパッチョは、笑顔で返事をしてくれた。
「はい、プレゼント」
「わぁ、ありがと~。嬉しい!」
カエサルが、白い紙に包まれた箱をカルパッチョに差し出す。
カルパッチョは嬉々としてそれを受け取り、包装を解いていく。箱を開くと、中から出てきたのは。
「あっ、手袋・・・・・・」
薄い白とピンクの、毛糸の手袋だった。
「ひなちゃ―――カルパッチョに似合うと思って」
「・・・大切にするね。カエサル」
そう言ってカルパッチョは箱に手袋を戻し、屋台の中にあるテーブルの上に置く。
そこでカエサルが、テーブルの上に置かれていたいくつもの箱や袋を見つける。
「他にも貰ったんだ?プレゼント」
「うん。ドゥーチェやペパロニ、それから戦車道の皆と・・・・・・」
今朝、アンチョビとペパロニの後で、アマレットとジェラートからもカルパッチョはプレゼントをもらった。戦車の中にも持ち込めるような魔法瓶やマフラーなどで、カルパッチョは後ろのテーブルの上にとりあえず置いていた。
「そして、アルデンテからも」
最後にカルパッチョは、アルデンテの方を見てにこりと笑う。アルデンテは、少しこそばゆくなってしまい苦笑するしかない。
だが、それが妙に見えたようでカエサルがアルデンテの方を見た。
「悪い、被ったな」
「ううん、アルデンテが謝る事無いわ」
アルデンテはグローブを贈り、カエサルからは毛糸の手袋を受け取った。アルデンテの贈ったものは主に戦車道で使うもので、カエサルからのものは普段の生活で使うようなものなので、用途で言えば別だった。が、大まかに見れば同じものをあげてしまったので、少しアルデンテは申し訳ない気持ちになる。
と、そこでアルデンテはカエサルたちから自己紹介をされたにもかかわらず、自分は自己紹介をしていないことを思い出した。
「失礼。俺はアルデンテ。カルパッチョと同じ2年生で、この屋台でラザニアを作ってる。それで―――」
そこまで言ってアルデンテは、恐らくはカルパッチョの幼馴染であろうカエサルと他の3人に、カルパッチョとの関係を言おうか言うまいか悩んだ。
だが。
「私と・・・付き合っているの」
カルパッチョの方が先に暴露してきた。
幼馴染の前という事で緊張感が緩んでしまっていたのか、はたまた誕生日で少し舞い上がっていたのか、まさか自分から言ってくるとはアルデンテの想定外だった。
そして、それを聞いたカバさんチームのメンバーは。
「なん・・・・・・だって・・・・・・?」
カエサルが、たじろぐように一歩引く。口元に手をやっているのを見るに、相当ショックだったらしい。
「ほう、エルヴィンの言った通りぜよ」
「やはりな」
「アンツィオは噂通りの出会いの場だったか」
おりょうがエルヴィンを見て感心したようにうなずき、エルヴィンは帽子を被りなおしてちょっと誇らしげに笑っている。左衛門佐は、何かに納得したかのように腕を組んで両目を瞑っている。
「え、それ・・・・・・ホントなの・・・・・・?」
カエサルが確認するかのようにカルパッチョに問うが、カルパッチョはただ大きく頷き、本当だと言外に告げる。
続いてカエサルはアルデンテの方にも目を向けるが、アルデンテは少し苦笑しながらも、小さく頷く。
この2人の態度で、2人は本当に付き合っているのだとカエサルは知った。
「そう・・・・・・なんだ・・・・・・」
カエサルは、小さくはないショックを受けているだろう事が態度で分かる。
いきなり彼氏の存在を告げられて胸中は色々とごちゃ混ぜになってしまっているだろうし、一度じっくりと話をした方がいいだろう。アルデンテはそう思い、カルパッチョの肩を小さく叩く。
「カルパッチョ。久しぶりに会ったんだし、少しカエサルさんと話をするといい。それと、エルヴィンさん達にもアンツィオの案内を」
「・・・・・・そうね」
「エルヴィンさん達は、私が案内するよ」
後ろに座っていたアマレットが立ち上がり具申する。アルデンテはそれに頷き、エルヴィン、左衛門佐、おりょうの3人はアマレットに任せる事にする。
カルパッチョがカエサルと共に屋台を去り、アマレットがエルヴィンたちを連れて雑踏の中へと消えていく。
残ったのはジェラート、ペスカトーレ、そしてアルデンテの3人だけ。
「いいんだ?カルパッチョと一緒じゃなくて」
ジェラートが聞いてくると、アルデンテは頷く。
「多分カエサルさんは、カルパッチョの言っていた小学校からの幼馴染って人なんだと思う。だからこそ、カエサルさんはカルパッチョの事をずっと気にしていてて・・・それで彼氏ができたって知ってすごいショック・・・なんじゃないか」
「・・・・・・」
「少し話をしてきた方が、気持ちも落ち着くんじゃないかと思ってな」
「なるほどねぇ」
ジェラートも納得したようにうなずく。そして、ニヤッと笑いアルデンテの肩に手を置く。
「すっかりカルパッチョの理解者だね」
「・・・・・・・・・」
それについてコメントするのは少し恥ずかしかったので、アルデンテは何も言わないことにした。
カルパッチョとカエサルが訪れたのは、人気の少ない公園だ。ここは観光客もあまりおらず、アンツィオの住民の憩いの場として知られている。
2人は屋台で買ったエスプレッソを片手にベンチに並んで座り、しばしの間何も言わない。
やがて、言葉を発したのはカエサルの方だ。
「・・・・・・本当に、彼氏ができてたんだね」
「?」
「ひなちゃんからのメッセージ、最近顔文字が多くなったなぁ、って思ったんだ。それで聞いてみたら、ひなちゃん『ヒミツ♪』って返してきて、余計に気になってたんだ。何かあったのかなぁって」
言われてカルパッチョは、確かに前にそんな事を聞かれたなあと思い出す。
「で、エルヴィンが『男でもできたんじゃないか』って言ってきて。ひなちゃんの誕生日祝いも兼ねて、確かめに来たんだ」
「・・・そうだったんだ」
別に隠す事でもなかったのだが、メッセージソフトで彼氏ができたと告げるのも少しおかしかったので敢えて言わなかった。だが、それが逆にカエサルの不安をあおる形となってしまったらしい。カルパッチョは『ごめんね』と小さく言う。カエサルは気にしていないと首を横に振って、そして改めてカルパッチョの顔を見て聞いた。
「あの人の事、好きなんだ?」
改めて問われると少し恥ずかしいのだが、その気持ちに嘘偽りはない。
「・・・ええ。とても」
「・・・・・・・・・」
「もう、あの人以上の男の人には会えないって断言できるぐらい」
そこまで言われては、カエサルも強くは言えない。
その代わりに、昔の事を少しだけ話したくなった。
「・・・・・・・・・覚えてる?私たちが最初に会った時の事」
「?」
カエサルが空を見上げながらゆっくりと話し始める。カルパッチョはそのカエサルの横顔を見る。
「クラスで浮いてたひなちゃんが気になって、私が声を掛けたんだ。それで、何度か話したり遊んだりするうちに仲良くなっていって・・・」
「・・・・・・そうね。あの時私はたかちゃんのこと、自分の意見は正直にはっきりと言う、カッコいい人だなって思ってた」
「照れるなぁ・・・。それはともかく、ひなちゃんとはそれなりに付き合いが長いから、気になってたんだよ。特に、中学から離れ離れになった時は。ちゃんと元気でやっているのかな、いじめられたりしてないかな、って」
「お母さんみたいね」
「それは言わないでよ」
くっくっとカエサルが笑い、そして続ける。
「・・・・・・それで、自分を変えるために、そして戦車道の勉強をするためにアンツィオに行くって聞いた時は、そりゃもう驚いた。だって、あのひなちゃんが、あんまり自己主張とかしない大人しいひなちゃんがアンツィオに行くなんて、驚いたよ」
「もー・・・そんなにおかしい?」
「あの時は私も思ったよ。でも、今年の全国大会で再会した時は、副隊長だったからすごい驚いたよ。それで、ちゃんとアンツィオでも上手くやっているんだな、って安心した」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして、そんなひなちゃんが・・・・・・付き合ってるなんて、思わなかった」
カエサルがそう告げると、カルパッチョは空を見上げる。その顔は独りだった昔のことを思い出したが故の少しばかりの哀愁と、その時とは違う今を思う嬉しさを孕んでいるように笑っていた。
「・・・・・・確かにそう。私も最初アンツィオに来た時は、悩んだよ。私みたいな地味で大人しい子が、こんな場所にいていいのかなって。1年生の間はずっと悩んでた」
そしてカルパッチョは思い出す。あの日、あの時、アルデンテと出会った時の事を。
「でも、私と同じように、アンツィオの空気に溶け込めなかった人と出会って。だけどその人は、『友達ができているのなら、それはもう十分に溶け込めている』って言ってくれた」
「・・・・・・」
「友達っていうのは、ペパロニとか、戦車道で知り合うことができた皆・・・その人自身もそうだって言ってくれた。そしてその人は私に、“名前”の無かった私に“カルパッチョ”って名前を付けてくれた・・・」
カエサルは、あの全国大会での食事会以来自らをカルパッチョと名乗りだしたと認識している。だが、その前からカルパッチョと言う名前を貰っていたとは、これには少し驚いた。
「・・・・・・その人が、アルデンテさん?」
「ええ、そうよ。何度も話をして、優しいアルデンテと一緒にいる内に私は・・・アルデンテの事が好きになっていたの」
「・・・・・・そっか」
「屋台総選挙っていうイベントで、私に認められたいと思って参加して、認められようと自分で変わろうとしたアルデンテの姿に、私も心を打たれた・・・」
「・・・・・・」
「そのアルデンテが告白してくれて、私はその告白に、もちろん頷いた。だから今は、アルデンテとは恋人同士なの」
カルパッチョの言葉に、偽りはない。それは親友だから、分かる。
どうやら本当に、カルパッチョはさっきのアルデンテのことが好きなようだ。
「それでいつかは・・・・・・」
カルパッチョは頬を赤くし、少し俯く。
どうやらもう、将来のことまで考えているらしい。
ここまでアルデンテに惚れこんでしまっているカルパッチョの事を、カエサルは止めるような真似はしない。
自分の気持ちを認め、将来の事をも考えているカルパッチョに、親友であるカエサルができる事は1つだ。
「・・・・・・良かったね、ひなちゃん」
背中を押して、親友の新たな決意、気持ちを祝福する事。
「・・・・・・うんっ」
やがて、カエサルとエルヴィンたちはほぼ同時にアルデンテの屋台まで戻ってきた。
カエサルの顔はもう曇っていない。もう、頭に残る悩みや不安は晴れたようだ。
一方でエルヴィンたちは土産物店を回っていたらしく、彼女たちは手にどこかのお店のビニール袋をいくつか提げていた。もしや彼女たちは、これが目当てでカエサルについてきたのかもしれない。
「アルデンテさん」
そこで、カエサルが一歩前に出て来て、アルデンテに向かい合う。ただ事ではないようなカエサルの声と態度に、アルデンテも調理の手を止めてカエサルの事を見る。
直後カエサルは、頭を下げてこう言った。
「・・・・・・これからもひなちゃんを・・・カルパッチョを幸せにしてあげてください」
その時アルデンテは、すぐにその言葉に対する答えを見つけられた。
「もちろん。それは絶対、どんな事があっても」
固い決意を告げた。
傍に立つカルパッチョも、少し涙ぐんでいたが、それでも笑ってくれた。
エルヴィンたちも、静かに笑い、アルデンテの決意を聞いて頷いてくれた。
それからしばらくの間、カバさんチームの面々はアルデンテの屋台裏で、他の屋台で買ってきた料理を食べて盛り上がっていた。せっかく幼馴染と久しぶりに会ったのだし、それに今日は誕生日なので、カルパッチョを労う形で彼女は少し休ませる事にした。
屋台に立つアルデンテやペスカトーレ、そしてジェラートたちは、後ろで繰り広げられるカルパッチョとアマレット、そしてカバさんチームの会話に時折耳を傾けながら仕事を続ける。文化祭は今なんて比じゃないくらい盛り上がるとか、総帥アンチョビの誕生日の時は全屋台半額セールなんて暴挙に出たとか、色々とアンツィオの情報を披露してはカバさんチームの面々を驚かせた。
一方で大洗の情報も聞かせてもらった。あの島田愛里寿が転校すると聞いたのに白紙撤回されて落胆したとか、大洗初の留年生が出るという噂があるとか、こちらは女子校で出会いが無いとか、色々と話題は尽きない。
ただ、カエサル以外の3人は先ほどの屋台街の少年達とそれぞれ連絡先を交換するまでに至ったと言う。アンツィオの毒牙(?)にやられたか、とアンツィオ在学生たちは納得に似た安心感を得た。
だがそんなカバさんチームも、日没前にはお暇してしまう。やはり、大洗女子学園艦までは遠いのだから帰るのにもそれなりに時間がかかる。
「また来年も、戦車道やろうね・・・カエサル」
「・・・ああ、また来年会おう。カルパッチョ」
全国大会の時とは違う、お互いにソウルネームで呼び合って、そして別れた。
「・・・面白い人たちだったなぁ」
夕暮れの中帰っていくカエサルたちを見て、ペスカトーレがポツリと呟いた。その言葉に関しては、アルデンテも同感だ。
彼女たちは歴史が好きだという。そして彼女たちが名乗っているソウルネームは、それぞれが尊敬する歴史上の人物の名前、もしくはその人物に関係のある人の名前だ。
恥じらいもせず、ソウルネームを堂々と名乗るところはかっこよくて心惹かれるものがあった。そして自分の趣味を恥ずかしがらず、疑う事も無く、自分のスタイルを貫く姿は、アルデンテも嫌いじゃなかった。
今日も今日とて時計台の鐘が19時を告げると屋台街の営業が終わり、観光客たちも帰っていく。長かったアンツィオ高校創立記念日も終わりだ。
売上金を集計すると、休日と言うのもあって売り上げは上々だ。別にその売上金は自分の懐に入るわけではないのだが、それでも懐が温まるのを感じながら運営委員会に報告する。
だが、アルデンテにはまだやるべきことが残っている。
それにはまず、場を設けるのだ。
「・・・・・・カルパッチョ」
「どうしたの?」
撤収作業を終えたところでカルパッチョを呼び止める。そして小さく、決して周りには気づかれないように声を潜めて話す。
「ちょっと、船尾公園に来てほしいんだ。大事な、話がある」
「・・・・・・・・・・・・分かった」
アルデンテの真剣な感じの言葉を聞き、カルパッチョもただ事ではないと判断して静かに頷いた。
その後は、お互いに何事も無かったかのように撤収作業を続けて、それが終われば教室に戻って着替えて、売上金を運営委員会に渡す。
そして、カルパッチョと2人で船尾公園へと向かった。ペスカトーレやアマレット達は、何かを感じ取ったのか2人についていこうとはせず、それぞれ自分の寮へと戻って行った。
相も変わらず空気の澄んだ星空はとても綺麗で、降り注ぎそうなくらいだ。
「話って?」
その星空の下で、船尾公園の端、目の前に海が広がる柵の前に来ると、カルパッチョが問いかけてきた。
アルデンテは、ここに来る前、学校を出る前に鞄の中にしっかりと“入っている”のを確かめてある。
「カルパッチョ、改めて、誕生日おめでとう」
「・・・ありがとう。でも、もうお祝いの言葉は十分よ?」
笑いながらカルパッチョは応えてくれる。確かに普通の人からすれば、既に一度会ってお祝いの言葉を告げ、その上プレゼントまで渡したのだから十分と言えるだろう。
だが、それでもアルデンテは、まだ今日という日を終わらせるつもりはない。
「実はな・・・もう1つ、プレゼントを用意してるんだ。あの、グローブとは違うやつを」
「え?」
そして鞄を降ろし、小さな紙袋を取り出す。それは、今朝渡したグローブとは全然サイズの違う袋だ。むしろ、何か小物・・・アクセサリーの類が入るぐらいの大きさだった。
「カルパッチョ」
「?」
だが、そのプレゼントを渡す前にアルデンテが静かに話しだす。
「最初に、夏休みにデートした時の事、覚えてるか?」
忘れるはずはない。だってあれは、人生で初の2人だけでのデートだったし、そして何より重大な告白をした日でもあって、その“未来”を2人とも望んでいると分かった日なのだから。
「・・・覚えてる、もちろん」
そう答えると、アルデンテは小さく笑い、目を閉じる。
「でも正直、あの時は少し悔しかった」
「え・・・・・・?」
どういう事だろう、重大な告白―――プロポーズをして、アルデンテも頷いてくれたのに、“悔しい”と思ってしまうとは、いったいどうしてなんだろう。
「ああいう重大な言葉は、男の方から言うのが当たり前だと思ってたから。先を越されたなぁ、って少し悔しくもあった」
「・・・・・・・・・・・・」
「要するに、カッコつけたかったって事だ。アンツィオの空気に、俺も大分染まってきてるのかもしれないな」
苦笑するアルデンテだが、カルパッチョはだんだんと話が見えてきた気がする。
こうして夜、人気のない公園に呼び出して、もう1つのプレゼントを取り出し、そしてあの時の事を思い出して話す。
これから、アルデンテが何をしようとしているのか、カルパッチョはおおよその見当がつく。だけどそれは、口には出さない。
「カルパッチョ」
「・・・うん」
「改めて、言わせてほしい」
「・・・・・・うん」
一歩近づき、カルパッチョと距離を詰めるアルデンテ。そして、紙袋を開けてると、小さな白い箱が姿を現した。
「俺は、カルパッチョに出会えて、本当によかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「自分を変えたいと必死に思い願って、自分から決して楽じゃない道を突き進むカルパッチョの事が、どうしようもなく好きだ」
改めて告白をするアルデンテ。
アルデンテは、どれだけ料理が得意でも、勉強が多少できていても、愛情表現は不器用だった。カルパッチョと付き合い始めてから今日に至るまで、こうしてストレートな恋愛感情を言葉にしてぶつけるという事は、不器用だったからあまりできなかった。だから、自分にとっても重要な言葉を伝える今、ありったけの気持ちをアルデンテはカルパッチョに伝える。
カルパッチョとしても、こうして今改めて自分の事を『好き』と言ってくれて、アルデンテの嘘偽りない気持ちを聞くことができて、とても嬉しくなっている。その証拠に、自分の顔は熱くなっていて、視界も少しぼやけてきている。
「そして、もうこの先・・・・・・俺はカルパッチョ以上の人に会えるとは、思ってない。もう俺は、カルパッチョと結ばれる未来しか、考えられない」
「・・・・・・・・・・・・」
多分、カルパッチョはこの日のアルデンテの言葉を、一生忘れはしないだろうと思う。
何しろ、ここまでアルデンテがこうしてストレートな言葉をぶつけてくる事なんて今まで無かったし、あまり感情を表に出さず、そこまで多くを口にはしないアルデンテがこうして感情を表に出す事だって滅多にないから。
「・・・・・・・・・カルパッチョ・・・愛してる。ずっと、愛してる」
「・・・・・・」
「だから、こんな・・・・・・あんまり愛想もない俺で良ければ・・・・・・」
少し自虐的なことを言うアルデンテだが、今カルパッチョが意識を向けているのは、アルデンテが差し出した白い箱だ。
そしてその箱の蓋を開けると、そこにあったのは。
「将来、結婚しよう」
銀色の指輪だった。
カルパッチョは、アルデンテと話している途中で、アルデンテがなぜここにカルパッチョを呼んだのか、何をアルデンテは言おうとしているのかに薄々気付いていた。
だが、だからと言ってカルパッチョが全く感動しないと言うのは、まったくの嘘だ。
「・・・・・・うん。いいよ・・・っ」
カルパッチョの瞳からは涙があふれ、頬は赤く染まっていて、差し出した左手は小さく震えている。
その全ての所作は、カルパッチョが嬉しくて、安堵していて、そして何よりアルデンテの事が愛おしいから、という想いを表していた。
アルデンテは、優しくカルパッチョの左手を握り、そして薬指に指輪をはめる。
そこでアルデンテは、少し苦笑した。
「・・・と言っても、これはあくまでアクセサリーなんだよな」
この今嵌めた指輪は、学園艦のアクセサリーショップで学生向けに売っていたものだ。だから、本物とは全然違う代物だし、これで済ませてしまおうというほどアルデンテも薄情ではない。
「だから・・・・・・いつか、“本物”を渡すから」
「・・・・・・・・・・・・」
「それまでは、取っておいてほしい」
アルデンテが、苦笑いを引っ込めて真っ直ぐにカルパッチョを見つめて告げる。するとカルパッチョも、うんと頷いた。
そして、静かにゆっくりとアルデンテの首に腕を回して、そっと自分の方へと抱き寄せて、2人の唇が触れ合った―――
「ほーう、中々にロマンチックじゃないか」
「まるでドラマみたいぜよ」
そんな、アルデンテと付き合い始めて最初のカルパッチョの誕生日の話を聞いて感想を述べたのはエルヴィンとおりょう。エルヴィンは腕を組み、背もたれに寄り掛かるように椅子に深く座っており、おりょうはテーブルに肘をつき、顎に手をやりながらにんまりと笑っていた。
「憧れるなぁ、そんなプロポーズも」
「よかったね、ひなちゃん」
左衛門佐が自分もそんなプロポーズがされたかったとばかりに大きく頷き、その話をするカルパッチョが本当に嬉しそうだったのを見ていたカエサルも、本当によかったとばかりに頷いている。
「・・・・・・おや?どうしたご主人」
そこでエルヴィンが厨房の方を見て、頭を押さえているアルデンテを見て問いかける。だが、エルヴィンの顔がにやけているあたり、アルデンテがなぜそんな状態なのかは分かっているだろう。
「・・・いや、今思い返すと、俺すごい恥ずかしい事言ったなって思って・・・」
アルデンテの言葉は、エルヴィンの想像と同じだった。大人になった今、学生の頃の発言を思い出して、今さらながらすごいことを言ったのだと気付き恥ずかしさがこみあげてきたのだ。
「『いつか、“本物”を渡すから。それまでは、取っておいてほしい』か」
「やめてくれ左衛門佐」
セリフを真似されて余計にダメージを喰らうアルデンテ。左衛門佐の真似が随分と上手いから余計に恥ずかしい。
「『カルパッチョ・・・愛してる。ずっと、愛してる』」
「「くぅ~~~っ!!!」」
エルヴィンが乗っかって真似をし、左衛門佐と2人で盛り上がる。
人の傷口を蹴り上げるような真似には流石にカチンときたので、アルデンテもささやかな仕返しをする事にした。
「・・・摘まみ出すぞ。松本、杉山」
「エルヴィンだっ!」
「左衛門佐と呼べぇ!」
名字で呼ぶと、エルヴィンと左衛門佐が立ち上がって抗議の声を上げたので、アルデンテも満足する。
「2人とも、あまりアルデンテをからかうな」
「ぜよ」
カエサルとおりょうが窘めて、アルデンテも小さく息を吐きとりあえず落ち着く。この2人はまだ良心的だったので良かった。
さて、改めて“元”カバさんチームのメンバーを見る。やはりあの時からは大分時間が経っているので、雰囲気は変わっていた。彼女たちが着ている服も少し大人びたものであり、ファッションセンスはそこそこあるのだと窺える。
だが、高校生だったころの装飾品の名残は捨てていないらしい。
カエサルは、かつてと同じような赤いマフラーを首に巻いていた。
左衛門佐はあの六文銭のバンダナをリボンにして髪をポニーテールに纏めている。
エルヴィンもこの店に入ってきた時には軍服の様なジャケットを着ていた。
中でも一番目を引くのはおりょうであり、まさかの紺の着物だとは思わなかった。しかもその胸辺りには高校の頃に羽織っていた紋付にも染められていた八芒星の模様が入っている。おまけに髪がぼさぼさではなく整えられていて、普段からそうすればよかったのにと思う。失礼かもしれないが残念美人みたいな感じだ。
「でも、あの時は本当に嬉しかったのよ?あの時みたいなストレートな言葉を貰ったのって、本当にあまりなかったから」
「そうだったんだ?」
確かに、最初に好きだと告白をして以来、あそこまでカルパッチョに対する愛情をそのままぶつけた事も無かったようなと、アルデンテは記憶している。となれば、少し寂しい思いをさせてしまったのかなと、今頃になって申し訳なくなってしまう。
「・・・まあ、俺はあんまりそう言った愛情表現を言葉でするのが少し苦手な感じがしてな・・・・・・ごめん」
「謝ることはないわ。私はそう言うところも好きだから」
謝るが、カルパッチョはそれを受け入れて、それすらも好きだと言ってくれた。痘痕も靨、と言う奴か。
「いいよなぁ、こういう夫婦も」
「こうして仲良く夫婦で経営するって、意外とすごい事だよね」
カエサルが、そんな2人のやり取りを見て羨ましそうに呟く。左衛門佐も、今さらになってアルデンテとカルパッチョが仲良く店を経営する事の貴重さに気付いた。
「あれ、カエサルのとこって仲悪いの?」
「いや、そんな事は無いさ。けど・・・・・・隣の芝生は青く見える・・・みたいな」
「「「それは言えてる」」」
カエサルの言葉に、エルヴィン、左衛門佐、おりょうが頷く。
元カバさんチームの面々だが、全員既婚済みである。それぞれにはそれぞれの夫婦生活があるのだから、こうして自分以外の事も聞くと、そっちの方が良い感じに聞こえるのだろう。
「・・・・・・ところで、アンチョビさん達はまだ来ないのか?」
「もうすぐ来るはずなんだけど・・・・・・」
エルヴィンが問うと、カルパッチョが首を傾げながら答える。今日のような祝い事の日にアンチョビともあろう人物が遅れてくるとは珍しい。
「あまり遅くなるのもあれだし、先に始めようか?」
「そうね・・・・・・ドゥーチェには申し訳ないけど・・・そうしようかしら」
アルデンテとカルパッチョが相談し、先に始める事にした。アルデンテも、カルパッチョ繋がりでアンチョビとは割と親交があるので、どんな人物なのかも大体分かっていた。だから、アンチョビが何らかの理由で遅れてしまい、そのせいでエルヴィンたちが不都合を受けていると知ったら悲しむという事も想像できたので、先に始める事にした。
「じゃあひな、サラダできてるから持ってって」
「はあい」
カルパッチョが返事をして立ち上がり、カウンターまで行ってアルデンテから差し出されたサラダの大皿を受け取る。
そこでカルパッチョが。
「ちょっといい?」
「?」
そこでカルパッチョがちょいちょいと手招きする。何か秘密の話でもあるのだろうか、と思ったのだが。
近づいたところで、カルパッチョから触れるような小さなキスを仕掛けてきた。
「・・・!?」
不意打ち気味なそれにアルデンテは驚きを隠せないが、カルパッチョが小さくウィンクをして、サラダをカエサルたちの下へと持って行ってしまう。
そして、そのカエサルたちはどうやら先ほどの一部始終を見ていたらしく、ニヤニヤと笑ってアルデンテの方を見てくる。
女三人寄れば姦しいという言葉は本当だなと思い、そして今この場に女は5人いるのだから、唯一の男である自分は不利でしかない。買い出しに行ったペスカトーレが早く戻ってきてくれることを祈るしかなかった。
それにしても、やはりこう言った事には自分は慣れていないものだと思う。
「そう言えば、普段2人は何て呼び合ってるんだ?」
左衛門佐が、アルデンテがカルパッチョの事を『ひな』と呼んだので興味本位で聞いてみると。
「ええっと・・・・・・“あなた”とか、“隼介さん”とか。“あなた”の方が多いかな?」
「俺は基本的に“ひな”って呼んでる」
「“アルデンテ”“カルパッチョ”とは呼ばないのか?」
「そうね・・・・・・少し変な感じがするし、名前で呼び合った方が仲良くなれるし」
「“カルパッチョ”はメニューにもあるから混同しやすい」
カルパッチョが、それでも十分幸せだと言いたげに笑うので、左衛門佐達もそれ以上深くは尋ねはしなかった。
そして、カルパッチョがテーブルに食器を置く。
「シーザーサラダぜよ」
「美味しそうだな」
「私のソウルネームのカエサルとは関係ないぞ」
「そうなのか?」
カエサルは英語読みでシーザーであるのだが、このシーザーサラダとは関係は無い。その由来は、イタリアのレストランのオーナーだと聞く。
さて、由来についてはさておき、5人分の取り皿も用意して取り分けようとしたところで。
「すまん、遅れた!」
「いやー、申し訳ないっす」
タイミングがいいのか悪いのかは分からないが、ドアを開けてアンチョビとペパロニが入ってきた。
「ああ、アンチョビさん。今始めようとしたところです」
「ああっ、私らを置いて始めるなんてズルいっすよ!」
「いや、お前が寝坊したのが悪いんだよ・・・」
アルデンテが大丈夫だと伝えたところでペパロニがブーブー言ってきた。だがアンチョビの言う通り、ペパロニが久々の休日で寝過ぎたのが原因なのでペパロニの抗議は筋違いに近い。
「・・・・・・あ、アンチョビ殿か。髪型が全然違うから気付かなかった」
「私を髪型で判断するな!」
今のアンチョビの髪形は、アンツィオ高校の総帥の頃、そしてプロ戦車道選手として戦う時のようなドリルツインテールではなく、サイドテールでしかもロールがかかっていない。アンチョビの普段を知らなければ、『アンチョビによく似た誰か』な認識で終わってしまうだろう。ちなみにペパロニだが、普段と変わらず片方は三つ編みのおさげだ。
「すまないな、遅れて」
「いえいえ」
カルパッチョがアンチョビの謝罪を聞き入れて、カエサルがサラダを取り分けていく。そこでペパロニが、厨房にいるアルデンテの方を振り返りながら問いかけた。
「これで全員っすか?」
「いや、まだペスカトーレとアマレットがいる。今は買い出しに行ってるけど、そろそろ戻ってくるだろ」
その言葉の直後、狙ったかのようにいいタイミングで再び店のドアが開いた。
「あっ、アンチョビ姐さんにペパロニ姐さん。もう来てたんですね」
「久しぶりです、ドゥーチェ。ペパロニ」
「ドゥーチェじゃない、今の私はアンチョビだ」
買い物袋を提げたペスカトーレとアマレットが入ってきた。ペスカトーレは、アンチョビをつい昔の癖でドゥーチェと呼んでしまい、アンチョビから優しく指摘される。
「食材はこれでいい?」
ペスカトーレがレジ袋を掲げながらカウンターに置く。その中身を大体確認して、アルデンテは頷いた。
「問題ない。悪かったな、いきなり頼んで」
「いいって事よ」
「2人も座っていていい。後は料理だけだ」
ペスカトーレとアマレットも座らせて、食材は冷蔵庫に保管しておく。今日は色々飲んだり食べたりするだろうし、これだけ買っておけば問題ないだろう。
「大学の方はどうなんだ?」
「やっぱ問題児とか多いっすか?」
「いやー、良い子が多いんだが、どうも自主性が少ないというか・・・」
「私たちみたいに歴史上の偉人をイメージした服を着ていればなおいいのだが」
「それ、周りから見れば相当に変人だよね・・・・・・」
「勇者とも言う」
アンチョビとペパロニ、カエサルとエルヴィン、そしてペスカトーレとアマレットが談笑している。
元カバさんチームの面々は、趣味の歴史好きが高じて、大学で歴史の教授になったと聞く。好きこそものの上手なれとはよく言ったものだ。ただ、カエサルの言う通り中々自分たちのように熱心な生徒はそんなにいないらしい。比較対象のレベルが高すぎる、とはちょっとだけ思うのだが。
さて、出す料理についてだが、一応決まっている。1つは先ほど出したシーザーサラダ。後はこの店の自慢のメニューである、ラザニアとカルパッチョ。カルパッチョは種類がいくつか作れるので、飽きは来ないと思う。いや、来させはしない。
丁度、ラザニアもいい感じに焼き上がっているので、アンチョビたちが来たのと、ペスカトーレたちが買い出しを終えたのは偶然にしてはいいタイミングだと思う。
ラザニアの焼き加減を見ながら、アルデンテはその傍らでカルパッチョの準備を始める。最初の具材はサーモンだ。
そこでふと、アルデンテは思う。
こうして自分が店を持ってラザニアを焼いているのも、自分の愛する人の“名前”の由来となった料理を作っているのも、今思うと感慨深いものだ。今もこうして料理人として厨房に立っていられるのも、恐らくはカルパッチョが自らを支えてきてくれたからだろう。
もし、カルパッチョと出会えなければ、自分はこうして店を持つことはできなかっただろうし、持つことができたとしても途中で心が折れてしまったかもしれない。
辛い時があってもカルパッチョは自分の事を支えてくれたし、嬉しい時は共に喜び笑った。だからこそ、今日までアルデンテはこうして店を持っていて、そして料理人を続けられている。
そう思うと、やはりカルパッチョに出会えたこと、カルパッチョがいてくれることに、感謝するしかない。
「おっ、何かいい匂いが」
カエサルが厨房の方を向いてそんなことを言う。アルデンテは、オーブンの中を見て焼き色が十分についているのを確認して取り出し、切り分けて皿に盛り付ける。
さらに用意していたサーモンのカルパッチョと合わせて、テーブルに運ぶ。
「当店自慢のラザニアとカルパッチョです」
一応、普段営業している風に言いながらテーブルに並べると、座っていた全員が『おおー!』と声を上げる。特にアルデンテが作ったラザニアが好物のカルパッチョと、(食べ物の方の)カルパッチョが好きなアンチョビは目を輝かせている。
「じゃあ、乾杯と行こうか」
アルデンテが白いトック帽を脱いだところで、アンチョビが声をかける。既に全員は飲み物を準備していて、アンチョビとペパロニ、カルパッチョ、ペスカトーレとアマレット、そしてカエサルはワイン。エルヴィンはビール、左衛門佐とおりょうは地元・大洗の有名な酒蔵から取り寄せた日本酒だ。どれも皆が持ち寄ってくれたものであり、いい感じに値の張る一品らしい。大事に飲むとしよう。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ワインの入ったグラスをカルパッチョがアルデンテに渡してくれる。アルデンテはそれを受け取り、カルパッチョに笑いかける。
「・・・カルパッチョ」
「うん?」
アルデンテは、カルパッチョの名を呼んで、そして告げた。
「・・・・・・ありがとう。そして、これからもよろしく」
「・・・ええ、もちろん」
少し言葉が足りなかったかもしれない、と言った後でアルデンテは思ったが、カルパッチョには通じたようで、カルパッチョは笑ってくれた。
その様子を、ペスカトーレたちも笑って見守り、そして準備が整ったところでアンチョビが告げた。
「よし、全員飲み物は持ったな?じゃあ、行くぞ!」
アンチョビの掛け声で、全員がグラスを、ジョッキを、升を持ち、立ち上がる。
「音頭はアルデンテがとれ」
「そこまでやって・・・?」
アルデンテが抗議の声を上げるが、アンチョビがニッコリと笑顔を張り付けたままなので、逆らえはしない。
仕方ないとばかりにアルデンテは腹を決めて、そして言う。
「えー・・・それでは。ひな―――カルパッチョの誕生日と、皆の再会を祝って・・・・・・」
本当の名前を言ってしまったところで言い直して、左衛門佐に笑われる。元カバさんチームからすればカルパッチョの方が聞き慣れているのでそうしたのだが、言い直したせいで却って格好悪くなってしまったかもしれない。
そしてアルデンテは、一度言葉を切って、そして笑みを浮かべ、高らかに告げた。
「Salute!」
『サルーテ!!』
全員がまるでそう言う事を分かっていたかのように声を上げて、そして思い思いの器をぶつける。
アルデンテも一番最初にグラスをぶつけるのは、隣にいるカルパッチョ。2人とも、穏やかに笑い、グラスをぶつけ合う。
そして、滅多にない全員が集う、カルパッチョの祝福するべき誕生日会の始まりだ。
これにて、カルパッチョとアルデンテの物語は本当に完結です。
長い間、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
物語を完結させた後で、誕生日の話は書きたいなと前々から思っていて、
プロポーズも男であるアルデンテの方からすればよかったかな、とも少し思っていたので、
今回の話でこういう形にしました。
前に投下したペスカトーレとアマレットの番外編のあとがきで書いたように、今回はたかちゃん及びカバさんチームのメンバーを登場させました。
カバさんチームは個人的に好きなチームなので書いていて楽しかったです。アンツィオ高校学園艦でエルヴィンだけ良い雰囲気になっていたのは、筆者の趣味(エルヴィンが好きだから)です。
アンチョビの次の
アッサム生誕日記念とは違い、大勢で誕生日を祝ったのは、
アンツィオの賑やかで明るい感じをイメージしてみたからです。
重ねて書きますが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
感想を書いてくださった方、評価をしてくださった方、
本当に、ありがとうございました。
次回作は恐らく年明けになると思いますので、
もしよろしければそちらの方も応援していただけると、
筆者としては嬉しい限りです。
それではまた、次の作品でお会いしましょう。
最後にこの言葉で、締めさせてください。
ガルパンはいいぞ。
カルパッチョは魅力的だぞ。