名前を付けてくれた人   作:プロッター

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Anzio(アンツィオ)[------]【名詞】
意:アンツィオ(イタリア共和国ラツィオ州のコムーネ)



Anzio

 アンツィオ高校は、創始者がイタリア人ということもあって、芸術とファッション、食事に対してのこだわりが他校と比べると強い。特に食事については、料理を学ぶ家庭科の授業は毎日あり、食堂のメニューはイタリアンだけでも種類が豊富、さらに『屋台街』と呼ばれる街の一角では生徒主体の食べ物屋台が盛んと、学校全体が美食傾向にある。

 生徒主体の屋台が多く展開する屋台街は、13時から14時までの間の昼休みと、17時から19時までの放課後の二部に分かれて開かれている。

 今の時刻は、放課後の18時前。

 陽もすっかり傾いて、暗くなり始めた空の下で営業するアンツィオ屋台街の一角に、アンツィオ高校の2年生・楓隼介(かえでしゅんすけ)が料理人兼屋台主を務める屋台があった。

 

「オーダー、ラザニア2つ~!」

「了解」

 

 お客から注文を受けて、売り子の茶髪の男子がオーダーを告げ、楓は自慢のラザニアをオーブンから取り出して切り分けて皿に盛り付ける。

 ラザニアは一から作ると時間と手間がかかるため、1度ずつ注文を受けてから作り始めるというわけにはいかない。だから、基本的に作っていたものをオーブンで温めておき、注文を受けてからそのラザニアを切り分けて皿に載せて提供する。そして、作り置きのラザニアが切れたら新しく作り直すというやり方で、楓はこの屋台を営んでいた。

 売り上げの方はそこそこ高く、加えて客からの評価も他の屋台と比べると高い。リピーターも結構いるが、ここまでの軌道に乗せるのも苦労したものだ。

 

「ペスカトーレ、ラザニア1つ!」

「おっ、アマレット!」

 

 『ペスカトーレ』と呼ばれた売り子の茶髪の男子が、おでこの右側を広く見せた茶髪の女子―――アマレットを見て嬉しそうに声を上げる。

 今ここにいる楓とペスカトーレ、そしてアマレットは同じクラスに所属している。加えてアマレットは、アンツィオ高校戦車隊に所属している戦車道の履修生でもある。彼女は戦車隊の副隊長のペパロニという少女が乗る快足戦車CV33の操縦手を務めている、というのがアマレットから明かされた情報だ。

 

「戦車道は?今の時間って訓練のはずだろ?」

 

 ペスカトーレが訊ねると、アマレットは苦笑しながら肩を竦める。

 

「燃料が足りなくてねぇ。放課後練習は休み。近々全国大会の2回戦もあるし」

「そっか・・・」

 

 その答えを聞いてペスカトーレは少しシュンとするが、すぐに朗らかな笑みを浮かべる。

 

「ま、ラザニア食べて元気出すんだな!1つ250万リラね!」

 

 代金を請求するペスカトーレ。アマレットはポケットから財布を取り出し小銭を用意するが、何やら意地の悪そうな笑みを浮かべてくる。

 

「常連なんだし、まけてくれてもいいでしょ~?」

 

 自分のことを『常連』というのは些か妙だが、確かにアマレットは大体週に3~4日のペースでここに来てくれている。なのでその表現の仕方も間違ってはいない。

 

「だとよ、『アルデンテ』?」

 

 ペスカトーレが、楓を『アルデンテ』と呼びながら話しかける。が、楓は顔色一つ変えずオーブンで温めていたラザニアを取り出して切り取り、皿に盛り付けてアマレットに差し出しながらこう告げる。

 

「250万リラだ。これ以上は下げられん」

「ちぇっ、けちんぼ」

 

 アマレットが渋々250円を、差し出していたペスカトーレの掌に載せる。ペスカトーレは、ニタニタ笑いながらその250円を売上金を入れる箱に投入した。

 

「毎度あり~」

 

 ペスカトーレが営業スマイルを浮かべたところで、横から楓がラザニアの載った皿をアマレットに差し出す。それを受け取ったアマレットは、一緒に受け取ったフォークでラザニアを器用に切り取り一口食べる。

 

「んー!やっぱり、『アルデンテ』のラザニアは美味い」

「そりゃ何よりだ」

 

 アマレットから屈託のない笑みを向けられたのに対し、楓は片手を挙げながらコンロにかけられている鍋の中のラグーをかき混ぜる。そろそろ作り置きのラザニアが無くなりそうだったので、新しいものを用意しようと思っているのだ。

 ペスカトーレとアマレットから呼ばれたように、楓はこの2人に限らず知り合いからは『アルデンテ』と呼ばれている。だが、楓本人がそう名乗ったわけでもなく、周りが勝手に彼のことを『アルデンテ』と呼ぶようになったのだ。

 別に楓は、『アルデンテ』と名付けられたことも、そう呼ばれることも不満ではない。ただし、自分から『そう呼んでほしい』とは言わない。

 その理由としては、楓本人の性格もあるからだった。

 すると、そこへ。

 

「ごめんください」

 

 楓には聞き覚えのある、ふわりとした声が耳に入ってくる。

 声のした方を楓が見れば、そこには昼休みにラザニアを食べてくれた金髪の少女がいた。

 

「あ、昼の」

「さっきはどうも」

 

 楓が気付くと、少女はぺこりと頭を下げる。そこでアマレットも気付いたのか、少女の方を見ると『おっ』と声を出す。

 

「副隊長?」

「あら、アマレット」

 

 戦車道を履修しているアマレットが『副隊長』と呼ぶということは、この金髪の少女も戦車道履修生ということになる。それも副隊長ときた。こんな落ち着いた感じの子も苛烈なイメージがある戦車道を歩んでいるのか、と楓は心の中で驚く。

 

「いらっしゃい!ラザニア食べてく?」

 

 その少女を見るや否や、ペスカトーレがラザニアを勧めるが、少女は首を横に振りお腹に手をやる。

 

「ごめんなさい、今はちょっと・・・・・・」

「そっかー、残念」

 

 少女が断ってペスカトーレは肩を落とす。

 一方楓は、少女がお腹を押さえたのは単純に食欲が無いからというよりも、食べ過ぎて太ることを気にしているのだろうと思った。女の子は体重を気にしやすい傾向があるのを知っていたので、あまり深く踏み込まないようにして、楓はラグーをかき混ぜる作業に戻る。

 

「・・・・・・」

 

 だが楓は、金髪の少女が何かを話したそうにこちらの様子を窺っていることに気付いた。

 

「どうかしました?」

 

 楓が訊ねると、少女は『あ、ごめんなさい・・・』と少し萎縮したように謝る。別に謝ることなど無いのだが。

 

「ええと・・・実は昼休みに、話したいことがあったんです」

「話したいこと?」

「はい・・・」

 

 楓は、昼休みにこの目の前の金髪の少女がここを訪れたのは覚えている。そして、楓自身と同じような性格、境遇なのも少しだけ聞いた。その時は、この少女が電話で誰かに呼び出されて有耶無耶な感じで別れてしまったのだが、まだ話したいことがあったらしい。

 金髪の少女は目線を少し下に逸らし、何かを言い淀む。楓は煮込んでいるラグーをかき混ぜながら少女に目を向けて、しかし急かさず言葉を待つ。

 隣でペスカトーレとアマレットが何か楽しそうに話をしているが、今の楓と金髪の少女にはその話の内容も耳に入らない。まるで、この2人のいる空間だけが他と隔離されているようだ。

 

「昼休みにも言ったと思うんですけど・・・私、自分の性格がこの学校に合ってないんじゃないかって、ずっと悩んでるんです・・・」

「・・・・・・」

 

 楓は、ラグーをかき混ぜる手を止めて火を点けたまま鍋の蓋を閉じ、その少女の言葉に耳を傾ける。

 

「それで・・・あなたも同じように悩んでるって聞いて。それで、話ができたらって思ったんです」

「・・・そうでしたか」

 

 楓はこめかみのあたりを指で少し掻き、考える。

 

「話って言われても・・・俺はそんな・・・・・・」

 

 と、何かを言おうとしたところで。

 

「オーダー、ラザニア3つ!」

「っと、了解」

 

 突如、ペスカトーレからオーダーを告げられる。見れば、アマレットは屋台の中にお邪魔していて、カウンターの前には観光客らしき3人組がいた。楓は弾かれたようにオーブンからラザニアを取り出して素早く切り分け、皿に載せてフォークと共に渡す。それで、作り置きのラザニアは無くなってしまった。

 3人組のお客が去っていったのを見届けてから、楓は金髪の少女に向き直って申し訳なさそうに告げる。

 

「すみませんが、今はちょっと忙しくてゆっくり話すのは・・・。ですので、また後で落ち合って、それから話すという形でもいいですか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

 楓の提案を金髪の少女は快諾し、この後19時半頃にトレヴィーノの泉の前で待ち合わせということになった。それが決まると、少女は『ではまた後で』と微笑みながらお辞儀をしてその場を離れた。アマレットもラザニアを食べ終えて、楓とペスカトーレと少し言葉を交わしてから、空になった皿とフォークを楓に押し付けて帰っていった。

 楓は、渡された皿とフォークをゴミ箱に突っ込み、鍋の蓋を空けてラグーがいい感じに煮込めたと思っていたところで。

 

「アールデーンテ~」

 

 薄気味悪い声と共に楓の首に腕を回すペスカトーレ。楓は心底鬱陶しそうにペスカトーレを見る。

 

「なんだよ」

「いやぁ、お前みたいなのがナンパするなんて珍しいこともあるもんだなぁ~」

 

 どうやらペスカトーレにも、先ほどの楓と金髪の少女の話は聞こえていたらしい。そしてコイツは、先ほどの楓と金髪の少女の落ち合う約束をナンパと受け取ったようだ。そんな雰囲気ではなかったのに、何ともお気楽なことだ。

 

「そんなんじゃねーよ。話がしたいって言われたから、それに付き合うだけだ」

「へー」

 

 全く信じていないような返事をするペスカトーレ。果てしなく面倒くさかったので、楓は顎で『離れろ』と訴える。

 

「バカなこと言ってないで客引きしろ」

「たまにはお前もやれよ」

 

 ペスカトーレが楓の言葉に反論する。だが、楓は失笑してこう言った。

 

「俺がそんなキャラに見えるか」

「うん、見えねーな」

 

 即答するペスカトーレが無性にムカついて、楓はペスカトーレの額にチョップをお見舞いしてやる。『いてー』と大して痛そうではない声を出しながら、ペスカトーレは額を押さえる。そしてペスカトーレは、楓の首から腕を離して客引きを再開する。

 

「ホイホイ、そこの熱いカップル!お熱いデートの時はウチの熱いラザニアがぴったりだよ!」

 

 まったく、とぼやきながら楓は新しい耐熱皿にバターとソースを塗り、ラザニアの生地を敷く。その上に鍋から掬ったラグーをかけてオーブンに入れ、新しいラザニアを準備する。同時に、オーブンに入れてあったもう1つの耐熱皿を前に出しておく。

 すると、ペスカトーレが呼びかけたカップルらしき男女2人がやってきた。

 

「すみません、ラザニア2つください」

「はい、合計500万リラね!オーダー、ラザニア2つ!」

「了解」

 

 楓は、声を張り上げるようなことは滅多にない。だから、客引きをするのは専らペスカトーレの方だ。

 ペスカトーレは、1年生の頃から同じクラスで、楓と席が近かったことでちょいちょい話す機会が多く、そして今では親友となっている。

 しかしその2人の性格は正反対と、アマレットは評していた。

 ペスカトーレはノリがよくていつも明るく、しかしちょっと抜けていて、それでも憎めないという標準的なアンツィオの生徒。

 しかし楓は、常に冷静で純朴、目立つことを好まず、周りのノリと勢いに流されることもない、アンツィオの生徒とは思えない性格の持ち主だった。周りのペースに流されない『マイペース』なところはアンツィオにピッタリではあるが、表立っている性格はおよそアンツィオのそれではない。

 そんな、目立とうとしない楓がアンツィオに入学して屋台を営んでいるのは、れっきとした理由と将来の夢があるからだ。それをこのアンツィオで知っているのは、親友と呼べるペスカトーレだけである。

 

 

 アンツィオの生徒がここで屋台を開くことができる条件は、さほど厳しくはない。学校側が定期的に行う審査と健康診断に合格して、自分の料理の腕に覚えがあれば、例え1年生であっても誰もが屋台を開ける。

 屋台を開いていると調理器具が貸与され、さらに学校から一定の補助金が支給される。その補助金を使って、屋台主たちは食材を購入して料理を作り提供するのだ。

 すごいのは、各々の屋台の売上金の用途が学校側から指定されていないことだ。自らが所属する部活動や委員会の活動費の足しにするもよし、学校に寄付するもよし、自分の懐に収めるもよし。意外にも、小遣い稼ぎのために開くという生徒はほとんどおらず、学校に寄付する生徒が多かった。かくいう楓も同じで、屋台の売上金は全額学校に寄付している。

 さらにアンツィオ高校は戦車道の授業もあり、戦車道履修生の中にも屋台を開く生徒が多い。売り上げは戦車の燃料や弾薬を買う費用に充てたり、新しい戦車を買うために貯金するという。ついこの間は、ようやく貯金を使って新しい戦車を買うことができたという話をチラッと聞いた。

 アンツィオ高校は他の学校と比べると資金が足りていない―――ぶっちゃけ貧乏なので、屋台街の売り上げの寄付だって例えそれが雀の涙ほどであっても、重要な学校の資金源となっている。

 しかし、屋台で提供される料理の値段そのものが安価すぎるため、学校への寄付金の合計額が屋台に支給される補助金とほぼ同額になってしまい、結果アンツィオ高校全体の利益としてはプラスマイナスゼロな状態が続いている。それに気付いている生徒はごくわずかしかいない。

 それでも屋台への補助金を少なくしないのは、やはりアンツィオの食に対するこだわりが強いからだった。

 

 

 時計塔の鐘が19時を告げると、屋台街の屋台も揃って店じまいとなり、それぞれの屋台の生徒たちは帰り支度を始める。

 

「ほれ、ペスカトーレ」

 

 楓は、鍋に残っていたラグーをタッパーに移すと、屋台の電気を消そうとしていたペスカトーレに手渡す。

 

「お、いつも悪いな」

「それはいつも客引きをしてもらってるこっちのセリフだ。バイト代だと思ってくれ」

「Grazie」

 

 渡されたタッパーを受け取り、ペスカトーレがイタリアのお礼の言葉を告げる。イタリア風の挨拶をするのも、イタリア人発祥のこの学校ならではのものである。楓はあまりそう言った挨拶はしないが。

 ペスカトーレはタッパーを手に、片手を挙げて『おつかれさん』と言いながら校舎へと戻っていく。楓はまだ、今日の売上金を集計しなければならないので残る。いつものことなので何も不満はない。

 楓は普段よりも電卓を叩くスピードを速め、売り上げの計算をサクサク終わらせようと努める。

 いつもより集計を早く終わらせようとしている理由は、このあと待ち合わせをしているからだ。アマレットが『副隊長』と呼んでいた、あの金髪の少女と。

 

「・・・・・・」

 

 電卓を叩く手を一度止めて、楓はあの少女のことを思い出す。

 彼女は、楓と同じように、自分の性格がアンツィオに合っていないんじゃないかと悩んでいる。

 楓も、まさか自分と同じような悩みを抱えている人が他にいて、その人に会えるとは思ってもいなかった。何しろ、自分と同じような性格の生徒はここにはいないだろうと思っていたし、いたとしても資金が乏しくても広いこの学校で会うことはないと思っていたのだから。

 ペスカトーレには若干厳しめなことを言ったが、あの少女から『話がしたい』と告げられたのは、正直願ってもいないことだった。楓だって、ペスカトーレやアマレットなどの友人がいても、自分と同じような性格、境遇の人がいなくて少し寂しさを覚えていたのだ。

 だから、自分と似た内面を持つその少女とは繋がりを保っていたいと思っている。

 それと思うのは。

 

(・・・・・・結構、可愛かったし)

 

 今日の昼休みに、初めてその少女を見た時、楓は生れて初めて『見惚れた』。

 艶やかな金髪も、深い緑色の瞳も、均整の取れた体つきも、楓の心に焼き付いている。

 

(まるで、一目惚れしたみたいじゃないか)

 

 アンツィオ高校は、芸術とファッション、食事に加えて恋愛の本場と称されることが多々ある。それぐらいアンツィオの生徒たちは恋愛に情熱的で、生徒間でのナンパなど日常茶飯事。それでいて、嫉妬に燃えることはなく、他人の恋路の成就は素直に祝福する優しい生徒が多い。

 楓はナンパなどせず、他人の恋路は応援したり祝福したりするタイプだ。いくら自分の性格がアンツィオの校風と違って、それに染まっていなくても、他人の恋路を素直に応援するぐらいの情はある。

 だとしても、自分はこのアンツィオで恋などしないと思っていた。自分は、アンツィオの生徒にしては恋愛に燃えることなく冷めきっているのだから。

 

(いやいや、まだ好きって決まったわけじゃないし)

 

 肩をすくめて、楓は電卓のキーを叩くのを再開する。

 売上金の集計も、もうすぐ終わりだ。




楓の名前がイタリア料理・食材ではない理由と、
まだカルパッチョが『金髪の少女』と表現される理由は、
次の回で明かす予定です。

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