名前を付けてくれた人   作:プロッター

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toccare(トッカーレ)[touch]【他動詞】
意:・・・に触る、触れる、(物が)・・・に当たる


Toccare

 ある日の昼休み、アルデンテは観光パンフレットを片手に屋台街を歩いていた。

 彼が持っているパンフレットは、アンツィオ高校生徒会が発行しているものである。アンツィオ高校の校風や特徴に加えて、学園艦の名所はもちろん、さらには屋台街の各屋台の場所と提供する料理、屋台主の名前まで記載されている。アンツィオ高校は観光地としても有名なので、このパンフレットは観光客から重宝されている。

 アルデンテがその観光客向けパンフレットを持って屋台街を歩いているのは、目的地がアンツィオに来てから初めて向かう屋台だからだ。

 その目当ての場所は、コロッセオの近くにあるジェラート屋台だった。

 

「いらっしゃ―――って、あれ?アルデンテ?」

「おう」

 

 ジェラート屋台の店主であるジェラートが、アルデンテの姿を認めると驚いたように声を挙げる。アルデンテはいつものように片手を挙げて挨拶をするが、自分がここを訪れるのは初めてのことだし、驚くのも無理はないとも思った。

 そして、ジェラートがアルデンテの名を出したことで、そのジェラートの隣で在庫の準備をしていたカルパッチョが振り返り、穏やかな笑みを見せてくれる。

 

「アルデンテ、いらっしゃい」

「屋台はどうしたの?」

 

 カルパッチョの出迎えの挨拶にアルデンテも小さく頷いて返し、ジェラートが問いかける。今は昼休みで、どの屋台も営業しているはずだが。

 

「定休日」

「あ、そっか」

 

 アンツィオ屋台街の屋台主たちは、屋台を営んでいるとはいえ皆学生である。野暮用があったり体調が優れなかったりすると屋台を休むことは当然ある。

 しかし、アルデンテはその辺しっかりしていて、そう言った理由で休むことはほとんどない。ただ、しっかりしているが故に『休める時は休む』というモットーを掲げ、週1で定休日を設けてあった。客引き役のペスカトーレも、今はどこかの屋台にでも行って何かを食べているのだろう。

 

「今日は少し暑いし、ジェラートを食べようと思ってな」

 

 季節は6月に入り、気温は夏本番に向けて順調に上がってきている。学園艦も海を航行しているとはいえ、太陽の日照りが暑苦しく感じてしまう。なのでアルデンテは、冷たいものを求めてここに来たのだ。

 ちなみに、アルデンテの屋台の近くにもジェラート屋台はあったが、それでもここまで足を運んだ理由は、親しい者が営む屋台の方が色々と安心できるというのもある。だが、それ以外にも、アルデンテはカルパッチョのことが『気になっていた』ので、彼女がいるここまで来たのだ。

 さて、アルデンテもそうだが、カルパッチョとジェラートも額に少し汗を滲ませている。冷たいジェラートを提供しているから幾分か涼しいのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 

「ほいほい、それじゃ味はどうする?」

「アランチャで」

「よし、150万リラね」

 

 ジェラートに言われて、アルデンテは財布から150円を取り出してカウンターに置く。ジェラートがそれを回収し、手伝いのカルパッチョがアランチャ(イタリア語でオレンジ)味のジェラートを保存容器からディッシャーで掬い、カップに盛り付ける。

 最後にプラスチック製の小さなスプーンを添えて、アルデンテに差し出す。

 

「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 アルデンテは、そのカップを受け取ろうとするが。

 

 

 カップを差し出したカルパッチョの手と、カップを受け取ろうとしたアルデンテの手が、僅かに触れた。

 

 

 

「「!!」」

 

 2人は慌てて手を引っ込めようとするが、それではカップを落としてしまう。なので、受け取ろうとしたアルデンテがまず手を離し、そしてカルパッチョから改めて受け取る。今度は間違っても手に触れないように、慎重に受け取った。

 

「・・・悪い」

「・・・ううん、気にしないで」

 

 アルデンテが不慮の事故に謝るが、カルパッチョは気にしていない風に言ってくれた。

 前に握手だってしたはずなのに、なぜ軽く手が触れただけでここまで動揺してしまうのか。アルデンテはジェラートを食べ進めながら思索する。

 日照りの暑さはこれで凌げそうだが、先ほどのカルパッチョとのことで別の意味で妙に熱い。

 

「・・・美味い」

「ありがとう」

 

 味の感想を素直に告げると、カルパッチョは静かに笑いそう答えてくれる。屋台主のジェラートはと言えば、『いやぁ~、熱いですなぁ~。暑くて熱いわぁ~』などとほざいていて、その意味が分からなくもなかったアルデンテは無視を決め込んだ。

 

「・・・ところでさ」

「?」

 

 このままの空気でいるのも耐えられないので、アルデンテはカルパッチョに別の話題を持ち出すことにした。

 

「ひなは、戦車隊の副隊長なんだっけ」

「ええ、そうよ」

 

 アルデンテとカルパッチョが最初に会った日に、アマレットがカルパッチョのことを『副隊長』と呼んでいて、それから気になっていたことだ。その日の夜にカルパッチョと話をした時も、『戦車道』という言葉が聞こえたのでそのことが少し話してみたいと思った。

 

「すごいな、あんな鉄の塊を動かして戦うなんて。俺にはできそうにない」

「私も最初は、私にできるのかなって不安だったわ。ましてや、自分が副隊長になるなんて、思っていなかったもの」

 

 カルパッチョが少し苦笑しながら答える。

 アンツィオ高校も戦車道の授業があって、大会に出場しているのは知っている。だが成績はあまり芳しくないことも、アルデンテは知っていた。

 とはいえ、カルパッチョはこのアンツィオの戦車隊の副隊長を務めているのだから、それだけでも立派なものだ。

 

「・・どうして、ひなは戦車道を始めようとしたんだ?」

 

 アルデンテはそんな質問をする。大きな鉄の塊を動かし、砲火を交える印象が強い戦車道は、正直言って厳しいイメージが強い。だから、カルパッチョのような穏やかな少女が戦車道を歩んでいるのが、少しだけ気になったのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 すると、カルパッチョの表情に陰りが差す。それにアルデンテは気付いて、マズいことを聞いてしまったかと気付いた。

 

「あ、ごめ・・・・・・」

「いいの、大丈夫」

 

 咄嗟に謝るアルデンテだが、カルパッチョは小さく首を横に振る。

 

「あーあー、私ちょっとペパロニ姐さんの屋台手伝ってくるわ~。ひなちゃん、店番よろしくね~」

「あ、うん・・・分かった」

 

 そこでジェラートはわざとらしく声を上げて、カルパッチョの肩を小さく叩きアルデンテの来た道を歩く形で雑踏の中に消えて行ってしまった。

 ジェラートはどうやら、ペパロニという同じ戦車道履修生が営む屋台の皿洗いも掛け持ちしているらしい。料理を作るだけで手一杯のアルデンテからすれば、ジェラートは結構働き者だと思う。だが、アルデンテはジェラートが手伝いをするペパロニの屋台がどこにあるのかは知らなかった。

 そしてジェラートが急に手伝いに行ったのは、『いい感じの雰囲気になった2人をそっとしておこう』という恋愛に敏感なアンツィオ生特有の気遣いだということに、アルデンテとカルパッチョは気付いていない。

 そして残ったのは、アルデンテとカルパッチョのみ。アルデンテがカルパッチョの触れてほしく無いらしい部分を問うたから、若干気まずい。

 

「・・・何度も聞かれたことだったから」

「え?」

「私って、周りから大人しい子って思われてるみたいで、そんな私がどうして戦車道を?ってことは何度も聞かれてたし・・・。それでちょっと、ね」

 

 カルパッチョが、先ほどの陰りの理由を明かす。やはりアルデンテの抱いた疑問は、他の人も思ったことがあるものだったようで、カルパッチョは何度もそう聞かれることに疲れていたのかもしれない。

 

「・・・本当にごめん」

「ううん、大丈夫よ。もう慣れたから」

 

 その疲れるような質問をしてしまったことを改めてアルデンテは詫びる。

 カルパッチョは本当に気にしていない風に首を横に振り、戦車道を始めた理由を話しだした。

 

「・・・前にも言ったと思うけど、私って元々おどおどした性格をしてて。それを直すために、戦車道を始めたの。それは、アンツィオに来る前なんだけどね」

 

 アルデンテは、冷たいジェラートを食べる手を止めてカルパッチョの言葉に耳を傾ける。今だけは、周りの屋台の賑わいも聞こえない。

 

「戦車道は強くて逞しく、凛々しい乙女を育てる伝統的な武芸・・・。私も、そんな風な戦車道を歩む人たちみたいになりたいって思った」

「・・・・・・・・・」

「アンツィオに入学したのと・・・理由は大体同じかな」

 

 カルパッチョがアンツィオに来た理由は、おどおどした自分の性格を変えたいと思ったから。

 だが、その前からカルパッチョは、同じ理由で戦車道を始めていた。

 戦車道を始めたのと同じ理由でアンツィオに入学したのは、それだけおどおどしてて引っ込み思案な自分の性格を変えたかったと、切に思っていたからだ。

 アルデンテは、夏の気温で溶けかけている残りのジェラートを全て食べ、飲み込んでからカルパッチョのことを見る。

 

「ひなは、強いな」

「え?」

 

 アルデンテの、脈絡のない評価する言葉に、カルパッチョも聞き返す。

 

「ひなは・・・本当に自分を変えたいと思ってアンツィオに来ただけじゃなくて、決して楽じゃない戦車道まで始めるなんて。それは、強い意志があるからこそできることだと思う」

「・・・・・・」

「俺なんて、ただアンツィオに来れば自分も変われると思ってただけなんだから・・・・・・」

 

 手の中にある、空になったジェラートのカップを傍に置いてあったゴミ箱に放り込む。それでも、カルパッチョとは目を合わせたままだ。

 

「俺なんかと比べると、ひなはずっと強いよ」

 

 真っ直ぐな瞳を向けられながらそう告げられて、カルパッチョは少し顔が熱くなる。自分のことを面と向かって評価されるのが恥ずかしいのもあるが、相手が今までアンツィオでは見つけられなかった自分と同じ境遇で、親しい人だからだろう。

 けれど、恥ずかしさとは別に嬉しいと思う気持ちが自分の中にあるのを、カルパッチョは感じていた。

 たまらず、カルパッチョは少しだけ目を下に向ける。それに気づかず、アルデンテは言葉を連ねる。

 

「それに副隊長まで任されてるんだろ?それだって、本当にすごいと思う」

 

 そこでカルパッチョも、顔を上げてアルデンテを再び見る。

 

「副隊長は・・・統帥が直々に私を指名してくれたの」

「ドゥーチェが?」

 

 統帥(ドゥーチェ)こと安斎千代美―――アンチョビは、戦車道履修生の間だけでなくアンツィオ高校全体でも有名だ。なぜなら、衰退していたアンツィオ高校戦車隊を復活させるために愛知の学校からスカウトされて入学し、それからわずか2年で10名にも満たなかった戦車隊を今の数十名の規模にまで発展させたのだから。

 それにアンチョビの性格は、誰にでも分け隔てなく接するほど世話焼きで親しみやすく、しかも可愛い。これだけの才色兼備なら、アンツィオの男子たちのハートを鷲掴みにするのも必然と言える。アルデンテのクラスの男子も度々、『アンチョビ姐さんと付き合えたらなー』などとぼやいていた。

 話が逸れたが、そんなアンチョビのことは面識はないがアルデンテも知っていた。だから、そのアンチョビから副隊長に直々に任命されたカルパッチョのすごさが、よく分かる。

 

「・・・すごいじゃないか。あのドゥーチェから認められたってことだろ?」

 

 副隊長に選ばれた経緯は、戦車隊に属さないアルデンテには分からないが、相応の理由があるからだろう。何であれ、カルパッチョがアンチョビから認められたことは確かなのだから、それはすごいと思う。

 

「・・・・・・でも」

「?」

 

 だが、カルパッチョの表情が少しだけ陰る。

 

「やっぱり・・・私みたいなアンツィオには合わないような、皆とは違う性格の私が副隊長で良いのかなって、思うことは何度もある。これでいいのかなって、不安になることもある」

 

 副隊長に選ばれるということは、自分のことが認められたということであるが、同時に期待を背負わされるということでもある。

 カルパッチョは、その期待を背負うことに加えて、自分の性格が一般的なアンツィオの生徒とは違うことに悩んでいるから、迷うことがあるのだろう。

 前にアルデンテと食事を交えて話をした時に、『友達がいるのならこのアンツィオに溶け込むことはできている』とは言ったが、それはそれ。隊員たちの性格と自分の性格が違って、周りと違うのは自分の方だと分かっているから、疑問に思うことが何度もあるのだろう。

 その疑問と不安を払拭することは、悲しいことにアルデンテにはできなかった。アルデンテは戦車隊員ではないし、ましてや女でもないから、カルパッチョの悩みが理解できても具体的な解決策を提示することはできない。

 だから代わりにできることは、限られている。

 そしてその限られたことを、アルデンテはやると決めていた。

 

「・・・・・・ひな」

「?」

「俺は・・・ひなの力になりたい」

 

 アルデンテの言葉に、カルパッチョは目を見開く。

 

「俺は男で戦車道もできないから、何ができるかって言われると、それはすごい限られる」

 

 そこで、でも、と区切ってアルデンテはカルパッチョのことを見る。

 

「もしひなが・・・そういった悩みとか不安とかを抱えてるなら、遠慮とか我慢なんてしないで相談してほしい。話を聞くぐらいなら俺にだってできるし、何かアドバイスができるかもしれない。戦車道の履修生としてじゃなくて、1人の人間として」

 

 アルデンテの申し出は、カルパッチョからすれば嬉しいことだった。自分と同じような境遇の人に今まで会えなかったから、自分の中の不安や疑問を誰かに吐き出すことはできなかった。

 でも、今目の前にいるアルデンテは、その悩みや不安を受け止めると言ってくれた。

 それは確かに嬉しかったが、それでもカルパッチョは分からないことがあった。

 

「どうして・・・・・・そんなに私のことを・・・?」

 

 同じ境遇だからというのもあるだろうが、そこまで優しくできるのはどうしてなんだろう。それが、カルパッチョには分からない。

 アルデンテはそれを聞かれて、少しだけ頭を掻いてから恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

「ひなは前に・・・俺のことを『大切な人』って言ってくれた・・・よな」

「ええ」

 

 自分に『カルパッチョ』という名前を付ける直前で、アルデンテのことを『同じ境遇の大切な人』だと、カルパッチョは言った。それは当然、覚えている。

 

「それを聞いた時・・・・・・俺はすごく嬉しかった」

 

 そして、アルデンテはもう一度カルパッチョに視線を戻して、そして多少の恥も飲み込んで、告げた。

 

 

「俺も、ひなのことは大切な人だと思っているから。その大切な人の力に、俺はなりたい」

 

 

 カルパッチョが、ほんの少しだけ、ハッとしたような表情を浮かべると、2人の間に風が吹いた。

 季節にしては涼やかな風が、アルデンテとカルパッチョの間を吹き抜けていき、地面に落ちた木の葉を軽く巻き上げる。

 風が止んだところで、カルパッチョは穏やかな笑みを、見ようによっては泣きそうにも見える笑顔をアルデンテに向けた。

 

「・・・・・・ありがとう、アルデンテ」

 

 

 

 その後、アルデンテはカルパッチョとアドレスを交換し、『何かあったらいつでも連絡してくれていい』と告げて、校舎へと戻ることにした。戻る途中で、皿洗いを終えたらしきジェラートとすれ違うが、挨拶も手短にアルデンテはすれ違って先へ進む。

 少し早歩きで屋台街を進み、やがて木陰のベンチに座って顔を押さえる。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 ジェラートを渡された時に軽くカルパッチョと手が触れてしまって、アルデンテの胸はひどく高鳴った。握手をした時よりも遥かに緊張したのは、どうしてなのだろう。

 それは、前よりもアルデンテがカルパッチョのことをより意識するようになったからだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 カルパッチョが悩みや不安を打ち明けた時、アルデンテは『力になりたい』と迷うことなく告げた。その理由は自分で言ったように、カルパッチョが『大切な人』だからであって、その人の力になりたいと思ったからだ。

 力になりたい、という言葉にも、カルパッチョが大切な人だというアルデンテの認識にもにも嘘偽りはない。だが、なぜそこまでカルパッチョの力になろうとしたのだろう。

 それは、アルデンテがカルパッチョのことを『同じ境遇の親しい人』以上の存在であると思っているからだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ここ数日でアルデンテは、自分の中に芽生え始めていたある気持ちを考えていた。

 最初にその気持ちの片鱗が見えたのは、カルパッチョと初めて会った日の夜。別れた後でカルパッチョとの出来事を鮮明に思い出していて、もしかして一目惚れでもしてしまったのではないかと思ったが、それは自分の性格じゃない、アンツィオで初めて自分と同じ境遇の人と出会えて浮かれているだけだと、否定した。

 その次の日に、アルデンテは屋台を開いて以来初めての値引きサービスを、カルパッチョに対して行った。その理由は、カルパッチョに対して良い印象を持ってもらいたかったからで、否定したはずの気持ちもだんだん確信へと変わりつつあった。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが、その気持ちもたった今、確信することができた。

 カルパッチョという少女を意識し、その人を『大切な人』と思い、その人の力になりたいと強く願う。

 それだけでなく、アルデンテはカルパッチョとの過ぎてしまった出来事を今も鮮明に思い出せる。彼女との時間は、アルデンテにとってはかけがえのないものとなっていた。

 それだけ、アルデンテはカルパッチョに惹かれていた。

 つまり、アルデンテは、カルパッチョのことが好きになっていたのだ。

 

 

 アルデンテが去った後も、私はあの人が去っていった方向を見つめていた。

 

「ひなちゃーん」

 

 すると視線の先から、ジェラートが手を振りながらこちらへ向かってきた。ペパロニの屋台での皿洗いを終えたのだろう。

 

「どうだった?アルデンテとのお話は」

 

 ジェラートがニコニコと不自然すぎるほどの笑みを浮かべながら、早速とばかりに聞いてくる。その意味ありげで、物知り顔の真意は掴めなかったけれど、私は答える。

 

「とても・・・楽しかった」

「・・・そかそか。それはよかった」

 

 ジェラートはそれだけ言って納得したように頷くと、客引きを再開した。昼休みは後30分も無いけれど、それでもギリギリまで営業はするつもりらしい。

 早速、観光客らしき男女2人がやってきて、ペスカ(イタリア語で桃)とチョコラータ(イタリア語でチョコレート)のジェラートを注文してくる。客の応対をジェラートに任せて、私はカップを2つ取り出しジェラートを盛り付ける。

 けれど私は、その間も先ほどアルデンテが言っていた言葉を考えていた。

 

『俺も、ひなのことは大切な人だと思っているから。その大切な人の力に、俺はなりたい』

 

 あの言葉が、ずっと私の頭から離れない。

 それが嫌ということはちっともなくて、むしろその逆。とても心地良い。

 ジェラートをお客に差し出して見送ったところで、私は自分の手を見る。さっき、アルデンテにジェラートを渡そうとした時、ほんの少しだけアルデンテに触れてしまった手だ。

 あの時は内心、すごくドキドキしていた。でも、どうしてドキドキしているのかはまだよく分かっていなかった。

 けれど、先ほどのアルデンテの言葉を聞いてから、私の心の中にぽっと浮かび上がった気持ちがある。

 その気持ちが何なのかを考えてみれば、ドキドキするのも仕方がないことだと思う。

 出会った時から、同じ境遇の人だと聞いて、私はアルデンテのことをその時から意識し始めていた。

 けれど、その『意識』の意味は途中からほんの少しだけ変わっていたのだ。

 『どんな人なのかが気になる』ではなくて、『異性として気になる』に変わっていたのだ。

 そして、最初に出会った日―――同じ境遇の人同士で話をして、アルデンテに『カルパッチョ』という名前を付けてもらった日の夜から、私はアルデンテのことを『異性として』意識しだしていた。

 この前、私にだけアルデンテがラザニアの値引きをしてくれたと知って、もしアルデンテが私に対してそう思っていたら、と淡い期待をしていたのも、やはりアルデンテのことを『異性として』意識していたからだろう。

 『異性として』アルデンテを意識しているからこそ、手が触れたことにドキドキしたのだと思う。

 つまり、そういうことなんだ。

 その、私の心の中にぽっと浮かび上がった気持ちの正体は。

 私から、アルデンテへの恋心だ。

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