名前を付けてくれた人   作:プロッター

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carpaccio(カルパッチョ)[------]【男性名詞】
意:カルパッチョ(料理の名前)

あれやこれやと色々あって、
ブランクが開いてしまった上に低クオリティです。
誠に申し訳ございません。


Carpaccio

 私がその子と初めて出会ったのは、小学生の時だ。いつもおどおどしていて、クラスの中では浮いている方だった私に声をかけてきてくれたのがきっかけだった。

 その子は私とは違って、いつも堂々としていて、自分の意見ははっきりと正直に言う、逞しい子だった。

 私にはないものを持っているからか、私はその子に対して友情はもちろん、憧れのような感情も抱くようになった。

 その子と知り合ってから、私も自分をどうにか変えたいと思って戦車道を始めて、さらに戦車道を学ぶことができる中学へと進学した。そこでその子とは学校が別々になってしまったけど、連絡はずっと取り合ってきていた。

 そして、今年の第63回戦車道全国高校生大会の2回戦で、私はその子と再会した。前もって聞いていたけど、その子も戦車道を始めたのは驚きだった。

 肝心の試合で、ある戦車のパーソナルマークが、その子がチャットで使っていたアイコンと同じだったことに気付いて、私はその戦車との一騎打ちを持ち掛けた。

 けれど、結果は相討ち。お互いの戦車は砲塔が回らず火力もほぼ互角だったから、装填のスピードで全てが決まる対決だった。

 試合の後の、アンツィオではお馴染みの食事会でその子とまた話をして、その子もまた装填手だったことが分かった。それで相討ちになってしまったのだから、私とその子の装填手としての腕もほぼ互角、ということだろう。

 私たちアンツィオは負けてしまって、少しだけ思うところはある。けれど、私としては全力で戦ったから悔いはないし、親しいその子とも再会して戦えたから中々楽しかった。

そして私は、その子とまた戦えることを願って握手をして。

 

「たかちゃんじゃないよ」

「え?」

「私は『カエサル』だ!」

 

 そう言ってその子―――カエサルは赤いマフラーを翻して、大洗の仲間たちの下へと行ってしまった。

 私は少しの間、カエサルの後姿を見つめる。

 彼女は歴史(特に古代ローマ)が好きで、それから大洗という新しい地で、同じ歴史好きの友達ができたという。そして、その友達と一緒に同じ戦車に乗っていたのだ。

 カエサルを含めて、その友達はお互いのことをそれぞれが尊敬する歴史上の偉人にまつわる名前―――ソウルネームで呼び合っている。そして、時に言い争いをする事があっても最後には仲直りをする。

 その関係は、アンツィオで少し浮いている私からすれば、少しだけ羨ましいものだ。

 

「・・・・・・そうね」

 

 彼女は、自らのことをソウルネームで名乗っている。堂々として、自分の意見ははっきりと言う彼女らしい。

 そして、そんな堂々とした逞しい姿に、私は憧れている。

 

「・・・・・・じゃあ」

 

 憧れているからこそ、その姿勢は見習いたい。

 だから。

 

「私は、『カルパッチョ』で」

 

 この『名前』を、名乗ろう。

 私が初めて恋をした、あの人がつけてくれたこの『名前』を名乗ろう。

 そして、少しずつでもいいから、変わっていきたい。

 

 

 

「そっか、負けちゃったか」

 

 全国大会から一夜明けた日の昼休み。今日も今日とてラザニアを作っては販売するアルデンテの屋台にアマレットが訪れていた。話題は昨日行われた全国大会での大洗女子学園との試合で、アマレットが告げた悲しい結果にペスカトーレがしょんぼりする。

 

「まあ善戦したと私は思うよ?相討ちだけどⅢ突は倒せたし。私の戦車はやられちゃったけど」

「大丈夫か?」

 

 アルデンテが、オーブンからラザニアを取り出して皿に盛りつけながら問いかける。戦車がやられたと聞いて、痛い目に合っていないかどうかがアルデンテも少し心配だった。

 

「大丈夫大丈夫、戦車の中は特殊カーボンでコーティングされてるから、中の人がケガしないようになってるし」

「そうなのか」

 

 ペスカトーレが初めての情報を聞いて頷く。やはり本物の戦争とは違って、戦車道は武芸であるから乗る人の安全もちゃんと考えられているのだろう。

 アルデンテもそれを聞いて安心したが、カルパッチョのことが気がかりでもあった。

 昨日の試合でアルデンテは、試合会場に直接行って応援することはできなかったけれど、それでも心の中で応援はしていた。

 しかしその結果は、アマレットの言った通り敗北。

 カルパッチョはアンツィオ戦車隊の副隊長だから、試合の結果を普通の隊員以上に深刻に受け止めなければならない立場にいる。

 だから、全国大会と言う大きな場での試合に負けたことで、カルパッチョが多かれ少なかれ責任を感じていることは確かだろう。

 アルデンテはカルパッチョに、何かあったら遠慮なく相談してほしいと言ったので、自分の中の不安や悔しさを1人で抱え込んでほしくないと思っている。しかし同時に、自分がそれを聞いたところでどんな助言ができるんだろうと、アルデンテ自身も不安になる。

 助言できるかどうかさえも分からないから、自分から『話してほしい』と言うこともできず、もやもやとした気持ちが頭の中で渦巻いていると。

 

「こんにちは」

 

 聞き覚えのある声がアルデンテの耳に滑り込んでくる。その声の主は、鮮やかな金色の髪と深い緑色の瞳が目を引く、カルパッチョだった。

 

「・・・やあ、ひな」

 

 アルデンテは、そのカルパッチョの姿を見ただけで、心の中に『嬉しい』とか『安心した』と言ったプラスの感情が湧き上がってくる。多幸感さえも抱く。

 それは、アルデンテがカルパッチョのことを好きだということに確信を持ったからだった。ただ自分の好きな人の姿を見ることができただけで、これほどまでに心が温まるとは。

 アルデンテはこれまで誰かを好きになったことが無かったから、初めての気持ちに少しばかり戸惑う。

 けれど、それは極力悟られないように平静を装って挨拶をする。

 

「試合、お疲れ様」

「ありがとう。負けちゃったけど・・・全力で戦ったから、後悔はしてないかな」

「そうか・・・・・・あ、ラザニア食べてくか?」

「・・・そうね、1つ貰おうかな」

 

 2人が話す様子を見て疑問を呈したのは、隣でペスカトーレと話をしていたアマレットだ。アルデンテたちが話をしているのはアマレットも前に見たことがあるが、その時はまだ他人行儀な感じがしていた。だが、今2人は結構砕けた様子で話をしている。

 

「あの2人、あんなに仲良かったっけ?」

「あー、それはな・・・」

 

 そこでペスカトーレが、アマレットに何かを耳打ちする。そしてアマレットは、何を吹き込まれたのか『ほっほーう?』と呟きながらにんまりとした笑みをアルデンテに向ける。

 当のアルデンテはそれに気づかず、カルパッチョから特別料金の200円を受け取って、ラザニアを渡す。普段は値下げなどしないアルデンテが正規料金よりも安い値段でカルパッチョにラザニアを提供したそれが、余計アマレットの興味を掻き立てる。

 そうしてカルパッチョが好物のラザニアを堪能してから少しすると。

 

「おお、カルパッチョ。ここにいたのか」

「アマレットもいるっすね」

 

 後ろから、女子の声が2人分聞こえてくる。

 アルデンテがそっちを見ると、そこにはアンツィオ高校の制服を着た2人の女生徒がいた。1人は灰緑色の髪を黒いリボンでツインテール状にし、さらにドリルのようにロールさせた特徴的な髪型の少女。もう1人は、黒髪で片方だけを三つ編みにしたおさげの少女。

 ドリルツインテールの少女が誰なのかは、アルデンテも知っている。彼女こそがアンツィオ戦車隊を率いる隊長であり、統帥(ドゥーチェ)の名でアンツィオの生徒たちから呼び親しまれている安斎千代美ことアンチョビだ。

 

「ドゥーチェ、ペパロニ」

 

 カルパッチョも2人に気付いて、挨拶をする。その挨拶でアルデンテも、おさげの少女の方がペパロニという少女だと分かった。そこから連鎖的に、彼女がカルパッチョが行っていた友達で、アンツィオ戦車隊のもう1人の副隊長でもあり、そして鉄板ナポリタン屋台の店主だということに気付く。

 

(・・・・・・ん?)

 

 するとここで、アルデンテの中に1つの違和感が生じる。

 だが、そんなアルデンテの中の違和感をよそに、ペスカトーレは真っ先に快活な挨拶を送る。

 

「アンチョビさん!こんなところで会えるなんて光栄っす!あ、自分は2年生のペスカトーレって言います!」

「ペスカトーレか。よろしく、アンチョビだ」

 

 ペスカトーレの日頃の客引きで身に着けた爽やかな笑顔と溌剌とした声に、アンチョビも笑顔で頷いて握手を交わす。続けて、ペパロニとも握手をしていた。

 

「私は副隊長のペパロニ!同じ2年生同士、よろしく!」

「おう、よろしく!」

 

 お互いに、威勢のいい挨拶を交わしているのを見て、この2人はすぐに仲良くなれそうだと、ペスカトーレとペパロニ以外のそこにいる全員が思った。

 そして、ペスカトーレとの挨拶が済めば、必然的にアンチョビとペパロニの視線が、カルパッチョと話をしていたアルデンテへと向けられる。俺も挨拶をするべきだな、とアルデンテはラグーをかき混ぜる手を止める。

 

「ドゥーチェ、ペパロニ。彼はアルデンテ、新しい私の友達よ」

 

 すると、先にカルパッチョから紹介されてしまった。自分から名乗ろうとしていたのだが、少し拍子抜けする。

 

「アルデンテ?何か変な名前っすね」

 

 率直な意見を述べるペパロニ。彼女はカルパッチョ曰く『まさにアンツィオ』な性格をしていると聞いていたから、彼女も結構ノリと勢いに任せて物を言うタイプなのだろう。そんなことを考えつつも、アルデンテは自分の名前の理由を答える。

 

「まあ、皆から性格が変わってるって言われて、この名前になった」

「へー。よろしくな、アルデンテ!」

「こちらこそ」

 

 ペパロニが納得したように相槌を打って右手を差し出す。アルデンテもそれに応じ、右手を差し出して握手を交わした。アルデンテもペパロニとは初対面だが、先のペスカトーレとの挨拶で大分砕けた様子だったし同じ2年生でもあるので、敢えてアルデンテも遠慮はしないで話すことにした。

 

「そうか、アルデンテっていうのか」

 

 ペパロニの隣でアンチョビがほうほうと頷いていたので、アルデンテはペパロニとの握手を解くとアンチョビの方へと向き直る。とはいえ、相手は年上でアンツィオの指導者のような存在だ。だから、相応の態度で挨拶をすることにした。

 

「初めまして、ドゥーチェ。お噂はかねがね」

「そんな堅苦しい挨拶なんてしなくていい。同じアンツィオの仲間だろ?」

 

 ところがアンチョビは、肩をすくめて苦笑しながらそう言った。そして朗らかに笑いながら、アルデンテに右手を差し出す。こういった飾らないところも人気の要因なんだろうなと思いながら、アルデンテも改めて右手を差し出し挨拶をする。

 

「初めまして、アンチョビさん。アルデンテです、よろしくお願いします」

「うん、よろしく!」

 

 固い握手を交わす2人。それを見て、ペスカトーレとアマレット、カルパッチョとペパロニが笑う。

 アルデンテとアンチョビが握手を解いたところで、カルパッチョがペパロニとアンチョビに話しかける。

 

「アルデンテは、私に『カルパッチョ』の名前を付けてくれたんです」

 

 カルパッチョのカミングアウトに、アンチョビとペパロニが『なんだって?』と言いたげにアルデンテのことを見る。アルデンテだって、自分から堂々と宣言する印象がないカルパッチョが自分からそれを明かすとは思わなかった。

 そして、さっき自分が抱いた違和感の正体に気付く。それは、カルパッチョが普通に周りから『副隊長』でも『ひな』でもなく、『カルパッチョ』と呼ばれたことだったのだ。

 だからたまらず、アルデンテはカルパッチョに聞いた。

 

「・・・大丈夫なのか?その名前を名乗って」

「うん、大丈夫」

 

 その問いに、カルパッチョは迷わず頷いた。そして、いつか見た穏やかな笑みをアルデンテに返す。

 

「昨日の試合の後で、私の幼馴染と会ったの」

「前に言ってた、親友の?」

「うん。その子は、私の憧れの人でもあってね。大洗で、歴史好きの友達同士でソウルネームで呼び合っていたの」

「ソウルネーム・・・」

 

 いきなりカッコよくもあるし同時に痛々しい感じもする言葉が出てきて、アルデンテも少し思考が躓く。

 

「私の『カルパッチョ』とか、あなたの『アルデンテ』と同じような名前。それを自分で堂々と名乗ってたの、その子は」

「へぇ・・・・・・」

 

 よく分からないが、その幼馴染の子もすごいとアルデンテは月並みな感想を抱く。

 

「逞しくて、堂々としているその子に私は憧れているから、私も名乗ろうって思ったの。あなたの付けてくれた『名前』を」

 

 アルデンテはその場にいなかったので、カルパッチョとその幼馴染がどんなやり取りをしたのかは知らない。けれど、その幼馴染との会話でカルパッチョが勇気づけられたのは事実だ。

 それならアルデンテは、あれやこれやと文句を付けたり追求したりもせず、その勇気を後押しするべきだ。

 

「・・・よかったな」

「うん」

 

 アルデンテの不器用な励ましの言葉にも、カルパッチョは笑って頷いてくれた。

 その2人の会話を、アンチョビは何やら神妙そうな面持ちで聞いていて、ペパロニは『そういやなんか話してたような・・・』とその時のことを思い出そうとしている。ペスカトーレとアマレットは、アルデンテとカルパッチョが微妙にいい感じの雰囲気になっているのを見てにやけるのを隠せなかったが、幸い当人たちは気付いていない。

 

「そっかそか。じゃあアルデンテはカルパッチョの名付け親ってことか」

「まあ・・・そういうことだな」

 

 名付け親、という表現は間違ってはいないが、それでも妙な気恥しさを覚える。

 

「でも、どうして『カルパッチョ』って名前を?」

 

 アンチョビから聞かれて、アルデンテはその理由を言うか言うまいか悩む。カルパッチョをチラッと見て『理由は言っても?』と聞くと、カルパッチョは頷き『大丈夫』と言外に言ってくれた。

 

「・・・カルパッチョは、アンツィオにしては結構珍しく冷静で、大人しい性格をしていまして。それで他の皆のような、イタリア料理で一般的な火を通す料理とは違う名前にしようと思ったんです。それで、火を通さないイタリア料理の中で、響きが個人的に可愛らしいと思った『カルパッチョ』にしたんです」

 

 アルデンテのその説明を聞いて、アンチョビもペパロニも、カルパッチョの性格に対して思うところがあったのか、『なるほど』と大きく頷いた。

 

「カルパッチョさんって、アルデンテと似てるんすよ。アルデンテもアンツィオの割に妙に落ち着いてるというか、周りに流されないっていうか、冷静で大人しい感じで」

 

 ペスカトーレが余計なことを吹き込んできたので、アルデンテはギロッとペスカトーレのことを睨む。が、ペスカトーレは即座に口笛を吹いて視線を逸らしどこ吹く風な態度をとった。隣に立つアマレットだってニヤニヤ笑っていて、アルデンテの味方をする意思は見せない。

 どころか、アマレットはさらなる追い打ちを仕掛けてきた。

 

「そう考えると、副隊長とアルデンテって、結構お似合いだよね~」

 

 それを聞いて、アルデンテは自分の顔が熱くなるのを感じた。それは決して、夏に近づく6月の気温のせいだとか、コンロの近くに立っているからだとか、そんな理由ではないのが分かる。

 単純に照れくさくて、恥ずかしいからだ。

 

「いいね!似た者同士でお似合いだ!」

「ぺ、ペパロニ?」

 

 ぱちんと指を鳴らし、何かを閃いたと体現するペパロニにカルパッチョが話しかけるが、そのペパロニはアルデンテを見ながらカルパッチョを指差す。

 

「アルデンテ、知ってるか?カルパッチョは美人だし、頭も良くって気遣いもできる、そんで料理も上手い良い子だよ~!」

「やめろペパロニ」

 

 やはりペパロニは、アンツィオ特有のノリと勢いに任せて物を言う傾向が強いらしい。

友達から見たカルパッチョの印象は確かに耳寄りではあるが、カルパッチョからすればこれは少々気まずいだろう。それを察したアンチョビが先んじてペパロニのおでこを鞭でぺちっと軽く叩く。ペパロニはそこで、『痛いっすね~』と大して痛くもなさそうに笑った。

 そして、それにつられてペスカトーレが調子に乗り出す。

 

「へぇ~。じゃあカルパッチョさん、ウチのアルデンテはどう?普段はぶっきらぼうだけどそこそこ顔は良いし、性格はまあ悪い奴じゃない。料理と勉強はピカイチで、おまけに将来―――」

 

 余計なことまで言おうとしたので、アルデンテは割と本気の拳骨をペスカトーレの頭に振り下ろして黙らせる。『うおぉ・・・』と呻きダウンしているペスカトーレの傍らで、アルデンテはカルパッチョたちに謝罪する。

 

「すみません、ウチの阿呆が騒ぎまして」

「いや・・・バカロニも迷惑をかけた」

 

 そのペパロニは、つまらなそうに頭の後ろで腕を組んでいる。

 ペパロニからすれば、恐らくは善意でカルパッチョの良いところをアルデンテに教えたのだろうが、それは本人のいるまで言うべきことではないと思う。

 カルパッチョがアンツィオらしい性格をしていれば笑って流すだろうが、彼女は普通のアンツィオ生とは違うのだ。だから、物事の感じ方も他と違う。

 カルパッチョは気を悪くしていないだろうかと、またしょげた顔をしているのではないかと不安になりながら、アルデンテは先ほどから黙りこくっているカルパッチョを見る。

 ところが。

 

 カルパッチョは、顔を赤く染めていて、ちらちらとアルデンテの様子を窺いながらも目線を合わせようとはせず、どこかもじもじとしていた。

 

 その姿を見て、アルデンテは何も言葉をかけることができなくなってしまった。何でそんな反応をするんだと、疑問に思ってしまう。

 それはアルデンテと同様に、カルパッチョもまたアルデンテに恋をしていることに気付いたばかりだからである。

 本当ならアルデンテと顔を合わせるのも恥ずかしくはあったが、それでもアルデンテと話をすると心が落ち着くから、ここへ来て話をせずにはいられなかった。

 ただ普通に話をしている分には恋心を強く意識することも無く済んだのだが、ペパロニやアマレットに囃し立てられて、それで否が応でもその『好き』という気持ちを意識せざるを得なくなってしまったのだ。

 一足先にラザニアを食べ終えたアマレットは、カルパッチョの様子が変わったことに気付いて『お?おお?』と嬉しそうな顔でアルデンテとカルパッチョのことを見比べている。

 アンチョビとペパロニも、空気が変わったことに気付いて2人のことを期待するような目で見ている。

 

「えっと・・・・・・」

 

 アルデンテもこのままの空気ではいたたまれないので、何か言葉をかけた方が良いと思った。だが、すっかり赤くなってしまっていたカルパッチョを見ると、その言葉さえも浮かばない。それに、うっかり下手なことを言ってしまえばアマレットかペパロニ辺りからまたからかわれそうだ。

 

「・・・私は、その・・・・・・」

 

 すると、今度はカルパッチョの方がぽつぽつと話し出した。視線はアルデンテとは合わせようとはせず、しかしチラチラとアルデンテの方を窺いながら、そして顔は赤いままだったが。

 そして、カルパッチョは視線だけをアルデンテに固定して。

 

 

「アルデンテのことは・・・嫌いじゃない、けど・・・・・・」

 

 

 アルデンテの呼吸が止まる。

 アンチョビの口がぽかんと開く。

 ペパロニの目が点になる。

 アマレットが『ほう・・・・・・』と興味深げに息を洩らす。

 ペスカトーレの呻き声が収まる。

 そしてカルパッチョは。

 

「あ・・・ご、ごめんね。変なこと言って、アルデンテ。それじゃ私、今日は失礼するわ」

 

 カルパッチョが挨拶も手短に、食べかけのラザニアを持ったままその場をそそくさと去って行ってしまった。アルデンテは、そのカルパッチョの後姿をただ見ていることしかできなかった。

 アンチョビは、先ほどのカルパッチョには劣るがそれでも顔を赤くして、さらには『うあぁ・・・』と声を洩らす。彼女以外のここにいる者は知らないが、アンチョビの趣味は恋愛小説を読むことだったりする。だからアンチョビも、他のアンツィオの生徒と同様に人の恋を応援するし、同時に他人の恋にも興味津々である。もっと言えば、自分も恋がしてみたいと思っていた。

 だからアンチョビは、アルデンテとカルパッチョの醸し出す甘い雰囲気を目の当たりにして、羨ましさや興味深さを抱いていた。

 だが同時に、この場にいる中での常識人もアルデンテを除けばアンチョビだった。だから、この何とも言えない空気を払拭しようと声を上げる。

 

「あ、あー!そ、そうだアルデンテ!私にもラザニアを1つ貰えないだろうか!」

「あ、はい。分かりました」

「私にも欲しい!」

「了解」

 

 アンチョビの計らいにアルデンテは内心でお礼を言って、アンチョビとペパロニから代金を貰ってラザニアを準備する。

 この時、普段のアルデンテであれば、アンチョビの様な人物から代金をいただくなど恐れ多くてできなかったはずだ。しかし、今のアルデンテも先のカルパッチョの発言に動揺してしまっていて、そこまで気が回らなかった。

 

「どうぞ」

「ありがとう、いただきます」

「いただきます!」

 

 アルデンテが2皿のラザニアを差し出すと、アンチョビとペパロニが挨拶をしてから躊躇いなくラザニアを食べる。瞬間、口を揃えて『美味い!』と言ってくれたので、アルデンテは『ありがとうございます』と返す。特にペパロニは、気に入ったのか食べるペースがアンチョビよりも早くて、食べ終えると『私も負けてらんねえや!』と空になった皿をアルデンテに渡して自分の持ち場の鉄板ナポリタン屋台へ戻っていった。

 アンチョビはゆっくりラザニアを味わって、食べ終えるとアルデンテに話しかける。

 

「ご馳走様、美味しかったぞ」

「それはどうも」

 

 アンチョビの様な人物から褒められて、アルデンテも恐縮とばかりに頭を下げる。

 

「・・・なあ、アルデンテ」

「はい?」

「さっきの話、の続きなんだが・・・・・・」

 

 そこでアンチョビが、少しだけアルデンテと距離を詰める。どうやら、他人に聞かれてはマズいことを話すつもりでいるらしい。

 

「『カルパッチョ』の名前を付けたと言ったな?」

「あ、はい・・・」

 

 改めてそう言われて、アルデンテは少したじろぐ。まさかその名前は、アンチョビのお気に召さなかったのだろうか。けれど、アンチョビの憂いを帯びた表情からして、どうもそうではないらしい。

 

「ちょっと、カルパッチョについて話しておきたいことがあってな」

「?」

 

 空になった皿をアルデンテに渡し、アルデンテはそれを足下のゴミ箱に放り込む。そして、アンチョビのことを見て話を聞く姿勢を取る。アマレットは、やっとダメージから回復したらしいペスカトーレとおしゃべりをしていた。

 

「カルパッチョは、お前も言ったようにアンツィオでも珍しく冷静で、大人しい子だ。だからこそ、ノリと勢いで突っ走りがちな我々アンツィオ戦車隊を冷静にまとめる副隊長になってもらったんだ」

「そうだったんですか・・・」

 

 カルパッチョからは副隊長になることができた経緯を詳しく聞いていなかったから、実力が認められたからだろうと思っていた。しかし、アンチョビからその経緯を詳しく聞いてアルデンテも驚く。実力もあったのだろうが、カルパッチョはその性格も買われていたのだ。

 

「でもな・・・やっぱりカルパッチョはああいう性格だからか、人一倍責任を感じやすいみたいなんだ。たまに憂鬱そうな顔をしてるのを、私はよく見る」

「・・・・・・・・・」

 

 アンチョビの悲痛を感じさせる表情を見て、アルデンテも自分の表情が暗くなっていくのが分かる。

 そしてアンチョビの言うことも分かる。カルパッチョは自分が周りとは違うことに苦悩していたのはアルデンテも当然知っているし、そこからカルパッチョも繊細な性格をしているんだろうとは思っていた。

 だから、アンチョビの話にも頷ける。

 

「けどここ最近は、カルパッチョがそんな表情をしているのもあまり見なくなった」

「?」

「その理由の一つは多分、アルデンテがあるんだと思う」

「え・・・・・・」

 

 アンチョビから名指しされて、アルデンテも少しばかり驚く。

 

「失礼かもしれないが、カルパッチョは多分同じような性格のお前に会えて、そして『名前』を付けてもらって、本当に安心しているんだし、嬉しいんだと思う」

「・・・・・・・・・」

「だから、戦車道でも憂鬱そうだったり不安そうな顔はしないで、明るく前向きになれたんだと、私は考えている」

 

 だから、とアンチョビはアルデンテとの距離を離して、そして小さく頭を下げた。

 

「勝手なお願いなのは分かっているが、これからもカルパッチョのことを支えていてほしい。私からのお願いだ」

 

 そのアンチョビからの願いに対するアルデンテの答えは、決まっていた。

 

「もちろんですよ」

 

 それは、アンツィオを代表するドゥーチェからのお願いだから、というわけではない。

 アルデンテは僅かに笑い、自分の決意を告げる。

 

 

「カルパッチョは俺にとっても、この学校で出会えた俺と同じ境遇の大切な人です。だから、カルパッチョの支えになれるのなら、俺は何だってやりますよ」

 

 

 その言葉に、アンチョビは僅かに動きを止める。

 だが、すぐに笑みを浮かべて。

 

「よく言った!」

 

 アルデンテの肩をバシッと叩く。

 そして最後には、また少し距離を詰めて周りに聞こえないように計らい。

 

「・・・応援してるからな」

「・・・ありがとうございます」

 

 何に対する応援なのかは、敢えて聞かないでおく。アルデンテが答えると、アンチョビは手を振りながらペパロニが去った方へと行ってしまった。

 

「「大切な人、ねぇ」」

 

 見事に揃った声にアルデンテが振り返ってみれば、そこにはニヤニヤと笑っているペスカトーレとアマレットのお気楽コンビ。

 

「なんだよ」

 

 若干不満げにアルデンテが問うと、アマレットが頭の後ろで腕を組みながら、アルデンテの物まねを披露してきた。

 

「『カルパッチョの支えになれるのなら、俺は何だってやりますよ』だってさぁ?くぅー!」

「いやぁ、すげぇなぁ。あのアルデンテがあそこまで言うなんて、変わったなぁ!」

 

 2人して盛り上がっているのがそこはかとなく面倒くさくて腹が立ったので、目元をひくつかせながらアルデンテは告げた。

 

「アマレット、割増料金貰うぞ」

「なんでさ!」

 

 アマレットの抗議を無視して、今度はペスカトーレに話しかける。

 

「ペスカトーレ」

「んー?」

「お前の好きな子、今ここでバラすぞ」

「そ、それだけは止めろ!頼む!」

 

 瞬間、ペスカトーレは血相を変えて割と本気の抵抗をしてきた。アマレットは何のことだか分からないようで、『?』な顔をしている。

 2人の反応を見て満足したアルデンテは、最後にペスカトーレに指を向ける。

 

「嫌なら仕事に戻れ、返事は?」

「Si!」

 

 敬礼をして客引きをするペスカトーレ。アマレットはアマレットで、『割増なんて御免だからね~』と、手をひらひらさせながら帰って行った。

 アルデンテは、2人のことを見て小さく息を吐く。

 

(それにしても・・・・・・)

 

 だが、アルデンテの頭には、先ほどのカルパッチョの言葉が今なお強く響いている。

 

『アルデンテのことは・・・嫌いじゃない、けど・・・・・・』

 

 あの言葉は、普通に考えればカルパッチョはアルデンテのことを悪くは思っていないという意味だ。アンチョビも言っていたように、自分と同じ境遇で、似たような性格のアルデンテに会えて安心しているのだから、その通りなのかもしれない。

 だが、あの言葉はちょっと考え方を変えれば、こうも取れる。

 アルデンテが好きだ、と。

 そこまで考えてアルデンテは、頭と心が一瞬で冷静になる。

 

(・・・自惚れ過ぎだ、バカ)

 

 額を小突き思考のスイッチを切り替えるアルデンテ。

 流石にそんなことを考えるのはまこと烏滸がましい。それに全て推測でしかないのだから、単なる妄想でしかない。

 下らないことは考えてないで、屋台に集中しようと思い、アルデンテは鍋の中のラグーをかき混ぜる作業に入った。

 

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

 アルデンテの屋台から距離を取った私は、コロッセオの壁に背を預けて、大きく息を吐いた。コロッセオは石造りだから、壁も当然石を積み重ねてできている。その冷たい壁に背を預けて、夏前半の気温で暑くなっていた体がほんのわずかに冷えてくる。

 だけど、私の顔は熱いままだ。

 

(私・・・何てことを言ったのかしら・・・・・・)

 

 アルデンテのことは嫌いじゃない。

 それは紛れもない本心であったが、あんなことを、告白とも取れることをいきなり言われては、アルデンテだって困るだろうに。

 私らしくもなく、考え無しにあんなことを言ってしまった。

 

「はぁ・・・・・・」

 

 またしても溜め息を吐いてしまう。

 そこで、私の手にはまだラザニアの載った皿があることに今更気付いた。もちろん捨てるという選択肢は無いので、迷いなく食べる。

 出来立てから時間が経ってしまっていたので、少し冷めてしまっていたがそれでもまだほんのりと温かくて美味しかった。

 だが、その味と温かさを感じると、自然とこのラザニアを作ったアルデンテの顔まで浮かんでしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 顔がまた熱くなってくる。ラザニアはそこまで熱くないのに。

 それだけ私の顔も、赤くなっているのだろう。

 私が、アルデンテのことが好きだと気付いたのは、何日か前のことだったのに、ここまで意識するようになってしまうなんて。

 

(これが・・・恋なんだ・・・・・・)

 

 まさか、自分をここまで変えてしまうとは。

 初めて抱いたこの気持ちに、私はほんの少しの恐ろしさを覚えた。




冒頭にも書きましたが、
ちょっと色々あって内容がおかしいかもしれません。

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