意:(人と会う)約束、待ち合わせ、デート
筆者はグルメではないので、
味の表現はド下手です。
予めご了承ください。
『今度の日曜日に学園艦が寄港する港町に、美味しいイタリアンのお店があるみたいです。
よろしければ、一緒に行きませんか?」
アルデンテの携帯にカルパッチョからのそんなメールが届いたのは、全国大会から2日が経った金曜日の夜。男子寮の自室で風呂から上がり、今日出された課題を片付けようとしたところだった。
そのメールを見たアルデンテはしばしの間沈黙し、このメールがどういう意味なのかを理解しようとした。そして、メールを見直すこと3回目で、このメールを送ってきた意図をようやく理解した。
(これは・・・・・・デートのお誘いか?)
この世に生を受けて17年。女性からそんな誘いを受けるということはアルデンテにとっても初めてのことである。ましてや、その相手は生れてはじめて好きになった異性であるカルパッチョ。心躍らないはずがなく、断る道理もなかった。
好きな人と休日一緒に出掛けるなんて、男なら誰もが一度は夢見るシチュエーションではなかろうか。
自分らしくもなく、自分の中でテンションが急上昇しているのを実感しながらも、アルデンテは早速『もちろんです』とメールを返そうとする。
だが、メールを送信する直前になって、アルデンテは冷静になった。
(・・・・・・大丈夫なのか?)
大丈夫、というのはカルパッチョの状態が、である。
カルパッチョが副隊長を務め、大洗女子学園と戦い、そして負けてしまった全国大会からまだ2日しか経っていない。
カルパッチョは幼馴染―――カエサルというソウルネームらしい―――と話をして自信がつき、正式に自らを『カルパッチョ』と名乗るようになった。
しかしそれでも、アンツィオが負けてしまったことに対するショックは、少なからずとも感じているだろう。それに、カルパッチョは副隊長というそれなりに上の立場である以上、責任も感じていることも十分あり得た。
そしてそのショックや責任感は、1日2日で解消されるほどのものではないことは、戦車道履修生でも副隊長でもないアルデンテだって分かる。
アルデンテが屋台を始めて間もない頃に、観光客らしきお客から『あまり美味しくない』と言われた時は、ショックのあまり3日ほど凹んだものだ。それほどの時間悩んだのは、アルデンテが真面目過ぎて評価を深刻に受け止めてすぎたからでもあるが。
ともかく、カルパッチョはアルデンテと似たような性格をしている。だから、今回の敗北に対するショックや責任感を短期間で忘れることはできないだろうと、アルデンテは思っていた。
そのタイミングでカルパッチョからこうして誘いが来たということは、恐らく自分に何か相談をしたいのだろうと、アルデンテは冷静に考え直した末に思い至った。
(・・・これは、デートじゃない)
先ほどまで浮かれていた気持ちを押さえて、メールを打ち直す。誘われて嬉しいことは確かだが、それだけではなくカルパッチョが話をしやすいように、こちらも話を聞くつもりでいることを伝える。
『俺でよければ、ご一緒させてください。
休みの日なので、ゆっくり過ごしましょう。
お話も、よければ聞かせてください』
送った直後で、少し直球過ぎたかなと自省したが、アルデンテはとりあえずペスカトーレに、次の日曜の屋台は休みだということをメールで伝えた。
迎えた日曜日。待ち合わせの10分前に、アンツィオ高校の校門前にアルデンテは立っていた。アルデンテの服装は、深い青のポロシャツにグレーのカーゴパンツと、ごく一般的な男子高校生の佇まいだ。アンツィオ高校はファッションにもこだわりを持ってはいるが、アルデンテのようにそこまでファッションを追求しない生徒もいるにはいる。
アルデンテは、カルパッチョとの待ち合わせの時間までの間、ショルダーバッグに入れていた『調理師免許』の本を読んでいる。
するとアルデンテの耳に、何だか妙に響く靴音が聞こえてきたので、本を閉じてその音のする方を向く。その目に映ったのは、白のブラウスと青いフレアスカートを纏った、ドリルツインテールの少女がこちらに向かってきているところだった。
「アンチョビさん?」
「おお、アルデンテか。休日なのに珍しいな」
その人物が誰なのかは独特の髪形で分かったので、アルデンテが先に声をかける。アルデンテの読み通りアンチョビが、片手を挙げて気さくに挨拶を返してくれた。
「友達と待ち合わせをしているので」
誰と、とは言わない。カルパッチョが自分を誘ったことについては、口外しない方が良いとアルデンテは思っていた。
というのも、恐らくは戦車道のことについてカルパッチョが相談を自分に持ちかけたことをアンチョビが知れば、アンチョビだって心配するであろうことは容易に想像できたからだ。この前、アンチョビはカルパッチョのことを心配していたことも分かっていたから、なおさらだ。
「そうか、奇遇だな。私も待ち合わせなんだ」
アンチョビはアルデンテの回答に納得したようで、深入りはせずに頷いてくれた。
そして、アルデンテの隣に立って、その待ち合わせをしている誰かのことを待つ。もしかしたらアンチョビの待ち合わせの相手は、友達や、あるいは彼氏なのかもしれない。
アルデンテはそんな身にならないことを考えていたが、その予想は大きく外れた。
「アルデンテ、ドゥーチェ」
耳に滑り込んでくる、忘れるはずのない澄んだ声。アルデンテがそちらを見れば、こちらに歩み寄ってくるカルパッチョの姿が目に入った。彼女は、水色のワンピースに白のアウターを羽織っている。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
「いや、大丈夫だ。今来たところだから」
ところが、カルパッチョの謝罪に答えたのはアンチョビ。そして、カルパッチョが最初にアルデンテとアンチョビ両者の名前を呼んでいたので、何かがちぐはぐだ。
「あれ、アンチョビさん?待ち合わせって・・・・・・」
「あ、言ってなかったな。カルパッチョと待ち合わせしていたんだ」
思わずアンチョビに聞いてみると、アンチョビが『言い忘れてすまない』と言った感じの顔をするが、問題はそこではなかった。
「カルパッチョ、今日は一体・・・」
次にアルデンテは、誘った張本人であるカルパッチョに聞いてみることにした。カルパッチョは、少し申し訳なさそうな表情を浮かべてアルデンテに顔を近づけて耳打ちする。
「ごめんね、言い忘れてたけど、今日はドゥーチェとペパロニも誘ってたの」
「ああ、そう言うこと・・・」
カルパッチョはどうやら、あの食事のお誘いのメールをアルデンテだけに送ったわけではなかったようだ。
アルデンテは少し、ほんの少しだけがっかりした。今日はデートではなく、恐らくは戦車道についての相談を受けるだけなのだとは思っていたが、それでも好きでいるカルパッチョと2人きりになれるのを心のどこかで望んでいたのだから。
「ん、アルデンテも一緒なのか?」
「ええ、まあ」
「なんだ、それならそうと言ってくれたらよかったのに」
「はぁ・・・すんません」
アンチョビに言われて、アルデンテは曖昧な答えしか返せない。
アルデンテが1人で勝手に内心落ち込んでいると、『おーい!』という呼び声と共にこちらへ駆けてくる少女の姿が見えた。イタリアの国旗が刺繍された青いTシャツに、七分丈のスキニーパンツに身を包んだその少女はペパロニだった。
「珍しいな、ペパロニが時間通りに来るなんて」
「そりゃひどいっすよ、姐さん。私だって、ちゃんと間に合うようにすることもあるっす」
「それを普段からするように心がけなさいよ・・・」
アンチョビの言葉からして、ペパロニは大らかなアンツィオ生の例に漏れず時間にルーズなところがあったようだ。ペパロニが抗議するが、カルパッチョが少し呆れたように苦笑しながら注意していた。
「ん、アルデンテ?」
ペパロニがアルデンテの姿を見て首を傾げる。アンチョビ同様、ペパロニもアルデンテが一緒なのは知らされていなかったらしい。
「私が誘ったのよ」
「ふーん。ま、飯は大勢で食った方が美味いし、いっか」
カルパッチョの言葉に、にぱっと笑うペパロニ。その陽気な感じを見ると、彼女もやはりアンツィオの生徒だなと思う。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
時計を見てアンチョビが告げると、アルデンテとカルパッチョ、ペパロニが頷く。
時刻は当初の待ち合わせ時刻の11時半。4人はアンツィオ高校の校門前から移動を始め、学園艦を降りる階段へと向かう。
目指すは、今現在アンツィオ高校学園艦が寄港している港町で一番と噂のイタリアンのお店だ。
カルパッチョが下調べをしていたそのイタリアンの店は、一軒家を改装した見た目小ぢんまりとしたお店だった。けれど、中に入ってみると調度品とテーブルの配置のおかげか結構広い感じがする。
「さて、何にしようかな」
4人掛けのテーブル席に通されて、アルデンテとカルパッチョ、アンチョビとペパロニがそれぞれ隣同士で座る。アンチョビは実に楽しそうにメニューを広げて、ペパロニがアンチョビにひっつくように身を寄せて一緒にメニューを見る。
一方アルデンテはもう1つのメニューを開くが、カルパッチョも読みやすいようにお互いん真ん中あたりにメニューを置く。カルパッチョは、そのアルデンテのさりげない気遣いが少しだけ胸に響いた。
メニューを読み終えて、アンチョビはマルゲリータ、ペパロニはボロネーゼ、カルパッチョはラザニア、そしてアルデンテはヴォンゴレを注文した。さらに追加で、アンチョビは皆で分けることができるシーザーサラダも注文した。
「アンチョビさんは、ピッツァが好きなんですか?」
注文し終えたアルデンテがアンチョビに聞くと、アンチョビは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら笑う。
「いや、皆で食べたかったから・・・」
どうやら、アンチョビは仲間想いなところがあるらしい。その言葉に真っ先に反応を示したのはペパロニだ。
「さっすが姐さんっす!私らのことも考えてくれるなんて感激っすよ!」
アンチョビに抱き付くペパロニ。アンチョビは『やめろよー』と言いながらも満更でもないような顔をしている。店の中なので少しは静かにしてほしくもあったが。
アルデンテは、アンチョビとペパロニの様子を尻目に改めて店内を見回す。
天井に設置されたシーリングファンが回っており、壁の隅に掛けられたスピーカーからは静かなジャズが流れている。
壁には、ここを訪れたであろう有名人のサインが書かれた色紙がいくつも飾られている。中には、アルデンテも知っている芸能人のサインも飾られていて、このお店がそれだけ有名で味も確かなのだと分かる。
そこでアルデンテは、壁際に置かれている調度品の上に写真立てが置かれているのに気付く。そこに収められている写真には、この店の主人であろう男性が写っているが、背景は日本ではない。しかし、アルデンテにはどこか見覚えのあるような背景で・・・
「それは、主人がイタリアに修行に行った時に撮った写真ですよ」
突然声をかけられて、アルデンテはびっくりする。だがその声の主は、先ほど注文を聴きに来ていた女性の店員。恐らく、写真を見ていたアルデンテが気になったのだろう。
「そ、そうでしたか・・・」
急に声を掛けられたので、アルデンテは面食らう。だが、イタリアと言われてアルデンテは合点がいく。何か既視感があると思ったが、自分たちの暮らすアンツィオ高校学園艦が、同じイタリア風の街並みだったからだ。
「ご主人は、イタリアで料理の勉強を?」
アルデンテの隣に座るカルパッチョが、興味深げに女性―――店の主人の妻に聞く。
「ええ、そうなんです。私が主人と結婚したのは、主人がイタリアから戻って半年ほど後なんですけどね」
女性が、厨房で調理をしている主人のことを見ながら感慨深そうに主人との馴れ初めを簡単に話す。
女性はこの店が開いた当初からその味に一目惚れし、弟子入りを志願したという。そして主人も自分の味を気に入ってくれたことを嬉しく思って弟子入りを認めて、一緒に店を切り盛り。次第にお互い惹かれ合って、遂には結婚したとのことだ。
アンチョビはその話を聞きながら、『へぇ~』とか『いいなぁ』と相槌を打っていた。どうやら彼女も恋愛願望があるらしい。
話し終えると、まず最初にシーザーサラダが届いた。レタスとクルトンと、ベーコン、その上に白いドレッシングとチーズがかけられていてとても美味しそうだ。
アルデンテが先んじて取り分けようとするが、それよりも早くアンチョビがトングを手に取り4人分の取り皿に手際よく取り分ける。それに対して当然ながら、アルデンテたち3人はお礼を告げる。
そして、揃って『いただきます』をしてから一口。
「美味いっす」
「うん、確かに」
ペパロニとアンチョビが頷く。アルデンテとカルパッチョも小さく頷いてから、さらに一口食べる。チーズの甘さとレタスのシャキシャキとしか食感が癖になる。
主人の妻はサラダを運び終えると厨房に入り、パスタのソースを準備し始める。一方で主人は、パスタを茹でながらも窯でピザを焼く。今更ながら本格的なピザ窯が設置されていることに気付き、アルデンテはすごいなと思う。
メインの料理が来るまでの間、アルデンテたちはサラダを傍らに談笑に興じる。しかし、大体はアンチョビがアルデンテたちにこんな質問を投げかけてくる。
「授業の方はどうだ?」
「友達とは仲良くやってるか?」
「ちゃんとご飯を食べて温かい布団で寝てるか?」
どこかお母さんらしさを感じさせる質問だ。アルデンテとカルパッチョは言葉に出さず『お母さんみたいだなぁ』と同じ印象を抱き、ペパロニは『おかーさんみたいっす!』と率直に告げてアンチョビを赤面させた。
けれどアルデンテは、戦車道に関する話題は出さないようにした。
今この場にいるのは、アンツィオ戦車隊を率いる
だから、この和やかな食事のムードを戦車道の話題で壊すわけにはいかなかった。それに、自分は男で戦車道には疎いから、戦車道の話題を出すのも畑違いだ。
なのでアルデンテはひたすら聞きに徹し、そしてアンチョビの説教じみた話が終わったところで、遂に4人の頼んだ料理がやってきた。中でも一番目を引いたのは、アンチョビの頼んだものだった。
「美味しそう・・・」
アンチョビが、目の前に置かれたマルゲリータピザを見て声を洩らす。結構サイズが大きくて、女性が1人で食べるにはいささか量が多いと思う。
他の3人が頼んだメニューも実に美味しそうで、特にアルデンテのヴォンゴレは、あさりとトマトの色合い、バランスがとても良い。それを見たペパロニも『私もそれにすればよかったなー』とぼやいていた。
『いただきます』
4人は改めてもう一度手を合わせ、それぞれの料理に手を付ける。
アルデンテはパスタをフォークで絡めとり、口に運ぶ。
「・・・美味い」
鷹の爪のピリリとした辛さと、塩コショウのあっさりした味が相まって、全体的にさっぱりとした味がする。
すぐにアルデンテは二口目に移り、それを食べ終えたところで、アンチョビがピザを一切れアルデンテの取り皿に分けてくれた。
「ほら、アルデンテ」
「どうも、アンチョビさん」
「礼には及ばん」
アルデンテがお礼を告げると、アンチョビはニコッと笑う。アンチョビ自身も、自分の分のマルゲリータを食べて、『美味しい!』と顔を輝かせた。
そこで。
「アルデンテ~」
「どうした?」
ペパロニが話しかけてきたので、アルデンテはそちらに顔を向ける。
「一口でいいからちょーだい」
ペパロニの頼みに、アルデンテは『そんなことか』と考えながら苦笑し、ペパロニの取り皿にヴォンゴレを分ける。もちろん、トマトとあさりも分けた。
「ほら」
「Grazie!」
ペパロニはそれをすぐに食べて、『うーん、美味い!』と実に幸せそうに笑って頷く。
「よし、私の分もあげる」
「おお、悪いな」
そう言いながら、アルデンテは自分の取り皿をペパロニに差し出す。
だが、ペパロニは自分のフォークでボロネーゼを巻き取り、それをアルデンテの顔の前に差し出してきた。
「ほい、あーん」
(なんだと・・・・・・?)
同性間でもキツイが、男女でこの行為に及ぶのは相当ハードルが高い。
だが、ペパロニは特に恥じらいもせずアルデンテにフォークを差し出している。やはりペパロニは、『まさにアンツィオな性格』の通り、こういったことに関しては特に何の恥じらいも遠慮も感じない気さくな人物のようだ。
つまり、今恥ずかしいと思っているのはアルデンテだけで、そう思うと馬鹿らしくなってくる。
アルデンテは仕方なく、差し出されていたボロネーゼを口を開けて食べる。
「ん、こっちも美味いな」
「だろー?」
ペパロニが得意げな笑みを浮かべる。やはり、ペパロニは恥ずかしさを感じていないようで、アルデンテはもうさっきのことは忘れようと思った。
ところが、アルデンテの正面に座るアンチョビはなぜか顔が赤いし、隣に座るカルパッチョに至ってはジト目でアルデンテのことを見ている。特にカルパッチョの視線は妙に痛かったので、アルデンテはヴォンゴレを食すことでその視線から逃げることにする。
だが、その視線がやはり気になってしまって、ヴォンゴレの味に集中することは叶わなかった。
4人全員が料理を食べ終わり、口直しの御冷を飲んで一休みしてから、そろそろ店を出ようということになった。
そこでアルデンテは財布の中を確認して、全額を払おうとした。
「女性に払わせるのも、男として格好がつかないので」
多少の冗談を織り交ぜてそう言いながら伝票を掴むが、今度はその手首をアンチョビが掴んできた。
「いいや、後輩に払わせるなんてドゥーチェとして見過ごせない。ここは私が払おう」
少しの間、アルデンテとアンチョビの間で睨み合いが発生する。しかし、アンチョビの真摯な視線を受けてアルデンテが先に折れてしまった。
「・・・ご馳走になります」
「うむ!」
アルデンテの言葉に、アンチョビは嬉しそうに頷いてレジへと向かって行った。
「姐さん、奢るのが好きなんだよね~」
「そうね、私たちに財布を出させたことなんて一度も無いかな」
会計を終えるのを待つアルデンテの横で、ペパロニとカルパッチョが支払いをするアンチョビを見ながらそう言う。それを聞いてアルデンテは、アンチョビは結構義理堅い人なんだなと思った。
アンチョビが会計を終えて、店を出て時計を見れば今は13時過ぎ。このまま学園艦に戻るのも何だか面白くないので、せっかくの寄港と休日なのだしどこか見て回ろうとアンチョビが提案した。
だが、そこでカルパッチョが動きを見せる。
「あ、すみませんドゥーチェ」
「どうした?」
そしてカルパッチョは、即座にアルデンテの手を掴む。その突然のことに、アルデンテは驚く。
「アルデンテと約束をしていたので、少し外してもいいですか?」
「え?」
声を上げたのはアルデンテ本人だ。そんな約束を交わした覚えはない。この前のメールも、結局はアンチョビとペパロニにも送っていたのだから、個人的な約束はしていないはずだ。
だが、アンチョビは疑いもせず『大丈夫だぞ』と笑って許可した。アルデンテは未だどういうわけか分からなかったが、カルパッチョがアルデンテにだけ見えるようにウィンクをすると、そのアルデンテの手を引いてカルパッチョは港とは反対の方へと歩き出す。
そのまま残ったのは、アンチョビとペパロニのみ。
「それにしても」
遠ざかっていく2人の後姿を見ながら、アンチョビは顎に手をやり考える。
「カルパッチョとアルデンテ、2人だけで約束をするとは本当に仲が良いんだな」
「そっすねー。まあ似た者同士、ってのもあるんじゃないっすか?」
ペパロニが頭の後ろで腕を組みながら、何の気なしに呟く。が、直後にピンと閃いた表情になった。
「もしかして、もう付き合ってたりして」
アンチョビの肩が、ペパロニの言葉を聞いてビクッと震える。
「ま、まさか。そんな」
アンチョビが慌てたように顔をわずかに赤らめて否定するように手を振る。
ちょっと動揺したが、改めてアンチョビは2人の去って行った方を見つめる。
(あの時とは変わったな・・・・・・)
アンチョビは、カルパッチョを副隊長に任命した時のことをふと思い出した。
「お前に、副隊長をやってもらいたい」
アンチョビがそう言った時のカルパッチョは、自分の実力が認められたこと対する嬉しさと、自分に副隊長が務まるだろうかという不安の入り混じったような顔をしていた。
その顔を見て以来、アンチョビはカルパッチョのことをできる限り気にかけてきた。副隊長に任命したのは自分で、だからこそカルパッチョのことを見守る責任があると思ってのことだ。
副隊長になったカルパッチョは、ノリと勢いで皆の士気を上げてまとめる、アクセルのようなポジションの同じ副隊長のペパロニと違い、そのノリと勢いに流されがちな皆を冷静に、ブレーキのようなポジションでまとめていた。今ではその役目を確固たるものにして、アンチョビの片腕とも言える重要な存在になっている。
しかしカルパッチョは時折、寂しそうな、憂鬱そうな顔をすることがあった。
その理由は恐らく、静かで落ち着いた自分の性格が周りとは違うと分かっていて、その差に悩まされているからだろう。アンチョビ自身、カルパッチョの性格は知っての上で副隊長に任命したのだから、それは概ね予想ができた。
しかしアンチョビは、それが分かったうえで自分に何ができるだろう、と自問自答し答えに詰まってしまう。
何か美味しい料理を食べさせて気持ちを上向きにさせる、というのはその場しのぎにしかならず根本的な解決にはならないので、得策ではない。
カルパッチョの悩みを直接聞いて負担を減らすという手もあったが、アンチョビ自身どちらかと言えばアンツィオ寄りの性格をしているという自覚はある。だから、悩みを聞いても一緒になってそれを解決したり、その不安や悩みを真に理解することもできそうになかった。
どうしたものか、とアンチョビが悩んでいるところで、カルパッチョはアルデンテという少年と出会った。
どうやら、アルデンテもカルパッチョと同じくアンツィオの生徒の割には落ち着いた性格をしているらしい。
そして、カルパッチョが全国大会以降自らを『カルパッチョ』と名乗り始めたが、その名前はアルデンテに付けてもらったものだという。ということは、カルパッチョはアルデンテとも『話』をして、自分を取り巻く環境や自分の中の不安、悩みを聞いてもらって、さらには本当の意味で理解してもらえることができたのかもしれない。
そんなアルデンテと出会えたからか、全国大会の大洗女子学園との試合の時に、カルパッチョはいつか見せていた悩みを抱えているような、不安そうな表情はしていなかった。代わりに、凛とした表情で、不安や恐れを感じさせず、立派に副隊長としての責務を全うしていた。
試合の結果は負けてしまったが、カルパッチョは小学校以来の憧れでもある幼馴染と会って話をして、それで自分の中の不安や悩みは解消されたようだ。
けれど、同じような境遇のアルデンテと出会わなければ、カルパッチョも今のように明るく振る舞うことはできず、今もまだ自分の中にある不安や葛藤と戦って暗い表情をしたままだっただろう。その状態で幼馴染と再会して勇気づけられたとしても、今のようにはならなかったに違いない。
いわばアルデンテは、カルパッチョの生き方を、人生を変えた人物だ。統帥である自分にはできなかったことをやってのけた、アンチョビからすれば偉大な人物だ。
誇張が過ぎたかとアンチョビは思うが、そう評価するに相応しい人物だとも思う。
(お前のおかげだな、アルデンテ)
アンチョビは心の中でそう思う。
(・・・ありがとう、カルパッチョを助けてやってくれて)
心の中で、アンチョビはアルデンテにお礼を言った。
だが、そんなアンチョビのことなどつゆ知らず、ペパロニはお気楽に言った。
「姐さん、先越されたっすね」
「どういう意味だ?」
ペパロニの脈絡のない言葉に、アンチョビは聞き返す。
そしてペパロニは。
「だって、先に後輩の副隊長が彼氏持ちになっちゃって、自分は―――」
そのペパロニの言葉はアンチョビの叫び声によってかき消された。