意:友達、仲良し、支持者
「おはよー・・・」
朝、眠そうな挨拶をしながらペスカトーレが教室にやってきた。
アルデンテは、机に向かって課題を確認しながらも、ペスカトーレの方は見ずに『おう』と挨拶をする。ペスカトーレは、アルデンテの隣の自分の席に座り、あくびを1つ洩らす。
そんな眠気が引いていない様子のペスカトーレに、アルデンテは話しかける。
「今日の屋台は忙しくなるぞ」
「え、どうして?」
ペスカトーレが急に話しかけられて、首を傾げる。
「今日は戦車道の履修生が全員本土に行ってて、屋台の半分ぐらいは休みだからな」
アルデンテに言われて、ペスカトーレは教室を見回す。確かに、もうすぐホームルームが始まるというのに、若干空席が目立つ。いつもならこの時間には教室に来ているアマレットの姿も無い。
どうやら、アルデンテの言う通り、今日は本当に戦車道履修生は揃って欠席らしい。
「なんで本土に?」
「全国大会で、大洗女子学園の試合を応援しに行くんだと」
「大洗の?」
「アンチョビさんが『戦いを見届けたい』って言ったらしい」
カルパッチョから聞いた話によれば、アンツィオ戦車隊は戦車道の試合終了後に、試合に携わった選手とスタッフを労うために食事会を開く仕来りがあるらしい。例え、その試合でアンツィオが負けてしまっても。
当然、今回の全国大会で戦った大洗女子学園ともその食事会は行った。
しかし、大洗女子学園を率いていたのは西住流という由緒ある戦車乗りの流派の娘・西住みほ。アンツィオ戦車隊はこれまでそのような人物が率いるチームと試合をしたことが無かったので、今回の試合もアンツィオにとっては貴重な経験となった。
さらにその西住みほは、勝っても奢ることは決してなく、砲火を交えた相手に対しては純粋な尊敬と称賛を示す、とても心優しい人物だった。
さらに、大洗の戦力は(アンツィオが言えたことではないが)十分とは言い難いにもかかわらず、戦車道四強校の一角であるサンダースを破った。その戦い方は、数が多いものの同じく戦力が不十分と言えるアンツィオ戦車隊も見習うべきところがある。
だからアンツィオ戦車隊は、戦車道の様々な面において見習うべきところがある大洗女子学園を全力で応援させてもらうと宣言し、明日の決勝戦の応援に行くことを決めたのだ。
これらのことは、全てアンチョビから話を受けたカルパッチョから聞いた話であり、アルデンテからすれば又聞きである。けれど、ペスカトーレに何も説明しないというのは気が引けたので、簡単に説明をした。
説明を聞き終えたペスカトーレは、一応は理解したのだろうがそれでも解せない点があるようで、それを聞いてきた。
「どこでそんな話を?」
「カルパッチョから―――あ」
アルデンテは素直に答えてしまったが、その直後に後悔した。ペスカトーレが、実に面白いおもちゃを見つけた子供のように『おっ』と嬉しそうな顔をしているのだから。
「へえ~、お前ホントにカルパッチョさんと仲良いんだな~、へえ~」
ペスカトーレの茶化す気満々な言葉に、アルデンテは小さく舌打ちをして課題のノートに視線を落として無視をしようとする。
「ねぇどんな気持ち?愛しのカルパッチョさんに会えないのってどんな気持ち?」
課題のノートを読むアルデンテの横から、明らかに小ばかにしている声が聞こえてくる。つくづくこいつは人を茶化すことに長けているとアルデンテは痛感する。
「愛しのとか言うなバカ」
アルデンテはそこを否定する。
確かにアルデンテは、カルパッチョのことが好きでいる。それにもう狂いはない。
だが、それを吹聴することはしない。それに人に聞かれたくもない。恥ずかしいし、告白してフラれた時のショックが大きすぎる。さらに周りが同調して煽ってくるのも分かっていたからだ。
しかし。
「俺が気付いていないと思ったか?」
その言葉は、なぜかふざけた様子もない真剣なトーンだった。思わずアルデンテは、ペスカトーレを見る。
その表情は、飄々とした笑顔でありながらも、その目は真剣だ。正直言って、こんな表情は見たことが無い。
そして顔を近づけて、周りには聞こえないような声量で告げる。
「あの人のこと、好きなんだろ?」
その初めて見るペスカトーレの表情から真剣さが伝わってきて、アルデンテも観念する。
「・・・・・・気付いてたのか」
「お前がラザニアを50万リラもまけた時からな」
カルパッチョと初めて会った日の翌日、アルデンテが値引きサービスをしてペスカトーレとジェラートを大層驚かせたあれか。確かにあれは、後になって結構踏み込み過ぎたなと、アルデンテ自身も思っていた。
「それと、普段の休み時間は基本教室で勉強のお前が、ジェラートとカルパッチョさんの屋台に行ったのを見て『あ、これは気があるな』って思った」
そこまで言われて、アルデンテは顔を押さえる。
やはり、1年以上の付き合いがある親友にはバレてしまうほど露骨だったのか、とアルデンテは後悔と諦めに近い感情を抱いていた。
「誰にもばらすなよ?」
「俺がそんな軽薄に見えるか?」
「見える」
いつも通りな感じの冗談を言い合って、お互い静かに笑い合うアルデンテとペスカトーレ。落ち着くと、ペスカトーレは学習道具を鞄から机に移し、アルデンテは腕を組んで自分の行動を顧みる。
「・・・アプローチが露骨過ぎたか?」
「普段のお前を見ていれば、さっき言った行動は考えられないことばかりだったよ」
普段のアルデンテは、屋台でラザニアを1万リラもまけることはなく、定休日の昼休みは大体教室で勉強と決め込んでいる。
そんな奴が、いきなりラザニアを50万リラもまけるだの、休み時間にカルパッチョの良る屋台へ赴くだのすれば、異常と見られるのも致し方ない。あまり付き合いのない人からすれば『単なる気の迷いだろう』と思うだろうが、1年以上の交流があるペスカトーレからすればそれはイレギュラーだ。何かあると勘づくのも当然と言える流れである。
そして、その異常全てにカルパッチョが絡んでいると来れば、そこから答えを導き出すことは簡単だ。
「ぶっちゃけお前、分かりやすいんだよ」
結論を言われて、アルデンテも苦笑する。全く持ってその通りだと、頷く。
「・・・・・・俺も、頑張らないと」
学習道具を仕舞うペスカトーレがそんなことを呟いたのを、アルデンテは聞き逃さなかった。そして、先ほどのお返しとばかりにこう言ってやる。
「なぁどんな気持ちだ?愛しのアマレットに会えないのってどんな気持ちだ?」
ペスカトーレが筆箱を床に落とし、中身が散乱する。談笑していたクラスメイト数名がこちらを見るが、すぐに興味が失せたのかそれぞれの談笑に戻る。
「・・・お前、本当にイイ性格してるな」
「お前ほどじゃない」
肩を震わせ下唇を噛みながら怨嗟の言葉をかけるペスカトーレに対して、アルデンテは肩をすくめて笑う。
つまり、ペスカトーレはアマレットのことが好きなのだ。
その事実は、アルデンテが自分で気付いたとわけではなくて、意外にもペスカトーレが自分から明かした。曰く、『誰かに話さなきゃ息が詰まりそうだった』とのこと。
ペスカトーレが言うには、アマレットのあの竹を割ったような性格と見た目が好みで、たまにCV33を箱乗りして屋台街を走る姿がカッコよくて惚れたらしい。
アルデンテも、ペスカトーレの言い分には納得こそできる。だが、アルデンテの好みは落ち着いた雰囲気の子(まさにカルパッチョがドンピシャなのだが)だったので、アマレットを恋愛対象と見ることはできず純粋に友情しか感じていない。
無論、アルデンテはそのペスカトーレの中にある想いをアマレットには明かしていないし、他の誰にもその話はしていない。親友として、それだけは守っている。
だが、恋愛経験が疎いアルデンテはアドバイスをすることなどできず、ただ静かにアマレットとペスカトーレの恋の行く末を見守っている。過干渉はしないが、応援はするという感じだ。
2人がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら睨み合っているところで教師が入室して来て、2人は視線を切って前を向く。
昼休みになって、アルデンテとペスカトーレが屋台に立つと、危惧した通り客入りはいつも以上に多かった。
「オーダー、ラザニア2つ!」
「了解」
「すみません、ラザニア2つください」
「はーい、ちょっと待っててね~!」
ペスカトーレが客引きの声を上げる間もなく、新しい客が続々とやってくる。屋台を開けてラザニアの準備ができてから、注文が途切れない。
アルデンテは、ただひたすらにラザニアを切り分けて皿に盛り付けて客に渡し、ラザニアを切り分けて皿に盛り付けて客に渡して、もうどうにかなってしまいそうだ。
そこで、早くも最初のラザニアが切れてしまって、2つ目のラザニアをオーブンの中で前側に移す。だが、その2つ目のラザニアまで切れてしまって、新しいラザニアの準備をしなければならなくなった。
それができるまでの間は、『準備中』の札を出して、休憩となる。
「あー・・・まさかこんなに忙しくなるとは・・・」
ペスカトーレが溜め息に疲れを乗せながら、支給されたパイプ椅子に座り水を飲む。アルデンテも深呼吸をしながら、額に浮かんだ汗をタオルで拭く。
ここまで忙しくなるのも無理はない。戦車道履修生のほとんどは屋台を開いているらしい。だが、その履修生も今日はいないから、普段その屋台を使っていた客がこちらに流れてくるのも仕方がないのだ。
アルデンテが、じりじりとオーブンで焼けつつあるラザニアの様子を見ながら、肩の力を抜いて休憩する。
「朝の話の続きなんだけどさ」
「・・・・・・ああ」
唐突に朝の話題をペスカトーレが蒸し返そうとして、アルデンテも心の中で身構える。朝の話と言えば、アルデンテがカルパッチョが好きだということにペスカトーレが気付いたことだから、その続きで話すことなんてたかが知れている。
「告白とかする気はあるの?」
そう言うと思っていた。
だが、そればかりは、自分の中の想いを包み隠さず相手に全て伝えることは、恋をした以上避けては通れない道である。
「するよ」
アルデンテとてそれは分かっていた。だから、その意思があることだけは嘘偽りなく伝える。
ペスカトーレは、アルデンテがそう答えることはある程度わかっていた様で、対して驚いた様子も見せない。
「ま、そうだよな。俺もそのつもりだ」
ペスカトーレもまた、アルデンテと同じくいつかはアマレットに自分の恋心を伝えるつもりのようだ。
「問題は、いつするかだ」
「だよな・・・・・・」
アルデンテが口にした懸念事項に、ペスカトーレも神妙な面持ちで頷く。
告白するタイミングとは案外重要なものであり、それを間違えてしまうと自分の気持ちが伝わらないことだってあり得る。特に、アルデンテはこの問題がネックだ。
ペスカトーレがアマレットに対する恋心に気付いたのは、2年生に進級した時。
そして、アルデンテがカルパッチョに対する恋心に気付いてから、まだ1月も経っていない。アルデンテの方が、カルパッチョに出会ってから恋心に気付いて今に至るまでの日数が短いのだ。
その日数が短いからこそ、いきなりアルデンテが告白してもカルパッチョが素直に受け入れてくれるとは思えない。むしろ、疑われるかもしれなかった。
だからと言って、信じてもらえるような日数が過ぎるまで待っていると、もしかしたらカルパッチョが別の誰かから告白されて付き合いだすかもしれない。それだけは嫌だった。
ではどうすればいいのか。アルデンテは、それがまだ分からなかった。
「アルデンテ」
「ん?」
「ラザニア、焦げそうだぞ」
そんなことを考えていると、ペスカトーレに指摘されてアルデンテはオーブンの中を見る。確かに、いい感じに焼けているというか焦げ目がちょっとつきすぎな気もする。
「おお、悪い」
慌ててオーブンの蓋を開けてラザニアを取り出す。それを見計らってペスカトーレが、『準備中』の札を片付けて客引きを再開する。
アルデンテは、屋台の前を行き交うアンツィオの生徒や観光客の姿を見て、ふと思った。
(そうだ・・・・・・今日はいないんだよ)
自分でも言ったが、戦車道履修生は大洗女子学園の応援に行ったため、今このアンツィオ学園艦にはいない。
当然ながら、カルパッチョも今ここにはいない。その事実を改めて認識し、アルデンテは小さく息を吐く。
胸が詰まる思いだった。
近しい人物に会えなくなるのはとても心が苦しくなる。中学校へ入学して、親元を離れて一人寮生活を始めた当初も、確かに寂しかった。だが、次第に親がいないという状況に慣れてしまって、今ではそんな寂しさも感じない。
親しいペスカトーレが風邪で学校を1日やそこら休んだこともあったが、こんな気持ちにまでは至らなかった。
しかし、カルパッチョに1日会えないだけで、どうしてここまで心が焦がれるような思いになってしまうのだろうか。
それほどまでに、自分はカルパッチョのことを想っているということなのだろう。
(・・・・・・まったく)
ちょっと前の自分からすれば、アンツィオの校風に疲れて、周りとは違いどこか冷めていた自分からすれば考えられないことだった。
そこでまた新たにオーダーが入ったので、アルデンテは考えることを止めてラザニアを切り分けて皿に盛り付け、カウンターの前で待つお客に差し出した。
19時になって、屋台街の営業が終了する。
アルデンテとペスカトーレからすれば、今日は恐らく屋台を開いて以来屈指の忙しい日だったと思う。それほどまでに訪れる客が多くて、繁盛はしたが忙殺された。
自炊する気も起きないほど疲れたアルデンテとペスカトーレは、トレヴィーノの泉の近くにある和食レストランで夕飯にすることにした。この店は、アルデンテとカルパッチョが初めて会った日に話をした場所でもある。
「疲れた・・・・・・」
絶えず声を張り上げて客引きをしていたペスカトーレは、注文を終えるとすぐにテーブルに突っ伏す。声も少し枯れ気味で、最初に店員が用意した御冷をすぐに飲み干したぐらいだ。アルデンテは、いつも客引きをしてくれていることに対しての感謝を込めて、水を注いでやる。
だが、アルデンテ自身も疲れているので、肩を落として大きく息を吐く。うっかりするとすぐに意識を手放してしまいそうだ。
と、そこでポケットの中の携帯が震える。振動の回数からしてメールだった。のっそりとアルデンテはポケットから携帯を取り出し、画面を開く。
『新着メール:カルパッチョ』
疲れ果てていた意識が一瞬で覚醒し、姿勢を正してアルデンテはメールを開く。ペスカトーレはそのアルデンテの様子を見て、『ん?』と怪訝な顔を向けてくるが、アルデンテはそんなペスカトーレには目もくれない。
しかし、こんな夜にメールとはどうしたことだろう。そう思いながらメールを開く。
『こんばんは。
私たちアンツィオ戦車隊は、今東富士の演習場に着きました。
休憩を何度か挟みましたが、朝早くからの長距離移動でとても疲れました・・・。
それでも、明日の試合は全力で応援したいと思っています』
現在アンツィオ高校学園艦は、東北地方付近を航行している。
今朝早くに学園艦を発ったアンチョビ率いるアンツィオ戦車隊は、まずは連絡船で岩手県の港まで向かい、そこからバスに乗り換えてアンツィオ高校本籍地の栃木県まで移動。さらにそこから、本籍地で管理していたアンツィオ高校が所有する自動車に乗り換えて、戦車道全国大会の決勝戦を行う東富士の演習場まで移動したのだ。
岩手から静岡の富士までノンストップで移動すれば、およそ9時間半らしい。だが、メールの通り休憩を挟んで、途中で乗り換えていれば、これだけ遅くなるのだろう。
1日かけてそこまで大移動をするなんて、アルデンテからすれば考えられないことだ。
メールをスクロールしていく。
『今日は戦車隊の皆の屋台は閉まっていたので、
アルデンテの屋台は忙しくなったのかなと思います。
ごめんなさい』
謝る必要なんてないのに、とアルデンテは思う。やはりカルパッチョも、根は真面目なのだろうから、そう言わなければ罪悪感に押し潰されてしまいそうだったのだろう。
『帰ったら、またアルデンテの作ったラザニアが食べたいです。
それでは、おやすみなさい』
最後の文章まで読んでからアルデンテは、なるべく優しく、カルパッチョのことを気遣うようなメールを書いて送信する。
そして送ってから、メールの最後の『ラザニアが食べたい』と書かれていたのを思い出す。
あのように書いてくれたということは、それだけカルパッチョがアルデンテのラザニアを気に入ってくれているということだろう。
料理を作り提供する側としては、『美味しい』とか『また食べたい』と言ってもらえると、嬉しくなるものだ。それに、その相手が自分の好きな人であればなおさらだ。
よし、カルパッチョが帰ってきたら、ラザニアを1つサービスしてあげよう。
そう決意したところで、アルデンテとペスカトーレの頼んだとんかつ定食が届いたので、2人は手を合わせて『いただきます』をし、割り箸を割いて食事を始めた。
瞼に優しい光が当てられる。
私はその光を受けて、ゆっくりと瞼を開く。すると、山の向こうから昇り始めている太陽の光が、私の目に飛び込んできた。
「っ・・・・・・」
あまりの明るさに思わず目を閉じて、横にしていた体を起き上がらせる。そしてもう一度ゆっくりと、徐々に光になじませるように瞼を開く。そして周りの様子が目に入ってきた。
今私たちがいるのは広い草原、少し離れた場所は森、そして周りには死屍累々とばかりに寝転んでいる同じ戦車隊の仲間たち。
(そうだった・・・)
昨日は陽が昇る前に私たちはアンツィオ学園艦を出発して、丸一日かけて東北からこの東富士演習場まで辿り着いた。けれど、大移動で疲れているにもかかわらず、統帥の『お前ら宴会だ!』という掛け声とともに前夜祭を始めて、どんちゃん騒ぎを繰り広げた。そして日付が変わった辺りで疲れのあまり全員が眠りに就いた、と記憶している。
改めて周りを見てみる。前夜祭の中心辺りには焚き火の跡が残っており、その周りには誰かが持ってきた大洗女子学園の応援グッズが散乱している。
その近くで、ドゥーチェは自分のマントに包まり丸まってすやすや眠っている。ペパロニはその近くで、片手にぶどうジュースの瓶を持って涎を垂らして眠りこけていた。アマレットとジェラートはなぜか肩を組んで寝ているし、アマレットに至ってはシャツが捲れてお腹が見えてしまっている。
他の子たちも、無防備な格好で幸せそうに眠っていたけれど、みんな年頃の女の子としてどうなんだろう。
「はぁ・・・・・・」
かくいう私も、こんな外で無防備に眠ってしまっていたなんて。ちょっと前の自分が見たら卒倒してしまうだろう。たかちゃ・・・カエサルも、腰を抜かしてしまうかもしれない。
それに昨日の前夜祭でも、場の空気に流されて色々飲んだり食べたりしてしまったし、私も大分アンツィオの校風に毒されてきているなぁ、と思う。
(・・・・・・それにしても)
涼やかな風が吹き、草木の香りが私の鼻腔をくすぐる。風に揺られて、髪がなびく。
演習場である程度人の手が行き届いているとはいえ、自然の中にいるのはとても心地が良い。朝の太陽の光が照らす広大な自然は、とても絵になる。
「気持ちいい・・・」
思わず声に出る。
わずかな時間、自然の光と風、空気と匂い、風景を堪能していると、ふとアルデンテのことを思い出す。
「・・・・・・・・・・・・」
昨日から、アルデンテの顔を見てはいない。未明に学園艦を出発したのだから、当たり前だ。
けれど、自分の親しい人、それも恋している人に会うことができない、顔を見ることさえもできないのは、胸が締め付けられるかのようだ。
自分が、少し悲しげな表情をしているのが分かる。か細い息が口から漏れ出す。
そこで、少しだけフラッと身体が揺れ、睡魔が襲ってきた。やはり、昨日の丸一日かけての大移動の疲れが抜けていないのだろう。加えて、昨日の前夜祭と屋外で眠ったことで余計疲れが溜まってしまったのもある。身体が少し重い気がした。
私はまた地面に座り込んで、腕時計を見る。時刻は7時。決勝戦の大洗女子学園対黒森峰女学園の試合が始まるのは10時。まだ3時間ぐらいある。
(・・・・・・寝直すかな)
肝心の試合中に眠ってしまい重要な場面を見逃したなんてことになったら、応援に来た意味も無くなってしまう。
だから、後1~2時間ぐらいでも眠って、試合中はしっかり起きていられるようにしよう。
そう考えて私は、携帯のアラームを2時間後に設定して、もう一度草原に寝転がる。太陽の光に背を向けて。
けれど、私の脳裏には、アルデンテの顔が浮かんだままだ。
会えなくて辛い、悲しいという気持ちが心の奥底から込み上げてくる。だんだん大きくなってくる。
私はそんな暗く悲しい気持ちから逃げようとして、瞼を閉じる。
涼やかな風と、太陽の光をその背中に感じながら、私は意識を手放して眠りに就いた。
「で、寝過ごしたと」
「・・・・・・うん」
全国大会決勝戦から2日後の放課後。大洗女子学園の応援から戻ってきた戦車隊の面々は、いつも通り屋台を開いていた。
そして今、アルデンテとペスカトーレの屋台には、カルパッチョとアマレットが訪れている。それで、アルデンテが気になった件の決勝戦の感想を聞いてみたら、まさかの『寝過ごして試合を見逃した』という報告だ。
アンツィオ気質のペパロニやアマレットはともかくとして、戦車隊を率いる隊長としてきっちりしているはずのアンチョビや、知っての通りしっかり者のカルパッチョまでもがそうなってしまうとは思いもしなかった。
「アラームは・・・かけたんだろ?」
「うん・・・。でも、寝返りを打った時にポケットから落ちちゃったみたいで・・・」
「マナーモードだったのか・・・」
「切り替えるの忘れちゃってた・・・・・・はぁ」
心底後悔しているのが分かるカルパッチョ。憂鬱そうな顔を浮かべている彼女は、本当に試合が観れなくて残念だったのだろう。それは痛いほど伝わってくる。
アルデンテもまた、少々肩を落としながらもラザニアをオーブンから取り出して切り取り皿に盛り付け、そしてフォークと共にカルパッチョに差し出す。
「はい、カルパッチョ」
「え?」
「サービス」
カルパッチョが、キョトンとした様子で差し出されたラザニアを見る。
「『ラザニアが食べたい』ってメールに書いてただろ?」
「書いたけど・・・でもタダなんて・・・」
カルパッチョが食い下がり財布を取り出そうとするが、アルデンテは掌を見せて待ったをかける。少しだけカルパッチョは迷ったが、アルデンテが柔和な表情をしていたのを見て、根負けした。
そしてフォークでラザニアを小さく切り取り、一口サイズにしてから口に含む。
「・・・美味しい」
顔がほころぶカルパッチョ。ラザニアが好物と言っていたし、やっぱり好きなものが食べれて嬉しいのだろう。
「ありがとう」
アルデンテも笑って頷く。
だが、そこで2つの視線を感じた。
「「いやぁ、熱いですなぁ」」
案の定、その視線の出どころはペスカトーレとアマレットだった。
カルパッチョはすぐに頬を赤く染めて顔を背け、アルデンテは小さく舌打ちをしてオーブンの中のラザニアに視線を移す。
息ぴったりでセリフを合わせてくるあたり、この2人もお似合いだなと、アルデンテは心の中でだけ思った。
カルパッチョみたいな子が寝過ごすとは思えなくて・・・・・・
お気に召さないようでしたら申し訳ございません。
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