例によって4章前に、SAN値回復ポイントこと日常編
※今回若干メタっぽいのが目立ちますが、ギャグ短編ということでご了承ください;
番外編:八坂真尋、私用によりハイドアンドシークに挑戦する
俗に衝動買いというものは思い立った即その場で購入の意欲をこらえきれず金銭を使うものであり、それをさして八坂真尋は「浅はか」と断じる思考回路の持ち主である。それ相応、年の頃以上に所帯じみている真尋であるからして、そういった散財に関しては最低でも一日か二日は時間を置き、頭を冷静にしてから手に付けるべきだと考えており、常日頃からそれを実行していた。
しかして今日の真尋はどうかといえば、その言に違わず相変わらずの様子である。近所の買い出しはするべくもなく、かといって特に何をすることもなく家に居続けるのもどうにも収まりが悪い。であるならばと特に誰にも見つかっていないだろう前提ではあるが駅前の大型スーパーまで足を延ばした。
思えばそれが、本日の失敗であったかもしれない。
「――――、はっ」
気が付いたら、真尋は電気量販店の中で、とある物品を購入していた。それは俗に様々な異形、大概が巨体を伴う人知の及ばぬ生命であるところの巨大な怪獣に自らの生命をともしうる力を持つそれであり、また同時にそういった怪獣に対抗し得るべくおとめ座方面から飛来した未知なる光の粒子を物体に帰る技術を持ちうる超人の類であるそれに自らを転換しうる小道具の類。手のひらサイズであり、しかしてなんか初夏の稼働と発光をもとに音を鳴らし光を鳴らし、様々なシチュエーションを再現しうるそれは――――。
端的に言って、変身アイテムの玩具である。
ギ〇ガスパークとかエク〇デバイザーとか書いてあっても不思議じゃない。
そもそも駅前スーパーを目指したはずが、地上4階建ての件の建物の中に来てるのも不可思議であるし、そもそも購入するまでの記憶が真尋にはなかった。
「なんでだ、なんで俺はこれを……っ」
大宇宙の法則でも働いたのか、あるいは道中に何かしら「見てはいけない」類のものを目撃して正気が一瞬消し飛んだか。……決して筆者が超七の父を持つ超人零の目に取り付ける類のアレの十周年記念再販版とかを購入したことが原因ではないはずである。ないはずであるが、しかし機能面でいくらかの簡略化を受けてなおそれは、目に入った真尋に対して暴力的な求心力を発揮していた――――大概において真尋が購入を倦厭する理由としては、商品傾向としてコレクションアイテム指向であるからだ。「子供っぽい」より「一年も購入し続けるのはきりがない」というそれであるため、そういったコレクション要素が廃された物品であるならば、思わず食指が伸びてしまったのだろう。
ちなみに彼の脳裏に「こんな年になってまで」という発想がない時点で、既に重症である。龍子から言われるまでもなくアレな手遅れであった。
しかし実際問題、真尋の脳裏を占める問題はまた別である。この類のアイテムの箱、大概は直方体の形状としてもそこそこの大きさを誇り、学校指定のバッグの中に放り込むことは難しい。当然のようにお店の人になされるがまま紙袋詰めになったのだが、その紙袋も大した大きさとはいえず上部からのぞき込むと何であるかパッケージで判別できるのである。それに冷や汗をかく真尋であるが、つまり彼は「見られたくない」のだ。
少なからず、自分がこの玩具を購入したというのを見られることを回避したい。
特に、件の二谷龍子あたりには。
別にそれを知ったからと言って広めるようなイイ性格をした相手という訳ではないが(冗談交じりには色々いじられるだろうが)、それよりも向けられるだろう生温かな視線や、その後に「プレゼントです」とか言って同様の系統の玩具を持ってこられる映像が真尋の脳裏に描かれる。想像力を働かせるまでもなく自身の趣味特性を否定できなくなってしまうので、それはそれで真尋としても回避したい問題なのであった。
とりあえず三階のトイレ手前の休憩スペースへと入り、椅子の上に荷物を置く真尋。軽く眉間を抑えながらどう隠蔽したものかと思考を巡らせる。少なからず学校のバッグの中身と入れ替える、という作戦はとれない。目撃されればコトがコトだし、サイズの関係で紙袋には微妙に入りきらないのだ。決して真尋がテトリスの類、物品収納に関する技能が劣っているということではなく、そもそも無理な話である。
「とりあえず是正処置か……?」
とはいえ伊達に真尋も所帯じみていない。すぐさま学校のバッグに常備しているビニール袋を取り出し、紙袋の中の箱にかぶせる。これである程度は視認性が悪くなるだろうと考えた真尋だった。
もっともそも思惑が、彼の予定通りにいくかどうかは別であるが。
「…………、文字は見えないけど、写真は見えるな」
いわゆる玩具パッケージであるからして、側面であれ上面であれそれなりの大きさで写真が――キャラクター(赤と銀の巨人的なサムシング)の写真と玩具そのものの写真が見えるのを回避することは困難。袋自体が透けていなければまた別な話ではあるが、生憎と本日の手持ちの袋にそれはなかった。かといってわざわざ袋を購入するために別な物品を買う訳にもいかず(それこそ無駄遣いである)、仕方なしに袋をさらにもう一つかぶせることで決着した。なお、文字は流石に隠れたが、それでも写真はうっすらと見え、ぬぐいがたいカラフルな色も見えなくなるわけはないので、本当に雀の涙程度のそれである。
ともあれ、こうして真尋の帰宅ミッションがスタートしたわけだが。
「あれ、八坂君? 奇遇だね」
「――――っ」
店を出て早々に余市健彦と遭遇する。眼鏡をくいっと上げるしぐさはややわざとらしいものの、特に意識してのものではないだろう。以前にあった神話的陰謀策謀からは明らかに縁遠く、特に何事もないように人の好さそうな顔をしていた。もっともあれは「事実ごと無かったこと」になったので、現在の彼が無関係と言えば無関係であるが。
「何か買い物?」
「ちょ、ちょっとな」
いきなりどもる真尋である。相手には不審げな顔をされる。明らかに内心の動揺が現れていた。
「どうしたんだい? なんか大変そうな声だったけど……」
「まぁ、なんでもない。物色だ。そっちこそどうして?」
「僕はコレ……、消毒用アルコール」
「なんでまた……」
時世に触発された訳ではあるまい、と真尋の視点からすれば
健彦は健彦で苦笑い。
「いやほら、八坂君が何度も入院してるのを見ると、明日は我が身かなって思って。事故とかは早々ないとは思うけど、健康は大事だからね。……熱中症対策にスポーツドリンクでも買おうかな」
「まだ7月にもなってないし気が早くないか?
……それに何度もって言ったって、春ちょっとくらいだろ入院したの」
「ん? ……あれ? そうだね。おかしいなぁ」
若干発言が不安定な健彦であるが、さもありなんという顔の真尋である。
おそらくは直近で巻き込まれた「神話的事件」の後遺症か何かだろうか。何かしらの記憶操作処理を施されているはずだが、不完全なのかそれとももっと別な問題か。何かしらの危険な知識に接触しかねないと想像が働き、会話を切り上げて売り場を出た。
「さて……。余市は回避できたが、どうしたものか――――っ」
言った次の瞬間、早々に向かいの百貨店に見知った後ろ姿が見えた。揺れる縛った後ろ髪は暮井珠緒のそれである。隣には他校の制服を着た女子と楽し気に会話している。と、ふとその視線が真尋の側に向きそうになり、慌てて横断歩道を渡りバスターミナルの方へ。ガーデンホールの側から裏手に回って逃げればまだマシだろうという判断だが、なんとなくこれで回避できた気がしない真尋。なんとなく周囲を見回しながら歩く男子高校生は若干不審であるが、そんな彼に注目する第三者は幸いにしていなかった。
大通りを通ればリスクが高いだろうという判断のもと、二本東にずれて歩く真尋。道中大型書店だったり、それこそ春先に劉実を伴って行った専門店の建物の裏を抜ける。
――――と、ここで何かしら真尋は違和感を覚える。
このあたりの通りは何度か出歩いているはずだが、道中の風景に何か微妙な違和感があるのだ。例えばそう、テレビゲームなどで実在の場所をモデルにした地形の場所に、実在しない説が存在するような。例えばそう、ゲームオリジナルの施設が存在しているかのような――――。
「……この店、こんな場所にもあるのか?」
その違和感――真尋は正確に目星をつけた。
その店は屋号に「銀屋」とついており、何かしら古いギャラリーを兼ねたようなアンティークショップ、というよりもアングラ感の漂う店。一見して周囲の建物よりも外装が古く、まるでそこだけ時代を切り取ったような違和感。周囲に合わせて老朽化したようなそれではなく、まるで遺物のような違和感の店。
以前、真尋が快気祝いのような名状しがたいこの世ならざる奇怪なデー……のようなものをした帰りに寄った場所である。もっとも真尋たちが寄った店そのものは別な場所であり、支店か何かなのだろうかと推測する真尋。
もっとも興味自体はすぐに解消されたのか、視線を外して足を進めようとし――――。
「――――あれ、真尋さんが今いたような……」
「――――っ」
瞬間、どこからともなく聞こえた自称メインヒロインな声に、彼の想像力と直感が仕事をする。それはもう猛烈に働きだす。周囲の人の人数、音の反響具合、時刻、風向き、声の方向などなどエトセトラエトセトラ。いまだかつて神話生物の襲撃に遭った時でもこれほど過度過剰過敏に感知し直感し類推し計算したこともないだろうというほどである。あまりに焦りすぎだろうという反応であるが、それほどまでに龍子に購入した物品を知られたくないのだろうか――――。
否、そこには別な理由も少なからず絡んではいるだろうが、果たして。
真尋は咄嗟に、
故に扉を閉めてしゃがみ込み、息をひそめる真尋。ぜーはーと息継ぎをし目を見開いたまま。明らかに気疲れしすぎだし焦りすぎである。とはいえ多少の余裕はあるのか、店内をちらりと見まわす真尋。端的に言って人の気配がない。一等地とは言わないが駅周辺、商業施設がそれなりに並ぶ場所でこの閑散さは大丈夫なのだろうかと、意味もなく心配になる真尋であった。
1、2分程度だろうか。外から龍子の声が聞こえるような、聞こえないような。「おかしいですねぇ」とか「真尋さんが好きそうな玩具が再販されてたみたいだから、一緒に見物に行こうと誘おうと思っていたのに」とか、あからさまにピンポイントなことを言っている。本当は最初からまるっとみられていたのではと恐怖にかられるも、龍子の性格なら彼女の言ったとおりに同行する方を選ぶかと判断した。
声が聞こえなくなってから立ち上がり、周囲を見渡す。薄ら明かり、オレンジ色に照らされる店内は以前よった銀屋に比べて装飾品やらが多いような気がする。例の蜘蛛の巣のごとく張り巡らされたワイヤーとそれにつるされるハンガーはいつも通りだが、何かの民族衣装のようなものやら小さいトーテムポールのようなものやら、やはりどこか日常の風景とは違っていた。
「あら、貴方は……」
と、そんな真尋に声が駆けられる。占い師のような、あるいは魔女がかぶっていそうなフードのついたケープ姿は覚えがある。以前寄った店の店長らしき女性だ。雇われ店長なのか、こちらの店にも来ていたのだろうか。挨拶と同時に聞くと、彼女はやや含み笑い。
「まぁ、わたくしの店ですので。絶賛、領域を拡大中です。……どうぞ、よしなに」
「領域……?」
支店を増設してるということだろうか、妙な表現をするなと訝しむ真尋。もっとも彼女はくつくつ笑い「今日はお一人なんですね」とからかうような声をかけた。
「別にいつも一緒にいるわけじゃないぞ?」
「あらあら、付き合いたてのカップルのようで見てて御飯がおかわりできそうな様子でしたのに」
「いや……、結構フランクなんだな店長さん、結構フランク」
顔は隠れて見えないものの、お嬢様然とした雰囲気の彼女の意外な言い回しに困惑する真尋。それを見て更に楽しそうに、くつくつと笑う。
「でも、ああやって相性占いをするくらいだもの。それなりに邪推はされるかって思いますけど」
「大体において逃げられない状況ってのは存在するから」
「あらあら……。尻に敷かれそうですね」
誰とは言わないけど、とやはりからかう様な雰囲気の店長。眉間にしわを寄せる真尋は視線を逸らすと。ふと、部屋の奥に置かれている棺桶が目に留まった。……何故に棺桶があるのかと不審がり近寄る。
よく見るとそれは棺桶ではなく、棺桶に見立てた何か別な道具のようだ。蓋部分が半透明のケースで、顔面にあたる部分はよく見えない。また内部には妙に肌の白い人形のようなものが置かれており、出来だけでいえばかなり精巧なもののようにも見える。
「あら、興味あります? それ。新入荷なんですよ」
「新入荷って……」
「とはいえ非売品ではあるので、必要でしたら注文する必要があるんですけど。あ、蓋は外さないでください? 結構デリケートな代物なので」
「いやいや、これってそもそも何ですか、これって」
まさか本当の死体ではあるまいに、と思っている真尋に。店長は含み笑いのような声。
「ふふ……、レプリカ、です」
「レプリカ……?」
「ええ。撮影用とかに使うやつですよ。中に動物の臓器とかを仕込んで、それっぽく見せるもの。肌は色を塗ったりして質感を出したり、あとは血管を模したチューブの中に色々入れて――――」
「あー、いや、ディティール聞きたいわけじゃないんだが……。というか、そういうのって売ってるものなのか? こういう店で……」
まさかのホラー映画ないし特撮映画で使われそうな備品、大道具のようだった。何故そんなものがこんな店頭で販売されているのかという話ではあるが、訝しむ真尋に「仕入れ先がアバンギャルドな方針なので」と返される。明らかにそんな話ではないのだが、しかし真尋も追及する気は失せた。
「特注品になりますけど、注文も請け負ってたりもしますよ? お金はそれなりにかかりますが」
「そりゃかかるだろうけど……、っていうか、ここって何の店なんです? 全く売ってるものの系統に理解が及ばない……」
くつくつと微笑む店長は、何とも言えない胡散臭さがあった。
「一応、服をメインとしてはいますが、まぁ色々なんでも置いてあります。機会があったら、またお立ち寄りくださいな。彼女さんを連れて」
「だから違うってのっ。……というか、アレだ。立ち寄ろうにも、ここの店って色々大丈夫なのか? このくらいの時間帯で、この込み具合で」
「――――――――くく」
くつくつと笑う店長。若干、頬が引きつっているようにも見える。
「…………聞かない方がいいですか?」
「致命傷、とだけ」
「あっ」
察してしまった真尋。流石にいたたまれず頭を下げて今度こそ店を出た。
そんな彼を見送って、くつくつと微笑む店長。ぼそりと「危なかった」とつぶやいた。
「『素晴らしき星の英知の会』と繋がりがあるのも、今の時点では知られると問題だし……。わたくしも、色々進出場所は考える必要があるかしら」
そう言いながら、背後にあるショーケースを開け、腕時計―――――否、腕時計型の十面ダイスが二つとりつけられた妙な形状の装置をいじりながら。
ちらりと、先ほど真尋がうろついていた棺桶を一瞥し。
「それにしても、あの手に持っていた袋のおもちゃは、一体何だったのかしら……」
今度会ったら聞いてみようかしら、と。真尋の知らないところで、龍子を伴って店に訪問できない理由が増えていた。