某所。とある駅。
今日は祝日。この駅は有名な温泉街にアクセスできる事もあり、観光客で溢れている。
やってくる電車は殆どが満員。正しく「人の波」と呼べるものが出来ていた。
そんな中だった。駅の中に悲鳴が轟いた。若い女性の声だろう。
混乱する駅内。不安そうに周りを見渡す者、何故か携帯を取り出す者、様々だ。
慌てて駅員が駆けつける。その女性…及び観光客は、腰を抜かして壁にもたれかかっていた。
駅員が事情を尋ねる。その女性は震えたまま、黙ってあるものを指差した。
指差して居たのはコインロッカー…の中の、赤ちゃんだった。しかも双子だ。
そう、文字通りの『コインロッカーベイビー』である。
『本日未明、松山駅のコインロッカーで双子の乳児が見つかった事件で…』
そんな出来事から…十五年が経っていた。
私達は産まれた時から一緒だった。
気がついた時から共にいた。
逆を返せば、ずっと二人きりだ。
でも良い。彼女さえ居てくれれば。
でも…私も時々考える。
私は…私達は、生まれた時から「迷惑な存在」だったのかと。
私達が…一体何をしたと言うのだろうか。
こんな…醜い現実を見ろとでもいうのか。
・・・世の中は上手くいかない事ばかりだ。
私のことを好きになってくれる人なんて…。
私は「真烈霧(まれつ みすと)」と言う。この孤児院に引き取られてもう十五年になる、十五歳だ。
幼い時の記憶は残っていない。
孤児院の人に聞いた所によると、姉妹揃って捨てられていた所を、死ぬ寸前で奇跡的に助けられたとか。
姉妹…そうだ。紹介しよう。
「お姉ちゃん!遊んで遊んで!」
十五歳にもなって、未だに子供っぽさが抜けないこいつが、私の妹。
名前は「真烈烙精(まれつ ろくしょう)」だ。
私は親しみを込めて『ラク』と呼んでいる。
「ダメよ。お姉ちゃんは忙しいの」
そう、私は今忙しい。
念の為言っておくが…別に学校に行っているわけではない。
けど勉強をしている。
私は生まれつき勉強出来る才能があった…けど烙精には無かった。
なので現在、私は勉強、妹は職業訓練をして暮らしている。
将来に備える…という生活を送っている。
このシステム、実に理にかなっている。素晴らしいくらいの適材適所では無いか。
だから私は、現状にとても満足している。
・・・妹はそうじゃ無いらしいが。
「むー!ちょっとぐらい良いじゃん!」
この子は兎に角、姉である私と同じ事がしたいらしい。共に過ごしたいらしい。
・・・気持ちが分からないとは言わない。
「今はダメ。また後で付き合ってあげるから」
「や、約束だよ!」
・・・正直言って鬱陶しい。
本当は心を鬼にするべきなのだが…私には出来ないし、するつもりも更々ない。
この子は私が居ないとダメだ。
この事は自他共に(烙精以外は)理解している。
だからこそ私がしっかりしないと…と思っている。
・・・余談だが、実は私は今、心理学を勉強していて、今の夢は人を助ける仕事に就く事だ。
私自身助けられて生きているから。
助けられなければ生きて居ないから。
もちろん…この子も。
「霧ちゃん~?いる~?」
名前を呼ばれた。声の主は私に勉強を教えてくれる先生だ。
昼休みが終わるから呼び戻しに来たのだろう。
「あ、はい!今戻ります!」
私は返事をしながら声の方に向かった。
途中、私は後ろを振り向いた。
寂しそうな顔をしながらこっちを見る『ラク』と目が合った。
・・・少し胸がチクっとした。
そう言えば私は、『ラク』とずっと一緒に居ると言いながら、彼女の事をあまり知らない気がする。
先生に聞いた話だと、彼女の得意な事が見つかり、今はそれを…その技術を育てているらしいが。
それが何かまでは知らなかった。
~~~
「うん。九割取れてる!」
「ありがとうございます」
先日受けた校外試験…所謂、全国統一何とかテストって奴が返ってきた。
結果は全教科合計でギリギリ九割だ。
先生は満足そうだ。それもそうだろう。
実はこの先生は今の仕事に就いてから歴が浅く、私はそんな彼女の初めての生徒なのだ。
・・・とは言え塾講師の経験がある人で、教え方がとても上手い。
だから、彼女にはとても感謝している。
でなければこんな点数は取れない。
「ふふっ。本当に霧ちゃんは優秀だね~」
私の頭を撫ででくる時の先生は上機嫌だ。
「貴方の教え方が良かったんですよ」
私は褒めてくれた事に対してこう返した。
別にお世辞では無い。心からの言葉だ。
この時私は思った。
私って『ラク』をこんな風に褒めてあげた事ってあったっけ?
そう思うと、脳裏にあの顔が浮かんだ。
私が行ってしまう時の、あの寂しそうな顔を。
・・・疑問に思った事は直ぐに質問するようにしている。先生の教えだ。
「先生。質問なんですが『ラク』は普段何をしてるんですか?」
この孤児院では、此処で働く全職員の職員会議がちょくちょく行なわれている。
だから少なからず情報を持っている筈だ。そう思って質問をしたのだが…。
肝心の先生は少し困った顔をした。
・・・口止めされているのか?
「あぁゴメンなさいね?私も『職業訓練』としか聞かされてないわ…。ただ職業訓練を受けている子供達の中では群を抜いて優秀で、チームのリーダーをやってるらしいわよ?・・・何のチームかは知らないけど」
「は、はぁ…。そうですか…」
口止めはされていないようだ。
ともあれ、心配する必要は無いだろう。
・・・私は私。あの子はあの子だ。あの子の事情に首を突っ込む必要は無い。
でも支え合う事は出来る。
私は今、その為に勉強をしていると言っても過言では無い。
・・・私が思っている以上に、私はあの子の事が好きらしい。
そんな自分に呆れつつ、今日も私は筆をとる事にした。
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夕方五時になる。これは私の勉強タイムが終わるという意味だ。
ここから後は七時の夕食まで自由だ。
何時もなら復習の時間にするのだが、今日はテスト返しもあり、大して授業をしていない。
その上早めに終わったので、余った時間で復習は終わらせておいた。
・・・実はあの質問をした後、ずっと頭の片隅にあの子の事があった。
「あ~暇だな~。勉強も無いしな~。どうしよっかな~」
なんて言いながら自分達の部屋に戻る。
何時もなら妹が飛び出してくるのだが…今日に限って居なかった。
あっちも終わる時間は同じ筈なのに。
「・・・何というか」
本当によく分からない。
双子の姉妹なのにお互いの事が全然分からない。
気も合わない。
分かっているのは、「大声で独り言を言うとそこそこ恥ずかしい」ということ。
最近になって、妹の事を気にする様になった。
もっとあの子の事を知りたいと思った。
そんな…モヤモヤする心と頭で、私は1つの結論を導き出した。
『覗くのはあまり良くないとは思っているが、訓練場?に行ってちょっと見てこよう』
そう思って部屋の入り口を開いたその時だった。
向こうから「うわっ!?」という声が聞こえた。
丁度『ラク』が帰って来たところのようだった。
「あ、お姉ちゃん!ただいま!」
「お帰りなさい。待ってたわよ」
ホッとしたような…残念なような…。
何はともあれ、『ラク』を部屋に上げた。
そして彼女が手を洗うのを眺めながら、私はさっきの独り言をもう一度言った。
妹に聞こえるようにはっきりと。
それを聞いた『ラク』の反応は…まぁ予想通りだった。
この子の笑顔には本当に助けられてばっかりな気がする。
~~~
「ねぇ『ラク』。気になったんだけど、『ラク』は普段どんな事をしてるの?」
タイミングが分からなくて聞けなかった質問だ。
ようやく言えて心が少し晴れた気がした。
「う~ん…なんて言えば良いかな?・・・接客業?って言うのかな?」
正直に言う。ちょっと予想外の返事だった。
というのも、この妹は簡単な算数すら出来ないから。
でも文字の読み書きは凄く訓練されているのを私は知っている。
成る程、棚卸しか何かか…棚卸しは算数いるよなぁ…。
なんて考えながら話を聞いていた。
・・・さっき似たような事を言ったが、この子の笑顔が私は好きだ。
この建物は本当に「適材適所」重視なんだとしみじみ思う。
そして話を聞いている途中で気がついた。
人差し指に絆創膏が貼ってある。
「あれ?どうしたのその絆創膏?」
「うん?・・・あ、これ?訓練してたらちょっと服が破けちゃって、縫い直してたら針で…」
「あんた裁縫出来たんだ」
「えっへん!」
『ラク』は得意げな顔をして、両手を腰に当てて胸を張って威張った。
胸を張って…威張った。
胸を。
「・・・」ペタペタ
別に羨ましくなんてない。
姉が妹より何もかもが優っているなんてあり得ない。
分かってる分かってる。
分かって…。
「くそっ!やっぱり羨ましい!」
つい大きな声を出してしまった。
突然だったので『ラク』もビクッとした。
「お、お姉ちゃん?」
「別に羨ましくなんて無いし!肩凝りしないし足元見えるし良い事づくしだし!」
・・・流石の『ラク』も、これだけ言われれば何の話をしてるか分かったらしい。
「ははーん?さてはお姉ちゃん?」
『ラク』に何か言われた気がして、「何?」って返事したと同時に、彼女はいきなり私に抱きついて来た。
・・・胸を押し付けて。
ムギュッという効果音が聞こえた気がした。
「良いでしょ~良いでしょ~」
満面の笑みは可愛い。でもこの状況は解せぬ。
慌てて『ラク』を振り払い、私はお風呂を洗う事にした。
お風呂に一緒に入りたいという妹の要求を耳に入れるつもりは無かった。
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七時。食堂で夕食をとる。
・・・私の妹はよく食べる。
本人曰く「エネルギーを蓄えないとやっていけない」だそうだ。
ステーキをむしゃむしゃ食べる妹と向き合う形で、私は大好物の海鮮丼(並盛)を食べる。
この光景は大体、週一のペースで見る。
うん。正直言って幸せだ。
「・・・ねぇ『ラク』」
「うん?なぁにお姉ちゃん?」モグモグ
「・・・もしも二人で暮らせる事になったら何がしたい?ちょっと聴きたい」
この発言に特に深い意味は無い。
日常会話のつもりだ。
『ラク』は少し考えて、口にあったものを嚥下し、何時もの笑顔でこう言った。
「色んなところ見て回りたい!」
私は「そう…」としか返事しなかったが、内心ちょっと嬉しかった。
そう、普通に考えて「色んなところ見て回る」事に私は必要無いから。
けど彼女は私と一緒に暮らす事を嫌がる素振りは見せなかった。
・・・本当に私は『ラク』の事が好きみたいだ。
これなら明日からも頑張れそうとさえ思った。
「あ、あとペットが欲しい!猫!」
水を一杯飲み、『ラク』はそう続けた。
「あら以外。『ラク』がそんなものに興味を持つとはね。・・・勉強の邪魔にならなければ良いけど」
私も自然と笑顔になっていた。
「えぇ~。猫可愛く無い?」
「・・・猫自体が嫌とは言ってないわ」
気がつけば『ラク』は殆ど食べ終わっていた。
本当にこの子はよく食べるな…。
あ、私も早く食べきらないと…。
今日の食事はこんな感じで終わった。
~~~
「え?そうなの?」
「うん!だから今日はちゃんと寝ないと!」
部屋に帰って私は、妹からある意味で衝撃的な告白を受けた。
『ラク』は非常に優秀な成績を修め(収め)ているらしい…というのは知っていたが…。
実は明日が最終試験で、これに合格すればもう訓練は卒業らしい。
・・・成る程。これは…あれだな。
明日『ラク』が受けるのを前期試験とすると、「それで高校に受かればもうその後の云々は免除する。けど勉強は辞めるなよ?」っていう。
うん。全然変な話じゃない。
それよりも私は…。
「先生に聞いたけど、あんた本当に優秀だったのね。リーダーだって?」
「えへへ~。まぁ明日の試験は一人で受けるけどね!・・・試験内容が当日まで分からないってのが怖いけど」
・・・前期試験はそんなもんだろ。
始まる前に問題が漏れてたらそれこそ不祥事だし。
なんであれ、実は明日、私の授業はお休み。
この事は『ラク』には言っていない。
明後日の予習をしようと思っていたが、別に対して時間もかからない。
だから私は決めた。
『明日サプライズを兼ねて覗きに行こう』
・・・『ラク』程では無いが、私も少しワクワクしてきた。
今夜はゆっくり眠れるだろうか?
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昨晩の心配は微塵も要らなかった。
二人揃って夜の九時半にはグッスリだった。
現在は朝七時。
朝食を食べる為、食堂にいる。
「それで?試験は何時からなの?」
さりげなく聞いてみた。
もちろん応援に駆けつけるタイミングを計る為である。
「十時!けど準備の為に九時過ぎには向こうに行かないと…」モグモグ
『ラク』は食パン二枚を貪り食いながら答えた。
テーブルロール三つで事足りる私と比べると、本当に彼女はよく食べる。
・・・食べっぷりの評価に「豪快」という言葉を使う事が多々あるが、私としてはそれに「爽快」と「奇怪」を加えるべきだと思う。
私は無理して三つをほうばっている。
そんな私から言わせてもらえれば、食パン二枚は奇怪だ。
しかし彼女曰く「二枚じゃ足りない」らしい。
・・・爽快感を味わえる彼女の食べっぷりは好きだ。
でも「『ラク』の事はやっぱりよく分からない」とも思う。
「それじゃ私は先に行ってるから!そんなに慌てて来なくて良いからね!お姉ちゃん❤︎」
十五年生きてて衝撃の事実発覚。
どうやら、私は顔に出やすいタイプらしい。隠し事が出来ないタイプらしい。
・・・ちょっと恥ずかしい気持ちになった。
残った私は一人寂しく、テーブルロールの最後の一つを口に頬張り、席を立った。
~~~
その後、私は妹の見学の了承を取ろうと思い、先生を探しに行った。
のだが、すれ違いが何回かあった為に、無事に会えて尚且つ了承を取り終えた頃には、時計は九時半を指していた。
「あぁ…朝からこんな歩きまくるとは…。この建物広すぎでしょ…」
誰も聞いていない愚痴をこぼす。
そしてある部屋の前を通りかかった。
掃除のおばさま方の作業場である。
何やら中が騒がしいので、気になって覗いてみると、何かの作業をしている。
そこそこ緊迫しているムードだった。
するとその中の一人が自分に気がついて、話しかけてきた。
「あら、どうしたの?」
「い、いえ!何をしてるのかと気になりまして!御免なさい!」
「いえいえ。気にする事は無いわ」
急に話しかけられてビックリした。
思わず謝ってしまったが…おばさまは大して怒っていない。
少しホッとした。
その上…自分の手をひいて、中に入れてくれた。
正直緊張したが、取り敢えず今は自分の疑問を…。
と思ったが、近くに来ると流石に分かった。
ビーズに糸を通してアクセサリーを作っている。
そう言えばこの建物は、この時期になると幼い子供達のお遊戯会があるんだっけ。
その衣装か舞台の飾り付けか。
・・・懐かしい。私は魔法使いの役で、『ラク』は木の役だったっけ。
「ふふっ。これが何か分かった顔をしてるわね」
「え…あ、はい。私も一応経験してるので」
記憶力にはそこそこの自信がある。
お遊戯会で『ラク』が木の役なのに不意打ちで「ツリィィィィ!!」って叫んでビックリしたのも覚えてる。
今思えばあれは洒落だったのだろう。
誰よあの子に変な事吹き込んだの…!
・・・私だっけ?まぁいいか。
そんな事を考えながら作業風景を見る。
・・・私には真似の出来ない手際の良さだ。
自分の勉強もこれくらい手際良く出来たら。
なんて考えてつい見惚れてしまった。
~~~
見惚れていた所為で、部屋に帰ってきた時にはもう十時を余裕で過ぎていた。
「・・・もうあの子のテストは始まっているのでしょうね。ちょっと準備しましょうか」
正直言っていつも以上にエネルギーを消費した。
なので私は『ラク』に内緒でこっそり隠してあったチョコレートを一口食べる。
いやまぁバレたところで『ラク』は食べないと思うけど…。
『ラク』はこのチョコレートみたいに苦い食べ物は苦手だった筈だから。
・・・『ラク』の応援に向かう為、私は部屋を出た。
その時だった。
ある人にばったり会った。
「・・・烙精ちゃんのお姉さんですね?」
「え…あ、はい」
まただ。いきなり話しかけられるのが最近多い気がする。
・・・記憶の中からこの男性の情報を探り、「『ラク』に訓練をつけていた先生」という情報を引っ張り出した。
「突然ですいません。ちょっと宜しいですか?」
その人はとても物腰が柔らかかった。
ちょっと戸惑いつつ私は「はい。良いですよ」と答えた。
その人は黙って歩き始めた。
付いて来いという事だろう。
その人は歩きながら説明を入れてくれた。
「実は貴方の妹が今、最終試験中なのですが…」
「存じ上げております。それで『ラク』に何かあったんですか?」
「結論から申しましょう。貴方の名前を泣き叫んで喚くため、テストどころでは無いのです。私達としてもあのような者を見るのは良心が痛む。試験でない…所謂本番では一人で戦わなければなりませんが、今はたかがテスト。ましてやあの子はまだ十五歳。今回ばかりは特別処置が許可されました。日頃の行いのお陰でしょう」
私は頭が真っ白になった。
テストで泣き叫んで喚いた?まだ十五歳?何故そんな話が出た?
・・・色々と情報が入ってきて少し頭がパニックになった。
取り敢えず、『ラク』に聞いてた通り、この人が多弁という事実は理解した。
・・・今は黙ってこの人についていこう。
私は心に決めた。
そして…歩く事約十分。
職業訓練を受ける子供達のフロアに入った。
・・・何故か長い階段を下ろされた事に不安を感じている。
この人が今開けようとしている扉が、どう見ても防音扉という事が、尚更私を不安にさせる。
・・・落ち着かない。
そんな私のことなど微塵も気にせず、『ラク』の先生は割と大きめの防音扉を開けた。
私の目にまず飛び込んできたのはくさび式足場だった。
・・・くさび式足場と言っても、落ちないように金網で囲ってあるが。
そして三歩ほど部屋に入ると…見下ろす形で部屋が広がっていた。
二階から入る形になっているようだ。
でも私は、そんな事に興味はもてなかった。
部屋中に轟くチェーンソーの音と、それを聞いて怯える聞き慣れた声に全ての意識を持ってかれた。
「おっとお姉さん、一階に降りる事は出来ませんよ?ここから声をかけるくらいなら出来ると思いますが…」
慌てて声の方に向かって身体を乗り出す。
そこには『ラク』が居た。
そしてその『ラク』は…。
布一枚纏ってなかった。
「嘘…でしょ…?」
この時私は初めて気がついた。
笑顔を作って…接客して…腹一杯食べないといけないくらいエネルギーを使って。
こんな音が漏れない部屋に入れられて…定時時刻終了を何回も破って。
何をしていたのか。
何の技術を得ようとしていたのか。
・・・逆に何故気がつかなかったのか。
簡単な算数すら出来ない子供が仕事としてやっていける事なんて、数える程しか無いじゃないか。
「・・・その様子ですと本人から大して説明を受けて無かった様ですね。・・・心中お察しします。ですが安心してください。本当にあのチェーンソーをふるうつもりはありません。大事なのはああいうのがいきなりやって来て対応出来るかどうかなのですから」
それを聞いた私は思わず黙ってしまった。
でも言いたい事は分かる。
それでも黙って見てられなかった。
私の妹は大きな音が苦手なのだ。
だから私は、『ラク』に近づけるだけ近づき、大声で叫んだ。
大きな音同士で打ち消そうとは微塵も考えていなかった。
ただただ姉として、妹のことが心配だっただけだ。
「が、頑張りなさい!応援してるわ!」
ありきたりな言葉だ。
もっと他にかけるべき言葉があるんじゃないかと自分でも思った。
でも良かったようだ。
『ラク』は私の事に気がついて何時もの笑顔を見せた。
・・・正確に言えば、泣き止んだくらいだが、彼女なりの笑顔だろうと思った。
でも私は不安になった。
さっきの『ラク』の先生の話を聞く限り、立ち向かわずに逃げる事が正解なのだろう。
彼女はその事に気がついているのだろうか。
暫く硬直状態が続いた。
私はその間に部屋中を見渡した。
部屋の中には…本か何かでしか見たことの無いピンクの…何かや、毛布や『ラク』の服が散乱していた。
この部屋で何が行われていたか想像するのは容易だが、私はそんな事は考えないようにした。
・・・『ラク』は暫くして走り始めた。
あのチェーンソー野郎も追って来た。
どうやら『ラク』は服を着ようとしているらしい。
「まぁあの行為を始めた時点で合格で良いのですが…折角なので最後までやらせましょう」
私と一緒にこの部屋に入ったこの男はそう言った。
私は好奇心と軽い嫌悪を込めて質問をした。
「・・・因みにこの試験に合格した人は今までいるんですか?」
「はい?勿論居ますよ?寧ろ君のような秀才がレアですからねぇ…。いやまぁ君みたいな子供が多いと、我々としても嬉しいのですが…しょうがないですよね。まぁこの孤児院のモットーに基づいて教育はしますけどね」
この孤児院のモットー。
『この世に要らない人間は居ない』
私はこのモットーが好きだったのだが、たった今嫌いになった。
私は黙って「そうですか」とだけ呟いて下を覗いた。
『ラク』は殆どの服を着る事が出来ていた。
・・・最終的に彼女が「誰か助けて下さい!」と叫んだ所でテストは終了した。
結果は及第点。
『ラク』はこの結果に満足していたが、私は点数に限らず、テストの…この施設の存在に大しても不満が溜まった。
~~~
「お、お姉ちゃん…?」
私達二人は、自分らの部屋に帰って来ていた。
そして居間に入った瞬間だった。
何を思ったのか、私は彼女を押し倒していた。
・・・肝心の『ラク』は戸惑っているようだったが、直ぐに平常心を取り戻した。
私は『ラク』と違ってまだ頭がパニックだった。
彼女は今回みたいなのにこれからも付き合っていかなきゃいけないのか?
其ればかり考えていた。
そんなパニックに陥っている私は、何とか一言だけ。
一つの提案だけを口にした。
「・・・今日は二人でお風呂に入りましょう」
その後はずっと頭がパニックのままだった。
妹についての現実。妹の傷だらけの身体。
布団の中で横になりつつ、頭を回転させる。
そのまま、私は一夜を過ごした。
そして…ある結論をした。
・・・これ以外に方法は無いかも勿論考えたが、何も思いつかなかった。
兎に角、こんな場所にもう居たく無かった。
~~~
私の先生は素直に了承してくれた。
実は『ラク』の事について何も知らないと言うのは嘘だったらしい。
でもその事に怒りは感じなかった。
寧ろ「知らない方がいい事もある」と言うのを教えて貰えたと思う。
本当にあの先生は教え方が上手い。
『ラク』の方は説得に苦労…するかと思いきやそうでも無かった。
最終試験に合格した事もあるからだろう。
そのような経緯があって、あの孤児院を飛び出し、そこから十年が経とうとしていた。
さて、現在までの経緯を簡単に説明しよう。
あの後、とあるマッドサイエンティストに拾われ、人体改造を二人揃って受けた。
そして見た目部分に原型が無くなった。
最初は改造に躊躇はあったものの…鏡を見る度にあの時の記憶を思い出していたから、別に悪い気はしていない。
それに『ラク』が前々から欲しがっていた猫をその人がくれたのもあったし。
「WELCOME TO THE MIND F××K!!」
だが勿論、そんな改造された少女に優しく接してくれる社会では無い。
辛い思いだらけだった。
「また~?『ラク』ってばその言葉気に入ってるわよね?それどう言う意味なわけ?」
結果だけ言えば私は負けた。
嫌な事を見るのが嫌になり、妹の笑顔さえ辛い物になった。
今は前髪を伸ばして目を隠して過ごしている。
「分かんない!けどなんか好き!」
『ラク』の方は外の大きな音に触れ続けた所為で精神が崩壊してしまった。
今では魔力から産み出される振動でさえ嫌悪感を示すようになった。
「えぇ…。その返事は予想外よ…」
とまぁこんな感じ。
最後の方、雑になって本当に申し訳ない。
けど、最後に1つだけ。
もし今、誰かに幸せかどうかと聞かれれたならば…。
私も妹も『幸せ』と答えるだろう。
そう…なんであれ…。
二人で一緒に居られるのだから。
終