Fate/White Christmas   作:カタストさん

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刻印

結局放課後まで熱りは冷めることはなく、俺にとっては鬱憤の溜まる一日になった。あんな出鱈目に等しい噂を流された挙げ句クラスメイトほぼ全員に拘束され、俺の目的は果たせずに居るなんて、不都合以外何でも無い。

なんとか、群がってくる奴らから抜け出して帰り道に入ったはいいが、朝から気になりだしてる真流の右手の刺青(?)の事が頭から抜けきらず、答えもわからないモヤモヤが後悔の念を作り出していた。

苛立ちながら帰っていても、時たま指を指されるようにして噂されてるのが我慢ならず、更に苛立ちが募るばかり。俺の家は学校から20分とかからないが、それでもこんなに通学路が長く感じたのは久し振りだ。 

「ったく、今日は本当に散々な一日だった」

家のリビングに入るなり、鞄を床に投げ捨てて、自分も投げ捨てられた様にソファの上に寝転がる。今日は本気で疲れた・・・こんなのは今日だけであって欲しい。そんな事を切に願う。

とりあえず、一旦寝て疲れを取ろう・・・、頭の中からあらゆる思考を抜いて、重力に身を任せる。ソファに仕込まれたスプリングの反射が却って心地よく、自分を睡眠に導入してくれる。

そうすると目を閉じてからものの数分で、多分地震が起きたって目を覚まさないだろうと思えるほど、深い眠りについてしまった。多分、今日の学校が特別辛かったせいだろう。今朝は悪夢も見て随分睡眠が短い。このまんま眠れるなら、それに呑まれてしまおう。

 

だが、それは許されなかった。

いい感じに休めていたと思ったら、またあの幻視が俺を襲ってきたのだ。それも、今回はいつものように世界が一瞬暗転してオシマイという訳には行かなかったようで、数百回と繰り返した十字架の幻視の内初めて、痛みを伴うものになった。

その痛みは、日常的に生きてれば決して出会う事はないだろう強さの、頭がカチ割れるような痛みであった。あるいは、頭の内側から何かが生まれそうな痛みでもあったか。

痛い! 痛い!  自分が叫んでいるのは分かるが、何を言っているのかは分からない。でも、意味のある言葉は言っていないんだろう、単に肺から声帯を通して空気が出ていくだけの行為のついでに叫び声が上がってるだけかも。

痛みに全てが持っていかれ、全身の感覚が消えていく。今俺が感じているのは、どこか遠くから聞こえてくるように響く自分の叫び声と、それより遥かに大きく脳への電気信号を支配する痛みだけ。既にこの痛みは俺が耐えられる強度と時間を(ゆう)に超え、自我さえも消えつつあるんじゃないかと錯覚する。最早この痛みは引き返せる段階さえも超えて、永遠に俺を支配するんじゃないかと夢想する。暗闇の中心にある十字架が白みを増すように、俺の脳裏に焼き付く。この十字架の映像は、真っ白な紙に墨汁を垂らしたように、俺の中に残り続けてしまうという奇妙な確信を得た。

誰をも俺を救わないこの状況で、俺は一人叫び続けるのかと、ごく僅かに残った知性で悲しい現実を考え続けていると、不意に世界の暗転は消えた。

幻視がまるで嘘だったかのように消えると同時に、痛みも一瞬で消え去った。幻視は最初っから嘘だったというツッコミも自分で入れられる余裕もある。その痛みは、既に余韻も残さず俺の体からなくなっていた。

(おそらくあっただろう)叫び声も止め、辺りを見渡すと、俺はソファーから落ちることもなく、ただただ叫んでいただけらしい。仰々しい柱時計を見ると、寝始めてから10分程度しか経っていなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

叫び声を止めた代わりに、俺は息を切らす。疲れは休む前より更に増し、でももう一度寝る気には全然なれず、仕方なく椅子に座って、買いだめてあった蜜柑に手を取る。一人暮らしの癖にダンボールで買うとかどうかしてないか俺は。

甘い物でも食べてリラックスしよう、そんな事を考えながらテレビのリモコンを手に取る自分の手に、ふと違和感があって、じっくり見てみた。

ニュース番組で不祥事を起こした政治家がつまらない答弁をしているのを右から左に流し、自分の手に集中する。俺の右手の甲には、あの幻視に出てくる十字架が、版木で写されたみたいにハッキリと刻まれていた。幻視で見たのは白色だったが、これは赤色。そこまで考えて、ふと変なことを思い出した。

あの真流の刺青と、全く同じものなのではないかと。

真流のは、どれかと言えば十字架よりは魔法陣、に近い造詣をしていたような気がする。だから、全く同じとは言い切れないのだが、それでも出自を同じくする刻印なのではないかと思い付いた。

・・・それだと、アイツも幻視に苦しんでいたことになるが、どうも真流にはそんな素振りはない。という事は、偶然の一致だろう。

恐らくは、さっきの頭痛で苦しんでいた間に、偶々落ちていたガラス片か何かで切り裂いた傷が十字架に見えるだけだ。幻視だって、疲れを原因とする幻覚だ。それでおしまいにしよう。気にするのもヤメだ。

「次のニュースです。 日本海周辺にて、非常に強い雷が発生しました。元々日本海側は冬の雷が発生しやすい地域ではありますが、昨日発生した雷は数、強さ共に平年より大きく上回るものであり、一説によれば発生した電圧は20億ボルトを超すとの見解も。そこで今日は、長く地球の気象について研究されてる―――」

「マジか。 ここの近くじゃんか・・・最近俺の周りで変なことばかりだな」

正直、参ってる。 この雷がどうのだって、本来は俺のせいではないのだろうが、何処と無く気になってしまう。

最近自意識過剰なんじゃないか・・・?もう、こんな事ばかりばかり考えてても仕方がない。毎日の鍛錬だけやってしまうか。

そう思って、テレビを消して、家の中を移動する。なんでも、父が生きてる頃に知人から譲ってもらった屋敷らしく、本来は俺だけで住むような事はなかったんだが・・・。父が死に際に、門架に引っ越せと遺言を残していったから、言われるがまま住処を移した結果、自分ひとりで持て余す大きさの屋敷が遺産として残ってしまった形だ。

で、家の地下には、変な部屋があった。コンクリート造りの、恐ろしく広い部屋だ。棚なんかが置いてあるから、物置として使えってことなんだろうが・・・どうも広さが割に合わない。軽トラが2,3台は入りそうな広さだ。正直、一角さえ使ってしまえば用済みな部屋なんで、残りは鍛錬のためのスペースとして用いてる。空間を必要とするトレーニングだってあるから、なんだかんだで活用できるのだ。

「さて・・・いつもの、やってしまうか」

俺が指す“いつもの”とは、腕立て、腹筋、ラダートレーニング等を一通りこなすことを言う。一回に述べ三桁回数はやるが、これを斎木に話したらドン引きされた。でも、こんな事をするのには訳がある。

ともかく、それを終わらせると、いつもの力試しのような物をやる。

壁に立てかけてある鉄パイプを手に取る。無機質な冷たさが俺の肌を刺した。多少振り回して、自分の体の駆動を確かめた後に、呼吸を整えて、スイッチを入れる。

「・・・身体強化(リーンフォース)開始(オン)

魔力が腕を介して、自らの肉体を書き換えていく。魔術回路が自分の腕を別の物質に置き換えていく。力が満ち、神経の隙間に別の神経を埋め込む感覚。少しの痛みもなく、もう発射準備は完了した。

―――身体強化。 俺が使える、数少ない魔術の一つ。正しく言えば、強化の魔術の応用編であり、一種の『技術』。自分の体の構造を枢要(メイン)から約款(ディテール)まで隅々まで理解することで、自らの肉体への強化を引き上げる、まさに極限。

拳を強化すれば硬くなる。脚を強化すれば回転数が上がる。そんな事は当たり前。問題は、それのスペックを最大限まで引き上げる事。それに必要なのは、正確無比なイメージ。それが失敗すれば、魔術回路が軒並み千切れて二度と使い物にならなくなるらしい。だが、数年前から続けてきた練習だ。今更失敗なんて侵さない。

その基本事項を確認すると、鉄パイプを握りしめた。すると、紙筒をそうしたように簡単に握りつぶすことができる。金属とは思えないほど軽快な音を立てて、だ。そして、鉄パイプを空中に投げ、それを蹴り飛ばす。すると、蹴飛ばすまでもなく、脚に触れた段階で鉄パイプは粉々に砕けて壁に反射した。うん、魔術回路の調子は上々だ。何も問題はない。

そう、これが外でトレーニングをしない理由。魔術を展開した練習をしたいからだ。父さんから教えてもらったが、魔術は使えない人間からは隠匿するものらしい。これは、何より優先することらしく、父さんに魔術を教えてくれるようせがんだ時、最初に言い聞かされたことだ。結局父さん自身は魔術は教えてくれなかったが、代わりに多くの教師を俺にあてがってくれたから大して変わらんと思う。

肉体の鍛錬に重きを置いてるのもそれが理由だ。師匠が言うには、俺は魔術を主にした闘いは不向きらしく、肉弾戦で相手の優位を取れるように肉体を鍛えるしか無いという。なんともまぁ世知辛い話ではあるが、ファンタジーの魔法使いのようには行かないらしい。俺には相応しいぐらいの結末ではあるのだが。

しばらく魔術回路を回したまま動作確認をした後、部屋の片付けをする。あんなトレーニングをするのだから、当然その直後は部屋が荒れ放題なのだから。物の破片や、倒れた棚なんかの始末をするのは毎日のことだ。その途中に、目に入る。集合写真の姿。

家族だけで撮ったわけではない。俺の親父が、撮れる時に撮っとこうなんて柄にも無いこと言って、無理矢理家族とか、家族が世話になっていた人間で集まって、これまた無理に全員フレームに収めて撮った、見栄えなんてちっとも気にかけてない写真だ。だけど、今となっちゃ、こんなんでも大切な思い出だ。

なんせ、これを撮った日の内に、全員音信不通になってしまったんだから。

これが単なる偶然か、それとも父が直感的に或いは意図的に終末が訪れることを知っていたのか。そんな事は些末な事だ。この写真が残っていることだけが重要なのだから。自分があの街から生き残ったことだけを示せる、この写真があることだけが。

「つまんない感傷に浸ってる場合じゃないな。 すぐに“仕事”の時間はやってくる。急ぐんだ」

俺はまた、塵を拾い始めた。


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