Fate/White Christmas   作:カタストさん

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《仕事》

オーブンから器を取り出す。熱々に加熱された皿の中で、ホワイトソースが煮立ったかのように気泡を幾つか出す。その音を聞くだけでも至福ってもんだ。

今日の夕飯はグラタンだ。というか、時間と気分が許してくれれば、大抵の夕飯はグラタンと何かになる。因みに、今日の付け合せはガーリックが効いたバタールと、消費しきれなかった野菜で作ったサラダである。

グラタンはこの季節、俺の食卓の上によく上がってくる食べ物だ。俺が個人的に好いているのもあるが、単純に温かい食べ物というのは価値が高いのだ。

門架市の冬は長い、だから温かい食べ物の出番が自然と多くなる。かと言って、スープや焼き物で済ませるのは味気なく、鍋など一人で食うのは悲しすぎる。今までそういう時には粥やうどんを食していたが、たまーに濃い味が欲しくなる時にコレは良い。大抵の物を入れても旨いし、一人で食べる分には器を複数用意する必要がない。しかも、おかず的な食べ方もできる。具材によっては意外と白米にも合うのだコレが。そりゃぁ作る時や後片付けの時面倒だが、それを無視してでも食べたくなる。そもそも、そういう作業には手慣れてて、特に苦なんて感じなくなってるのだ。一種の職業病かも知れない。

そんな料理を食べ終わり、白く汚れた皿などを洗い終われば、いよいよ《仕事》の時間だ。

トレーニングウェアから温かい格好に着替え、その上からいつもの漆のように黒く染まっている被り物(フード)付きの外套(コート)に着替える。コレ一枚で上下を両方覆えるから気に入っているのだ。さらに、机の上に置いてある、革製の手袋を着用する。傷に強い上に金属の意匠が施されていて、これ単体でも数万は下らないという品らしい。尤も、これは魔術礼装だ。値段をつけるとしたら数百万は下らないだろうし、どんなに金を積まれた所で譲る気もない。さらに、これまた魔術礼装の革靴を履く。最後に、フードを目深にかぶって完成だ。全身を黒色、しかも何らかの魔術的な効果を持った品を身に着けている。怪しいことこの上ないし、今の俺は銀行を着て歩いてるようなものだろう。コレばかりは、作ってくれた先生に感謝だ。

「行ってきま~す」

学校に行くときにさえ言わないのに、毎夜のこの時だけは誰も居ない家に向かってこの言葉を口にする。誰かが俺の行動を見ているのだと、心の何処かで思ってるのだろうか。だとしたら、その人は笑っているのだろうか、それとも泣いてるのか。でも、今更止めることは出来ない。

家の前に人通りはない。この辺りはいつもそうだ。住宅が立ち並ぶ居住区、ビルが林立する新都、豪邸ばかり目につく高台、誰も寄り付かない荒野。ここはそれらから離れた場所、高台ほどじゃないが屋敷を持つ人間だったり、人々から忘れられた寺院だったりがそこらに立ってる、門架の中でも一番寂しい場所。そんな場所を通る人間なんて、全くと言っていいほど居やしない。だから、一応耳をそばだてて周りに誰も居ないことを確認したら、最初っから魔術回路を全開にする。強化された脚は、俺に人体の限界を超えた挙動を許してくれる。その脚力で自宅の屋根の上まで跳ぶ。脚力全般が強化された体では、三階建ての屋敷の屋根の上に乗るのも決して難しいことではない。そして、スタート地点に立った俺は、さっきの訓練のときのように、力を爆発させた。そして、隣の家の屋根に脚を着け、走るようにして次の跳躍を行う。こうやって、隣り合った屋根を地面に見立て、道路を見下ろしながら疾走する。消音の効果がある革靴だから思いっきり走っても良いのだが、全力を込めると屋根瓦を踏み抜いてしまうから、絶妙に調整しながら走る練習になる。高速で走る内は頬に当たる夜風が気持ちよくて、体の疲れを忘れさせてくれる。これを感じる時は、冬も良いかもなと言う気持ちになれる。

やがて、屋敷が並んでいた寂しい風景から、照明が点いていないビルが増えていく。新都に入っていっている証拠であり、その証拠に眠らぬ街が見る見るうちに近づいていっているのが目に見える。ここからは、力の調整がどんどん難しくなっていく。中心部に近づくほど、ビルの高さは上がるし、屋上の装備は増えていく。エアコンの室外機やフェンスにぶつかる訳にはいかない。それに隣同士のビルであっても、5~10m高さが離れていることだって多い。状況によっては、街灯を足場にすることだってある。人通りは、自宅周りが少ない分、人々はごった返すような多さ。おまけに光も多い。ここで難易度はピークに達するから、集中力を切らさぬようにビルの屋上や側面を駆け抜けていく。夜の街を駆け抜けると言えば、カッコいいかも知れないが、俺の目的はそっちでは決して無いから、感慨は抱かないようにしなければ。

そうして、最難関の新都を抜ければ、目的地の居住区に辿り着く。ここは、マンションや、一軒家にしても高台のような豪勢なものじゃなく、小ぢんまりとしたマイホームのような物がメインの地区だ。これ以上屋根を走る必要もないので、適当な所で道路に着地する。5分ほどずっと走り続けだったから、息を少し切らしてしまった。だから、数呼吸置いて、息を整える。そして、自分の体が落ち着きを取り戻したと判断できた時、耳をそばだてる。だが、今回は出る時とは違い、魔力を込める。正直、感覚器の強化は苦手だから、少し慎重に。すると、目的とする音が聞こえてきた。

「・・・これが例のブツです。では、代金の方を・・・」

「いやぁ、ありがとう。矢張り、ヤクを仕入れるなら君達からだね・・・」

矢張り今日だったか。 予測どおりの声が聞こえてきたのに、笑みが止まらない。

まず、前提としてだが、この街は犯罪の温床だ。俺の屋敷近くの側道で凶器持ったブチ切れた男が可哀想でひ弱そうな男を脅迫していたのを発見した時からそう思った。なんたって、凶器がナイフや鉄パイプなんてものじゃなく、弓鋸を被害者の首に当て、今にも引きますよって瞬間だった。。初めて見た犯罪現場がそこまでショッキングな事だなんて思いたくなかった。その場は男を追い払うことで解決したが、事情を聞けば、少なくとも3,4個は法律に抵触してるような背景だった。その日から暗がりを歩けば、何回も俺を襲われた。何回でも追い払ったが、そいつ等は本気で殺すつもりだったと思う。

それが止んでも、俺の中では疑いは晴れなかった。この街が、治外法権の(そういう)街なのではないかという疑い。それからは、こうやって出向くか出くわすかして、未然に防ぐのを生業としているのだ。今日はそれが、麻薬の取引だったという話。

話を目の前に戻す。声の方向に行ったら、案の定取引の現場があった。小太りの50代であろう男がキャリーバッグを持った男を引き連れている。その向こうで、仰々しいケースを持った若い男が俺が近づいているのに気がついていた。双方引き連れている男は相応の武装をしているのが分かる。と言うより、最近そういう事が多い。

「・・・だから、下っ端を遣わせろと言ったのです。嗅ぎつけられたようですね、我々が」

そんな風にケースを持った男が言うと、小太りのがこちらに振り向き、ケースを持った男は引き下がる。おそらくあのケースの中には麻薬が入っているのだろう。そして、俺に出会った瞬間、取引や俺の迎撃より、逃走を優先する動きをしている。思えば、この路地裏は人目につかない上に逃げ道が多く、その全ての逃げ道の上には車が止めてあった。どうやら、俺が来ることを予測した上での対策だろう。中々慎重で、頭のまわる男だ。対して、小太りの中年男の方は・・・。

「チッ、見られたか。 おい、適当に追い払っておけ」

・・・若い男に同情するほどの阿呆だった。しかし、そんな事の自覚がない団体様なのか、取り巻きの一人がゆっくりと歩いて近づいてくる。男が持ってるのは・・・ナイフか。今まで見てきた中では可愛いもんだ。男は無防備にも、俺の首元にナイフを突きつける。

「おいテメェ、喉笛切り裂かれたくなかったら回れ右してさっさとお家に帰りな! そうすりゃ、命だけは助けてやるぜ!」

世紀末なのかここは。 そんな陳腐な脅ししか出てこないとは、この小悪党の格も知れる。

だが、ここでそれを指摘するのは何処かずれてる気もする。だから、そのかわりにこう返してやった。

「・・・そのケースを俺によこせ。 それを止めるのが俺の役目だ。拒否すれば、ここに居る全員の無事は保証できない」

そう、フードを取って目を見せて告げてやる。そこに居る全員が驚いたようだが、ナイフを持った男だけは驚きの後にナイフを振り下ろしてくる。

「そっか、じゃ、消えな!」

ここまで頭が悪い男だと、かえって可愛そうだが、俺を倒そうとするなら仕方ない。いつものようにやろう。

俺は、魔術に依る身体強化を全身に施す。男の動きは、油断からとても緩慢で、少なくとも強化を施してから顎に蹴りを入れる時間は残されていた。だから、そのとおりに叩き込む。

魔術による肉体強化は、一種の技術だ。他の物体への干渉を想定していない代わりに、自身の肉体に限定して抜群の効率を誇る。それこそ強化にかかる時間は一瞬で、その効果は他に比類ないものになる。そんな肉体の攻撃を受けたら男は耐えきれるはずもない。その蹴りは、今まで感じたことない感触だっただろう。おそらくは、いきなり自分の足元から間欠泉が噴き上げたような、無作法な破壊力だったに違いない。それは、他人からは俺の前に居た男が瞬時にして消えたように見えたに違いない。一瞬で緊張が走り、小太りの男は恐怖からか小さく息を漏らす。

「警告はしたぞ?」

俺がそう告げる。 皆はこの言葉の正しい介錯を行えたようだ。

蹂躙する――――と。

若い男が逃走を始める。その取り巻きの男たちは、男を護るように立ち塞がり、拳銃を懐から引き抜いた。肉の壁として使われていることが解っているのだろうか・・・恐らく、そこまで重々承知した上でこんな動きができるのだ。改めて、若い男達の完成度に簡単せざるを得ない。

拳銃というものは、適当に構えて撃てば当たるなんてものじゃない。丁度、あの小太りの男がいい例だ。死角から撃っているというのに、焦りと恐怖で正しい照準を合わせられていない。無様に銃声を鳴り響かせるが、見当違いの場所に弾丸が飛んでいくばかりだ。それに引き換え、あの取り巻き達は非常に冷静だ。正確に狙いを定めている。俺の心臓と脳部に確実に当てるつもりだろう。非常に訓練された尖兵だ、こんな男たちが使い捨て覚悟で動いているなんて、逆に意外だ。

しかし、強化を施された肉体の反則的な動きの前には拳銃であっても無力だ。脚に込める魔力をほんの少し高める、それだけで弾丸を視認してから避けることが出来るようになる。その瞬時にして俺は必殺の間合い、つまりは手が届く距離に近づき、取り巻き達の首元に手をやる。

歪む音がする。首を捻るなんて、簡単過ぎることだ。あれまで優秀な動きをしていた取り巻きたちも、首が背中側に回っては立っても居られず、未練がましくもゆっくり崩れ落ちる。そして、逃げ始めたケースを持った男にさえ、2メートルも動かないうちに攻撃圏内に入れる。そして、男の首を掴み、背中に手を当てる。

男はそこで止まる、振り向いた顔は俺より二、三才若いのだろうかと思わせるぐらい、童顔の男だった。

丁度このタイミングで、さっき蹴り上げた男が落ちてきた。何処かが潰れる音がしたが、気にしない。眼の前にいる、俺に掴まれた男はその様を見たのだろう。静かにこう呟いた。

「・・・噂通りの強さですね。 貴方なら、僕を殺すことも簡単でしょう。なぜ、すぐにやらないんですか?」

「いや、何となくだ。 あっちのと違って、随分肝が座ってそうだったからな。・・・ここまで若い男だったとは思わなかったが、事情があるのか?」

そう言って、俺は男の手からケースを抜き出す。中身を確認すれば、矢張りビニールに入れられた白い粉が入っていた。小麦粉と麻薬の見分けなんて出来ないが、ここまで暴れればこれが偽物かどうかなんて関係ないだろう。

男は多少考えると、口を開く。

「それを言えば、許してくれるのですか?」

「やっぱり頭のキレる男だ。 だから、お前は殺したくなかった。・・・お前が俺の前に立ちはだかる分には厄介な男だが、社会の歯車となる分には良く働けただろうに」

「そう言って貰えると嬉しいですね。でも、一回目の時から覚悟してましたよ、いつか非業の死を遂げるってね」

それだけ言うと、自虐的な言い方をした男は前を向く。

「一思いにお願いしますよ、苦しいのは嫌いなんですよ」

俺はその男の言葉を受けて、一呼吸を深く置く。 そして、言葉とともに体を貫く。

「あぁ、そのつもりだ」

背中から心臓へ。掴んだそれを無遠慮に握りつぶす。 爆弾と同じようにして、血液が俺の顔やら服やらにこびり付く。服は、数時間もすれば戻る(先生が着けてくれた魔術効果の内一つだ)が、顔は後で念入りに洗わなきゃならないな。

振り向きざまに首も捩じ切っておく。 これで、この男は苦しまずに死ねただろう。

その作業を終えると、俺は中年の男の方を向き直る。既にその小太りの中年の男は恐怖で倒れ込んでいる。今にも漏らしそうだが、そこを踏ん張れてる辺り多少のプライドはあるということか。

「ひっ・・・来るな、来るなぁ! 私は、指示されただけなんだ・・・! 私を殺しても何にもならんぞ!」

男はまくし立てる。俺が近づくのを見て、死への恐怖が高まったのだろうか。逃げられるのも面倒なので、男の足を踏み潰す。嫌な音を立てて、男の足は千切れかけの無用の長物になる。

まるで赤子か瀕死のトカゲだ。俺は、男のワイシャツの襟を引き、俺の顔を見させる。顔は涙でグシャグシャで、恐怖で歪んだ様は歪んだ飴細工だ。だが、逃げる足音が多い気がする。もしかして、さっきの取り巻きの銃声で勘付かれたか。

気付かれるのも時間の問題だ。あの男に時間を取りすぎたか、俺は中年の腹を思いっきり蹴り飛ばす。サッカーボールのように飛んでいった男の胴部から、血が零れ落ちていた。

俺はもう一度その男の顔を凝視し、短く告げた。

「俺のことは隠せ。 そうすれば、生きている限り殺さない」

男は首がちぎれるんじゃないかという勢いで頷いたので、手を離し、離脱に手を付ける。

そう思うと、俺はさっさと逃げねばならんと、ビルの外壁を伝って屋上に出る。そして、来る時と同じようにして帰り道をゆく。だが、今は行っておきたい場所があった。

この市で最も高いビルだ。名前は覚えていないが、100m超えの非常に高いビルで、ビルの外壁に付けられたパイプや溝を使って登るのも一苦労である。横方向と違って、垂直方向への移動は難易度が高いのだ。

苦労して屋上に辿り着くと、眠らぬ街の全貌が見える。直下に広がるは、ビルや街灯に照らされる街だ。だが、この街は暗い。多分、何処よりもだ。誰もが気づいていないのか、誰もが言わないのかは分からないが・・・。

そして、気まぐれにさっき居た場所を、視覚を強化して見つめる。そこに、一人の女が近づいてくるのが見えた。そして、その女はさっき俺が腹を蹴貫いた中年の男にしゃがみ込んで話しかけて・・・そして、首にナイフを当て、躊躇いもなく切り裂いた。

その事自体は驚かない。俺がやらなくても、アイツはそういう人間だった。いずれにせよどうしようもない奴だったのは間違いない。だが、トドメを刺した人間が問題だったのだ。

「・・・真流?」

そう呟かざるを得なかった。多分、大きな衝撃を前に理解が追いつかなかったんだろう。

あの顔、間違えるはずもない。でも、なぜアイツが・・・。 ダメだ、知識が少なすぎる。ここで全貌を理解できるはずもない。

だが、真流が居る場所を、目を離せずに見つめていたら。 真流が俺の方を見てきた。

まるで、俺の所在が解っているかのように。

「なんで・・・俺のことが・・・?」

その先は考えられなかった。 今からアイツと話そうにも、距離が離れすぎている。既に真流は俺と視線を合わせるのをやめ、帰ろうとしていたのだ。仮に真流が車でで変えるとする。車に追いつくのは簡単だが、ここからでは見失うのが先だ。

だから、アイツが帰るのをしっかり見送ってから、視覚の強化を切る。既に眼は限界で、これ以上やったら網膜が焼き切れるほどだったから、丁度良かったかも知れない。

コートの中に物の感触があるとおもったら、それはさっき奪い取った麻薬だった。

俺は、それを手に持ち、ケースごと握りつぶす。強化プラスチックがベースで作られていたのか、破片と麻薬が風に吹かれて、まるで輝きを失った水流のように流れていった。

そんな事を考えていたら、真流の顔がチラ付き、自分が如何に汚れているかを思い知った。

・・・だが、これしか方法は無いのだ。

一人、また一人と消えていった、家族。 写真立ての中に生きているが―――既に会えない存在に成り下がっている。

もう、こんな方法しか取れないのだ、俺は。

俺は強くないからこそ、殺し(かち)続けるしか無い。全ては、たった一つ残った夢のため。

「俺は、どんな巨悪に成り下がっても、――――――――」

一際風が強くなった。コートは靡かれ、布が互いを打ち付ける音が耳に入り込む。

「高い所だからな・・・風が身に沁みる。 早いところ帰るか」

俺はもう一度、来たときと同じ様に、夜を跳ねた。


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