Fate/White Christmas   作:カタストさん

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朝焼け

「・・・また、ここか」

最近は夢見が悪い。昨日も見た筈だが、またあの蒼い炎の街だ。

だが、これは記憶の整理じゃない。 夢に出てくるのは、あそこで泣いてた俺のはずだ。だが、今は違う。今の俺だ。俺は高校生であって、世界が如何に辛いものか知っている。

この風景は、今から5年前・・・門架とは遠く離れた街で、引き起こされた悲劇だ。原因は全く不明、だがまたたく間に広がった青い炎は、一つの街を死都に変えたのだ。死亡・重傷者は併せて1038名、全焼した住宅は200棟を超えるらしい。時間が経った今でも、時たまドキュメンタリー番組で原因を追究したり、生存者に話を聞いたりすることがある。当然、今のその街は綺麗なものだが、その傷跡は十分に残っている。それ以前に、この災害の始末に国が掛けた予算は数億じゃ下らないとも。

俺がこの未曾有の災害の実情をそれなりに知ってるのは訳がある。

俺は、あの街に居たからだ。

元々は更に別の町に住んでいたが、父親の鶴の一声で、その街に移住したのだ。そこで沢山の経験をした。俺が魔術を身に着けたのもここに居る時だし、その他にも多くの事を知り、鍛えられた。そうだ。あの日までは、曲がりなりにも普通の男子らしく、楽しんでいたはずなんだ。

多くの人が死んだ。近所付き合いのあった大人も、学校でそれなりに話してた子供も・・・俺の事を鍛えていた人だって、その多くはあれから見てない。・・・家族も含めて、俺の人間関係を構成していた人間は、全員居なくなってしまったのだ。その日から、俺は変わってしまったのだろう。多くの物を失い、人格が変わる。極々ありがちで陳腐な物語だ。

子供から大人になるまでの過程で、世界は広くなるか狭くなるか。俺個人の意見で言うなら、間違いなく狭くなっているのだろう。大人になるまでに多くの知識(げんかい)を学び、仕組み(ふごうり)を学ぶ。『何でも出来る』と夢想した子供が、現実を由とする大人になるまでに、どうして『世界は広くなった』と(のたま)えるのだろう。そして、その過程を“成長”と呼ぶのなら、俺はあの日に急成長を遂げたわけだ。

この炎が憎い、俺を変えたこの炎が憎い、全てを消し去った・・・この青い炎が、何よりも憎い。

その炎に囲まれた街を、一人で歩いていた。何もかもがあの時のままだ。

だが、歩いていると一人の女性が立っていた。周りには炎に灼かれて呻く人々が転がっているのに、その女性は、全くそれを介せず俺と向き合っている。そして、俺はその女の事を知っている。小柄なれど、一度感じたこの魔力について覚えていられない人間は居ないだろう。若しくは、皇帝のように、尊ぶべき者に遭った様に。それが持つ魔力は、絶対的且つ不可侵的なもので、人間から超越しているのではないかとさえ思える。

しかし、その放つ気配とは真逆のように、その女の顔は苦痛・・・いや、悲痛に歪んでいた。

「・・・君には、非常に悪いことをしたね」

なんでそう思うのだろうか? そう疑問を呈そうとした俺の口は、開けど声を上げることはない。どうやら、今回の悪夢は多少趣が違うらしい。

「この街に居た頃は楽しかったねぇ。 (アタシ)もこの街を闊歩したけど、中々悪くない居心地だった。君の事だって、生きている頃には出会えなかった、貴重な体験だ」

眉を顰めたまま、こちらを指差す女。知っている顔が、他人行儀に語りを始めるのは少し違和感があるが、その事について糾弾できる状況ではない。結果、俺は何処か胸にわだかまりを感じながら、黙って聞いているしか無かった。

「それでも、この街は灼けてしまった。極めて残酷なことにね」

ああ、そうだ。 不運なことだった。

「そして、()()()()()()()()()()

その言葉に、俺は心身ともに絶句した。思い当たる節はある。当たり前だ、俺にだって変わってしまった自覚があるんだから。だが、それを誰かに指摘されるとは思わなかった。俺の事を知る人間なんて居ないという奢りだろうか。

「昔の君は、君の父さんの夢を受け継ごうと必死だったね。 あんな(モノ)なんて、とても叶わぬ夢だろうに。君は愚直なまでにそれを追い求めて、そして手が届くところまでに来ていた」

その言葉を聞いていた。その続きを聞きたくないと、心が叫んでいる。彼女と長らく過ごした経験からか、それとも無意識に自分でもそう思っているからか、俺はすでに続きの言葉が何であるかの予測がついたんだ。

だが、その続きは確認をするかのように告げられた。

「その折にこの炎がやって来た。絶望の淵に追いやられた君は、()()()()()()()()()()()()()()。」

ああ、判っている。そんな事、態々確認を取らなくても、自分自身が一番理解(わか)っている事だ。今更そんな言葉に、俺の心は揺さぶられはしない。

「・・・そうだろうね。 君はそういう男だ。だからこそ(アタシ)は君を見初めた」

心を見抜かれたのか、まるで分かったような口を聞かれる。いや、事実見抜かれたんだろう。誰かの目が苦手、という意識を得たのはこの女が初めてなのだから。

その女は、憐憫を浮かべ・・・しかし意識を変えたのか笑みを絶やそうとせず、俺の頬に手を当てる。

「そうなった君は、どんな障害を置いたとしても、夢を叶えようとするんだろうね。そんな君に(アタシ)から忠告(プレゼント)を贈ろう」

「・・・プレ、ゼント?」

発せられないはずの俺の声が、僅かだが出た。その事を受けて、彼女は少し目を見開いたように見えたが、すぐに戻す。

「おや、君の体は覚醒に向かってるみたいだね。丁度良かった」

丁度良かった・・・? 一体何のことだろう・・・。

「もし、君が夢を追うというのなら、街外れの荒野に来ると良い。そこで君は、片道切符を手に入れる」

その意図は・・・もしも来たら、来る前の世界には戻れないということだ。だが、夢を追うというのなら・・・正義を貫くというのなら、そこに辿り着くほかない・・・んだろう。

「うん、良い目だ。 それじゃぁ、お別れだね」

最初に見た時の悲痛さは何処に消えたのか、まるでアリスがチェシャ猫を見たように、しかしそれとは違い心の底から笑っているだろう表情を見た。

まだ聞きたいことはたくさんある・・・。だが、俺の意識は、既に現実に引き戻されつつある。今日の俺は太陽より早起きなのだろうか・・・。そんな詰まらない事を考えていると、俺は目を覚ました。

 

 

目が覚めたら、日は昇っていた。あの青い炎の夢の後だというのに、目は冴え、体は全く軽い。ベッドから転がり落ちているなんてことも無かった。

「・・・まぁ、元気なら何も言うことはない」

今日は良い一日になりそうだ。俺は鼻歌を口遊みならが、登校の準備を始めた。

結局、この快調は崩れることなく、朝日が実に眩しい一日になってくれた。まるで俺の心境を映し出してくれたみたいに爽やかな始まりだ。

それで、学校に着くと、麻加部が学校前の通路を何やら道具を持ちながら歩いている。アレは筋トレの道具だろうか、昨日部活ごとに道具は運んでおいてやったはずだが・・・。

「おーい。 そんな道具を持ってどうしたんだ?」

今の俺は機嫌がいい。 なんなら今から歌って踊れと言われても全力を尽くして果たせるぐらいは。だから、困っている麻加部が居たから、助けてやろうとも思ったわけだ。

麻加部は、一瞬嫌そうな顔をするも、そっぽを向けて答える。

「・・・今朝確認したら道具の取り違えがあったから、運んでる所なんだよ。今、ボクシング部の部室にこれを持っていってるところなんだ」

それは、胸筋を鍛える金属管のような奴だったと思う。生徒会の誰かが間違えてしまったのか?

一個一個は小さいが、アレは数個セットだ。小さいと言っても一個3~4キロはあって。一気に十個近く持ってる麻加部はつらそうだ。

仕方がないから、俺も数個持ってやる。麻加部が持っていた半分で大体20キロ程度だろうか。麻加部は俺より20cm近く小さい体格でこの量を持っていたのだから、きっと相当量の筋肉を持っているんだろう。

「・・・手伝いは、要らなかったんだけど」

本当に嫌そうだ。近くに立っているのも厭、って感じか。

真流のそれと違って、麻加部が俺を憎むのは明確に理由がわかる。去年の文化祭での俺の行動だろう。謂わば、餌に使われたわけだから、憎まないわけはない。だが、俺はそれを無視して麻加部に同行する。

「お前が俺を憎んでるのは分かる。 だが、今日の俺は気分がいいんだ。こんな事滅多にないぞ。分かったら脚を動かせ」

そう言うと、麻加部は観念したように歩き出す。麻加部は全く疲れる様子もなく歩き続け、ボクシング部への引き継ぎも無事に行われた。生徒会にこの話は行っているらしく、とても円滑に終わった。

だが、無事運び終わった後、俺と麻加部は学校内の自販機スペースで一緒に休んでいた。特に話すこともなく、一緒に居るが・・・俺も麻加部も互いに話す様子は無く、空気が若干重い。

その中で、最初に口を開いたのは麻加部だった。

「その手・・・」

「手?ああ、これのことか」

すぐに思い当たる。俺の右手の甲にある、紅い十字架型のケガのことだろう。結局あの後全く消える気配は無かったから、諦めて消毒だけして寝たんだった。

「別に何とも無い。痛みもねぇしな。 多分擦っただけだと思うから気にすんなよ。明日には治るさ」

「そう、分かったよ」

それで、一旦話は終わる。会話を一旦挟んだから、多少空気が軽くなるかと思ったが、結局静寂はより重い方向に変化してしまい、口を開きづらくなる。

だが、それに流されるようではいけない。俺は自販機のボタンを弄びながら、麻加部に口を利いてみる。

「なぁ。 お前は、俺のことが嫌いなんだよな?」

非常に抽象的かつ、敵意を剥き出しにさせるような、所謂『嫌な質問』。

当然、俺もこんな事を聞きたくなかった。だが、不思議に思ったのだ。アイツなら、ここからさっさと離れることも出来るはずだと。俺が呼び止めたわけでもないから、俺のことが嫌なら部室にでも行ってしまえばいい。

でも、事実としてここに居る。なら、こんな強気な質問も答えてくれるはずだ。

「・・・僕は、君のことが羨ましいよ」

自販機が金属音に似た、飲み物を落とす音を響かせる。その音に消え入りそうなほど、まるで雫が落ちたように静かな声で麻加部は言った。

「そりゃぁ、君の事は憎いさ。あんな事してきたんだもの、嫌いになるなというのがどうかしてる」

そうなれば、堰は取り壊された。既に歯止めの効かなくなっている麻加部は、口が止まらない。

「だけど、あの時・・・君は、取り巻きに囲まれていても、何処と無く燦然としていた・・・。『勝つ方に尾く』なんて思考の取り巻きと、君が違うのは当然なんだけど。・・・それに、あの時、君は、僕と対等の勝負をしてきたんだ。僕が負けたのは、僕が力不足だったからだ。だから、そう考えれば、怨みは薄い」

その話を、俺は静かに聞く。俺から振った話だが、ここで俺が何か話すのは違う気がした。

それに、麻加部とは話す機会が少ない。ここで聞いておくのは、損がない。

「・・・だから僕はいいんだ。君のことは、決して許せないものじゃない」

「そうか。 悪いな、変な質問しちまって。これは礼だ。受け取っとけ」

そう言って、俺はさっき買った缶珈琲を投げ渡す。話を聞いている間2つ目を買っておいていたのだ。

まぁ、流石にこんな質問するのは気が引けたしな。俺なりのけじめってやつだ。

それを見た麻加部は無邪気に笑って、俺は『こいつも無邪気に笑えたのだなぁ』と思っていた矢先、告白のセリフのように麻加部は言った。

「僕、コーヒーは無糖じゃないと受け付けないんだ」

「・・・俺のと交換してやるよ」

俺はそうとしか言えなかった。

 

「はぁ、俺もあんまり甘いの好きじゃねぇんだがなぁ」

プルタブを開け、ちびちびと甘いの(カフェオレ)を飲む。

甘いの自体は嫌いじゃないが、コーヒーが甘いのは苦手だ。コーヒーは苦いものだ、そうでないと俺の期待に対する裏切りだろう。

そんな風に眉を顰めていると、ふと廊下を歩く影が居た。時間的には、まだ十分早い。こんな時間に学校にいるのは、それこそ朝練をするような連中だ。しかし、運動部に居るような顔に、コイツのようなやつは居なかった。

青みがかった銀髪、西欧を思わせる可憐・華麗な顔立ち。 この学校に彼女と比べられる女子なんて一人しか居ないだろう。すなわち、真流だ。

ここまで考えてピンときた。アントニア・バルツァ、一年の美少女・・・か。その女子は、何かを探しているような顔だ。何かというか、誰か・・・だろうか。確か、コイツは柔道部のマネージャーだったような。なるほど、彼女がここに居る理由がわかった。彼女も困惑しているようだし、ここは助け舟を出してやろう。

「麻加部なら、自販機スペースだぞ。 彼を探してるなら、そこに行くといい」

「え? あ、はい。ありがとうございます。あの、貴方の名前は?」

口を利いて、その人間がどういう人間か初めて分かることもある。今回の場合はまさにそれだ。

直感的な確信だが、この女子、間違いなく優秀だ。初めに俺の声を聞いたときこそ驚きを見せたが、俺が何を考えたのかも含めて話の大筋を一瞬で理解する。アントニアの眼には、先まであった困惑は既に消え失せ冷静さを取り戻している。感情の起伏は元より少ないタイプなのだろうが、頭の回転が早いことには間違いない。

冷静沈着、頭脳明晰。斎木と同じで、敵には回したくないタイプだ。

「橙乃だ。 詳しい話は麻加部からでも聞け」

「・・・橙乃。 ですか。貴方は、橙乃匡基先輩ですね? 噂はかねがね」

そう言って、一礼してくるアントニア。

美少女からお辞儀をされると、少し戸惑ってしまう。雑誌の表紙よりも、顔のパーツが整っているだけになおさらだ。

「あー・・・いや、顔を上げてくれよ・・・」俺は即座に顔を上げさせる。 女子が寄って来ることはよくあるが、どうもコイツにお辞儀をさせられただけでも少し罪悪感を覚えてしまう。きっと、全く変えない表情にその答えがあるんだろう。無表情ってずっと続けられると、正直怖い。

「いえ、多少部長がお世話になったようですので。 どんな相手にも、この程度の礼儀は当然です」

ここまで丁寧な物腰だったアントニアの言葉が、少し敵意を持って俺を射抜く。無表情を貫いていたのが、少し眉の角度を傾けているのでなおさらだ。

少し怒られてる・・・?でも、アントニアに怒りを買うような真似をしたことは・・・した事は・・・ないとは、言い切れない。

「もしかして、文化祭のことを怒ってるのか?」

「怒る・・・? いえいえ、私が怒ってるなんて滅相もない。私はただ、貴方に尋ね事があるだけですよ」

嘘だ! こういう輩が笑う時は怒る時だって相場が決まってる!

でも、正直ここで逃げるのは、道理に合ってない気がする。逃げるのは、コイツに負けたからと言うことになるし、そもそも相手が腹を割って話してきているのだ。俺が逃げるのは卑怯だし恥だ。

こういう相手は向き合ってこそ、だ。

「その令呪についても尋ねたいですが・・・。サーヴァントも連れて歩かぬ貴方に聞いても・・・」

小声で何やら思案するアントニア。俺の聞き慣れぬ言葉も聞こえてきたから、恐らくは自分の国の言葉で独りごちっているのだろう。噂に聞いた話だが、ギリシャの出であるらしいからな。

こちらから視線を外していたアントニアは、静かに向き直る頃には元の能面顔に戻っていて、透明な水に透き通るような声で問うてきた。

「貴方は、風太の事を憎んでいるのですか?」

その質問に、思わず背筋を正した。

当然だ。あんな事をしたんだから、彼と近しい人間ならそう思うのも当たり前の思考だ。

取り巻きを引き連れ、風太の言い分を全く以て聞かず、挙げ句クラスの出し物を占領。ああ憎いと思われて相違ないだろう。事実、アントニアからはそう思われているに違いない。

だが・・・

「本当のことを言って、幻滅してくれないなら言ってやる」

「・・・覚悟はしていることです。 何を言われても驚きませんよ」

許しも出たことだし、思いっきり本心を吐露してやる。

「・・・俺は、アイツのことを憎んじゃないさ。むしろ、好ましいとさえ思ってる。アイツの人懐こい性格と魅力は、俺にはないものだ。それでいて、努力家なら言うことなしだ。ま、全部殴り倒した後に知ったことなんだけどな。

最初からそれを見抜けていれば、俺はあんな事せずに最初っから迎合の道を選んだろうに」

・・・なんて、都合のいい話だろう。俺は、本心からそう付け加えた。

全く俺は未熟だった。アレ以外に勝利への道はあったはずだが、結局あの方法が最短だと思いこんで・・・ま、所謂やらかしたってやつだ。

起きたことについては仕方がないが、アイツとの友好的な関係を一回にして無かった事にしたんだ。それは悔やまれることなんだ。

後半の方は、情けない顔になっていただろう。俺は、その顔をしっかりとアントニアに見られていた。

壁に寄り掛かるようにして立っていたアントニアは、急に姿勢を正して背中を向ける。もう別れるという仕草だろう。

「・・・人の顔を見れば、私はその人の感情を少しは理解できるつもりです。貴方は、嘘をついてるようには見えなかった。だから、信用しましょう。私は、部長を迎えに行かなきゃならないので・・・これで。」

それだけ言い残して消えてしまうアントニア。

廊下には俺だけが取り残されたかと思ったが、意外と長い時間話し込んでたらしく、登校してくる生徒が窓から見える。

俺は、缶に残ったカフェオレを一気に飲み干す。

「・・・やっぱ、甘いよな」

でも、その甘さは俺の心労を癒やすようで、今だけは感謝している。

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