「アイツが休むようなタマか畜生!!」
「机を叩くな。 今僕が作業中だったら、思いっきり君を叱っていたぞ」
昨日と同じく生徒会室。俺は昨日とは違う鬱憤をぶつけていた。
昨日聞けなかった分、今日こそは聞き出そうと思って、意気揚々とアイツの到着を待っていた。
だが、ホームルームが始まって担任が告げた言葉の中に、聞き流しそうになりそうなほど自然とこんな言葉があった。
『今日、真流さんはお休みです』
貧血が起こったかと思った。余りの衝撃に、脳に血液が行かなくなったのかも知れない。
詳しく担任にその訳を聞き出すと、体調不良だそうで。俺がどうかするような流れじゃなかった。仕方なく引き下がった。
だが、俺はまたも初動を見誤ったようで、周りが全員興奮気味にこちらを見ていた事に気づいたら、ああやっちまったんだな、なんて思ってしまった。
そこから待っていたのは昨日以上の地獄。なんで真流のことを気にかけていたんだなんていう誰かの質問が発端になり、鉄砲水の様に質問が流れてくる。三百六十度囲まれて、逃げ場なんてなく。一時間目が始まる時間になっても、教師は止めるどころか、流れに乗って質問を幾つか飛ばしてくるという職権濫用ぶり。一日限りの噂、幻想だと思っていた物が真実に近づくと言う喜びだったのだろうか。
その熱は数十分冷めることなく、冷めた後にも俺が歩くだけで噂の的になる。監視社会に一人だけ迷い込んだようで、一時も休まるときがなかった。好奇の目って言うのはこんなに辛いものだったのか。
昼休みになった瞬間、教室のドアが開いて他クラスからも生徒が流れ込んでくるなんてことが有ったが、それはもう全力疾走で生徒会室に逃げ込んた。そうして、幾分の時間が経って、斎木が生徒会室にやって来たことでこの騒動は一旦の終りを迎え、一時の安寧を迎えたのだ。
そんで、昼食も食い終わって、忘れかけていた怒りが湧き出した所で今に戻る。
「真流だって、体調を気遣う小間使いとか絶対居るだろイメージで言って! 体調を崩すとか有り得ねえだろ印象で言って!」
「印象で人を判断するとは君も変わったな。 他人の風評にあてられたか?」
「・・・わっかんねぇ」
当てられてないか・・・と言われたら微妙になるな。俺は人一倍、他人の影響を受けないように生活してるように意識してるが、もしかしたら、がある。
さては、知らんうちに・・・って。
「これ話の本題じゃねぇよ。 話題を掏り替えようとするな」
俺は他人の影響を受けまくりだった。斎木に見事に話題転換させられそうになったのに気づいたのは幸運だったが、危なかった。
当の斎木はと言えば、静かに笑っている。俺が困惑するのが少しツボに嵌ったらしい、巫山戯んな。
「そもそもアイツは昨日・・・」
そこまで言って、俺はマズイことを言いそうになったと口を噤む。
「・・・昨日?」
「いや、なんでもねぇ」
昨日、人を殺していた・・・なんて、口が裂けても言えないだろ。幾ら気分が昂ぶってるとは言え、言っていいことと悪いことがある。
そもそもアイツはなんで・・・。一度出てきた思考を止められず、むしろ拍車が掛かる。
あいつの昨日の殺し方・・・なんというか、慣れている、という印象を受けた。当然、あの男を殴り倒したのは俺だし、助けが来なかったらどう有っても死んでいた。だが、アイツがナイフを振るう瞬間、表情は見えなかったが、少なくとも動揺の色は感じられなかった。となれば、そういう状況に慣れているということに他ならない。
真流は一体何をすれば、人を躊躇なく殺せるように成長するのか・・・。それだけが気がかりだ。
「・・・なんなんだよ、一体・・・」
「それはこっちの台詞だ」
額を押さえて考え込んでいた俺は、斎木の言葉で我に返る。いつの間にか、俺は周りの状況が見えなくなっていたらしい。
「ああ、悪い」
自分でも気の抜けた返事だなと思う。抜かりない斎木は、俺を当然怪しみ、視線で俺を焼くんじゃないかって程に見つめてきた。
どうも俺は此奴の目が苦手だ。表情を見るのに長けすぎている面がある。味方なら心強いが、こうやって怪しまれていると、不気味で仕方がない。俺の思考が丸裸なんじゃないかという妄想さえ抱いてしまう。
そうして無意識に心の中で助けを求めていると、願いは通じて
そこには、柔道部の顧問教師でもある体育教官、柴田
「おう小僧ども! 楽しんでるみてぇだな!」
そうらしい。一言目から分かった。というか、俺と柴田とは面識がないはずだが、そんな相手に小僧って呼べるか普通。俺は普段どおりに笑いは返せたと思うが、どうなっていたかは分からん。
「柴田先生。 今日は一体どんな用ですか?」
「お? いやぁ、今朝ウチの小僧が用具を移動したみたいでよ。生徒会に話は言ってるかどうか確認しに来たんだ」
その話を聞いて、俺は思い当たるフシが有った。そして、斎木にも有った。
それは、さっき俺たちが昼飯を食べている間に、俺の方から通しておいた話だからだ。先程、俺が机を叩く直前に書類の整理は終わっており、既に不備は見つからないほどに作業は終了していたからだ。
その旨を斎木が伝えると、柴田は心の底から嬉しいように笑い、斎木の背中を叩いた。
「いやぁ、さっすがお前だ! 有能すぎて笑えてくらぁ! そんで、お前は誰だ!生徒会の奴じゃァねねぁ・・・。さては、テメェが噂の・・・」
と、顎髭を撫ぜながら、柴田が怪訝そうにこちらを見つめる。生徒会室にもズケズケと入り込み、無礼という言葉は彼の辞書にはないと言わんばかりに俺の
「そうだ! 橙乃!お前が橙乃だろ!真流とコレだって噂の!」
「やめてくれ」
小指を立てた柴田を、二つ返事で窘める。どうやら俺達が知らない間に随分と噂は飛躍したらしい。若しくは柴田がただ普通に勘違いしただけか。視界の端で斎木が吹き出して笑っていた。後で覚えてろよ。
「俺と真流の間には、そんな関係はない」
「ケッ、ツレねぇ小僧だ。そこはいっそ、認めちまうもんじゃねぇのか? 若しくは、勘違いを事実にしちまったりとか! ハッハッハ!」
そう大仰に笑う柴田。この男、無神経の国からやって来たんじゃないのか。柴田と初めて会話を重ねているが、コイツの言葉に恐ろしさを感じずにいられない。
この男の豪胆さ・・・もとい、無神経さを更に実感する前に、早く帰って欲しいものだったが、矢張り上手くいかないらしく、俺についての話に花が咲いてしまう。いつの間にか生徒会室の椅子を一つ分捕り、学校生活について、私生活について、趣味や特技の話なんかに発展していった。それに対して、俺は多分取り留めもない回答ばかり積み重ねて言った。
その取り組みの中で、コイツはやっぱりデリカシーの無い男なのだと何度も認識し、ウンザリし始めていた時に、思い出したように柴田は俺の手の傷について触れた。
「そーいや、その手はどうしたんだ?」
「これか。 家でガラスの欠片で切った傷だ。こんな形になるなんて、どんな偶然なんだか」
そう俺は、多分表情に不自然さを出さないだろう嘘をのたまった。最初からコレを聞かれたらそう答えようと決めていたからだ。だって、割れるような頭痛の後にいつの間にかこれが有ったなんて言えないだろ。
柴田はもちろん、斎木もこの回答で納得してもらったようで一安心。斎木が納得してくれたんなら誤魔化しは完璧だったということなんだからな。
「完璧小僧も、案外抜けてるトコがあるんだな」
柴田が、心底驚いたようにこちらを見つめてくる。だが、笑いは崩さない当たり質が悪い。まるで、親か何か、自分より上の存在に慈愛の笑みを向けられてるようで嫌になる。
「完璧小僧なんて呼ばないでくれ。 俺は完璧ではないし、小僧でもねぇ」
それに対し、何処と無く思っていたことと違う否定をする。
その否定に対しても、かっかっかと言うような乾いた笑いをしながら、柴田は席を漸く立った。
「良いじゃねぇかよ。 兎に角、気ぃ付けろよ~?夜道を歩いてて、蹴躓いて腕を折っちまうなんて、そんなバカみてぇな事しねぇようにな! ハッハッハ!」
そして、笑い声の残響を残し、柴田は廊下から出ていった。
その余韻に浸る間もなく、俺と斎木は電池が切れたように机に伏した。彼の扱いに困っていたのはどうやら斎木も同じだったらしい。疲労は共通し、腑抜けた梟のように魘された。
「なぁ、アイツ・・・なんでここに来たんだ?」
そう、心の底からの疑問をぶつけると、斎木は、分かるはずがない・・・と言うように首を振った。
「恐らくは、柔道部の用具の移動が本来の用件だったんだろう・・・。だけれど、君が居たことに対して、とてつもなく興味が湧いてしまった・・・って所だろうね」
そう言って、斎木は突っ伏していた体勢から立ち直る。そのまま俺の方に向き直った。その顔には冷や汗がふんだんに浮かんでいて、柴田に対する困惑が表層に現れていると言う印象を受けた。
そして、それは正しかったのだと俺は心の何処かで思いつつ、洞に声が響くように斎木の警告を物理的ではなく心理的に遠くから聞いていた。
「彼に見初められてしまったなら、お気の毒だがこの学校にいる内は彼からは逃げられない。柴田からの干渉は、それこそ彼が飽きるまで続くのだからね」
「それは・・・嫌だな」
俺は虚無的な笑いを浮かべたんだろう。その笑いの意味・・・詰まりは、日常的に良く見る感情である、不合理への絶望、その非常にライトバージョンを感じ取って、斎木も同じ笑いを浮かべる。コイツもそれの経験者なのだろう、俺がその詳細を問い質そうとするも、斎木の語りに先を越されてしまった。
「それに、あの柴田って男は、正直性に合わない」
「・・・お前に苦手な男が居るってのは驚きだな」
半分冗談、半分本気で俺は答えた。こいつのことを苦手な奴は多く居れど、まさかこの男に苦手なやつが居るとは夢にも思わなかった。だが、当の斎木は俺の感情なんて知る由もなく、日記帳に独白を記すように空中に言葉を零していく。
「柴田のあの快活さの根源は『余裕』なのだろう。・・・ああ見えて、裏表のない性格から、周囲からの人気は高い。だが、裏表のないという事は『表に出すほどの余裕に溢れてる』って事になる」
「・・・はは」
俺の笑みはきっと自分史上一番乾いていただろう。
あんなに筋骨隆々の男が、余裕に満ち満ちているとなったら、嫌な予感はするだろう。フィクションだったら、間違いなく強キャラの言動だしな。苦手になる理由も何となく分かる。
「それとは別に、柴田はしつこいぞ? まぁ、災難だったな」
「勘弁してくれよ・・・最近の俺は災難ばっかりか・・・」
そんな俺の苦悩は、誰かに理解される事もなく消えていった。
今日は、余り実入りのない日になった。
真流から、昨日の全ての真実を聞き出すつもりで居たんだが、結局肩透かしを食らった上にストレートでパンチを見舞われたような不運の繰り返し。
家からバイト先に行くまでの道で、何回ため息を付いたかわからない。
「と言うか、なんで俺がこんなに不運な目に遭うんだ。 悪いこと何もしてないんだがなぁ・・・」
実際にはしてるんだが、気分的な問題だ。天罰と言ってしまえばそれまでだが、そこを認めたら自分の中になる何かが壊れる、ような気がする。
そんな矛盾に、また一つ溜息をつくと、階上に居る先輩から怒号が飛んでくる。
「何溜息ついてるんだ! 早く運んでこい!!」
「はーい!」
これ以上先輩を怒らせる前に、俺は自分の荷物である箪笥を持つ。
俺は、金を稼ぐためにバイトを家でのモノも含めれば結構な数持っている。生活費を稼ぐため、と言わないのは親父が残した遺産でも十分食い繋げられるからだ。労働は半分趣味で、今日の引越のバイトもその一つだ。肉体労働を必要とするアルバイトは、一概にして収入が良く、鍛錬にもなる。即ち一石二鳥だ。特にこの引っ越しのバイトは、俺は大きな家具を一人で持てる逸材として、期待の星なんて扱われてるらしい。実際、今日の仕事もや最近出回ってる中で一番大きい冷蔵庫、洗濯機、箪笥などを持たされている。どうやら大家族がやってきたらしい。流石にそんな家具を10階以上に階段使わされて運ばされるなんて思わなかった。魔術の特性上鍛錬を欠かしたことはないが、ここ最近で一番の重労働だったかも知れない。因みに、先輩は三人がかりで家具を持ってる。
そして、一番の大荷物だった戸棚を運び終わったら、汗だくの体が悲鳴を上げて、肺が空気の循環を精一杯始める。
「がはぁぁぁ!! コレで終わりです!」
「おう、お疲れ様。 俺らの三倍働いたんだからマジで疲れたろ。今日は奢ってやる」
流石に憐れまれたらしい。 じゃぁ漬け込むとしよう。
「駅ビルの焼き肉で。 上焼肉コース頂きます」
「お前・・・容赦ねぇな・・・」
だが、否定されなかったのは了承という証拠だ。彼処は学生には手を出し辛い価格設定なので、偶にしか行かない店だ。最後に行ったのは、斎木を抜いて定期試験で学年一位を取った時だから・・・半年前か。まぁ、今日は筋肉が疲れ果たした事だし、これぐらいは許されるだろう。
その疲労困憊の俺達に、依頼主の女性が近づいてくる。
「お疲れ様でした。 こんなものしか出せませんが・・・」
そう申し訳なさげに出されたのは、湯呑に入れられた麦茶だった。湯気が立っていない所を見ると、冷たい方だろう。というか、熱い方であってたまるか。
俺は湯呑を掴み、掌の熱が奪われるのを感じて心の底から安堵して、中身を一気に呷る。疲れ果てた体に冷たい茶は良く沁みて、体の熱が一気に引いていく感じがある。自然と唇の端が釣り上がった。
「まさか、エレベーターが使えないなんて思わなくて・・・ご免なさい。特に・・・貴方には、申し訳ないことをしました」
その言葉が、俺に対して向けられていると気づいたのは、数瞬経った後だった。俺は別に疲れ果てたことに対して鬱憤が溜まったわけでもないし、構わないんだがな。
「良いですよ。 体、鍛えられるんで」
そう言いながら、固まった関節を伸ばす。物を長い間持っていると、自然と全身の関節が痛むものだ。バキバキと幻聴が聞こえてくるような気がする。
それで、伸ばしついでにこの部屋を見ておくと、マンションの一室とは思えないほど広々としているのが分かった。うっすらとそうではないかと思ってはいたが、改めて見ると、この市の中でも一二を争う程度の広さなのではなかろうか。
「そういえば、貴方はどうしてこんな半端な時期に引っ越しを?」
閉じた扉の向こうから先輩の声が聞こえる。言われてみりゃ、12月って半端だ。年末年始の方がそれっぽいのではなかろうか。質問に対する返答が聞こえてくる。
「主人が、この辺りに転勤になりまして・・・。主人は拒んでたんですけど、家族全員でお願いして、全員で引っ越すことにしたんです。それで、このマンション・・・いい条件だった割に、凄く安かったから」
「あぁ~・・・そりゃ、そうかもですね」
先輩が、こりゃぁマズイとばかりに言葉をつまらせる。 きっと扉の向こうでは、不思議そうに先輩を見ている女性の姿が見えてるんだろう。
ここは、俺が助け舟を出してやるか。俺は扉を開けると同時に口を開く。
「最近、物騒な事件が多いんですよ。この市は。この3日間だけでも、メッチャクチャな事件が結構有ったんです。多分ニュースでも触れられてると思いますけど・・・
1つは、粉砕事件。人体が、何か巨大な物に殴打されたように、粉砕骨折や内臓破裂したような姿で発見される事件です。まるで軽トラにはねられたみたいに」
この事件の真相は俺なんであるが、隠しておかねばならない。世間一般では、犯人不明ということになっているので、それを伝えておく。
「2つ目は、人斬り事件です。1つ目の事件と何が違うのかと問われれば、死因が違います。主要な血管を斬られたことに拠る出血性ショック死ですね。まるで日本刀に斬られたように、バッサリって奴ですよ」
当然、俺が引き起こした物じゃない。当然、これの犯人も速く見つけてやらねばならないだろうが、隠蔽が兎に角上手いのか、まだ尻尾を掴みきれないでいる。だが、女性の血の気が引いてるのを見て、ああやっちまったと思っても既に遅し。じゃぁ、ここまでにしておこうか。
「そんで、3つ目は・・・ああ、コレは別に事件って訳ではないんで安心してください。すんごい雷が降ったって奴ですよ。今年は特に酷かったんですよ。 まぁ、こんなのに象徴されるように、この街じゃ良く不気味・不可思議な事が起こりに起こる。だから、部屋が思いっきり安くなるんですよ。言わば、都市レベルでの事故物件ですよ」
「そうなんですか・・・」
と、一先ずは納得してくれたようで何よりである。
正直、これらの一端は裏道での犯罪の多さにあるんだろうが・・・俺が越してきた頃には既にこんなんだっただろうし、多分この市が無くなるまでは治らないものなんだろう。ならば受け入れて生きるしか無いのか?それは違うだろ。だから俺は、こうして・・・。
そこまで考えて、空気が重くなってることに気がづいた。女性の方なんて、この街に引っ越してきた罪悪感なり失敗からの無念なりで、泣き出しそうだ。ここは、何とかして空気を変えなければ。
「でも、この街は良い物も多いんですよ。漁港ではカニや鯛なんか良く上がりますし、冬には、車で15分も走らせればスキー場に行ける。あの荒野だって不気味だけど、慣れちゃえば良い休憩スペースになりますしね~」
そう言って、俺はカーテンを開けて荒野の方向に手を向ける。町外れには荒れ果てた野原がある。別に悪い土地ではないはずだが、なぜか背の低い草しか映えなくて、老人たちは祟りだなんだ言っているが、そんな事を覗いてしまえば特に悪い場所ではない。女性も事実、息を呑んで喜んでいた。
だけど、俺はそれどころじゃない。俺は別の理由で息を呑んで、不可解な事実に驚きを隠せずに居たからだ。
「・・・あんな建物、有ったか?」
驚きの余り、敬語が取れる。だが、そうなるのも無理はないだろう。
見慣れた荒野に・・・つい1月前も、そこで寝転んだ場所に。まさか、巨大な建造物が建っているとは、夢にも思っていなかったからだ。それは、王城と言ったほうが良いぐらいの威容を持っていた。この街には、多くの富豪たちの屋敷があるが、その全てを合わせて漸くあの巨大建造物一つと大きさで張り合える程度だろう。
昨日の夜ビルから見下ろした時、あんな建物は見つけられなかった。単純に俺が見落としていただけか・・・?それなら良い。だが、あれが一夜にして作られたものなのか、若しくは相当注意しないと見落としてしまうような不思議な力が宿っているのか。そのどっちかだとしたら、あの建物は相当危険な代物だ。
「・・・どうしたんだ、橙乃」
「先輩、あの野原に、あんなモノ有りましたっけ・・・?」
そう言って、俺は恐る恐るその建物を指差す。多少指が震えていたかも知れないが、そんな事関係ない程度の大きさの建物だ。当然分かるだろう。
だが、俺に返ってきたのは、より悪い方の答えだった。
「あんなモノ・・・? 何のことだ」
「え?いや! アレですよ! 貴方も、見えてるでしょう!?」
俺は、その答えのことを信じきれずに取り乱してしまう。
だが、女性は俺のリアクションを見て、さっきの話の余波も有ってか涙を浮かべてしまう。先輩は、矢張りあの建物の事が見えずに居るのか
「お前・・・疲れてんだよ。 さっさと焼肉食って休もうぜ」
なんて言って、俺の事をなだめる始末。
だが、なだめられて却って冷静になったからか、俺はある言葉を思い出していた。どうせ夢の中だしと忘れかけていた言葉だったが、こうなってしまえば、目を背けてはいられない。
“君の夢を追うというのなら、街外れの荒野に来ると良い”
その言葉が、脳内に響き渡るイメージのまま。 俺はとても遅れた返事を浮かべた。
ああ、望む所だ。 と。