「で、状況を説明してもらおうか」
正座が実に様になっているが、真流が言う。笑っているのが却って怖かった。まるで彼女の目の周りだけ濃い影がさしたように、彼女の暗澹とした感情を感じられたからだ。
俺の隣に座る少女も、無言で威圧してるのが感じられる。剣と少しの防具さえ取り除けば、まるでドレスを着た令嬢のようにも見えるだろうが、さっきの戦いぶりと、今飛ばしている剣呑な視線には優雅さとは無縁の恐ろしささえも宿っている。
深夜の屋敷。真流の家なのかは知らないが、黒いスーツに身を覆った男たちが大勢いる、まさしく極道のテンプレートの此処が、彼女の家だと信じたくない気持ちが一抹残ってるが、否定されることになりそうだ。
俺は二人の視線に押し潰されそうになりながら、こうつぶやくのが精一杯だった。
「どうしてこうなった・・・」
その経緯は、一時間前にまで・・・つまりは、俺達が荒野に居たときに遡る。
ライダーを地面に叩きつけ、俺らが『お前は誰だ』という疑問を同時にぶつけていた際、近くで息を呑む音が聞こえた。
それに二人同時に注目すると、そこには俺にとって見慣れた顔と、見知らぬ男が立っていた。
真流が従えているようにして立っていたのは、短槍を肩に担いだ色男と言うべき背の高い男。だが、ライダーと呼ばれた女性と同類の気配を感じて、俺はまた一つ身震いを重ねる。
「“闇”のランサー・・・ですね。そこに居るのはマスターと見受けられます」
「そっちはセイバーだね? いやぁ良かった。実は、闇のサーヴァントとマスター探しに精を出さなきゃならないかと困ってたところなんだよ。幸先が良さそうで助かる」
「セイバー? いいえ、私は
「え?」
「え?」
二人が噛み合わない会話に首を傾げ合う。俺は置いてけぼりになったが、これ好都合とライダーの方を向く。
すると、既にライダーは立ち上がっていて、傷だらけの体でも剣を力強く握っていた。
「一人増えたか・・・流石にこれ以上やられ放題と言う訳にも行かん・・・。 ここは宝具を解放して・・・」
と、今にも襲いかかりそうな雰囲気を出していたが、急に表情を変えて、困惑を顕にしてライダーは虚空と会話を始めた。
「何だ・・・見逃せ? 貴様は我儘ばかりだ、今回ばかりは聞けん・・・あのな・・・」
何やら誰かと会話しているようだ。携帯電話で会話しているような雰囲気だが、携帯を持っている風には見えない。魔術でも使ってるのだろうか。
ライダーが臨戦態勢を解いたことで、俺達も自然と拳やら剣やらを降ろす。そして、ライダーの誰かとの会話が終わった時、不承不承と言った表情を全く隠さずに俺達に向かって言った。
「・・・決着は次回に預けろ、だそうだ。
俺は、あの神殿に近づく障壁が無くなれば達成が容易になる。だからその判断自体に反論はない。当然疑問は山積されているが、それを氷解させるのには朝日が登る時間まで必要なのは判っていたから、黙りこくっていた方が得だと思って、行動に移した。俺は黙ってうなずく。しかし、煮えきらぬといった表情をしていた
「反論は有りませんが、質問があります。 貴方がた・・・“光”の国は、一般人を襲うことを良しとするのですか?」
その一般人、の範疇には俺も入ってるのだろう。 非常に不本意だが、それをいちいち取り上げることは双方行わぬようだ。
「私個人の見解で悪いがな。 必要に駆られれば、だ。こちらから襲うことはないし、襲う理由もない。此奴は、我らの神殿に押し入ろうとしたから斃したまでに過ぎない」
「そのために、人死にが出てもいいと?」
「出すなという命令が出ていなかったからな。 貴様からの嘆願ではないぞ?」
「・・・ありがとうございます。 理解できました」
それだけで十分と判断したからか、少女は一歩退く。 俺達が口を開かなくなったのを、頷きながら理解したライダーは、不用意にも背中を向けて歩いて帰っていく。
そこで、ふと思い出した事があって、俺はライダーに呼びかけた。
「俺は、今から神殿に行っちゃダメなのか?」
「敵を招き入れるほど間が抜けちゃいないさ」
「敵?俺が?」
ライダーは振り返ること無く答えるが、俺はその台詞にピンときていない。しかし、それを説明するほどの器量を持っているわけではないみたいで、ライダーは短くこう告げただけで歩くことを再開した。
「ああ、敵だよ。貴様はな」
その真意を深く確認することもできず、誰もが見送るしかなかった。
神殿に行こうとしたいが、ライダーが敵だと判断した以上、俺が走り始めた瞬間本気で俺を排除しようとするだろう。それは面倒だ。
だが、此処で引き返すわけにも行かない。夢の言葉が未だに俺を縛り付けている。だからこそ、俺は決めあぐねていたわけだが、ライダーが見えなくなった頃に、肩を叩かれたので思考を止めた。
いや、叩かれたと言うには少し乱暴だったか。掴まれていた。痛い。 この状況で俺の肩をつかむ人間なんて一人しか居ないからな。
「で、話があるんだけどさ? 付いてきてくれる? 無論、そっちのサーヴァントさんも」
真流は笑っていた。 だが、何故だろう、拒否した瞬間大事な何かを簡単に奪い取られる気がした。拒否することに対する恐怖が浮かんでしまう。
「“闇”のランサーと、そのマスター。 私は何処の陣営にも属しません、ですから、私を懐柔しようとしても無駄ですが・・・」
「はいはい、ま、話を聞くだけ聞いてくれや。 心配すんな、少なくともオレ達は危害は加えやしねぇよ」
と、色男が俺と少女の方を叩いて話しかける。その笑顔は、人たらしのそれであって、これがもし食事の誘いであったなら笑顔で頷き返してやっただろう。
だが、真流の笑みが怖い。 頷くことには変わりはないが、その事に嫌悪感が蛆のように湧く。
「話を・・・聞くだけですよ」
「うん、良かった。 じゃ、こんな所で長話なんてできないし、落ち着ける所に行こうか」
それで、連れてこられたのが極道の屋敷みたいな此処だったんだ。
何人もの黒スーツに包まれた男に睨まれながら入っていった事は、既にトラウマに認定されそうなところだ。
それで、誰かしらの私室・・・と見るべき部屋に通されたらこの状況だ。畳が隙間なく敷かれた和室・・・そこで、机を俺と
なんにせよ、真流の方に聞きたいことは数え切れないほどある。だから、この状況は僥倖と取っていいのだろうが・・・。
「もう少し、歓迎ムードを取ってくれよ・・・。息が詰まる・・・」
俺は、机に肘をついてため息を吐いて絶望するしかやっていないのであった。
「理不尽なこと言わないでよ。 ちゃんと場所は用意してあげたでしょ?」
「アレがお前の手下なら、お前から一言言ってやりゃあの視線から解放させられたんだろ?」
「それは・・・ほら、お返し?」
いつのお返しだってんだ・・・。さては、昨日の事を言ってるのか?
昨日のお返しだと言われたんなら何も言い返せはしないが、そのためには状況の整理が必要だ。相手は、状況を話せ、と言っていた。
俺の方から聞き出したい気分ではあるが、仕方がない。俺は自らの来歴を端的に説明した。
自分が幻視に苛まれていたこと、真流の手の傷について悩んでいたこと。自分にも似たような傷が生まれたこと、神殿に来いと夢の中で言われたこと。
話を続けるごとに、二人の反応は驚きに満ちたものになっていっていた。
「それで、ライダーと闘っていたら、いつの間にかこいつが後ろに居たんだ・・・っと、これ以上の説明は居るか?」
「ううん、大丈夫」
空の湯呑を差し出す、そうすると真流は急須を手で示す。自分で入れろということか、とことん歓迎されてない。真流は溜息をついて、沈むような声で重くつぶやく。
「まさか、橙乃が魔術師だったなんてね・・・」
「そんなに意外か・・・?」
「意外って言うよりは、失念かなぁ。 気づかなかった私の責任だし、これ以上何も言わないけどさ」
手をひらひらと振る真流。 その動作の意味は不明だが、諦めと言った感情はなんとなく読み取れた。
「っつーか、それを言うならお前の家こそなんだ。 完全に極道だろ、それに魔術師なんて盛り沢山だな、お前・・・」
「うん、そうだよ?」
悪びれもせずに言われると、逆に気圧されてしまう。 なぜだろう、社会的な立場で言えば俺のほうが上なはずなんだが・・・。
「勿論、橙乃君はそんな事言わないって信じてるよ?」
「当たり前だろ」
俺の答えに、心底意外そうな表情で無言の返事をする真流。だが、俺しか知らない真流の秘密、って形でこの形を暴露してみろ。
俺が狂ったと取られる方がまだ良い、最悪『なんで橙乃だけそれ知ってるの? もしかして家行ったの?』みたいに、下世話のオンパレードだ。
もう懲り懲りなんだから、こいつの事についてはもう一切語らん。
「しかし、そういう経緯かぁ・・・随分変わってるねぇ」
「そうですね」
今まで無言を貫いていた
「まず、自分が知らない間にサーヴァントを召喚してるなんて、普通じゃないね」
いや、まず、の話題から全くわからん。
「さっきから聞いてるが、そのサーヴァント・・・とかマスター、ってのは何なんだ。一から説明してくれ」
「あ、そっか。 そこから理解できてないのかぁ・・・じゃ、セイバーには悪いけど、そういう基本知識の確認から始めていこうか」
「はい。 では、私は補足で口を出すのみにさせてもらいます」
助かるよ、そういう真流の顔は、いつも学校で見せるそれとは少し違っているような気がした。気ままに笑いながらも、哀愁が漂っている、といった表現が正しいのだろうか。
だがそれでも、いつもの饒舌さを崩すことはなく、真流は口を開いた。
「まず、今私達は聖杯大戦、ていう戦いを繰り広げてる。
ものすごく簡単に言うなら、あらゆる願いを叶えられる『聖杯』を奪い合うって事」
龍の珠の漫画みたいな話だな・・・。俺は一人で勝手に要約している。
「で、七人対七人の魔術師が争い合うんだけど、その時に私達の戦いの助力・・・と言うより、主に戦いの舞台に立つのが、サーヴァント。
一言で言っちゃえば使い魔なんだけど、これは私達魔術師の力を遥かに上回ってる。まぁ、その力はさっき体験したばかりだと思うけど・・・」
歯切れが悪いのは、俺が
心配しなくても、その力は十分に理解できている。事実、
「それなら良かった。基本的に一人の魔術師に対して一人のサーヴァントがついて戦う。で、さっき貴方が会敵してたのは、ライダーってサーヴァントなんだけどさ・・・。ここでついでにサーヴァントの種類について説明しちゃおっか」
そういうと、真流は徐に棚から一本の瓶を取り出し、それの中身を机の上に垂らす。
赤黒くて、鉄が錆びたような匂いから、それの中身はなんとなく察したが、問うのは怖いので聞かないことにしよう。
「その中身は・・・まさか・・・」
だが、
しかし、言外に含まれた意味を完全に理解していても尚、真流は笑いながら答えてきた。
「うん、私の血だよ? 大丈夫だって、この部屋を汚しはしないよ」
真流の言う通りに、血は物理法則を無視して立体的な物体を形どっていく。
それは、チェスの駒のようで居て、全く違う代物だった。
チェスのそれより一回り大きいそれは、それぞれが全く違う意匠で作られている。それぞれが鎧の溝や、衣服の皺にまでしっかりと拘られて作られているのが分かるが、それ以上のことが解らない。それぞれが何を指しているのか、俺は並べられた八個の駒を眺めるしかなかった。
「聖杯大戦に置いて、七人のサーヴァントが用意されるのは話したよね? サーヴァントは、その全員が歴史・神話・伝説に置いて大きな功績を残し、信仰や敬愛の対象になった英雄であった訳だけど、当然そういう輩には弱点がある場合がある。
例えば、アキレウスならば、パリスに踵を射抜かれることで命を落とした。アーサー王ならば、カムランの丘で
有名人であるがゆえの苦悩ってやつだね。 それを隠すために、普通はクラス、つまりはそれぞれのサーヴァントの役割・得意分野に応じた名前で呼びあうことがほとんど。その七種類のクラスっていうのが、」
そう言って、真流は駒を一つずつ指さしていく。甲冑姿の剣を掲げた駒を指差して
「剣術に長け、ステータスも高いことから“最優”と目されることも多い『
次に、軽装の槍を掲げた駒を指差して
「槍術の使い手である、最速の戦士『
次に、弓弦を引き絞る乙女の駒を指差して
「弓術、飛び道具による攻撃を主とする『
次に、王笏を抱える鎧の騎士の駒を指差して
「戦車を乗り回すなど、機動力が高い『
次に、ローブを被って杖を持つ老人駒を指差して
「魔術のスペシャリスト『
次に、獣の面で覆われた筋骨隆々の男の駒を指差して
「理性を失いながら、戦場を暴れまわる『
最後に、髑髏の面を被る、短剣を両手に持つ駒を指して
「その名の通り、戦闘を避け、奇襲暗殺で翻弄する『
「ああ、解り易かった・・・が、なら、なんでさっきのライダーは、戦車を曳いてなかったんだ?」
さっき俺と闘っていた時、ライダーは終始己の剣のみを武器として闘っていた。当然、それだけでも脅威であることには変わりないんだが。
それでも、
「それは多分、あのライダーが戦車なんて無くてもいいって考えてたから・・・か、
「宝具? 名前の響きからして、大事なものってことか?」
「当たらずとも遠からずって所だね。70点。宝具っていうのは、その英雄のことを名指すのに最も効果的な
アーサー王ならば
それらの多くは、宝具の名前を高らかに宣言することで真価を発揮するけど、それは同時に自分の正体を晒す危険も孕む。というか、それ自体が英霊個人を示す信号になりうる。
だから、ライダーは自分の
「はぁ、なるほど」
今後のことを考えて、力をセーブしたと考えられるわけか。自分の正体を明かされれば、次に弱点を徹底的に突かれて倒される危険性がある。
当然、ライダーはその宝具とやらを用いて俺達を蹂躙することも考えただろう。念話によって会話している時に、逡巡が見られたからだ。
それらを天秤にかける事も、駆け引きの内・・・か。
「で、話を戻していいか?」
俺は、先程真流が示さなかった駒を指差す。それは、天秤を持った女性の駒だ。
すると、真流は首肯し、他のコマを全てどけ、その駒だけを見せるようにして置いた。
「これは『
ま、本来は召喚されない
真流は、俺の隣に座って茶を飲んでいる少女を一瞥した。当然だ。彼女は、自らのことをルーラーと名乗っている。
そして、真流の説明を照らし合わせ、彼女の言動に漸く合点が行った。それならば、彼女が誰にも属さないと言った発言にも納得できる。
しかし、真流はその俺の思考を引き剥がす一言を発した。
「私から見たら、彼女のマスターは橙乃君のハズなんだけどなぁ・・・」
「はぁ!?」「はい!?」
俺と
使役している魔術師の居ないはずの彼女。しかもその主が俺のことだった。
二人同時に驚きが来て、湯呑が浮くほど机を強く叩いてしまうのも仕方ないだろう。真流は一瞬肩を震わせるが、冷静を取り戻しながら答える。
「私だって、
でも、私から見たら、その子は
彼女の説明はたどたどしくも、嘘偽りがないという事は伝わってくる。その事は
しかし、座り直した所で少女は反論混じりに言葉を発する。
「・・・ランサーのマスターが言っていることは、概ね間違いはありません。
聖杯戦争によって、世界や衆生への影響を極力少なくすることが、私に与えられた役割です。
そして、私に
彼女が言葉を発する度に、俺の脳内と周囲の空気に懐疑が生まれていく。しかし、少女もそんな事は判っていてこの告白をしたのだろう。
ですが、と彼女は続けた。
「体に違和感があるのは確かです。 不自然な召喚でしたし、私の霊格・・・つまりは、ステータスに影響が及んでいるのかも知れません。
そこで、貴方がマスターだというのなら、貴方が私のステータスを見れば全てが明かされることです」
「ステータス?」
俺が分からないことを察してくれていたのか、
「私も感覚的なことしか言えないのですが、私の事を見抜こうと凝視するような事をしてください」
「ふぅん・・・」
俺は言われるがまま、
何やら、英文の様なものが見える。ひたすらの文字の羅列。煩雑極まりない中でも、本能的な感性で拾うべき文字を見つけていく。
「クラス・・・ルー・・・いや、書き直されてるな。 セイバーだ」
「書き直されている?」
「あぁ、えぇっとなぁ・・・紙はないか?」
言葉で説明するのは難しいから、書いて説明しようと思った。真流は、その意図を介してくれたのか、部屋から一旦出て戻った時には小振りな紙とボールペンを握っていた。
俺はそれを受け取ると、見た景色をそのまんま書き写す。
単なる英単語の集合体に二人は辟易しているが、記した文字の所々で興味を引かれたように視線を移動させる。
しかし、その景色の中で最も違和感のある箇所を、俺達三人は最重要であると共通理解に至っていた。
『Ruler Sabor』
確かにそう書かれていた場所は、彼女がもともと
「なるほどね。 私には取り消された部分は見えてなかった・・・きっとマスターにしか見えない情報なんだね」
真流は、一人合点が行ったように頷いている。
そして、俺はその風景の中で感じ取った印象を一つずつ言葉にしていく。
「この部分は、能力値だ。 筋力だとか、魔力だとか言う単語が見られたからな。 これは、スキル・・・か? 専門用語が多くて詳細は分からない」
「うん、そうだね。 私が見た情報とほとんど合ってる・・・と思うよ。お世辞にも高いとは言えないステータスだね。
「そうですね・・・。
どうやら、これは十分低いらしい。基準が分からん・・・。そういえば。
「真流の・・・ランサー? アイツのステータスはどうなんだ?」
他者のステータスを参考程度までに把握しておけば基準を把握できるかも知れない。そう思って、俺は真流に対して問うた。
「ランサーの聞いてもあんまり参考になんないよ? この中で負けてるのは一個もないし、ほとんどが2ランク以上上の値だし」
「そうでしょうね。 彼の名はメレアグロス。 大抵の英雄と比べては、その行為そのものが不遜です」
あの男、あんなにレベルが高いのか・・・? だが、アイツがあの男がカリュドーンの英雄メレアグロスならば、確かに生半可な戦士など歯牙にもかけない実力者なのだろう。
と、そこで俺は一つの疑問に思い当たった。
「ルー・・・セイ・・・」
「今はセイバーですから、そう呼んでください」
「すまん。 お前、メレアグロスと知り合いなのか? 名前言えてるじゃないか」
荒野で真流と遭遇した時、セイバーは一瞥しただけで名前を言い当てていた。
こいつが初対面の相手に狂言を吹っかけるような女には見えない。つまり、彼と何処か出会ったことがあるというのだろうか。
「私はメレアグロスとは、生きた場所も時代も違う・・・と思います」
「でも、言い当てられた」
真流もこっちの類推に参加してきた。さっきの説明の中で、英雄の名前についての重要性を語っていた以上見逃すことは出来ないんだろう。ただでさえ、メレアグロスは弱点が目立つ英雄だ。そのマスターたる真流からすれば、溜まったものではないだろう。
しかし、セイバーはさも当然であるかのように返答をしてきた。
「元・
神明裁決のスキルとルーラーとしての知覚は消されてますが、真名看破は残っていましたから」
「真名看破? そういえば、そんな言葉有った気が・・・」
「名前通りですよ。対象を見ることで、サーヴァントの真名を知覚するスキルです」
その説明で、俺だけでなく真流も驚きが隠せなかったようだ。そりゃそうだ。あまりにも強力過ぎる。
飽くまでもこれは
二人して息を呑む。 そして、ほんの少しの沈黙の後、真流が耐えきれなくなったように口を開いた。
「え? それじゃぁ、もしかしてさっきのライダーの真名も判ってるって事・・・?」
「いいえ」
セイバーは眉一つ動かさずに言った。その返答に対して、真流はズッコケた。恐らくコメディ的な反応をしたかったのだろうが、寧ろその反応にセイバーは驚いていた。
「だ、大丈夫ですか・・・?」
「い、いいよ・・・続けて続けて」
本気で心配していたのか、セイバーはまだ彼女のことは心残りらしい。でも、話を止めるのも彼女の中では芳しく思えないだろうから、咳払いして続けた。
「やはり大きく弱体化されているようで、私が感じ取れるのはほんの少し・・・それも、雰囲気や所作といった軽いものだけです。私が彼の名前を当てられたのは、ランサーというクラスと、使ってる武器・服装から予測しただけ。自分で言うのもなんですが、ちょっと勘がいい、というだけです」
「なぁんだ・・・。 まぁ、仕方ないかなぁ」
真流はうなだれる。 だけど、それを脇に置き、俺はセイバーに質問を投げかけた。
「真名看破の情報は分かった。 だが、お前の情報がまだ分からない物がある。お前は結局何者だ?それに・・・」
さっきステータス画面を見たときでさえ、名前に関する情報は分からずに居た。きっと、彼女自身が隠そうとしていたのだろう。
宝具・・・とやらの情報を見ればそれも明かせるかと思ったが、正体に関わる情報は徹底的に隠していたのか、それさえも俺には分からない。
申し訳ありませんが、と断りつつセイバーは眉をハの字に曲げる。きっと心の奥からそう思っているだろう声色で告げた。
「一部記憶の混濁が見られます。不自然な召喚の影響でしょうが・・・、自分の名前、そして宝具がです。さっきから思い出そうと思っているのですが・・・」
言外に『叶わなかった』と暗示している。さっきからの落ち着かない表情、そして真名看破の存在を訊いた時の『と思います』の台詞。全ての筋が通る。
「・・・そうか」
俺の声はきっと沈んでいたんだろう。自分の共闘相手の情報は、連携を取る上で必要不可欠。それを得られない状況になったというのなら、落胆は隠しきれない。
それを見かねた真流が声を掛けてくる。
「令呪を一画使って思い出させる?」
「令呪?」また聞き慣れない単語だ。
「その右手のことだよ」
それは、俺の右手そのもののことではないのだろう。そう思ったのは真流の手の甲にも同じような赤い刻印が浮き出ているのは俺も理解しているし、なんなら俺の十字架型の刻印とルーツを同じくする所までは感覚的に把握してるからだ。
俺は自分の右手に炯々と光る刻印を眺める。まるで悪魔が付けたようだな、と軽い感想が湧き出てすぐに消えた。
「それは、サーヴァントをこの世界に繋ぎ止める楔であって、君がセイバーの主たる所以でも有って、三回限りの絶対命令権でもある。
二回までなら、サーヴァントに無条件に命令に従わせることが出来るからね。
その言葉を強調した理由。俺はそれを一瞬で理解した。
本来不可能であることも、これを用いれば可能になるということなのだろう。物理的に? それともそれとは関係なく
例えばここで『お前の正体に関し全てを思い出せ』と命じればそれは叶うのだろう。きっと、必ず。
だが―――。
「三回目を使ったなら、どうなる?」
真流は苦笑した。
「それは令呪の消失。つまりはサーヴァントをこの世に留まれさせなくなるって事。君がセイバーを従えられる事は出来なくなり、セイバーは好き勝手に行動できるようになって」
一呼吸置く。そのお蔭で、続きは実に俺の心に響いた。
「セイバーは程なくしてこの世界から消滅するだろうね」
「なるほどな・・・」
それは当然か。これがあるから、彼女はこの世界に存在していられると考えるのならば。これが消えたときはそうなるのは当然の帰結。
そのリスクを天秤にかける。
「サーヴァントの消滅は即ち何を意味する?」
「その時点で勝ってなければ、敗北ってとこかな」
「そうか・・・なぁ、セイバー」
セイバーが肩を跳ねさせる。遂に令呪を使われると思ったのだろう。
だが、俺の台詞は別の文言を用意していた。
「お前は全力で戦うな?」
セイバーは一瞬戸惑いの色を見せるが、すぐに先程までの強い表情を取り戻す。
「当然です」
「そうだろうな。 ならそれで良い。ゆっくり思い出していけばいいさ。
俺の周りに居る二人は意外そうな顔をした。きっと迷いなく使うと踏んでいたのだろう。
事実、真流はその質問をしてきた。君なら使うと思ってた、と。その返答も、俺は既に決めている。
「ここが使い時じゃない、と思っただけだ。確かに勝利のために重要な情報ではあるが、この序盤に二回しかない命令をこう使うのは余りにもリスキーだ。セイバーが思い出せない分は、俺が努めればいい」
「はぁん。 橙乃がそう思ったなら良いけどね、私は」
「それで、まだ聞きたいことがある。真流。今夜は寝かさんぞ」
納得した表情をしていた真流は、その鼻につくような笑いを崩さずに問うてきた。
「どんな?」
「この戦争が始まった理由だとか、他のサーヴァントや参加者の事だったりな。 システムは理解したが、それだけだ」
「やっぱり。 なら、移動するよ」
そう言って、真流は正座をやおら崩し立ち上がる。一時間近く正座していたが、脚は無事なのだろうかと要らない心配をかけつつも、その理由が未だに理解できない。
「どうしてだ?」
真流は、立ち上がったと同様に、表情をいきなり顰める。と言うよりは、呆れに近いだろうか? 肩をすくめる仕草が妙に板についていた。
「教会。今回の聖杯戦争の監督者がそこに居るし、私もアイツに呼び出されてるから。 ホントに行きたくないんだけどね、ものはついでって奴」
「監督者? セイバー・・・というより、ルーラーじゃなくてか?」
「じゃなくて。 違いが気になるなら、そいつに聞けばいい。ほら、置いてくよ?」
不機嫌な顔は結局最後まで解けることはなく、真流は歩き出してしまう。俺も急いで追いつこうとするが、ずっと同じ姿勢で居たから脚がうまく動かなかった。
俺は真流の言葉の真意が分からないまま、ただひらすら追いすがるしかなかった。