Fate/White Christmas   作:カタストさん

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お前の願いは

教会の場所を今まで意識したことはなかったが、真流に場所を聞けば、ああそうだったかなんて思えた。

それは、死都とは丁度反対側に位置する高台の頂上であって、俺が途中で通りすがるはずもない場所だったからだ。高校生が好んで話題にするような場所でもないから余計に俺は知らずに居たわけであり、初めて見たこの場所は驚きの種で満ちていた。

高台の多くの場所は、芝生の絨毯が敷かれた公園や、身寄りや蓄えの無い人のために作られた石畳の墓地であって、その多くはしっかりと整備されていた。

「この奥に、監督者が居るのですか? 何やら、広大な土地の所有者の様ですが・・・」

いつの間にか剣を何処かに消したセイバーが俺の後をついてくる。俺の十数歩先を歩く真流が、振り向きもせずに答えた。

「うん。 ま、この土地そのものは監督役って言うよりは教会の所有物なんだけどね?でも、今は監督役が教会の責任者だし、大して変わらないか」

「綺麗なモンだな。 何ヘクタールあるんだ?。この広さの土地を掃除するの大変だろ」

自分の家も広いから、それなりに苦労が伺える。使わない場所ほど埃が溜まるが、使ったならばゴミが落ちる。結局大掃除の時に家全部を舐めるように掃除しなければならないわけだが、屋敷の全てを掃いて拭くのには中々手間がかかる。

休日の起きている間全てを返上しても終わらないことなんてザラだ。

「まぁ、あの人完璧主義者だと思うし、きっと掃除をするのも苦にならないだろうなぁ。むしろ、汚れてる場所を見られる方がムカつくって表情してるし」

「そんな相手と会うのか・・・っつーか、監督役と知り合いなのか?」

ならば、色々と融通が聞くんじゃないのか? 言葉の響きからして、権力を持っていることには変わりないんだろう。

しかし、予想外に返事は溜息と一緒に聞こえていた。

「会えばきっと、知り合わないほうが良かったって思えるよ・・・」

「・・・そうか」

想像以上に声色が深刻だったので、それ以上深く聴き込むことが出来なかった。何やら、相当根深い所まで負の感情を刻みつけられたらしい。

「それに、知り合いって言っても、今回の聖杯大戦が無けりゃ知り合うこともなかったような、淡白でライトな関係だよ。

彼女は流れ者だしね。 確か、この教会に配属されたのが2年前だったっけ?」

それならば、俺よりこの街に住んだ年月が短いことになる。俺は5年前にここに来たのだから。

この街に居た年月で会ったこともないやつと競っても仕方がないのだが。

「・・・着いちゃったかぁ」

と、話している間に、高台の頂に辿り着いた。そこには、高い月を背景に厳かな教会が建っていた。

今までの道のり同様、広くとも全く穢れてなど居ない庭が目の前に横たわっている風景は、さらなる空間的な広さを認識させる。

鉄柵のようなゲートをくぐったなら、教会までは50メートル足らずの庭であるというのに、無駄な物質がない此処は寂寞を強調させていた。

「私は此処で待っています」

真流が教会のドアに手を掛けた時、セイバーが立ち止まり呟いた。

その目には迷いは宿っておらず、冷静な思考によって獲得した結論なのだろうと思えた。

「理由だけ聞こう」

「敵襲がないとも限らないからです。 それならば、スズカが連れたランサーが中で二人を守り、私が外で監視している方が良いかと」

俺の問いにも、決して焦らずに答える。むしろ、俺がこう聞くのを判っていたようだ。

「ランサー、今居るのか?」

「居るよ? 話す?」

「いや、良い」

真流の返答で、確かにセイバーをここに置いていく理由は間違っていはいないということが分かった。

それに、セイバーは元来裁定者(ルーラー)・・・聖杯戦争の審判だというのなら、俺が聞こうとしている、聖杯戦争の成り立ちに関しても与り知る所なのかも知れない。

ならば、確かに俺のそばで話を聞いていても意味がない。 俺は頷いた。彼女は頷きを返した後、俺に背を向ける。もう見張りは開始しているらしい。

「じゃぁ、行くぞ」

俺は扉に手を掛けた。 木製の扉だと言うのに、それは鉄製のそれのように重厚な音を立てて開いていく。

教会は、今までと同じ様に広くて寂しい空間だった。今までと違うところをあげるならば、人間が一人立っていたことだ。

十字架に向けて立つその影は、ステンドグラスの極彩色の光に当てられて、神々しささえ纏っている。

扉の開閉する音に気づいてか振り向いた顔は、美しく、同時に凛々しかった。

「遅い」

顔と同様の凛々しさを持った声が教会の壁で反響する。よく通る声だった。

忙しく近寄ってくる歩み方で、カーペットの床のはずだが、カツカツという音が反響するのは彼女が余りにも近寄りがたい雰囲気を出しているからだろうか。

話ができるぐらいに近づいてからわかったことだが、彼女は背が高く、肉体が肥大しない範囲で鍛錬を繰り返しているらしい。

そのへんの男になら殴り合いで勝てそうだ・・・そんな見立てをよそに、二人は会話を開始する。

「サーヴァントはどうした?」

「居るけど・・・見せなきゃダメ? なんだか、出し抜かれそうなんだけど」

「否定はしない。 だが、お前なら見せるメリットも判っているだろう」

冗談を言うタイプではないな、真流との会話を聞いている限り、そういう印象を受けた。

彼女の威圧に気圧されたのか、それとも一旦否定しておく予定だったのかは分からない。真流は虚空に頷く。

すると、荒野で見た色男が虚空(そこ)から現れた。その男を見た彼女は驚きもせず、少しだけ相好を崩した。

“笑った”なんて表現を出来ないほどに、ほんの少しだけだが。

「ステータスは全体的に高め。神格、戦闘続行など強力なスキルを持っているな。真名に関する情報を見せないのは?」

「否定はしないって言われてるのになんで見せる気になってくれると思ってるの?」

(あい)わかった。 これだけ判れば十分だ、本題に移る、前に。お前は誰だ?」

彼女は漸く俺に気づいた、といった反応で俺の方を見る。その割には随分剣呑な表情であるが。

ただ、名乗らない事には始まらないのだろうな。口を開く。

「俺は橙乃匡生。 お前が監督役だって聞いたんでな。巻き込まれたついでに、色々詳しそうな人間にこの戦争についでに聞きに来たわけだ」

「ほう、巻き込まれたとはどういう事だ?」

表情が変わらないがゆえに、怒りを内包しているのかと疑ってしまう。さては、雑談さえもこの表情で行っているのだろうか?

だが、ここで威圧されていては何も実りがなかったことになる。多少は強気で行かねばならない。

「文字通りだ。 いつの間にやら、セイバーとやらが隣にいてな。そこを見咎められた真流が、聖杯戦争の事を教えてくれた。

ルールは分かった。やることも大体分かった。だが、肝心の成り立ちが分からん。 だから聞きに来た」

俺の願いとも言えない願いを聞いた彼女は、少し目を見開き、それから顎を撫でて考える。

そんな静寂が一分は続いたと思ったら、彼女はその時間を知覚しなかったのかと疑うほどに口調を崩さずに告げた。

「その辺りに掛けろ。 長くなるだろう」

それだけ残して、彼女は奥の扉から消えてしまった。中になにかを取りに行ったのか?

その疑いを晴らせずに居るが、俺は彼女との会話に疲れを隠せなかったのか、近くの長椅子に腰を掛けた。

冬も深まった、草木も眠る深夜だというのに冷や汗が一筋垂れる。真流がここに入る前に話していた言葉の真意が分かった。

彼女と余り長い間話していられる気にはならない。 不思議な威圧感を持った女だ。

彼女が“カラスは白い”と言ったなら、数割の人間は賛同してしまうような威圧。或いは迫力だ。

「何者だ? アイツ・・・」

振り向いて俺の後ろに居る真流に尋ねる。ランサーも同じ意見だったのか、彼女に同じ視線を向けている。

俺達の目を理解した真流は、観念したように、ぽつぽつと零す。

「フロウって呼ばれてる・・・誰も本名は知らない。 聖堂教会の代行者、つまりは異端の排除に特化した『悪魔狩り』。

彼女が監督役でいられるのは、彼女が聖杯戦争を執り行う立場であるから」

「聖杯戦争を、執り行う?・・・それがなにかおかしいのか?」

ルールがあるのなら、それを守るのが監督と呼ばれる人間の仕事だろう。

監督役、という役職名からして、そういう立場の人間。きっと裁定者(ルーラー)と言うクラスと変わらない役割なのだろう。

だが、真流の表情は未だ曇ったままだ。

「彼女は、参加者(プレイヤー)でもあるんだよ。そうでありながら、聖杯の管理者であるから、監督役って呼ばれてる」

「・・・は?」

ランサーと声が重なった。

二人して呆然として、互いの顔を見合わせ・・・恐る恐ると言った口調で、俺は口を開くしか無かった。

「なんで、そんな横暴が・・・」

「もう良い、真流。 そこから先は私から説明しよう」

いつの間に横に立っていたのか、フロウは二つのグラスを持っていた。それを手渡ししてくる。

中身は温められた牛乳だろうか。 渡されてから気づいたが、冬の夜の空気に当てられて体は十二分に冷えている。暖房の類は機能していないみたいだし、助かった。

「“闇”のセイバーの召喚を受理した。 これにて、全サーヴァントが召喚されたことになるが・・・そんな事より、って顔をしているな。

良いだろう。そこから話すとしよう」

俺は二つ返事的に頷いた。 それを見たフロウは、立ったまま語り始める。

「そもそもとして、聖杯戦争は冬木にて始められた魔術儀式だ。遠坂、マキリ、アインツベルン・・・と言った、始まりの御三家はこの聖杯戦争に関係してこないがな。

魔術という学理の常識に疎そうなお前でも、冬木の大災害は知っているだろう?」

「当然だ」

大災害というが、それは大火災だ。原因は不明で、人災とも天災とも。仕組まれたとも完全な偶然とも。

真相はまさしく燃え尽きてしまっているのだろう。残ったのは、焼け落ちた跡の荒野と生き残った人間の無念だけだったと聞く。

正直他人事という感じがせずに、実際に足を運んでみたこともある。何処と無く自分の過去と共通点を見出したんだろうか。

しかし、その不思議な郷愁を知る由もないフロウは無慈悲に言葉を連ねる。

「それは、聖杯戦争の失敗の歴史だ。復讐者(アヴェンジャー)というサーヴァントが、聖杯を汚染し、殺戮という方法以外での願いの実現を否定した結果、あの災害は起こった」

鼓動がひときわ強くなった気がした。 内側から爆破されたとさえ錯覚した。

どこか遠くから心配するような声が聞こえる。いつの間にか顔色が悪くなっていたんだろうか、背中が丸まっていたことにさえ気づいてなかった。

大丈夫だ、なんて。恐怖を押し留めながら続きを促した。フロウは変わらぬ表情で頷いたら口を開いた。

「その結果として、私達が聖杯戦争のシステムを奪取できた訳だ。しかし、それをよく思わない輩も大勢居る。

そこで、聖杯(システム)を護ろうとするチームと、それを阻止しようとするチームに別れて聖杯戦争を執り行う。それがこの戦争の本質だ。

私が属するのは聖杯(システム)を護ろうとするチーム。便宜上“闇”と呼ぶがな。聖杯《システム》を有する側から監督役が派遣されるのは当然の流れだ。それが、如何なる人間だろうとな」

「そういう絡繰(からくり)か・・・。理解したよ」

「ならば良い。 さて、成り立ちについても説明しておこうか。欲しがっているようだからな? 橙乃よ」

俺の名前を呼んだ時、彼女の口角が上がった・・・気がした。

笑うような人間でもない・・・というか、笑うという行為と彼女が上手く結びつかなかったからこそ意外だったが。

その様はまるで、待ち人を漸く見つけた、と言ったような静かな笑いだった。真意までは測れないまま、彼女は顔を戻して語る。

「元来冬木の街で由緒正しく執り行われるべき聖杯戦争。それがこの街にやってきたのは、我々が大聖杯・・・詰まりは、この聖杯戦争の心臓を奪取した事から始まる。

あらゆる街を転々とし、聖杯戦争に相応しい都市を見つければその街の管理者に打診し、許可が出れば聖杯戦争を行う。そんなシステムを思案・確立したのは第四次聖杯戦争の十年前。今から数えれば二十年前の事だ。

机上の空論とさえ嗤われたこの試みは、成功したからこそ怒りを買った。魔術協会といった、魔術世界の秩序を形成する組織からのが主だな。

私達は言わば簒奪者、必要以上に警戒したくなる気持ちもわかるがな。しかしながら、止めるつもりもない。

だからこそ、通常7人でのバトルロワイヤルで行われる聖杯戦争ではなく、7騎対7騎の“聖杯大戦”と呼ばれる、予備(スペア)のシステムが必要だったわけだ。 ここまでは良いな?」

「ああ、大丈夫だ。 これだけでも十分だが・・・続きはあるんだな?」

フロウは無言でうなずく。いつの間にか、この教会は彼女の劇場になりつつあった。俺だけでなく、真流でさえも聞き入っていたのは、フロウが持つ迫力ゆえだったのだろう。

「“闇”と“光”の区分は、言わば聖杯を“護る”か“奪い返す”かの違いだ。だが、その違いは大きいぞ。

なんせ、生き残った陣営しか願いを叶えられないようにシステムを改変したのは私達だ。寝返ることは可能だが、その代償は大きい。勝利したとして、それは自分が願いを叶える権利を放棄することに等しい。

つまり、余程の事がない限り私達は仲間と言う訳だ。歓迎しよう、橙乃。ようこそ、“闇”の国へ」

彼女は、歓迎という言葉が仮面にすらなっておらず、まさしく鷹のように鋭い目で俺を見下ろしていた。俺は彼女の舞台に強制的に上げられてしまったようだ。

俺は緩やかに立ち上がる。彼女と同じ目線で話さないと、彼女に負けたような気がしたからだ。そして、立ち上がるのと同じようなスピードで口を開いた。

「お前に歓迎される筋合いは無い。 俺は俺の願いのために戦う。どうせ、片方の陣営だけ残った後でも、個人を決めるための戦いは残っているんだろう?」

「ほう、中々頭の回る男だな。その通りだ。 何だ?出し抜かれることを警戒しているのか?」

真流の言い回しからして、そういう戦いがあることは判っていた。

この女は、危険だ。裏切ることは無さそうだが、腹に一物どころか十個は抱えていそうな気がする。それに、さっきの笑みの真意も図りきれない。未だにそれ以上の笑顔は浮かべないのも。こういう冗談にさえ笑顔を浮かべないのは却って異常なのではなかろうか。

少しでも情報を漏らすのは危険だ。 セイバーが外で見張りをしてくれているのは助かった、彼女に見せたら何をされるか知れたものじゃない。

「するに越したことはないからな。 話題を変えよう。他の参加者についての情報をお前は持っているか?」

「ああ。 “闇”のサーヴァントは剣士(セイバー)魔術師(キャスター)以外のスキル・真名・宝具を除くステータスが。“光”に関しても剣士(セイバー)騎兵(ライダー)のモノが用意できている」

矢張り、彼女は誰にでも警戒されているのか・・・。と思いつつ、フロウは修道服の内側から紙の束を取り出す。

それを俺達二人に手渡してきた。中を見ると整頓された表でサーヴァントのステータスが記されている。流石に真名、宝具に関しては誰も明かさなかったらしいが、スキルに関しては隠しきれるものではなかったらしく、一体のサーヴァントにつき平均して2個程度記されていた。

「もしかして、さっき引っ込んだ時にランサーのも書いたの?」

「あぁ。 お前達を待たせていたから急いだよ」

中々仕事が速い女だ。だが、魔術師(キャスター)のはいざ知らず、セイバーは俺のサーヴァントらしい。少し扱いに悩んだが、俺で答えは出し切れずフロウに訊いた。

「もしかして、セイバーのステータスも見せたほうが良いか? ここに呼ぼうか?」

あの様子だったら、ここからそう離れた場所には居ないだろう。もしかしたら、一歩も動かずに見張りを続けているかも知れない。

呼ぼうと思ったら、すぐにでも呼びに行ける。そう確信して質問した。

「いいや、結構だ。 そっちにも興味はあるが、それよりも君に興味がある」

そう指差され、俺は固唾をのむ。こいつの言う興味とは一体何なのか・・・。

一瞬の沈黙が永遠のように感じられた。それは、沈黙が彼女の迫力同様この場を支配していたからだろう。

やがて、重々しく、しかし歌うようにフロウの口が開いた。

「興味があるのはお前の願いだ。お前は聡明だ。きっと、これが命を落として当然の戦いであることは判っているのだろう。

巻き込まれた、と言う割には既に肝が据わり過ぎだ。セイバーを召喚してから数時間も経っていないのだから尚更な。

そこまでして、お前を突き動かす使命が気になるな」

「俺の願い・・・か」

ここで俺は首を傾げる。そうしたのは、願いが定まっていないと少しでも相手に偽装できたらと思ったからだ。

もしくは、自分が願いを偽るのに相応しい理由を探していた。

余り熟考していると怪しまれる。何秒も掛けられないのだから、思考を加速させて最適な答えを求め続けた。

その過程でふとフロウの顔が目に映った。

彼女は笑いながら俺の答えを待っていた。その真意はまたも読めない。

しかし、その様は静かな喜びに満ちているように感じられた。数時間立ち尽くした後に待ち人に会えた、そんな所か。

俺は少し迷い、そして・・・。

「・・・いいや、人に言えるような高尚なものじゃないんでね」

「そうか。 なら良い」

俺にしか分からなかっただろうが、彼女の口は少し突き出ていた。どうやら不満らしい。

「私から話せることはこれだけだ。 とっとと帰れ」

そして同時に彼女を少し怒らせてしまったようだ。どうせチームメイトなんだから明かしてしまっても良かったはずだったが、今になって言っても彼女の怒りを助長するだけだ。

仕方無く俺達は立ち上がり、踵を返そうとすると。

「おっと、忘れるところだった。 これを受け取れ、真流」

「うん? 一体うおっと!!・・・なにこれ?」

真流が不意を突かれる形で投げ渡される。それは、月光を受けてほのかに輝く赤い宝玉だった。

その用途を察せられない俺らは、小首をかしげて聞き返す。

「これがなにか、それを判断するのはお前だ」

要は、“それぐらい判らないようでは望みがない”って事にほかならない。矢張り彼女の本質は冷徹なのか?

「ふーん・・・? ま、高そうな宝石だし貰っておくけどね」

そう言って、真流はさっさと歩き出してしまった。フロウの含意に気づいているのかどうかは見せないまま。

俺も遅れて歩き出そうとした時に、後ろから低く小さな声で、まるで俺にしか聞かれたくないという意志を持ったようにフロウが呼びかけてきた。

「お前の理想は、他者には理解されないものだろうか」

それは質問ではない。俺は振り返らず、その場で立ち止まって静かに彼女の声を聞いていた。真流は気づいていない。

フロウも気付かれたらマズイと判っているのだろう。

手短にまとまった言葉で、俺が次にやるべきことは固まった。

「だが、お前と行動を共にする者がいる。ならば、そいつにだけは打ち明けるべきだ。

そいつも、自分の願いを持って、お前に引き寄せられたのだから」

なるほど当然だ。 俺は無言で頷いて、彼女の後をついていった。丁度真流が振り返るタイミングだったので、靴紐を結んでいたと適当な言い訳をしておいた。

もう後ろから声は聞こえなかった。

 

高台から静かに降りる。同じ道を歩いているのに図りあったかのように、俺とセイバー、ランサーと真流に分かれて歩いているからお互い会話も生まれない。

背後を二人の足音が響かせる。その音を背中に受けても、俺達二人は同じ歩幅とテンポで歩き続けていた。

無言のまま歩き続けるには、周りは静かすぎた。耐えきれなくなった俺から口を開く。

「なんで、お前は戦うんだ?」

その問は、奇しくも俺が先程投げかけられた問とシンクロしていた。

セイバーは不思議そうな顔をしてこちらを見る。月に当てられて、冷たく光っていたのは彼女の瞳だった。

「考えてみれば、当然の事だ。お前が見返りもなく俺に従う筈がない。俺より強い力を持っているというのなら尚更だ」

彼女の返答を待たず、俺は言葉を重ねる。

セイバーは、辛いような悲しいような顔でひたすらに前を見続けていた。俺に目を合わせられない、と言った具合に。

(マスター)が願いを叶える為に戦う、じゃないんだろう?重要なのは、お前の行動原理だ。

お前が戦うために足る理由を、願いを聞かせてくれ」

二人歩きながら。足並みを揃えて歩いていたのが、ふとセイバーのがテンポが僅かに遅くなる。

俺は無言で彼女の変化に付き合った。やがて、歩幅と同じように僅かに小さな声で告白した。

「・・・私は、元々裁定者(ルーラー)です。本来とは違うクラスに、捻じ曲げられて召喚されたのですから、皺寄せが無いはずがありませんよね。

一つは、通常より弱まったステータス。そして、もう一つが思い出せない私自身についての情報。

名前や、生前の知り合いや環境。宝具の真名・・・そして・・・願い、さえも」

衝撃は思っていたよりも少なかった。少し考えれば分かるはずのことだった。今まで俺自身が認めたくなかっただけだ。

俺も幼い頃の時分は思い出せない。俺は言わば拾われ子。自分の親には会ったことがない、故郷を見たことがない、そんな事実が俺の上に積み重なった所で、決して俺の心に虚無的(ニヒル)な気持ちはやってこなかった。

しかし、彼女の表情を見ればどんな感情が去来しているか分からない。俺とは余りにも境遇が違いすぎる。彼女は達磨落としのように自分の基盤が奪われたのだ。

悲しみ、不安感、虚無感・・・。本来確固たる自己が形成されていないというのは、精神的に来るものがあるのだろう。

「しかし、裁定者(ルーラー)というクラスは、願いを持ってはならないのです。聖杯戦争の審判を務めるべき人間が、我欲を持っていては他陣営への介入に繋がるのですから。

ですから、願いを思い出せないというのは矛盾があります。私は願いが有ったなんて()()()()()()()()()()()()()()()()()

庭園に立つ木が彼女の顔を曇らせる。月光が届かずに影が差した彼女の顔は、一体どんな顔をしていたんだろう。

しかし、その暗がりも一瞬のことで、木陰を通り過ぎた時には彼女の顔には元のように得体の知れない使命感が宿っていた。

「私には願いがあります。思い出せずとも、確かにこの胸を燃え上がらせる願いが。きっとそれは、星の光のように絶えぬ思い。

たった一人だけ、救いたいと願った人が居ました。その人の顔も思い出せない。男か女かも。そう思ってから、幾らの年月が過ぎたのかも。何もかも消え失せて。

それでも、私はその人を救うべきなんだと、自分を突き動かす感情だけがあるのです。それは、きっと私の願いなのでしょう」

それは、どれだけ強い思いだったのだろう。

“自分”という存在がなくなった後にさえ残る感情が、他人を助けようとする善意だなんて。

本当に、自分には勿体無いぐらいによく出来た相棒(サーヴァント)だ。

「正しいんだな・・・」

小さく漏れ出たのは俺の声だった。それを耳ざとく感じ取ったセイバーは、一瞬こちらに視線を向けた。

しかし、それに続く言葉は無かったのだと分かったら、すぐにセイバーは正面に向き直る。

言えるはず無いじゃないか。

自分がこんなに汚れた人間だなんて。 蝿がたかるように、性根が腐った人間だなんて、彼女の願いを聞いた後に言えるはずがない。

「俺の願いは、誰よりも強くなることだ。この世界の何にも負けないように、兎に角強くなることだ。

・・・そのためなら、お前の事を蔑ろにするかも知れない。そんなマスターが嫌なら、さっさと縁切りするが良いさ」

「そんな事はしませんよ」

即答されて、戸惑うのは俺の方だった。

セイバーは立ち止まり、俺の目を見つめる。その瞳には、星の光が映っていた。

「貴方が如何な願いを持っていようと、大切なのは貴方がどのような心根であるかだと思ってます。

貴方が本当に害を為そうというのなら、私を取り入ろうとするでしょう。少なくとも、自らの卑屈さを告白したりはしないでしょうね。

私のことなんて良いですよ。どの道、二度目の生を生きてる死者(わたし)が、生者(あなたたち)の意志を阻む事は望まないのですから。ですので」

セイバーは右手を差し出す。白く美しい手は開かれていて、俺に握手を求めていると気づいたのは彼女が言葉を続けた後だった。

「共にこの戦いを生き残れば良いのです。貴方は私の、相棒(マスター)なのですから」

俺はその手を、苦笑しながら取った。伝わってきたのは、彼女の確かな体温であって、これが生きていないと確信するほうが難しいと思えるほどに、実感を持って返ってきた。

「・・・ったく、苦労することになるぞ。お前は貧乏籤を引いたんだ」

「今更ですよ。初めて会ったときから判ってます」

二人お互いに笑い合い、少し打ち解けたのではと確信した。

そこに帰ってきたのは、後ろからの声ではなく、()()()()()()()()

「そんな汚い手を取っちゃダメだよ~? “闇”のセイバーちゃん?」

俺達は手を離し、同時に前へ注目を向ける。

そこには一人の少女が立っていた。夜闇に溶けて消えてしまうのだろうというほどに、黒い礼服を身にまとった少女だ。

笑顔を浮かべては居るが、心底笑えないぐらいの感情を渦巻かせているのは、初対面でも分かった。

「こんばんは。匡生お兄ちゃん。 それじゃぁ、()()()()

声だけは可愛く。しかし、背後に現れた《それ》は全く可愛いを連想させることは許されなかった。

なんせ、それは海怪(クラーケン)が持つような、巨大な触腕だったからだ。うねうねと動くそれは、先程見た深紫の生物の挙動と似ているようで、全く違うものだ。

それは、俺も叩き潰そうという確固たる意志を持って一瞬で振り下ろされたのだから。

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